27
同時刻、別の場所ではマルコがエースに対して簡単にではあるが『アルドに接する為の注意点と普通に会話ができるようになるまでには――』を説明していた。
話を聞くにつれてエースの眉間には皺が一つ一つと刻まれて行く。そして「なんだか面倒くせェ奴なんだな」と、少し興醒めするかのような表情を浮かべた。
「あいつと力比べをしたいって言うなら毎日根気強く話し掛け続けることだ。せめて、普通に会話ができるようにならなければ相手にすらして貰えないと思うよい。まァ、気の短いお前ェにとってはハードルが高いだろうけど」
「……おう、……わかった」
エースはガクリと項垂れると自室へと戻って行った。その背中に彫られた白ひげマークがやけに寂しそうに見えたのは気のせいでは無いだろう。
マルコは微笑を零すと小さく溜息を吐いて自分も自室に戻ろうと足を向けた。そしてドアノブに手を掛けた時、中に人の気配を察知したマルコは眉間に皺を寄せた。
―― はァ……。ミケーラも意外に根気強ェ……。
静かにトンッとドアに額をくっ付けて溜息を吐いたマルコは、踵を返してその場を立ち去った。
流石にしつこいと思っていると、マルコは「あー……」と声を零して軽く額に手を当てた。
こうして付き纏われる側に立って初めて気付く。――少し前は確かにおれもアルドにしつこく食い下がってたなァ――と、なんとなくアルドの気持ちがちょっとわかった気がした。
「少し……、悪かったなァ」
マルコはガシガシと頭を掻きながら反省の弁を零した。そして、行く先を考えずに着いた先は船長室だった。
大きな扉を見つめながらなんとなくノックする。
「誰だァ?」
「マルコだよい」
「あァ、入れ」
船長室の中に入ったマルコは、その部屋の隅にあるソファに歩み寄って腰を下ろした。そうして白ひげに顔を向けると白ひげが自分をじっと見つめていることに気付いて軽く首を傾げた。
「なんだい?」
マルコがそう問い掛けると白ひげが徐に口を開いた。
「マルコ、アルドのことだがな」
「ん?」
「1番隊に移動させることになった」
「は……? いや、ラクヨウが許可しねェだろ?」
「そのラクヨウからの提案で了承済みだ」
「それは……アルドもかい?」
アルドの名を出すと白ひげの表情が少し曇った。と言うことは、本人のいないところで編隊の話が出てるのかとマルコは思った。
「マルコ、アルドに関することだがなァ」
白ひげがアルドの事を話そうとした時だ。
「島に着いたぞー!」
「――ッ……」
島に到着したという隊員の声と共にそれを知らせる鐘の音が鳴り響いた。すると白ひげは途端に口を閉ざした。
「オヤジ……?」
「兎に角、今後はお前に任せる。そういうことだマルコ。アルドにはおれが直接通達する。アルドに船長室に来るように伝えろ」
「ッ……わかったよい」
アルドに関して何かを話してくれるのかと期待したマルコだったが、肩透かしを食らわされたような気がして溜息を吐いた。そして、顔を軽く拭う様な仕草をして仕方が無いと立ち上がった。
「あァ、マルコ」
出て行く寸前に白ひげからそう言われたマルコは一瞬だけ動きを止めて振り向いた。
「お前は来るな。アルドと二人きりで話がしてェからな」
白ひげは目を瞑っていて此方を見ていない。どうやらこれ以上は話す気が無いようだ。
「了解……」
マルコは一言だけ残して船長室から出て行った。そして、真っ直ぐにアルドの部屋に向かった。しかし、部屋の前に来るとアルドがいる気配は無かった。
「どこに行った?」
甲板か、食堂か――と、アルドが行きそうな場所を考える。今時分を鑑みた結果、マルコは甲板に足を向けることにした。
甲板に出ると「島だ!」「酒だ!」「女だ!」と喜ぶ隊員達で溢れていた。そこにアルドの姿は――当然あるわけ無いか――と、踵を返そうとして見張り台に視線を向けた。
―― !
