03
嵌められた海楼石の錠は部下の手によって外され、再生の炎を纏って反撃を試みたところで結局は、オヤジもエースも死んでしまった。
しかし、オヤジが認めてエースが生かそうとしたエースの弟を、麦わらのルフィを、白ひげ海賊団の誇りに掛けて、この戦場から生きて逃がすことを使命として懸命に戦い抜いた。
あれから早幾日の時が過ぎて――
二つの墓標を前に、黄色のスカーフをそこに加え、トプトプトプと酒を掛けて供える。
共に笑い、共に戦い、共に生きて来た大切な家族。
決して戻ることのできないあの日々を想いながら、自身の手にする盃にも酒を注いで軽く掲げると一気に呷った。
「おれは…、これからどうすりゃ良いんだろうなァ……」
生き残った白ひげ海賊団を背負って立つ者はマルコだ、と皆の総意によってあっさり決まった。
大きくて偉大な背中を見て生きて来た自分に、果たしてその穴を埋める器があるのかどうか、正直に言うと自信は無かった。
「こういう時、お前ェなら何て言うんだろうなァ……」
風に吹かれてパタパタとはためく黄色のスカーフを見つめながらポツリと呟くと、片手で目元を覆って自嘲した。
「残されるってなァ……、やっぱり辛ェよい」
不死鳥の力で持って数多の修羅場を括り抜けて来たが、それ相応に多くの仲間の死も見送って来た。
負傷した傷が再生されても心に負った傷は癒えないままで、最も親しかった男の死や、最も慕った男の死と、最も可愛がった男の死が、その癒えない傷をより深く大きく抉ったのは当然のことで――
「ッ……、くそ……!」
人前で決して涙は見せず、悲哀の顔も見せず、飄々とした面持ちですべきことをして。
今、人知れず、一人で静かに涙を零した。その時だ。
『――ミツケタ――』
ドクンッ!
「!」
聞き慣れない声が響き、それに驚くと同時に心臓が大きく弾んで軋んだ。
「なん…だ……?」
まるで何かに心臓を掴まれて息が詰まるような苦しさを覚え、気付けば足が自然と動いて崖へと歩みを進めていた。
「おい、ッ…!? 何をする気だマルコ!!」
戻りが遅いマルコを呼びに来たジョズが驚いて急いで駆け出した。
「違ェ! くっ…、ジョズ!」
自分の意思に反して勝手に身体が動いてんだとマルコは声を上げたが、そのまま地を蹴って崖下へと身を投げ出した。
「マルコ!」
懸命に伸ばしたジョズの手を掴もうとしたマルコだったが、ズキンと痛みが走って掴むことができなかった。そして、無情にも崖下へと落下して行く。
「チッ!」
思うように動かない身体に鞭を打つ気で、腕に青い炎を灯して不死鳥化しようとした時、眼下の先に突如として現れた黒い穴にマルコは目を見張った。そして、灯した青い炎がボボッ…ボッ――と、まるで力を失うかのようにして消えた。
「なっ……!?」
飛ぶこともできないまま、マルコは敢え無く暗闇が広がる穴へと堕ちた。
「マルコ!」
ジョズが崖下を覗き込んだ時、穴は何事も無かったかのように静かに閉じて消えた。
「くっ…!」
苦渋の表情を浮かべたジョズは、仲間の元へ急いで引き返そうとした。その時、二つの墓前と黄色のスカーフを見やったジョズは言葉を残した。
「オヤジ、エース、サッチ! 頼む! マルコを、マルコまで、連れて行かないでくれ!」
誰よりも白ひげ海賊団を理解し、誰からも信頼され、最も頼れる最後の砦となる男まで失っては、白ひげ海賊団の未来は最早潰えたも同然なのだから。
◇
全身が気怠い。何やら冷やりと冷たい。
聞こてくる音は、波の音。
鼻を擽る香りは、潮の匂い。
これは―― 海……?
海から離れた丘の上にいたはずだ。
崖下に落ちてとしても、そこは海であるはずがないのに、何故?
