05
夜――
食事を終えて一服した頃合いに、カサディスの村長であるアダロが改めてマルコに質問しても良いかと訊ねた。
食後にと三人分の温かい飲み物をコップに注ぐキナが心配そうに見つめる中、マルコはコクリと頷いて姿勢を正すと小さく咳払いをした。
さて、どう話せば良いのか……。
ここ数日の間に色々と考えてはみたが、どう考えても行き着く答えは全て同じで、これらの憶測は恐らく全て正しい。食事の前、キナにこの世界の地図は無いかと尋ねて見せてもらったのが決定打だ。ここは自分がいた世界とはまるで違う別世界。つまり、異世界なのだと――。
マルコが話の切り口に逡巡していると村長のアダロが先に口火を切った。
「マルコ殿は遭難されたのだろう? 海に落ちてカサディスの浜辺に”運良く”打ち揚げられたと、そう思っておったのだが、その様子ではどうやら違う様だな」
少しだけ苦笑を零したマルコは漸く口を開いた。
「おれが今から話すことはきっと理解し兼ねると思うよい」
「構わんよ。まずは話を聞かんことにはな」
アダロの返答にマルコは小さく頷いた。
「あの、私も同席して構いませんか?」
温かい飲み物が入ったコップを配膳したキナが問い掛けた。湯気が昇るコップに手を伸ばしたアダロは、キナからマルコに視線を戻して構わんか?と訊ねた。
「おれは別に構わねェよい」
マルコの了解を得たキナはトレーを片付けてアダロの隣の席に座った。
それを見受けてマルコは片手で顎を摩りつつ「どこから話すか……」と呟いた。
「では、こちらから質問しようか?」
「あァ、そうしてくれると助かるよい」
「ふむ。では手始めに、マルコ殿は何をなさっている方なのかを教えて貰えるかな? 胸にあるその刺青を見る限り何か特別なことをなさっている方とお見受けするのだが……」
アダロの問いにマルコは顎に触れていた手を胸元へと動かして軽く触れた。
「こいつはおれの誇りだよい」
「誇り……?」
「おれァ……、海賊だ」
「!」
「ま、マルコさんが、海賊……?」
アダロとキナは驚いて目を丸くした。そんな二人の反応にマルコは苦笑して軽く頭をカリカリと掻くと言葉を続けた。
「世話になっている間、ここがどこで、何故ここにいるのか、おれはそればかりをずっと考えていた」
「海賊と言ったが、嵐に襲われ海に落ちて遭難した……というわけではないのか?」
「残念だがそれは違う」
「で、では一体……」
僅かに口角を上げたマルコは、少し冷めた飲み物を一口だけ飲むと気を失うまでの記憶を話し始めた。
海の見える丘に立つ墓を見舞っていた時、何者かの声が聞こえたこと。そして、その声に引っ張られるように勝手に足が動き、崖から身を投げ出したことを――。
アダロとキナが驚く中、マルコは両腕を組んで溜息を吐いた。
「空間にぽっかりと空いた穴が現れてそこに落ちたんだ。で、気が付いた時には、ここの砂浜で倒れていたってェことなんだが……」
「ま、待って。それじゃあまるで……」
キナが声を震わせてそう言うとマルコは眉を下げて微笑を零した。
「そうであって欲しくねェと何度も思ったよい。けど、どう考えても行き着く先の答えは同じでなァ」
「……」
震える手を口元に当てて言葉を失うキナに、話を一度区切る意味も含めて、何か書けるものを貸してくれ、とマルコは言った。
「え? あ、はい、直ぐに用意します」
キナは戸惑いがちに立ち上がると、羊皮紙と筆とインクを取りに行った。その間、アダロは難しい表情を浮かべながらコップを傾けて飲み物を呷った。
沈黙が流れる。
何かを考えているかのようで何も言わないアダロを見つめながら、マルコも黙ったまま飲み物を口にした。その内にトタトタと足音が聞こえて来て、頼まれたものを手にしたキナが戻って来た。
「どうぞ」
それらを受け取ったマルコは、空になったコップを端に寄せてテーブルに羊皮紙を広げた。
「食事の前に地図を見せてもらって確信した。世界地図じゃ無くここの半島しか載っていなかったが、おれの記憶では『グランシス』なんて地名は無かったからよい」
