24

ヒンプ諸島でウボンビ島の者達の願いを引き受けた後、たった一夜にしてパッキンは捕縛された。
パッキンはウボンビ島の者達によって富を無くし、身一つで島流しとなった。
こうしてヒンプ諸島は白ひげ海賊団の縄張りとなったことを宣言し、ログポースも溜まったことで無事にこの島を出発した。

現在、モビー・ディック号は大海原を優雅に航行して、甲板ではいつもと変わらない時が流れていた。
1番隊、2番隊、5番隊、7番隊、8番隊、そして16番隊の隊員達が訓練を行っている。
彼らの訓練を各隊長達が厳しい目を向ける中、1番隊の隊長であるマルコの姿はそこになかった。
これは割といつものことで、ウボンビ島で溜まった書類処理の仕事に追われている為、訓練に顔を出さずに部屋に籠っているのだ。
更に、訓練に顔を出していない者がもう一人いる。
訓練に精を出す彼らにとっては何ら変わることの無いいつものことで特に気にする者はいない。

「よっ!」
「おっと! 相変わらず隙を見つけんのが上手ェなハルタ!」
「そう言うラクヨウも随分と集中力が増したよね! 密かに訓練してるってわけ?」
「ガッハッハッ! バレちまったか!」
「嘘だね。絶対嘘!」
「おう、おれがそんなクソ真面目なことするかよ!」

ラクヨウはそう言うとハルタに反撃した――が、ハルタはヒラリと躱してラクヨウから距離を取った。

―― おれァどこかの誰かさんと違ってクソ不真面目だからなァ。

ニヤリと笑うラクヨウと不敵な笑みを浮かべるハルタが景気良く訓練をするその横で、エースはイゾウに「なァ、アルドってどいつだ?」と声を掛けていた。
ビスタとイゾウは目をパチクリして顔を見合わせ、エースに視線を戻して「「は?」」と声を揃えて驚いた表情を浮かべた。
そう、2番隊隊長ポートガス・D・エースは、未だにコルティノーヴィス・アルドの存在を確認できずにいた。
名前だけしか知らず、未だに姿形を目撃することができないでいたのだ。

ビスタとイゾウは苦笑を浮かべた。

「アルドは今頃マルコの所にいるはずだ」
「何でだ? 7番隊の隊員だろ?」
「エースの”大好きな書類処理の仕事”を手伝わされてんだよ」

イゾウが皮肉を交えてそう言うとエースは思いっきり顔を顰めた。

「うげ……! そ、そっか、……あー、そいつは大変だ」

エースは視線を泳がせてバツの悪そうな表情を浮かべると、そそくさと訓練へと身を投じていった。
恐らくエースは未だに未提出書類を抱えたままなのだろう。
ビスタとイゾウは笑ってエースを見送った。

いつもと変わらない時が過ぎて行く。だがいつもと大きく異なった事象が一つだけあった。
アルドは相変わらず7番隊の所属であることは変わらないのだが――。

「レンタルさせろい」
「おう、どうぞ」

マルコがラクヨウに声を掛けると二つ返事で了承し、立ち尽くすアルドの首根っこを掴んでマルコに連行される光景が毎日繰り返されていた。
マルコが常々一人で仕事を熟してきた書類仕事をアルドが手伝うようになったのだ。

「未提出者がいますね」
「エースだねい?」
「はい」
「ったく、今は訓練中か。……まァ、多分できてねェんだろうよい」
「確か2番隊は武器部品の買い付けでしたね」
「あァそうだよい」
「エース隊長の部屋に行って代わりに処理してきます」
「何?」
「フォッサ隊長に用事もありますから、そのついでに新しく入った部品を教えて貰えたら処理できますので」

アルドはそう言って立ち上がった。

「フォッサねい……って、ちょっと待て」
「何です?」
「アルドはフォッサとは話をするのかよい?」
「あ、はい。武器のことで色々とお世話になっていますから、それなりに。では行って来ます」

