32

センゴクは手にしていた電伝虫を怒りのまま地面へと叩き付けた。

「くそ! むざむざ逃げられるとは! あの後続の船はこれを狙ってわざとッ……、まるで何もかもがわかった上での行動にしか思えん!!」

屈辱感に苛まれたセンゴクが睨んだ先は、三大将の攻撃を受けても平然と立つ女。
三方向から繰り出された三大将の同時攻撃を敢えて全て受けたヤヒロは、弾かれるように吹き飛ばされたが反転して着地をするとヨロヨロとしながらも倒れることは無かった。

「あー、効いたな」

額や口元から血を流し、左足は凍傷、右腕は焼けて、腹部には裂傷の傷。
それでも暢気な声で呟いてフハッ!と軽く笑ったヤヒロに、クザンはヒクリと頬を引き攣らせ、ボルサリーノは呆れ、サカズキは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「全部受けて平気ってどういう身体してんのよ」

驚き果てたグザンが零すとボルサリーノも同調して「ちょっと、本気で怖いねェ君……」と言った。

「じゃが、相当ダメージは受けちょるはずじゃ。加減はせん。このまま一気に畳み掛けちゃるわ」

しかし、どうして避けなかったのか。避ける素振りすらも無かったように見受ける。
それが解せない。と、クザンは思った。
そして、ハッとした。
ヤヒロを囲うように三方向から同時に攻撃を仕掛けた。その中で最も破壊力のあるサカズキの攻撃が向かう先には、腰を抜かして逃げることもできずにガタガタ震える海兵達が大勢いたことに気付いた。

まさか海兵を庇ったってェことか?
海賊の身で何故……?

「おい、ダメージを受けたからってなんだ? まだ終わってねェよ」

ヤヒロの言葉にボルサリーノとサカズキはピクンと反応した。

「何じゃと……?」
「てめェの意地で部下を死なせるような奴が、頭張ってんじゃねェよ!」

手負いの身体でも気負いは一切無い。より好戦的に狂暴性が増したヤヒロは、ボルサリーノとサカズキに向かって攻撃を仕掛けた。
それを受けて真っ先にボルサリーノが反撃とばかりに無数の光を放つ攻撃を繰り出した。
ヤヒロは真正面から敢えて攻撃を受けながら拳を振り抜きボルサリーノの腹部を突き、勢いのままサカズキの左側頭部に蹴りを放って吹き飛ばした。

「!」

まただ。と、クザンは目を見張って立ち尽くしている。
後方には海兵が数人いた。ボルサリーノの攻撃に海兵達は目を瞑って死を覚悟した。だが、それは海兵達を襲うことは無かった。

はァはァと息を切らしながら口元を腕で拭う。ヨロヨロとしながらも決して倒れない。その目は相変わらず鋭く強い意志を宿している。

「くっ、おのれェ!」

額から血を流しながらサカズキはヨロヨロと立ち上がってヤヒロを睨み付けた。一方、かなりのダメージを負ったのか、ボルサリーノは身体を起こしたものの立つ気力が無いようで、尻餅を着いたまま腹部を摩っている。

「あんたも結構しぶといなァ赤犬。確か、サカズキ……だったよな?」
「しぶといのはおのれじゃ女」
「女……ね。一応、ヤヒロって名前があんだけど……うん、覚える気は無ェよな。あんた、海賊が大嫌いみたいだしな」
「人間は正しくなけりゃあ生きる価値なし! お前ら海賊に生き場所はいらん!! 海賊という悪を許すな!! わしら海軍の正義を前に崩れるわけにはいかんけェのぅ!!」

サカズキの言葉にヤヒロは僅かにピクンと反応したが、恐らく誰も気付いていない。――が、ヤヒロの背中から俄かに沸き立つ威圧にクザンは眉を顰めた。

「生きる価値の無い人間がいるなんて本気で思ってんのか? 生き場所すらいらねェ? 海賊は…悪?」

これまで笑みを湛えいた表情から笑みがふっと消えた。喜怒哀楽の全てが抜け落ちた無表情。しかし、威圧が徐々に増していく。
サカズキは眉間に皺を寄せた。
覇気では無い。だが、覇王色の覇気以上に恐怖感を与える異様な空気がヤヒロから放たれ始め、僅かながらに気圧された。それはボルサリーノとクザン――だけでは無く、周囲にいた海兵達や処刑台にいるセンゴクも同様だった。