話しながら自分がいた世界の地図を大まかに描き始めるとアダロとキナは徐々に目を丸くしていった。
世界を縦断する赤い土の大陸であるレッドラインに対して垂直に世界を一周する偉大なる航路と呼ばれるグランドライン。それによって四つに分けられた海。東西南北に区切られた海には『イーストブルー』、『ウエストブルー』、『サウスブルー』、『ノースブルー』とそれぞれ呼ばれている――と、話しながら名称を書き込んでいく。
「因みに上空には『空島』っつぅもんもあるよい。で、おれは俗に新世界と呼ばれるグランドラインの後半のこの辺にある島にいたんだ」
マル印を書き込んで描いた地図をアダロとキナの前へと差し出した。
「ちょ、ちょっと待ってくれんか? こ、これは……」
「見たことが無い、だろい?」
戸惑うアダロに片眉を上げたマルコが問うと、アダロに代わってキナが「はい……」と返事した。
「このような地図は見たことがありません。初めて見ました」
「キナの言葉が何よりも明確な答えだ。結論を言うと、おれはこの世界の人間じゃ無い。異世界から来た人間だよい」
眉尻を下げて困ったとばかりに溜息を零したマルコを心配したキナは、席を立ってマルコの側に歩み寄るとマルコの肩に手をそっと置いた。同情を寄せてくれているのだろう、キナの目が潤んでいるのが見て取れた。
「キナ、ありがとよい」
「え……?」
「素性もわからねェおれを助けて看病してくれて……。海賊だと知らされた上にこんな突飛な話を聞かされたってェのに、それでもおれを心配してくれてよい。本当に感謝してんだ。御礼の言葉じゃ足りねェぐらいに」
マルコは軽く頭を下げて笑みを浮かべた。
「そんな、私はただ……」
キナは少し頬を赤くして思わず顔を俯かせた。そんな二人を見つめていたアダロは、顎鬚を触りながら「ふむ」と小さく頷いた。
「海賊と言う割には悪い人間では無いようで、そこは安心した」
「そうかい? ただ単にそう装ってるだけかもしれねェよい」
「いや何、若い娘にそんな風に笑って感謝の言葉を口にできる男が悪者であるはずが無かろうが。例え海賊であったとしても、斯様な言葉を素直に口にできるのは善人である証みたいなもんだ」
「……」
「それに、マルコ殿は理性的で知性にも富んでいるように思える。その辺にいるただの粗暴な輩とは格が違う。そうだろう?」
アダロの言葉に少しだけ目を丸くしたマルコは、 年の功ってやつか……と、多少の照れ隠しに軽く肩をすくめてからコホンと一つ咳払いをした。
「簡単に、おれの世界について話すよい」
嘗て海賊王と呼ばれたゴールド・ロジャーという男が残したとする一繋ぎの大秘宝という宝を巡り、大勢の海賊が世界中を航海する大航海時代であるということを話した。更に『海軍』『王下七武海』『四皇』――そして、自分が所属する『白ひげ海賊団』について――。
マルコの話を聞いている内に、アダロはまるで少年のようにワクワクした表情へと変えて聞き入った。そんなアダロにマルコは苦笑を浮かべてチラリとキナを窺った。視線が合うと柔らかい笑みを浮かべるキナに、マルコはポリポリと頬を掻いて視線を外した。
はァ……、何でだろうなァ……。どうもキナには敵わねェ気がしてならねェ。
自分よりも遥かに年若い娘だというのに、キナの表情はまるで子供を心配する母親のように思えてならなかった。それが自分に向けられていることに不思議と素直に嬉しいと思ってしまうのだから妙な気分だ。
白ひげ海賊団について語り始めてここに至るまでの経過へと話を移して行く。
気心が知れた友が殺されたこと。その敵討ちに出て行った末弟が海軍に囚われ公開処刑となったこと。それを阻止する為に海軍と全面戦争を起こしたが、結局は救うことができなかったこと。その上、最も尊敬して慕ったオヤジと呼んでいた偉大な男までも失くしたことを話した。
ズキン、ズキン――と、胸が、心が、軋んで痛む。
外傷的な身体の傷は癒えても、深く抉られた心の傷は未だ癒えずに剥き出しのまま。
それが重たくて、それが――
「!」
