31

今になって漸く気付いた。
エースを奪還しに向かう者達と三大将を相手にしている者達以外にいた湾内の海賊達やインペルダウンの囚人達が船へと引き上げていることに――。
助けに来たというのに何故引いて行く!?それも処刑を行う前に…何故!?と、白ひげ海賊団の動きにセンゴクは酷く困惑した。

ガチャンッ!

直ぐ側で金属音が外れる音が聞こえてセンゴクはハッと我に返った。

「うし! 外れた!」
「なっ!? 何をしている貴様ら!」

センゴクの注意が湾内に向けられている隙に処刑員がエースの錠を外したのだ。処刑員の顔を見たセンゴクは、こやつらは!と目を見張った。

「逃げるガネ!!」
「熱くなるなよエース! 逃げることだけ考えんだぞ!」
「あァ! わかってるサッチ!!」

処刑員に扮したMr.3とサッチがエースを連れて処刑台から逃走を計った。

「エース!」
「ルフィ!」
「おお! 無事に助け出せたか!」

ルフィとジンベエがそこに合流して彼らは一目散に船へと向かった。

「お、おのれ! 逃がすか!!」

センゴクは周辺にいる中将や海兵達に慌てて捕まえるように指示を出した。しかし、動いたのは中将だけで海兵達は足が竦んで動けずにいた。

「くっ! 恐怖で竦み上がったか!」

ここまでとは!大誤算だ、とサカズキはギリギリと歯軋りをした。

「砲撃だ!! 砲撃せよ!!」

動けないのなら砲撃してでも逃走を阻止しろとセンゴクは指示を出した。ありったけの砲弾を打ちこむ。しかし、Mr.3が防護壁を作ってそれを阻み、弾かれた砲弾は仲間に当たらないようにマルコが全て撃墜していった。
それに気付いたサカズキは攻撃対象をエースに変えようとしたが、白ひげに阻まれて逆に攻撃を受けて吹き飛ばされた。

「オヤジ!」
「グララララッ! エース! 無事で何よりだ!」
「すまねェオヤジ、おれ……」
「まだ終わっちゃいねェんだ。完全にここから撤退するまで気を抜くんじゃねェぞ」

白ひげは吹き飛んだサカズキがむくりと立ち上がる様を見つめながら言った。

「あァ、わかってる」

震える声でエースがコクリと頷き、白ひげは口角を上げた。その時だった。ドクンッと胸に痛みが走った白ひげは、顔を歪ませて思わず膝を着いた。

「「「オヤジ!!」」」
「オヤジさん!!」
「おい! 大丈夫かお前!!」
「ど、どうしたガネ〜!?」

戦場の真っただ中で発作を起こしてその場に膝を着く。ヤヒロの話していた未来どおりの事が起きた。
チッ……、ここで発作か……。と、ギリッと奥歯を噛み締めた。
息が上がり苦し気な表情を浮かべる白ひげに、撤退していた白ひげ海賊団の全員が一斉に焦り出した。

オヤジが!!
彼らの脳裏に浮かんだ最悪のシナリオ。
未来どおりならこのままではオヤジが死んでしまう。

「マルコ! サッチ! さっさとエースと弟を連れて撤退しろ!!」
「なっ!? オヤジ!?」
「何言ってんだ! オヤジ!!」

白ひげの言葉にサッチとエースは声を荒げて反論した。

「これは命令だ!」
「ッ……」

白ひげは他の誰でも無いマルコに鋭い目を向けた。焦りの表情を浮かべながらもマルコは押し黙って白ひげを見つめていた。
そんな彼らを目前にしてサカズキは厳しい表情ながらも口角を上げる。
この絶好の機会を逃すわけにはいかんのう。せめて白ひげを、エドワード・ニューゲートの命だけでも奪っちゃる。

冥狗めいごう

人間は正しくなけりゃあ生きる価値なし!
お前ら海賊に生き場所はいらん!!
海賊という”悪”を許すな!!!

