18
食事を終えたサッチはコックとしての性分からか率先して後片付けしようと立ち上がった。
「エース、ついでに持って行くけど?」
「ん、おー、悪ィな」
残っていたスープを掻き込んだエースは自分のトレイをサッチに渡すと、食事を終えていないマルコの元へと移動した。二人分のトレイを持ったサッチは、マルコに話し掛けるエースに軽く微笑を零して踵を返した。
今朝、誰よりも早くに目覚めたサッチは外の空気を吸いにテントを出ると気伸びをして軽く身体を動かしていた。そこに「よー、流石サッチは早ェなァ……」と珍しく早起きしたエースがテントから出て来て声を掛けた。
へェ、珍しいな――と、目を丸くするサッチを他所に、エースは篝火の側にある丸太に腰を下ろして大きく欠伸をした。
食事をするには早い時間帯だ。#マルコ#とマリスは夜遅くまで起きていたのか、まだ起きる気配が無い。
丁度良い機会だと思ったサッチは、エースの隣にある丸太に腰を下ろして「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」と言った。
「何をだ?」
「おれっちが死んだ後どうなったのか。エースも死んだらしいけど、覚えてる限りで良いから教えてくれ」
「あー……」
ちょっと気まずげな表情を浮かべながらサッチから視線を外したエースは、オレンジ色のテンガロンハットを手に持ってクルクルと回しながら「そうだな……」と、自分が覚えている限りの事を話した。
そうして全てを聞いたサッチは、ずんっと重く暗くなりそうな空気を変える為か、ニコッと笑みを浮かべて「はい!」と言って挙手した。
「何だ?」
片眉を上げたエースにコホンと一つ咳払いしたサッチが使命を終えた後のことを考えましたと声高に言う。
「ティーチの野郎を呪い殺す怨霊になる会を設立することをここに宣言する」
「は……?」
流石にエースもポカンとした。
呪い殺す怨霊って……。
エースは両腕を組んで「んン……?」と真剣な表情を浮かべて首を傾げて――質問した。
「それ、どうやったらなれるんだ?」
ほぼ冗談なんだけど真面目に考えだしちゃう辺りエースのイイ所だよな。と、サッチはエースを真似て首を傾げながら「おれっちもわかんない」とすっとボケた。
「何だよそれ、笑えねェ」
眉を顰めながら鼻で笑ったエースに、笑ってるぞとサッチは指摘して笑った。
これはサッチの気遣いだ。
自分の死から始まって、オヤジの誇りの為、そして、けじめの為にティーチを追って、その結果、海軍との全面戦争となって、その中で義弟を守って死んで――等々、あまり語りたくないだろう話をさせてしまったのだから。
「なァ、サッチ」
「んー?」
「気のせいだったら良いんだけどよ」
手元で遊ばせたオレンジ色のテンガロンハットを被ったエースは、少し真面目な顔でサッチに目を向けた。どうしたとばかりに目を丸くするサッチに「何て言うか……」と呟いてからエースは言った。
サッチが死んでからおれが死ぬまでの話をしてる時、所々の記憶に穴が開いて消えてるように感じた――と。
「サッチは」
感じないかとエースが口にする前に「死んじまったからなァ」とサッチは暢気に言った。そして、ポーンとして生きる為かもな――と続けた。
「よく…わからねェ……」
エースが眉を顰めるとサッチは「うーん」と少し考えて言葉を続けた。
「ポーンとして生きる為の記憶を強制的に覚えた分、過去の記憶が薄まって消えて行く……って感じかもな」
おれっちの勝手な推測だけど。あまり納得はしたくないだろうけど仕方が無いと割り切ることも必要だろうな。とサッチは言った。
少しだけ不満な表情を浮かべたエースだったが、サッチが言ったように死んだからなと思えば、仕方が無いと割り切れなくも無い……かもしれない。たぶん。
まァ、考えた所でどうにもならないのなら考えるだけ無駄だ。――ということで、あまり深く考えないようにしようと思った。
「そうそう、記憶ついでになんだけどよ」
「何だ?」
「いや、おれっちも記憶が曖昧で言わなかったけど、以前にルークとマリスに会ってた気がすんだよな」
「いつ?」
「んー…、いつだったかは覚えて無い。ただ、名前に聞き覚えがあるなァって。でも、おれが記憶してんのは確か二人とも子供だったんだよな……」
年齢はバラバラっぽいし、同じ名前だけで同一人物では無いのかもしれない。しかし、これはいつどこで記憶されたものか、サッチは今一つ思い出せなくて胸の内がモヤモヤしていた。
「サッチは生前を思い返してみてどの辺まで記憶が残ってんだ?」
「んー、とりえあずティーチにグサッと刺されたのは、感触も含めてばっちり記憶してる」
「……」
満面の笑顔でVサインまで添えて答えたサッチに、それこそ笑えねェだろと歪んだ笑いを頬に浮かべたままエースは一言も発しなかった。
それから暫くして漸く朝食の準備が出来ましたと声を掛けられた二人は、夜間の仕事を終えた兵士達とこれから仕事に就く兵士達の列へと並びに行った。
「……」
二人が離れるのを見計らったようにマリスがテントから出て来た。サッチが話していた過去の記憶に関する話を偶々聞いたマリスは難しい表情を浮かべている。
マリスにとってサッチに”最初に”会ったのは、灰色の渦を巻く空と色の無いリムストーンの世界でのことだ。擦れ違い様に名を呼ばれ、思わず足を止めて振り向いたらあまり見慣れない髪形をした彼――サッチで、「マリスだよな?」と確認するように名を呼ぶサッチを訝しんで無視を決め込んだ。
どうして名前を、私を知っている?
