02
大きな町がある島に寄港した白ひげ海賊団は海軍の目に触れない位置に船を停泊した。そして、ログポースが溜まる四日間をその島で過ごすことになった。
各部隊にはそれぞれ必要な物資調達等の指示が下されるのだが、7番隊は特に指示を受ける事は無かった。不寝番の順番でも無い為、この四日間は完全なフリーとなった。
「遊ぶぞ! 飲むぞ!」
「ヤコポ副隊長! ノリノリっすね!!」
「ったりめェだ! 仕事も無ェ四日間丸々フリーだなんてそう滅多にねェんだからなァ! こんな嬉しいことねェだろうがァッ!?」
「ですな!」
「わはははは! そうっすよね!」
7番隊の隊員達は隊長の性格がアレな為か豪快で明朗快活な性格をした者が多い。更に酒豪の集まりだったりもする。
副隊長のヤコポという男はラクヨウをほんの少しだけ理知的にしたぐらいで、性格はラクヨウとそう変わらない男である。そんな彼と部下である7番隊の隊員達総勢十九人の集まりが挙って下船して町へと向かって行った。ただ、その集団の中には、当の隊長であるラクヨウと隊員の一人であるアルドの姿は無かった。
◇
7番隊の隊員達が町の酒場に着くと、隊長達がよく集う店の最奥の広いスペースに見慣れた男が一人いた。彼らは「ガハハハ!」と声を上げて笑った。
「さァっすが隊長! もう来てらァ!」
「おう、お前ェら! 遅かったじゃねェか!」
「ラクヨウ隊長が早過ぎんだって!」
「な〜んも仕事が無ェんだ。一分一秒たりとも無駄にしねェように楽しまなきゃ損だろうが! ガッハッハッハッ!」
ラクヨウは腰を上げると部下達の元に歩み寄った。そして、まだ日が高く明るい内からバカ騒ぎという名の宴会を始めるのだった。
その日の夜――。
サッチ、エース、ハルタ、イゾウの四人が仕事を終えて酒場にやって来た。
酒場では既に顔を赤くしてでき上がった7番隊を中心に意気揚々とバカみたいに歌うラクヨウと他の部隊である隊員達の姿があって目を丸くした。そんな彼らに気付いたラクヨウが「おう!」と声を掛け、歌う集団から離脱してやって来た。
「うあ、酒臭い!」
ハルタが顔を歪めて鼻を抓み、エースも「うっ」と思わずしかめっ面へと変える。
「ラクヨウ、昼間からずっと飲んでやがったな?」
「ガハハハッ! 暇だったからな〜!」
「7番隊は仕事が無かったからな。暢気なもんだ」
イゾウはクツリと笑うといつもの定位置となる店内の奥まった席へと向かい、ハルタやエースも苦笑を浮かべながらその後をついて行った。しかし、サッチだけはその場に止まり7番隊の集団の中に視線を向けて軽く溜息を吐いた。そうしてラクヨウに視線を戻すとラクヨウがニヤリと笑みを浮かべた。
「サッチ、お前ェの言いてェことはわかる。おれァそろそろ船に戻るからよ、あいつらがいらねェことしたら頼むわ」
「おーい、そりゃあ仕事放棄だってェの。7番隊の責任は隊長であるラクヨウが取るもんでしょうが」
「あー……ったく、おいお前ェら! 店に迷惑かけんなよ! おれァ先に船に戻ってっからよ!!」
「「「うーっす!!」」」
7番隊の者達は酒瓶を片手に高々と掲げて返事をした。サッチはその様子に頬を引き攣らせた。
――どこの体育会系集団だっつぅの。
何故サッチにそのような知識があるのかは不明だがそう思った。そんなサッチの肩をラクヨウがポンポンと二回程軽く叩くと豪快に笑いながら「じゃあな」と言って店から出て行った。
―― やっぱりアルドはいねェんだな。
再度7番隊の集団を見つめながらサッチは隊長達が集う席へと向かった。
◇
今日の留守番兼不寝番は1番隊だ。その隊長であるマルコが船内を見回っているとある場所でピタリと足を止めた。
甲板から船内に入った先、食堂から見える厨房の向こう側のドアが開いている。そして、その先にある船尾となる甲板にたった一人で腰を下ろして空を眺める人物を見つけた。黒尽くめのフードを被るその姿からして7番隊のアルドであることが直ぐにわかる。
マルコはその背中をじっと見つめた。
