21
まさかこんな日が来るなんて――と、そう思いながら配置図を片手にチラリとマルコを見やった。極偶にラクヨウがサポート役として共に行動することはあったが、対アサシンとの戦いにおいてマルコと行動を共にすることになるとは夢にも思わなかった。
「先に言っておきますが」
「ん?」
「最低限……。マルコ隊長はそう仰いましたが、おれはアサシンを相手に”殺さず”なんてことはできません」
「あァ、わかってる。おれが最低限っつったのはアルドの心を案じて言っただけだ。思いの外”頑丈に生きてる”みてェだし、もう言わねェから気にするな」
「あと、その、おれ……」
「どうした?」
「戦う時に、その、癖…と言うか……」
相変わらず無表情なのだが少し言い難そうに言葉を濁すアルドの様子にマルコは片眉を上げた。
―― なんつぅか、表情と口調のギャップ感が凄ェな……。
これまで見えていなかった”本当のアルド”と接するようになると意外に面白いかもしれない。不思議とアルドをもっと知りたくなってくる。成程、サッチが興味を持つのも頷ける――と、マルコはなんとなく思った。
「普段通りに行動して構わねェ。おれはサポート役に徹するから、一つ一つ潰しに行くよい」
「はい」
片やアルドは傍らにマルコがいるだけで自ずと心が高揚していくのを感じて不思議な気持ちになっていた。これは初めての感覚だった。
覚悟が揺れる?
消える?
辛い?
怖い?
どれも当て嵌まるものでは無い。
―― どうしてこんなに……、妙に落ち着く。何故……?
視線を落としつつ配置図を畳んでポシェットに仕舞いながらそんなことを思っていた。
「アルド」
「はい」
返事をすると同時にぽんっと何かが頭に乗るのを感じて視線を上げるとマルコと目が合った。
マルコがアルドのフードを少しずらしてクシャリと撫でた。
「おれはアルドを信じる。強さも含めてアルドの全てを信じるから」
―― おれの全てを……信じる?
「――だからアルド、お前ェもおれを信じてくれねェか?」
「!」
「ラクヨウやサッチには及ばねェかもしれねェが、努力するからよい」
「ッ……」
少しだけ眉尻を下げて笑うマルコにアルドは自身の胸にトクンッ…――と柔らかく脈打つ感覚を覚えた。
―― もっと……、もっと昔から知ってる……。
重症を負った見ず知らずの自分を助けてくれたあの日、初めて『信じる』ということを教えてくれたのは他でも無いマルコだ。あの日の、あの時の全てを、忘れた事なんて一度たりとも無い。
「信じてます」
「!」
「おれは、ずっと前から、マルコ隊長のことは信じてます」
「……そうか。あァ、なら良い。ありがとよいアルド」
歪みも含みも無い。真っ直ぐな言葉だった。
軽く目を見張ったマルコは胸を撫で下ろすように溜息を吐いた。そして、肩の力を落として微笑を零した。
「終わったら……」
「ん?」
「これが終わったら、コーヒーを飲んで書類仕事をしながら話しますか? そのッ、マルコ隊長が嫌でなければ……ですが……」
最初の砦の前に辿り着いた時、アルドは決してマルコに顔を向けずにそう言った。少し歯切れの悪い言葉尻ではあったが、そこには懸命な気持ちがあった。アルドなりに心を砕いてそう言ったのだろう。
マルコは隣に立つアルドを思わず二度見してしまう程に驚いて目を丸くした。まさかアルドからそんな誘いの言葉をくれるとは思ってもみなかった。
―― 問題があったのは……、おれの方か。
十年前からアルドは信じてくれていたのに、存在を忘れて今の今まで知らずにやって来た。なのに、ここに来てその存在を思い出し、表向きだけの行動や為人を知っただけで疑念や猜疑心を抱いて警戒をするなんて――。見誤っていたのは自分の方だったと改めて反省したマルコは微笑を零してコクリと頷いた。
「楽しみだよい」
マルコがそう返事をすると漸くアルドはマルコに顔を向けた。だが、どうしてか伺い見るような雰囲気にマルコは軽く首を傾げた。
「どうした?」
「嫌……じゃないですか?」
「なにが?」
自分から言っておいて何故そんな風に確かめる言葉を投げ掛けるのか、マルコはキョトンとした。
「おれは不愛想なガキ……ですから」
アルドがポツリと零すとマルコは眉を顰めた。そして、記憶を辿るように視線を彷徨わせて――!――ハッとした。
「まさか、十年前のあれか?」
初めて会った時の隊長達(マルコ含む)のアルドに対する第一印象として出た言葉だ。誰かが口にしていたのを聞いたのだろう。