アルドが軽く一礼してから部屋を出て行った後、マルコは仕事の手を止めてアルドが座っていたソファを見つめて呆然としていた。

「職人気質で気難しいフォッサといつの間に……」

何故か不思議と敗北感を感じた。
何故そんな気持ちが沸々と湧くのか不思議で仕方が無い。
アルドはただの義弟だ。
それ以上でも以下でもない。
いや、それ以上があったら本気で自分はどうかしている。
ただ――。
ヒンプ諸島以降、こうして共に過ごす時間が増えてからというもの、時々ふと思うことがある。
時折感じるその雰囲気、身の熟し、何より仕事の合間で交わす会話の中で視線が合うと妙に懐かしい気持ちが込み上げて戸惑いを感じる。
偶に見せるちょっとした表情や仕草もまた”見覚えのある”ような錯覚を感じてかぶりを振ることが多くなった。

―― 同じアサシンだからだよい。重ねて見てるだけだ。

そう自分に言い聞かせるものの納得していない自分がいて、また疑いの目を向けてしまう。
それは決して『敵』だとか『裏切り』等といったものではなくて、そう――実は男では無いのでは――といったものだ。

書類を差し出して来る手がまず男とは思えない。
小さく細くて軟に思える。
細身だからそれ相応なのだろうが、もう少し骨ばっていても良いはずだとマルコは思うのだ。
しかし、あの突出した強さ、素早さ、身の熟しを目の当たりにしただけに、それらは到底『女』にできるような動きとも思えない。

島を出港して以降、何度か食堂で鉢合わす度に無理を言って色々と食べさせようと試みるが――「肉ばっかり食わせてアルドを太らせる気か!?」――と、流石にサッチからアルド側に立って抗議され、その後にラクヨウが部屋に怒鳴り込んで来ることが多々あった。

「男ならもっと鍛えさせろよい」
「あァ!? あいつはアレで十分だ!!」
「細過ぎんだよい」
「んー? あァそうか、マルコは豊満で引き締まったタイプが好きだったな」

ラクヨウはそう言って何やら手を胸元に丸い形を表して笑みを浮かべた。

「は? 何の話だよい? おれはアルドの話をしてんだ」
「ガッハッハッ! 流石にミケーラを抱くだけのことはあるな」
「だから何の話だよい!? おれの好みなんざ関係無ェだろい!?」

ラクヨウにはほとほと困ったもので、話が全く噛み合わない上にミケーラとの関係を口にし始めるのだからわけがわからず、それ以降はアルドに無理に食を進めることは止めたのだが、やはりあの細身が気になって仕方が無かった。

変な疑いも気も起こすな。
また元の木阿弥とする気か。

マルコは自分にそう言い聞かせるように両手で頬を軽く叩いた。

「まァ良い。これ以上は贅沢だよい。仕事を手伝ってくれるだけ有り難いしよい」

溜息混じりに独り言ちると羽ペンを手に再び仕事に没頭し始めた。





アルドはエースの書類を片手にとある部屋へと招かれていた。そこで差し出されたコーヒーを遠慮がちに手を伸ばして一口ゴクリと飲んでチラリと前に視線を向けた。
今アルドの目の前にいるのは、ナース服に身を包んだミケーラだ。
ミケーラは妖艶に足を組み直してクツリと笑みを浮かべながら肩に掛かる髪をサラリと払い除けた。その仕草から女特有の色気が垣間見える。しかし、アルドは色気云々等の知識も感覚もゼロに等しい為、彼女の動作の一つ一つが”ただの無駄な動き”にしか見えない。
ミケーラから視線を外して静かにコーヒーを嗜む。
なんとも淡泊なアルドに対してミケーラは「本当に噂通りな人ね」と感心するように呟いた。そして、「ねェ」と身を乗り出して声を掛ける。