マルコはピタリと足を止めた。
「いた……。っつぅか、今夜の見張りは15番隊じゃなかったか?」
わんさかいる隊員達の中を縫うようにして見張り台の元へ向かう。そして、見張り台に上って中を覗いてみると納得した。
直ぐ目の前に気持ち良さそうに眠っている隊員。その身体に掛けられたマントはいつか見た光景と全く同じ。
「ったく、気持ち良さそうに寝てんじゃねェよい」
溜息を吐いて見張り台へと上がろうとするマルコの上にフッと影が覆った。見上げるとアルドが人差し指を立てて口元に当てている。
マルコは言いたいことはわかっていると微笑を零して何も言わずにアルドの隣に立った。
少しだけ無言のまま風を身に受けながら満点の星空を見上げる。そうしてそのままマルコが徐に口を開いた。
「アルド、オヤジが呼んでるよい。二人きりで話がしたいそうだ」
「そうですか。おれも話がしたいと思っていたところでしたから丁度良かったです」
アルドの返事にマルコは片眉を上げてアルドに顔を向けた。すると、アルドもゆっくりとマルコを見上げるようにして顔を向ける。
フードの影に隠れていて目元が見えない。そして、相変わらずの無表情――かと思えば、何かを思い出したかのようにアルドの口元から「あ、」と声が漏れた。
「どうした?」
「ミケーラさんですが」
「!?」
―― お前かよい……!
アルドの口から予想だにしていなかった名前を耳にしたマルコは、瞬間的にピクンと反応してガシッとアルドの顔を鷲掴みした。
「!?」
マルコの手で視界が覆われた途端に間髪入れずにギリギリと蟀谷に痛みが走る。
「何故ッ…!? いィッ…ぐっ……!」
アルドは戸惑いの声を上げながら堪らず軽く呻いた。
「教えておく。サッチ辺りに色々と聞いてるかもしれねェが、確かにミケーラとは一度だけ身体の関係を持った。けど、別に好き合ってヤッたわけじゃねェ。ミケーラはおれを好きなんだろうが、おれはミケーラを好きってわけじゃあねェからよい」
「っ〜〜! わ、わかりました!」
いつものアルドなら「好き合っていないのに――?」と疑問を口にするかもしれない。しかし、わかっていなくても理解したと口にした。今は話の内容うんぬんでは無くて激痛から解放されることを優先した為だ。
アルドは自分の顔を鷲掴むマルコの腕を堪らず掴んだ。すると、マルコの手がパッと離れて痛みから解放された。
涙目で視界が歪む中、マルコの顔を見れば眉間に皺を寄せて青筋を張ったまま睨み付けている。
マルコがどうしてこんなに怒っているのかわかっていないアルドは、無言のまま両手で痛みが残る両蟀谷を摩った。
「ミケーラに何か言われたり頼まれたりしても今後は無視しろ。てめェなら朝飯前だろうがよい」
「はァ……、わかりました」
コクンと頷いたアルドは顔を俯かせて未だに痛みが残る蟀谷を二、三ほど押すようにして最後に二回ほど撫でて――顔を上げた。
なんだか疑問を抱いているような雰囲気に思えたマルコは片眉を上げた。
「なんだ……?」
「その、好き合っていないにも関わらず……、なんでしたっけ?」
「……」
アルドは手を動かして何かを表現しようとしながら疑問符を頭上に掲げて首を傾げた。アルドが何を聞こうとしているのかわかっていないマルコも眉間に皺を寄せたまま同じように首を傾げた――が、直ぐにハッとした。
以前、『スキ』とは『コイ』とは『アイ』とは――と、食堂でサッチに質問攻めをしていたという話をイゾウから聞いていたことを思い出した。
―― 好き合ってもねェのにセックスしたことが疑問だってェことか!?