7番隊の連中は昼間から挙って酒場に出向いて行ったというのに彼はただ一人ここにいる。サッチの話だとアルドは7番隊の中では溶け込んでいるという話を聞いてはいたが、彼らと共に酒場に出向くことはしないのか――と、マルコは思った。
―― 空を見つめてなにを考えてんのか……。
なんとなく彼の元に向かおうと足を一歩踏み出した時、肩をガシッと掴まれて振り向いた。
顔を赤くしたラクヨウだ。ラクヨウから漂う酒の匂いにマルコは眉間に皺を寄せた。
「酒臭ェ。相当飲んだな?」
「おう、昼間っから飲みまくったぜ」
「ったく……」
マルコは半ば呆れながらそれは良いとしてとばかりに「少し良いか?」と話を変えようとした。
「あー、難しい話は勘弁してくれや。流石に酔っちまったんでおれァ寝に戻ったんだ。悪ィけど今度だ今度!」
マルコの背中をバンバンと軽く叩いてそう言ったラクヨウは「ガハハハッ!」と豪快に且つ機嫌良く笑って自室へと戻っていった。マルコは今度こそ本気で呆れた溜息を吐いた。
立ち去るラクヨウの背中を見送った後、視線を船尾の方へと戻すと厨房のドアが閉まっていることに気付いた。
足早に厨房を抜けてそのドアを開ると船尾の甲板へと出る。しかし、そこにアルドの姿は疾うに無く、周りを見回したがどこにも見当たらなかった。自ずと眉間に皺を寄せて思案顔を浮かべた。
―― いつ……、動きやがった?
甲板で佇んで考えているマルコを船の屋根に身を隠すようにしてそれを見下ろす人物がいる――アルドだ。
アルドは見張り台へと視線を向けた。見張り番の男が眠気に負けたのかその場で眠りこけている姿があった。
「……」
アルドはマルコを一瞥してから移動した。その時、マルコは何かが動いたような気がして後方の船の屋根に当たる部分へと視線を向けた。しかし、そこにも人の姿は無い。
―― 気配すら感じさせねェのか。普段から存在感が無い奴だから気付かなかったが……。
マルコが視線を向ける前に見張り台へと移動していたアルドは、マントを外して眠りこけた1番隊の隊員の身体にかけてやった。そうして当番でも無いのに自ら見張りを始めた。
一方マルコは厨房のドアを閉めて食堂を抜けると中央の甲板へと出た。見張り台に視線を向けるとそこにアルドの姿があって眉をピクリと動かした。
―― っつぅか、見張り番がなんで寝てやがんだよい……!
マルコは自分の部下を起こしに見張り台へ向かおうとした。アルドの視線がマルコに向けられる。アルドが徐に手を動かして人差し指を口元に当てた。
「!」
―― お前……。
眠ってしまった隊員を起こしてやるな――と、アルドは黙したままマルコにそう示したのだ。マルコは小さくかぶりを振るとトンッと甲板を蹴って見張り台へと移動した。
「アルド、7番隊のお前ェが見張りをする必要は」
「したいのです。お気になさらず」
「――ッ……」
アルドはそれだけ言うと視線を海辺へと向けて口を噤んだ。これ以上話は無いとでもいうかのようにマルコの方を一切見ようとはしない。
マルコは頭をガシガシと掻くと見張り台で眠りこける部下の頭を軽く叩いた。
「ふぁッ!?」
「寝てんじゃねェ、起きろ」
「へっ!? あ、た、隊長!? あ、あれ? ん? これは……?」
眠っていた1番隊の隊員は慌てて起き上がると自身に掛けられていたマントを手にして首を傾げた。マルコの背後にフードを被った黒服の人物がいることに気付いた彼は目を丸くした。すると、マルコがそのマントを奪った。
「おれが見張りを代わるからお前は仮眠を取って来い」
「え!? で、ですが!!」
「良いから行け」
「わ、わかりました。……すみません」
隊員は申し訳無さそうに何度もヘコヘコと頭を下げながら見張り台から降りて船内へと姿を消した。
「これはお前のだろい?」
「見張りをなさるのですか?」
マルコが頷きながらマントを差し出すとアルドは軽く頭を下げてそれを受け取って着け直した。
左手側だけを隠す様なマントに少しだけ怪訝な表情を浮かべたマルコだったが、直ぐになんとでも無いような表情に戻し、アルドの隣に立って海へと視線を向けた。
「アルドは7番隊の連中と酒場に行く気は無かったのか?」
「……性分では無いので」
