19

マリスとサッチが後片付けに取り掛かっている間、ランディングソードを手にしていたマルコに気付いたエースは、それ、使うのか?と珍しそうな顔をして声を掛けた。

「あァ、念の為に持ってるだけだよい」

一応、貰ったものでもあるからと、マルコは剣の柄を掴んで軽く鞘から引いて刀身を見つめた。

「じゃあ、マルコはファイターってわけだ」
「!」

エースの口からそんな言葉が出るとは思ってもみなかったマルコは少し驚いてエースに顔を向けた。

「別に驚くことじゃねェだろ。ほら、ポーンに関する情報やら何やらが勝手に頭ん中に入って来たって話したろ?」

あー、そう言ってたな。と納得したように小さく頷いたマルコは、じゃあエースは――と言い掛けた時だった。

ドォォン!

「「!」」

突然大きな音が鳴り響いた。静かだった宿営地は空気が一変して騒然とした緊迫感に包まれた。

「マルコ! エース! こっちだ!」

遠くで叫ぶサッチの声に、マルコとエースは急いで駆け出した。

「うお、でっけェ!」

頭が四つに分かれた巨大な蛇が暴れ回っている。あまりにも巨大な敵を前に兵士達は恐怖に慄いて上手く立ち回ることができずにいた。

「マルコ様!」
「マリス、あいつは!?」
「あれはハイドラです! 突然現れたようで、兵士達は冷静さを失ってパニック状態です!」

マルコの元に駆け付けたマリスと入れ替わるようにエースが戦地へと颯爽と向かった。

「エース!」
「まァ、見てろって」

呼び掛けるマルコにエースは余裕を見せて笑う。しかし、それに気付いたサッチが叫んだ。

「バカ! 物理タイプじゃねェんだから詠唱を含めた距離感を考えろってんだ!」
「あ、やべ。そうだった」

詠唱?
距離感?

はっきりと聞こえた言葉にマルコは眉を顰めた。

ちょっと待て。まさか……。

「おれ、メイジだったの忘れてた」
魔法使いメイジかよい!?」

オレンジ色のテンガロンハットに手を置いてテヘペロと笑ったエースに全力で驚いたマルコは軽くフラッと立ち眩みした。

性格的に全く向いてねェだろうよい……。

どうしてそうなったんだと困惑しながらマルコはサッチに目を向けた。サッチは剣を片手に兵士が落とした盾を拾い上げてハイドラの攻撃を捌きながら戦っていることからマルコと同じ『ファイター』のようだ。
サッチに関しては妥当だと思っていると、傍からヒュンッと放たれる矢に気付いたマルコはマリスに目を向けた。

「ハイドラは首が弱いはずです。被害が広がる前に手を打ちましょう」

マリスはそう言って弓を構えて再び矢を放つと、腰元に装備している短剣を引き抜いて駆け出した。

「マリスはレンジャーか」

とりあえずパーティーとしてはバランスが取れている方かと、マルコは再びエースに目を向けた。

「うお! あぶねェ……。くそ、悪魔の実の能力が使えたらあんな奴、直ぐに倒せるってェのに」

ハイドラの攻撃を躱しながらエースは愚痴った。その背後から別の首がエースに襲い掛かるのをマルコが阻止してエースの背後に立った。

「悪ィなマルコ」
「エース、能力が使えねェのか?」
「死んだからな」

あー、そうか。とマルコは納得した。
死んだと同時にメラメラの実の能力を消失したエースは、サッチと同様に非能力者というわけで――と考えてマルコはふと思った。

「まさか、それでメイジを選択」
「!」
「――したんだな……」

ギクッとして身体を硬直したエースの反応に、やっぱりそうかとマルコは溜息を零した。

「エース、距離を取って魔法で援護しろ」
「援護……て、どうやんだ?」
「……」

首を傾げるエースに呆れた顔したマルコは、襲い掛かるハイドラの首を弾くとエースを担いで距離を取った。

「援護主体に動いてた連中を思い出せ」
「えーと……」

生前は先陣を切って特攻していたエースは、援護のえの字も覚えていない…と言うか、考えたことすら無かったようで、眉根を寄せたマルコは声を張って言った。

「イゾウ!」
「あァ、イゾウなら何度か組んだことがあるからな。何となくわかる」
「イゾウを真似て援護射撃すんのが、メイジの戦い方だろうよい」

下手でも良いからやってみろ、とマルコはハイドラに向けて駆け出した。
その場に残ったエースは、イゾウの戦い方を思い出しながら身に付けたばかりで経験の浅い魔法の詠唱を始める。
杖があれば詠唱時間の短縮だけでは無く、攻撃力も強化されるらしいのだが、灰色の世界に広がる原野の中で杖を見つける間も無く呼び出されたエースは杖を持っていない。
詠唱しながらどっかに落ちて無いかと視線を周囲に向けると、割と屈強な身体付きをした兵士と目が合った。