何故? どうして?
それがずっと不思議だった。
以前に会っていた?
でも、以前とは?
テント前の篝火をじっと見つめながら記憶を辿ろうとしても思い出せない。頭に浮かび上がるのは、自分の存在理由の全ては覚者の為に在り、それが当たり前で、誇りであるということのみだ。
「私は……、」
ずっと――
僅かに震えた手を額に当てたマリスは小さく息を吐くと余計な思考を振り払うように首を振った。
そう、サッチは自分と同じ覚者様に仕えるポーンだからと結論付ければ、幾許か胸のつっかえが消えて少しだけ楽になった気がした。
「あ、起きたんだな」
「!」
ハッとしたマリスは振り向いた。
「……」
名前がわからない。沈黙するマリスにキョトンとした彼は、食事が乗ったトレイを近くにあった丸太に置いて、改めてマリスに向き直すとニッと笑みを浮かべた。
「ちゃんと挨拶してなくて悪かったな。おれはポートガス・D・エースだ。以後、宜しくお願いします」
ポーン同士だというのに、どうしてこんな丁寧に……?と、表情こそあまり変わらないが、マリスはどう対応して良いのか戸惑っていた。90度近くに深々と頭を下げたエースが頭を上げると視線がバチッと合った。
「へェ……、綺麗な色してんだな」
「え……?」
顔を近付けてじっと見つめて来るエースに、マリスは一歩二歩と後退った。何の事を言ってるのかと少し怪訝な目を向けるとエースは「あ、悪ィ」と苦笑した。
「目の色」
「目?」
「快晴の時の空色みてェだな。それに、」
―― 少しマルコと似てるかもな ――
「!」
あー、いや、マルコはどっちかって言うと海の色に近いかと言いながら、エースは丸太に置いたトレイを持って篝火近くの丸太へと移動した。
丸太に腰を下ろして蒸かしたイモを食べようと口を開けたエースは、「あァ、そうだ」と呆然としてエースの動向を見つめるマリスに再び声を掛けた。
「エース」
「エー…ス……?」
「おれの名前。興味無ェかもしんねェけど」
蒸かしたイモを口に放り込んでハフハフと咀嚼するエースに、マリスは少しだけ首を傾げた。
エースはゴクンと飲み込むと「次からはちゃんと反応しろよ。名前がわからねェからって沈黙は禁止」と言って笑った。
「マリスも腹減ってるだろ?」
貰って来いよとエースは食事を再開した。
その姿を少し見つめたマリスは、何も言わずに踵を返すとハッとして足を止めた。
「自己紹介、終わった?」
ニコニコと笑顔で伺うサッチに思わずコクンと頷いたマリスは、足早にサッチの横を通り過ぎて食事を貰いに行った。
どうやらサッチはエースとの会話が終わるまでずっと待っていたようだ。横を通り過ぎる際にスープが冷めてしまっていたように思える。そして――
「交換を」
「え?」
「冷めたスープの方が都合が良いので」
マリスは温かいスープが入った椀をサッチのトレイに乗せると、冷めてしまったスープの椀を自分のトレイに乗せて、少し離れた丸太に腰を下ろして食事を始めた。
目をパチクリさせてポカンとしていたサッチは、ホクホクと湯気が上がるスープに視線を落としてフッと笑みを零した。
灰色の渦を巻く空と色の無いリムストーンの世界で声を掛けた時、完全に無視された(かなりショックだった)ことから嫌われているのだと思っていたが、どうやらそれは違ったようで――。
黙々と食事をするマリスの様子を窺ったサッチは蒸かしたイモを食しながら、あの時の無視は何だったのかと考えた。
ひょっとしたら最初に名前を呼んで欲しかった人――つまり、自分の主人となる覚者に呼んで欲しかったのかもしれない。
そう考えると腑に落ちる。
覚者では無く同じポーンに名前を呼ばれたことが不愉快に思えて無視を決め込んだのかもしれない。
あー、だったら悪いことしたな。と、温かいスープを口にしながら心の内で反省したサッチは、あれ?と別の思考が浮かび上がった。
何かそれって乙女モードじゃね?
