06

子供達が砂浜で追い掛けっこをしていると、ある人物の姿を見つけた子供が「あ!」と声を上げた。それに他の子達も走るのを止めて視線を向けると、途端に追い掛けっこを止めてその人物の元へと駆け出して行った。

桟橋の上で釣り糸を垂らしながら遊んでいる子供達を見つめていた若い男は、クイックイッと釣り糸が引いているにも関わらず、釣り上げようとする素振りを見せない。
今朝方の漁で取った魚を日干ししている中年の女が、そんな男を不思議そうに見つめて、若い男が向けている視線の先を辿るように見やると、その光景に「あァ」と声を漏らして笑みを零した。

「例の海賊さんかね。子供達にえらく人気だねェ」
「本当に海賊なんですかね。ああしてると、とてもそんな風には見えませんけど……」
「当人が言うんだからそうなんじゃないかい? それより、ほら、さっきから引いてるよ」
「え? あ!」

若い男は慌てて竿を引いて釣りに集中した。その一方、波が打ち寄せる砂浜に向かって子供達がその人物の腕を引いて「遊ぼうよ」と楽し気な声を発している。

「わかったから、ちょっ、待てよい!」
「暑いでしょ? 泳ごうよ!」
「泳ごうマルコ!」
「海賊だから泳ぎは得意でしょ?」
「いや、海は、」
「「「いっせェので!!」」」

ドンッ!

「――ッ!!」

子供達に腕を引かれて一斉に海へと押し出されたその人物――マルコは、砂浜に押し寄せる波と対面するように倒れ込んだ。
ザブンッと波に浸かった時、いつもと違う違和感に目を丸くした。

おかしい……。力が抜けねェ……。

慌ててその場で立ち上がったマルコは、海水で濡れた両手を見つめて少々困惑した。

「わあい!」
「押し倒しちゃえ〜!」
「隙ありぃぃぃ!」
「うあ!?」

子供達が勢いよく飛び付いてマルコを再び海へと引き摺り込んだ。

ザブン!!

水飛沫を上げてブクブクブクと青い海の中に全身が浸かる中、マルコは目をパチクリとして唖然とした。そして、呼吸をしようと海面へと顔を出す。

「……」

海に浸かりながら自由に動く身体の感覚はとても懐かしい。しかし、同時に不安が押し寄せる。
穴に落ちた時、不死鳥化しようとして青い炎を纏ったが、程無くして消えた。それはつまり、この世界に堕ちると同時に悪魔の実の能力も打ち消されたでは――と頭に過ったからで。

「どうしたの?」
「手に何かついてるの?」

自分の手を見つめるマルコに子供達は声を掛けるが返事は無い。子供達はお互いに顔を見合わせて首を傾げると、ボボボボッという爆ぜる音を耳にして振り向いた。マルコの手から発される青い炎に子供達は目を見張った。

「えェ!? 何それ!?」
「凄い! ぼく、青い炎なんて初めて見たよ!」
「凄く綺麗!」
「わァ、マルコ凄い!!」

青い炎に目をキラキラと輝かせて見つめる子供達。それに気付いてハッと我に返ったマルコは苦笑を浮かべた。

どういうことだ?
悪魔の実の能力者は海に嫌われカナヅチとなる。海水に浸かると力が抜けて立つ事もできないはずなのに、どうしてこのように至って普通でいられるのか――。

眉間に皺を寄せて首を傾げるマルコに、子供達も不思議そうにマルコを見つめて同じ方向に首を傾げた。

「おい、真似んなよい」

自分の仕草を真似る子供達に思わず笑ったマルコに、子供達はエヘヘと笑うと元気良くはしゃいで遊びを再開する。

「ねェねェ、マルコ!」
「ん?」
「競争しよ!」
「競争?」
「ここからスタートしてあっちの岩にタッチして戻って来るの!」
「やろうよマルコ!」
「あー、いや、それは、」
「「「海賊なのに泳げないの?」」」
「――ッ……」

