昨晩のことを考えると気持ちは重かったが、これからジムに挑むのだから、そんなことは言っていられない。
ヨスガシティのジムの前にたどり着いた私は、ゴーストとアイコンタクトをして、気持ちを切り替える。しっかりしろ、と言うように頷いてくれたゴーストに私が「うん。ありがとう」と礼を言ったその時。
「あら、アナタもゴーストポケモンを使うんデスカ?」という華やかな声がかけられた。

声のした方を振り返る。
そこにいたのは、紫のドレスを着た美しい女性だった。その風貌に見覚えがあった私は、記憶をさかのぼってその姿を探し、つい昨日の記憶の中にその人を見付けた。

「あ、昨日のポケモンコンテストで優勝していた……!」

ヒカリちゃんも憧れていた、ムウマージ使いの女の人だ。

「まあ、アナタ、アタシのコンテストバトルを見ていたのネ!」

くるり、と優雅に舞ってポーズを決めた彼女は、高らかな声でこう宣言した。

「アタシ、ポケモンコーディネーターにしてこの街のジムリーダー、メリッサといいマス!」
「私は、ナギサシティのナマエです!」

彼女の存在感に負けないように大きな声で自己紹介をしてから、改めてメリッサさんに視線を注ぐ。昨日のコンテストバトルでは、圧倒的なパフォーマンスと強さで会場を盛り上げていたけれど……ジムリーダーならば、その強さとオーラにも納得がいく。
私が昨日のコンテストの感想を述べると、メリッサさんは「どうもありがとうデス!」と言って、優雅に一礼してくれる。

「アナタ、ヨスガジムの挑戦者デスネ?」

私のためだけにポケモンコンテスト王者の礼を披露してくれたメリッサさんは、顔をあげるとそう言って私と、それから私のゴーストを見遣った。ジムリーダーらしい強気な笑み。
それに私たちがこくりと頷くと、メリッサさんはジムの扉を大きく開けて、私たちを中へ案内してくれた。




いつもなら、ジム付きのトレーナーが挑戦者とバトルをして、ジムリーダーに挑戦する力量があるのかを試すのだが、今回はそれを抜きにして、いきなりメリッサさんがバトルフィールドに立った。

それに私が困惑した表情を浮かべると、メリッサさんはにこりと笑って「大丈夫デス」と言い、私のゴーストをすっとさし示した。

「アナタのゴースト、とてもよく育てられている。アタシにはそれがよく分かりマス」

見透かすような目で見られたゴーストが、まるで押されるように少しだけ後ろに下がる。私はこのゴーストにこんな態度をとらせるなんて……と思いながら、改めてメリッサさん――ゴーストタイプの使い手である彼女に向き直った。

「だから、ナマエサン、心配しないでアタシにチャレンジしなさい!」

高らかにそう言ったメリッサさんは、腰のあたりからボールを抜き出すと、それを高く放った。
ゴーストタイプのジムらしく薄暗い室内に、ボールがポケモンを吐き出すまばゆい光が走る。光の中から現れたのは、丸い体でふわふわと浮かぶ、フワライドだった。

私は少し迷ってから、フワンテを出すことにした。
私の手持ちにはゴーストタイプの子が多いけれど、みんな相手の攻撃が抜群の威力できいてしまう。水タイプのコダックは唯一抜群を取られないが、しかし同時にフワライドに対する有効打も持っていない。
ならば、もうここはタイプの相性ではなく、フワンテの経験を重視しようと思った。自分の進化先であるフワライドとの戦いは、私とフワンテに新しい発見をもたらしてくれるに違いない。

フワンテを繰り出した私を見たメリッサさんは、私がゴーストポケモンを複数連れていたことと、あえて進化前の姿で挑む姿勢にいたく感激してくれたようで、「もしフワンテでアタシのフワライドを倒せたら、バッジを差し上げましょう!」と言ってくれた。

「フワンテ、聞いた?」

私がそう言うと、彼は風船状の頭をふわりと縦に振ってから、勢いよくフィールドに飛び出して行った。

「使用ポケモンは一体! バトルはじめ!」

ジム付き審判の声を合図に、フワンテとフワライドは同時に動いた。

「フワンテ、風おこし!」
「フワライド、怪しい風!」

フィールドの両端で巻き起こった旋風が、真ん中でぶつかり合って激しい乱気流を生む。

「怪しい風と互角だなんて、すごい威力の風おこしデスネ!」

ドレスの裾を優雅にはためかせながら両手を広げたメリッサさんは、そう言うが早いか次の指示を出した。

「この気流に乗ってフワンテに近付きなさい!」

ジムの中を吹き渡る荒れた風を完全に読んでフワンテに接近するなんて不可能なように思われたけれど、どうやらメリッサさんのフワライドともなると、こんなに荒れた空気の流れも正確に読むことが出来るらしい。軽い体を利用してぐんっと一気にこちらに迫ってくるその姿に押されるように、フワンテがじりっと後ずさる。

「フワンテ、落ち着いて! 小さくなる!」

私がそう命じた瞬間、フワライドは体を大きく回転させてしっぺ返しを放ってきた。しかしフワンテがすんでのところで小さくなったため、フワライドの手は宙を切る。
メリッサさんは「ワオ」と大げさに驚いてみせてから、フワライドに周囲に警戒するように呼び掛けた。メリッサさんのその声を聞いたときは、フワンテお得意の小さくなると驚かすのコンボが綺麗に決まると確信していたのだが。

フワライドの近くでフワンテがその体をぷくりと腫れ上がらせた瞬間、「鬼火!」
フワライドの体のまわりに、怪しく揺らめく炎が現れたのだ。フワンテはその鬼火に絡め取られてしまって、驚かすは失敗に終わってしまった。
火傷を負ったフワンテが、つらそうにしながらも体勢を立て直す。一方フワライドはというと、鬼火の光をまとってゆらゆらと揺れていた。青白い炎に照らされたフワライドの体が、薄闇の中に怪しく浮かび上がる。

「ナマエさん、確かにフワンテやフワライドの小さくなると驚かすのコンビネーションは、とっても強力で美しいデス」

フワライドの鬼火がすいっと移動して、今度はメリッサさんを照らし出す。メリッサさんは鬼火の光に照らされて不敵に微笑みながら、「でもネ、」と続けた。

「それはとってもとっても有名な作戦デス! アナタのフワンテはよく育てられていマスガ、アタシに勝つには、まだまだ工夫が足りませんヨ!」

メリッサさんがそう言ってポーズを決めると、鬼火が弾けた。散ってゆく火の粉が彼女のドレスのスパンコールをきらめかせて、消える。

「フワライド、怪しい風!」
「っ、風おこし!」

作戦を思いつけなかった私は、さっきと同じ指示しか出せなかった。フワンテは精一杯の風おこしを放ってくれたけれど、火傷のダメージもあってか、今度はフワライドの怪しい風が競り勝った。
フワンテの高い悲鳴がヨスガジムに響き渡る。そして、彼の体が地面に落ちた。


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