16

マリスと共にマルコがリムストーンから離れようとした時、ルークが「あ、」と声を漏らした。

「どうした?」

ルークに声を掛けたマルコだったが、ルークは一点を見つめて固まったままで返事をする素振りがなかった。眉を顰めたマルコは、ルークの視線が自分の後ろに向けられていることに気付いて振り向いた。

「!」

空間に再び歪みが生じて空気が渦を巻き、異空間への穴が開けられていた。これにはマリスも驚いたのか「何故……?」と言葉を零して目を見張っていた。

「うおっと!」
「なっ……!?」

異空間から姿を現した人物にマルコは酷く驚いた。その空間から現れた人物もまた、マルコを見るなり大きく目を見張って固まった。
二人の反応に引っ掛かりを覚えながらマリスは、「覚者様、お下がりください」と、マルコを守るかのように二人の間に入って警戒した。

「マリス……、こいつは敵じゃねェよい」
「え……?」
「おーい、マジか。夢じゃねェよな?」
「そりゃあこっちの科白だろうよい」

もうわけがわからない。何故お前が――と、マルコは思わず目元を手で覆ったが、黄色いスカーフにコック服姿と見慣れたフランスパンに口角が自ずと上がる。

「サッチ」

呟くようにマルコの口から零れた声に、少し乱れた髪を手で整えてコホンと咳払いをしたサッチは、眉尻を下げた笑みを浮かべてポリポリと頬を掻いた。

「たぶん、おれっちもマリスちゃんと同じお前の従者ってェやつになるみたいよ」
「へェ、そうかい」

片眉を上げたマルコはくつくつと喉を鳴らして笑うと、ニヤリと悪い笑みを浮かべた。

「扱き使ってやるよい」
「お手柔らかに頼むぜ、か・く・しゃ・さ・ま」
「止めろ、気持ち悪ィ」

軽口を叩き合うもマルコとサッチは楽し気で、そして、どこか嬉しそうだ。

「覚者様……、どうして彼を……?」

戸惑うマリスに「そうだな」と、マルコはどう説明したものかとサッチに視線を戻した。

「んー、おれっちもよくはわかってねェんだけど」

頭を掻きながらサッチが零すと「これは凄い……」と声が聞こえた。マルコとサッチが同時に顔を向けた先にいるのはルークだ。
マリスとサッチを交互に見て目を輝かせるルークにマルコは眉を顰め、サッチは目をぱちくりとして首を傾げた。

「通常、専属の従者というのは一人とされているのですが……」

極稀に複数の従者を得ることもあると聞いたことがあります、とルークは言った。

「きっと、覚者様の他者に向ける『意思』の強さによって成せたのだと、私は思います」

流石、実に素晴らしい。と最後に褒め称えることを忘れないルークに、マルコは「そ、そうかい……」と引き攣った笑みを浮かべた。

止めてくれ。頼むから……。
俄かに顔が熱くなるのを感じながら背後にいるサッチの存在が気になったマルコは、口元を手で覆いながらふいっと振り向いた。しっかりと目が合うとサッチは困惑した表情を浮かべた。

「え……、何? おれっちもマルコを褒め称えるようにしなきゃなんねェわけ?」

サッチの呟きに冗談だろとばかりにマルコは嫌そうな表情を浮かべた。サッチはマルコの側にいたマリスに目を向ける。

「マリスちゃん、どう思う!?」
「え!?」

急に話を振られて驚いたマリスは、マルコをチラリと見てからサッチに視線を戻すと冷静に答えた。主である覚者様を称えることに何の不満があるのですか?――と。

「……」

あくまでもサッチはマルコの従者という立場なわけで、何も言えなくなったサッチはマルコを見やった。マリスのさも当然だと言わんばかりの回答に、マルコは「頭が痛ェ」と零しながら額に手を当てて溜息を吐いている。

「まー……、仕方が無ェ。とりあえず、”これまで通り”の間柄でマルコに付き従ってやるってんだ」
「!」

目を丸くしたマルコに、お前を褒め称えるのだけは勘弁してくれよとサッチは笑った。数回パチパチと瞬きを繰り返したマルコはフッと微笑を零した。

「あァ、勘弁してやらねェ」
「え、マジで言ってる?」
「まさか。冗談に決まってんだろい」

肩を揺らしてハハハと声を上げてマルコは笑った。こんな風に笑えたのは何時ぶりだろうか、と何だかんだ言いながらもサッチの存在の大きさをマルコは改めて知った。

ブオンッーー!