「生きる価値は無い……。そう言われた人間がどういう気持ちになるのか知ってるか?」
「何?」
「親の顔も知らず、誰に付けられたのかも知らない名前を名乗って、それでも確かな愛情をくれた人達が我が子ができたからと手の平を返して簡単に捨てられ、生き場所さえなくなった。そんな私に居場所を与えてくれたのが族の連中だ。族は社会から嫌われた連中……。この世界で言うなら海賊か。その海賊が悪だというなら、私に居場所を与えてくれた彼らも悪なのか?」

ヤヒロの話にクザンは眉間に皺を寄せた。

この世界で言うなら――?
妙な言い回しだ。それに、彼女の言う『ゾク』とは?と、目の前に立つヤヒロの背中を見つめてクザンの中に疑問が沸々と湧き起こる。
サカズキを睨み付けるヤヒロの異質で異様な空気は普通では無い。彼女の言葉が真実だとするなら、彼女は”この世界の人間ではない”のではないか?と、クザンは思った。

「だったら……、私からすれば正義が悪だ」
「なんじゃと……?」
「何も知らない、何も見ようともしない、てめェのしけた物差しで正義だ悪だと決めつけてんじゃねェ!! 私からすれば悪だと一方的に決めつけて正義を振り翳すてめェらこそが悪だ!!」

怒号を上げるとヤヒロは容赦無くサカズキに襲い掛かった。防御と反撃を試みたサカズキだが――

「ッ…!?」

異常な狂暴性を含んだ威圧の凄まじさに身体が思うように動かなかった。

「うらァァァァッ!!!!」
「かはっ!」

ヤヒロの右拳がサカズキの鳩尾に入った。尚も攻撃は止まらない。崩れ落ちるサカズキの顎を狙って膝蹴りを放って仰向きに倒れたサカズキの上に乗り上げ、右拳を振り上げて殴ろうとした。

ボボボボッ!

空から爆ぜる音を発しながら青い炎が舞い下りると同時にガシッとヤヒロの手を掴んで攻撃を制止した。

「!」
「もう終わりだよいヤヒロ」

聞き慣れた声音に導かれるように振り向いたヤヒロは、青い炎とマルコの顔を見た途端に鋭い眼光が消えて、全身から放たれていた狂暴性を含んだ威圧がフッと弱まり嘘のように失せていった。
大きなダメージを受けながらも意識を保っていたサカズキは、薄らと開けた目でその様子を見て苦渋の表情を浮かべた。
力が失せたヤヒロの様子にクザンは、成程、と一つだけ理解した。
あれを抑える役目が不死鳥ってわけか――と。

「全員、無事に逃げた。あとはおれ達だけだよいヤヒロ」
「くっ……、みすみす逃がすと思っちょるんか不死鳥……」
「流石にィ全員取り逃がすとなると、海軍の恥だねェ。せめてその女か不死鳥か、捕まってくれると、あっしらとしたら助かるんだがねェ」

マルコはヤヒロの手を引っ張ってサカズキから引き離すと自分の後ろへと隠した。そして、サカズキ、ボルサリーノと視線を動かして最後にクザンを見て、少しだけ片眉を上げた。
攻撃して来る気は無い様だが、何かに気付いたのだろうか。疑問に満ちた表情を浮かべている。とマルコは思った。
それから視線を外して周りを見渡す。どうやらすんなりと逃げることは許して貰えそうにな無い。
海兵達は未だに畏怖の表情を浮かべながらもヤヒロの威圧が消えた分、士気を取り戻したか、武器を手にして身構え始める。

処刑台に立つセンゴクは危機感を募らせていた。
今ここで逃がすわけにはいかん!特にあのヤヒロという女は危険だ!決して野放しにしてはいかん!と。そして、声を張り上げる。
「全軍に告ぐ!! 何としても不死鳥とその女を逃がすな!! 海軍の威信に掛けて絶対に捕縛せよ!!」――と。

