29

春島、ラクアナ島――。
島中央の高地に絢爛豪華な王宮が聳え立ち、その王宮を中心にして大都市が広がる。更に、島の各要所には数個の町が点在する大きな島だ。

白ひげ海賊団が寄港した港町アスランは、それらの都市や町と異なる一風変わった町で、嘗て海賊だった者が”海賊達の為に”作った町だ。
この港町の周辺には目隠しの変わりにもなる天然の岩山を要塞として活用されている為、その存在は一般的に知られていない。更に、開けた海側は岩礁が多く海流が非常に早い為、正しい海路を通らなければ近付くことすら困難だ。そして、そこから少し外れにあるせり出た岩壁に流れ落ちる大きな滝は傍から見ればただの滝だ。だが、その滝の裏側にアスランの港が広がっている。

この港町アスランに寄港する船は海賊船しかない。しかし、海賊達はログが溜まるまでここに滞在するだけで、その島の内部へ足を向ける者は滅多にいない。何故ならこの島には海軍最高幹部三大将の一人である黄猿直属の海軍が駐留しているからだ。
海軍駐留基地はこの町の間反対の位置にある。その為、海路より港町アスランにさえ辿り着くことができれば、屈強な海軍に気付かれることはまず少ない。海軍も滝の裏側にまさかこの様な町があるとは思ってもいないだろう。

この島のログが溜まる期間は凡そ一週間だ。港町アスランではこの期間中に海賊同士で争い事を起こすことは一切禁止というの暗黙のルールが定められている。例え天敵同士と鉢合わせたとしてもここに滞在する間は誰もが大人しい。

白ひげ海賊団の船であるモビー・ディック号は夜間に寄港した。
夜が明けるまで港に停泊していたが、この船は一際大きい。その為、翌朝早々に物資調達を行う者達を下船させてから別の場所に移動させることとなった。
少し外れに入り組んだ岩山に荒波で削られてできた大きな洞窟が存在する。その洞窟内にモビー・ディック号を停泊させた。(それでも船体の半分しか隠れていないのだが……)

因みにこの港町アスランは名酒を揃えた大きな酒場があることで有名だ。
海賊だけでは無くガラの悪いならず者も多く、それに比例するかのように娼婦も数多くいる。しかも美人揃いであることから男達からすればこの上ない楽園であり、わざわざこの娼婦達に会いたいが為にやって来る海賊も少なくない。
疲労が溜まる夜遅くの寄港であったとしても白ひげ海賊団の隊員達が喜々として酒場に向かったのは、名酒もあるが大半は女が目的だったとも言える。そして――
物資調達も疾うに終えた今、船番以外の者達は挙って町に出向いたきりで戻って来ない。更に、この町の長は白ひげと親交が深く、白ひげはその長の元に滞在して不在だ。その白ひげにナース達も帯同していて一人もいない。

運悪く船番に当たったのは12番隊だった。しかし、外界から隠れた場所に停泊しているのだから滅多に見つかることも無いだろうし、暗黙の了解もあることから大した騒動も起きることはないだろうという理由から、船番担当は数名で十分だと判断して、居残りする者をくじ引きで決めようと隊長であるハルタが提案した。
そうして運悪く当たりを引いた六人を残して、隊長《ハルタ》を筆頭に他の12番隊の隊員達は意気揚々と町へと出掛けてしまった。

現在モビー・ディック号に残っているのは、甲板で暇な時を過ごす羽目になったくじ運の無い六人の船番と――アルドだけだった。
船番担当の六人が何もすることが無くて暇を持て余している頃、船内にいたアルドは誰もいない食堂を訪れて厨房へと入って行った。
サッチがわざわざアルド用に作り置きしてくれた料理を手に取って広い食堂の隅にあるいつもの席に移動すると一人で食事を始めた。

船内は普段と違ってとても静かだ。非常に心地が良くて落ち着いた空間が広がっている。
こんな風に一人で暢気にいられる時間というのは何時ぶりだろうか――。
ほんの数か月前までは今のこの状態が当り前だったというのに、いつの間にか当り前で無くなってしまい、何かと誰かが側にいることが多くなった。
ラクヨウ然り、サッチ然り、そして……――。
フォークでサラダを突きながら溜息を吐いたアルドは、小さくかぶりを振ってパクパクと口に放り込んだ。そして、最後にコップに入った水を一気に呷って流し込んだ。

「ご馳走様でした」

手を合わせて静かに軽く頭を下げると厨房の流し台へと移動し、空になった食器を洗って食堂を後にした。

アルドが向かった先は甲板だった。
船番で残っていた六人の内の一人がアルドに気付いて目を丸くした。

「あれ? 全員町に出たものとばかり思ってたのによ。なにしてんだ?」
「……いえ、特になにも……」
「おいおい、アスランには滅多に来ることねェんだぜ? ここは酒も女も格別! 船番が無けりゃあ誰もが絶対に町に繰り出すってェのに、お前は船番じゃねェんだろ?」