―― まさか十年もの間、ずっと根に持っていたってェのか……。
チラリと視線を向けるとアルドの口元がゆっくりと孤を描いて笑みを浮かべた。
「冗談です。なんとなく言ってみただけです」
「……」
「マルコ隊長がおれをどう思われているのかはわかりませんが、少なくともおれは――」
「!」
アルドは小さく呟くと砦に向かって走り出した。その一瞬、マルコは自分の耳を疑った。しかし、確かに聞いた。
〜〜〜〜〜
「あなたが好きですから」
〜〜〜〜〜
マルコは思わず天を仰ぎながら額に手を当てた。
「あァ、まったく……。完全な一人相撲だったってェわけかよい。情けねェ……」
悔いる言葉を零して頭をガシガシと掻きながら大きく溜息を吐いた。
「アルドの方がおれの何倍も器がでかいよい」
先に行ったアルドは砦の壁に手を掛けては器用に壁伝いに登って行く。小さな出っ張りがあればどこでも登れるのだろう。
マルコは大したものだと感心しながらアルドと算段した通りに正面から堂々と殴り込みを開始した。
〜〜〜〜〜
「おれが囮になる。多少傷を負っても再生の炎で回復できるからよい」
「アサシンは覇気も使えますから気を付けてください」
「ん、了解。おれは何も悪魔の実の能力だけで伸し上がった口じゃねェから安心しろよい」
「はい。マルコ隊長の強さは化物染みてますから、心配はそんなにしていません」
「化ッ……、あのよい、なんつぅか、その、もう少し言い方っつぅもんがあるだろ?」
「おれ、何か間違ったことを言いましたか?」
「……」
〜〜〜〜〜
マルコは囮として突入しながら先刻交わした会話をふと思い出していた。アルドは言葉こそ丁寧なのだが、割と結構な毒を吐くことを知った。無表情で感情の起伏無くあっさりと吐き出される毒《言葉》は、相手にどう伝わるのかをわかっていて言っているのかどうか怪しくて、冗談なのか、本気なのか、その判断が付き難い。
―― 教育……しねェとな。
マルコは敵の攻撃を躱しながら少しだけラクヨウの苦労を知った気がして軽く同情した。
ただそれでも庇護欲が沸々と湧いて来るのが不思議なところで、もしこれが――。
―― ッ……、馬鹿なことを考えるな。今は現実に集中しろよい。
自分自身に叱咤して言い聞かせるように心内で何度も何度もそう繰り返す。その度にツキリと胸が痛むのは未だに引き摺っている証拠でもある。
もしアルドが#イルマ#なら……――と、そんな考えが頭に過るのは相当病んでいると心内で舌打ちをした。
「くそ! まさか生きていたなんて!」
「長に伝えなくては!!」
「コルティノーヴィスだと!?」
「バカな!? 奴は死んだはずだ!!」
「同じ赤!? バカな!!」
「くっ! か、敵うわけがない!! 相手はマスターだぞ!?」
「白ひげ海賊団にアサシンがいるなんて誤算にも程がある!! それもまさかあのッ――!!」
「はっ…くっ…ば…化物…が……」
確実に各所の砦を潰していく。砦を潰す度に赤い衣服を纏うアサシン達が酷く動揺して怯んでは死んでいく。
アルドの戦いは見事なもので、一人で行動する理由がよくわかる。協力すると言っても生半可な強さでは却って足手纏いにしかならない。訓練に出ないのは必要が無いからだと言っていたと聞くが、納得もできる。あまりにも突出した強さだ。人のそれとは思えない程の素早さと、必要最小限に抑えた無駄の無い身の熟しは、マルコでさえ目を見張る程だ。
―― 化物…か……。
相手の言葉に動揺すら見せない。返り血を浴びても表情一つ変えない。左腕のアサシンブレードと右手には短剣を、時にはアサシンブレードを収めた左手で腰巻ベルトに装備してある投げナイフや煙幕等を巧みに操って敵を駆逐していく。攻撃は確実に致命傷となる部分を狙い、一撃のもとに倒していく様は圧巻だ。
飛んで、返して、跳ねて、躱して、回って、また高く飛ぶ。
腰元の赤いサッシュが優雅に舞う度に血飛沫が飛び散る。そうして赤い衣服を纏うアサシン達は次々に事切れていく。
「アルド、大丈夫か?」
「……なにも、問題は」
「ここ」
「――ッ……」
最後の砦を制した時、マルコはアルドの胸元に人差し指でトンッと突いた。
「痛く無ェか?」
そう問い掛けるマルコにアルドは無表情だが少しだけ眉間に皺を寄せた。
―― 何が痛いと言うのか……。
アルドは軽く首を傾げた。マルコが何を言わんとしているのか理解ができなかった。すると、マルコが心配げな表情を浮かべた。
―― ッ……!