恐らくそれだと瞬間的に察したマルコは、気まずげに顔を顰めてそっぽを向いた。
「か、簡単な答えとしちゃあ『男なら』ってェことだ。堪ったもんを吐き出してェ時に迫られたりすりゃあ好きでなくても我慢できねェで抱いちまうだろうが。ま、まァ、アルドにはまだ経験が無いかもしれねェが」
「堪る?」
「――って、……ちょっと待て」
不思議そうに首を傾げるアルドにマルコは言葉を止めてアルドに顔を向けた。
アルドぐらいの年齢なら流石に生理現象ぐらいあって然るべきだし、男同士なのだからこの手の話は流石に理解できるだろうと思っていた。だが、アルドは妙な所に引っ掛かりを覚える言葉を口にして、マルコは思わず瞠目した。
「お前ェは」
「おーい! アルド!」
「――ッ…!」
「!」
大きな声がマルコの声を遮った。
アルドとマルコが見張り台から甲板の方を見下ろすと船内へと入る階段元にラクヨウの姿があった。
ラクヨウはニヤリと笑みを浮かべると「こっちへ来い」と言ってアルドを手招いた。
「あの……」
「構わねェ、行ってこい。あァ、オヤジも呼んでるから直ぐに行けよい」
「はい」
アルドは軽く頭を下げると見張り台から飛び降りてラクヨウの元へと向かった。
その身の熟しは流石というべきだが、アルドのその動きを甲板にいた者達は誰も見ていない。気配を消して静かに動くアルドに、誰もその存在に気付いてすらいないといったところだ。
今後、もしアサシンと本格的に敵対するようなことがあったら、もしアサシンがこの船の誰かを対象に攻め入ることがあるとしたら、誰も気付かないうちに殺されてしまう可能性が高い。ともすれば、これからは対アサシンに向けての訓練も必要となるかもしれない。
ラクヨウとアルドが話をしている姿を見張り台から見つめるマルコはそう思った。
少なくとも対アサシンで通用できるのは、アルドと共にいる時間が長かったラクヨウと、彼が率いる7番隊の隊員達だけだろう。気配を巧妙に消すことも、ちょっとした気配を察することも、いつの間にかできるようになっていたからだ。
恐らくアルドの存在がそうさせたのだろう。
しかし、だからと言ってアルドが果たして訓練に付き合うことを了承するかと考えると――。
腕を組んで首を捻って考えるマルコであったが、それはゼロに等しいと思ってガクリと項垂れた。
一方――
アルドがラクヨウの元に来るとラクヨウは開口一番に言った。
お前はこれから晴れて一番隊の隊員だぜ――と。
「え……?」
「あと、これだけは言っておく」
「ちょっ、ちょっと待――」
ラクヨウはお前の言い分は聞かないとばかりに首を振った。そして、アルドの胸元に人差し指でトンッと軽く突いた。
「いい加減にその蓋を取っ払え。もっとここを強くしろ。でなけりゃあ倒せるもんも倒せやしねェぜ」
「ッ……!」
最初こそ少し悪巧みにも似た笑みを浮かべていたラクヨウだったが、その言葉を告げる時は真剣な面差しで、決して冗談で言っていることでは無いとアルドは直ぐにわかった。
ラクヨウがアルドの耳元に顔を寄せて「#イルマ#」と小声で名を呼んだ。
アルドは思わず目を見開いて顔を向けた。だがその時には既に離れて通り過ぎて行くラクヨウの背中があった。
振り返ることもせずに両腕を上に伸ばして「くあァァ」と欠伸をする。そして、「よっしゃあ! 飲むぞ!!」と島を見つめながら意気込みを口にして笑っていた。
「……ラクヨウ……隊長……?」
少しの間だけラクヨウの背中を見つめていたアルドだったが、白ひげに呼ばれていることを思い出し、なんだかすっきりしない胸の内を抱えたまま船内へと姿を消した。
ラクヨウは島影をじっと見つめていたが、アルドがその場から立ち去ったことを気配で察すると先程までアルドがいた場所に視線を向けた。
「おれがしてやれんのはここまでだ。後はお前ェに任せるぜ」