その命令に傍で見ていたガープは複雑な心境だった。
『悪だと一方的に決めつけて正義を振り翳すてめェらこそが悪だ!!』と叫んだヤヒロの言葉はとても重く感じられて頭から離れなかった。
それに――
最後の最後までエースが笑みを絶やさずに信じたものは、白ひげや家族とする仲間達だけでは無く、あのヤヒロという名の女の存在が大きいと何となく察していた。
彼女が零した出生はエースより孤独。
恐らくエースは自分の出生をヤヒロに話しただろう。きっと彼女はエースにとって救いとなる言葉を投げかけたに違いない。
愛されて生まれ、愛された名を与えられたエースは、彼女にとっては非常に『羨ましいもの』だったに違いない。

センゴクよ……、彼女を悪とするなら相当の覚悟がいる。このまま逃がして白ひげの元に置いておけば、恐らく何事も大事にはならん。それを不死鳥が証明しておるではないか。不死鳥を見た彼女の目は、弱く儚いものじゃったろうが。
処刑台の上にいるセンゴクの元へとガープは向かった。
その間にもよろめきながら漸く立ち上ったサカズキとボルサリーノを中心に、海兵達がジリジリと距離を詰めて行く。

「ヤヒロ」
「……」

周りを囲う海兵達を睨み付けながらマルコはヤヒロを窺った。俯き加減でいるヤヒロの表情は見えない。
だが、返事が無いことから限界が近いのだろうと察する。それと――怪我…だけじゃねェな。少し精神的にもキてるか――とも。
その時、容赦無く攻撃を仕掛けて来たのはボルサリーノだ。

「チッ!」
「二人仲良く捕まるのも良いと思うよぅ?」

ボルサリーノが狙ったのはマルコでは無くヤヒロだ。マルコは咄嗟にヤヒロの身体を押して盾となり攻撃を受けた。

「不死鳥はやっかいだねェ…。でも、」
「そう何度も攻撃を受けて、いつまで耐えられるか見物じゃ!」
「! 同時攻撃かよい!?」

ボルサリーノの攻撃直後にサカズキの攻撃がヤヒロへと向けられる。だがヤヒロは、どこか気が抜けた表情をしたままで反応が無い。
再生が終わらないままマルコはヤヒロの前に身体を入れてサカズキの攻撃を受けようとした。

ガキィィン!!

「何じゃと!?」
「!」
「ここまでだ」

更にマルコの前に割り込んで攻撃を受けたのは、黒刀を抜いたミホークだった。サカズキの攻撃を弾き飛ばす様に力を入れるとサカズキは身を引いて距離を取った。

「貴様! 鷹の目!! 海軍に盾突く気か!?」
「暇潰しだ」
「んー、王下七武海の立場で海軍相手に暇潰しは無いんじゃないの〜?」
「お二人さん、不死鳥とその子だけに構ってる余裕はどうも無いみたいですよ」

クザンがミホークとの間に立ってサカズキとボルサリーノに声を掛けた。
眉間をピクンと動かしたサカズキは、どういうことじゃ?とクザンを睨み付けた。ボルサリーノは飄々としながらも攻撃の手を緩める気は無く、高速移動をしてヤヒロの背後を衝いて天叢雲剣で攻撃を仕掛けた。

「ヤヒロ!」

ミホークとクザンに気を取られていたマルコは反応が遅れた。しかし――

ガキィィィン!!

「んー!?」
「どうやら間に合ったようだな」

ボルサリーノの攻撃を受け止めたのはここにいるはずのない男だった。彼の登場により海兵達はどよめいて驚き固まった。
バカな!? 何しに来た!?
処刑台に立っているセンゴクも目を見張って愕然とした表情を浮かべている。

「ハッ……、遅ェよい」

大きく息を吐いて文句を零したマルコに、そう言うなとシャンクスは微笑した。

「途中でカイドウとかち合って大変だったんだ」

シャンクスはキィィン!!とボルサリーノを弾くと、ボルサリーノはそこから飛び退いて距離を取った。

「これは厄介な相手が出て来たねェ」

あっしらも大分ダメージを受けてるから流石にちょっと厳しい、とボルサリーノは溜息混じりにぼやいた。

シャンクスは背後にいるヤヒロの頭に手を置いた。僅かに目を見開いたヤヒロが徐に顔を上げるとシャンクスは満面の笑みを浮かべた。

「ヤヒロ、ここからはおれ達の仕事だ。お前は少し休め」
「……シャンクス……」
「マルコ、ヤヒロを連れて行け。白ひげに宜しくな」
「悪い」
「なに、こんだけ手負いの海軍相手なら矛だけで十分だ」