「……なんです?」

気乗りの無い返事ではあるが、アルドはコーヒーカップをテーブルに置くと背筋を伸ばして話を聞く態度へと改めた。それにミケーラは目をパチクリとしたがクスッと笑った。

「ふふ、本当にクールで生真面目なのね」
「あの、話があるのなら早くして頂けませんか? この書類をマルコ隊長の元に届けないと仕事が終わらないので」
「じゃあ私が後でその書類を届けに行ってあげる」

ミケーラはそう言って手を差し出した。以前の様に任せて貰えると思ったのだろう。しかし、アルドが首を左右に振ったことでミケーラは不思議に思って首を傾げた。

「今はマルコ隊長の仕事を手伝っている身です。どのみちマルコ隊長の部屋に戻らないといけないので……」
「あら、そうなの?」

ミケーラは残念とばかりに露骨に溜息を吐いた。

――本当にマルコ隊長のことがスキなんですね。

スキという感情がよくわからないアルドにとってはまるで他人事で興味も無い。再びコーヒーカップに手を伸ばして飲み始めた。
ミケーラは立ち上がってアルドの隣に移動して腰を下ろすと急に身体を寄せて密着して来た。
アルドは手を止めて目をパチクリと瞬きながらミケーラへと顔を向ける――が、フードを深く被っている為にその顔は影となって口元しかわからない。
ミケーラは近くに顔を寄せてアルドの顔を見ようと覗き込んだ。

―― あら……、意外にも綺麗な顔をしているわね。結構イケメンじゃない。

新人ナースのリータによると「優男風のイケメン」と言っていたが、アルドの顔を見て納得した。確かに優男のように見えるし何よりイケメン……と言うよりも美男子と言った方が良いのかもしれない。

「ねェ、あなたは好きな子がいたりするのかしら?」
「……何故?」
「ふふ、勿体無いと思ったの」
「勿体無い?」
「あまり気にしないで? こっちの話だから」

ミケーラはそう言うと話を変えた。

「ねェ、この頃あなたはマルコと一緒にいることが多いわよね」
「はァ……、仕事で借り出されていますから。……それが何か?」
「その仕事はいつ終わるの?」
「この書類が最後だと思います。殆ど処理を済ませましたから」
「そう!」

ミケーラは途端にパッと表情を変えた。とても嬉しそうだ。それが何を意味しているのか全くわかっていないアルドは、残ったコーヒーを口に流し込んで飲み終えると席を立った。

「じゃあ、おれはこの書類を処理しにマルコ隊長の部屋に戻りますので……」

そう言って部屋のドアへと向かおうとするとミケーラに腕を捕まれた。何事かと目を向けるとミケーラが上目遣いで少し甘えた声音を発した。

「終わったら教えてくれないかしら? お願い」

そう頼み込んだ。

「……はい、……わかりました」

アルドはそう返事をすると軽く一礼してミケーラの部屋を後にした。

「人に物事を頼む時にどうしてわざわざ声音を変えたのか……。よくわからない人だ」

ミケーラからすれば色仕掛けでアルドを誘導させるつもりだったのだろう。しかし、肝心のアルドには全く通じていない。寧ろ、また余計な疑問を抱かせただけだった。
このことについては後にラクヨウに質問して爆笑されることになるのだが、それはまた別の話――。

さて、書類を片手に足早にマルコの部屋へと向かっていたアルドだったが、角を曲がった折にふと思い出したことがあって足を止めた。

〜〜〜〜〜

「お前ェのせいでおれはミケーラに襲われかけたんだよい!」

〜〜〜〜〜

――「あ、」

果たしてあんな約束をして良かったのだろうか。先程の事を予めマルコに報告をしておいた方が良いかもしれない。その後でミケーラに連絡をすれば流石に大事には至らないだろうし、自分に飛び火《マルコからの説教》することも無いだろう。

