201番道路の店員さんは、昨日と全く同じ草むらに佇んでいた。
「こんにちは」と声をかけると、彼はこれまた昨日と全く同じ柔和な微笑みを見せてくれた。

「朝早くからご苦労様です」

そう言って彼の前を通り過ぎようとしたのだが、店員さんの大きな手がぐいっと伸びてきて、私の左手をぱっと掴んだ。突然のことに驚いた私は思わず足を止めて、何事かと彼を見遣る。
すると彼は僅かに眉尻を下げてちょっと困ったような笑みを浮かべ、私にきずぐすりを差し出した。昨日も貰ったそれに戸惑いつつも、おもむろに受け取った。いいんですか? というように彼を見上げると、彼はあの少しへにゃりとした笑顔のまま、優しい声で「特別サービスです」と言った。

「本当はひとりひとつなんですけど、お嬢さんだけ」

内緒ですよ、と少し悪戯っぽく笑った店員さんに満面の笑みで礼を述べると、彼もにっこりと笑ってくれた。

「これからマサゴタウンに行くんです。フレンドリィショップ、絶対に寄りますね」
「ありがとうございます。道中お気を付けて」

お兄さんに二度目の別れを告げて、私はフレンドリィショップを目指してずんずん歩いた。





フレンドリィショップでは、モンスターボールときずぐすりを買った。
腕に巻いたポケッチ(これもデンジが用意してくれた)で時間を確認すると、今は11時前。このまま202番道路に入ると、おそらく道の途中でお昼をむかえることになるだろう。
私はテイクアウトできる食べ物を売っているお店を探して町を歩いて、それを砂浜も近付いてきた町の外れにようやく見付けた。お店の人に声をかけて、私は自分のお弁当にサンドイッチと紅茶を、ゴースにも何か食べるものをお願いした。少し時間がかかるというので、私は足の向くまま海に向かって歩いた。
シンジ湖も素敵だけれど、やっぱり海は格別だ。潮のかおりで胸を満たしながら波打際を歩いていると、ふと、なにかが岩場の方に落ちているのに気が付いた。
近付いてみると、それは毒消しだった。まだここに放置されてさほど時間が経っていないのだろう、潮風にさらされ続けた落とし物とは思えない真新しさだった。誰かが置き忘れたのだろうか。しかし、辺りを見渡しても、私以外の人影は見当たらない。
私はそれを手に取ろうか取るまいか一瞬悩み、そのままにしてお店へ駆け戻った。とりあえず、あの割腹のいい店主に話を聞いてみようと思った。

店主はお店の外に立って私を待ってくれていた。
私の姿を見付けるとぱっと笑顔になり、手にしていた包みを私に差し出した。お代を払って礼を述べてから、先程の毒消しの話をする。誰かが忘れ物をしているようだから、探しにきた人があれば奥の岩場にあったと伝えて欲しいとお願いをした。
すると店主は何がおかしかったのか、突然盛大に吹き出した。わはははと快活な声で笑う。訳がわからずきょとんとする私に軽く謝罪をしてから、店主はこう言った。

「あれはな、誰のものでもないんだよ」

首を捻る私に、店主は続けた、
「落ちてるものは、余程のもんじゃない限り自分のものにしちまっていいのさ。その代わり、お嬢ちゃんが落としたものも、まず返ってくることはない」

旅人の世界はそうやって回ってるのさ、と店主は静かに波打つ青い海を見つめながら言った。
私が使わないきずぐすりがふと鞄から落ちたら、それは必要な誰かが使うだろう。その代わり、何かが落ちていたら私はそれを拾う権利がある。必要なものが必要な人の元にゆくように、旅人の世界はうまく出来ているらしい。

「じゃあ、今の私には毒消しは必要なかったってことですね」
「そうだな。いつかどこかで、誰かがそれを拾うのさ」

自分でもわからないような、いつか、どこかで、誰かの役に立つことすらできる。
それは、全ての旅人の希望のように思えた。

「……おじさんも、そうやって旅をしていたの?」

おじさんはその視線を海から私に戻して、ちょっとニヒルに笑って言った。

「ああ、大昔、な」


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