ジャリッ……とした音と感触は砂浜だ。身体が冷えているのは海水で濡れているからだ。
そう理解して、ゆっくりと重い瞼を開けた。
日に焼けた黒い肌をした子供達が、大人を引き連れて走って来る姿が見える。
「キナ、こっち! この人だよ!」
「お願い! キナお姉ちゃん、助けてあげて!」
「怪我をしているのね。早く包帯を取り替えないと感染症を起こしたりしたら大変だわ」
子供達と同じように黒い肌をした女がそっと手を伸ばして額に触れた。少し心地が良いと感じると重たい瞼がゆっくりと下りて目を閉じた。
「見ない顔だな。この界隈に住む者では無さそうだが……」
「私が診ます。アダロ村長の家まで運んでください」
「いや、しかしだな、素性の知れない男を」
「構わんよ」
「――!」
「ワシの家まで運びなさい」
「ですが、アダロ村長!」
「「助けてあげてよ!」」
「子供達が言うのだから悪い男では無かろう。そう思わんかね?」
「ッ……、わ、わかりました」
会話を耳にしながら誰かに身体を抱え上げられて運ばれるのを感じた。意識はある。しかし、はっきりと覚醒して自ら動こうとする気が全く起きなくて、されるがままにじっとしていた。
心のどこかにぽっかりと開いた穴があるような感覚があって、まるで気力が起きなかったからだ。
子供の声、女の声、男の声、老人の声、その他にも様々な声が耳に届き、平穏で穏やかな空気が全身を包む。それが妙に心地が良くて、どこかホッと安堵している自分がいる。
「……なァ、」
「あ、目が覚めたのね」
「ここは……どこだ?」
「ここは――」
グランシス半島の南東にあるカサディスという小さな漁村よ。
その答えを聞いた途端、頭を固い石で殴られたかのような衝撃を受けてガバリと身体を起こした。
「いっ…!? うくっ…!」
未だに癒えない傷がズキンと痛んで腹部に手を当てながら思わず蹲った。
グランシス……?
崖から落ちてなんだってそんな知らねェ場所に……?
不穏な状況に全身から血の気が引いた気がした。
しかし、オヤジが認めてエースが生かそうとしたエースの弟を、麦わらのルフィを、白ひげ海賊団の誇りに掛けて、この戦場から生きて逃がすことを使命として懸命に戦い抜いた。
あれから早幾日の時が過ぎて――
二つの墓標を前に、黄色のスカーフをそこに加え、トプトプトプと酒を掛けて供える。
共に笑い、共に戦い、共に生きて来た大切な家族。
決して戻ることのできないあの日々を想いながら、自身の手にする盃にも酒を注いで軽く掲げると一気に呷った。
「おれは…、これからどうすりゃ良いんだろうなァ……」
生き残った白ひげ海賊団を背負って立つ者はマルコだ、と皆の総意によってあっさり決まった。
大きくて偉大な背中を見て生きて来た自分に、果たしてその穴を埋める器があるのかどうか、正直に言うと自信は無かった。
「こういう時、お前ェなら何て言うんだろうなァ……」
風に吹かれてパタパタとはためく黄色のスカーフを見つめながらポツリと呟くと、片手で目元を覆って自嘲した。
「残されるってなァ……、やっぱり辛ェよい」
不死鳥の力で持って数多の修羅場を括り抜けて来たが、それ相応に多くの仲間の死も見送って来た。
負傷した傷が再生されても心に負った傷は癒えないままで、最も親しかった男の死や、最も慕った男の死と、最も可愛がった男の死が、その癒えない傷をより深く大きく抉ったのは当然のことで――
「ッ……、くそ……!」
人前で決して涙は見せず、悲哀の顔も見せず、飄々とした面持ちですべきことをして。
今、人知れず、一人で静かに涙を零した。その時だ。
『――ミツケタ――』
ドクンッ!