―― ……たぶん。

しかし、ミケーラの嬉しそうな顔が脳裏に浮かぶと無下にしては可哀想だとも思った。

「……」

少し考えたが人の恋路に疎いアルドに答えを出せるわけもなく、とりあえず仕事を終わらせてから考えようと開き直った。
これはあくまでもマルコとミケーラの二人の問題であって、そこに立ち入るべきではないというのがアルドの見解が根本にある。なんとなくチクリと胸が痛む気がしたが、単なる気のせいだとして無視することにした。
アルドは部屋に戻るとエースに代わって処理した書類をマルコに見せた。

「流石。間違い無く合格だよい」

マルコは上機嫌に笑みを零してサインした。

「終わりですか?」
「あァ、思ったより早く終わって助かった。ありがとよいアルド」
「いえ、お役に立てて良かったです」

アルドはそう告げると「じゃあ、おれはこれで」と踵を返して部屋を出て行こうとした。その時、後ろから肩越しに伸びて来た手が開けたドアを押してパタンと閉じられた。振り返るとマルコが直ぐ目の前に立っていてアルドを見下ろしている。

「あの、仕事は無事に終わりましたし、おれは部屋に戻りたいのですが……」
「少しだけ話しがしてェんだ」
「え?」
「ちょっと来い」
「!」

マルコはアルドの腕を掴むと再びソファに座らせた。その正面の位置に椅子を置いて腰を下ろした。アルドは変な気分だった。先刻にも同じようにミケーラに腕を引っ張られてこの様に対面していたからだ。

―― やはり互いに”スキ合っている”から行動が似通るのだろうか……?

アルドがそんなことを思って軽く首を傾げた。そんなアルドを不思議に思ったマルコもキョトンとしつつ同じ方向に首を傾げて「どうした?」と声を掛けた。

「あ、いえ、別に……。なんでもありません」
「コーヒーでも飲むか?」
「えっと……、今はそんなに喉も乾いていませんから、お気遣い無く」

―― さっき頂きました。……ミケーラさんにですけど。

マルコは「そうかい」と言うと徐に腰を上げてアルドに手を伸ばした。マルコの手がフードに触れてそれを払い除けた。
アルドの顔が明るみに出たが相変わらずの無表情だ。
アルドがじっとマルコを見つめる一方で、マルコもアルドの顔を観察するように見つめて、お互いの視線がぶつかった。

マルコの青い瞳はいつ見ても印象的だ。
その目が自分に向けられる度に、初めて会ったあの時のことを思い出す。
その目を見る度に、心臓がトクンと大きく跳ねる。

久しぶりの感覚――。これはこの船上で初めて会った当初の頃によくあった”症状”だ。
当時はこの症状が不慣れな為に大きく戸惑いはしたが、今となっては――青い瞳に見つめられると心臓が跳ねるという現象が起こるものなのだ――と、変な解釈でもって無理矢理に納得したおかげで戸惑うことは無くなった。

だからこうして青い瞳を直視しても平気で見つめ返すことができる。

「何についてのお話を?」
「アサシン」
「……!」

再び椅子に腰を下ろしたマルコは両腕を組んでアルドをじっと見つめた。アサシンの言葉を口にした瞬間、僅かにアルドの表情が固くなった気がした。
アルドに聞きたいことは勿論『#イルマ#について』なのだが、本題に入る前にまずアサシンそのものの実態を詳しく知っておきたいと思ってのことだ。
アサシンの発祥や成り立ちは勿論、どういう者達がアサシンとなるのか、どういう経緯でアサシンとなるのか、それを知りたい。更に『教団』という言葉を耳にした。それによってアサシンは組織化された集団でもあるということをヒンプ諸島の一件で初めて知った。
あの時、アルドより先に船に戻ったマルコはオヤジと慕う白ひげに、パッキンとそれに従う集団をアルドと共に殲滅したことを報告した。その際、白ひげの表情が俄かに厳しいものに変わったのをマルコは見逃さなかった。
そもそも白ひげ自身がアルドを船に連れて来たのだ。恐らくアサシンについて色々と知っていてもおかしくない。これまでも詳しく話を聞こうとしてもはぐらかされて来た経緯から、敢て今まで訊ねようとは思わなかった。しかし、やはり立場も手伝ってか、情報は手元に置いておきたい――。

