15

宿営地からマナミア街道へと繋がる東門から出ると、領都の兵士達とゴブリンの群れとが入り乱れて戦っていた。
こんな光景は海賊を生業としていたマルコにとっては特別なものでも何でも無い。至って平然と剣を片手に参戦する――はずだったのだが、一際目立つ巨体の生物にマルコは目を丸くした。
大きな口から突き出る二本の牙が特徴的だが、顔を見れば一つ目で、巨体な身体を支える二本の足でノシノシと歩き、地面を払うように大きな手を振り回して、領都の兵士達をゴミのように打ち払っていく。

「あいつは……何だ?」
「奴はサイクロプスです!」
「さい…くろ…、何だって?」
「サイクロプスですよ。怪力を誇る一つ目の巨人です」

杖を構えて呪文を唱え始めるルークに、マルコは「へェ……」と感情の無い声を漏らした。

見たまんまの説明をありがとよい。

敢えて何も言わずに大きく息を吐いたマルコは、気持ちを切り替えて眼前の戦場へと突入した。





ゴブリンが振り下ろす棍棒を剣で何とか受け止めた兵士は、それを全力で弾き返した。そして、直ぐ目の前に立ちはだかる巨人サイクロプスを見上げてギリッと奥歯を噛み締めた。
呼吸は荒く乱れ、所々に切り傷や打撲の傷を抱え、自分のものなのかゴブリンのものなのかもわからない血潮と土埃とで汚れた鎧はボロボロで、精神的に追い込まれていた。
彼だけでは無い。
領都の兵士達は懸命に抗うものの、サイクロプスを中心に勢力的に攻め立てるゴブリン達に圧され始め、宿営地へと逃げ出す者達が徐々に増えていった。

「おい、逃げるな! 戦え!!」

一般の雑兵達とは異なる立派な鎧を身に纏った男が鼓舞しようとするが、劣勢に追い込まれつつあるこの状況を打開する力も無ければ雑兵達を止める力すら無い。

「くっ…、ここまでか……!」

ゴブリン達の攻撃を往なして弾き飛ばすとズシンと目の前に立ちはだかったサイクロプスの一つ目が自分を見下ろしていた。
男は剣を構えて身構えるものの息も絶え絶えで、とても太刀打ちできるようには思えなかった。己の命もここで尽きるのか……。そう諦め掛けた。

ブオンッ!

巨体な腕を振り回して自分に襲い来る音がやけに大きく聞こえた。全身を襲うだろう激痛に覚悟して、グッと唇を噛み締めて瞬間的に目を瞑った。しかし――

バキッ!

「グオオッ!?」
「ギギッ! アイツダ!」
「……?」

激痛が襲うどころか、地を這う様な低い獣の呻き声と、焦りを滲ませたゴブリン達の甲高い声に、不思議に思った男はゆっくりと目を開けた。

「!」

ボボボッと炎が猛る音に魔法の類かと思ったが、これは明らかに違う。青い炎を纏うようにふわりと舞い下りた者の背中に目を見張った男は、戦うことすら忘れて立ち尽くした。
ま、まさか、彼が噂の覚者か!?と思っていると、

「ファイアボール!」
「!」

後方から魔法を唱える声が聞こえて、赤い炎がサイクロプスに目掛けて襲い掛かった。

ドォォォン!!

「グガアアッ!?」

放たれたファイアボールはサイクロプスの顔面に命中し、サイクロプスは炎に包まれた顔を両手で押さえながら苦しそうに身を捩った。そして、ぐらりとバランスを崩すと地面にズシーンと大きな音を立てて転がった。

「グギャッ! アイツヲサキ二ヤッツケロ!」

リーダー格と思われるゴブリンが大きな声で指示を出した。しかし、青い炎を纏う覚者と思われる男が地を蹴って天高く舞うと、間髪入れずにサイクロプスの腹部に目掛けて蹴りを打ち下ろした。

ズガァァン!!