「普段から付き合いは無いのか?」
「……」
「もう十年だ」
「おれが……この船に乗ってからの年数ですか?」
「あァそうだ。十年も経つってェのにアルドは人との関わりが薄いみてェだから少し気になってなァ。少し話がしたいと思ったんだが……、迷惑か?」
「すみません。それもおれの性分です。なるべく人と関わることは避けたいので」
「理由は?」
「答えなければなりませんか……?」
「……」
「仕事はします。すべきことをします。やるべきことをやります。それ以外は控えています。それではダメですか?」
「お前は自分の気持ちを誰かに話したりしねェのか? なにか思うことがあってもずっと黙ってる気かよい」
「……」
「それも言えねェか……」
「おれは今の現状で満足しています。あなたがわざわざ気にされる必要はありません」
「アルド、おれは」
「すみません。これ以上話をするというのであれば、おれは自室に戻らせて頂きたいのですが」
「――ッ……、わかった。見張りはおれがやるからお前は戻れ」
「はい、失礼します」
アルドはマルコに頭を下げると見張り台から降りて船内へと姿を消した。一方、マルコは見張り台に肘を置いて頬杖しながらそれを見届けると溜息を吐いた。
「完全に心を閉じた人間じゃねェか。十年もの間、どうして気付かなかったんだよい……ったく」
自分達がオヤジと慕う白ひげが連れて来た少年だ。だから誰も気にしていなかった。疑う余地も無く素直に受け入れたのだ。
ラクヨウの隊に配属するよう指示を出したのも彼の世話を任せると言ったのも白ひげだ。
ラクヨウは豪胆で大雑把。細かい事はいちいち気にしない男で、どちらかというと単純なプラス思考の持ち主だ。しかし、あれで忠義に厚く口が固い。
船に乗せた理由や目的、他にも何かあるはずだが殆どが謎のままで詳しくは聞かされていない。
誰にも話せない秘密でもあるのか――と、今更になって詮索してみるものの尻尾の影すら見当たらない。
何故ラクヨウにアルドを任せたのか、今になって漸くわかった気がした。
苛々が募り始めたマルコは「チッ!」と舌打ちをした。気になり出したらとことん気になってしまう。この性分はつくづくラクヨウとは正反対だ――と、マルコは思うのだった。
◇
自室に戻ろうとして廊下の角を曲がった時、部屋の前にラクヨウが立っているのを見止めたアルドは足を止めた。
ラクヨウはアルドの姿を見るなり片眉と口角を上げた笑みをニヤリと浮かべた。対してアルドは頭を軽く下げて自室のドアを開けて部屋に入った。それに続いて部屋に入ったラクヨウは、置かれているソファに当然のようにどかりと腰を下ろした。
「今日も沢山飲まれましたね」
「まァな。それより、マルコになんか聞かれたか?」
アルドは棚に置いてあるカップを二つ手に取ると備え付けのポットでコーヒーを淹れ始めた。
ラクヨウはアルドの後姿をじっと見つめていたがコーヒーの香りが鼻を擽ると鼻腔から軽く息を吐いて天井を見上げた。
「二人きりになって話をすることなんて滅多にねェんだろう?」
「いえ、仕事では」
「仕事以外でだ」
「――……」
「良い機会だったんじゃねェのか?」
「隊長も人が悪い。見ていたのなら声を掛けてくだされば良かったものを」
「なァに言ってやがる。おれァ配慮してやったんだよ」
アルドがコーヒーをローテーブルに置いて差し出した。ラクヨウはそれを手に取るとズズッと音を立てて一口飲んだ。
「熱ィな」
ラクヨウはフーフーと息を吹き掛けてから二口目を口に含めようとした――が、手を止めてアルドを見やった。
「お前はそのままでこの先もいる気か?」
「成すべきことが終わればその時は」
「死ぬとかってェんならおれが許さねェからな」
「――……」
「後追いするんじゃねェ。生きる糧ならこの船にもいるだろうが。オヤジの為でもおれの為でもねェ」
「なら、守って死ぬまでです」
「だーかーらー! 死ぬってェのは許さねェって言ってんだろうが!?」
「ラクヨウ隊長」
「なんだ! まだ文句が」
「零してます」
「――あん……?」
ポタポタ……――。
「熱ィィィッ!?」
