07
マルコの素性が海賊だと聞かされた村人達は一様に驚いて、最初は警戒していた。しかし、元より責任感が強くて不義をしない真面目な気質をしたマルコは、村人達が抱いていた『海賊像』とは違っていた。
仕事を頼めば快く引き受けてきっちり熟してくれるし、困っていると声を掛けて助けてくれる。そうして幾度か言葉を交わして為人に触れていく内に、村人達の中にあった警戒心はすっかり薄れ、今では信頼できる元海賊さんだと誰もが認識している。
決して悪人では無いと思わせるには十分な要素は子供達にもあった。
手が空いて何もすることが無くなったマルコに、待ってましたとばかりに子供達が声を掛けて遊び相手を所望するのだ。極々平和でゆったりとした日々が続く中で最早それは当たり前となった光景で、海岸線に臨む通りを歩く大人達が目を細めて笑みを零しているのだから、マルコという存在は今やこの村にすっかり馴染んだようだ。
そして、今日――
「頼みってェのは何だい?」
「護衛だよ」
「護衛?」
「うむ。村から出て西にある宿営地まで、これらの荷を届けたいのだが――」
カサディス村の出入り口前の広場で積み荷が何層かに重ねられた荷車がある。荷車の前後左右に立っている男達は荷物を運ぶので手が塞がってしまう。その為、護衛を務める者が欲しいところなのだが、今は生憎と動ける人間がそういないのだ。
「戦いは得意であろう? 何せ海賊なんじゃからな」
「まァ……」
宿営地に辿り着くまでの間に襲って来るような奴がいるってェとなると、山賊といった類か……。と、マルコは積み荷に視線を向けた。
別に護衛を頼まれることに問題は無いが、海賊である自分の立場としての分類は、一般人からすれば山賊とそう変わらない。何となくバツの悪い思いを抱いたマルコは、頭をカリカリと掻きながら少々苦笑した。
「武器はこれを使ってくれ」
アダロが差し出したのはランディングソードと呼ばれる片手剣だ。受け取ったマルコは剣の柄を掴んで少しだけ鞘から引き抜き刀身を見た。
「おれは基本的に武器は使わねェんだが」
ポツリと零したマルコにアダロは「あァ」と頷いた。
「格闘が専門かな? 相手が人間ならば問題は無いじゃろうが――」
アダロの言葉にマルコは少しだけ目を瞬かせると視線をアダロに向けた。少し怪訝な表情を見せるマルコに、アダロは「あ、そうだった」と声を漏らして頭を掻いた。
「魔物の存在を教えてなかったな」
「……」
聞き間違いかと一瞬だけ耳を疑ったマルコだったが、そう言えば――と記憶を辿った。
〜〜〜〜〜
村から外に出るとゴブリン等といった俗に『魔物』と呼ばれる生物がうようよ居て、武器を持たずに外を出歩くのはとても危険な行為なのだとか――。
〜〜〜〜〜
グランシス半島についてキナが教えてくれた時、確かにそんな話を聞いた。更に数日前には、悪魔の実についてアダロに話した時、確かにアダロは言った。
魔物の類ではと疑いを持って不安を持つ者もいるのでな――と。
海に関したことや悪魔の実の能力やら魔法やらで頭が一杯だったマルコは、この世界は町や村から一歩外へ出れば魔物がうろついている世界であるという話をすっかり忘れていた。
「宿営地の兵士達も色々と手一杯みたいじゃし、この村の守りも薄くなってはいかんからな。荷物を運ぶ四人を一人で護衛するのは骨が折れるやもしれんが、一つ協力して貰えんか?」