決して逃がさん。

マグマグの実の能力を解放し始めたサカズキの業火がまさに迫ろうとしていた。
その間に、白ひげは「マルコ」と名を口にした。

わかってる。
マルコは両手をギュッと握り締めた。

だから信じて欲しい。私もマルコを信じてるから。
グララララッ! おれァ娘を信じてんだ! 問題ねェ!

信じて行動すればいい。
そう、信じて――。

コクンと頷いたマルコは口を開いた。

「サッチ! エース! 行くよい!!」
「マルコ!?」
「おい! オヤジを置いて行けるかよ!!」
「ジンベエ! エースの弟! あと……3!!」
「間違ってないが、何だか凄く悲しいガネ!!」
「予定通り動け! 信じろ!!」

エースの腕を無理矢理引き摺ってマルコは撤退を促した。エースは抵抗しようとしたが、サッチは苦渋の表情を浮かべながらも「信じろ」と言ったマルコの言葉からヤヒロを連想した。
そうだぜ。おれとヤヒロちゃんがいることがイレギュラーなんだ。だったら――と、サッチは二本のサーベル剣を鞘から引き抜いた。

「マルコ! そいつらをお前に任せる!!」
「サッチ!?」
「ハハ! 4番隊隊長サッチ様の強さ。まさか忘れたわけじゃねェよな?」

マルコに顔を向けてニッと笑ったサッチは、相対するサカズキへと向きを変えて身構えた。

本来ここにいるはずの無かった男。
白ひげ海賊団4番隊隊長サッチ。

彼の実力は未知とされるが仲間内は違う。
彼は強い。
飄々として戦う姿は、ヤヒロが笑みを浮かべて戦う様と、どこか似ている。

「サッチ……」
「オヤジを必ず連れて戻る。絶対にだ」
「わかった。お前の強さを信じるよい」

マルコはそう言うと白ひげに目を向けた。

「オヤジ」
「行け、マルコ」

コクンと頷いたマルコは「撤退したらすぐに戻る。それまで耐えてくれよい!」と言うと、残って戦うと言い張るエースの腕を引いた。

「離せマルコ! オヤジを! 今度はおれが助ける番だ!!」
「すまん! エースさん!」

ゴッ!

「っ、……ジン…ベエ……てめェ……」

強情を張るエースをジンベエは後ろから項を殴って気絶させた。

「エース!!」

どさりと倒れたエースの身体を慌てて抱き起そうとしたルフィだったが、ルフィの身体も疾うに限界を超えていたのだろう、ガクリと膝が折れて地面に倒れそうになった。
マルコは咄嗟にルフィの身体を抱き留めた。するとジンベエは溜息を吐いた。

「無理して戦っておったから、ルフィ君も限界じゃ」
「ジンベエ、エースを頼む」

倒れたエースの身体を担いだジンベエは、ルフィを抱えたマルコと共に、Mr.3の防護壁を頼りにしながらその場を後にした。

「うぬぅ、逃がすか!!」

逃走するマルコとジンベエに向けて攻撃を仕掛けようとしたサカズキに二本の刃が襲い掛かった。咄嗟に躱したが、頬を掠めて血が流れ落ちた。
ギロリと睨み付けた先は、片眉と口角を上げた不敵な笑みを浮かべるサッチだ。

「ハッハー! 本来おれっちはあんたと戦うことは無かったんだろうけど、これもイレギュラーというわけで、ここからはおれっちと遊ぼうか、赤犬さんよ!」

二本のサーベル剣を巧みに操り鋭い剣筋でサカズキに攻撃を繰り出すサッチ。マグマグの実の能力者であるサカズキの頬に傷をつけたところを見ると、サッチの剣には武装色の覇気を纏っているのがわかる。

「小癪な!!」
「おっと!!」

ギィィィン!!

巧みな身体捌きと二本のサーベル剣を器用に操り戦うサッチは、徐々に海賊らしい顔付きへと変えて飄々としながら楽し気に笑った。
あの女といい、この男といい、白ひげ海賊団め!やはりこのまま見過ごすことなどできぬわ!!
額に青筋を張り怒りに満ちた目で睨み付けるサカズキに、おーおー凄い怒ってんなァとサッチは苦笑を零した。

ヒュンッ!