その表情を、目を、何より自分に向けられるマルコの心が、アルドの感情を大きく揺さぶり掛けた。途端にアルドは僅かに息を呑んだ。
―― ……痛い、……痛い?
自ずとマルコに突かれた胸元に右手を沿えた。
「大した強さだ。おれでも敵わねェかもしれねェが……、やっぱり一人にはしておけねェよい」
「何故…ですか…?」
「血」
「え?」
マルコの手がアルドの頬にそっと伸びた。ふわりと添えられると頬に何かが付いていたのか、親指で拭われる。返り血だ。
「まるで涙みてェだ」
「涙……?」
「血の涙……、いや、なんでも無ェ」
「……」
マルコは苦笑混じりの笑みを零すと踵を返して歩き出した。
―― 血の涙 ――
そう言って言葉を噤んだ彼の心は何を思ったのだろう?
何を感じたのだろう?
―― こんな……、おれみたいな奴が家族にいたら、あなたは嫌……ですか?
ツキンッ!
―― アサシンが家族を持つのは、おかしい……ですか?
ズキンッ!
―― こんな血に塗れたアサシンは、いない方が…良い……ですか?
ドクン......ドクン......――。
「碌なこと考えるな」
「……」
「アルド」
マルコは振り向いてそう声を掛けた。だがアルドは無反応で立ち尽くしたままだ。
マルコは小さく溜息を吐くとアルドの側へと歩み寄った。その間にハッとしたアルドは小さく首を振りながら「いえ……、別に何も」と答えて顔を上げた時、直ぐに目を丸くした。
「――ッ!?」
暗い暗い奈落の底へと転がり落ちる気持ちは下降の一途を辿り、思考はマイナスの坩堝に陥っていく感覚の中、突然に視界がマルコの衣服の色に覆われた。
落ちるアルドの気持ちを救い上げる様にマルコがアルドを抱き寄せていたのだ。
「辛いなら辛いと口に出して言え。そうすりゃあ少しは楽になる。なんでも一人で消化しようとするな。ラクヨウが度々お前の部屋に行くのは、そういうお前の心の底で悲鳴を上げてんのが痛くて、見てられなくて、支えになってやりたくて、だからあいつはお前を必要以上に気に掛けて庇うんだろうよい」
耳元で言い聞かせるようにそう呟いたマルコの言葉は、直接アルドの脳を刺激した。
心臓が激しく高鳴り鼓動が早くなる。
身体が急に熱を帯び始めてこれまで以上に大きく動揺した。
―― な、なに? これはッ……なに?
ただマルコに抱き締められているだけなのに、ただそれだけなのに、今までに感じたことの無い大きな動揺と身体の異常発熱に、アルドは混乱した。
―― ッ、……さん…マル…コ…さん……ダメだ。ッ、違う、おれは、おれはッ……!
アルドは身体を捩って離れようとしながら顔を上げて口を開いた。
「気に掛けて下さるのは感謝しています。ですが、必要以上に心配されること程に辛いものは無い」
「……」
「大丈夫です。おれはッ、大丈夫ですから……。必要以上に心配しないでくれませんか?」
間近でお互いに顔を見合わせながらアルドは強く言い切った。しかし――
マルコは少しだけ眉を顰めると小さく溜息を吐いた。
「それ、説得力が全く無ェよい」
「え?」
ツゥ......
ポタッ......
ポタッ......
「気付いて無いのか?」
「なにを……?」
ポタッ......
ポタッ......
「お前、泣く程痛いなら、泣く程辛いなら、素直に言えよい」
「なにを言って……」
頬に違和感を感じたアルドは自身の手で頬に触れた。
温かい滴に触れる。
――!
指が濡れていることに驚いて目を見張った。
―― 泣いた…のか? 泣いた……? 何故……?
視界が歪んで止め処無くポロポロと落ちて行く涙。
アルドはどうして良いかわからなかった。
「おれはお前をよく知らねェから、お前の奥底にある心をラクヨウ程には察してやれねェかもしれねェ。けど、必要以上だとかそんなこと口にしねェで、素直に思いを受け取れよい」
「……」
「お前がどんなに拒否してもおれはそれでもお前に手を差し伸べる。おれはもう後悔したくねェんだ」
「後…悔……? ッ!」
マルコの腕に俄かに力が込められると身体はより密着してアルドは声を詰まらせた。
高鳴る鼓動と身体に集まる熱がより一層高まって大きく動揺し、目は白黒する程に驚きに満ちて混乱する。
―― い、今は兎に角離してもらわなければ! これ以上はおかしくなってしまう!