そう言ってミホークに視線を向けたシャンクスは「鷹もいることだしな」と付け足した。ミホークは表情一つ変えずに無言のままだ。

「マルコ、未来が変わって良かったな」
「そう…だな……。感謝するよい。この借りはいつか返すよい赤髪」
「そうか、じゃあおれの船に乗れ!」
「却下」

顔を歪めたマルコは即答した。

「おいおい、借りを返すと言っただろう?」
「それとこれとは別だよい」

マルコとシャンクスが軽く言い合いを始める様に呆れたミホークは、ヤヒロの腕を引いて肩に手を置いて支えながら「ここで仲間割れをしてどうする?」と声を掛けた。
それにハッとしたマルコとシャンクスは振り向いた。そして、ヤヒロを支えているミホークの手に目線が向かう。

(( てめェ!! 漁夫の利か!!))

二人してミホークに嫉妬混じりの目を向けるが、ミホークは全く表情を変えずに二人を見つめていた。
そんな彼らのちょっとしたわちゃわちゃした様子に、肝心のヤヒロは全く気付いていない――と言うか、あらゆる感覚が届いていなかった。

気が抜けた時、負傷した痛みと疲労が折り重なるようにヤヒロに襲い掛かった。直ぐに意識を失い倒れても可笑しくない状態だ。
しかし、どれだけ負傷しても、どんな状況であっても、誰かの手を煩わせるようなことだけは決してしたくないという思いがあった。
だって、ずっとそうやって生きて来たから。だから甘えることを素直に良しとしていないのだ。
そんな性分だから、ヤヒロはとにかく意識を保つことに必死だ。

なァ、頼む。できるだけ早く…撤退させてくれ……。
精一杯なヤヒロが切に願うのはそれだけだった。

いくら強かろうが、いくら鬼神のように恐ろしかろうが、ヤヒロもまた人の子だ。
重傷を負えば痛いし辛いし苦しくてしんどいのは当たり前――。

ヤバい……、白目剥いて倒れそう。ぐぬっ……、そ、それだけは絶対にしねェぞ!よくわかんねェけど、それだけは、プライド的にできねェ!
あァ、早く帰りたーい!赤犬がいない所に行きたーい!赤犬なんて大っ嫌いだァァァ!!

シャンクスが来たことで「やっと終わった」と愈々気が抜け落ちたから尚更で、頭に浮かぶのはモビー・ディック号にある自室のベッドのみ。
最早、誰が自分の腕を引いているのかさえわかっていなかった。

「どうでもッ、良い! 早くしろ!」
「お、おう!」
「よ、よい!」
「……」

最後の力を振り絞ってヤヒロは叫んだ。それと同時に全身に襲う痛みで目に涙が浮かんだ。あまりの痛みに何故か笑えて来たヤヒロは、口をひん曲げて不気味な笑みを浮かべた。その顔を見たマルコとシャンクスとミホークは、思わず言葉が詰まった。

(((あ、相当、ヤバい)))

三人が同時に思った。

とりあえずマルコがヤヒロを抱えるとシャンクスは「この戦争を終わらせに来た」と、今更ながらに恰好良く台詞を吐いてみた。

「そんなわけに行くかァァァッ!!」

盛大に叫んだのはセンゴクだが、落ち着けセンゴク!とガープが羽交い絞めにして止めた。また、サカズキとボルサリーノがヤヒロを抱えるマルコに問答無用で襲い掛かろうとしたが、それを赤髪海賊団の副船長であるベックマンとミホークが阻止した。

「早く行け」
「酷い怪我だ。早急に手当てが必要だぞ」
「わかってるよい」

ミホークとベックマンに軽く礼を述べてからマルコはヤヒロを背負い直して不死鳥と化し空へと舞い上がった。
赤髪海賊団の援護もあって湾内から無事に脱出したマルコは、目先の海上に見たことの無い船があることに気付いた。