「!」
「!」

ズガァァァン!!

サッチとサカズキの間に勢い良く吹き飛んで地面に倒れた男がいた。クザンだ。彼は苦悶の表情を浮かべている。
目をパチパチと瞬きを繰り返したサッチは、視線をヤヒロへと向けた。
ボルサリーノの胸倉を掴んだヤヒロが顎下に向けて右ストレートを放った。ボルサリーノはピカピカの実の能力を四方に飛ばしながら処刑台方面へと吹き飛ばされて行った。

「ハハ……。流石ヤヒロちゃん。大将相手でも全く……余裕みたいね」
「くぉらァ! 大将だっつーんならもっと気張れ! てめェらが真面に戦えねェなら誰が海兵一人一人を守るってんだ!? 頭を張るなら真面目に戦いやがれ!」
「あー…、無茶言ってくれちゃって……。あんたが出鱈目に強すぎんでしょうが」

口から血を流しているクザンは腕で拭いながらフラフラと立ち上がった。

「お前ら、女が相手じゃ言うて気ィ緩ませとると違うんか?」
「冗談きついっすよサカズキさん。アレと戦ってから言ってくださいよ」

クザンは頭と肩を落として項垂れながら言った。
どうにも相当まいってるようだ。
身体的にというよりは精神的に――。
殴り飛ばされたボルサリーノもガラガラと崩れ落ちる岩壁を除けながらのっそりと立ち上がっていたが無言で、何となく影を背負っているようにも見える。

少し離れたところでガープは唖然と固まっているし、処刑台の上にいるセンゴクは絶句している。ハンコックに阻まれてヤヒロに攻撃できなかった白煙のスモーカーやたしぎ等、その他中将らの殆どが茫然自失といった様子。
舌打ちをしたサカズキは、厳しい目を向けてヤヒロへと向けて標的を変えた。
それに気付いたのか、片眉と口角を上げた笑みを浮かべたヤヒロは、サカズキに対して中指を立てた手を付き出すと、ぐっと握り拳に変えて親指を立て、首を掻っ切る仕草をして親指の先を地面に向けて指した。
完全な挑発だ。

ぴきっ……。

長らく生きてこれ程までに心の底から怒りに燃えたことがあっただろうか。
青筋を張って眉間に皺を寄せ目を吊り上げたその表情は海軍の誰しもが息を飲む程の修羅顔だった。

(((赤犬さんを相手に挑発する女って……怖ェェェ!!)))

怒り爆発寸前の赤犬を前にしてケラケラと笑っていたヤヒロは、ふぅと息を吐き出すと冷酷な表情を浮かべた。どこか外道染みた笑みを携えて、冷たく鋭い目をサカズキに向けている。

「この戦い、私達の勝ちだ」

静かにそう言い放ったヤヒロは一瞬だけサッチに視線を寄越した。
今のうちにオヤジを連れて船へ行け。
それに気付いて意図を察したサッチは、すまねェ、ヤヒロちゃん、と胸の内で言葉にしながら小さく頷いた。

全ての海軍の注意はヤヒロに注がれた。

得体の知れない女。
悪魔の実の能力など全く皆無で殴れる女。
異質な空気に異質な存在。

世界はヤヒロの存在を認知した。
どんな海賊よりも危険な存在であることを、この日この時から世界へと知られた瞬間だった。

「女風情が! 舐めるのも大概にせェ!!」

冥狗めいごう

サカヅキはマグマに変化させた腕を伸ばしてヤヒロに掴み掛かった。しかし、あろうことかヤヒロはその腕を素手で掴んだ。

「な、なんじゃと!?」

ジュウゥゥッ――と、焼ける音がしようが関係無かった。
掴んだそれを引っ張って自分の方へとサカズキを引き込んだヤヒロは、自らも地面を蹴って懐に飛び込むとサカズキの後頭部に手を回したと同時に勢い良く――

バガンッ!!