果たしてポーンに乙女心なんてあるのだろうか?
自分の頭の中にポーンに関する情報やらをインプットされたからポーンたる性格は何となくわかる。確かにマリスはポーンとしての性格を持ってはいる。
しかし、どこか、何かが違うような気がした。
まだ会って間もないから漠然としたものではあるけれども――。
食事を終えたらしいマリスが立ち上がってトレイを返却しに行く。
その後ろ姿をサッチが見送っていると「なァ、サッチ」とエースが声を掛けた。
「あん?」
「マリスの目は見たか?」
「目?」
「清んだ空みてェに綺麗な色してんだ」
思わず見惚れちまったとエースは笑った。
「え、お前が? 見惚れる?」
そんな感性があったのかとでもいう様なサッチの反応に、エースは眉をピクリと動かした。
「そういうとこ、失礼だろ」
エースは千切ったパンをサッチの口へと放り込んだ。
「んぐ…」
「少しマルコと似てるかもって言ったら、顔を赤くして狼狽えちまってよ。割と顔に出るタイプみたいだぜ?」
見た目も美人系だからサッチの好みだろ?と、くつくつとエースは笑った。
「好みっちゃ好み。なんだけどなァ……」
「けど、何だ?」
「完全に望み薄だから」
無理無理とサッチがお手上げポーズで首を振ると、女好きのサッチにしては珍しいなとエースは軽く首を傾げた。
「仮にマリスが恋なんてもんに目覚めたとしてだ。相手は誰だって……大体わかるでしょ?」
サッチはパンを千切ってお返しとばかりにエースの口に放り込んだ。んぐっと声を漏らしながら咀嚼したエースは合点がいったのか「あー…」と声を漏らした。
「マルコだな」
「そう、主人である覚者様。つまりマルコ様命だから」
他は絶対にあり得ないとサッチは言った。そして、悪友の姿がふと脳裏に浮かんだ瞬間、気配を察知したサッチは視線をテントに向けた。
「よー、マルコ」
「マルコが最後だなんて珍しいな」
「偶にはそういうこともあるよい」
サッチとエースに声を掛けられたマルコが側に歩み寄って来ると、タイミングを見計らったようにマリスがトレイを持って戻って来た。
「おはようございます」
「あァ、おはよい」
「できたてを頂いて参りました」
「あ、あァ、ありがとよい」
マルコが丸太に腰を下ろしたタイミングで「どうぞ」とマリスが丁寧にトレイを手渡した。
「何か羨まし過ぎんだけど」
「まるで付き人だよな」
真面目な表情は変わらないマリスだが――、
「マリス、お前のは?」
サッチとエースの呟きを無視したマルコが声を掛けると、
「私はもう済ませましたのでご安心を。ゆっくりしてください」
マリスの表情が少し和らいで、どこか嬉しそうな雰囲気が見て取れた。
それを見ていたサッチとエースは、マルコに声を掛けられることがそんなに嬉しいのかと唖然とした。
覚者命。
それはポーンとして生きる者の使命と言うべきか宿命と言うべきか。やっぱり自分達も何れはマリスのようにしないといけないのだろうかと二人は思った。
まァ、おれはマルコに恩があるから別に良いけどな。と、エースは直ぐに思考を切り替えた。
オヤジの息子として白ひげ海賊団の一員になる切っ掛けをくれたのはマルコだ。どこの誰とも知らない奴を覚者として仰ぐぐらいなら、強さにも人格にも尊敬できる義兄であるマルコを仰いだ方が断然良い。
エースは残った一切れのパンを口に放り込むとクツリと微笑を零した。
「エース、ついでに持って行くけど?」
「ん、おー、悪ィな」
残っていたスープを掻き込んだエースは自分のトレイをサッチに渡すと、食事を終えていないマルコの元へと移動した。二人分のトレイを持ったサッチは、マルコに話し掛けるエースに軽く微笑を零して踵を返した。
今朝、誰よりも早くに目覚めたサッチは外の空気を吸いにテントを出ると気伸びをして軽く身体を動かしていた。そこに「よー、流石サッチは早ェなァ……」と珍しく早起きしたエースがテントから出て来て声を掛けた。
へェ、珍しいな――と、目を丸くするサッチを他所に、エースは篝火の側にある丸太に腰を下ろして大きく欠伸をした。
食事をするには早い時間帯だ。#マルコ#とマリスは夜遅くまで起きていたのか、まだ起きる気配が無い。
丁度良い機会だと思ったサッチは、エースの隣にある丸太に腰を下ろして「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」と言った。
「何をだ?」
