26

夜風に当たろうと甲板に姿を現したアルドは船尾《いつもの場所》に向かおうとした。その途中、ふと見張り台に視線を向けた。見張り台には必ず誰彼かがいるはずだが、そこに人影は無い。今夜の見張り番は確か15番隊のはずだ。
アルドは軽い身の熟しで見張り台に上った。

「ぐがー……ぐごー……」

見張り役の隊員が鼻提灯を掲げて気持ち良さそうに寝落ちしている。

「……」

アルドは丁度良いとばかりに見張り台に立って彼の代わりに見張り役を担うことにした。

―― いつだったか以前にも似たようなことがあったな。

そう思いながらマントを外して眠っている隊員の身体に掛けてやる。そうして周辺の海を見渡した。また空を見渡せば太陽はとっくに落ちて月が顔を出し、その周りを星々が瞬いている。
頬に触れる風が心地良く、海は至って穏やかだ。気候が非常に安定していることから次の島に近付いていることがわかる。

―― 暫く離れたい。でも……、許可は出ないだろうな。

アルドは遠い水平線を見つめながら縁に両肘を突いて小さく溜息を吐いた。
丁度その頃――
ラクヨウがサッチやイゾウにハルタ等、隊長達と共に船長室を訪れていた。

「揃いも揃ってどうしたァ?」

白ひげはそう言ったが、何用かはラクヨウの表情を見て直ぐに察した。そして、面子を見ればアルドについてあまり詳しくない者もいたことから、以前にマルコ達に話したように大まかな話を聞かせることとなった。
白ひげが話し終えると船長室に沈黙が流れた。この機に再びラクヨウが口を開こうとした時、ニヤリと含みのある笑みを浮かべた白ひげと目が合った。ラクヨウは目を丸くして言葉を飲み込んだ。

「グララララ、お前ェが話をしなくともなんとなくわかっちまってなァ。そのことはアルドにとっちゃあでけェ秘め事だ。そう簡単に話をしてやるこたァねェぜ」
「あー……そうか、知っちまったのか。流石はオヤジってとこだな」
「当人達の問題だ。そこに首を突っ込むような野暮はすべきじゃねェよ。そう言えばお前ェらは納得するか?」

白ひげが片眉を上げてそう言うと隊長達はお互いに顔を見合わせた。――オヤジがそう言うなら――と、肩を竦めたりクツリと笑ったりして素直に納得していた。しかし、サッチだけが眉間に皺を寄せて少し不満顔だった。

「聞きてェなら直接本人から聞けってェことだ。まァ、薬指を代償にってことになるかもしんねェがなァ」
「「「この頃、ラクヨウのその”薬指の拘り様”の方が凄く気になるんだが???」」」

サッチの肩をバシバシと叩きながら笑うラクヨウに隊長達が声を揃えて言った。
ラクヨウのその発言を受けて疑問に思う隊長達の前でサッチは頬をヒクリと引き攣らせて青褪める。そして、自分の左手の薬指を右手で庇う仕草を見せた。それには白ひげも眉を顰めて「なんだァ?」と不審そうな目を向けた。

「実はなァ――」

これはただ単に隊長と部下のちょっとしたやり取りの話なのだが――と、前置きを言いつつアルドから誓約として言われた『薬指切断の刑』を説明した。
なんとなく、なんとなくだが、自分の左手の薬指を守りたい気持ちに駆られて青褪める者がチラホラいた。かく言う白ひげも同じなのだが――。

―― アルド、お前ェの場合は冗談で済まされねェ……。

常に無表情で感情の起伏が無いから何を考えているのか全く読めない。そんなアルドから正面きってそう言われると、誰もが『本気だ』と捉えるだろう。
嘘であっても、冗談であっても、悪ふざけであっても、なんであれ、本気だとしか思えない。

―― せめて自然と笑えるようになっていたら、印象は大分違うだろうがなァ。

白ひげは目の前で笑いながら話しているラクヨウやサッチら隊長達を見つめてそう思った。
薬指がピクンと動いた左手を軽く振りながら――。

「ところでラクヨウ、アルドだが」
「あァわかってるぜオヤジ。そろそろ巣立ちさせてやってくれ。おれにとっても重荷になってきてやがるからよ」

白ひげの言葉を遮ってラクヨウがそう言うと白ひげはピクリと眉を動かした。

「編入の件、宜しく頼むぜオヤジ」

ラクヨウはニヤリと笑みを浮かべると「ガッハッハッ!」と声を上げて笑った。そして、船長室のドアをバンッと勢い良く開けて意気揚々と出て行った。
隊長達はポカンとした表情を浮かべながら首を傾げていたが、サッチだけが溜息を吐いて違う反応を見せた。