頭突きを喰らわした。

「ぐっ!?」

思わず呻き声を漏らして額に手を当てて苦悶の表情を浮かべたサカズキは、ヨロヨロと一歩二歩と後退った。それに対してヤヒロは、自分の額も赤くなっているにも関わらず痛がるどころかニヤッ…と笑みを浮かべている。

「女がする攻撃じゃないでしょ……あれ」

呆気に取られたクザンは思わずぼやいた。

「お、おんどれ……、武装色の覇気を纏っているわけでもない貴様が、何故わしらに攻撃ができるんじゃ!」
「ん、根性」

ヤヒロはしれっと答えた。

「ふざけおって、たかだが根性だけでロギアに攻撃できると思っちょるんか!?」
「じゃ、気合」

ヤヒロはまたしれっと言った。

「ぐぬっ!」

サカズキはヤヒロの態度に完全にご立腹だ。

「本当、嫌になるよねェ」
「まったく、三対一なんて意に反するけど、仕方が無い」
「貴様はただでは済まさんぞ小娘がァァァ!!」

天叢雲剣あまのむらくも
『アイスブロック
『大噴火』

三方向から三大将の本気の攻撃が襲う。
こんなシーンは余程のことが無い限り見ることはできないだろう。

彼らがヤヒロに牙を向けている間に、サッチは白ひげを引き連れて船へと向かおうとした。
しかし、動ける中将達がそれを阻みに掛かった。

「サッチ! オヤジを連れて行け!」
「!」
「おのれ! 花剣のビスタ!」
「援護はおれがする! 行けサッチ!」
「くっ、16番隊のイゾウか!」

隊員達を無事に船へと撤退させて終わった隊長達が続々と戦場に戻って中将達を蹴散らして行く。
その間に無事に白ひげを連れて戻ったサッチは、ジョズに任せると電伝虫で各船に向けて無事を報告した。すると、一斉に湧き上がる歓声が聞こえて来た。気持ちはわかるけど、とサッチは「喜ぶのは完全撤退してからだぞ」と忠告した。
エースを奪還して全員がそれぞれの船へと帰還したのを確認したマルコは、直ぐに撤退するように指示を出した。

「待てよ! ヤヒロは!? あいつを置いて行く気かよ!?」
「はいはい、落ち着けよってんだ」

マルコの胸倉を掴んだエースの腕を掴んでサッチは宥めた。
ヤヒロを一人置いて行くなんて!、とエースが口にするとマルコがポンッとエースの頭に手を置いてクシャッと撫でた。
片眉と口角を上げた笑みを浮かべるマルコに目を丸くしたエースは押し黙った。

「後は頼むよいサッチ」
「了解」
「オヤジ、行くよい」
「あァ、絶対にヤヒロを連れて戻れ」
「わかってるよい」

両腕に青い炎を纏って不死鳥化したマルコは甲板を蹴って空高く舞って飛んで行った。意味が解らないとばかりにエースが眉間に皺を寄せるとサッチはエースの肩に手を置いて笑った。

「ヤヒロちゃんの背中に何がいたか覚えてるだろ?」
「! あー……」
「こっから先は、青い不死鳥と赤い龍の出番ってわけだ。あと鷹もいるしな」

サッチがウインクしてそう言うと隊長達や白ひげも笑みを浮かべた。

「とんでもねェ矛と盾と刃を持った女だってわけだ。海軍はこれでヤヒロを完全に危険人物とするだろうから、これからが大変だぜ? 何と言ってもヤヒロは白ひげ海賊団のオヤジの娘でおれ達の妹だからな! 守るには骨が折れるってもんだ!」
「おれだけ姉貴だけどな」
「あァ、そうだった!」

周辺に海軍の砲撃が飛んでくる中、彼らは楽し気に笑った。そして、後続に待機していた白ひげ傘下の船がモビー・ディック号を追い掛ける軍艦を次々に沈めて退路を切り開き、彼らは無事にそこから逃げることが出来たのだった。

頂上戦争 E

〆栞
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