04
最初こそ善の心から始まったものだった。元はと言えば病気で苦しむ人達を救う為に作られたものなのに、それがまさか世界を混乱と恐怖に追いやることになるなんて誰も思っていなかった。
エマは父《マイク》からありとあらゆる生きる術を教えられた。元陸軍部隊に所属していただけあって、格闘技から銃の扱い等を含めてサバイバルに必要とされる知識や技量をとことん叩き込まれた。
「どうしてこんなことをおしえるの?」
「……」
エマが疑問に思ってそう問い掛けるも父《マイク》は決して答えなかった。
日中は移動しながら訓練を行い、夜になると身を隠せる狭い場所を探しては息を潜めて過ごす。毎日がそれの繰り返しだった。そうして安全な場所にやっと辿り着いた時、この日を境にエマの生活は大きく変わった。
エマが眠りに就くと父《マイク》は知り合った人にエマを預けて一人だけその地を去ったのだ。
「パパ……! パパはどこ……!?」
「エマちゃん落ち着いて。あなたのお父さんから手紙を預かってるの」
渡された手紙を読んだ時、エマは大粒の涙を零して泣いた。
手紙には叔父《ジョージ》が狂人と化した彼らを人間に戻す血清を作る為に全ての始まりとなったサムジャールシティに留まっていること、そして父《マイク》はその研究を手助けする為に危険を承知で向かうこと等が書かれていた。
*〜*〜*
自分に何があったとしても後追いはするな。
これから先は自分の力で生きていくこと。
その為に色々教えたのだ。
エマ、生きなさい。
母さんの分も、そして、私の分も――。
*〜*〜*
ひたすら泣くエマに慰めの言葉を掛ける大人達。幼くして一人残されたエマを哀れに思っていたのだろう。しかし、エマはわかっていた。
懸命に生きる術を教える父の気持ちをちゃんと理解していた。きっとこうすることを、幼心ながらにエマはわかっていた。
◇
乾いた銃声音が辺り一帯に突然鳴り響いた。瓦礫に腰を下ろしていたマルコはその音にハッとして立ち上がった。
「エマ……!」
預かったリュックとライフル銃を肩に掛けてエマが入って行ったビルへと足を向けた。
〜〜〜〜〜
「お願いだからここに居て。なにが起きても絶対に屋内に入っちゃダメ。良いわね?」
〜〜〜〜〜
ビルの出入口付近でエマの言葉が脳裏に過ってピタリと立ち止まった。
「くっ……、約束したろ。信じて待つしか無ェ……」
眉間に皺を寄せてグッと声を押し殺すようにポツリと言葉を零した。だがその時、再び発砲音が鳴り響いた。二階の角だ。マルコは急いで向かった。すると叫ぶ声や走る足音が窓に向かって徐々に大きく聞こえて来た。
ガシャァァンッ!!
「!」
二人組の男と思われる者達に腕や肩を掴まれたまま窓を突き破って外に飛び出すエマの姿があった。
「エマ!」
マルコは驚いて彼女の名を叫んだ。
◇
エマに襲い掛かろうとしたそれは額を撃ち抜かれてドサリと倒れた。だがその銃声音により屋内にいた”彼ら”は捕食対象となる存在に気付いて動き始めた。
「あァァァッ!」
呻くような声が全方位から反響して木霊する。
エマはハンドライトを消してその場を走り出した。階下へ降りる為の階段には行けない。下からも上階からも階段を掛けて来る足音が聞こえる。
ガシッ!
「!」
逃げ先を考えた時、腕を掴まれた。――ガゥンッ! ガゥンッ!――と、ハンドガンで応戦し、腕を掴んだ相手を蹴飛ばして逃げた。角を曲がった所で先ほど輪になって立っていた彼らがエマに向かって襲い掛かって来る。エマはハンドガンを打ちながら攻撃を躱して前方に見えた窓に向かって走り出した。
「はッ、はァッ…!」
銃口を窓に向けて発砲してガラスにヒビを入れると勢いのままにそこに向かって走り続けた。エマを追い掛ける彼らの内の二人組がエマの腕や肩を掴んだ。だがエマは形振り構わず窓ガラスに体当たりをするように飛び込んだ。
ガシャァァンッ!!