並の人間の蹴りとは思えない攻撃力に、男は思わず唖然とした。

「青い…炎……。あれが噂の…覚者の……不死鳥の力……」

サイクロプスは呻き声すら上げることもできずにビクンビクンと身体を大きく痙攣させるとピクリとも動かなくなった。身体の端々からプスプスと音を立て始め、瞬く間に腐敗が広がり、まるで溶けるように巨体が消えていく。
その様子を見つめながらゆっくりと立ち上がった青い炎を纏っていた覚者と思われる男は、何事も無かったかのように周囲へと顔を向け、手に持っている剣の切っ先をリーダー格と思われるゴブリンに向けてニヤリと笑みを浮かべた。

「お前ェらの切り札は死んだが、まだやるかい?」
「ギギッ……」

ゴブリン達は苦々し気に顔を歪めながらジリジリと後退った。形勢逆転とばかりに彼らは一気に窮地に立たされたのだ。

「ウウ…」
「アイツ…、ツヨスギル……」
「二…ニゲル」

今度はゴブリン達が一匹、また一匹と戦場から脱兎の如く逃げ始めた。

「ア! ニゲルナ!」

リーダー格と思われるゴブリンの命令に従うことも無く、恐怖に負けたゴブリン達は次々に逃げ出して行く。

「オ、オレヲオイテイクナー!!」

リーダー格と思われるゴブリンは叫びながら他のゴブリン達を追うようにして慌てて逃げ去って行った。

「……勝った…のか?」
「おれ達の…勝ち?」
「凄ェ…、勝った。守ったんだ!」
「おれ達の勝利だ!!」

領都の兵士達は負傷した痛みを忘れたかのように「ワァー!」と一斉に勝鬨の声を上げた。勝利に喜びを分かち合っている者や怪我人を助け起こして宿営地へと運ぶ者等、領都の兵士達が忙しなく動く。
その様子を微笑を浮かべて見つめるマルコの元に、少々呆れた顔付きをしたルークが歩み寄った。

「覚者様は剣をお持ちになっている意味があまりございませんね」
「使えねェわけじゃねェが、格闘を主流に戦うスタイルだったからよい」

リーダー格のゴブリンを脅すだけで使うことも無かった剣に視線を落としたマルコは、それを軽く振ってから鞘に納めた。

「ですが、並の蹴りとは思えません。流石は覚者様と言ったところでしょうか?」
「強さの具合がわからねェもんだから手加減抜きでやっちまったんだよい」
「はァ、しかし――」

骨だけとなったサイクロプスの死体の側に目を向けたルークは、地面を抉る程に大きくヒビが入るなんて……と呟くと、改めてマルコに顔を向けて「私めも流石に驚きました」と喉を掘って言った。

たぶんドラゴンにやられちまった経験がそうさせたんだろうよい。と、胸の内で呟いたマルコは、ガシガシと頭を掻きつつ乾いた笑いを零して、視線を明後日の方角に向けて静かに溜息を吐いた。

「覚者様……」
「!」
「宿営地の兵士を束ねる兵士長ですね」

この兵士長はサイクロプスの攻撃に遭う寸前でマルコが助けた男だ。

「私は覚者なる者の力を信じてはおりませんでした。しかし、こうしてあなたの戦いぶりを目の当たりにして、その考えは間違いであったと確信しました」

兵士長はマルコの前で突然地面に片膝を突いて深々と頭を下げた。驚いたマルコは「止してくれ」と兵士長を立たせようとしたがピタリと動きを止めた。
それは兵士長だけでは無かった。
他の領都の兵士達も兵士長に倣うように、次々とその場で片膝を突いてマルコに向けて深々と頭を下げ始めたのだ。

「ちょっ…、ま、待て。おれは、」
「どうやら宿営地の兵士達の心をしっかりと掴むことができたようですね。流石は覚者様です」
「――ッ…、ルーク、頼むから……」

ルークが追い打ちとばかりに片膝を突いて目をキラキラと輝かせて褒めちぎる。何気にマルコの精神力を大きく削っているとも知らずにだ。
白い歯をキラリと光らせて笑みを浮かべるルークに、マルコはこれ以上に無い程に熱くなった顔を思わず手で覆った。