「こっちへ連れて来い! おれは医者だ!!」
「あいつは確か……」
「!」

マルコの背中にいたヤヒロは船に立つ男を見て目を丸くした。
あ、医者発見。
早く痛みから解放されたいヤヒロは、助かったとばかりに息を吐いた。

「急げ! 軍艦が追って来るぞ!!」
「わかったよい!」

本音を言えば白ひげ海賊団の美人揃いのナースなお姉さま方に診て貰いたかった。でも、思っていた以上に一刻を争う程の重症であったことを自覚している為、背に腹は代えられない。
もう重症過ぎて声が出ないのだ。思考も上手く回らないし、意識だって保っていられない。

「へェ、潜水艦かよい」
「不死鳥屋、患者を処置室へ運べ」
「お前はルーキーの……、確かトラファルガー・ローだな?」
「流石キャプテン! 白ひげ海賊団1番隊隊長不死鳥マルコに名前を知られてるなんて凄いよ!」

側にいた白熊のベポが嬉しそうに声を上げた。
ミンク族までいるのか、と驚きながらマルコは案内された処置室へヤヒロを運び入れた。
手術の際、マルコに外に出てろと言おうとしたローだったが、ヤヒロの手がマルコの手を掴んで離そうとしないのを見て眉間に皺を寄せた。

チッ……、やっぱりそういう関係じゃねェか。

自覚していないのか、自覚しているが認めようとしないのか、それはわからないが、ヤヒロの心にいるのが誰であるのかは、手を伸ばして掴む行動からして明白だった。
僅かに笑みを零したマルコは自分の手を掴むヤヒロの手を両手で握り返した。

「あ、これを使ってください」

ベポが気を利かせて椅子を持って来ると、「ありがとよい」とマルコは椅子に腰を掛けた。
マルコに礼を言われたベポは、何だかとても嬉しそうだ。
複雑な心境に陥ったローは、はァ…と溜息を吐くと周りに指示を出して治療を始めた。

「悪魔の実の能力で治療すんのかい?」
「オペオペの能力だ。だがおれは元々医者の家系でもある」
「そうか。腕が良さそうで安心したよい」

マルコも船医だ。同業から見てもローの手際の良さに感心して見入っていた。
治療を開始して半時が過ぎた頃、黙々と手を動かしていたローが口を開いた。

「不死鳥屋」
「なんだい?」
「ヤヒロとはどういう関係だ?」
「……」

な、何で急にそんなことを聞く?とマルコが怪訝な表情を浮かべた。
麻酔によって眠っているヤヒロには、彼らの会話は一切耳に入っていない。
治療をしながら微笑を浮かべたローは、頂上戦争前にシャボンティ諸島でヤヒロと会ったことを話した。そして――

「気に入った」
「何……?」
「仲間に引き入れようと思ったが」
「失敗したか」

まァ、仕方が無ェよい。とマルコはくつくつと笑った。だが――

「おれの女にしたいと思った」
「……」

時が一瞬だけ止まったマルコは、少しして「はァ!?」と声を上げた。

「くっ、なかなか良いリアクションだな」
「ッ……」

ずっと繋いでいる手を見ていると面白く無い気分になったローは、ちょっと揶揄って気分を晴らしてやろうと思って言ったのだが、これがまた予想した以上の反応だったことに、ローは堪らず肩を揺らしてくつくつと笑った。
おかげで気分も幾分か晴れた。
片やマルコは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「てめェ、本気でヤヒロを奪う気か?」
「以前はあったが、今は無い。どうあってもヤヒロの心はおれに向きそうに無いからな」

年上が好みだと言っていたから最初から望み薄だ。だから安心しろ。と告げたローは、黙々と治療を続けた。
軽く目を丸くしたマルコは溜息を吐いて視線をヤヒロに向けた。

お前、本当に……、惹き付け過ぎだよい。

何だかんだと妙な魅力を持ったヤヒロに惹かれる男が何と多いことか。
自分もその一人なのだが、このローといい、赤髪といい、ドフラミンゴといい、恐らくクロコダイルもそうだろう。そしてエースの弟に、あの3だってそんな節がある。ただ、鷹の目がどう思っているのかはわからないが――。