「でしょうね。おれもそう思います」
「なァにを冷静に分析してやがんだ!? 水で濡らしたなにかを寄越しやがれ!!」
「水で濡らしたなにか……ですか? 例えば……、あァ、濡らした剣とか」
「おう、お前ェ良い度胸してやがるじゃねェか」
「冗談です」
フードで隠れた顔は表情こそわからないが淡々とした物言いの中に少し楽し気な声音が含まれていた。アルドにとって心置きなく軽い冗談を言える相手と言えばラクヨウだけだ。
「生きる糧はあなたで十分ですよ」
「ハッ! 嘘吐くんじゃねェ。おれとあいつのどっちかが死ぬとなりゃあお前は間違いなくあいつを取るだろうが」
「いえ、その場合はどちらも助ける手段を取ります」
「あー……、まァ、そうだな。アルドなら軽くやってのけちまうな。……って、違ェだろ例えの話だってんだ例えェェッ!」
「もうこの話は止めませんか? おれは今のままで十分です」
「……ったく、欲の無ェこと言いやがって」
「ラクヨウ隊長」
「並の幸せぐれェ欲を持ちやがれ。お前の今のこの状況はまだまだ並以下だ」
ラクヨウは立てた親指を下に向けると舌を出して「べっ!」と言ったが、アルドは表情を一切変えなかった。そのままベッドに腰を下ろしてラクヨウの膝に零したコーヒーのシミを見つめてボソッと言う。
「シミが残る」
「関係無ェ」
全く響いていないアルドに流石のラクヨウも折れたのか、眉間に皺を寄せて溜息を吐いた。ソファの背凭れに身を預けながら濡らしたタオルでコーヒーのシミを何度かグイグイと拭ってみたが取れそうにない。
―― 面倒臭ェな……。いっか、気にしねェ。
ラクヨウはタオルをローテーブルに放るとアルドを伺うように身を乗り出した。
「何度も言ったと思うがおれはオヤジにちゃんと言ったんだからな?」
「えェ、ラクヨウ隊長がそんな気遣いをされる方だとは思ってもみなかったので、こうして話をする度に不思議な気分になります」
「ガハハハッ! おれだって普段ならそんな気ィ遣いやしねェよ!」
「おれは7番隊で良かったですよ」
「嘘吐け。1番隊が良かったに決まってらァ」
「何故そう思われるのですか?」
「おれはその手の話に興味は無ェが嫌でもわかっちまうんだよ。アルドの心情は特にな」
「……」
「今でもこうして相手してやってんのはてめェの心情を気遣ってのことだぜ? 感謝しろよアルド。あー、いや、#イルマ#」
「ッ……」
#イルマ#――。アルドという名を名乗る彼の、いや、彼女の本当の名前だ。その名前で呼ばれたアルドは僅かにピクンと反応した。
ラクヨウはニヤリと笑うと両腕をぐっと上に伸ばして蹴伸びをしながら欠伸した。
「そろそろ”女特有のアレ”が近いだろ? キツイなら言えよ」
「ッ……、はい……」
ラクヨウは立ち上がるとベッドに座るアルドのフードを取っ払い、頭に手を置いてクシャリと撫でた。そのついでにアルドの髪を摘まんで軽く弄る。
「髪が短ェなァ。まるで男じゃねェか」
「男です」
「お前は女だ」
ラクヨウはアルドの頬を軽く引っ張ると笑みを浮かべた。
「んな艶っぽい肌した男がいるわけねェ」
ラクヨウはそう言うと背を向けて部屋のドアを開けた。そうして振り向くと「早く寝やがれ。身体に悪い」と気遣う言葉を残して出て行った。
パタンと閉まるドアの音が部屋に大きく反響する。
アルドは空になったカップを持って小さな流し台へと運び簡単に洗い終えると装備品を外し始めた。更に衣服を脱いでシャワー室へと入る。
「……疼くな……」
左腹部に残る傷を指でなぞりながらポツリと言葉を零すと熱いシャワーを頭から被った。視界に映るのは男には無いはずの二つの丸みのある胸。自身の身体を見る度に嫌な記憶が蘇る。
シャワーを浴びるこの瞬間は一日において最も嫌いな時だ。
「ラクヨウ隊長、あなたは本当に人が悪い。今更#イルマ#だなんて……」
アルドは小さな溜息を吐くとシャワーを止めた。早々にバスタオルで身体を拭いてサラシで胸の膨らみを隠すように強く巻き、男の衣服を纏ってベッドへと勢い良く飛び込んだ。
「この島に同胞の気配は無い。……なら、用は無い」