子供達のド直球な質問にマルコはヒクリと頬を引き攣らせた。

「い、色々とワケありでなァ。泳ぐことがまず久しぶりなんだよい!」

海賊なんて言わなきゃ良かったよい。と、マルコは素性を明かしたことをこの時ばかりはちょっと後悔した。

「泳げるでしょ?」
「ま、まァ……」

遠い昔の、それこそ今遊んでいる子供達と同じ年頃の自分は確かに泳ぎが得意だった――と、思う。たぶん……。全く自信は無いけども……。

「じゃあ行くよ〜!」

男の子がそう言った時、「ストーップ!」と声が掛かった。出鼻を挫かれた子供達は、あからさまに嫌そうな顔を浮かべた。

「「「お昼よ!」」」
「「「えェ〜!?」」」
「あァ、そりゃあしょうがねぇ。ほら、食って来い」

今からなのに〜と残念がる子供達を傍らに、マルコは密かにホッと胸を撫で下ろした。子供達を迎えに来た母親達に救われた気分だ。

「ねェ、マルコもぼくのお家で食べようよ!」
「ん?」
「あー! ダメだよ! マルコは私のお家に行くの!」
「え……?」
「違うよ! ぼくのお家で食べるんだよ!」
「お、おい……」
「私のお家だもん! ねェマルコ、一緒に行こうよ!」
「あ、い、いや、ちょっ……」
「ぼく!」
「私!」
「ぼくだよ!」
「私の〜!」

マルコの服を掴んでいがみ合う子供達に挟まれたマルコはキョトンとしていた。
何故こんなに子供達に異様に懐かれているのか。
何だか腑に落ちない。
結局のところ、マルコを取り合って揉める子供達をそれぞれの親が引き離しに掛かってマルコに謝りながら連れ去って行った。
マルコは苦笑を浮かべながら軽く手を振って見送ると濡れた衣服の裾を絞りながら海を望める石段に腰を下ろして深い溜息を吐いた。

「能力を失くしたわけじゃねェ……、なら何故……?」
「マルコさん」
「ん?」

疑問に思っていると耳慣れた声に誘われるようにマルコは振り向いた。

「あァ、キナ」
「お腹は空きませんか?」
「そうだな……」

軽く腹を摩りながら立ち上がったマルコは、キナと共に居候させてもらっている村長の家へと戻った。
今朝、このカサディスの村をキナに隅々まで案内して貰ったわけなのだが、昼食時にキナが楽し気にグランシス半島について教えてくれた。

「領都?」
「えェ、この半島で最も大きな都です」
「へェ……」
「そこを治めている王様は『竜王』様と呼ばれているの」
「竜王?」
「嘗てこの世界を滅ぼしに天空より飛来したドラゴンを倒したことからその名で呼ばれるようになったそうです」
「ど、ドラゴンだって?」
「ふふ、本当かどうかはわかりませんけど、そう伝えられているみたいなの」

ここは極々平和な世界に思えた。しかし、実際は少し違った。村から外に出るとゴブリン等といった俗に『魔物』と呼ばれる生物がうようよ居て、武器を持たずに外を出歩くのはとても危険な行為なのだとか――。
話を聞けば聞く程、どうしてこのような世界に堕ちなければならなかったのか、益々謎だ。
食後、村の高台へと赴いたマルコは、海を眺めながら物思いに耽っていた。

「はァ……、こりゃ簡単には解決しそうにねェ。参ったよい……」

こうしてのんびりしている間にも生き残った白ひげ海賊団の連中がどうしているのか、そればかりが気掛かりで、元の世界に戻れる方法を早く見つけなければと焦燥感に駆られて胸中を圧迫する。

ツキン……ツキン……――。

胸の内が苦しくなると同時に例の痛みが走って顔が歪む。自ずと胸元に手を当てて軽く摩り息を吐いた。

未だに敬愛した人や友、そして助け損ねた末弟の死が受け入れられず、抉られた傷は未だに癒えず、無力だった自分が一番許せず――。
そんな自分が白ひげ海賊団を率いて立てるのかと何度も問答を繰り返して墓前に佇んでいた日々。
その時よりかは幾分かマシになったと思っていたが、心は未だに血を流し続けているのだとわかる。

右手を空へと翳して青い炎を灯した。ボボボッと爆ぜる音を発しながらユラユラと揺れるそれは、この世界でも真っ当に力となって働いているのだろうか。
マルコは落ちている石の中から尖りのある石を選び取ると力を込めて左手に傷を付けた。

ポタッ……――ポタッ……――と傷付いた手から溢れ出る赤い血を見つめながら、マルコは再生の炎を灯した。

ボボボボッ……――!