「わ、わかりませんが、とりあえず離してもらえませんか?」
懸命に顔を上げてマルコにそう訴えた――が、マルコは表情一つ変えない。寧ろギュッと余計に抱き締めて来た。
「断る」
「はい?」
ぎゅうぅぅぅっ!!
「!?」
「細ェ」
「え?」
「お前ェ……、細いな」
「そ、そう……ですか?」
強く抱き締められながらアルドがキョトンとする一方、マルコは抱き締めるアルドの身体に違和感を覚えていた。
別に男を抱き締めてどうこうなんて考えはない。寧ろそんな趣味を持ち合わせてすらいない。当然だが――。
―― 男……だろ? なのにやけに細過ぎやしねェか?
ただ単に涙を零したアルドの為を思い、泣きっ面を見ない為の処置のつもりで抱き寄せたのだが、細身とは言え男ならばそれなりに骨は太く筋肉もあって然りのはずだ。なのに――妙に細くて少し柔い。
「アルド」
「はっ、はい」
「お前ェ、ちゃんと飯は食ってんのか?」
「え? はァ、食べてます…けど、……それが何か?」
「あー、……よい」
「……よい?」
マルコが何を考えているのかわからず、アルドは思わず釣られてマルコの口癖を言った。
だから何だという感じで眉間に皺を寄せて疑問符を飛ばすアルドに対してマルコは少し眉をピクリとしたものの真面目に考えている。
―― 栄養が全く足りて無ェんじゃねェのか?
そんなマルコの思考とは裏腹にアルドはふと我に返って「あ、」と声を零した。すると、漸く抱き締める腕を緩めたマルコがアルドの顔を覗き込んだ。アルドも極々自然体で顔を見合わせて口を開く。
「まだ終わっていません。肝心のアサシンの長とパッキンを倒していません」
「あー……、そう…だった」
色々あり過ぎた為か、アルドは当の最終目標をすっかり忘れていた。
―― ……らしくない、本当に。
これは仕方が無いことだった。こんな風に誰かに抱き締められた経験は一度も無く初めてのことだった。
驚いて、動揺して、混乱しながらも感じた。”あの時と同じ”温もりを――。
―― ミケーラさんがスキになるのは仕方が無いことですね。
アルドはナースのミケーラのことををふと思い出してクツリと笑みを零した。そして、納得したように頷いた。
「それ、なんの笑みだ?」
「あ、ミケーラさんを少し思い出して……」
ガシッ!
「――え?」
ミシミシミシ......。
何故か突然にマルコがアルドの顔を掴んで指先に力を込め始めた。蟀谷が軋む音と激痛がアルドを襲い、涙が滲んで歪む視界の先には口をへの字に曲げて不機嫌な様相を浮かべるマルコがいた。
「くっ!? いっ!?」
「思い出した。お前ェのせいでおれはミケーラに”襲われかけた”んだよい!」
「!?」
―― お、襲われかけた? 襲われッ……え? どういうことだ?
「まさかミケーラさんもアサシン……?」
「いや、なんでそうなる……」
「え?」
「お前ッ…! い、いや、な、なんでもねェ」
「?」
顔を掴まれたままキョトンとしている素振りを見せるアルドにマルコは頬をヒクリと引き攣らせながら徐に顔を逸らしつつ手を離した。
これは予想外だった。意外に天然だと思った――が、天然と言うよりは寧ろ『純粋』と言った方が正しいのかもしれない。
―― あのラクヨウが必要以上に庇ったり構ったりするわけだ。いや、しかし、アルドは男だろ? なのにおれはどうして可愛いって思っちまって……はっ!?
目を大きく見開いたマルコは咄嗟に頭を左右にぶんぶんと振って妙な思考を振り払った。
―― あ、焦った! おれはそういう趣味は持ってねェよい!?