アルドはそうポツリと呟くと枕に顔を埋めて目を瞑った。そうして深い眠りへと就くのだった。
各部隊にはそれぞれ必要な物資調達等の指示が下されるのだが、7番隊は特に指示を受ける事は無かった。不寝番の順番でも無い為、この四日間は完全なフリーとなった。
「遊ぶぞ! 飲むぞ!」
「ヤコポ副隊長! ノリノリっすね!!」
「ったりめェだ! 仕事も無ェ四日間丸々フリーだなんてそう滅多にねェんだからなァ! こんな嬉しいことねェだろうがァッ!?」
「ですな!」
「わはははは! そうっすよね!」
7番隊の隊員達は隊長の性格がアレな為か豪快で明朗快活な性格をした者が多い。更に酒豪の集まりだったりもする。
副隊長のヤコポという男はラクヨウをほんの少しだけ理知的にしたぐらいで、性格はラクヨウとそう変わらない男である。そんな彼と部下である7番隊の隊員達総勢十九人の集まりが挙って下船して町へと向かって行った。ただ、その集団の中には、当の隊長であるラクヨウと隊員の一人であるアルドの姿は無かった。
◇
7番隊の隊員達が町の酒場に着くと、隊長達がよく集う店の最奥の広いスペースに見慣れた男が一人いた。彼らは「ガハハハ!」と声を上げて笑った。
「さァっすが隊長! もう来てらァ!」
「おう、お前ェら! 遅かったじゃねェか!」
「ラクヨウ隊長が早過ぎんだって!」
「な〜んも仕事が無ェんだ。一分一秒たりとも無駄にしねェように楽しまなきゃ損だろうが! ガッハッハッハッ!」
ラクヨウは腰を上げると部下達の元に歩み寄った。そして、まだ日が高く明るい内からバカ騒ぎという名の宴会を始めるのだった。
その日の夜――。
サッチ、エース、ハルタ、イゾウの四人が仕事を終えて酒場にやって来た。
酒場では既に顔を赤くしてでき上がった7番隊を中心に意気揚々とバカみたいに歌うラクヨウと他の部隊である隊員達の姿があって目を丸くした。そんな彼らに気付いたラクヨウが「おう!」と声を掛け、歌う集団から離脱してやって来た。
「うあ、酒臭い!」
ハルタが顔を歪めて鼻を抓み、エースも「うっ」と思わずしかめっ面へと変える。
「ラクヨウ、昼間からずっと飲んでやがったな?」
「ガハハハッ! 暇だったからな〜!」
「7番隊は仕事が無かったからな。暢気なもんだ」
イゾウはクツリと笑うといつもの定位置となる店内の奥まった席へと向かい、ハルタやエースも苦笑を浮かべながらその後をついて行った。しかし、サッチだけはその場に止まり7番隊の集団の中に視線を向けて軽く溜息を吐いた。そうしてラクヨウに視線を戻すとラクヨウがニヤリと笑みを浮かべた。
「サッチ、お前ェの言いてェことはわかる。おれァそろそろ船に戻るからよ、あいつらがいらねェことしたら頼むわ」
「おーい、そりゃあ仕事放棄だってェの。7番隊の責任は隊長であるラクヨウが取るもんでしょうが」
「あー……ったく、おいお前ェら! 店に迷惑かけんなよ! おれァ先に船に戻ってっからよ!!」
「「「うーっす!!」」」
7番隊の者達は酒瓶を片手に高々と掲げて返事をした。サッチはその様子に頬を引き攣らせた。
――どこの体育会系集団だっつぅの。
何故サッチにそのような知識があるのかは不明だがそう思った。そんなサッチの肩をラクヨウがポンポンと二回程軽く叩くと豪快に笑いながら「じゃあな」と言って店から出て行った。
―― やっぱりアルドはいねェんだな。
再度7番隊の集団を見つめながらサッチは隊長達が集う席へと向かった。
◇
今日の留守番兼不寝番は1番隊だ。その隊長であるマルコが船内を見回っているとある場所でピタリと足を止めた。
甲板から船内に入った先、食堂から見える厨房の向こう側のドアが開いている。そして、その先にある船尾となる甲板にたった一人で腰を下ろして空を眺める人物を見つけた。黒尽くめのフードを被るその姿からして7番隊のアルドであることが直ぐにわかる。
マルコはその背中をじっと見つめた。
7番隊の連中は昼間から挙って酒場に出向いて行ったというのに彼はただ一人ここにいる。サッチの話だとアルドは7番隊の中では溶け込んでいるという話を聞いてはいたが、彼らと共に酒場に出向くことはしないのか――と、マルコは思った。