「以前、王族が皆殺しに遭った事件が新聞に載っていたが、ルナネカ島でのアルドの戦い方を見て本物だと納得した」

この部屋を訪れた時に海図を貼ったボードの側に新聞の切り抜きの記事が同じように貼られていたのをアルドは思い出した。

「王族……。確か、切り抜かれた記事がそこにありましたね」

マルコは頷くと立ち上がってボードに貼ってあった切り抜きを数枚手に取ってテーブルに並べた。アルドは一枚ずつ手に取ってそれを見つめた。

「この王家の一族郎党が全て殺された事件はアサシンの仕業で間違いねェんだな?」
「はい、恐らくそうだと思います」
「じゃあ聞くが、これはアサシンの集団で行われたことか? それとも個人――」
「いえ、一人です」
「……何故一人だと?」
「この手の仕事は『一人に限る』ということです。仮に他に行動する者がいたとしても、彼らは恐らく『周囲にいる者を殺せ』と命じられるだけですから」
「それはアルドの経験上でそう考えられるってことかい?」
「はい」
「……」

アルドは記事を見つめたまま表情一つ変えずに淡々と答えた。そんなアルドをマルコは黙って見つめていたが眉間に皺を寄せると深く溜め息を吐いた。

―― 経験上…か。こういう仕事をアルドもやっていたってことか。

「不安ですか?」
「……なに?」
「いつか……、いつかおれがアサシンとしてこの船に牙を向けるのではないかとお考えなのでは?」
「!」
「マルコ隊長はこの船の纏め役でオヤジ様の右腕です。周りが認めても最後まで警戒して注意を払うのは当然です。おれはこの船の人達との関わりが薄い分、そう疑われても仕方が無いことだと思っています」
「ッ…、アルド、それは」
「ただおれは」
「アルド!」
「――……はい」
「確かに少し前まではそう考えていたが今は違う。なにもお前を尋問しようとして引き留めたわけじゃねェし、アサシンの話題を出したのはお前を責める為でもねェんだ。勘違いするな」
「……」

アルドの表情は相変わらずの無表情だが、言葉の端々に緊張感が漂っているようにマルコは感じた。
先の島で行動を共にして以降、書類仕事の手伝いもあって一緒に過ごす時間が増えた。少しは距離が縮まっても良いはずなのだが、まだアルドは距離を取るどころか再び壁を作ろうとしているようにマルコには思えた。

「おれはただアサシンってェのを詳しく知りてェんだよい」
「何故……ですか?」
「知る必要があると思ったからだ。それ以外に理由がいるかい?」
「何故必要かは……聞いてはいけないのですか?」
「何故必要か……か……」

アルドは記事をテーブルに戻して視線をマルコに向けた。マルコもまた真顔のまま表情を変えずにじっとアルドを見つめ、お互いの視線が再びぶつかり合う。

―― より深く知る為だ。アルド、お前を……、そして#イルマ#を……。

マルコは首筋に手を当てて軽く撫でると小さく溜息を吐いた。

「話を変える」
「?」
「アルド、何故アサシンのお前がアサシンを殺すのか。その理由を教えちゃくれねェか?」
「……理由は」
「理由がいるかってェのは無しだ」
「――ッ……」