マルコは一瞬だけ危ない道に入ったのかと思って酷く動揺した。そして、額に手を当てて溜息を吐いた。
「あ、あの……?」
「と、とりあえず本業に戻る。……良いな?」
「はァ、おれはいつでも……。それより」
「なんだよい……」
「気のせいかもしれませんが、おれよりもマルコ隊長の方が精神的に堪えていませんか?」
「お前ェがそれを言うか……」
「え?」
意味が伝わっていないのは雰囲気でわかる。
ガクリと項垂れたマルコは重い足を動かして歩き出した。
―― とりあえずだ。さっさと終わらせて船に戻ったら、おれはまずラクヨウに謝罪する。
マルコは心に誓った。誓わざるを得なかった。そして、アルドと共にパッキンと赤のアサシンの長を倒すべく中央に位置するルナネカ島へと再び向かった。
「先に言っておきますが」
「ん?」
「最低限……。マルコ隊長はそう仰いましたが、おれはアサシンを相手に”殺さず”なんてことはできません」
「あァ、わかってる。おれが最低限っつったのはアルドの心を案じて言っただけだ。思いの外”頑丈に生きてる”みてェだし、もう言わねェから気にするな」
「あと、その、おれ……」
「どうした?」
「戦う時に、その、癖…と言うか……」
相変わらず無表情なのだが少し言い難そうに言葉を濁すアルドの様子にマルコは片眉を上げた。
―― なんつぅか、表情と口調のギャップ感が凄ェな……。
これまで見えていなかった”本当のアルド”と接するようになると意外に面白いかもしれない。不思議とアルドをもっと知りたくなってくる。成程、サッチが興味を持つのも頷ける――と、マルコはなんとなく思った。
「普段通りに行動して構わねェ。おれはサポート役に徹するから、一つ一つ潰しに行くよい」
「はい」
片やアルドは傍らにマルコがいるだけで自ずと心が高揚していくのを感じて不思議な気持ちになっていた。これは初めての感覚だった。
覚悟が揺れる?
消える?
辛い?
怖い?
どれも当て嵌まるものでは無い。
―― どうしてこんなに……、妙に落ち着く。何故……?
視線を落としつつ配置図を畳んでポシェットに仕舞いながらそんなことを思っていた。
「アルド」
「はい」
返事をすると同時にぽんっと何かが頭に乗るのを感じて視線を上げるとマルコと目が合った。
マルコがアルドのフードを少しずらしてクシャリと撫でた。
「おれはアルドを信じる。強さも含めてアルドの全てを信じるから」
―― おれの全てを……信じる?
「――だからアルド、お前ェもおれを信じてくれねェか?」
「!」
「ラクヨウやサッチには及ばねェかもしれねェが、努力するからよい」
「ッ……」
少しだけ眉尻を下げて笑うマルコにアルドは自身の胸にトクンッ…――と柔らかく脈打つ感覚を覚えた。
―― もっと……、もっと昔から知ってる……。
重症を負った見ず知らずの自分を助けてくれたあの日、初めて『信じる』ということを教えてくれたのは他でも無いマルコだ。あの日の、あの時の全てを、忘れた事なんて一度たりとも無い。
「信じてます」
「!」
「おれは、ずっと前から、マルコ隊長のことは信じてます」
「……そうか。あァ、なら良い。ありがとよいアルド」
歪みも含みも無い。真っ直ぐな言葉だった。
軽く目を見張ったマルコは胸を撫で下ろすように溜息を吐いた。そして、肩の力を落として微笑を零した。
「終わったら……」
「ん?」
「これが終わったら、コーヒーを飲んで書類仕事をしながら話しますか? そのッ、マルコ隊長が嫌でなければ……ですが……」
最初の砦の前に辿り着いた時、アルドは決してマルコに顔を向けずにそう言った。少し歯切れの悪い言葉尻ではあったが、そこには懸命な気持ちがあった。アルドなりに心を砕いてそう言ったのだろう。
マルコは隣に立つアルドを思わず二度見してしまう程に驚いて目を丸くした。まさかアルドからそんな誘いの言葉をくれるとは思ってもみなかった。
―― 問題があったのは……、おれの方か。
十年前からアルドは信じてくれていたのに、存在を忘れて今の今まで知らずにやって来た。なのに、ここに来てその存在を思い出し、表向きだけの行動や為人を知っただけで疑念や猜疑心を抱いて警戒をするなんて――。見誤っていたのは自分の方だったと改めて反省したマルコは微笑を零してコクリと頷いた。
「楽しみだよい」
マルコがそう返事をすると漸くアルドはマルコに顔を向けた。だが、どうしてか伺い見るような雰囲気にマルコは軽く首を傾げた。
「どうした?」
「嫌……じゃないですか?」
「なにが?」
自分から言っておいて何故そんな風に確かめる言葉を投げ掛けるのか、マルコはキョトンとした。
「おれは不愛想なガキ……ですから」