―― 空を見つめてなにを考えてんのか……。
なんとなく彼の元に向かおうと足を一歩踏み出した時、肩をガシッと掴まれて振り向いた。
顔を赤くしたラクヨウだ。ラクヨウから漂う酒の匂いにマルコは眉間に皺を寄せた。
「酒臭ェ。相当飲んだな?」
「おう、昼間っから飲みまくったぜ」
「ったく……」
マルコは半ば呆れながらそれは良いとしてとばかりに「少し良いか?」と話を変えようとした。
「あー、難しい話は勘弁してくれや。流石に酔っちまったんでおれァ寝に戻ったんだ。悪ィけど今度だ今度!」
マルコの背中をバンバンと軽く叩いてそう言ったラクヨウは「ガハハハッ!」と豪快に且つ機嫌良く笑って自室へと戻っていった。マルコは今度こそ本気で呆れた溜息を吐いた。
立ち去るラクヨウの背中を見送った後、視線を船尾の方へと戻すと厨房のドアが閉まっていることに気付いた。
足早に厨房を抜けてそのドアを開ると船尾の甲板へと出る。しかし、そこにアルドの姿は疾うに無く、周りを見回したがどこにも見当たらなかった。自ずと眉間に皺を寄せて思案顔を浮かべた。
―― いつ……、動きやがった?
甲板で佇んで考えているマルコを船の屋根に身を隠すようにしてそれを見下ろす人物がいる――アルドだ。
アルドは見張り台へと視線を向けた。見張り番の男が眠気に負けたのかその場で眠りこけている姿があった。
「……」
アルドはマルコを一瞥してから移動した。その時、マルコは何かが動いたような気がして後方の船の屋根に当たる部分へと視線を向けた。しかし、そこにも人の姿は無い。
―― 気配すら感じさせねェのか。普段から存在感が無い奴だから気付かなかったが……。
マルコが視線を向ける前に見張り台へと移動していたアルドは、マントを外して眠りこけた1番隊の隊員の身体にかけてやった。そうして当番でも無いのに自ら見張りを始めた。
一方マルコは厨房のドアを閉めて食堂を抜けると中央の甲板へと出た。見張り台に視線を向けるとそこにアルドの姿があって眉をピクリと動かした。
―― っつぅか、見張り番がなんで寝てやがんだよい……!
マルコは自分の部下を起こしに見張り台へ向かおうとした。アルドの視線がマルコに向けられる。アルドが徐に手を動かして人差し指を口元に当てた。
「!」
―― お前……。
眠ってしまった隊員を起こしてやるな――と、アルドは黙したままマルコにそう示したのだ。マルコは小さくかぶりを振るとトンッと甲板を蹴って見張り台へと移動した。
「アルド、7番隊のお前ェが見張りをする必要は」
「したいのです。お気になさらず」
「――ッ……」
アルドはそれだけ言うと視線を海辺へと向けて口を噤んだ。これ以上話は無いとでもいうかのようにマルコの方を一切見ようとはしない。
マルコは頭をガシガシと掻くと見張り台で眠りこける部下の頭を軽く叩いた。
「ふぁッ!?」
「寝てんじゃねェ、起きろ」
「へっ!? あ、た、隊長!? あ、あれ? ん? これは……?」
眠っていた1番隊の隊員は慌てて起き上がると自身に掛けられていたマントを手にして首を傾げた。マルコの背後にフードを被った黒服の人物がいることに気付いた彼は目を丸くした。すると、マルコがそのマントを奪った。
「おれが見張りを代わるからお前は仮眠を取って来い」
「え!? で、ですが!!」
「良いから行け」
「わ、わかりました。……すみません」
隊員は申し訳無さそうに何度もヘコヘコと頭を下げながら見張り台から降りて船内へと姿を消した。
「これはお前のだろい?」
「見張りをなさるのですか?」
マルコが頷きながらマントを差し出すとアルドは軽く頭を下げてそれを受け取って着け直した。
左手側だけを隠す様なマントに少しだけ怪訝な表情を浮かべたマルコだったが、直ぐになんとでも無いような表情に戻し、アルドの隣に立って海へと視線を向けた。
「アルドは7番隊の連中と酒場に行く気は無かったのか?」
「……性分では無いので」
「普段から付き合いは無いのか?」
「……」
「もう十年だ」
「おれが……この船に乗ってからの年数ですか?」