気付けばキナの手がマルコの胸元に触れていた。
「もう、休んでください」
「うむ、そうだな」
心配した面持ちでキナがそう声を掛けるとアダロも同意して頷いた。
「マルコさん、無理をしないで」
「ッ……」
それが 辛い
アダロも勘付くところがあったのだろう。キナの言う通りだと言って穏和な目を向けて休むよう促した。
「いや、おれは」
「痛みを感じてる。そうでしょう?」
「――ッ、なぜ……、そう…思う?」
「とても辛そうだもの」
「ッ……!」
「心が軋んで痛みを発して苦しんでる。あなたのせいじゃないのに」
マルコの首に腕を回したキナは、マルコを胸元に引き寄せて優しく抱き締めた。驚いて目を丸くしたマルコは、咄嗟に身を引こうとしたが思うように身体が動かなかった。
キナの優しさが心の奥底に沈んだ黒い何かを打ち消し、不思議と軽くなるのを感じる。
まるで……、聖母みてェだ……。等と、海賊の身でありながら臆面も無くそんなことをよく思えたものだと半ば自嘲するが、それ以外に見合った表現のしようが無かった。
「話は大体わかった。見当はついていないと思うが、最後に一応聞いておく。元の世界に戻る手立ては、」
「わからねェよい」
「――だろうな」
マルコはキナに抱き締められながらアダロに答えると、アダロは両腕を組んで「はて、どうしたものか」と独り言ちた。
「アダロさん、それなら――」
キナが口を挟むとアダロがビシッと手を前に出して制止する。
「みなまで言わんでもわかっとる。マルコ殿、元の世界に戻る方法が見つかるまで、ここを我が家だと思って居てもらって構わんからな」
「い、良いのかよい?」
「身の回りのお世話等、できることは私がやります。どうぞ気兼ね無く居てください。大したことはできないかもしれませんが、私も少しぐらいなら何かお手伝いができることもあるかもしれません」
「キナ……」
マルコが顔を上げるとキナはニコリと笑った。
「三食飯付きでベッドと机がある一人部屋。しかもタダ。こんなに良い条件はそう無いぞ?」
「い、いや、世話になりっ放しは流石に悪ィからよい、おれにもできそうなことがあれば何でもやるよい」
「ほう、そうか……。うむ、誰彼が手伝いが欲しいと言うだろうから、村人達の手伝いをしてくれると村長としてワシも助かる」
アダロは快く了承した。
「あァ、それから、」
「何だい?」
「――明日の朝、マルコ殿の素性についてワシから村人達に説明をしても構わんかな?」
「あァ、そうしてくれるとおれも助かるよい」
「よし、決まりじゃな。それからキナよ」
「はい」
「ワシが村人達に説明をしている間、マルコ殿にこの村を案内してやってくれ」
「わかりました」
こうして話が終わるとその場は解散となって各々部屋へと戻った。
ベッドに腰を下ろしたマルコは前屈みに両手で顔を覆うと、はァァァ…………。と、それはそれは深い溜息を吐いた。
「どうやって元の世界に戻る方法を探せば良いのか、マジで何の検討も付かねェ……」
ポツリと愚痴を零してベッド上に背中を預けるように身体を倒して仰向けとなる。天井の木目をぼ〜っと見つめながら大きく息を吸って吐いてを繰り返してゆっくりと瞼を閉じる。
ここは死後の世界といったものでは決して無い。生きている実感が確かにあるのだ。出される食事は温かくて美味いし、こうして布団に身を包むと温もりを感じる。キナに抱き締められた時に伝わって来た温もりもまた……――。
「あ”ー、まいった」
思い出したマルコは盛大な溜息混じりに右手で目元を覆った。
「おれの年の半分も生きてねェ娘に慰められるなんてよい。こんなおれをサッチやエースが知ったらどれだけネタにして笑いやがるか……」
俄かに顔が熱くなるのを感じながら思わず吐露して、そんな場面が頭を過り、ツキンッ――と、また胸の奥に痛みを感じた。
何だかまるで自虐した気分だ。
「はァ……、寝るか……」
このまま起きていても碌でも無いことしか考えない。ならば早々に眠ってしまおうと寝返りを打って、思考する意識を手放すことだけに集中して眠りに就いた。