アルドがポツリと零すとマルコは眉を顰めた。そして、記憶を辿るように視線を彷徨わせて――!――ハッとした。
「まさか、十年前のあれか?」
初めて会った時の隊長達(マルコ含む)のアルドに対する第一印象として出た言葉だ。誰かが口にしていたのを聞いたのだろう。
―― まさか十年もの間、ずっと根に持っていたってェのか……。
チラリと視線を向けるとアルドの口元がゆっくりと孤を描いて笑みを浮かべた。
「冗談です。なんとなく言ってみただけです」
「……」
「マルコ隊長がおれをどう思われているのかはわかりませんが、少なくともおれは――」
「!」
アルドは小さく呟くと砦に向かって走り出した。その一瞬、マルコは自分の耳を疑った。しかし、確かに聞いた。
〜〜〜〜〜
「あなたが好きですから」
〜〜〜〜〜
マルコは思わず天を仰ぎながら額に手を当てた。
「あァ、まったく……。完全な一人相撲だったってェわけかよい。情けねェ……」
悔いる言葉を零して頭をガシガシと掻きながら大きく溜息を吐いた。
「アルドの方がおれの何倍も器がでかいよい」
先に行ったアルドは砦の壁に手を掛けては器用に壁伝いに登って行く。小さな出っ張りがあればどこでも登れるのだろう。
マルコは大したものだと感心しながらアルドと算段した通りに正面から堂々と殴り込みを開始した。
〜〜〜〜〜
「おれが囮になる。多少傷を負っても再生の炎で回復できるからよい」
「アサシンは覇気も使えますから気を付けてください」
「ん、了解。おれは何も悪魔の実の能力だけで伸し上がった口じゃねェから安心しろよい」
「はい。マルコ隊長の強さは化物染みてますから、心配はそんなにしていません」
「化ッ……、あのよい、なんつぅか、その、もう少し言い方っつぅもんがあるだろ?」
「おれ、何か間違ったことを言いましたか?」
「……」
〜〜〜〜〜
マルコは囮として突入しながら先刻交わした会話をふと思い出していた。アルドは言葉こそ丁寧なのだが、割と結構な毒を吐くことを知った。無表情で感情の起伏無くあっさりと吐き出される毒《言葉》は、相手にどう伝わるのかをわかっていて言っているのかどうか怪しくて、冗談なのか、本気なのか、その判断が付き難い。
―― 教育……しねェとな。
マルコは敵の攻撃を躱しながら少しだけラクヨウの苦労を知った気がして軽く同情した。
ただそれでも庇護欲が沸々と湧いて来るのが不思議なところで、もしこれが――。
―― ッ……、馬鹿なことを考えるな。今は現実に集中しろよい。
自分自身に叱咤して言い聞かせるように心内で何度も何度もそう繰り返す。その度にツキリと胸が痛むのは未だに引き摺っている証拠でもある。
もしアルドが#イルマ#なら……――と、そんな考えが頭に過るのは相当病んでいると心内で舌打ちをした。
「くそ! まさか生きていたなんて!」
「長に伝えなくては!!」
「コルティノーヴィスだと!?」
「バカな!? 奴は死んだはずだ!!」
「同じ赤!? バカな!!」
「くっ! か、敵うわけがない!! 相手はマスターだぞ!?」
「白ひげ海賊団にアサシンがいるなんて誤算にも程がある!! それもまさかあのッ――!!」
「はっ…くっ…ば…化物…が……」
確実に各所の砦を潰していく。砦を潰す度に赤い衣服を纏うアサシン達が酷く動揺して怯んでは死んでいく。
アルドの戦いは見事なもので、一人で行動する理由がよくわかる。協力すると言っても生半可な強さでは却って足手纏いにしかならない。訓練に出ないのは必要が無いからだと言っていたと聞くが、納得もできる。あまりにも突出した強さだ。人のそれとは思えない程の素早さと、必要最小限に抑えた無駄の無い身の熟しは、マルコでさえ目を見張る程だ。
―― 化物…か……。
相手の言葉に動揺すら見せない。返り血を浴びても表情一つ変えない。左腕のアサシンブレードと右手には短剣を、時にはアサシンブレードを収めた左手で腰巻ベルトに装備してある投げナイフや煙幕等を巧みに操って敵を駆逐していく。攻撃は確実に致命傷となる部分を狙い、一撃のもとに倒していく様は圧巻だ。
飛んで、返して、跳ねて、躱して、回って、また高く飛ぶ。
腰元の赤いサッシュが優雅に舞う度に血飛沫が飛び散る。そうして赤い衣服を纏うアサシン達は次々に事切れていく。
「アルド、大丈夫か?」
「……なにも、問題は」
「ここ」
「――ッ……」
最後の砦を制した時、マルコはアルドの胸元に人差し指でトンッと突いた。
「痛く無ェか?」
そう問い掛けるマルコにアルドは無表情だが少しだけ眉間に皺を寄せた。
―― 何が痛いと言うのか……。
アルドは軽く首を傾げた。マルコが何を言わんとしているのか理解ができなかった。すると、マルコが心配げな表情を浮かべた。
―― ッ……!