「杖を持っていないのか?」
「見つける前に呼ばれちまったからな」
「なら、これを使え」

兵士はエースに杖らしきものを投げ渡した。

「は…、何だこれ?」
「昨日、ゴブリンが落としていったものだ」
「これが杖?」
「錆びた杖だ」
「錆びてんのかよ!」
「無いよりはマシだ」

兵士はそう言うと戦場へと走って行った。
無いよりはマシ。
確かにそうかもしれないが、見てくれは良く無いし、ちょっとした拍子に折れてしまいそうだ。強く握ると錆の汚れが手に付くし、手触りも最悪だ。

それでも――
無いよりはマシ。

「仕方が無ェか」

これならもう少し前に出て戦えるだろうとエースは思った。
何しろメイジとなって日が浅いのだ。魔法を使えても狙った所に放てる自信は皆無に等しかった。

「杖なんて使ったことねェから今一つわかんねェな」

距離感や狙い方はどうすれば良いのか……。
とりあえず杖は腕の延長上として杖先は己の拳と見立てて、何となくイメージで狙いを定めつつ『火』を思い浮かべる。

ボボボッ!

「!」

杖先に赤い光が集まると炎が滾り出した。それに口角を上げて笑みを浮かべたエースは、サッチに咬み付こうとするハイドラの頭に向けて魔法を放った。

ドォォン!!

「うお!?」

ハイドラの首に直撃した火の玉に思わず驚いて声を上げたサッチは、慌てて後方に振り向いた。
炎の魔法を放ったのがエースだとわかったサッチは、火拳のエース復活だなと微笑した。マルコもエースを一瞥して同様に思ったようで口角を上げる。
ただ、当のエースはと言うと――

「火拳って言ったら出ねェんだな」

杖先を見つめて眉を顰めながら「うーん」と唸って不満顔を浮かべている。仕方が無く脳裏に浮かんだ『ファイアボール』と口にはしたが、やっぱり『火拳』は譲りたくねェ…と、妙な拘りを抱いた。

「じゃあ、とりあえず……」

意識を戦場に戻したエースは、負傷して倒れている兵士達に向けて魔法を放つことにした。
『ヒーリングスポット』
負傷した兵士達の下に魔法陣を発現させ回復を図る魔法だ。

「凄ェ…」

味方の傷を癒す術を持てるというのはこんな気持ちなのか。
まるで、マルコみてェだ――。
負傷した兵士を庇いながら戦うマルコの背中を見つめたエースは、オレンジ色のテンガロンハットを目深にして微笑を口元に湛えた。

「拘りなんていらねェ。とことん援護してやるぜ」

錆びた杖で、だけどな!と、エースはファイアボールとヒーリングスポットを駆使して援護に回った。

一方――

片手剣と盾を使って戦っていたサッチは、息を切らしながらハイドラの首を狙っては弾かれて、また斬り付けようとして弾かれて――を繰り返した。

「あー! もうウザいったらねェってんだよ!」

首が弱いって言ったって高々と頭を持ち上げられたら狙えねェだろ!と、苛々が頂点に達したサッチは声を荒げた。

「サッチ! エースが魔法をぶつけた奴を狙え!」

負傷した兵士を助けながらマルコは言った。

「狙って、んだけど、よ!」

狙って攻撃しようとすると別の首が邪魔をする。

「サッチ! もう一発行くぜ!」

四つある頭の内の一つに目掛けてエースがファイアボールを放った。

ドォォン!

火の玉が直撃した頭は軽く仰け反った。そして、ぐらりと揺れてガクンと地面に落ち掛けた。
その隙を突いてサッチは剣を振り上げたが、他の頭の重心に引っ張られるようにして頭が持ち上げられる。
あー、またか!と悔しがるサッチだったが、一瞬の隙を突いてマリスがその頭にしがみ付いた。

「マリスちゃん!?」

驚いて目を見張るサッチを尻目に、マリスは短剣を引き抜いて首筋に突き刺した。

グオオオ!!