「あァそうだ。十年も経つってェのにアルドは人との関わりが薄いみてェだから少し気になってなァ。少し話がしたいと思ったんだが……、迷惑か?」
「すみません。それもおれの性分です。なるべく人と関わることは避けたいので」
「理由は?」
「答えなければなりませんか……?」
「……」
「仕事はします。すべきことをします。やるべきことをやります。それ以外は控えています。それではダメですか?」
「お前は自分の気持ちを誰かに話したりしねェのか? なにか思うことがあってもずっと黙ってる気かよい」
「……」
「それも言えねェか……」
「おれは今の現状で満足しています。あなたがわざわざ気にされる必要はありません」
「アルド、おれは」
「すみません。これ以上話をするというのであれば、おれは自室に戻らせて頂きたいのですが」
「――ッ……、わかった。見張りはおれがやるからお前は戻れ」
「はい、失礼します」
アルドはマルコに頭を下げると見張り台から降りて船内へと姿を消した。一方、マルコは見張り台に肘を置いて頬杖しながらそれを見届けると溜息を吐いた。
「完全に心を閉じた人間じゃねェか。十年もの間、どうして気付かなかったんだよい……ったく」
自分達がオヤジと慕う白ひげが連れて来た少年だ。だから誰も気にしていなかった。疑う余地も無く素直に受け入れたのだ。
ラクヨウの隊に配属するよう指示を出したのも彼の世話を任せると言ったのも白ひげだ。
ラクヨウは豪胆で大雑把。細かい事はいちいち気にしない男で、どちらかというと単純なプラス思考の持ち主だ。しかし、あれで忠義に厚く口が固い。
船に乗せた理由や目的、他にも何かあるはずだが殆どが謎のままで詳しくは聞かされていない。
誰にも話せない秘密でもあるのか――と、今更になって詮索してみるものの尻尾の影すら見当たらない。
何故ラクヨウにアルドを任せたのか、今になって漸くわかった気がした。
苛々が募り始めたマルコは「チッ!」と舌打ちをした。気になり出したらとことん気になってしまう。この性分はつくづくラクヨウとは正反対だ――と、マルコは思うのだった。
◇
自室に戻ろうとして廊下の角を曲がった時、部屋の前にラクヨウが立っているのを見止めたアルドは足を止めた。
ラクヨウはアルドの姿を見るなり片眉と口角を上げた笑みをニヤリと浮かべた。対してアルドは頭を軽く下げて自室のドアを開けて部屋に入った。それに続いて部屋に入ったラクヨウは、置かれているソファに当然のようにどかりと腰を下ろした。
「今日も沢山飲まれましたね」
「まァな。それより、マルコになんか聞かれたか?」
アルドは棚に置いてあるカップを二つ手に取ると備え付けのポットでコーヒーを淹れ始めた。
ラクヨウはアルドの後姿をじっと見つめていたがコーヒーの香りが鼻を擽ると鼻腔から軽く息を吐いて天井を見上げた。
「二人きりになって話をすることなんて滅多にねェんだろう?」
「いえ、仕事では」
「仕事以外でだ」
「――……」
「良い機会だったんじゃねェのか?」
「隊長も人が悪い。見ていたのなら声を掛けてくだされば良かったものを」
「なァに言ってやがる。おれァ配慮してやったんだよ」
アルドがコーヒーをローテーブルに置いて差し出した。ラクヨウはそれを手に取るとズズッと音を立てて一口飲んだ。
「熱ィな」
ラクヨウはフーフーと息を吹き掛けてから二口目を口に含めようとした――が、手を止めてアルドを見やった。
「お前はそのままでこの先もいる気か?」
「成すべきことが終わればその時は」
「死ぬとかってェんならおれが許さねェからな」
「――……」
「後追いするんじゃねェ。生きる糧ならこの船にもいるだろうが。オヤジの為でもおれの為でもねェ」
「なら、守って死ぬまでです」
「だーかーらー! 死ぬってェのは許さねェって言ってんだろうが!?」
「ラクヨウ隊長」
「なんだ! まだ文句が」
「零してます」
「――あん……?」
ポタポタ……――。
「熱ィィィッ!?」
「でしょうね。おれもそう思います」
「なァにを冷静に分析してやがんだ!? 水で濡らしたなにかを寄越しやがれ!!」