ダメだ。やっぱりおれはこいつが苦手だよい。

盛大な溜息を吐いたマルコは、兵士長を始め領都の兵士達に「頼むから止してくれよい」と切に頼んで頭を上げてもらい、そそくさと足早に宿営地の砦内部へと戻った。そして――

『どうぞこちらへ……』

再びマルコを呼ぶ声が聞こえた。
ルークを伴いながら再び宿営地の中央にあるテント内部へと入ったマルコは、大きな石碑――リムストーンの前に立った。
リムストーンは妖しく輝きを放ちながら言葉を紡ぐ。

『課題を達成されましたか。お見事です。今こそ認めましょう。あなたこそ、真の”覚者”であると』

両腕を組んでその言葉を聞いたマルコは、あんまり嬉しくねェとばかりに少しだけ不満な顔を浮かべて小さな溜息を吐いた。
ドラゴンに奪われた心臓とどう関わりがあって覚者となるのか、今一つピンと来ていない。乗り掛かった船だと覚悟しつつも覚者として周りから敬われ仰がれることを考えると酷く気が重い。カサディスの村でドラゴンと戦って負けたのが全ての元凶で、弱かった自分が悪いのだと無理矢理に納得するしかない。――と、マルコがそんなことを思っていると、リムストーンが再び言葉を紡いだ。

『これより、あなたの側に付き従う”専従のポーン”を呼んで頂きます』
「! 専従の…だって?
『旅の苦難を共にし、強敵に立ち向かう…心強い味方となってくれるでしょう』

驚き固まるマルコを他所にリムストーンは尚も続ける。

『リムストーンに触れてください』
「ッ……」

言われるがままにマルコはそっと手を伸ばして、不思議な文様が刻まれたリムストーンの表面に触れた。

「!」

突然目の前に歪みが生じると、空気が渦を巻いて異空間への穴が開けられた。
これはカサディスでルークが姿を現した時と同じ現象だ。
驚いたマルコが一歩二歩と後退ると、異空間の穴より一人の人間ポーンが姿を現してマルコの前に着地した。
長身で細身な体躯に、色白の肌に映える漆黒の長い髪を後頭部で一つ括りにして、少し尖った耳が特徴的な――女だ。
彼女はゆっくりと立ち上がるとマルコに向かって徐に右手を上げて手の平を見せた。これもまたルークと同じで、彼女の右手も同様に光を発した。小指と薬指の付け根から獣の足のように四方に割れた様相も然りだ。そして、彼女はマルコの前で地面に片膝を突いて深々と頭を下げた。

「覚者様、お初にお目に掛かり光栄です」
「ッ……」

まさか異性のポーンが専従のポーンとなるとは思っていなかったマルコは少々戸惑った。

「私の名はマリス。あなた様の為に、これから先を共に行動し、お守り致します」

丁寧に挨拶の言葉を告げるマリスに、ガシガシと頭を掻いたマルコは視線を外して空間に彷徨わせた。
丁寧過ぎる。おれが覚者だからか? これじゃあルークと大して変わらねェ気がするよい。と、困惑する。

ゆっくりと顔を上げたマリスは、主となるマルコが眉を顰めて浮かない顔をしていることに気付いた。

「覚者様」
「な、何だい?」
「何かご不満がございますか? もしや私では頼りないと思われて」
「い、いや! 違う! そうじゃ無ェんだ!」
「――ですが……」
「あー、その、女が来るとは思ってなかったから驚いただけだよい」

気を悪くしたのなら謝るとマルコが言うと、マリスは小さくかぶりを振った。

「覚者様が謝られる必要はございません。今の私は頼りないかもしれませんが、覚者様にとって頼りとなる従者になるよう努めます」

胸に手を当てながらマリスは言った。真っ直ぐ見つめるマリスに顔を向けたマルコは、図らずもその目に――見惚れた。
曇りの無い真っ青な空色にも似た綺麗な碧眼。純粋で嘘偽りなく強い意志を示した良い目をしている。

