ヨスガシティは、自然と人とポケモンの調和がとれた、明るく穏やかな空気が満ちる街だった。
街は近代的に整備され、落ち着いた風合いの住宅がたくさん並んでいる。それと溶け合うように整備された街路樹や花壇の緑が、街の至るところで目を楽しませてくれた。
また、街の北側には大きな公園があり、そこではポケモンを自由に放して触れ合うことが出来るらしい(ただ、放すことのできるポケモンには大きさ制限があるようだ)。ヨスガは、人と人、人とポケモンの心が触れ合う、優しい街だった。
ただひとつ問題があるとすれば、それは私が山に籠っていたせいでここ数日お風呂に入れていなかったことだろう。山の中では大して気にならなかったけれど、閑静で清潔な街の中では、自分ひとりが妙に浮いているような気がする。
私は街の掲示板を見てポケモンセンターの場所を確認すると、今夜の宿をお願いするために、まずは一目散にそこに向かった。
さすがテンガン山の麓の街のジョーイさんは、山を越えてきたトレーナーをたくさん見てきたのだろう。
私がトレーナーであることを告げて宿の申請をすると、簡単な諸注意を述べてから、「山越え、お疲れ様でした」といつもの笑顔で言って、入浴用のタオルを貸してくれた。
お湯で疲れと泥を落とし、トレーナー共用の洗濯機にたまっていた三日分の洋服を入れて回す。
それから数日ぶりに電話の前に座った私は、今日こそ、と思いながら自宅の電話番号をプッシュした。数回のコールの後に電話が繋がる。私はテレビ電話の画面に向かって勢いよく口を開きかけたのだが、どういうわけだかそこに映ったのは、赤いアフロ頭だった。
「あれ、オーバくん?」と私が疑問の声をあげるより先に、オーバくんが「ナマエ、大丈夫だったか!?」と結構な剣幕で聞いてくる。私は質問の意図を理解しきらないまま「だ、大丈夫、だよ?」と言ったのだが、彼は私の返事を聞くより先に「今どこにいるんだ?」と質問を重ねた。
「今は、ヨスガシティに着いたところ」
私がそう言うと、オーバくんは「ヨスガ……?」と何かを確認するように呟いてから、「……あいつには、カンナギに行くって言ったんじゃねえの?」と言って首を傾げた。
確かに、当初の予定ではそうだった。5日ほど前、最後にデンジと電話をしたときにはまだ自転車をもらっていなかった私は、ハクタイシティ側からテンガン山を越える気でいたのだ。けれどあれからいろいろあって、予定が変更になったこと、それをデンジに報告しようと思って何度も電話をしたけれど繋がらなかったことを、手短に説明する。
するとオーバくんは納得したように二度、顎を引いて「なるほど、そーいうことか」とひとりごちた。
「ねえ、なんでオーバくんがうちにいるの? デンジは?」
「あいつなら、今カンナギにいるぜ」
ポケモンセンターの公衆電話コーナーに、私の素っ頓狂な声が響く。
「な、なんで?」と尋ねると、オーバくんは肩をすくめながら「わからん」と端的に返した。
「なんか、ナマエにどーしても会って言いたいことがあったぽいぜ。そういや、ナマエと最後に電話した次の日にはもうカンナギで待ってたような口ぶりだったなあ」
オーバくんらしい飄々とした口調で語られた事実に、私は思わず頭を抱え込む。あの電話の翌日からカンナギにいたってことは、「またジムさぼってる……!」
しかも、もう5日も、だ。
「ダメ、それはさすがにダメでしょ。そうだよね? オーバくん」
憤りつつ同意を求めた私の声に、オーバくんは「あー、まあなー、」と何やら煮え切らない返事をする。
「でも、まあ、ナマエのことがよっぽど心配だったんだと思うぜ。お前、あの電話の時、ちょっとケガしてたんだろ?」
痛いところをつかれた私は、思わず口をつぐむ。
確かあの時は、ギンガ団のスカタンクの辻斬りが頬をかすめたのだった。今は傷跡も残さず治ったけれど……あれからまた森の洋館や、サイクリングロードで、たびたび危ない目にあっている。それに、私が首を突っ込みたがっている水色の髪の男の件もそうだろう。おそらくそれらは、デンジが望んでいないことだ。
「……でも、ケガとか、危ないことって、旅をしてたらどうしてもあるでしょう?」
それでも、私が旅に出ることを認めてくれたのなら、私を信じてナギサで待っていてほしかった。
「そのたびにジムを空けるなんて、やっぱりだめだよ!」
「はは、そのへんに関しては、ナマエに同意だな!
でも……まあ、なんだ、オレがこんなこと言うのもなんだけど、あいつの気持ちもわかってやってくれよ」
そう言ったオーバくんは、なんだか私の知っているオーバくんとは少し違う人のようだった。いつもの豪快な笑顔とは少し違う、少しだけ眉尻を下げたような、苦笑っぽい笑み。
私がそれになんと返事をしたものかと迷っている間に、彼はいつものオーバくんに戻ってしまった。あっけらかんとした調子で「ところで、しばらくはヨスガにいるのか?」と聞いてくる。
私が頷くと、彼は「オッケーオッケー!」と言って、大げさに頷いてみせた。
「デンジの野郎ならオレが連れ戻しとくから、明日も連絡しろよ!」
じゃあおやすみ。と言って、彼はそのまま電話を切る。
真っ暗になった画面には、デンジに信じてもらえなくて少しむくれたような顔をした私が映っていた。
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