ラクヨウはそう言って見張り台から降りて自分の隣に並び立った男に顔を向けてニヤリと笑みを浮かべた。
「なァ、マルコ」
「ラクヨウ、お前ェは何を知ってんだよい」
マルコの目がどことなく鋭い。
ラクヨウは複雑化する人間模様に辟易としてか、胸の内で――こいつも重荷の原因なんだけどよ――と嘆き節を吐露して溜息を吐いた。
肝心のマルコはまだアルドが#イルマ#であることに気付いていないのだ。
ラクヨウは島影へと視線を移して両手を組むと空を見上げながら答えた。
「そいつをおれが告げちまったんではアルドの心は動かねェし救いもねェだろうが」
「……どういうことだ?」
マルコが眉を顰めるとラクヨウは漸くマルコに顔を向けた。
含みのある笑みに見えた。
マルコは怪訝な表情を浮かべた。すると、ラクヨウは「ガハハッ」と大きく笑った。
「そうだな、おれが言ってやれるのは『気付いてやれ』ってェぐれェだ。それ以上はあいつの為にならねェし、勿論マルコ、お前の為にもならねェ」
「は……?」
マルコは意味がわからないとばかりに気の抜けた声を漏らしてキョトンとした。
ラクヨウは「あァ、まァ、気にするな」と首を振って更に言葉を続けた。
「気ィつけろよマルコ。あいつは狙っているが”狙われてもいる”からな」
「おい、それってまさか」
「今までおれがなんもしてねェと思ったか? 少なくともおれ達7番隊はアサシンと何度も相対して戦ったことがある。あいつを”守る”為になァ」
「!」
そんな話をしている内にどうやら港に着いたようだ。隊員達が慌しく動き出している。
「おう、到着したか!」
「あ、待てよいラクヨウ!」
今日はもう遅い時分の為、殆どの店は閉じてしまって買い出しには行けない。しかし、酒場は開いている。
見張りの延長で不寝番となる15番隊の隊員達が羨ましがる中、買い出しの仕事が無いことを良いことに他の隊員達は一斉に船を降りて酒場へと一直線に向かう。
ラクヨウはマルコの返事を待たずしてさっさと船を降りると彼らと共に行ってしまった。
マルコは彼らを見送ると難しい表情のまま溜息を吐いた。自室に戻ろうと踵を返して船内に入る階段へ足を踏み入れた。が――
「あー…、今は部屋に戻れねェんだ」
ミケーラがまだ部屋にいるかもしれない。それを思い出したマルコはピタリと足を止めてガシガシと頭を掻いた。
「仕方がねェ、おれも酒場に行くか……」
不寝番で居残る15番隊の隊長であるフォッサを見かけたマルコは、見張り台で部下が寝ていることを告げてから船を降りると酒場へと向かった。
話を聞くにつれてエースの眉間には皺が一つ一つと刻まれて行く。そして「なんだか面倒くせェ奴なんだな」と、少し興醒めするかのような表情を浮かべた。
「あいつと力比べをしたいって言うなら毎日根気強く話し掛け続けることだ。せめて、普通に会話ができるようにならなければ相手にすらして貰えないと思うよい。まァ、気の短いお前ェにとってはハードルが高いだろうけど」
「……おう、……わかった」
エースはガクリと項垂れると自室へと戻って行った。その背中に彫られた白ひげマークがやけに寂しそうに見えたのは気のせいでは無いだろう。
マルコは微笑を零すと小さく溜息を吐いて自分も自室に戻ろうと足を向けた。そしてドアノブに手を掛けた時、中に人の気配を察知したマルコは眉間に皺を寄せた。
―― はァ……。ミケーラも意外に根気強ェ……。
静かにトンッとドアに額をくっ付けて溜息を吐いたマルコは、踵を返してその場を立ち去った。
流石にしつこいと思っていると、マルコは「あー……」と声を零して軽く額に手を当てた。
こうして付き纏われる側に立って初めて気付く。――少し前は確かにおれもアルドにしつこく食い下がってたなァ――と、なんとなくアルドの気持ちがちょっとわかった気がした。