「ガウアァァッ!!」
「グアァァァッ!!」
エマと共に外へと飛び出した二人組は日の光を浴びると同時に重度の火傷を負って悲鳴を上げた。
この下には車が停車していたことを計算していたエマはその車をクッションとして利用する気でいた――が、落下すると同時に思っていた衝撃は無く、逞しい腕に受け止められたことに目を丸くした。
「ッ……! マル…コ……」
「ったく、無茶し過ぎだ。この車って奴を利用する気だったのかもしれねェが、無傷で済むこたァ無かったろうよい」
「それはお互い様よ」
「なに?」
「あなたの身体。負傷しているのに無理して受け止めたりして……」
エマはそう言うと包帯を巻いているマルコの身体をトンッと突いた。瞬間的にズキッと痛みが走ったマルコはグッと声を飲み込んで顔を少し歪めた。
―― 自分のことより人のことを考えるのはお互い様だ。
マルコはそう思いながらゆっくりとエマを下ろした。
「でも、ありがとう。無理をさせてごめんなさい」
「!」
エマは表情こそ変わらないが謝罪の言葉を口にした。余計なお世話とばかりに冷めた口調で話すエマに礼ぐらい言えと少しだけ腹を立てたマルコだったが、まさか謝罪を告げられるとは思わなくて面食らった。
エマは何事も無かったかのように自分と共に外へ飛び出した二人の元へと歩み寄った。
二人の身体は重度の燃焼を負っていて既に力尽きて死んでいた。
マルコはリュックとライフル銃を抱えてエマの後を追い、その二人を見て眉間に皺を寄せた。
「こいつらはなんだ?」
「夜になると徘徊している人間よ」
「に、人間!? こいつらが!?」
マルコが驚くのも無理は無かった。焼け爛れて死骸となったそれらは確かに人の形はしているが、皮膚の色が変色した上に筋肉が異様に発達したのか歪な形をしていてるのだから到底人間とは程遠い存在に見えたからだ。
「最初はガンの特効薬として画期的な薬品が開発されたって、世界は喜んでいた」
「薬品……?」
「試験投与されたガン患者は全員治癒したの。でも、一部の患者が副作用を起こして狂犬病のような症状が出始めた。狂暴化して身体能力が異常に高くなったの」
「……それで?」
「政府の軍部が目を付けた。その患者を医学専門施設に運んで原因を突き止めたら、今度はそれを使って細菌兵器にしようとしたの。でもある日、研究施設で事故が起きた」
「!」
「そこで仕事をしていた叔父の話によると、実験時に薬品が入った試験管を落とした研究員が感染した。慌てて施設内を閉鎖して細菌を殺そうと殺菌薬を振り撒いたけど、変異を起こしたとても強いウイルスとなったソレは殺すことができなかった」
エマは焼死体となった者の皮膚に軽く触れた。瑞々しさ等皆無。カラカラに乾いた感触が伝わった指先、返して見れば黒ずんだ廃粕のようなものが付着している。親指で擦って自分が飛び降りた窓を見上げながらエマは話を続けた。
「S.V……スプーナー・ウイルス。そう名付けられた」
「スプーナー……?」
「ガンの特効薬を作った開発者の名前を付けられたの。治療薬が突然変異を起こしてできたものだから」
「……」
「スプーナー・ウイルスは九四パーセントの致死率で人間を死に至らしめるの。突然変異によって空気感染を引き起こす危険なウイルスとなって世界に拡散していった」
「なっ……!?」
「感染した者は正気を失って狂暴化すると同時に筋力が異常に発達して常人を遥かに超えた身体能力を得て、生きている人々に襲い掛かるようになった。新鮮な血肉を欲しがるように……ね」
エマはそう言うとマルコに預けたリュックに手を伸ばした。それに気付いたマルコがリュックをエマに渡すとエマはそれを持ってビルの出入口へと向かった。
「エマ、他に真面な人間はいねェのか?」
「いるわ。スプーナー・ウイルスは強くても寒さに弱いことがわかったの。山を越えることができなかったから山奥へ逃げた人々は助かったわ」
