身代わりの使い方を極めようと、208番道路のトレーナーたちとバトルをしているのだが……、
「また負けた……」
正直なところ、あまりうまくいっていなかった。
身代わりを出すと、相手の強力な攻撃を受け流すことができるが、その代わりに体力を消耗してしまう。そうして積み重なった疲労が最後には裏目に出るようなバトルが繰り返された。
作戦と呼ぶにはどうにも、安定感がない。当然、メリッサさんに挑むには、まだまだ足りない。
「痛かったよね、ごめんね」
そう言いながら、消耗したフワンテにきずぐすりを吹きつける。体力が回復したフワンテは、ありがとうと言うように鳴いてから、ふわりと飛び上がった。テンガン山から吹き下ろしてくる風に乗って楽しそうに舞うフワンテ。
彼を追って視線を持ち上げた私は、彼の向こうに空のてっぺんで輝く太陽を見つけて、目を細める。
「……そろそろお昼にしようか。たくさんバトルして、お腹すいたね」
私がそう言うと、フワンテはぷかぷか浮かびながら嬉しそうに鳴いた。
お昼にするのにちょうどいい木陰を探して、208番道路の北側に広がる森の中に足を踏み入れる。細い小道にそって森を進んでいくと、ふいに茂っていた木々が開けて、広大なきのみ畑が現れた。
向こうから色ごとに几帳面に植え分けられた畑は、さながら七色の森のようで。その圧巻の景色に、私の唇からため息に似た歓声がもれた。
一番手前の畑ではモモンの実がたわわにみのり、重そうな実が風が吹くたびにゆらゆらと揺れている。今までにもモモンの実を見たことは何度もあったけれど、こんなにたくさんのモモンの実を一度に見るのは初めてだ。深呼吸をすると、微かに甘いような香りが鼻腔の奥をくすぐった。
「モモンの実がこんなにいい香りがするなんて、知らなかったなあ」
「そりゃあ、ここのモモンの甘さはとびきりだからね」
ひとりごとのような呟きに返答があったことに驚いた私は、慌てて声のした方を振り返る。視界の中央に現れたのは、色褪せた緑色のキャップを被ったおじいさんの姿だった。彼は浅黒い肌に笑いジワをいっぱい刻んで、「どうだ、ひとつ食べてごらん」と言い、持っていた網カゴの中のモモンの実をひとつこちらに差し出した。
私が遠慮するより早く、おじいさんは私の手に木の実を握らせる。それから、「ほら、お前さんも!」とゴーストにもモモンの実を握らせた。私とゴーストは軽く目配せをし合ってから、おずおずと口を付けてみる。柔らかい果肉にかじりついた瞬間、じゅわり、とほんのり甘い果汁がしみだしてきた。
「わ、おいしい!」
私がそう言うと、おじいさんは顔を綻ばせて「そうだろう!」と言って満足そうに頷いた。横目でゴーストの様子を見てみる。彼はモモンの実をぺろりとたいらげると、長い舌を使って果汁で汚れてしまった手のひらをぺろりとなめる。どうやら、彼もこの実の味を気に入ったらしい。
ゴーストの食べっぷりがお気に召したのか、おじいさんは「お嬢さん、他にポケモンはいないのか?」と黒い瞳を輝かせながら訪ねてくる。
「えっと、あと三体、いますけど」
「はやく出すといい。お前さんとゴーストだけがわしのきのみを食べたと知ったら、後でケンカになるぞ」
おじいさんの茶目っ気あふれる笑顔と勢いに押されて、私はみっつのボールを放る。現れたポケモンたちを見たおじいさんは、「さてお前さんらは、どの味がお好みかな?」と言って網カゴから色とりどりのきのみを出し、白い歯を見せてにやりと笑ってみせた。
おじいさんは、ここできのみ農家をしているらしい。ヨスガシティの日照時間の多さと、テンガン山からの豊富な水源のおかげで、この辺りはどこよりもたくさんきのみがなるのだそうだ。
お昼時ということもあり、すっかりきのみをごちそうになってしまった私たちは、ささやかながらお礼として畑仕事を手伝わせてもらうことにした。浮遊することができる子たちは、おじいさんの手が届かない高い場所になっている実を収穫し、コダックは水鉄砲をスプリンクラーのように宙に巻き上げて土を潤してゆく。
私もソノオでもらったコダックじょうろで水をやったり、肥やしをまいたり、できるかぎりの手伝いをした。色とりどりのきのみ畑は見ているだけでも楽しくて、作業をしているとあっという間に時間が過ぎた。
「今日は助かったよ。どうもありがとうね」
畑の木々の向こうに見えるテンガン山に夕日が沈んでゆく。私はあかがね色の光を浴びて優しく笑うおじいさんに、「こちらこそ、ごちそうしてもらって、ありがとうございました。きのみのお世話も楽しかったです」とお礼を述べた。
今まで、きのみは自然の中で勝手に育っているのだと思っていた。けれど、思い返してみると、きのみをとった時に私はそのお礼にとじょうろで水をやってきた。きっと他のトレーナーもそうしているんだと思う。
今まで意識していなかっただけで、私がとったきのみにもおじいさんみたいに世話をしてくれていた誰かがいたのだ。そして反対に、私が水をやったことは、きっと誰かの助けになっている。私は今日、そのことに気付けた。
「とっても勉強になりました」
私がそう言って頭を下げると、おじいさんは嬉しそうに笑って「それはよかった」と言ってくれた。それから彼はおもむろに、網カゴの中から黄色い独特の形をしたきのみを取り出して、こちらに差し出した。
「これは手伝ってくれたお礼だよ」
すすめられるままに私が受け取ったのは、オボンの実だった。以前読んだ週刊ポケモンバトルのきのみ特集号で、状態異常を回復するクラボやカゴのようなきのみと同じくポケモントレーナーの必需品にあげられていた記憶がある。効果は確か、体力回復。
オボンの実の効果を思い出した瞬間、私の頭にひらめきが走った。フワンテの身代わり作戦が安定しないのは、身代わりで積み重なった疲労が裏目に出てしまうから。なら、オボンの実を持たせたらどうだろう?
「い、いいんですか?」
「もちろん!」
私はおじいさんに厚くお礼を言ってきのみ畑を後にすると、森の小道を208番道路へと走った。夕焼けが残っているこの時間なら、まだトレーナーがいるはずだ。私はモンスターボールからフワンテを出すと、バトルをする元気はあるかと尋ねる。彼は走る私の後をついてきながら、大きく頷いてくれた。
そうこなくちゃ。私はみっつ貰ったオボンの実のうちひとつをフワンテに渡して、さっそく見つけた短パンの少年に声をかけた。
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