アダロはニコニコと話すが、表情を険しくしたマルコは剣を静かに鞘に収めた。
キンッと金属がぶつかり合う音が冷たく鳴り響く。
至極平和な世界とは縁遠い。魔法の存在や兵士が集まる宿営地の存在等を考えれば、戦いは日常茶飯事あっておかしくない世界。それも相手は全て――魔物。
「念には念を。一応、借りておくよい」
「うむ。その方が良かろう。では、皆の者も、砦までそう遠くは無いが、油断せぬように気を付けてな!」
アダロの合図によりカサディスの門が開けられた。荷車を引く者、左右で積み荷のバランスを取りながら支える者、後ろから押す者、そして、剣を手にしたマルコが門をくぐる。
「マルコさん!」
「!」
聞き慣れた声にマルコは視線を向けると、見送る村人の中に混じって心配そうな表情を浮かべるキナの姿を見つけた。
「お気を付けて」
片眉を上げたマルコは口端を上げた笑みを浮かべてコクリと頷いた。そして、外に出ると門は静かに閉じられ、マルコ達は遥か前方に薄っすらと見える宿営地に向けて歩き始めた。
カサディスの村から西にある宿営地までは一本道だ。
右手は下方に海岸線が広がる海を望み、左手は少し丘になって草木が生い茂り、その先は岩壁が立ちはだかっている。
「――! っと」
周りに視線を張り巡らしているとピョンピョンと逃げるように横断していく小さな動物に、マルコは思わず足を止めた。
「あれは野兎だ」
荷車を先頭で引っ張っている男が言うと、左側を押していた男が「直ぐ側を慌てて逃げてったから、ありゃ子供だな」と笑った。
「普通の動物もいるんだな」
「あァ、そりゃあな」
ポツリと呟いたマルコに右側を押している男がハハッと笑った。
「動物と魔物の違いってェのはあるのか?」
ふと疑問に思ったことを口にしたマルコに、荷車を後方で押している男が「あァ、それは」と説明しようとした時、
「グギャギャギャッ!!」
「キーキー!!」
「「「!!」」」
生い茂る森から複数のゴブリンが棍棒を手にして現れた。
「襲って来るか襲って来ないかの差だと思う!!」
「あァそうかい! 単純で実に分かり易いよい!」
四人の男達を背後に置いて前に出たマルコは、咄嗟に剣を引き抜いて身構えた。
「お、おい!」
「ひ、一人で大丈夫なのか!?」
「魔物の存在を知らなかったんだろ!?」
驚き慄く三人に対して荷車を先頭で引っ張っている男が「お前ら、足を止めるな! 急いで突っ切るぞ!」と、声を荒げて叫んだ。
「「「マルコ!!」」」
「まァ、」
「「「――ッ!?」」」
心配して声を上げた三人は一瞬にして声を飲み込んだ。それは三人に叱咤した男も同じで目を見開いて、気のせいじゃないよなとばかりに何度か目を擦った。
「相手が人間じゃねェってことは、」
四人は見た。
決して怯むなんてことは無く、どちらかと言うと好戦的で――
「遠慮なんてもんは、」
実に海賊らしい野蛮染みた顔を……だ。
「いらねェってことだよなァ!」
「グギャッ!?」
言うが早いかマルコは地を蹴って複数のゴブリンに攻撃を仕掛けた。自分達が襲う前に人間から襲い掛かって来たことに驚いたゴブリン達は慌てて武器を構えた。
その内の一匹にマルコが剣を打ち下ろした。ゴブリンは棍棒でその太刀を止めた――が、ニヤリと笑ったマルコは剣をパッと離した。それと同時に身体を翻して回し蹴りを放つ。
ドゴンッ!