食事を終えて一服した頃合いに、カサディスの村長であるアダロが改めてマルコに質問しても良いかと訊ねた。
食後にと三人分の温かい飲み物をコップに注ぐキナが心配そうに見つめる中、マルコはコクリと頷いて姿勢を正すと小さく咳払いをした。
さて、どう話せば良いのか……。
ここ数日の間に色々と考えてはみたが、どう考えても行き着く答えは全て同じで、これらの憶測は恐らく全て正しい。食事の前、キナにこの世界の地図は無いかと尋ねて見せてもらったのが決定打だ。ここは自分がいた世界とはまるで違う別世界。つまり、異世界なのだと――。
マルコが話の切り口に逡巡していると村長のアダロが先に口火を切った。
「マルコ殿は遭難されたのだろう? 海に落ちてカサディスの浜辺に”運良く”打ち揚げられたと、そう思っておったのだが、その様子ではどうやら違う様だな」
少しだけ苦笑を零したマルコは漸く口を開いた。
「おれが今から話すことはきっと理解し兼ねると思うよい」
「構わんよ。まずは話を聞かんことにはな」
アダロの返答にマルコは小さく頷いた。
「あの、私も同席して構いませんか?」
温かい飲み物が入ったコップを配膳したキナが問い掛けた。湯気が昇るコップに手を伸ばしたアダロは、キナからマルコに視線を戻して構わんか?と訊ねた。
「おれは別に構わねェよい」
マルコの了解を得たキナはトレーを片付けてアダロの隣の席に座った。
それを見受けてマルコは片手で顎を摩りつつ「どこから話すか……」と呟いた。
「では、こちらから質問しようか?」
「あァ、そうしてくれると助かるよい」
「ふむ。では手始めに、マルコ殿は何をなさっている方なのかを教えて貰えるかな? 胸にあるその刺青を見る限り何か特別なことをなさっている方とお見受けするのだが……」
アダロの問いにマルコは顎に触れていた手を胸元へと動かして軽く触れた。
「こいつはおれの誇りだよい」
「誇り……?」
「おれァ……、海賊だ」
「!」
「ま、マルコさんが、海賊……?」
アダロとキナは驚いて目を丸くした。そんな二人の反応にマルコは苦笑して軽く頭をカリカリと掻くと言葉を続けた。
「世話になっている間、ここがどこで、何故ここにいるのか、おれはそればかりをずっと考えていた」
「海賊と言ったが、嵐に襲われ海に落ちて遭難した……というわけではないのか?」
「残念だがそれは違う」
「で、では一体……」
僅かに口角を上げたマルコは、少し冷めた飲み物を一口だけ飲むと気を失うまでの記憶を話し始めた。
海の見える丘に立つ墓を見舞っていた時、何者かの声が聞こえたこと。そして、その声に引っ張られるように勝手に足が動き、崖から身を投げ出したことを――。
アダロとキナが驚く中、マルコは両腕を組んで溜息を吐いた。
「空間にぽっかりと空いた穴が現れてそこに落ちたんだ。で、気が付いた時には、ここの砂浜で倒れていたってェことなんだが……」
「ま、待って。それじゃあまるで……」
キナが声を震わせてそう言うとマルコは眉を下げて微笑を零した。
「そうであって欲しくねェと何度も思ったよい。けど、どう考えても行き着く先の答えは同じでなァ」
「……」
震える手を口元に当てて言葉を失うキナに、話を一度区切る意味も含めて、何か書けるものを貸してくれ、とマルコは言った。
「え? あ、はい、直ぐに用意します」
キナは戸惑いがちに立ち上がると、羊皮紙と筆とインクを取りに行った。その間、アダロは難しい表情を浮かべながらコップを傾けて飲み物を呷った。
沈黙が流れる。
何かを考えているかのようで何も言わないアダロを見つめながら、マルコも黙ったまま飲み物を口にした。その内にトタトタと足音が聞こえて来て、頼まれたものを手にしたキナが戻って来た。
「どうぞ」
それらを受け取ったマルコは、空になったコップを端に寄せてテーブルに羊皮紙を広げた。
「食事の前に地図を見せてもらって確信した。世界地図じゃ無くここの半島しか載っていなかったが、おれの記憶では『グランシス』なんて地名は無かったからよい」
