森の洋館にいたのはたった半日なのに、その間に色々なことがありすぎた。情報量の多さに翻弄されて、私はたぶん、ことの本質を見失ってしまっている。
なんだか釈然としない思いを抱えてハクタイシティに戻る。まずはナタネさんのところに報告に行こうと思い、街の南に向かう道を曲がったところで、偶然にもナタネさんと出会った。ずいぶん慌てた様子の彼女は、突然目の前に現れた私に驚いたように足を止める。緑色のケープがふわりと揺れた。
「ナマエさん!」
彼女は開口一番私の名前を呼ぶと、「だ、大丈夫だった!?」と、昨晩街に戻らなかった私のことを気遣ってくれた。どうやら、私はナタネさんに随分と心配をかけてしまっていたようだ。
私は心配をかけてしまったことに対する謝罪と、気遣ってくれたお礼を述べてから、まずはわたしもゴーストも大丈夫であったことを告げる。すると、ナタネさんはそうして初めてゴースがゴーストに進化していたことに気付いたらしい。彼の一回り大きくなった不敵な笑みを見て、喉の奥から「ひっ」という小さな悲鳴を漏らした。
彼女は少し頬を赤らめながら、気を取り直すように咳払いをする。そして、にっこりと笑って祝福をしてくれた。
「ゴーストに進化したんだね。おめでとう」
「ありがとうございます」
私はナタネさんにちょっかいをかけようとしていたゴーストを両手で制してから、洋館での出来事をかいつまんで報告した。
いたずらをしていたらしいゲンガーを説得したことと、洋館のテレビの中にいたいたずら好きなポケモンをゲットしたことを伝える(余談だが、ゲットしたゴーストポケモンを見せようとボールをホルダーから外すと、ナタネさんは光の速さでそれを遠慮した)。
「じゃあ、洋館でいたずらしていたポケモンは、みんなナマエさんがなんとかしてくれたのね?」
ナタネさんは私の報告を聞いて大きく胸を撫で下ろし、ほっとしたようにそう言った。その、本当に心から安堵したような様子を見た私は、洋館で本物の幽霊を見たことを伝えづらくなってしまう。
少し迷ってから私は、ごく控えめにこう付け加えることにした。
「でも、いたずら好きなゴーストポケモンがたくさんいますから、やっぱり不思議なことも少しは起こると思います」
「うんうん、それはわかってる。それがゴーストタイプのポケモンだものね、仕方ない。あんまり脅かさないようにナマエさんが説得してくれたなら、それで大丈夫」
少し苦い顔でそう言ったナタネさん。彼女はそれから、恐怖と慈愛の入り混じった複雑な表情でゴーストを見つめながら、少し声を潜めて、続けた。
「変な連中があそこを根城にしてたり、幽霊が出たりしたら危ないから、取り壊してほしいって要望が出てたんだけど……、」
その言葉に私は、小さくない衝撃を受けた。だってあそこにはたくさんのゴースたちがいる。かつてあそこで生活していた人たちの思いが、今でも残っている。私が思わず「そんな、」と声を漏らすと、ナタネさんは「そうだね」と深く頷いた。
「あたしもそう思ってた。ポケモンの棲み処になってるのに、あんまり人間が簡単にそういうこと決めちゃ、ダメよね」
お化けが苦手なはずのナタネさん。自分の気持ちだけを優先したら、たぶん、ゴーストポケモンがたくさんいるあの洋館がない方が気は楽なのかもしれない。
でも、ハクタイのジムリーダーは、自分の気持ちよりももっと大きなものを――人間とポケモンの関係を見据えている。
やっぱり、ジムリーダーってすごいんだな。そう思いながらナタネさんを見つめる。彼女はそんな私の視線に気付いてか、少し照れたように視線を逸らして、ちょいちょいと頭をかく。それから、わずかに赤い頬でにこっと笑うと、こう言った。
「洋館の調査、ナマエさんに頼んでよかった。おかげで、ゴースたちの棲み処を壊さないための報告書が書ける」
ほんとうにありがとう、と笑うナタネさん。私は少し考えてから、「こちらこそ、いい経験をさせてもらえました」と礼を述べることにした。
私は大切な調査を任されたのに、あの洋館のこと、ほとんど何もわかっていない。それに、ゴーストも危ない目に合わせてしまった。情けないところばかりが目についた一晩だったし、それを思い出して落ち込んでしまいそうだけれど、それでも。ゴースたちやナタネさんの役に立てたなら、今はそれでいいと思うことにしよう。
「また何かあったら、いつでも言ってください!」
私がそう言うと、ナタネさんは眉尻を下げて笑いながら「そうね。また頼んじゃうかも」と肩をすくめながら言った。
もしもまた今度があったなら、次はもっといろんなことをうまくやれるようにがんばろう。そう決意しながらゴーストを見遣ると、彼は私の心を見透かすように笑って、私を鼓舞するように力強く鳴いた。ありがとう、がんばるよ。
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