大きな呻き声を上げて首を激しく揺さぶる頭は、他の頭に比べて相当のダメージを負っている証拠だ。
しがみ付いているマリスを振り落とそうと酷く暴れる頭だが、マリスは手を離すこと無く懸命にしがみ付き、揺れが収まる一瞬の隙を突いて再び短剣を突き刺そうとした。
しかし、別の頭が大きく口を開けて首にしがみ付いているマリスに目掛けて襲い掛かる。

「危ねェ!」
「!」

地面を蹴って間に飛び込んだサッチが盾でその攻撃を受けた。鉄製の盾にガチンと咬み付いた頭は、そのまま大きく振ってサッチごと地面に目掛けて叩き付けた。

「うっく…!」
「サッチ!」

咄嗟に杖先をサッチに向けてヒーリングスポットを詠唱しようとしたエースだったが、視界が突然ぼやけ出してガクンと力が抜け落ちるようにして地面に膝を突いた。

「あー…やべェ……」

攻撃と回復の連続で魔法力を使い過ぎて底を突き空となった。この力の抜け具合はよく似ていると苦悶の表情を浮かべてエースは思った。

「クソッ!」

せめてあと一発だけでも――と、杖を握り締めるが発動しない。
エースはギリッと歯を食いしばって暴れるハイドラを見つめているしかなかった。
そのハイドラは、弱った頭にしがみ付くマリスを排除しようと再びマリスに目掛けて咬み付こうと襲い掛かった。

「あァ! 危ない!」
「ダメだ! やられる!」

兵士達が叫ぶ中、マリスは冷静だった。タイミングを見計らって手を離すと同時に身を翻して攻撃を躱し、クルクルと回転して地面に着地した時には、マリスに咬み付こうとした頭が最も弱った頭の首をガブッと咬み付いていた。

グオオオオ!!

「へェ、やるなァ」
「ハハ、ナイス判断だぜマリスちゃん」

戦い方や判断能力からしてマリスは相当戦い慣れしている。そう思ったエースとサッチは感心する言葉を漏らした。

未だに戦意を失わないハイドラを前にマリスは次にどうすれば良いかを必死に考えた。
今動けるのはもう自分だけしかいない。
再びしがみ付いての攻撃はサポートがいれば可能かもしれないが単独では危険だ。
マリスは短剣を鞘に戻して弓を手にして応戦しようと構えた。

咬み付かれた頭と咬み付いた頭、そして、体勢のバランスを取る未だに無傷の二つの頭が、ギロリとマリスを睨み付ける。
今、最も脅威となっているのはマリスただ一人。
ハイドラは四つの頭を大きく揺らしてマリスに襲い掛かろうと同時に動かした。それに対してマリスは攻撃を躱しながら弓を放って応戦する。
しかし、ハイドラの激しい攻撃の連続に防戦する一方となって押され始めた。

「あァ、ダメだ」
「このままでは……」

嘆く兵士達の傍らで、女の子一人に任せっきりじゃあダメだろ。と、サッチはギリッと歯を食いしばって何とか立ち上がろうとした。
その時――

ボボボボッ!

「!」

炎の爆ぜる音が後方から聞こえたサッチはハッとした。そして、ククッと喉を鳴らして笑った。

良いとこ狙いかよ、覚者様――。

恐れ慄く兵士達に力尽きて動けないエースと傷付いて動けないサッチ。そんな彼らの頭上を飛び越えてハイドラに向かう青い炎を纏う鳥。
それに目を見開いて驚く兵士達を尻目に、エースとサッチは大きく息を吐いて地面に尻餅を突いた。

この勝負、勝った。
この戦地で二人だけがそう確信した。





岸壁の隅へと追いやられて逃げ場を失ったマリスは、一か八か、襲い掛かる頭に飛び移って反撃を試みようと、多少の危険を覚悟して短剣を引き抜き身構えた。
ハイドラの四つ頭の視線がマリスを鋭く射抜く。そして――

来る!
息をヒュッと吐いてマリスが動こうとした瞬間、

鶴爪オングル!」
「!?」

最も弱っていた頭に目掛けて青い炎を纏ったマルコが強烈な蹴りを放つと同時に、そこに目掛けて剣を振り抜いてザシュッと跳ね飛ばした。
突然の衝撃にハイドラはグオオオ!と悲鳴とも取れる声を上げると宿営地の奥の深い森へと逃げて行った。

「何だ…。逃げるのかよい」

大したことねェなァと呆れたように言葉を漏らしたマルコは、短剣を構えたまま呆然と突っ立っているマリスに目を向けてクツリと笑った。

「マリス」
「え…?」
「結構、戦えるんだな。感心したよい」

ハッとして漸く短剣を下ろしたマリスは眉尻を下げて視線を落とすと首を振った。

「力及ばず……、あまりお役に立てませんでした」

結局は主である覚者に助けてもらう形となってしまったことに、マリスは酷く落ち込んで不甲斐無い自分自身を嫌悪した。
それに片眉を上げたマルコはカリカリと頭を掻いた。

真面目は悪いことでは無いが、ちょっと真面目過ぎる。

ただまァ、嫌いじゃねェけどよい。と、マルコは手を伸ばしてマリスの頭にポンッと触れた。その際にマリスの肩が僅かにビクンと跳ねたが、マルコは気にすること無く言葉を掛ける。