話しながら自分がいた世界の地図を大まかに描き始めるとアダロとキナは徐々に目を丸くしていった。
世界を縦断する赤い土の大陸であるレッドラインに対して垂直に世界を一周する偉大なる航路と呼ばれるグランドライン。それによって四つに分けられた海。東西南北に区切られた海には『イーストブルー』、『ウエストブルー』、『サウスブルー』、『ノースブルー』とそれぞれ呼ばれている――と、話しながら名称を書き込んでいく。
「因みに上空には『空島』っつぅもんもあるよい。で、おれは俗に新世界と呼ばれるグランドラインの後半のこの辺にある島にいたんだ」
マル印を書き込んで描いた地図をアダロとキナの前へと差し出した。
「ちょ、ちょっと待ってくれんか? こ、これは……」
「見たことが無い、だろい?」
戸惑うアダロに片眉を上げたマルコが問うと、アダロに代わってキナが「はい……」と返事した。
「このような地図は見たことがありません。初めて見ました」
「キナの言葉が何よりも明確な答えだ。結論を言うと、おれはこの世界の人間じゃ無い。異世界から来た人間だよい」
眉尻を下げて困ったとばかりに溜息を零したマルコを心配したキナは、席を立ってマルコの側に歩み寄るとマルコの肩に手をそっと置いた。同情を寄せてくれているのだろう、キナの目が潤んでいるのが見て取れた。
「キナ、ありがとよい」
「え……?」
「素性もわからねェおれを助けて看病してくれて……。海賊だと知らされた上にこんな突飛な話を聞かされたってェのに、それでもおれを心配してくれてよい。本当に感謝してんだ。御礼の言葉じゃ足りねェぐらいに」
マルコは軽く頭を下げて笑みを浮かべた。
「そんな、私はただ……」
キナは少し頬を赤くして思わず顔を俯かせた。そんな二人を見つめていたアダロは、顎鬚を触りながら「ふむ」と小さく頷いた。
「海賊と言う割には悪い人間では無いようで、そこは安心した」
「そうかい? ただ単にそう装ってるだけかもしれねェよい」
「いや何、若い娘にそんな風に笑って感謝の言葉を口にできる男が悪者であるはずが無かろうが。例え海賊であったとしても、斯様な言葉を素直に口にできるのは善人である証みたいなもんだ」
「……」
「それに、マルコ殿は理性的で知性にも富んでいるように思える。その辺にいるただの粗暴な輩とは格が違う。そうだろう?」
アダロの言葉に少しだけ目を丸くしたマルコは、 年の功ってやつか……と、多少の照れ隠しに軽く肩をすくめてからコホンと一つ咳払いをした。
「簡単に、おれの世界について話すよい」
嘗て海賊王と呼ばれたゴールド・ロジャーという男が残したとする一繋ぎの大秘宝という宝を巡り、大勢の海賊が世界中を航海する大航海時代であるということを話した。更に『海軍』『王下七武海』『四皇』――そして、自分が所属する『白ひげ海賊団』について――。
マルコの話を聞いている内に、アダロはまるで少年のようにワクワクした表情へと変えて聞き入った。そんなアダロにマルコは苦笑を浮かべてチラリとキナを窺った。視線が合うと柔らかい笑みを浮かべるキナに、マルコはポリポリと頬を掻いて視線を外した。
はァ……、何でだろうなァ……。どうもキナには敵わねェ気がしてならねェ。
自分よりも遥かに年若い娘だというのに、キナの表情はまるで子供を心配する母親のように思えてならなかった。それが自分に向けられていることに不思議と素直に嬉しいと思ってしまうのだから妙な気分だ。
白ひげ海賊団について語り始めてここに至るまでの経過へと話を移して行く。
気心が知れた友が殺されたこと。その敵討ちに出て行った末弟が海軍に囚われ公開処刑となったこと。それを阻止する為に海軍と全面戦争を起こしたが、結局は救うことができなかったこと。その上、最も尊敬して慕ったオヤジと呼んでいた偉大な男までも失くしたことを話した。
ズキン、ズキン――と、胸が、心が、軋んで痛む。
外傷的な身体の傷は癒えても、深く抉られた心の傷は未だ癒えずに剥き出しのまま。
それが重たくて、それが――
「!」
気付けばキナの手がマルコの胸元に触れていた。