「そうかい……。で、日が当たるところが安全ってェのはこいつらが焼死したことと関係があるのか?」
「えェ、全身の体毛と太陽の光への耐性を失ったせいで日の光を浴びると焼けて死ぬの」
「日中は屋内で寝て、夜になると活動するってェことか」
「そうよ。その習性で彼らをダーク・ウォーカーと呼ぶようになったみたい」
エマはリュックからワイヤーを取り出し罠を仕掛け始めた。先端にエマが着ていたミリタリージャケットを取り付けてビルの出入口の日陰部分にそっと置いた。
「エマ、どうする気だ?」
「罠を仕掛けて一人だけ捕まえて連れて行くわ」
「ど、どうやって……、太陽の光に耐えられねェんだろい?」
マルコの疑問にエマはチラリと腕時計を見て時間を確認した。
「もう近くまで来てるから」
「なに?」
「叔父よ。車に乗って迎えに来るのよ」
「車? 動いてる車に乗って来るのか!?」
「え、えェ……」
エマはリュックから取り出した注射器で自分の血液を採取しようとしたが、車の話になった途端にマルコが驚くと同時にどこか嬉しそうな表情を浮かべていること気付いて手を止めた。
―― まるで……子供みたい。
いい歳した大人が見せる表情にはとても思えなかった。
エマはウイルスの説明をしながらも時折マルコの表情や反応を備に観察していた。だが話せば話す程に疑問が湧いた。
この世界に起きていることを全くと言って良いほど何も知らない。
―― そんなこと、あり得ない。
この危険区域で意識を失って倒れていたことから意識障害を起こして記憶が抜け落ちているとしか考えられない。
エマはそう思いながら自身の血液を採取した小さなガラス管をミリタリージャケットの側に置いて叩き割り、すぐさまマルコの腕を引いてその場から離れると間もなくして罠が作動した。
エマの血の匂いに引き付けられたダーク・ウォーカーが罠に掛かり、ミリタリージャケットを頭から被るようにしてワイヤによって外へと引き擦り出されて日陰の場所に吊し上げられた。
エマはジタバタと暴れているダーク・ウォーカーをハンドガンの柄の部分で強く殴りつけて失神させた。マルコがそのダーク・ウォーカーをミリタリージャンバーに包んだ状態で抱き抱えるとエマはサバイバルナイフでワイヤーを切断した。
「見事だよい」
「えェ、想像以上に上手くいったわ」
マルコとエマがそう言葉を交わしたその時。
「ウォォォォッ!!」
「「!」」
ビルの出入口に突如として一人のダーク・ウォーカーが現れて凄まじい形相をして叫んだ。
罠によって捕らえられたダーク・ウォーカーは身内なのか、それはわからないが悔しそうな表情を浮かべ、日の光を受けて焼ける肌も気にせずにエマとマルコを睨み付けた。
「エマ」
「ッ……」
マルコは怪訝な表情を浮かべてエマに視線を向けた。だがエマは睨み付けて来るダーク・ウォーカーに驚いた様子で固まっていた。
――ただ狂暴になっただけじゃねェのか。こいつらには知能があるし仲間意識もある。だがそれをエマは知らない。大方そんなところか。
マルコはそう察した。
突然現れたダーク・ウォーカーは見るからに男で、捕らえたダーク・ウォーカーは体格的に女だ。あの反応からして何か特別な関係があるのかもしれない。しかし、ダーク・ウォーカーは程無くしてギリッと歯を食い縛りながらも身を引いて屋内へと引っ込んで行った。
エマはゆっくりと息を吐いて胸を撫で下ろすとマルコが抱き抱えているダーク・ウォーカーに視線を寄こした。そして直ぐにマルコを見上げて視線がかち合った。
「行くわよ」
「……良いのか?」
「早く叔父の所へ連れて行かないと」
何も問題は無いとばかりにリュックとライフル銃を肩に掛けてエマは歩き出した。マルコは生け捕ったダーク・ウォーカーを抱えながらエマの後を追った。
―― !