その表情を、目を、何より自分に向けられるマルコの心が、アルドの感情を大きく揺さぶり掛けた。途端にアルドは僅かに息を呑んだ。
―― ……痛い、……痛い?
自ずとマルコに突かれた胸元に右手を沿えた。
「大した強さだ。おれでも敵わねェかもしれねェが……、やっぱり一人にはしておけねェよい」
「何故…ですか…?」
「血」
「え?」
マルコの手がアルドの頬にそっと伸びた。ふわりと添えられると頬に何かが付いていたのか、親指で拭われる。返り血だ。
「まるで涙みてェだ」
「涙……?」
「血の涙……、いや、なんでも無ェ」
「……」
マルコは苦笑混じりの笑みを零すと踵を返して歩き出した。
―― 血の涙 ――
そう言って言葉を噤んだ彼の心は何を思ったのだろう?
何を感じたのだろう?
―― こんな……、おれみたいな奴が家族にいたら、あなたは嫌……ですか?
ツキンッ!
―― アサシンが家族を持つのは、おかしい……ですか?
ズキンッ!
―― こんな血に塗れたアサシンは、いない方が…良い……ですか?
ドクン......ドクン......――。
「碌なこと考えるな」
「……」
「アルド」
マルコは振り向いてそう声を掛けた。だがアルドは無反応で立ち尽くしたままだ。
マルコは小さく溜息を吐くとアルドの側へと歩み寄った。その間にハッとしたアルドは小さく首を振りながら「いえ……、別に何も」と答えて顔を上げた時、直ぐに目を丸くした。
「――ッ!?」
暗い暗い奈落の底へと転がり落ちる気持ちは下降の一途を辿り、思考はマイナスの坩堝に陥っていく感覚の中、突然に視界がマルコの衣服の色に覆われた。
落ちるアルドの気持ちを救い上げる様にマルコがアルドを抱き寄せていたのだ。
「辛いなら辛いと口に出して言え。そうすりゃあ少しは楽になる。なんでも一人で消化しようとするな。ラクヨウが度々お前の部屋に行くのは、そういうお前の心の底で悲鳴を上げてんのが痛くて、見てられなくて、支えになってやりたくて、だからあいつはお前を必要以上に気に掛けて庇うんだろうよい」
耳元で言い聞かせるようにそう呟いたマルコの言葉は、直接アルドの脳を刺激した。
心臓が激しく高鳴り鼓動が早くなる。
身体が急に熱を帯び始めてこれまで以上に大きく動揺した。
―― な、なに? これはッ……なに?
ただマルコに抱き締められているだけなのに、ただそれだけなのに、今までに感じたことの無い大きな動揺と身体の異常発熱に、アルドは混乱した。
―― ッ、……さん…マル…コ…さん……ダメだ。ッ、違う、おれは、おれはッ……!
アルドは身体を捩って離れようとしながら顔を上げて口を開いた。
「気に掛けて下さるのは感謝しています。ですが、必要以上に心配されること程に辛いものは無い」
「……」
「大丈夫です。おれはッ、大丈夫ですから……。必要以上に心配しないでくれませんか?」
間近でお互いに顔を見合わせながらアルドは強く言い切った。しかし――
マルコは少しだけ眉を顰めると小さく溜息を吐いた。
「それ、説得力が全く無ェよい」
「え?」
ツゥ......
ポタッ......
ポタッ......
「気付いて無いのか?」
「なにを……?」
ポタッ......
ポタッ......
「お前、泣く程痛いなら、泣く程辛いなら、素直に言えよい」
「なにを言って……」
頬に違和感を感じたアルドは自身の手で頬に触れた。
温かい滴に触れる。
――!
指が濡れていることに驚いて目を見張った。
―― 泣いた…のか? 泣いた……? 何故……?
視界が歪んで止め処無くポロポロと落ちて行く涙。
アルドはどうして良いかわからなかった。
「おれはお前をよく知らねェから、お前の奥底にある心をラクヨウ程には察してやれねェかもしれねェ。けど、必要以上だとかそんなこと口にしねェで、素直に思いを受け取れよい」
「……」
「お前がどんなに拒否してもおれはそれでもお前に手を差し伸べる。おれはもう後悔したくねェんだ」
「後…悔……? ッ!」
マルコの腕に俄かに力が込められると身体はより密着してアルドは声を詰まらせた。
高鳴る鼓動と身体に集まる熱がより一層高まって大きく動揺し、目は白黒する程に驚きに満ちて混乱する。
―― い、今は兎に角離してもらわなければ! これ以上はおかしくなってしまう!