大きな音と共にゴブリンの身体は勢い良く吹き飛び、生い茂る草木を突き抜け、果ての岸壁にズガァァンと大きな音を立てて激突した。
「ギギッ!?」
「グギャッ……」
凄まじい攻撃力に唖然としたゴブリン達は、お互いに顔を見合わせるとゆっくりとマルコに顔を向けた。そして――
「ギギッ! コノニンゲンツヨイ! ニゲロー!!」
一匹のゴブリンが叫ぶと他のゴブリン達も悲鳴染みた甲高い声でキーキーと鳴きながら一目散に生い茂る森へと逃げて行った。
「少し鈍ったか……」
片や地面に落ちた剣を拾って鞘に収めたマルコは、少々不満な表情を浮かべて溜息混じりにポツリと零した。
久方ぶりの戦闘態勢に入って気付いた。
思った以上に身体が重いし、攻撃のキレも無い(←あくまでマルコ比)。
頂上戦争で負った怪我は回復したが、此処の所ずっと穏やかな日々を過ごしていたから、それも大きな一因となっているのだろう。
これからは身体を鍛える訓練を行う時間を設けようと心内で反省したマルコは、荷台を運ぶ四人の元に戻ろうと踵を返して、ふと顔を上げた。
目の前に佇む四人が唖然と立ち尽くしている。
ハッとしたマルコは、思わずヒクリと頬を引き攣らせた。
あー…、引いてんじゃねェか。
若い頃は好戦的だったが、大人となった今では落ち着いて形を潜めていた。しかし、やはり根っからの海賊としての性分か、『戦えること』に嬉々としたのは否めない。久しぶりの戦いに相手が人間でなく魔物だから加減もしなくて良いことも手伝い血が騒いだのだ。
だから、海賊らしい悪人面を隠すことも忘れて素の自分が出てしまったといったところ。
それを冷静になって気付いたとしても時既に遅しで――やっちまった……。と、気まずくなったマルコは視線をスイッと外して頭をガシガシと掻いた。
「「「……流石は海賊……」」」
「ッ! ど、どうも」
喉を掘って感想を口にした彼らに、マルコはハハッ…と、乾いた声で笑うしかなかった。
「海賊って、魔物以上に強くて怖い存在なんだな。おれは初めて知ったよ」
「待て。何だかちょっと誤解が含まれてる部分があるよい」
「海賊らしい顔って言うの? おれ達にとっちゃ貴重なんだろうけど、どっちかって言うと村で見せる笑顔の方が貴重だったりするのか?」
「あー…、さ、さァ、どうだか……」
「極悪人の顔って感じだった。おれ、あんな顔でマルコに睨まれたら卒倒する自信あるよ。生きた心地しないもん」
「そ、そんなにかい……?」
「いやー、魔物がビビッて逃げる姿はスカッとしたよ。流石は海賊マルコ様!」
「……」
果たして褒められているのか何なのかよくわからない心境になったマルコは、もう何一つ答えられなかった。
積み荷を運ぶ四人は想像以上に強かったマルコについて終始感想を述べ続け、マルコは居た堪れない気持ちになった。
そうして宿営地に荷物を送り届けて無事に村へと帰還したマルコは、慰労に酒場でもと誘われたが、今日はやめておくと断って帰路についた。
この後、カサディス村にある唯一の酒場で『海賊マルコ』について大いに盛り上がっていたなんて、村長宅でキナの労いの料理を口にするマルコは終ぞ知らなかった。
「やっぱり海賊ってだけあって悪い顔もできるんだよ」
「へェ〜、ちょっと見てみたいかもな」
「凄かったよ。本当に強くてさ」
「兵士より凄いのか?」
「比べ物にならないって! ゴブリンが怯えて逃げる姿なんて初めて見たぐらいだからさ!」
「凄いな! まさにヒーローって奴?」
「ヒーローって言っても海賊だからな。そこはダークヒーローじゃないか?」
「いやー、彼が味方で本当に良かったよ」
「「「海賊って凄ェんだ」」」
四人の男達はマルコの『武勇伝』を得意気に話した。そして、マルコが『とても強い』という話が瞬く間にカサディスの村中に広まった。
「ヒーローごっこしようよー!」
「おれがマルコ!」
「違う僕がマルコだよ!」
「あたしがマルコー!」
「女はマルコになれないんだよ!」
浜辺で子供達が海賊という名のヒーロー役を自分がやるんだと言い合いを始めている。
キナの買い物に付き合って偶々通り掛かったマルコが顔を顰めた。そんなマルコの反応がおかしかったのか、キナは口元に手を当てて「ふふ」と小さく笑う。