「少し……、悪かったなァ」
マルコはガシガシと頭を掻きながら反省の弁を零した。そして、行く先を考えずに着いた先は船長室だった。
大きな扉を見つめながらなんとなくノックする。
「誰だァ?」
「マルコだよい」
「あァ、入れ」
船長室の中に入ったマルコは、その部屋の隅にあるソファに歩み寄って腰を下ろした。そうして白ひげに顔を向けると白ひげが自分をじっと見つめていることに気付いて軽く首を傾げた。
「なんだい?」
マルコがそう問い掛けると白ひげが徐に口を開いた。
「マルコ、アルドのことだがな」
「ん?」
「1番隊に移動させることになった」
「は……? いや、ラクヨウが許可しねェだろ?」
「そのラクヨウからの提案で了承済みだ」
「それは……アルドもかい?」
アルドの名を出すと白ひげの表情が少し曇った。と言うことは、本人のいないところで編隊の話が出てるのかとマルコは思った。
「マルコ、アルドに関することだがなァ」
白ひげがアルドの事を話そうとした時だ。
「島に着いたぞー!」
「――ッ……」
島に到着したという隊員の声と共にそれを知らせる鐘の音が鳴り響いた。すると白ひげは途端に口を閉ざした。
「オヤジ……?」
「兎に角、今後はお前に任せる。そういうことだマルコ。アルドにはおれが直接通達する。アルドに船長室に来るように伝えろ」
「ッ……わかったよい」
アルドに関して何かを話してくれるのかと期待したマルコだったが、肩透かしを食らわされたような気がして溜息を吐いた。そして、顔を軽く拭う様な仕草をして仕方が無いと立ち上がった。
「あァ、マルコ」
出て行く寸前に白ひげからそう言われたマルコは一瞬だけ動きを止めて振り向いた。
「お前は来るな。アルドと二人きりで話がしてェからな」
白ひげは目を瞑っていて此方を見ていない。どうやらこれ以上は話す気が無いようだ。
「了解……」
マルコは一言だけ残して船長室から出て行った。そして、真っ直ぐにアルドの部屋に向かった。しかし、部屋の前に来るとアルドがいる気配は無かった。
「どこに行った?」
甲板か、食堂か――と、アルドが行きそうな場所を考える。今時分を鑑みた結果、マルコは甲板に足を向けることにした。
甲板に出ると「島だ!」「酒だ!」「女だ!」と喜ぶ隊員達で溢れていた。そこにアルドの姿は――当然あるわけ無いか――と、踵を返そうとして見張り台に視線を向けた。
―― !
マルコはピタリと足を止めた。
「いた……。っつぅか、今夜の見張りは15番隊じゃなかったか?」
わんさかいる隊員達の中を縫うようにして見張り台の元へ向かう。そして、見張り台に上って中を覗いてみると納得した。
直ぐ目の前に気持ち良さそうに眠っている隊員。その身体に掛けられたマントはいつか見た光景と全く同じ。
「ったく、気持ち良さそうに寝てんじゃねェよい」
溜息を吐いて見張り台へと上がろうとするマルコの上にフッと影が覆った。見上げるとアルドが人差し指を立てて口元に当てている。
マルコは言いたいことはわかっていると微笑を零して何も言わずにアルドの隣に立った。
少しだけ無言のまま風を身に受けながら満点の星空を見上げる。そうしてそのままマルコが徐に口を開いた。
「アルド、オヤジが呼んでるよい。二人きりで話がしたいそうだ」
「そうですか。おれも話がしたいと思っていたところでしたから丁度良かったです」
アルドの返事にマルコは片眉を上げてアルドに顔を向けた。すると、アルドもゆっくりとマルコを見上げるようにして顔を向ける。
フードの影に隠れていて目元が見えない。そして、相変わらずの無表情――かと思えば、何かを思い出したかのようにアルドの口元から「あ、」と声が漏れた。
「どうした?」
「ミケーラさんですが」
「!?」
―― お前かよい……!