「おれっちが死んだ後どうなったのか。エースも死んだらしいけど、覚えてる限りで良いから教えてくれ」
「あー……」
ちょっと気まずげな表情を浮かべながらサッチから視線を外したエースは、オレンジ色のテンガロンハットを手に持ってクルクルと回しながら「そうだな……」と、自分が覚えている限りの事を話した。
そうして全てを聞いたサッチは、ずんっと重く暗くなりそうな空気を変える為か、ニコッと笑みを浮かべて「はい!」と言って挙手した。
「何だ?」
片眉を上げたエースにコホンと一つ咳払いしたサッチが使命を終えた後のことを考えましたと声高に言う。
「ティーチの野郎を呪い殺す怨霊になる会を設立することをここに宣言する」
「は……?」
流石にエースもポカンとした。
呪い殺す怨霊って……。
エースは両腕を組んで「んン……?」と真剣な表情を浮かべて首を傾げて――質問した。
「それ、どうやったらなれるんだ?」
ほぼ冗談なんだけど真面目に考えだしちゃう辺りエースのイイ所だよな。と、サッチはエースを真似て首を傾げながら「おれっちもわかんない」とすっとボケた。
「何だよそれ、笑えねェ」
眉を顰めながら鼻で笑ったエースに、笑ってるぞとサッチは指摘して笑った。
これはサッチの気遣いだ。
自分の死から始まって、オヤジの誇りの為、そして、けじめの為にティーチを追って、その結果、海軍との全面戦争となって、その中で義弟を守って死んで――等々、あまり語りたくないだろう話をさせてしまったのだから。
「なァ、サッチ」
「んー?」
「気のせいだったら良いんだけどよ」
手元で遊ばせたオレンジ色のテンガロンハットを被ったエースは、少し真面目な顔でサッチに目を向けた。どうしたとばかりに目を丸くするサッチに「何て言うか……」と呟いてからエースは言った。
サッチが死んでからおれが死ぬまでの話をしてる時、所々の記憶に穴が開いて消えてるように感じた――と。
「サッチは」
感じないかとエースが口にする前に「死んじまったからなァ」とサッチは暢気に言った。そして、ポーンとして生きる為かもな――と続けた。
「よく…わからねェ……」
エースが眉を顰めるとサッチは「うーん」と少し考えて言葉を続けた。
「ポーンとして生きる為の記憶を強制的に覚えた分、過去の記憶が薄まって消えて行く……って感じかもな」
おれっちの勝手な推測だけど。あまり納得はしたくないだろうけど仕方が無いと割り切ることも必要だろうな。とサッチは言った。
少しだけ不満な表情を浮かべたエースだったが、サッチが言ったように死んだからなと思えば、仕方が無いと割り切れなくも無い……かもしれない。たぶん。
まァ、考えた所でどうにもならないのなら考えるだけ無駄だ。――ということで、あまり深く考えないようにしようと思った。
「そうそう、記憶ついでになんだけどよ」
「何だ?」
「いや、おれっちも記憶が曖昧で言わなかったけど、以前にルークとマリスに会ってた気がすんだよな」
「いつ?」
「んー…、いつだったかは覚えて無い。ただ、名前に聞き覚えがあるなァって。でも、おれが記憶してんのは確か二人とも子供だったんだよな……」
年齢はバラバラっぽいし、同じ名前だけで同一人物では無いのかもしれない。しかし、これはいつどこで記憶されたものか、サッチは今一つ思い出せなくて胸の内がモヤモヤしていた。
「サッチは生前を思い返してみてどの辺まで記憶が残ってんだ?」
「んー、とりえあずティーチにグサッと刺されたのは、感触も含めてばっちり記憶してる」
「……」
満面の笑顔でVサインまで添えて答えたサッチに、それこそ笑えねェだろと歪んだ笑いを頬に浮かべたままエースは一言も発しなかった。
それから暫くして漸く朝食の準備が出来ましたと声を掛けられた二人は、夜間の仕事を終えた兵士達とこれから仕事に就く兵士達の列へと並びに行った。
「……」
二人が離れるのを見計らったようにマリスがテントから出て来た。サッチが話していた過去の記憶に関する話を偶々聞いたマリスは難しい表情を浮かべている。
マリスにとってサッチに”最初に”会ったのは、灰色の渦を巻く空と色の無いリムストーンの世界でのことだ。擦れ違い様に名を呼ばれ、思わず足を止めて振り向いたらあまり見慣れない髪形をした彼――サッチで、「マリスだよな?」と確認するように名を呼ぶサッチを訝しんで無視を決め込んだ。
どうして名前を、私を知っている?