「お前のおかげで兵士は誰一人死んじゃいねェんだ。まずはそれを誇るべきだとおれは思うよい」
「!」

勿論エースとサッチのおかげもあるが――と付け加えて、マルコは続けて言葉を送る。

「よく頑張った。ありがとな」

マルコの言葉にマリスは目を丸くした。ゆっくりと顔を上げると優しい笑みを湛えるマルコに、堪らず眉根を寄せて泣きそうな表情を浮かべたマリスだったが、決して泣くまいとクッと息を飲んで我慢した。

「マリス」
「……」
「お疲れさんだよい」
「!」

くしゃくしゃと頭を撫でられたマリスは、耐え切れずにカッと赤くした顔を俯かせてギュッと目を瞑った。

ハイドラを退治するどころか逆に追い詰められたというのに、まだまだ精進が足りないと言われると思ったのに、何故か真逆に褒められて労いの言葉まで掛けられるなんて思ってもみなかった。
次は同じ轍を踏まないように反省をして、もっと厳しく自分を律して精進しますと、声を出して言うべきなのに、気持ちがそうさせなかった。

覚者であるマルコからくれる言葉が、とても温かくて、嬉しくて、たまらなかった。

「耳まで赤いよい」

そう言ってマルコはわざとマリスの耳をツンッと突いた。

「ッ…!」

マリスは両手でバッと耳を押さえた。ただ無言のままで、未だに顔も俯かせたままで――だ。
普通、顔ぐらい上げるだろ。と、思いのほか反応が面白いなとマルコはくつくつと喉を鳴らして笑った。
恥ずかしいのか、照れているのか、それとも両方か。何であれ自分を責める負の感情は取り払うことができたかとマルコは思った。

一方――

首を跳ねられたハイドラの頭部は天高く舞い上がって宿営地にいたサッチとエースの目の前にドサッと落ちた。

「「え?」」

これって、ハイドラの頭だよな。と、二人して目を丸くした瞬間

シャアアアア!!

「「ッ!?」」

威嚇するように大きな口を開ける(頭だけの)蛇に、思わずビクンと身体が跳ねたサッチとエースは、頭だけなのにまだ戦うのか!?とゴクリと息を飲んだ。
しかし、(頭だけの)蛇は力無く口を閉じて絶命した。その時、蛇の頭部に赤い紋章が光を放ってスッと消えるのが見えた。

「何だ今の?」
「んー……」

エースは眉を顰めて、サッチは難しい表情を浮かべて、二人して首を傾げた。

「何か意味があるのかもしれねェけど、とりあえずマルコとマリスが戻ってからで良いんでない?」

思考すら働かせる元気も無い、とサッチは首を振って大きく息を吐きながら蛇の頭部の側に座り込んだ。

「そうだな。おれも魔法力が空で疲れたしな」

同じ様に蛇の頭部の側に腰を下ろしたエースは、頭部に肘を突いて溜息を吐いた。

「魔法力が空になるってどんな感覚?」
「あー、それはな」

能力者だった時に海に落ちたり海楼石を嵌められたりした時の感覚とよく似てるのだとエースは説明した。非能力者であるサッチには全く経験の無い感覚なわけで、「その説明だとおれにはわかんねェわ」と苦笑した。

「メイジに転職したらわかるだろ」
「もし次に転職するならレンジャーが良いって思ってんだけど」

サッチの返答にエースはレンジャー姿のサッチを想像した。
リーゼントヘアスタイルでコック服の男が弓を構える様は、食材が足りなくなって狩りを始めました風。更にトサカを照準器に見立てて獲物を狙ってます的な感じ?と、何だか滑稽な想像をしたエースはプッと噴き出して肩を震わせた。

「え、何で笑うわけ?」

目を丸くするサッチにエースは言った。

「とりあえず似合わねェなと思う」
「特攻野郎が後方援護タイプのメイジになってる奴に言われたくねェってんだ」

首が斬られたハイドラの頭部を間に、と言うかまるでテーブル代わりというかクッション代わりと言うか、兎に角、極々自然な風景な感じで平然と言葉を交わし続けている二人のポーンに、兵士達は唖然として、ただただ静観するのみだった。

急襲・ハイドラ戦

〆栞
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