あ、そう言えば3の奴は……、無事に逃げてると良いが……。

マルコに3呼ばわりされているMr.3は、バギーとバギーに心酔する囚人達と共に海軍の軍艦を奪って無事に逃走していた。

「ぶえェッきしだガネ!!」
「それ、くしゃみかよ? ハデに変なくしゃみしやがるぜ……ったく」
「だ、誰かが私の悪口を言ってるようだガネ」
「あァ? 気のせいだ気のせい。誰もおめェのことなんざ考えてやしねェ!」
「いや、誰かに3呼ばわりされてる気がするんだガネ!」

それは正解だMr.3よ。
誰も言わない代わりに誰かがそう答えてくれたが、誰かの声なんて誰にも届いていないわけで――。

「3」
「敢えて呼ぶカネ!」

バギーに3呼ばわりされたMr.3が嘆き節で叫んだ。

こうして頂上戦争は幕を閉じた。
後日、新聞各紙で派手に一面を飾ったのはやはりヤヒロの存在で、海軍が完全なる敗北を喫したことが書かれていた。
それは世界に驚きと不安を煽る結果になるはずだったのだが、何をどう間違ったのか、凶悪な顔写真を載せる手筈だったのに、何とも気さくで満面な笑顔でピースしているヤヒロの写真が掲載されていたことに、世界の人々は首を傾げていた。

「この顔のどこが凶悪?」
「この顔のどこが鬼なの?」

そんな声が世界各地から聞こえて来た。

「何故この写真を使った!?」
「こ、これしか無かったんです!!」
「何!? 何故だ!?」
「こ、怖過ぎて撮れませんでしたァァァッ!!!」

まさか新聞記者にまで効果を発揮しているとは思っていなかっただろう。
海軍でさえ「何故この写真!?」と驚きを隠せないでいる。
怒りに満ちた表情を浮かべるセンゴクは、ワナワナと震える手で新聞を破り捨てた。

新聞全紙がどれも似たような写真しか無かった。
あの凶悪で狂暴性を含んだ冷酷で無慈悲な表情に外道の笑みを浮かべた鬼神の顔にシャッターを押す勇気が無かったのだ。
だって、逆恨みされたら生きて行ける気がしないんだもん。と、記者達はそう口にして震えていたとか何とか――。
モビー・ディック号では、電伝虫でマルコから無事の知らせを聞いた船員達が大いに盛り上がって毎日宴三昧だ。そして、新聞を見る度に誰しもが声を上げて笑ったのだ。

「こんな顔した奴のどこが極悪非道な鬼なんだよ!!」
「言えてる!! すっげェ良い顔してんじゃん!!」
「グララララッ!! こりゃあ記念写真だな!!」
「「「本当、最高の笑顔っす!!」」」

一方、マリンフォードに残った赤髪のシャンクスはというと、マルコとヤヒロを逃がした後に「その手負いの状態でおれ達と一戦を交えるか? 多大な損害を被るのはそちらになるが、それでも良いのなら相手になろう」と海軍に対して言うと、苦渋の表情を浮かべたセンゴクが折れて全軍に撤退するよう命令した。
それに悔しさに満ちた表情を浮かべたサカズキはガクリと膝をついて軽く血を吐いた。その様を見たシャンクスが少し驚いていたが、ミホークが簡単に説明をすると、マジかヤヒロ!やっぱり強いな!とシャンクスは盛大に笑ったのだった。
そして、赤髪海賊団はその場を収めた後に湾内から去り、ミホークは自身の船に乗って一路アジトのある島へと去って行った。

「やはり戦ってはみたかったが……、仕方があるまい」

ヤヒロは自分には決して敵意を見せない。本気の斬撃をぶちかましてみてもヤヒロが怒ることは決して無かった。生きることを否定すれば怒るのかもしれないが、そんなことをヤヒロに言う気は更々無い。
少しばかり溜息を吐いて空を仰いだミホークは目を瞑るとクツリと笑みを浮かべて大海に視線を向けた。

「いずれ、また会おうヤヒロ」

こうして頂上戦争は幕を下ろした。

白ひげ海賊団及びインペルダウンの囚人達、負傷者はいるものの死亡者ゼロ。
海軍は負傷者はいるものの死亡者ゼロ。但し、精神的なダメージと多大なる損害を被る。

この戦いは、白ひげ海賊団&インペルダウンの囚人達の完全勝利となった。

頂上戦争 ― 終幕 ―

〆栞
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