ヒカリちゃんと別れてポケモンセンターに戻った私は、昨日オーバくんに言われた通り、デンジに電話をかけた。
ジムをさぼっていたり、私のことを信用してくれていなかったり、少しもやもやした気持ちは感じていたけれど、でもやっぱりデンジと久しぶりに話せるのは素直に嬉しかった。今日のコンテストの感想や、ヒカリちゃんのこと、ゴーストが進化したことや、森の洋館で捕まえた電気ポケモンのこと。話したいこと、聞きたいことは、たくさんあった。
だから私は懐かしい金色の髪が画面に映った瞬間、笑顔で彼の名前を呼んだのだが。

「……、」

画面の中のデンジは、ほとんど無表情に近い瞳で私のことを見て、すっと視線を左に逸らした。途端、私の胸の中で、感じていたもやもやが少しだけ大きくなる。

「おいおいデンジ、そりゃないぜー?」

電話のスピーカーからオーバくんの声が聞こえた、と思った瞬間、画面の上から大きな手が現れて、そっぽを向いたデンジの首をぐりっと動かして私の方に向き直らせた。どうやら、画面には映らない位置にオーバくんがいるらしい。

「オーバくん、昨日はありがとう」

私がそう言うと、画面の中のオーバくんの手がどういたしましてと言うようにひらひらと揺れて、画面の外に消えていった。
再び、画面は暗い表情のデンジだけになる。沈黙。それを破ったのは、私だった。

「……もしかして、怒ってるの?」

もしかしなくても彼が怒っていることくらい、見ればわかった。その不機嫌の理由が私にあることも、昨日のオーバくんの言葉からなんとなく理解していた。けれど、素直に謝りたくなかった私は、相手の出方を窺うように、第一声にそんな言葉を選んだのだった。
デンジは私のことを一瞥すると、薄い唇を少しだけ開いて、重いため息を押し出した。

「怒ってると思うってことは、心当たりがあるんだろ?」

嫌味っぽい険のある口調が、私の心をざらりと撫でる。楽しい話をしようと思っていた気持ちは一気にしぼんでしまって、更に大きくなったもやもやだけが残った。

「……そう言うデンジは、なにか心当たりとか、ないの?」

私のその言葉に、今まで無表情を決め込んでいたデンジの短い前髪の下の眉が、ぴくりと動く。しかしそれは一瞬のことだった。すぐにそっけない顔つきに戻った彼は、「心当たり?」とわざとらしく聞き返してから、こう言った。

「カンナギに行くって言っといてヨスガに行くほどの『心当たり』は、思いつかないな」
「私も、私にお説教するためだけにジムをさぼったみたいな『心当たり』は思いつかない」
「誰のせいでそうなったかくらいわかるだろ?」
「他人のせいみたいに言ってるけど、それを決めたのはデンジでしょ?」

無表情なデンジをぐっと睨んでそう言った瞬間、「だーもう!」というオーバくんの声が聞こえた。それから、赤い派手な頭が画面に映りこむ。

「お前ら、そうじゃねえだろ!? デンジもナマエも、ほんとに引っかかってんのはそこじゃねえだろ!?」

素直になれよ! とじれったそうに叫ぶオーバくんを、デンジは鬱陶しそうに画面の外に押しやった。私も、「オーバくん、今は邪魔しないで」ときっぱりと言ってデンジに向き直る。

「最初から言ってたが、お前に旅は無理だ。もうナギサに戻れ」
「絶対にイヤ! デンジこそ、ジムをさぼってまで私の旅に干渉しないで!」

今まで彼が私に向けたことのないような冷たい声に反抗して、私もデンジに対して言ったことのないような激しい口調でそう言った。画面の外からオーバくんのおろおろした声が聞こえてきたが、私たちはそれに構うことなく、続けた。

「お前はまだ子どもなんだから、当然だろ」
「私は子どもじゃない。もう小学校も卒業して、ポケモンも持ってる!」
「ほらそうやって声を荒げる。そういうところが子どもなんだよ」
「そう言うんなら、デンジだってジムさぼって機械ばっかりいじって、よっぽど子どもみたいじゃない!」

売り言葉に買い言葉、とはまさにこのことだ。もともとの原因とは関係のない口論を重ねた挙句、私は気付いた時にはこう言い放った。

「もういい! デンジの顔も見たくない」

画面の向こうの男は、涼しい顔で「そうか」と言いながら肩をすくめるような動作をすると、「ならもう連絡してこなくていいんじゃないか?」と言って私から顔を逸らした。
心臓と首筋のあたりが冷たくなったのは一瞬だった。すぐに怒りが追いついて来て、デンジに突き放された恐怖を覆い隠してしまう。

「わかった。じゃあもう連絡しない」
「勝手にしろよ」
「……じゃあね」
「ああ」

最後に聞こえてきたのは、オーバくんの声だった。彼が「だからお前ら」と言ったところで電話が切れて、画面は真っ暗になった。
私は、久しぶりの電話だから長くなるだろうと思って多めに入れていたコインがお釣りの返却口でかたかたとにぎやかな音をたてて戻ってくるのを聞きながら、ゆっくりと肺の中の空気を吐き出した。

デンジのばか。デンジは、なんにもわかってない。
私はお釣りも取らずに立ち上がると、重たい足を引きずるようにして、宿泊部屋の自分のベッドに向かった。それからベッドにダイブして、枕をぎゅっと抱きしめる。

もうデンジに毎日電話をして、旅のお伺いを立てる必要はなくなった。明日から私は好きな時に好きなところに行けるし、心配したデンジが飛んでくることもない。これでデンジは私の心配から解放されたわけだから、ジムにもきちんと顔を出すことだろう。
それは、私が望んでいたことのはずだ。なのに、こんなに釈然としないのはどうしてだろう。

「デンジのばか」

胸のもやもやを晴らそうとそう口にしてみたが、気分は晴れなかった。私は枕に顔をうずめたまま、唇を引き結ぶ。
……明日はヨスガジムに挑戦するつもりだし、気持ちを切り替えてもう休んだ方がいいだろう。そう思った私は手早く就寝の支度をして、ベッドにもぐりこんだ。


[ 91/209]



ALICE+