サイクリングのふたりと別れてから、すぐに206番道路を南下しようと歩き出した矢先のことだった。
私の背後で、ゴーストが注意を引くように少し大きな声をあげた。振り返って、彼の指し示す方に視線をやる。そこには、テンガン山の山体にぽっかりと口を開けた洞窟があった。
調べた限りでは、こんなところにテンガン山への入口はなかったはず……。
そう思った私はタウンマップを出して206番道路を調べる。するとそこには、サイクリングロードの下に『迷いの洞窟』という洞窟があることが小さく記されていた。
人の手が加わっていないため中は暗く、複雑な迷路のようになってはいるが、洞窟自体は行き止まりでどこにも通じておらず、またその規模もテンガン山の主洞に比べると小さいらしい。
「……ここを探検したら、テンガン山の予習になるかな?」
私が尋ねると、ゴーストは両手をすくめるように動かしてみせた。さあどうだろうね、と言っているのだろうか。
ぽっかりと開いた入口を見つめること数秒。少し迷ってから私は、洞窟に足を踏み入れることにした。
入口付近は外からの明かりで視界が保たれていたが、すぐに太陽の光は届かなくなった。懐中電灯の光だけでは、あまりに心もとない。私は森の洋館で捕まえたオレンジ色のポケモンをボールから出し、暗闇を照らしてくれるようにお願いした。
彼は私のことをからかうようにびかびかと派手に光った後、体を覆う薄い水色のプラズマ膜をぼんやりと発光させて、周囲を照らしてくれた。最初からそうしてくれればいいのに、素直じゃないんだから。そう思いながら「ありがとう」と言うと、彼は白い歯を見せてぱちぱちとはじけるような笑い声をあげた。
彼の明かりを頼りに洞窟内を進んでゆく。洞窟の中は、太陽の光が届かないにもかかわらずじわりとあたたかい(クロガネ炭鉱に潜ったときもそうだったように、ここも地熱が関係しているのかもしれない)。そのせいか、洞窟内ではポケモンたちが活発に活動していた。
とびだしてくる野生のポケモンを彼の電気ショックで撃退し、道をふさぐ大岩をコダックの岩砕きで壊しながら進んでいくと、
ふと、暗闇の向こうから子どものすすり泣くような声が聞こえてきた。滞りなく動いていた足が止まって、昨夜の森の洋館での恐怖体験が蘇ってくる。……もしかして、あれも、ゆうれい?
「……ねえ、ふたりはどう思う?」
震える声でゴーストたちにそう尋ねた瞬間だった。
泣き声が止んだ、と思った刹那、「だ、誰かいるんですか?」という小さな声が闇の向こうから聞こえてきた。
とても心細そうな声だった。もしも幽霊だったとしても、こんな心細そうな人を放ってはおけない。そう思った私は、勇気を出して声のした方に向かって進んでゆく。
フラッシュの光にほのかに浮かび上がるように現れたのは、桃色の髪をした女の子だった。私よりも少し年下なのだろうか、幼い印象を与える可愛らしい服装に、ツインテールよろしく高い位置で結ばれた長い髪。綺麗に結い上げた前髪の下の瞳は、涙で濡れている。
「えっと……さっき私を呼んだのは、あなた?」
こくり、と少女が頷くと、黄色の髪留めがフラッシュの光を反射してきらりと光った。
一瞬でも彼女のことを幽霊じゃないかと思ってしまったことが恥ずかしい。私は鞄の中からハンカチを取り出すと、謝罪の気持ちも込めて彼女の涙をそっと拭う。
「私、ナギサシティのナマエです」
「……あたし、ミル」
震える手でハンカチを持つ私の右手を掴んだミルさんは、そうしてはじめて安心したらしく、へなへなとその場にしゃがみこんだ。
「よかった、人に会えた……」
ほっとしたようにそう呟いてから、彼女はぱっと顔を上げてこう言った。
「おねがい! ミルを出口まで連れて行ってください」
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