ラクヨウの言う『重荷』という言葉はアルドに関することだろう。いつもと何も変わらないアルドを見て何を感じているのか。十年もの間、ずっと側で支えていたラクヨウだからこそ、何か感じるものがあるのかもしれない。
その『重荷』とやらは、恐らく誰彼と容易く触れてはいけないもので、ましてやそれを代わりに背負ってやることもできないものなのだろう――と、サッチはそう思った。

―― 全てはアルドがオヤジと出会う前、幼い頃にあったマルコとの出会いが関係してんのかもなァ。

ただ男として生きる女というわけでも無ければ、男装を好んでいるというわけでもない。その辺の女とは程遠く、とてつもなく重たい『何か』を背負った女。

曰く付きの女――アサシンの女。

サッチは振り向いて白ひげを見やった。眉間に皺を寄せながら目を瞑って溜息を吐いているその表情は何時に無く険しい。

「とりあえずだが、まァ黙って見守る方向でそっとしておいてやれ。アルドは他の奴らとは大きく異なる存在だ。あいつが何を考え行動したとしても、おれ達がしてやれるのはただあいつを信じることだけだ。わかったか?」

隊長達はただ静かに白ひげを見つめて頷きはしたが、それでも興味が尽きないのか、もう少し話を聞きたいこともあるかのような表情を浮かべている。しかし、白ひげの表情を見ると誰も何も聞けずに、その場ではただ納得するしかなかった。

解散して船長室から出ると部屋に戻る者や仕事場に向かう者等でバラバラになるのだが、厨房に用事のあったサッチと共にハルタやイゾウ、そしてビスタが食堂に足を向けた。

「なんか肝心なところをはぐらかされた感じ……」

ハルタがポツリと言うとビスタが軽く頷いた。

「こればかりは仕方が無い。アサシンというものはそれだけ特殊な存在なのだろう」

両腕を組みながら右手を顎に添えて難しい表情を浮かべるイゾウは視線をサッチに向けた。

「サッチ、お前さんは他に知ってることがあるんじゃねェのか?」
「ッ……!」 

サッチはイゾウの指摘にドキンと心臓が大きく跳ねて息をヒュッと飲み込んだ。
――アルドが実は女である――なんてことは口が裂けても言えない。
少しビクリと反応を示したサッチは「あーっと、おれっち仕込みがあるから!」と苦笑を浮かべながらイゾウの質問には答えずに厨房へと足早に姿を消した。

「怪しい……。あれはやっぱりなんか知ってるよね」

ハルタが呟くとイゾウはコクリと頷いた。

「サッチはアルドと積極的に話し掛けていただけあっておれ達とは壁の度合が違うのだ。その”何か”を知っていてもおかしくは無いのだろうな」

ビスタが髭をついっと引っ張ってそう言うとハルタは面白くなさそうな表情を浮かべて溜息を吐いた。

「薬指を差し出したら詳しく話をしてくれるとか?」

ハルタがポツリと零すとイゾウとビスタの表情が面白いように引き攣った。

「「全く笑えん」」
「どう聞いてもアルドの雰囲気からして冗談には聞こえないよね」

なんとなくだがラクヨウの気苦労を慮った三人は、少しだけラクヨウに対する見方を変えて優しくしてやろうと思った――かどうかは定かでは無い。
少なくともハルタは違った。食堂の一角で8番隊の隊員が数人でカードゲームをしているのを見つけると「混ぜて!」と喜々として走って行ったから、実の所どうでも良いのだろう。
そんなハルタの姿を見つめながらイゾウは溜息を吐いた。

「ビスタ、あんたも人が良いな」
「なんだ急に……?」
「お前さんもおれ達の知らない『何か』を知っているんじゃないのか?」

イゾウの問いにビスタは少しだけ目を丸くしたが、直ぐに表情を戻して小さく頭を振った。

「いや、何も知らんよ。おれとて詳しく知りたいと思うが、アルドはおれ達が思っている以上にデリケートな存在であるのだ。下手にどうこうはできまい?」

イゾウの問いにビスタはそう告げると食堂を通り抜けて甲板に続く階段を上って行った。
イゾウは小さく舌打ちをして煙管を銜えるとワーワーと盛り上がるハルタ達が気になってそちらへと見学しに行った。

本気か冗談か

〆栞
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