一夜明けたヨスガの街は、朝からポケモンコンテスト一色だった。
ポケモンセンターのテレビはコンテストの特集やコマーシャルばっかりだったし、一歩外に出ると、コンテスト関係のポスターがあちこちに貼られている。
道端には、工夫を凝らした衣装に身を包み、相棒と最後の特訓をしているコーディネーターがたくさんいた。そんな彼らに、通行人の女性が「がんばってね」と明るく声をかけて行く。向こうのカフェでは、テラスでお茶を飲む人たちが彼らの練習を見ながら穏やかな時間を過ごしている。

私は、ヨスガの人たちは本当にコンテストを愛しているんだなあ、と思った。街の雰囲気から、それがひしひしと伝わってきたのだ。
楽しげな街の空気にあてられた私は、お届け物の入った鞄を揺らして足取り軽くコンテスト会場に向かった。




白い大理石が壮麗な雰囲気を醸し出す会場に足を踏み入れる。
中には人、人、人。ここにくれば、ヒカリちゃんに会えるんじゃないかと思っていたけれど……どうやら、簡単にはいきそうにない。

困り果てた私があたりをきょろきょろと見回していると、不意に「どうしたの?」という声がかけられた。
振り返ると、そこにはきらびやかな桃色のドレスを着たコーディネーターの女の子がいた。私が人を探してここに来たことを告げると、彼女は大きく頷いて、私を巨大な電光掲示板の前に案内してくれた。

「あれが、今日の参加者一覧です。一次審査パフォーマンスの時間も横に書いてあるから、その時間にステージに行けば、きっと会えるよ!」

そう言って彼女はにこりと微笑む。
私は彼女にお礼を言ってから、掲示板の名前にざっと目を通してゆく。すると、私の隣でその様子を眺めていた彼女が、「よかったら私も一緒に探しましょうか?」と申し出てくれた。早くヒカリちゃんのことを見付けたかった私は、その言葉に甘えさせてもらうことにする。

「なにからなにまで、ありがとうございます」
「ううん、こうやって誰かと話してると、緊張がほぐれて丁度いいの」

ぱっちりとした印象の大きな目を優しく細めて笑った彼女に、私は探している女の子の名前を告げた。

「その子の名前、ヒカリちゃんっていうんです」

私と同じ歳くらいの女の子なんですけど、と言葉を続ける私の視線の先で、彼女の目が大きく見開かれた。それから、薄く化粧を施したその唇から、「え?」という短い疑問の言葉がもれる。
私は彼女のその様子に何かを感じ取り、続いて喉を揺らそうとしていた言葉を飲み込んだ。そして、驚きからか大きく揺れる彼女の瞳を見つめる。
大勢の人で騒がしいコンテスト会場、その中で私と彼女の間にだけ満ちた沈黙。それを破ったのは、彼女の自己紹介だった。

「あたしが、ヒカリです」

今度は私の目が見開かれる番だった。
どうして気付かなかったんだろう。そう思いながら、目の前の女の子をまじまじと見る。ぱっちりとした大きな瞳、見る人の気持ちを華やがせるような明るい笑顔。あの日、写真で見た艶やかな黒髪は、今はドレスに合わせて綺麗に結い上げられてしまっているけれど……間違いない。この子が、ヒカリちゃんだ。

「あ、えっと。わ、私は、ナマエ!」

まずは、慌てて自己紹介をした。それから、どうして私がヒカリちゃんを探していたのかを、手短に説明する。フタバタウンに行った時にあなたのお母さんにお世話になったこと、その時にお届け物を預かったこと。話が見えてきたことで、ヒカリちゃんの驚きに染まった顔がふっと和らいだ。

「そうだったんだ。わたしとお母さんのために、ありがとう!」

無邪気な笑みでそう言ったヒカリちゃんは、それから思い出したように首を傾げて、「でも、お母さんがあたしに渡したいものってなんだろう?」と呟く。
私は急いで鞄の中から預かっていた荷物を取り出して、「これだよ」と彼女に手渡した。手のひらサイズの、上等そうな桐の箱。ヒカリちゃんはそれをていねいな手つきで開けてから、「わあ」と感嘆の声をもらした。

私も、彼女の頭ごしに箱の中を覗き込む。箱の中におさめられていたのは、上品な銀の髪飾りだった。シンプルなデザインだが、照明の光を反射してきらきらと輝くたびに存在感を主張するそれ。
私が「綺麗な髪飾りだね」と言って彼女の方を見遣ると、ヒカリちゃんは髪飾りを見つめながらゆっくりと深呼吸して、こう言った。

「これ、お母さんが昔コンテストで使ってた髪飾りだ……」

聞けば、ヒカリちゃんのお母さんは、昔シンオウ地方で活躍していたトップコーディネーターなのだという。古いアルバムの中できらびやかなドレスを着てポケモンと笑っている彼女の頭に、この髪飾りがあったそうだ。幼いヒカリちゃんはこの髪飾りを付けてみたいとねだったが、お母さんは軽く笑って「いつかね」と言うだけで、相手にしてくれなかった……。

「いつか、なんて絶対にこないと思って、もう忘れちゃってた。お母さん、ずっと覚えてくれてたんだ」

娘が自分からコーディネーターになると言い出して、ステージに立つその日まで。娘のことを信じて、ずっと。
ヒカリちゃんは今までで一番優しい声で「ありがとう」と言ってから、結い上げた髪にその銀の髪飾りをそっと挿した。ヒカリちゃんの優しい表情に花を添えるように、髪飾りがきらりと輝く。

「ヒカリちゃん、とっても似合ってる」

私がそう言うと、ヒカリちゃんはきゅっと笑いながら私の手を取って「ナマエちゃん、本当にありがとう」と言って、にこりと笑った。

「あたし、今日のコンテスト、絶対に勝てそうな気がする!」


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