背後から鋭い視線を感じたマルコはピタリと足を止めて振り返った。
姿は無い。しかし、確実にこちらを見ている。
「……」
マルコは眉間に皺を寄せるとその者に覇気を伴う睨みで威嚇した。すると相手は少し委縮したのか、放たれていた鋭い視線を引っ込めて気配を消した。
―― どこに連れて行くのかを探ろうとしてたってェところか。
覇気を押さえて一つ息を吐き、エマの後を追おうと踵を返した。
「あなた、本当に何者?」
「ッ!」
直ぐ目の前にエマがいて驚いたマルコは思わず息を飲んだ。鋭い眼差しでマルコを睨み付けているエマに今度はマルコが軽く委縮した。
「な、なんだよい……?」
「正直に話しなさい。あなたは誰? どこから来たの? どうして世界に起きたことを何も知らないの?」
エマは沸々と湧いて来る疑問をマルコにぶつけて迫った。
「ちょっ、ま、待て!」
エマの勢いに押されるようにたじろいだマルコは少し後退った。だがエマはそんなマルコのシャツの裾を掴んで引っ張った。
「答えなさい」
「い、いや、おれもよくわかってねェんだ。だから答えろと言われても――」
「並の人間が奴らの視線に気付くなんてあり得ない。どこのソルジャー出身? まさか第一三地区カテーナ都市のクライムじゃないでしょうね?」
「――ッ、本当に、何もわからねェんだから答えようが無ェ。とりあえず今は頼むから落ち着いてくれよい!」
エマが口にする言葉の羅列にマルコは愈々困惑した。
これまでのことを総合して考えた末に導き出された答えはマルコにとっても信じ難いものだった。ましてやそれを説明したところでエマに信じて貰えるとは到底思えない。
苦心するマルコにエマは仕方が無いと溜息を吐いて気持ちを落ち着かせた。
「良いわ。この後だけど、あなたはどこにも行く宛が無いわよね」
「あ、あァ……」
「なら、話を聞く時間はたっぷりあるということになるわね」
「!」
「行きましょう。叔父は待つのが嫌いなの」
エマはそう言うとマルコの肩をポンポンッと軽く叩いて歩き出した。マルコは少しだけキョトンとして立ち尽くしたが、直ぐに頭を振って小さく溜息を吐いた。
今更エマから離れて他の誰かの世話になる等、自分の性格からしても無理であることはわかっている。エマが同行を許してくれるなら――と思っていたが、エマの方から誘ってくれるとは思ってもいなかった。
自分と同じように疑い深く警戒心が強いというのに、何をどう思って得体の知れない男の話を聞く気になったのか、マルコは先を行くエマの背中を見つめた。
「エマ……、ありがとよい」
自ずと礼の言葉を口にしたマルコだったが直ぐにハッとして口を噤んだ。だがとても小さい声音だった為か、エマの耳には届いていなかったようで少しホッとした。
―― とりあえず成る様に成れ……だな。
腕に抱くダーク・ウォーカーを改めて抱え直すとエマの後を足早に追った。
エマは父《マイク》からありとあらゆる生きる術を教えられた。元陸軍部隊に所属していただけあって、格闘技から銃の扱い等を含めてサバイバルに必要とされる知識や技量をとことん叩き込まれた。
「どうしてこんなことをおしえるの?」
「……」
エマが疑問に思ってそう問い掛けるも父《マイク》は決して答えなかった。
日中は移動しながら訓練を行い、夜になると身を隠せる狭い場所を探しては息を潜めて過ごす。毎日がそれの繰り返しだった。そうして安全な場所にやっと辿り着いた時、この日を境にエマの生活は大きく変わった。
エマが眠りに就くと父《マイク》は知り合った人にエマを預けて一人だけその地を去ったのだ。
「パパ……! パパはどこ……!?」
「エマちゃん落ち着いて。あなたのお父さんから手紙を預かってるの」
渡された手紙を読んだ時、エマは大粒の涙を零して泣いた。
手紙には叔父《ジョージ》が狂人と化した彼らを人間に戻す血清を作る為に全ての始まりとなったサムジャールシティに留まっていること、そして父《マイク》はその研究を手助けする為に危険を承知で向かうこと等が書かれていた。
*〜*〜*
自分に何があったとしても後追いはするな。
これから先は自分の力で生きていくこと。
その為に色々教えたのだ。
エマ、生きなさい。
母さんの分も、そして、私の分も――。
*〜*〜*
ひたすら泣くエマに慰めの言葉を掛ける大人達。幼くして一人残されたエマを哀れに思っていたのだろう。しかし、エマはわかっていた。
懸命に生きる術を教える父の気持ちをちゃんと理解していた。きっとこうすることを、幼心ながらにエマはわかっていた。
◇
乾いた銃声音が辺り一帯に突然鳴り響いた。瓦礫に腰を下ろしていたマルコはその音にハッとして立ち上がった。
「エマ……!」
預かったリュックとライフル銃を肩に掛けてエマが入って行ったビルへと足を向けた。
〜〜〜〜〜
「お願いだからここに居て。なにが起きても絶対に屋内に入っちゃダメ。良いわね?」
〜〜〜〜〜
ビルの出入口付近でエマの言葉が脳裏に過ってピタリと立ち止まった。
「くっ……、約束したろ。信じて待つしか無ェ……」
眉間に皺を寄せてグッと声を押し殺すようにポツリと言葉を零した。だがその時、再び発砲音が鳴り響いた。二階の角だ。マルコは急いで向かった。すると叫ぶ声や走る足音が窓に向かって徐々に大きく聞こえて来た。
ガシャァァンッ!!
