28

白ひげとアルドが久しぶりに二人きりで話をしている船長室にて、最初こそ和やかだった空気は一転してピンと張り詰めたものへと変わった。
白ひげは表情険しく鋭い眼光をアルドに向けている。

「説明しやがれ」
「おれは」
「#イルマ#」
「――ッ……」

白ひげはアルドでは無く#イルマ#の名を呼んだ。アルドはピクリと反応して言葉を噤み沈黙した。

〜〜〜〜〜

「船を降りたい」

〜〜〜〜〜

見張り台に立ちながら考えていた思いを口にしたが為だ。
白ひげはアルドを睨み付けながら考えた。

何を思い、何を考え、そう告げたのか――。

アルドの表情はフードの陰に隠れているものの、そこから僅かに「苦しさ」が見え隠れしていることに気付いた。
船を降りたい気持ちに至った理由は、恐らくアルドの周囲における環境に大きな変化が生じたからだろう。
アルドの存在は十年来あまり認知されていなかった。しかし、ここに来てその存在を隊員達にまで認知され始めている。末弟であるエースがアルドに興味を持って追い掛けたことが大きな要因でもあるが、それだけでは無いだろう。アルドの、いや、#イルマ#の精神を大きく揺さぶる原因となったのは――。

「お前ェはそれを言えたのか?」
「ラクヨウ隊長には告げていません。誰にも告げずに降りようと思っています。色々と良くして頂いたことには感謝しています。本当に」
「違ェだろ」
「――……違う?」
「マルコにだ、#イルマ#」
「ッ――!?」

アルドは思わずヒクッと息を呑んだ。

「マルコにそれを言えたのかって聞いてんだ」
「な、何故……?」

自分が所属する7番隊の隊長であるラクヨウならいざ知らず、どうしてマルコの名を口にするのか。白ひげの思惑がわからずにアルドは困惑した。

「なァ#イルマ#。おれァお前が『アルドの仇』の為にアサシンの奴らと戦うことに関しちゃあ口出しするつもりはねェ。だがなァ、お前は肝心なことを一つ忘れちゃあいねェか?」
「…な…にを……?」

白ひげは上体を前に屈めてアルドの顔を覗き込むように顔をグッと近付けた。

「お前はアサシンである前におれの娘だってェことをだ」
「!」

真剣な目で、真っ直ぐ、強い口調でそう告げた。表情や声音から白ひげが怒っているように思えたアルドは押し黙った。

―― 何故……怒って……。

微かに『覇気』すらも感じる。

「たった一人で全てを背負い込んで倒せる程、アサシンてなァそんなに脆い集団か?」
「そ、それは……」
「確かにお前はアサシンの中じゃあ最高位のアサシンなのかもしれねェ。だがお前は一人だ」
「……」
「それに十年だ。今となっちゃお前と実力にそう差が無ェ奴がゴロゴロといるかもしれねェ。アサシン教団は嘗てお前がいた時の教団とは違っているかもしれねェ」

白ひげはそう言うと一つ溜息を吐いた。そして、間を置いてアルドを見つめる。アルドは沈黙を守ってはいるが、僅かに手が震えるのかその手をグッと握り締めていた。

「#イルマ#、おれは約束したはずだ。お前が生きたいと思える場所と自由をくれてやるってなァ。その約束をおれに破させる気か?」
「……場所は貰いました。自由も知りました。だから」
「その場所を捨てるのか?」
「――ッ……」
「それにお前は未だに自由を手にしちゃあいねェだろうが、このバカ娘が」
「……」

白ひげはそう言うと腰掛けている肘置きに肘を突いて顎に触れた。金色の目は相変わらず鋭くアルドを射抜くように見据えている。
アルドは動けずにいた。
フードの陰に隠れたアルドの目は白ひげをずっと見つめている。だがその瞳が映す”本当の人物”はきっと――。
白ひげは小さく溜息を吐くと険しかった表情を解いて少しだけ眉尻を下げた。

「#イルマ#、お前がどう思っているかはわからねェが、あの砂浜でおれァお前の弟に、アルドに誓いを立てたんだ。その誓いを守らせてやくれねェか?」
「……アルドに…誓い……?」
「あァ、本当の自由が無い姉に自由をと願った弟の思い、おれが引き継いで叶えてやろうじゃねェかっていう誓いをなァ」
「!」

白ひげはそう告げると「グララララッ」と声を上げて笑った。そして、手を伸ばしてアルドのフードを払い除ける。
明るみに出たアルドの顔はなんとも形容し難い表情を浮かべていた。それを敢えて言うのなら「泣き」の表情に近いものだ――と、白ひげは思った。