マルコが少し意地悪な笑みを浮かべるとアルドは僅かながらに眉をピクリと動かした。

「それを知ってどうすると?」
「理由次第で手を貸すかどうかを判断する為だ」
「ッ……! 本気…ですか?」

アルドの問いにマルコはクツリと笑うと軽く頷いてみせた。直ぐに真剣な表情に戻したマルコは、何故アサシンについて知りたいのか、その本当の理由を話そうとした。

「待ってください」
「……アルド?」

マルコが口を開きかけた時、アルドは制止を呼び掛けた。表情は変わらないがピリッとした空気を纏い始めているのを感じたマルコは眉間に皺を寄せた。

―― なんだ? 今のは話を止める制止じゃねェ。

「敵船が近くにいます」

アルドは少し声を低くしてそう言った。

「見聞色の覇気……ってェわけでもねェな。何故わかる?」
「覇気というより勘に近いと言った方が良いかもしれません。空気を感じるというか……」
「それはアサシンの特異能力かい?」
「いえ、おれ特有の感じ方です。これは上手く口では説明できませんが、僅かに張り詰めた空気が近付いて来るというかなんと言うか……」

アルドが説明に苦慮するとマルコは頭を振った。

「いや、わかった。今日は甲板で訓練しているからよい、訓練の延長に」
「疲れていませんか?」
「――……そうだった」

アルドの言葉にマルコは「あー」と声を漏らした。2番隊、7番隊、8番隊が絡んだ訓練は大概『本気』が混じった訓練になることをマルコは忘れていた。
マルコが眉間に手を当てて溜息を吐いた時、ソファに座っていたアルドが立ち上がって小手具の具合を確かめ始めた。

「アルド、許可を取れよい」
「ッ! ……許可…してください」
「単独行動は却下だ」
「では、どう動けば良いと?」
「おれと殲滅に向かうよい」
「! ……わかりました」
「船長は『捕縛』だ。良いな?」

マルコがそう釘を刺すように忠告するとアルドは小手具を弄る手をピタリと止めてマルコに顔を向けた。フードを外されたままの顔は無表情ではあるが、戸惑いの色が見え隠れしているのが目に見えてわかった。更に――

ドクンッ――!

―― な、んだよい……。何故重なって見えんだよい。こいつはアルドだ。なのに何故……どうして#イルマ#とこうも重なって見える?

ふと懐かしい顔がそこに見え隠れしていることにマルコは気付いて戸惑った。
なるべく顔に出ないように動揺を隠すマルコに対し、そんなマルコの心情の変化に気付いていないアルドは敵襲に対する対処法を考えていた。

「では、逃げられないように」
「アルド」
「……はい」
「お前はッ……!」
「?」
「ッ……、いや、なんでもねェ」

アサシンについて知りたいと思う本当の理由をアルドに話そうとしたからかもしれない。マルコは無理矢理そんな理由をつけて心の底に抑え込んだ。

「……って、それを使うのか!? 捕縛だって言ったろうがよい!」

カチャカチャと小手具を弄るアルドの手に視線が行くとマルコは目を見張って慌てて声を掛けた。

「えェ、足を斬れば捕縛し易いと思ったので」
「んなっ!?」

アルドは平然としてそう言った。

「そ、それは冗談……じゃねェな。本気かよい!?」
「捕縛するならアサシンブレードで足の腱を切断すれば逃げられませんし、簡単に済む話ですから」

アルドが事も無げにそう言うと手首をクイッと曲げてシャキンとアサシンブレードを出した。得意気とかでは無く、無表情のまま当然のようにしれっと言った。そんなアルドに対してマルコは引き攣った笑みを浮かべることしかできなかった。

―― ……アサシン、……マジか。

マルコはアルドと共に部屋を出ると甲板を目指して走るのだが、気持ちはかなり複雑だった。
足の腱を切られたら一生歩行困難者となる。助かったとしても『海賊稼業』からは完全に足を切る――じゃない、足を洗うことになるだろう。それも強制的にだ。海賊からすればそれは生き地獄のようなもの。まだ殺された方がマシかもしれない。

―― 対象がおれだったとしたらゾッとするよい。

アサシンについて知りたい以前に、まずアルドの『常識』というものがどういうものなのかを知るべきじゃないだろうか――と、マルコは心の底から思った。

大きな変化

〆栞
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