「!」
二人組の男と思われる者達に腕や肩を掴まれたまま窓を突き破って外に飛び出すエマの姿があった。
「エマ!」
マルコは驚いて彼女の名を叫んだ。
◇
エマに襲い掛かろうとしたそれは額を撃ち抜かれてドサリと倒れた。だがその銃声音により屋内にいた”彼ら”は捕食対象となる存在に気付いて動き始めた。
「あァァァッ!」
呻くような声が全方位から反響して木霊する。
エマはハンドライトを消してその場を走り出した。階下へ降りる為の階段には行けない。下からも上階からも階段を掛けて来る足音が聞こえる。
ガシッ!
「!」
逃げ先を考えた時、腕を掴まれた。――ガゥンッ! ガゥンッ!――と、ハンドガンで応戦し、腕を掴んだ相手を蹴飛ばして逃げた。角を曲がった所で先ほど輪になって立っていた彼らがエマに向かって襲い掛かって来る。エマはハンドガンを打ちながら攻撃を躱して前方に見えた窓に向かって走り出した。
「はッ、はァッ…!」
銃口を窓に向けて発砲してガラスにヒビを入れると勢いのままにそこに向かって走り続けた。エマを追い掛ける彼らの内の二人組がエマの腕や肩を掴んだ。だがエマは形振り構わず窓ガラスに体当たりをするように飛び込んだ。
ガシャァァンッ!!
「ガウアァァッ!!」
「グアァァァッ!!」
エマと共に外へと飛び出した二人組は日の光を浴びると同時に重度の火傷を負って悲鳴を上げた。
この下には車が停車していたことを計算していたエマはその車をクッションとして利用する気でいた――が、落下すると同時に思っていた衝撃は無く、逞しい腕に受け止められたことに目を丸くした。
「ッ……! マル…コ……」
「ったく、無茶し過ぎだ。この車って奴を利用する気だったのかもしれねェが、無傷で済むこたァ無かったろうよい」
「それはお互い様よ」
「なに?」
「あなたの身体。負傷しているのに無理して受け止めたりして……」
エマはそう言うと包帯を巻いているマルコの身体をトンッと突いた。瞬間的にズキッと痛みが走ったマルコはグッと声を飲み込んで顔を少し歪めた。
―― 自分のことより人のことを考えるのはお互い様だ。
マルコはそう思いながらゆっくりとエマを下ろした。
「でも、ありがとう。無理をさせてごめんなさい」
「!」
エマは表情こそ変わらないが謝罪の言葉を口にした。余計なお世話とばかりに冷めた口調で話すエマに礼ぐらい言えと少しだけ腹を立てたマルコだったが、まさか謝罪を告げられるとは思わなくて面食らった。
エマは何事も無かったかのように自分と共に外へ飛び出した二人の元へと歩み寄った。
二人の身体は重度の燃焼を負っていて既に力尽きて死んでいた。
マルコはリュックとライフル銃を抱えてエマの後を追い、その二人を見て眉間に皺を寄せた。
「こいつらはなんだ?」
「夜になると徘徊している人間よ」
「に、人間!? こいつらが!?」
マルコが驚くのも無理は無かった。焼け爛れて死骸となったそれらは確かに人の形はしているが、皮膚の色が変色した上に筋肉が異様に発達したのか歪な形をしていてるのだから到底人間とは程遠い存在に見えたからだ。
「最初はガンの特効薬として画期的な薬品が開発されたって、世界は喜んでいた」
「薬品……?」
「試験投与されたガン患者は全員治癒したの。でも、一部の患者が副作用を起こして狂犬病のような症状が出始めた。狂暴化して身体能力が異常に高くなったの」
「……それで?」
「政府の軍部が目を付けた。その患者を医学専門施設に運んで原因を突き止めたら、今度はそれを使って細菌兵器にしようとしたの。でもある日、研究施設で事故が起きた」
「!」
「そこで仕事をしていた叔父の話によると、実験時に薬品が入った試験管を落とした研究員が感染した。慌てて施設内を閉鎖して細菌を殺そうと殺菌薬を振り撒いたけど、変異を起こしたとても強いウイルスとなったソレは殺すことができなかった」
エマは焼死体となった者の皮膚に軽く触れた。瑞々しさ等皆無。カラカラに乾いた感触が伝わった指先、返して見れば黒ずんだ廃粕のようなものが付着している。親指で擦って自分が飛び降りた窓を見上げながらエマは話を続けた。
「S.V……スプーナー・ウイルス。そう名付けられた」
「スプーナー……?」
「ガンの特効薬を作った開発者の名前を付けられたの。治療薬が突然変異を起こしてできたものだから」
「……」
「スプーナー・ウイルスは九四パーセントの致死率で人間を死に至らしめるの。突然変異によって空気感染を引き起こす危険なウイルスとなって世界に拡散していった」