アルドの口から予想だにしていなかった名前を耳にしたマルコは、瞬間的にピクンと反応してガシッとアルドの顔を鷲掴みした。
「!?」
マルコの手で視界が覆われた途端に間髪入れずにギリギリと蟀谷に痛みが走る。
「何故ッ…!? いィッ…ぐっ……!」
アルドは戸惑いの声を上げながら堪らず軽く呻いた。
「教えておく。サッチ辺りに色々と聞いてるかもしれねェが、確かにミケーラとは一度だけ身体の関係を持った。けど、別に好き合ってヤッたわけじゃねェ。ミケーラはおれを好きなんだろうが、おれはミケーラを好きってわけじゃあねェからよい」
「っ〜〜! わ、わかりました!」
いつものアルドなら「好き合っていないのに――?」と疑問を口にするかもしれない。しかし、わかっていなくても理解したと口にした。今は話の内容うんぬんでは無くて激痛から解放されることを優先した為だ。
アルドは自分の顔を鷲掴むマルコの腕を堪らず掴んだ。すると、マルコの手がパッと離れて痛みから解放された。
涙目で視界が歪む中、マルコの顔を見れば眉間に皺を寄せて青筋を張ったまま睨み付けている。
マルコがどうしてこんなに怒っているのかわかっていないアルドは、無言のまま両手で痛みが残る両蟀谷を摩った。
「ミケーラに何か言われたり頼まれたりしても今後は無視しろ。てめェなら朝飯前だろうがよい」
「はァ……、わかりました」
コクンと頷いたアルドは顔を俯かせて未だに痛みが残る蟀谷を二、三ほど押すようにして最後に二回ほど撫でて――顔を上げた。
なんだか疑問を抱いているような雰囲気に思えたマルコは片眉を上げた。
「なんだ……?」
「その、好き合っていないにも関わらず……、なんでしたっけ?」
「……」
アルドは手を動かして何かを表現しようとしながら疑問符を頭上に掲げて首を傾げた。アルドが何を聞こうとしているのかわかっていないマルコも眉間に皺を寄せたまま同じように首を傾げた――が、直ぐにハッとした。
以前、『スキ』とは『コイ』とは『アイ』とは――と、食堂でサッチに質問攻めをしていたという話をイゾウから聞いていたことを思い出した。
―― 好き合ってもねェのにセックスしたことが疑問だってェことか!?
恐らくそれだと瞬間的に察したマルコは、気まずげに顔を顰めてそっぽを向いた。
「か、簡単な答えとしちゃあ『男なら』ってェことだ。堪ったもんを吐き出してェ時に迫られたりすりゃあ好きでなくても我慢できねェで抱いちまうだろうが。ま、まァ、アルドにはまだ経験が無いかもしれねェが」
「堪る?」
「――って、……ちょっと待て」
不思議そうに首を傾げるアルドにマルコは言葉を止めてアルドに顔を向けた。
アルドぐらいの年齢なら流石に生理現象ぐらいあって然るべきだし、男同士なのだからこの手の話は流石に理解できるだろうと思っていた。だが、アルドは妙な所に引っ掛かりを覚える言葉を口にして、マルコは思わず瞠目した。
「お前ェは」
「おーい! アルド!」
「――ッ…!」
「!」
大きな声がマルコの声を遮った。
アルドとマルコが見張り台から甲板の方を見下ろすと船内へと入る階段元にラクヨウの姿があった。
ラクヨウはニヤリと笑みを浮かべると「こっちへ来い」と言ってアルドを手招いた。
「あの……」
「構わねェ、行ってこい。あァ、オヤジも呼んでるから直ぐに行けよい」
「はい」
アルドは軽く頭を下げると見張り台から飛び降りてラクヨウの元へと向かった。
その身の熟しは流石というべきだが、アルドのその動きを甲板にいた者達は誰も見ていない。気配を消して静かに動くアルドに、誰もその存在に気付いてすらいないといったところだ。
今後、もしアサシンと本格的に敵対するようなことがあったら、もしアサシンがこの船の誰かを対象に攻め入ることがあるとしたら、誰も気付かないうちに殺されてしまう可能性が高い。ともすれば、これからは対アサシンに向けての訓練も必要となるかもしれない。
ラクヨウとアルドが話をしている姿を見張り台から見つめるマルコはそう思った。
少なくとも対アサシンで通用できるのは、アルドと共にいる時間が長かったラクヨウと、彼が率いる7番隊の隊員達だけだろう。気配を巧妙に消すことも、ちょっとした気配を察することも、いつの間にかできるようになっていたからだ。
恐らくアルドの存在がそうさせたのだろう。
