ナマエとの電話を切ったオレは、そのままカンナギタウンのポケモンセンターの番号を押した。受付担当のジョーイさんに軽く挨拶してから、デンジの野郎を呼んでもらう。

しばらくして電話口に現れた男は、電話を切る直前のナマエとよく似たむくれたような表情を浮かべていた。
それがおかしかったオレが思わずぷっと吹きだすと、デンジの眉間の皺がぎりっと一層深くなる。いかんいかん、余計なところでこいつの気を逆なでしても、めんどくさくなるだけだ。オレは素早く笑いの発作をおさめると、早速本題を切り出した。

「連絡、あったぜ」

誰からか、あるいはどんな連絡があったかは言わなくても、オレの口調と表情で大体のことは伝わったらしい。
むくれた表情はそのままだったけれど、ナマエの無事を知ったデンジの眉間の皺がほんの少しだけ薄くなる。それから電話台に頬杖をついて、「で?」とだけ言って詳細を促した。

その尊大な態度も、今だけは許してやろうと思う。
ナマエが顔に傷を作っていたこと、なにやら必要以上に危ない旅路を選んでいるのではないかという疑念に加えて、テンガン山に行くと言ってから5日も山から出て来なければ、そりゃあ不安にもなるだろうからだ。

「今はヨスガにいるってさ」

急遽予定が変更になったらしいことと、それを伝えるために電話をしても繋がらなかったことを伝える。

「お前が勇んでカンナギに行くからだぞー」

もう一晩お前があの家にいれば、ナマエは旅路の変更をお前に伝えることができたのに。そういうニュアンスを込めてからかうようにそう言うと、画面の向こうの男はついっとそっぽを向いてしまった。

「いや、危なっかしいことした挙句に勝手に行き先を変更したあいつが悪い」

どうやら、オレが思っている以上にご立腹らしい。
まあ、その気持ちもわからないでもなかった。オレたちにとってのナマエはいつまでも幼い女の子のままなのだ。だからこいつがカンナギに飛んで行ったのもわかるし、こうしてオレを使ってまで彼女の安否を気にするのも、わかる(ポケモンリーグにいたオレのところに憔悴した様子のデンジから連絡があったときは、本当に何事かと思った)。
ナマエはもう少しそういうところを理解してやるべきなのだ。ジムをサボるな、と言う前に、その理由を吟味してやってほしい。

「まあ、その辺はお前に同意するぜ。
でも、オレが言うのもちょっとあれだけど……お前、あいつの気持ちも汲んでやれよな」

でもそれは、こいつも同じだ。
危ないことをするな、と言う前に、ナマエは今ひとりの大人になろうとしているのだということを理解しないといけないのだと思う。

オレの少し神妙なトーンの声に、デンジはやや面食らったような顔をする。しかし、それも一瞬のことだった。画面の向こうの男はすぐに小さくため息をつくと、「なんだよ、気持ちわりいアフロだな」と言って視線を左に逸らした。
こいつ、この話題から逃げたな。と思ったが、そこを追及するのはやめた。あんまり痛いとこをついてこいつがナギサに帰ってこなくなったら、ナマエとの約束を破ることになってしまう。オレは「そりゃあどうも」と軽口をたたいてから、「ま、明日には戻ってこいよな!」といつもの調子で言った。

「ここにもう用もないし、言われなくてもそうするよ」

皮肉っぽくそう言ってから、デンジは「じゃあな」と電話を切った。

真っ暗になった画面から視線を外して、オレは明日のことを考える。
明日の夜、ナマエから電話がかかってきたとして。なんだかかみ合ってない気がするふたりはなにを話すのだろう。
――妙なことにならないといいのだが。頭の後ろで手を組みながら、オレはぼんやりとそう思った。


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