「なんも感じてねェ。お前はそう思ってんだろうが、お前の心は確実にちゃんと生きてんだ。大事にしやがれ#イルマ#」
「……心が生きて…る…?」

アルドは徐に自分の胸元に手を当てた。
心が生きるとは――?
トクントクンと脈打つ鼓動が手に伝わる。

―― 私に心など……。

自分の中に人が持ち得る心があるなんて、到底思えない……。
アルドは胸元に当てた手で衣服をグッと握り締めた。

「それに、お前を”本当に生かす糧はこの船にある”んだ。絶対に離すんじゃねェ」
「……私は、私はアサシンです。だから私ッ、おれは――」
「このハナッたれが!」
「ッ!」

白ひげの怒鳴る声にアルドの身体がビクンと跳ねた。

「おれの船にアサシンなんてもんはいねェ! てめェは白ひげ海賊団1番隊隊員だ#イルマ#!」

白ひげはそう言うと大きく息を吐きながら背凭れに背中を預けた。

「話は終わりだ。おれがお前を呼んだのは所属する隊の変更を告げる為だ。他の誰の言葉も聞きやがらねェ複雑な性格をした頑固な娘に言い聞かせるのは親であるおれの務めだからなァ、グララララッ!」
「ッ……」
「無理せずに今まで通り思うがままに行動して構わねェ。だが、船を降りることだけは許さねェ。わかったな?」

白ひげが微笑を浮べながらも威圧的な声音でそう告げるとアルドは黙ったまま顔を俯かせて目を瞑った。
親として――その言葉が”嬉しい”と思えるのはどうしてだろうか。自分の知る親とは――ある人物が脳裏を掠めた。

―― ッ……。

忘れようとしていた記憶が僅かに蘇っただけで嫌悪感が胸の内に湧き上がる。
アルドは少し呼吸を止めて深く息を吐き出すとそれを振り払うかのように小さくかぶりを振った。そうして記憶を封じると気持ちを落ち着かせて小さく頷き顔を上げた。

「わかりました」
「#イルマ#」
「はい」
「……信じろ、あいつを」
「……誰をです?」

アルドが無表情でそう返すと白ひげはニヤリと少し意地悪な笑みを浮かべた。

「グララララッ、話は終わりだ。島に着いたんなら楽しんで来い」
「……」

含みのある笑みだとアルドは思った。
じっと白ひげを見つめると白ひげがスッと視線を外した。どうやら答える気は無さそうだ。
直ぐ横にある備え付けの棚に手を伸ばす白ひげを見つめながら取り払われたフードを被り直し、酒瓶を手に取る様子を確認しながらペコリと頭を下げて踵を返した。そうして船長室のドアノブに手を掛けたと同時にアルドは振り向いた。

「確か健診前ですよね」
「ッ!」
「エミリアさんの雷が落ちますよ」

アルドの言葉に白ひげの手がピタリと止まった。
まるで報復と言わんばかりのタイミングだ。
白ひげがアルドに視線を移すとアルドは黙ってドアを開けて部屋を出て行った。パタンと閉まる音が船長室に無情に響く。

「#イルマ#、良い根性してやがるじゃねェか。グララララッ……、くッ、少しだ…少し……」

白ひげはバツの悪い表情を浮かべながら独り言ちるとほんのちょっとだけの酒を飲んだ。そして、酒瓶に残る酒を見つめながら「くっ!」と苦悶の表情を浮かべると渋々棚に戻して深い溜息を吐いた。その後――
エミリアが定期健診に訪れると「飲みましたね?」と笑顔で問い掛けた。

「す、少しだけだ。そう怒るこたァねェだろう……?」
「暫く控えるようにと言いましたよね?」
「あー……」
言いましたよね?
「グ、グラララ……」

エミリアはニコニコと笑っていたが明らかに怒っていた。エミリアの額から二本の角らしきものがニョキッと生えるのが見えた気がした白ひげは思わず目を擦って二度見した。

―― #イルマ#、お前の忠告が無ければと思うとゾッとする! 礼を言うぞ!

多分きっと全部飲んでたら”威圧だけ”では終わらなかったと思う。
白ひげは心の中でアルドに感謝を告げた。
一方その頃アルドはというと、自室に戻るなり早々に装備品を外してドサリとベッドに仰向けになって倒れ込んだ。

「やはり許可は貰えなかった。……当然だ。……おれの我儘だ」

近頃は本当に人との関わりがあまりに増えた。だから一人になりたいと強く思った。
枕に顔を埋めて深く溜息を吐くとそのまま眠ろうと目を瞑った。

「信じろって……誰を?」

そう言葉を零した時、あの人の姿がフッと頭に浮かんだが、直ぐに小さくかぶりを振った。

覚えているわけがない。
今更そうだと名乗ったところできっと戸惑うだけ。
迷惑になるだけ。

枕を掴む手に力が籠った。

今のままで良い。
今のままで……。
これからもずっと……。

そう自分の心に言い聞かせて#イルマ#は深い眠りに就いた。

親として

〆栞
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