「「「え?」」」
「あ! ま、まさか!」

背後から不穏な音がして、マルコとサッチとマリスはリムストーンへと目を向けた。
これで三度目だ。
空間の歪みに「まさか専属従者が三人も!?」と、ルークが驚きの声を上げる。そして――
異空間から姿を現した人物に、マルコとサッチはギョッとして思わず叫んだ。

「「エース!?」」
「だよな。おれもビビった……」

ズレ落ちそうになったオレンジ色のテンガロンハットを手で押さえながら、驚き固まるマルコとサッチの存在に驚いたエースは軽くドン引きしている。

「おれ、死んだんだけどな」
「あ、うん。それ初耳だわ」

狐につままれたような顔をして呟くエースに、素となったサッチが応えた。そして、二人を呆然と見つめるマルコは驚きのあまりに二の句が継げなかった。

「貴方様は歴代のどの覚者様にも無い特別な力をお持ちなのですね」

最初にマルコをリムストーンへ案内した男が、マルコの元に現れた三人の従者を目にして感嘆の声を漏らした。

「あ、いや、」
「えェ、そのようです」
「――ッ……」

マルコの否定の声を遮ったルークは、「とても素晴らしい覚者様に仕えることができて大変光栄にございます」と、恍惚とした表情を浮かべて応えた。
羞恥心で顔が熱く感じるマルコだったが、それも大分慣れて来たのか、無言でルークの首根っこを掴むと、どこか休めるところは無いかと男に訊ねた。

「休息専用のテントがございますのでご案内しましょう」

男はそう言って宿営地の奥まったところに建てられたテントへと案内した。
そこは木材で組み立てられた簡易型のベッドが幾つか並んでいて、奥にあるテーブルに折り畳まれたシーツが重ねられていた。
ここは宿営地だ。宿にあるような寝床なんて端から期待はしていない。休めるだけでも御の字だ。

「食事は係の者が用意致しますが、寝床は」
「あァ、自分達で適当にやるよい」
「では、私はこれにて」

男はマルコに頭を下げて去って行った。





四歳を迎えて初めての狩りに出た日。
子供達だけで森の中を元気に駆け回って狩りをしていた。野ウサギを見つけて初めて矢を射る。だが、記憶は其処でプツリと途切れる。

短剣を腰に、背中には弓等の武器を身に付けて、敵と認識する相手を前にすれば果敢に戦いを挑んで倒す日々へと切り替わる。

いつものことだ。

度々見るこの幻影ゆめが何であれ、自分がどこで生を受け、何が起きて、どうしてここにいるのか等、記憶が無いのだから考える必要も無い。

唯一明確に覚えていることは、自分の名前がマリスで、覚者と呼ばれる主に忠誠を誓い、仕えることが使命であるということのみだった。





我々ポーンは、戦いを生業として存在し、いつか主となるであろう覚者の元へ呼ばれるその時まで、戦士として研鑽を積むことが責務とされる。

我々ポーンは覚者を助け護る為の戦士である。
例え覚者が何者であろうが、それを知る由も無ければ考える余地等無い。ただ付き従い護ることを常に考えることのみである。

我々ポーンと自らの主となる者との繋がりが何であるかは知らない。引き付けられるように呼ばれることが当り前のことであるから疑問を抱く者は誰もいない。

我々ポーンの全ては覚者の為に在る。
それが当たり前のことであり誇りでもあるのだ。

「――と、そう教えられました」
「……」

宿営地で一泊することにしたマルコ達は、(主にマルコが)ポーンのことをより詳しく知る為に、(主にマルコが)マリスの話を聞いていた。
兎にも角にもポーンと呼ばれる者達は、何にしても常に主である覚者のことだけを考えて行動するのが習性のようなものであるということがわかった。
両腕を組んで難しい表情を浮かべるマルコが、横に視線を向けるとサッチとエースが「そうなんだよなァ」と頷いていた。

