「ナマエさん、待ってましたヨ!」

メリッサさんは2回目の挑戦を快く受けてくれた。「よろしくお願いします!」と言って、彼女の顔正面に立つ。するとメリッサさんは、そんな私を見てにこりと笑った。

「いい表情デスネ。アナタがどんな工夫をしてきたのか、本当に楽しみデス」

メリッサさんがそう言いながらボールを構えると、審判が試合開始のコールをした。使用ポケモンは一体。当然私たちが繰り出したのは、フワンテとフワライドだ。
私の脳裏を、前回のバトルがよぎる。メリッサさんの的確な指示と、フワライドの鮮やかな動き。それは、ポケモンの魅力を最大限に発揮するコーディネーターを兼ねるメリッサさんならではの美しい戦術だった。今日、私とフワンテは、それに勝つんだ。

「フワライド、怪しい風!」
「フワンテ、小さくなる!」

フワライドは体をぐるりと捻ると、怪しい風を放った。まずはそれを小さくなってかわす。
前回は、ここから驚かすを使ってそれを読まれた。今度は、「風おこし!」

フィールドの真ん中に現れたフワンテが、風の渦を作り出す。いつもであれば、風おこしは相手のポケモンに正面からぶつかってダメージを与えるのだが、フワライドが相手だとそういうわけにはいかないらしい。

「フワライド、風に乗りなさい!」

フワライドは軽い体を利用して、風おこしの気流に乗った。くるくると、まるで踊るように動くフワライド。ダメージはほとんどないようだ。
メリッサさんはそのままフワライドに鬼火を命じた。生み出された青白い炎たちは風おこしの渦に乗って、縦横無尽に動く。メリッサさんはフワンテの風おこしを利用して鬼火を動く防壁にしてしまった。あれではうかつにフワライドに近付けない。

「さあ、今度はこっちから行きますヨ。怪しい風!」

フワライドが放った怪しい風は、フワンテの風おこしを飲み込み、まるで竜巻のような勢いでフワンテに向かってきた。今だ、

「身代わり!」

紫色の光の中から現れたフワンテの身代わりは、巨大な怪しい風から本体を守るように立ちはだかった。

「アラ、新しい技デスネ?」

身代わりを放ったフワンテを見たメリッサさんの目が輝く。私は彼女に「そうです!」と返事をしてから、フィールドに向き直った。
まん丸の瞳で向かってくる怪しい風を見つめていた身代わりは、相手の攻撃とぶつかった瞬間、紫色の淡い光をまとって強力な攻撃を正面から受け止めた。メリッサさんの口から、「ワオ!」という楽しそうな歓声が上がる。

「フワンテ、蓄える!」

身代わりの陰で蓄えるを使って防御力をあげたフワンテは、鬼火をまとった怪しい風と身代わりが相殺されて消えた刹那、勢いよく飛び出して行ってフワライドと対峙した。そして、闘志あふれる声で高らかに鳴く。

「あれだけの大技を当てたのに、まだまだ勝負はこれから……。
掴み所のないゴーストタイプらしい戦い方デスネ!」

やる気に満ちたフワンテを見たメリッサさんは、楽しそうにそう言った。自分の作戦を褒められたのだと思った私は、素直にその言葉を受け取ることにした。「ありがとうございます!」と言ってから、もう一度身代わりをするようフワンテに指示を出した。

「さあ、今度は私たちから行こう」

私がそう言うと、二体のフワンテは私に背中を向けたままこくりと頷いた。

「風おこし!」

フワンテの渾身の風おこしを、フワライドは怪しい風を放って相殺した。前回のような激しい乱気流が薄暗い場内に吹き荒れる。

「フワライド、驚かす!」
「フワンテ、驚かす!」

吹き荒れる風の音を裂いて、私とメリッサさんの声が重なった。フワンテとフワライドは同時に風に乗って滑り出す。そして、互いに手を振りかざしながら距離を詰め合い、すれ違うその一瞬で同時に腕を振り抜いた。

べちん、という重い音が響いて、風がやむ。
ややあって、フワンテの分身が、揺らいで消えた。一瞬の戦いを制したのは、フワライドだったらしい。彼の攻撃が当たる方が、わずかに早かったのだろう。そのせいでフワンテの驚かすは狙いが外れてしまったのか、相手にあまりダメージはないように見える。

フワライドはまだまだ元気そうな様子で旋回すると、再びフワンテに向かって急降下してきた。どうやら、もう一度驚かすを使ったようだ。一方のフワンテは、身代わりのダメージのせいか、少し動きが鈍い。
ダメージを回復しないと。そう思ったのは、私だけではなかったらしい。フワンテは持たせていたきのみをこのタイミングで使った。
オボンの実を使って体力を回復したフワンテが、迫ってくるフワライドを見上げて鋭く鳴く。そして、彼に正面から対抗して再び驚かすを使った。