「水で濡らしたなにか……ですか? 例えば……、あァ、濡らした剣とか」
「おう、お前ェ良い度胸してやがるじゃねェか」
「冗談です」
フードで隠れた顔は表情こそわからないが淡々とした物言いの中に少し楽し気な声音が含まれていた。アルドにとって心置きなく軽い冗談を言える相手と言えばラクヨウだけだ。
「生きる糧はあなたで十分ですよ」
「ハッ! 嘘吐くんじゃねェ。おれとあいつのどっちかが死ぬとなりゃあお前は間違いなくあいつを取るだろうが」
「いえ、その場合はどちらも助ける手段を取ります」
「あー……、まァ、そうだな。アルドなら軽くやってのけちまうな。……って、違ェだろ例えの話だってんだ例えェェッ!」
「もうこの話は止めませんか? おれは今のままで十分です」
「……ったく、欲の無ェこと言いやがって」
「ラクヨウ隊長」
「並の幸せぐれェ欲を持ちやがれ。お前の今のこの状況はまだまだ並以下だ」
ラクヨウは立てた親指を下に向けると舌を出して「べっ!」と言ったが、アルドは表情を一切変えなかった。そのままベッドに腰を下ろしてラクヨウの膝に零したコーヒーのシミを見つめてボソッと言う。
「シミが残る」
「関係無ェ」
全く響いていないアルドに流石のラクヨウも折れたのか、眉間に皺を寄せて溜息を吐いた。ソファの背凭れに身を預けながら濡らしたタオルでコーヒーのシミを何度かグイグイと拭ってみたが取れそうにない。
―― 面倒臭ェな……。いっか、気にしねェ。
ラクヨウはタオルをローテーブルに放るとアルドを伺うように身を乗り出した。
「何度も言ったと思うがおれはオヤジにちゃんと言ったんだからな?」
「えェ、ラクヨウ隊長がそんな気遣いをされる方だとは思ってもみなかったので、こうして話をする度に不思議な気分になります」
「ガハハハッ! おれだって普段ならそんな気ィ遣いやしねェよ!」
「おれは7番隊で良かったですよ」
「嘘吐け。1番隊が良かったに決まってらァ」
「何故そう思われるのですか?」
「おれはその手の話に興味は無ェが嫌でもわかっちまうんだよ。アルドの心情は特にな」
「……」
「今でもこうして相手してやってんのはてめェの心情を気遣ってのことだぜ? 感謝しろよアルド。あー、いや、#イルマ#」
「ッ……」
#イルマ#――。アルドという名を名乗る彼の、いや、彼女の本当の名前だ。その名前で呼ばれたアルドは僅かにピクンと反応した。
ラクヨウはニヤリと笑うと両腕をぐっと上に伸ばして蹴伸びをしながら欠伸した。
「そろそろ”女特有のアレ”が近いだろ? キツイなら言えよ」
「ッ……、はい……」
ラクヨウは立ち上がるとベッドに座るアルドのフードを取っ払い、頭に手を置いてクシャリと撫でた。そのついでにアルドの髪を摘まんで軽く弄る。
「髪が短ェなァ。まるで男じゃねェか」
「男です」
「お前は女だ」
ラクヨウはアルドの頬を軽く引っ張ると笑みを浮かべた。
「んな艶っぽい肌した男がいるわけねェ」
ラクヨウはそう言うと背を向けて部屋のドアを開けた。そうして振り向くと「早く寝やがれ。身体に悪い」と気遣う言葉を残して出て行った。
パタンと閉まるドアの音が部屋に大きく反響する。
アルドは空になったカップを持って小さな流し台へと運び簡単に洗い終えると装備品を外し始めた。更に衣服を脱いでシャワー室へと入る。
「……疼くな……」
左腹部に残る傷を指でなぞりながらポツリと言葉を零すと熱いシャワーを頭から被った。視界に映るのは男には無いはずの二つの丸みのある胸。自身の身体を見る度に嫌な記憶が蘇る。
シャワーを浴びるこの瞬間は一日において最も嫌いな時だ。
「ラクヨウ隊長、あなたは本当に人が悪い。今更#イルマ#だなんて……」
アルドは小さな溜息を吐くとシャワーを止めた。早々にバスタオルで身体を拭いてサラシで胸の膨らみを隠すように強く巻き、男の衣服を纏ってベッドへと勢い良く飛び込んだ。
「この島に同胞の気配は無い。……なら、用は無い」
アルドはそうポツリと呟くと枕に顔を埋めて目を瞑った。そうして深い眠りへと就くのだった。
7番隊隊長ラクヨウ
【〆栞】