「なっ……!?」
「感染した者は正気を失って狂暴化すると同時に筋力が異常に発達して常人を遥かに超えた身体能力を得て、生きている人々に襲い掛かるようになった。新鮮な血肉を欲しがるように……ね」
エマはそう言うとマルコに預けたリュックに手を伸ばした。それに気付いたマルコがリュックをエマに渡すとエマはそれを持ってビルの出入口へと向かった。
「エマ、他に真面な人間はいねェのか?」
「いるわ。スプーナー・ウイルスは強くても寒さに弱いことがわかったの。山を越えることができなかったから山奥へ逃げた人々は助かったわ」
「そうかい……。で、日が当たるところが安全ってェのはこいつらが焼死したことと関係があるのか?」
「えェ、全身の体毛と太陽の光への耐性を失ったせいで日の光を浴びると焼けて死ぬの」
「日中は屋内で寝て、夜になると活動するってェことか」
「そうよ。その習性で彼らをダーク・ウォーカーと呼ぶようになったみたい」
エマはリュックからワイヤーを取り出し罠を仕掛け始めた。先端にエマが着ていたミリタリージャケットを取り付けてビルの出入口の日陰部分にそっと置いた。
「エマ、どうする気だ?」
「罠を仕掛けて一人だけ捕まえて連れて行くわ」
「ど、どうやって……、太陽の光に耐えられねェんだろい?」
マルコの疑問にエマはチラリと腕時計を見て時間を確認した。
「もう近くまで来てるから」
「なに?」
「叔父よ。車に乗って迎えに来るのよ」
「車? 動いてる車に乗って来るのか!?」
「え、えェ……」
エマはリュックから取り出した注射器で自分の血液を採取しようとしたが、車の話になった途端にマルコが驚くと同時にどこか嬉しそうな表情を浮かべていること気付いて手を止めた。
―― まるで……子供みたい。
いい歳した大人が見せる表情にはとても思えなかった。
エマはウイルスの説明をしながらも時折マルコの表情や反応を備に観察していた。だが話せば話す程に疑問が湧いた。
この世界に起きていることを全くと言って良いほど何も知らない。
―― そんなこと、あり得ない。
この危険区域で意識を失って倒れていたことから意識障害を起こして記憶が抜け落ちているとしか考えられない。
エマはそう思いながら自身の血液を採取した小さなガラス管をミリタリージャケットの側に置いて叩き割り、すぐさまマルコの腕を引いてその場から離れると間もなくして罠が作動した。
エマの血の匂いに引き付けられたダーク・ウォーカーが罠に掛かり、ミリタリージャケットを頭から被るようにしてワイヤによって外へと引き擦り出されて日陰の場所に吊し上げられた。
エマはジタバタと暴れているダーク・ウォーカーをハンドガンの柄の部分で強く殴りつけて失神させた。マルコがそのダーク・ウォーカーをミリタリージャンバーに包んだ状態で抱き抱えるとエマはサバイバルナイフでワイヤーを切断した。
「見事だよい」
「えェ、想像以上に上手くいったわ」
マルコとエマがそう言葉を交わしたその時。
「ウォォォォッ!!」
「「!」」
ビルの出入口に突如として一人のダーク・ウォーカーが現れて凄まじい形相をして叫んだ。
罠によって捕らえられたダーク・ウォーカーは身内なのか、それはわからないが悔しそうな表情を浮かべ、日の光を受けて焼ける肌も気にせずにエマとマルコを睨み付けた。
「エマ」
「ッ……」
マルコは怪訝な表情を浮かべてエマに視線を向けた。だがエマは睨み付けて来るダーク・ウォーカーに驚いた様子で固まっていた。
――ただ狂暴になっただけじゃねェのか。こいつらには知能があるし仲間意識もある。だがそれをエマは知らない。大方そんなところか。
マルコはそう察した。
突然現れたダーク・ウォーカーは見るからに男で、捕らえたダーク・ウォーカーは体格的に女だ。あの反応からして何か特別な関係があるのかもしれない。しかし、ダーク・ウォーカーは程無くしてギリッと歯を食い縛りながらも身を引いて屋内へと引っ込んで行った。
エマはゆっくりと息を吐いて胸を撫で下ろすとマルコが抱き抱えているダーク・ウォーカーに視線を寄こした。そして直ぐにマルコを見上げて視線がかち合った。
「行くわよ」
「……良いのか?」
「早く叔父の所へ連れて行かないと」
何も問題は無いとばかりにリュックとライフル銃を肩に掛けてエマは歩き出した。マルコは生け捕ったダーク・ウォーカーを抱えながらエマの後を追った。
―― !