「……海賊はヒーローじゃねェよい」
「あの子達がやりたいのは海賊でもヒーローでも無くて、『マルコさん』をやりたいのよ」
「んな出来た人間じゃねェってのに」
「そうかしら? 私はとても素敵だと思うけど」
「ッ……!」
キナの言葉に目を丸くしたマルコは、キナから顔を背けて深い溜息を吐いた。若干顔が熱い。
「……悪い気は…しねェ……」
「ふふ」
この件以降、村を出て遠方に用がある村人は、同行する者にマルコを指名するようになったのは言うまでもない。
「ゴブリンが襲う前にお前さんだとわかったら逃げるって、余程怖かったんじゃろうな」
「この件に関しちゃ素直に喜んだ方が良いのか、嘆いた方が良いのか、どっちだよい……」
宿営地より少し先にある小さな小屋に用があったアダロに付き合うマルコは、「ニゲロー!!」と叫んで散り散りに逃げ惑うゴブリン達を見つめてポツリと零したのだった。
仕事を頼めば快く引き受けてきっちり熟してくれるし、困っていると声を掛けて助けてくれる。そうして幾度か言葉を交わして為人に触れていく内に、村人達の中にあった警戒心はすっかり薄れ、今では信頼できる元海賊さんだと誰もが認識している。
決して悪人では無いと思わせるには十分な要素は子供達にもあった。
手が空いて何もすることが無くなったマルコに、待ってましたとばかりに子供達が声を掛けて遊び相手を所望するのだ。極々平和でゆったりとした日々が続く中で最早それは当たり前となった光景で、海岸線に臨む通りを歩く大人達が目を細めて笑みを零しているのだから、マルコという存在は今やこの村にすっかり馴染んだようだ。
そして、今日――
「頼みってェのは何だい?」
「護衛だよ」
「護衛?」
「うむ。村から出て西にある宿営地まで、これらの荷を届けたいのだが――」
カサディス村の出入り口前の広場で積み荷が何層かに重ねられた荷車がある。荷車の前後左右に立っている男達は荷物を運ぶので手が塞がってしまう。その為、護衛を務める者が欲しいところなのだが、今は生憎と動ける人間がそういないのだ。
「戦いは得意であろう? 何せ海賊なんじゃからな」
「まァ……」
宿営地に辿り着くまでの間に襲って来るような奴がいるってェとなると、山賊といった類か……。と、マルコは積み荷に視線を向けた。
別に護衛を頼まれることに問題は無いが、海賊である自分の立場としての分類は、一般人からすれば山賊とそう変わらない。何となくバツの悪い思いを抱いたマルコは、頭をカリカリと掻きながら少々苦笑した。
「武器はこれを使ってくれ」
アダロが差し出したのはランディングソードと呼ばれる片手剣だ。受け取ったマルコは剣の柄を掴んで少しだけ鞘から引き抜き刀身を見た。
「おれは基本的に武器は使わねェんだが」
ポツリと零したマルコにアダロは「あァ」と頷いた。
「格闘が専門かな? 相手が人間ならば問題は無いじゃろうが――」
アダロの言葉にマルコは少しだけ目を瞬かせると視線をアダロに向けた。少し怪訝な表情を見せるマルコに、アダロは「あ、そうだった」と声を漏らして頭を掻いた。
「魔物の存在を教えてなかったな」
「……」
聞き間違いかと一瞬だけ耳を疑ったマルコだったが、そう言えば――と記憶を辿った。
〜〜〜〜〜
村から外に出るとゴブリン等といった俗に『魔物』と呼ばれる生物がうようよ居て、武器を持たずに外を出歩くのはとても危険な行為なのだとか――。
〜〜〜〜〜
グランシス半島についてキナが教えてくれた時、確かにそんな話を聞いた。更に数日前には、悪魔の実についてアダロに話した時、確かにアダロは言った。
魔物の類ではと疑いを持って不安を持つ者もいるのでな――と。
海に関したことや悪魔の実の能力やら魔法やらで頭が一杯だったマルコは、この世界は町や村から一歩外へ出れば魔物がうろついている世界であるという話をすっかり忘れていた。
「宿営地の兵士達も色々と手一杯みたいじゃし、この村の守りも薄くなってはいかんからな。荷物を運ぶ四人を一人で護衛するのは骨が折れるやもしれんが、一つ協力して貰えんか?」
アダロはニコニコと話すが、表情を険しくしたマルコは剣を静かに鞘に収めた。
キンッと金属がぶつかり合う音が冷たく鳴り響く。