何故? どうして?
それがずっと不思議だった。
以前に会っていた?
でも、以前とは?
テント前の篝火をじっと見つめながら記憶を辿ろうとしても思い出せない。頭に浮かび上がるのは、自分の存在理由の全ては覚者の為に在り、それが当たり前で、誇りであるということのみだ。
「私は……、」
ずっと――
僅かに震えた手を額に当てたマリスは小さく息を吐くと余計な思考を振り払うように首を振った。
そう、サッチは自分と同じ覚者様に仕えるポーンだからと結論付ければ、幾許か胸のつっかえが消えて少しだけ楽になった気がした。
「あ、起きたんだな」
「!」
ハッとしたマリスは振り向いた。
「……」
名前がわからない。沈黙するマリスにキョトンとした彼は、食事が乗ったトレイを近くにあった丸太に置いて、改めてマリスに向き直すとニッと笑みを浮かべた。
「ちゃんと挨拶してなくて悪かったな。おれはポートガス・D・エースだ。以後、宜しくお願いします」
ポーン同士だというのに、どうしてこんな丁寧に……?と、表情こそあまり変わらないが、マリスはどう対応して良いのか戸惑っていた。90度近くに深々と頭を下げたエースが頭を上げると視線がバチッと合った。
「へェ……、綺麗な色してんだな」
「え……?」
顔を近付けてじっと見つめて来るエースに、マリスは一歩二歩と後退った。何の事を言ってるのかと少し怪訝な目を向けるとエースは「あ、悪ィ」と苦笑した。
「目の色」
「目?」
「快晴の時の空色みてェだな。それに、」
―― 少しマルコと似てるかもな ――
「!」
あー、いや、マルコはどっちかって言うと海の色に近いかと言いながら、エースは丸太に置いたトレイを持って篝火近くの丸太へと移動した。
丸太に腰を下ろして蒸かしたイモを食べようと口を開けたエースは、「あァ、そうだ」と呆然としてエースの動向を見つめるマリスに再び声を掛けた。
「エース」
「エー…ス……?」
「おれの名前。興味無ェかもしんねェけど」
蒸かしたイモを口に放り込んでハフハフと咀嚼するエースに、マリスは少しだけ首を傾げた。
エースはゴクンと飲み込むと「次からはちゃんと反応しろよ。名前がわからねェからって沈黙は禁止」と言って笑った。
「マリスも腹減ってるだろ?」
貰って来いよとエースは食事を再開した。
その姿を少し見つめたマリスは、何も言わずに踵を返すとハッとして足を止めた。
「自己紹介、終わった?」
ニコニコと笑顔で伺うサッチに思わずコクンと頷いたマリスは、足早にサッチの横を通り過ぎて食事を貰いに行った。
どうやらサッチはエースとの会話が終わるまでずっと待っていたようだ。横を通り過ぎる際にスープが冷めてしまっていたように思える。そして――
「交換を」
「え?」
「冷めたスープの方が都合が良いので」
マリスは温かいスープが入った椀をサッチのトレイに乗せると、冷めてしまったスープの椀を自分のトレイに乗せて、少し離れた丸太に腰を下ろして食事を始めた。
目をパチクリさせてポカンとしていたサッチは、ホクホクと湯気が上がるスープに視線を落としてフッと笑みを零した。
灰色の渦を巻く空と色の無いリムストーンの世界で声を掛けた時、完全に無視された(かなりショックだった)ことから嫌われているのだと思っていたが、どうやらそれは違ったようで――。
黙々と食事をするマリスの様子を窺ったサッチは蒸かしたイモを食しながら、あの時の無視は何だったのかと考えた。
ひょっとしたら最初に名前を呼んで欲しかった人――つまり、自分の主人となる覚者に呼んで欲しかったのかもしれない。
そう考えると腑に落ちる。
覚者では無く同じポーンに名前を呼ばれたことが不愉快に思えて無視を決め込んだのかもしれない。
あー、だったら悪いことしたな。と、温かいスープを口にしながら心の内で反省したサッチは、あれ?と別の思考が浮かび上がった。
何かそれって乙女モードじゃね?