「もう、休んでください」
「うむ、そうだな」
心配した面持ちでキナがそう声を掛けるとアダロも同意して頷いた。
「マルコさん、無理をしないで」
「ッ……」
それが 辛い
アダロも勘付くところがあったのだろう。キナの言う通りだと言って穏和な目を向けて休むよう促した。
「いや、おれは」
「痛みを感じてる。そうでしょう?」
「――ッ、なぜ……、そう…思う?」
「とても辛そうだもの」
「ッ……!」
「心が軋んで痛みを発して苦しんでる。あなたのせいじゃないのに」
マルコの首に腕を回したキナは、マルコを胸元に引き寄せて優しく抱き締めた。驚いて目を丸くしたマルコは、咄嗟に身を引こうとしたが思うように身体が動かなかった。
キナの優しさが心の奥底に沈んだ黒い何かを打ち消し、不思議と軽くなるのを感じる。
まるで……、聖母みてェだ……。等と、海賊の身でありながら臆面も無くそんなことをよく思えたものだと半ば自嘲するが、それ以外に見合った表現のしようが無かった。
「話は大体わかった。見当はついていないと思うが、最後に一応聞いておく。元の世界に戻る手立ては、」
「わからねェよい」
「――だろうな」
マルコはキナに抱き締められながらアダロに答えると、アダロは両腕を組んで「はて、どうしたものか」と独り言ちた。
「アダロさん、それなら――」
キナが口を挟むとアダロがビシッと手を前に出して制止する。
「みなまで言わんでもわかっとる。マルコ殿、元の世界に戻る方法が見つかるまで、ここを我が家だと思って居てもらって構わんからな」
「い、良いのかよい?」
「身の回りのお世話等、できることは私がやります。どうぞ気兼ね無く居てください。大したことはできないかもしれませんが、私も少しぐらいなら何かお手伝いができることもあるかもしれません」
「キナ……」
マルコが顔を上げるとキナはニコリと笑った。
「三食飯付きでベッドと机がある一人部屋。しかもタダ。こんなに良い条件はそう無いぞ?」
「い、いや、世話になりっ放しは流石に悪ィからよい、おれにもできそうなことがあれば何でもやるよい」
「ほう、そうか……。うむ、誰彼が手伝いが欲しいと言うだろうから、村人達の手伝いをしてくれると村長としてワシも助かる」
アダロは快く了承した。
「あァ、それから、」
「何だい?」
「――明日の朝、マルコ殿の素性についてワシから村人達に説明をしても構わんかな?」
「あァ、そうしてくれるとおれも助かるよい」
「よし、決まりじゃな。それからキナよ」
「はい」
「ワシが村人達に説明をしている間、マルコ殿にこの村を案内してやってくれ」
「わかりました」
こうして話が終わるとその場は解散となって各々部屋へと戻った。
ベッドに腰を下ろしたマルコは前屈みに両手で顔を覆うと、はァァァ…………。と、それはそれは深い溜息を吐いた。
「どうやって元の世界に戻る方法を探せば良いのか、マジで何の検討も付かねェ……」
ポツリと愚痴を零してベッド上に背中を預けるように身体を倒して仰向けとなる。天井の木目をぼ〜っと見つめながら大きく息を吸って吐いてを繰り返してゆっくりと瞼を閉じる。
ここは死後の世界といったものでは決して無い。生きている実感が確かにあるのだ。出される食事は温かくて美味いし、こうして布団に身を包むと温もりを感じる。キナに抱き締められた時に伝わって来た温もりもまた……――。
「あ”ー、まいった」
思い出したマルコは盛大な溜息混じりに右手で目元を覆った。
「おれの年の半分も生きてねェ娘に慰められるなんてよい。こんなおれをサッチやエースが知ったらどれだけネタにして笑いやがるか……」
俄かに顔が熱くなるのを感じながら思わず吐露して、そんな場面が頭を過り、ツキンッ――と、また胸の奥に痛みを感じた。
何だかまるで自虐した気分だ。
「はァ……、寝るか……」
このまま起きていても碌でも無いことしか考えない。ならば早々に眠ってしまおうと寝返りを打って、思考する意識を手放すことだけに集中して眠りに就いた。
異世界
【〆栞】