ジム戦の翌日、私は観光がてらヨスガシティをのんびりと散策することにした。
噴水の並ぶ公園でポケモンたちと遊んだり、おしゃれなカフェでお茶をしたり、街の南西にあった教会に行ってみたりしているうちに、時間はあっという間に過ぎた。

ヨスガシティの観光を終えてポケモンセンターに戻る。入口の自動ドアが開いて中に入ろうとした私は、ちょうどタイミングを同じくしてポケモンセンターから出ようとしていた女の人と危うくぶつかりそうになった。
慌てて足を止めた私の口から「すみませんっ」と勢いよく謝罪の言葉が飛び出す。相手の女の人は、高い位置でくくった金の髪を揺らして驚いたような表情を作っていたが、すぐに見開いた目を細めて人の好さそうな笑みをつくると、「かまへんよー」と言った。

テレビの中でよく聞く独特の訛りに面食らったのは一瞬だった。彼女は私の後ろにいたゴーストに気付くと、すぐに白い歯を見せてにやりと笑って、早口でこう続けた。

「おっ、ポケモン連れとるっちゅうことは、トレーナーやな!
ほな、ポケモンボックスつこてるんや! うれしーなあ!」

彼女の早口に圧倒された私が思わず言葉を失っていると、この女性は少し首を傾げて「どーしたん、きょとんとした顔やで?」と言った。
私は軽く謝ってから、突然のコガネ弁にびっくりしたことと、私はトレーナーだけどポケモンボックスというものを使ったことはないことを手短に話す。すると、この女性は大きな声をあげて驚いてから「あかん、きみトレーナーやのにそれはあかんで」と言って、私の手を引いて歩き出した。彼女は踵を返してついさっき出て来たばかりのポケモンセンターに入ると、パソコンの並ぶ一角に私を連れていく。

「せっかくやから、うちが使いかた教えたるわ!」

そう言ってパソコンを立ち上げた彼女は、そうして初めて思い出したように、「あ、うち、ミズキ。よろしく!」と言った。私はそれに応えるように自己紹介をしようとしたのだが、「私はナギサシティの」と言ったところでパソコンが立ち上がり、ミズキさんがしゃべりだしたため、私の自己紹介は中断した。

「ほな、説明するからボール貸して?」

ポケモンボックスというのは、6匹以上ポケモンを持っているトレーナーが連れていけないポケモンを預けておけるシステムのことらしい。トレーナーカードを持っている人には専用のボックスが与えられ、ポケモンセンターのパソコンなどから自由に使うことができるのだという。
預け方や、引き出し方、ボックス整理の方法など、基本的な操作方法を教えてくれたミズキさんは、そのままポケモンボックスの仕組みについて語ってくれた。

ポケモンボックス回線は、ポケモンがモンスターボールの中に入るのと同様に、ポケモンが本来もっている性能である携帯獣通信能力、通称『ポケコム』を利用したシステムであること。
もともと通信の用途のみに使用されていたポケコム回線の原理を利用し、補強する形でポケモンボックス回線が作られたこと。
そのポケモンボックス回線の基礎理論を説いたのが、マサキという人物であること。などなど。

早口で本当に楽しそうにしゃべる彼女には申し訳ないのだけれど、私の頭の出来では難しい話を理解できているかどうか怪しい。私はただただ頷きながら話を聞き、「というわけやねん!」と話を締めくくったミズキさんに、「すごいですね、勉強になります」と頭の悪い感想を述べることしかできなかった。

しかし、私のすごいですね、という言葉に気をよくしてくれたのか、ミズキさんは自慢げにふふん、と笑うと、「だって、シンオウのポケモンボックス管理しとるん、うちやもん!」と言ってにかっと笑った。

「こんなん知ってて当然や!」

にこにこと人当たりよく話すこの若い女の人が、シンオウのポケモンボックスを全て管理している。その事実を理解した私は、もう一度「え、そ、それはすごいですね!」と、さっきよりも熱のこもった口調でまたも頭の悪い感想を口にした。
ミズキさんは照れたように「もー、褒めすぎやって」と言い、「でもそう言われて悪い気はせーへんな!」と、冗談っぽく笑った。

「気に入ったわ! きみ、名前は?」
「ナギサシティのナマエです」

これが実は二度目の自己紹介であることに気付いていないらしい彼女は、私の名前を口の中で一度呟いてから、持っていた鞄の中からメモ用紙を取り出す。そして、さらさらと番号を書き付けてから、それを私に渡した。

「これ、うちの番号。ボックスでなんやわからんことあったら、電話して!」

こんなすごい人の電話番号を私がもらっていいのだろうか。そう悩んだ一瞬のうちに、ミズキさんはさりげないしぐさでそれを私の手に握らせた。そして、コガネの人らしい底抜けに明るい笑顔を披露してくれる。
彼女はそのまま「ほなな」と言うと、さっと踵を返してしまった。私は慌ててその背中に「ありがとうございます!」とお礼を言う。ミズキさんの足は止まらなかったけれど、どういたしましての代わりに彼女の晴れやかな笑い声が響いた。


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