「!」
聞き慣れない声が響き、それに驚くと同時に心臓が大きく弾んで軋んだ。
「なん…だ……?」
まるで何かに心臓を掴まれて息が詰まるような苦しさを覚え、気付けば足が自然と動いて崖へと歩みを進めていた。
「おい、ッ…!? 何をする気だマルコ!!」
戻りが遅いマルコを呼びに来たジョズが驚いて急いで駆け出した。
「違ェ! くっ…、ジョズ!」
自分の意思に反して勝手に身体が動いてんだとマルコは声を上げたが、そのまま地を蹴って崖下へと身を投げ出した。
「マルコ!」
懸命に伸ばしたジョズの手を掴もうとしたマルコだったが、ズキンと痛みが走って掴むことができなかった。そして、無情にも崖下へと落下して行く。
「チッ!」
思うように動かない身体に鞭を打つ気で、腕に青い炎を灯して不死鳥化しようとした時、眼下の先に突如として現れた黒い穴にマルコは目を見張った。そして、灯した青い炎がボボッ…ボッ――と、まるで力を失うかのようにして消えた。
「なっ……!?」
飛ぶこともできないまま、マルコは敢え無く暗闇が広がる穴へと堕ちた。
「マルコ!」
ジョズが崖下を覗き込んだ時、穴は何事も無かったかのように静かに閉じて消えた。
「くっ…!」
苦渋の表情を浮かべたジョズは、仲間の元へ急いで引き返そうとした。その時、二つの墓前と黄色のスカーフを見やったジョズは言葉を残した。
「オヤジ、エース、サッチ! 頼む! マルコを、マルコまで、連れて行かないでくれ!」
誰よりも白ひげ海賊団を理解し、誰からも信頼され、最も頼れる最後の砦となる男まで失っては、白ひげ海賊団の未来は最早潰えたも同然なのだから。
◇
全身が気怠い。何やら冷やりと冷たい。
聞こてくる音は、波の音。
鼻を擽る香りは、潮の匂い。
これは―― 海……?
海から離れた丘の上にいたはずだ。
崖下に落ちてとしても、そこは海であるはずがないのに、何故?
ジャリッ……とした音と感触は砂浜だ。身体が冷えているのは海水で濡れているからだ。
そう理解して、ゆっくりと重い瞼を開けた。
日に焼けた黒い肌をした子供達が、大人を引き連れて走って来る姿が見える。
「キナ、こっち! この人だよ!」
「お願い! キナお姉ちゃん、助けてあげて!」
「怪我をしているのね。早く包帯を取り替えないと感染症を起こしたりしたら大変だわ」
子供達と同じように黒い肌をした女がそっと手を伸ばして額に触れた。少し心地が良いと感じると重たい瞼がゆっくりと下りて目を閉じた。
「見ない顔だな。この界隈に住む者では無さそうだが……」
「私が診ます。アダロ村長の家まで運んでください」
「いや、しかしだな、素性の知れない男を」
「構わんよ」
「――!」
「ワシの家まで運びなさい」
「ですが、アダロ村長!」
「「助けてあげてよ!」」
「子供達が言うのだから悪い男では無かろう。そう思わんかね?」
「ッ……、わ、わかりました」
会話を耳にしながら誰かに身体を抱え上げられて運ばれるのを感じた。意識はある。しかし、はっきりと覚醒して自ら動こうとする気が全く起きなくて、されるがままにじっとしていた。
心のどこかにぽっかりと開いた穴があるような感覚があって、まるで気力が起きなかったからだ。
子供の声、女の声、男の声、老人の声、その他にも様々な声が耳に届き、平穏で穏やかな空気が全身を包む。それが妙に心地が良くて、どこかホッと安堵している自分がいる。
「……なァ、」
「あ、目が覚めたのね」
「ここは……どこだ?」
「ここは――」
グランシス半島の南東にあるカサディスという小さな漁村よ。
その答えを聞いた途端、頭を固い石で殴られたかのような衝撃を受けてガバリと身体を起こした。
「いっ…!? うくっ…!」
未だに癒えない傷がズキンと痛んで腹部に手を当てながら思わず蹲った。
グランシス……?
崖から落ちてなんだってそんな知らねェ場所に……?
不穏な状況に全身から血の気が引いた気がした。
不死鳥の落日
【〆栞】