「わ、わかりませんが、とりあえず離してもらえませんか?」
懸命に顔を上げてマルコにそう訴えた――が、マルコは表情一つ変えない。寧ろギュッと余計に抱き締めて来た。
「断る」
「はい?」
ぎゅうぅぅぅっ!!
「!?」
「細ェ」
「え?」
「お前ェ……、細いな」
「そ、そう……ですか?」
強く抱き締められながらアルドがキョトンとする一方、マルコは抱き締めるアルドの身体に違和感を覚えていた。
別に男を抱き締めてどうこうなんて考えはない。寧ろそんな趣味を持ち合わせてすらいない。当然だが――。
―― 男……だろ? なのにやけに細過ぎやしねェか?
ただ単に涙を零したアルドの為を思い、泣きっ面を見ない為の処置のつもりで抱き寄せたのだが、細身とは言え男ならばそれなりに骨は太く筋肉もあって然りのはずだ。なのに――妙に細くて少し柔い。
「アルド」
「はっ、はい」
「お前ェ、ちゃんと飯は食ってんのか?」
「え? はァ、食べてます…けど、……それが何か?」
「あー、……よい」
「……よい?」
マルコが何を考えているのかわからず、アルドは思わず釣られてマルコの口癖を言った。
だから何だという感じで眉間に皺を寄せて疑問符を飛ばすアルドに対してマルコは少し眉をピクリとしたものの真面目に考えている。
―― 栄養が全く足りて無ェんじゃねェのか?
そんなマルコの思考とは裏腹にアルドはふと我に返って「あ、」と声を零した。すると、漸く抱き締める腕を緩めたマルコがアルドの顔を覗き込んだ。アルドも極々自然体で顔を見合わせて口を開く。
「まだ終わっていません。肝心のアサシンの長とパッキンを倒していません」
「あー……、そう…だった」
色々あり過ぎた為か、アルドは当の最終目標をすっかり忘れていた。
―― ……らしくない、本当に。
これは仕方が無いことだった。こんな風に誰かに抱き締められた経験は一度も無く初めてのことだった。
驚いて、動揺して、混乱しながらも感じた。”あの時と同じ”温もりを――。
―― ミケーラさんがスキになるのは仕方が無いことですね。
アルドはナースのミケーラのことををふと思い出してクツリと笑みを零した。そして、納得したように頷いた。
「それ、なんの笑みだ?」
「あ、ミケーラさんを少し思い出して……」
ガシッ!
「――え?」
ミシミシミシ......。
何故か突然にマルコがアルドの顔を掴んで指先に力を込め始めた。蟀谷が軋む音と激痛がアルドを襲い、涙が滲んで歪む視界の先には口をへの字に曲げて不機嫌な様相を浮かべるマルコがいた。
「くっ!? いっ!?」
「思い出した。お前ェのせいでおれはミケーラに”襲われかけた”んだよい!」
「!?」
―― お、襲われかけた? 襲われッ……え? どういうことだ?
「まさかミケーラさんもアサシン……?」
「いや、なんでそうなる……」
「え?」
「お前ッ…! い、いや、な、なんでもねェ」
「?」
顔を掴まれたままキョトンとしている素振りを見せるアルドにマルコは頬をヒクリと引き攣らせながら徐に顔を逸らしつつ手を離した。
これは予想外だった。意外に天然だと思った――が、天然と言うよりは寧ろ『純粋』と言った方が正しいのかもしれない。
―― あのラクヨウが必要以上に庇ったり構ったりするわけだ。いや、しかし、アルドは男だろ? なのにおれはどうして可愛いって思っちまって……はっ!?
目を大きく見開いたマルコは咄嗟に頭を左右にぶんぶんと振って妙な思考を振り払った。
―― あ、焦った! おれはそういう趣味は持ってねェよい!?
マルコは一瞬だけ危ない道に入ったのかと思って酷く動揺した。そして、額に手を当てて溜息を吐いた。
「あ、あの……?」
「と、とりあえず本業に戻る。……良いな?」
「はァ、おれはいつでも……。それより」
「なんだよい……」
「気のせいかもしれませんが、おれよりもマルコ隊長の方が精神的に堪えていませんか?」
「お前ェがそれを言うか……」
「え?」
意味が伝わっていないのは雰囲気でわかる。
ガクリと項垂れたマルコは重い足を動かして歩き出した。
―― とりあえずだ。さっさと終わらせて船に戻ったら、おれはまずラクヨウに謝罪する。
マルコは心に誓った。誓わざるを得なかった。そして、アルドと共にパッキンと赤のアサシンの長を倒すべく中央に位置するルナネカ島へと再び向かった。
痛 み
【〆栞】