至極平和な世界とは縁遠い。魔法の存在や兵士が集まる宿営地の存在等を考えれば、戦いは日常茶飯事あっておかしくない世界。それも相手は全て――魔物。
「念には念を。一応、借りておくよい」
「うむ。その方が良かろう。では、皆の者も、砦までそう遠くは無いが、油断せぬように気を付けてな!」
アダロの合図によりカサディスの門が開けられた。荷車を引く者、左右で積み荷のバランスを取りながら支える者、後ろから押す者、そして、剣を手にしたマルコが門をくぐる。
「マルコさん!」
「!」
聞き慣れた声にマルコは視線を向けると、見送る村人の中に混じって心配そうな表情を浮かべるキナの姿を見つけた。
「お気を付けて」
片眉を上げたマルコは口端を上げた笑みを浮かべてコクリと頷いた。そして、外に出ると門は静かに閉じられ、マルコ達は遥か前方に薄っすらと見える宿営地に向けて歩き始めた。
カサディスの村から西にある宿営地までは一本道だ。
右手は下方に海岸線が広がる海を望み、左手は少し丘になって草木が生い茂り、その先は岩壁が立ちはだかっている。
「――! っと」
周りに視線を張り巡らしているとピョンピョンと逃げるように横断していく小さな動物に、マルコは思わず足を止めた。
「あれは野兎だ」
荷車を先頭で引っ張っている男が言うと、左側を押していた男が「直ぐ側を慌てて逃げてったから、ありゃ子供だな」と笑った。
「普通の動物もいるんだな」
「あァ、そりゃあな」
ポツリと呟いたマルコに右側を押している男がハハッと笑った。
「動物と魔物の違いってェのはあるのか?」
ふと疑問に思ったことを口にしたマルコに、荷車を後方で押している男が「あァ、それは」と説明しようとした時、
「グギャギャギャッ!!」
「キーキー!!」
「「「!!」」」
生い茂る森から複数のゴブリンが棍棒を手にして現れた。
「襲って来るか襲って来ないかの差だと思う!!」
「あァそうかい! 単純で実に分かり易いよい!」
四人の男達を背後に置いて前に出たマルコは、咄嗟に剣を引き抜いて身構えた。
「お、おい!」
「ひ、一人で大丈夫なのか!?」
「魔物の存在を知らなかったんだろ!?」
驚き慄く三人に対して荷車を先頭で引っ張っている男が「お前ら、足を止めるな! 急いで突っ切るぞ!」と、声を荒げて叫んだ。
「「「マルコ!!」」」
「まァ、」
「「「――ッ!?」」」
心配して声を上げた三人は一瞬にして声を飲み込んだ。それは三人に叱咤した男も同じで目を見開いて、気のせいじゃないよなとばかりに何度か目を擦った。
「相手が人間じゃねェってことは、」
四人は見た。
決して怯むなんてことは無く、どちらかと言うと好戦的で――
「遠慮なんてもんは、」
実に海賊らしい野蛮染みた顔を……だ。
「いらねェってことだよなァ!」
「グギャッ!?」
言うが早いかマルコは地を蹴って複数のゴブリンに攻撃を仕掛けた。自分達が襲う前に人間から襲い掛かって来たことに驚いたゴブリン達は慌てて武器を構えた。
その内の一匹にマルコが剣を打ち下ろした。ゴブリンは棍棒でその太刀を止めた――が、ニヤリと笑ったマルコは剣をパッと離した。それと同時に身体を翻して回し蹴りを放つ。
ドゴンッ!
大きな音と共にゴブリンの身体は勢い良く吹き飛び、生い茂る草木を突き抜け、果ての岸壁にズガァァンと大きな音を立てて激突した。
「ギギッ!?」
「グギャッ……」
凄まじい攻撃力に唖然としたゴブリン達は、お互いに顔を見合わせるとゆっくりとマルコに顔を向けた。そして――
「ギギッ! コノニンゲンツヨイ! ニゲロー!!」
一匹のゴブリンが叫ぶと他のゴブリン達も悲鳴染みた甲高い声でキーキーと鳴きながら一目散に生い茂る森へと逃げて行った。
「少し鈍ったか……」
片や地面に落ちた剣を拾って鞘に収めたマルコは、少々不満な表情を浮かべて溜息混じりにポツリと零した。
久方ぶりの戦闘態勢に入って気付いた。
思った以上に身体が重いし、攻撃のキレも無い(←あくまでマルコ比)。
頂上戦争で負った怪我は回復したが、此処の所ずっと穏やかな日々を過ごしていたから、それも大きな一因となっているのだろう。