「マリス」
「はい」

名を呼ばれたマリスは返事をすると共に再び頭を下げた。どこまでも真面目なその様にポリポリと頬を掻いたマルコは、膝を折ってマリスの顔を覗き込んだ。

「!」

驚いて思わず身を引いたマリスに、マルコは微笑を零した。

「宜しくな」

同じ目線に合わせて握手を求めるマルコに、とんでもないとばかりに慌てたマリスは、「そんな、お立ち下さい覚者様!」と言った。しかし、マルコはかぶりを振った。

「そう畏まるなよい」
「で、ですが、」
「頼む。おれが辛ェんだ」
「え……辛い?」
「おれは荒くれ者の海賊だからよい、頭を下げられたり丁寧に扱われたりされることに慣れてねェんだ。これから先、おれと共に行動してくれるってェんなら、まず主従の…何だ、あー……」

どう言えば良いのか。――ポリポリと頬を掻きながら視線を泳がせて言葉を考えるマルコに、マリスは瞬きを繰り返した。

「何となくですが」
「!」
「覚者様の仰りたいことは、わかりました」
「そうか! なら、」
「ですが、私はあくまでもあなた様の従者です」
「――ッ……」

きっぱりと答えたマリスに、マルコはガクリと項垂れた。ポーンにとって主従の関係は絶対なのかと溜息が零れる。

「直ぐにとは参りませんが、その内に……」
「!」
「努力は致します。それで構いませんか?」

真剣な表情で伺いを立てるマリスに目を丸くしたマルコは、表情を和らげてくつりと笑った。

「あァ、わかった」

それで構わねェと頷いたマルコは「改めて宜しく頼む」と言った。「はい、覚者様」と、これまた丁寧に答えるマリスに少しだけ眉をピクリと動かしたマルコは、「あー……」と声を漏らして頭をカリカリと掻いた。

「覚者様?」

どうされたですか?とでも言うかのように首を傾げるマリスに、マルコは「おれはマルコだよい」と自分の名を口にした。

「マルコ……様?」
「いや、様は、」
「畏まりました。これからはマルコ様と、」
「――ッ! た、頼む。一番に頼む。様付けだけは止してくれ!」
「では、覚者様とお呼び致しますね」
「……」

あくまで『様』は取らないつもりなのか。
結局は覚者様と呼ばれることになったマルコは、改めてマリスと握手をしたものの僅かに顔を背けて苦い顔を浮かべた。
やはりこればかりは仕方が無いのかと諦めて立ち上がったマルコは、振り向いた途端に再び驚愕してピシリと固まった。
ルークを始めとして宿営地に集まっていたポーンと思われる者達が皆して片膝を地面に突いてマルコを見つめていたからだ。

「契約は成りました…覚者様。これより我らポーンの民全て、あなたに従いましょう」

ルークが代表して言うと、ポーン達はマルコを敬うように深々と頭を下げる。実に壮観な光景だ――なんて、感動するでも無いマルコは、眉間に手を当てて天を仰いだ。
心臓をさっさと取り戻しさえすりゃあ覚者卒業だろい!?と、従者予備軍とも言えるポーン達を前にして覚者たるマルコは、心の底で物凄く強い決意をした。

「では、覚者様」
「マリス……」
「はい」
「呼び名も、その内にな」
「……」

表情こそ変えなかったマリスだったが、否定する言葉も素振りも見せなかった。無言ではあるが、その目は「努力します」と言っているようなものに見受けたマルコは微笑を零した。

まァ、ルークみてェに空気の読めない奴じゃあ無いみたいだし、良しとするか。

第一印象としては非常に落ち着いたクールな大人の女といったところ。これが逆にキャピキャピした少女タイプだったらば、道中かなり疲れることは必至だっただろう。女のポーンとは予想外ではあったが、それなりに自分の気持ちを汲んでくれるマリスで良かったとマルコは思った。

従 者

〆栞
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