傷がスッと消えると同時に痛みも当然のように消える。

「わからねェ。この世界の海がおれ達の世界の海とは何かが違うってェのか?」

膝の上に右肘を突いて頬杖をしながら傷が消えた左手を見つめて視線を海へと向けた。その時、「これはまたなんとも不思議な力だな」と、背後からの突然の声にギクッとして、マルコは振り向いた。

「あ、」

カサディスの村長――アダロだ。

「驚かせてすまん。考え事をしているようで声を掛けることができなんだ。今の青い炎はどういった力か教えてくれんか?」
「あー……、子共達に聞いたのか?」
「不思議な青い炎を灯せるとな。子供達は燥いでおったが大人はそうはいかん」
「まァ、そうだろうよい」

隣に腰を下ろしたアダロに、マルコは『悪魔の実』について説明した。

「魔法では無いのか?」
「ま、魔法だって?」

アダロの口から放たれた『魔法』という言葉に、今度はマルコが驚いて目を丸くした。

「む? おかしなことを聞いたか?」
「い、いや……、つーか、魔法なんてもんが存在するのか!?」

アダロにとっては『悪魔の実の能力者』なるものが不思議で仕方が無いのだが、魔法の存在に驚きを隠せないでいるマルコの反応に目をパチクリさせた。

「メイジやソーサラー等の職にもよるんだが……、まず魔法が存在することに驚かれるとは思わなんだ」

後頭部をポリポリと掻いたアダロは、「いや、それよりも」と首を振った。

「先にその悪魔の実の能力なるものをだな」
「あ、あァ……」

改めてその力の説明を始めるマルコは、この世界にしかない力というものが全ての事の発端ではないか、と確信にも近い考えを持った。
確かにあの時に聞いたのだ。『ミツケタ』という声を――。そうして足が自然と崖へと歩み寄って、自分の意志とは関係無く飛び降りた。
常識として魔法が存在するこの世界そのものが、自分を引き摺り込んだ張本人であると考えても然して不思議では無い。魔法という力が働いてそうさせたとするならば腑に落ちて納得できる。

「不死鳥とな?」
「あァ」

頷いたマルコが手に炎を纏わせると、アダロはその炎をマジマジと見つめた。

「不思議な炎だ。熱さが全く感じられん」
「この青い炎は不死鳥の再生の炎で、熱は無いんだよい」
「再生?」
「さっき見てたんだろい? 傷が治って行くのをよい」
「この炎を灯すことで再生したと?」
「そうだよい」
「他者を治すこともできるのか?」
「あー……、実を食ったおれ自身だけだ。周りの人間に影響は及ぼさない。まァ、再生の促進として多少の癒しぐらいにはなるが……」

アダロの疑問に苦笑を浮かべて答えたマルコは、右手を目元に当てて力無く溜息を吐いて表情を曇らせた。

失言だったか……。
マルコがこの村に流れ着く前の話を思い出したアダロは口元を手で覆った。

「すまん。辛い思いを起こさせたな」
「いや……」
「とりあえずわかった。その力について簡単にだが村の者に話しても構わんかな?」
「あァ、良いよい」
「すまんな。魔物の類ではと疑いを持って不安を持つ者もいるのでな」
「おれの方が世話になってんだ。そう思われても文句は言えねェし、しょうがねェよい」

頭を掻きながら笑ったマルコに笑みを浮かべたアダロは否定を込めて小さく首を振った。そして、マルコの肩をポンポンと軽く叩いて立ち上がった。

「ではな」

アダロの背中を見送ったマルコは、再び海へと顔を向けた。

「魔法か。それでもし引き摺り込まれたってェんなら、その力で元の世界に戻れる方法もあるかもしれねェってことも……」

ただの推測に過ぎない。そうであって欲しいと望みを持ちたい自分が勝手にそう考えただけかもしれない。それでも――

『グララララッ! ここはグランドラインだ! 何が起きても不思議じゃねェ。お前はそう思わねェか? なァマルコ!』

ふとした瞬間にオヤジの声が脳裏に響いた気がした。ドキンと心臓が跳ねて目を丸くしながら、しかし、どこか背中を押されたような気がした。
この推測は不確かだ。
それでもオヤジの声が確信にも似たものへと変えてくれた。
そうだ。グランドラインの後半、新世界にいたのだ。魔法というものが息衝くこの世界と何らかの形で繋がっていても不思議では無い。
そう思えば重苦しかった気持ちが少しスッとして楽になった気がした。

「オヤジ……」

胸元にある誇りに手を当ててグッと拳を握ったマルコは、コクンと一つ頷いて立ち上がった。
亡き人に思いを馳せながら、不思議な現象に抗うことを決意して、その場を後にした。

異質な力

〆栞
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