「お前ェらもポーンだってことか?」
「あァ、そう言われた」

肉を頬張るエースに、マルコは片眉を上げた。

「誰に言われたんだ?」
「頭の中で声が響いただけで、誰かはわかんねェんだ」

エース曰く、ルフィを庇って意識が無くなったことまでは覚えていたらしい。それはサッチも同じで、命が消える間際までの記憶は残っているのだという。
しかし、死んでから意識が浮上する感覚に襲われて目を覚ますと、灰色の渦を巻く空と色の無い世界にいて、呆然としていると頭の中で声が響き、『ポーンとして生きよ』と言われたという。

「ポーンに関する情報やら何やらが勝手に頭ん中に入って来るんだぜ?」

顔を顰めて気持ち悪いったらねェぜとサッチは言った。

「あー、あれは確かに気持ち悪かった」

水が入ったコップを手に取ったエースは同意するように頷くと一気に呷ってプハッと息を吐いた。

「「まさか覚者がマルコだとは思いもしなかったけどな!」」

サッチとエースが声を揃えて笑う。それにマルコは苦い顔を浮かべて視線を外した。
先に眠りに落ちてしまったルークがスヤスヤと眠っている。その姿を一瞥したマルコは、両腕を組んで天井を見上げ、少しだけ間を置いて大きく溜息を吐きながら頭をガクリと落として額に手を当てた。

「覚者様、まだ何かわからないことがあるのでしたらお話しますが……」
「あ、あァ、いや、問題無ェ。ありがとな」

真剣な顔をして伺いを立てるマリスに苦笑を浮かべたマルコは小さく首を振った。そして、ふと視線を横にずらすと、ニヤニヤした表情を浮かべるサッチと、じっと凝視するエースに、自ずと眉間に皺が寄る。

「何だよい……?」
「か・く・しゃ・さ・ま」
「覚者…様…」

ルークやマリス等に主として敬われるマルコが面白くて仕方が無いサッチと、本当に大切に扱われる存在なんだなと驚きながらも沸々と笑いが込み上げてくるのを我慢するエースに、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたマルコは声を上げようとした。

ヒュンッーー!

「!」

風を切る音を耳にしたと思ったら、サッチとエースの髪がほんの僅かに切られてハラリと地面に落ちた。
サッと顔を青くしたサッチとエース。それに驚いて瞬きを繰り返したマルコは視線を隣に向けた。
短剣を鞘に納めたマリスがサッチとエースに向かって言った。
覚者様を貶す者には、例え同じ従者であったとしても容赦はしない――と。

「わ、悪かった! マリスちゃん、ごめん!」
「貶す気なんてねェよ! ただ単に揶揄ってるだけで」
「馬鹿! エース!」

ヒュンッーー!

「わ、悪ィ! 謝る! うお!?」

無言で短剣を引き抜いて振るうマリスに、サッチとエースは必死になって謝罪した。だがマリスは首を振った。

「あなた方が謝らないといけない相手は覚者様です!」
「「ごめんなさい」」
「……」

この世界において覚者たる者の存在は絶対的なものらしい。自らの主となる者と縁付くまで、ポーンは永久の時の中で待ち続けるのだ。

ずっと待っていた。
凄く会いたかった。
やっと会えた。
私の、大切な人――。

マリスにとってマルコという存在は絶対的なもので、例え気心が知れた仲間同士の揶揄いであったとしても、どうしても見過ごすことができなかった。

「明日は早くに発つ予定でいるからそろそろ寝ろよい」
「お、おう。そっか。なら、もう寝るか」
「やることねェしな」

サッチとエースはそれぞれ離れて簡易ベッドに寝転んだ。それを見届けたマルコは立ち上がるとテントの外に足を向けた。

「覚者様、どちらへ……?」

少し首を傾げるマリスに振り向いたマルコは「話がある」と言ってマリスをテントの外へと連れ出した。

ポーンの理

〆栞
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