しかし、だからと言ってアルドが果たして訓練に付き合うことを了承するかと考えると――。
腕を組んで首を捻って考えるマルコであったが、それはゼロに等しいと思ってガクリと項垂れた。
一方――
アルドがラクヨウの元に来るとラクヨウは開口一番に言った。
お前はこれから晴れて一番隊の隊員だぜ――と。
「え……?」
「あと、これだけは言っておく」
「ちょっ、ちょっと待――」
ラクヨウはお前の言い分は聞かないとばかりに首を振った。そして、アルドの胸元に人差し指でトンッと軽く突いた。
「いい加減にその蓋を取っ払え。もっとここを強くしろ。でなけりゃあ倒せるもんも倒せやしねェぜ」
「ッ……!」
最初こそ少し悪巧みにも似た笑みを浮かべていたラクヨウだったが、その言葉を告げる時は真剣な面差しで、決して冗談で言っていることでは無いとアルドは直ぐにわかった。
ラクヨウがアルドの耳元に顔を寄せて「#イルマ#」と小声で名を呼んだ。
アルドは思わず目を見開いて顔を向けた。だがその時には既に離れて通り過ぎて行くラクヨウの背中があった。
振り返ることもせずに両腕を上に伸ばして「くあァァ」と欠伸をする。そして、「よっしゃあ! 飲むぞ!!」と島を見つめながら意気込みを口にして笑っていた。
「……ラクヨウ……隊長……?」
少しの間だけラクヨウの背中を見つめていたアルドだったが、白ひげに呼ばれていることを思い出し、なんだかすっきりしない胸の内を抱えたまま船内へと姿を消した。
ラクヨウは島影をじっと見つめていたが、アルドがその場から立ち去ったことを気配で察すると先程までアルドがいた場所に視線を向けた。
「おれがしてやれんのはここまでだ。後はお前ェに任せるぜ」
ラクヨウはそう言って見張り台から降りて自分の隣に並び立った男に顔を向けてニヤリと笑みを浮かべた。
「なァ、マルコ」
「ラクヨウ、お前ェは何を知ってんだよい」
マルコの目がどことなく鋭い。
ラクヨウは複雑化する人間模様に辟易としてか、胸の内で――こいつも重荷の原因なんだけどよ――と嘆き節を吐露して溜息を吐いた。
肝心のマルコはまだアルドが#イルマ#であることに気付いていないのだ。
ラクヨウは島影へと視線を移して両手を組むと空を見上げながら答えた。
「そいつをおれが告げちまったんではアルドの心は動かねェし救いもねェだろうが」
「……どういうことだ?」
マルコが眉を顰めるとラクヨウは漸くマルコに顔を向けた。
含みのある笑みに見えた。
マルコは怪訝な表情を浮かべた。すると、ラクヨウは「ガハハッ」と大きく笑った。
「そうだな、おれが言ってやれるのは『気付いてやれ』ってェぐれェだ。それ以上はあいつの為にならねェし、勿論マルコ、お前の為にもならねェ」
「は……?」
マルコは意味がわからないとばかりに気の抜けた声を漏らしてキョトンとした。
ラクヨウは「あァ、まァ、気にするな」と首を振って更に言葉を続けた。
「気ィつけろよマルコ。あいつは狙っているが”狙われてもいる”からな」
「おい、それってまさか」
「今までおれがなんもしてねェと思ったか? 少なくともおれ達7番隊はアサシンと何度も相対して戦ったことがある。あいつを”守る”為になァ」
「!」
そんな話をしている内にどうやら港に着いたようだ。隊員達が慌しく動き出している。
「おう、到着したか!」
「あ、待てよいラクヨウ!」
今日はもう遅い時分の為、殆どの店は閉じてしまって買い出しには行けない。しかし、酒場は開いている。
見張りの延長で不寝番となる15番隊の隊員達が羨ましがる中、買い出しの仕事が無いことを良いことに他の隊員達は一斉に船を降りて酒場へと一直線に向かう。
ラクヨウはマルコの返事を待たずしてさっさと船を降りると彼らと共に行ってしまった。
マルコは彼らを見送ると難しい表情のまま溜息を吐いた。自室に戻ろうと踵を返して船内に入る階段へ足を踏み入れた。が――
「あー…、今は部屋に戻れねェんだ」
ミケーラがまだ部屋にいるかもしれない。それを思い出したマルコはピタリと足を止めてガシガシと頭を掻いた。
「仕方がねェ、おれも酒場に行くか……」
不寝番で居残る15番隊の隊長であるフォッサを見かけたマルコは、見張り台で部下が寝ていることを告げてから船を降りると酒場へと向かった。
編隊の件
【〆栞】