果たしてポーンに乙女心なんてあるのだろうか?
自分の頭の中にポーンに関する情報やらをインプットされたからポーンたる性格は何となくわかる。確かにマリスはポーンとしての性格を持ってはいる。
しかし、どこか、何かが違うような気がした。
まだ会って間もないから漠然としたものではあるけれども――。
食事を終えたらしいマリスが立ち上がってトレイを返却しに行く。
その後ろ姿をサッチが見送っていると「なァ、サッチ」とエースが声を掛けた。
「あん?」
「マリスの目は見たか?」
「目?」
「清んだ空みてェに綺麗な色してんだ」
思わず見惚れちまったとエースは笑った。
「え、お前が? 見惚れる?」
そんな感性があったのかとでもいう様なサッチの反応に、エースは眉をピクリと動かした。
「そういうとこ、失礼だろ」
エースは千切ったパンをサッチの口へと放り込んだ。
「んぐ…」
「少しマルコと似てるかもって言ったら、顔を赤くして狼狽えちまってよ。割と顔に出るタイプみたいだぜ?」
見た目も美人系だからサッチの好みだろ?と、くつくつとエースは笑った。
「好みっちゃ好み。なんだけどなァ……」
「けど、何だ?」
「完全に望み薄だから」
無理無理とサッチがお手上げポーズで首を振ると、女好きのサッチにしては珍しいなとエースは軽く首を傾げた。
「仮にマリスが恋なんてもんに目覚めたとしてだ。相手は誰だって……大体わかるでしょ?」
サッチはパンを千切ってお返しとばかりにエースの口に放り込んだ。んぐっと声を漏らしながら咀嚼したエースは合点がいったのか「あー…」と声を漏らした。
「マルコだな」
「そう、主人である覚者様。つまりマルコ様命だから」
他は絶対にあり得ないとサッチは言った。そして、悪友の姿がふと脳裏に浮かんだ瞬間、気配を察知したサッチは視線をテントに向けた。
「よー、マルコ」
「マルコが最後だなんて珍しいな」
「偶にはそういうこともあるよい」
サッチとエースに声を掛けられたマルコが側に歩み寄って来ると、タイミングを見計らったようにマリスがトレイを持って戻って来た。
「おはようございます」
「あァ、おはよい」
「できたてを頂いて参りました」
「あ、あァ、ありがとよい」
マルコが丸太に腰を下ろしたタイミングで「どうぞ」とマリスが丁寧にトレイを手渡した。
「何か羨まし過ぎんだけど」
「まるで付き人だよな」
真面目な表情は変わらないマリスだが――、
「マリス、お前のは?」
サッチとエースの呟きを無視したマルコが声を掛けると、
「私はもう済ませましたのでご安心を。ゆっくりしてください」
マリスの表情が少し和らいで、どこか嬉しそうな雰囲気が見て取れた。
それを見ていたサッチとエースは、マルコに声を掛けられることがそんなに嬉しいのかと唖然とした。
覚者命。
それはポーンとして生きる者の使命と言うべきか宿命と言うべきか。やっぱり自分達も何れはマリスのようにしないといけないのだろうかと二人は思った。
まァ、おれはマルコに恩があるから別に良いけどな。と、エースは直ぐに思考を切り替えた。
オヤジの息子として白ひげ海賊団の一員になる切っ掛けをくれたのはマルコだ。どこの誰とも知らない奴を覚者として仰ぐぐらいなら、強さにも人格にも尊敬できる義兄であるマルコを仰いだ方が断然良い。
エースは残った一切れのパンを口に放り込むとクツリと微笑を零した。
記 憶
【〆栞】