イワークを倒してからもう少し行くと、外の光が見えてきた。

「あ、出口!」

ミルさんは、外の光に向かってとたとたと駆けてゆく。長い桃色の髪が鮮やかに揺れるのを見ながら私は、ついさっきまで彼女の手を握っていた右手がからっぽになっていることに気付いて、少しの寂しさを覚えた。

ふたりで、迷いの洞窟の外に出る。洞窟に入ったときにはあんなに日が高かったのに、太陽はもうすっかり傾いて、206番道路は淡いオレンジ色の光に照らされていた。
ミルさんはその光の中で大きく深呼吸をする。そして、出会った時の心細そうな面影を一切感じさせない活発な調子で「ナマエさん、ありがとう!」と言うと、背負っていた鞄の中から何かを取り出してそれを私に差し出した。

「これ、お礼です」

促されるままに受け取ったそれは、技マシンだった。マシン番号は26、『地震』と書かれている。

「ナマエさんと会う前に、洞窟で拾ったの。使わないもので申し訳ないけど……なにかお礼がしたくって」

ミルさんは大きな瞳に少しの不安をたたえて、私の返答を待っているようだった。お礼をしてもらうようなことはなにもしていないつもりだったけれど……。私はついさっきまでミルさんと手を繋いでいた右手でその技マシンをしっかりと持つ。そして、「ありがとう」と微笑んだ。

「大切に使います」

ミルさんの顔に、花のような笑みがぱっと広がる。「どういたしまして!」と言って、ぺこりとお辞儀を返してくれた。

それから彼女は、ユンゲラーの方に歩み寄る。そして、
「ミル、もうこわがったりしないように、もっとつよくなるね!」と言ってから、ユンゲラーにテレポートを命じた。

バイバイ、と手を振るミルさんに、私とゴーストもバイバイ、と手を振り返す。ミルさんは最後にとっておきの笑顔を残して、うちに帰っていった。




夕暮れの206番道路を、クロガネシティ目指して歩く。
はるか頭上にかかるサイクリングロードでは、家路につく人たちが自転車を走らせながら楽しそうに話しているようで、会話の断片が時折かすかに聞こえてくる。
それとは対照的に、夕暮れ時の206番道路には人影は全くなかった。他の道路と違ってサイクリングロードがあるここでは、通行人はみんな上の道を行くのだろう。私が草を踏む音が、とても大きく響く。

さっきまでミルさんと繋いでいた右手を、きゅっと握って、開く。私は意味のないその手遊びを繰り返しながら、歩いていたのだが。

不意に、その右手に、冷たいガスの手が重なった。
少しびっくりしながら右手の方に視線をやると、ゴーストと目が合った。彼は実体のないガスの手で私の右手を包み込んで、飄々とした声で二度、鳴く。……代わりに俺が手を繋いでやるから、元気を出せよ。ということなのだろうか。
私が視線でそう問いかけると、ゴーストは空いている方の手をちょっと持ち上げて、さあね、というようなジェスチャーをしてみせた。

ゴーストはふたつの手を手に入れてから、人間の動きを真似ることが増えたなあ。
肩をすくめるふりをしたり、こうやって手を繋いでくれたり。

私は思わず顔がほころぶのを感じながら、ゴーストの手を慎重に握り返した。実体のないガスの手を突き破ってしまわないように、慎重に。

「ありがとう、もうさみしくないよ」

私がそう言うと、ゴーストは「なんのことだ?」ととぼけるような声をあげる。しかし、繋いだ手だけは離さない。
きっとこれ以上私が何を言っても、ゴーストはとぼけ続けるのだろう。なら、もうなにも言わなくてもいいやと思った。これ以上言葉を重ねなくても、あなたの優しさはもう充分わかっているから。

オレンジ色に照らされた草原を、ふたりで進んでゆく。人もポケモンもいない、風もない、そんな静かな道に、私とゴーストの影だけが長く伸びていた。


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