これからは身体を鍛える訓練を行う時間を設けようと心内で反省したマルコは、荷台を運ぶ四人の元に戻ろうと踵を返して、ふと顔を上げた。
目の前に佇む四人が唖然と立ち尽くしている。
ハッとしたマルコは、思わずヒクリと頬を引き攣らせた。
あー…、引いてんじゃねェか。
若い頃は好戦的だったが、大人となった今では落ち着いて形を潜めていた。しかし、やはり根っからの海賊としての性分か、『戦えること』に嬉々としたのは否めない。久しぶりの戦いに相手が人間でなく魔物だから加減もしなくて良いことも手伝い血が騒いだのだ。
だから、海賊らしい悪人面を隠すことも忘れて素の自分が出てしまったといったところ。
それを冷静になって気付いたとしても時既に遅しで――やっちまった……。と、気まずくなったマルコは視線をスイッと外して頭をガシガシと掻いた。
「「「……流石は海賊……」」」
「ッ! ど、どうも」
喉を掘って感想を口にした彼らに、マルコはハハッ…と、乾いた声で笑うしかなかった。
「海賊って、魔物以上に強くて怖い存在なんだな。おれは初めて知ったよ」
「待て。何だかちょっと誤解が含まれてる部分があるよい」
「海賊らしい顔って言うの? おれ達にとっちゃ貴重なんだろうけど、どっちかって言うと村で見せる笑顔の方が貴重だったりするのか?」
「あー…、さ、さァ、どうだか……」
「極悪人の顔って感じだった。おれ、あんな顔でマルコに睨まれたら卒倒する自信あるよ。生きた心地しないもん」
「そ、そんなにかい……?」
「いやー、魔物がビビッて逃げる姿はスカッとしたよ。流石は海賊マルコ様!」
「……」
果たして褒められているのか何なのかよくわからない心境になったマルコは、もう何一つ答えられなかった。
積み荷を運ぶ四人は想像以上に強かったマルコについて終始感想を述べ続け、マルコは居た堪れない気持ちになった。
そうして宿営地に荷物を送り届けて無事に村へと帰還したマルコは、慰労に酒場でもと誘われたが、今日はやめておくと断って帰路についた。
この後、カサディス村にある唯一の酒場で『海賊マルコ』について大いに盛り上がっていたなんて、村長宅でキナの労いの料理を口にするマルコは終ぞ知らなかった。
「やっぱり海賊ってだけあって悪い顔もできるんだよ」
「へェ〜、ちょっと見てみたいかもな」
「凄かったよ。本当に強くてさ」
「兵士より凄いのか?」
「比べ物にならないって! ゴブリンが怯えて逃げる姿なんて初めて見たぐらいだからさ!」
「凄いな! まさにヒーローって奴?」
「ヒーローって言っても海賊だからな。そこはダークヒーローじゃないか?」
「いやー、彼が味方で本当に良かったよ」
「「「海賊って凄ェんだ」」」
四人の男達はマルコの『武勇伝』を得意気に話した。そして、マルコが『とても強い』という話が瞬く間にカサディスの村中に広まった。
「ヒーローごっこしようよー!」
「おれがマルコ!」
「違う僕がマルコだよ!」
「あたしがマルコー!」
「女はマルコになれないんだよ!」
浜辺で子供達が海賊という名のヒーロー役を自分がやるんだと言い合いを始めている。
キナの買い物に付き合って偶々通り掛かったマルコが顔を顰めた。そんなマルコの反応がおかしかったのか、キナは口元に手を当てて「ふふ」と小さく笑う。
「……海賊はヒーローじゃねェよい」
「あの子達がやりたいのは海賊でもヒーローでも無くて、『マルコさん』をやりたいのよ」
「んな出来た人間じゃねェってのに」
「そうかしら? 私はとても素敵だと思うけど」
「ッ……!」
キナの言葉に目を丸くしたマルコは、キナから顔を背けて深い溜息を吐いた。若干顔が熱い。
「……悪い気は…しねェ……」
「ふふ」
この件以降、村を出て遠方に用がある村人は、同行する者にマルコを指名するようになったのは言うまでもない。
「ゴブリンが襲う前にお前さんだとわかったら逃げるって、余程怖かったんじゃろうな」
「この件に関しちゃ素直に喜んだ方が良いのか、嘆いた方が良いのか、どっちだよい……」
宿営地より少し先にある小さな小屋に用があったアダロに付き合うマルコは、「ニゲロー!!」と叫んで散り散りに逃げ惑うゴブリン達を見つめてポツリと零したのだった。
海賊 vs ゴブリン
【〆栞】