背後から鋭い視線を感じたマルコはピタリと足を止めて振り返った。
姿は無い。しかし、確実にこちらを見ている。
「……」
マルコは眉間に皺を寄せるとその者に覇気を伴う睨みで威嚇した。すると相手は少し委縮したのか、放たれていた鋭い視線を引っ込めて気配を消した。
―― どこに連れて行くのかを探ろうとしてたってェところか。
覇気を押さえて一つ息を吐き、エマの後を追おうと踵を返した。
「あなた、本当に何者?」
「ッ!」
直ぐ目の前にエマがいて驚いたマルコは思わず息を飲んだ。鋭い眼差しでマルコを睨み付けているエマに今度はマルコが軽く委縮した。
「な、なんだよい……?」
「正直に話しなさい。あなたは誰? どこから来たの? どうして世界に起きたことを何も知らないの?」
エマは沸々と湧いて来る疑問をマルコにぶつけて迫った。
「ちょっ、ま、待て!」
エマの勢いに押されるようにたじろいだマルコは少し後退った。だがエマはそんなマルコのシャツの裾を掴んで引っ張った。
「答えなさい」
「い、いや、おれもよくわかってねェんだ。だから答えろと言われても――」
「並の人間が奴らの視線に気付くなんてあり得ない。どこのソルジャー出身? まさか第一三地区カテーナ都市のクライムじゃないでしょうね?」
「――ッ、本当に、何もわからねェんだから答えようが無ェ。とりあえず今は頼むから落ち着いてくれよい!」
エマが口にする言葉の羅列にマルコは愈々困惑した。
これまでのことを総合して考えた末に導き出された答えはマルコにとっても信じ難いものだった。ましてやそれを説明したところでエマに信じて貰えるとは到底思えない。
苦心するマルコにエマは仕方が無いと溜息を吐いて気持ちを落ち着かせた。
「良いわ。この後だけど、あなたはどこにも行く宛が無いわよね」
「あ、あァ……」
「なら、話を聞く時間はたっぷりあるということになるわね」
「!」
「行きましょう。叔父は待つのが嫌いなの」
エマはそう言うとマルコの肩をポンポンッと軽く叩いて歩き出した。マルコは少しだけキョトンとして立ち尽くしたが、直ぐに頭を振って小さく溜息を吐いた。
今更エマから離れて他の誰かの世話になる等、自分の性格からしても無理であることはわかっている。エマが同行を許してくれるなら――と思っていたが、エマの方から誘ってくれるとは思ってもいなかった。
自分と同じように疑い深く警戒心が強いというのに、何をどう思って得体の知れない男の話を聞く気になったのか、マルコは先を行くエマの背中を見つめた。
「エマ……、ありがとよい」
自ずと礼の言葉を口にしたマルコだったが直ぐにハッとして口を噤んだ。だがとても小さい声音だった為か、エマの耳には届いていなかったようで少しホッとした。
―― とりあえず成る様に成れ……だな。
腕に抱くダーク・ウォーカーを改めて抱え直すとエマの後を足早に追った。
【〆栞】