フワンテの瞳が自信に満ちたきらめきを放っているのに気付いたメリッサさんは、私の立てたもう一つの作戦に気付いたらしく、フワライドになにか別の指示を出そうと口を開く。しかし道具を消費して軽業の発動したフワンテの驚かす攻撃が命中する方が、それよりもずっと早かった。
目にも止まらない動きでフワライドを翻弄してから、その体をぶわりと膨らませる。一瞬の隙をつかれてひるんでしまったフワライド。私は今だと言わんばかりに、攻撃をたたみかけた。

「そのまま風おこし!」
「っ、怪しい風で防御デス!」

フワンテの起こした旋風が迫る中、やや遅れてフワライドも体をぎゅるっと捻った。フィールドを覆いつくす嵐は正面からぶつかり合って、先程のように相殺される……はずだった。
大方の予想を裏切って、フワンテの巻き起こした風はフワライドの怪しい風を打ち破り、相手に届いたのだ。予想外の出来事に目を見張った私は、フワンテの放った旋風を注視する。そうして、それが風おこしではないことにようやく気付いた。紫色の旋風。あれは、怪しい風だ。

「バトル中に怪しい風を覚えるなんて、魅せてくれますネ!」

メリッサさんは興奮の滲んだ声でそう言うと、怪しい風の命中したフワライドの様子を確認する。「まだやれますカ?」という問いかけに、フワライドは力強い声で答えると、傷付いた体を大きく膨らませて飛び上がった。

そんなフワライドを真っ直ぐ見つめるフワンテに、私はもう一度身代わりを指示した。
フワンテの体が怪しく光って身代わりを生み出す様子を見ながら、メリッサさんは静かに微笑む。私がその美しい笑みにひきつけられたのは、刹那。すぐにメリッサさんの声がフィールドに響いて、私は我に返る。

「フワライド、フルパワーの怪しい風、行きマショ!」

今までで一番強力な怪しい風が迫ってくる。私はそれを静かに見つめるフワンテに、「しっぺ返し!」と声をかけた。二体のフワンテが勢いよく飛び出してゆく。彼らは真っ直ぐに風を裂いて進み、フワライドに渾身のしっぺ返しを放った。





「本当に、素晴らしい工夫デシタ!」

メリッサさんは興奮気味にそう言うと、両手を広げて天を仰ぐようなポーズを作った。

「身代わりとオボンの実、それに特性『軽業』。そのみっつを組み合わせたのデスネ!」

私の作戦は、あっという間に分析されてしまっていた。さすがはゴーストタイプのジムリーダー。私は素直に、事のあらましを話すことにした。
偶然にも身代わりの技マシンとオボンの実を手に入れることが出来たからこの作戦を思いつくことが出来たのだと説明すると、メリッサさんは「確かに、偶然も大きく関係しているのかもしれマセン」と言ってから、右手を私の方に差し出してこう続けた。

「でも、そのいくつもの偶然を繋ぎ合わせたのがアナタ自身であること、忘れちゃだめデスヨ!」

彼女が優雅な動作で差し出した右手には、紫色に輝くバッジがあった。

「アナタの強さと工夫をたたえ、レリックバッジ、渡しマス」

私はバッジを受け取ると、ケースにそっとしまった。並んだみっつのバッジを感慨深く見つめていると、メリッサさんは勇敢に戦った私のポケモンにも、敬意を表してくれた。

「一度負けた相手にひるまず向かっていたアナタのフワライドも、素晴らしかったデスヨ」

そう言って彼女は、私の隣を漂っていたフワライド――バトルが終わってから進化した彼を、優しくなでてくれた。
フワライドは気持ちよさそうに長く鳴いてから、今度は私にも撫でてくれとせがむように右手に手を絡ませてきた。私が空いていた左手で撫でると、フワライドは嬉しそうに体を膨らませた。その瞬間、フワライドの浮力に引っ張られて、私の足がわずかに浮く。

「わ、ちょっと、フワライド、おろして、おろして!」

私が慌ててそう言うと、フワライドはしゅうっと空気を抜いていつもの大きさに戻る。私の足が、地面につく。
フワンテをゲットしたとき、私はフワンテにまつわる怪談話(夕暮れ時にフワンテといた子供が行方不明になるという、あの有名な噂)を思い出して戦慄したけれど……これはいよいよ、それが現実味を帯びてきたのかもしれない。

「私のこと、どこか遠くに連れて行ったりしないよね?」

ないとは思うけど、念のため、確認するようにそう問うと、彼はいつものとぼけたような顔をして掴み所のない声で鳴いた。それから、また私の腕に絡みつくと、体をふわりと膨らませる。私がもう一度慌てた声をあげると、フワライドはおだやかな声でぷわぷわと笑った。

私たちのやりとりを見ていたメリッサさんは、ふふふ、と上品な笑みをこぼしてから、こう言ってくれた。

「ふたりが楽しそうでなによりデス。これからも、その気持ちを忘れずにがんばってくださいネ!」


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