彼の言葉に他の男達も揃って首を縦に振った。そして、とても残念そうな表情を浮かべながら溜息を吐いた。見事なシンクロぶりだ。

「なァ、ちょっと頼まれてくれねェか?」
「……え?」

一人の男がアルドに対してパンッと合掌して苦笑を浮かべた。男の行動に他の男達も「あ、成程」と理解して同じようにアルドに向けて合掌した。
フードを目深に被っているせいでアルドの表情は今一つわからない。しかし、反応を見る限りでは困惑しているといった風であることは彼らもなんとなくわかった。

「簡単な頼みだ。悪いんだけどよ、酒を買って来て欲しいんだ」
「本当は女も連れて来て欲しいとこだけど、おれ達は船番だから流石に無理だしな」
「……酒もどうかと思いますけど」

アルドがポツリと言うと別の男が首を振った。

「いやいや、酒なら後で堪能できるだろ?」
「……」
「この島の酒は名酒揃いだからな。なんでも良いから適当に買って来てくれると有難ェ」
「頼む! この通り! 運の悪いおれ達を哀れと思って頼む!」
「ッ……!」

ガシッと両肩を掴まれたアルドは声も出せずにガクガクと軽く前後に揺さぶられた。

「せめてこの島の酒だけでも堪能してェんだ!」
「褒美の名酒があると思ったら頑張って船番という苦行も乗り越えられると思うんだ!」
「「「頼む! この通り!!」」」

彼らはアルドに必死に嘆願した。悲痛な面持ちで「神様! 仏様!」と念仏のように唱えながら頼み込んだ。
これには流石にアルドでも『No』とは言えなかった。

「えっと、えー……あれ? お前、どこの隊のなんて名前だっけ?」
「あ、そういやァ見たことねェ顔だな。誰だ?」
「フードを被る男がいるって噂があったけど……」
「実際に見たこと無かったけど本当にいたんだな。っつぅか名前すら知られてねェってのもおかしな話だな」
「んー、この前、確かエース隊長が「アルド」って知らねェ名前を口にして探してたよな」
「あ、おれもそれ聞いたわ」
「おれも」
「「「お前がアルドか?」」」
「……」

六人揃ってアルドの目の前に顔をズイッと近付けて来た。
若干勢いに押される形で後ろに引いたアルドは、無言のまま咄嗟に小さく頷いてみせた。すると、彼らは「へ〜!」だの、「そっか!」だの、「本当にいたんだなフードの男!」と、反応は様々だったが納得したようだった。

「じゃあアルド、すまねェがおれ達の願いを頼まれてくれよ!」

一番近くにいた男がアルドの肩をバシッと叩いて笑って言った。それに続いて二番目に近くにいた男が「ほらほら」とアルドの後ろに移動して「頼むぜ!」と背中を押した。
船縁に立たされたアルドは仕方が無しに船を降りた。少し歩くと足を止めて振り返る。
甲板上では手を振りながら笑顔で見送る六人。
アルドは小さく溜息を吐くと踵を返して町へと歩き出した。





まだ午前中だというのに、アスランの町はまるで夜の飲み屋街のようだった。
海賊と思われるガラの悪い屈強な男が酒に酔い、娼婦と思われる女と戯れながら歩く姿が多く目に付いた。
周囲の目を気にする事無く口付けを交わす者達や娼婦の胸元に手を突っ込み胸を揉んで楽しむ者とそれにうっとりする娼婦等々――。
そんな光景を目の当たりにしたアルドは足を止めると腕を組んで首を傾げた。

―― 彼らはどう見ても”スキ合っている”ようには思えないのだが……。

世の中は本当に不思議なことだらけだ。特にこの男女間の人付き合いというものが今一つ理解できない。言葉の意味がわかっても実際問題そういう感情の上で成り立っているようにはどう見ても思えなくて益々わけがわからない。

路地裏に続く道角の影で海賊と思われる男と娼婦と思われる女が濃厚なキスをして性交渉へと入ろうとしている。

「……おい、てめェ」
「……」
「なにをマジマジと見てんだよ!? 気になるだろうが!!」

アルドの視線が気になった男は顔を赤くして怒鳴った。娼婦も少し微妙な表情を浮かべてアルドをじっと見つめている。

「いや、お構いなく」
「おう、そうか。……じゃねェ、バカかてめェは!? その答えはどう考えてもおかしいだろ!?」

怒鳴る男にアルドは「ふむ」と頷き、ペコリと頭を下げて早々にその場から立ち去った。

「いや……、ふむってェのも違ェだろ……」
「変な人ね」

男は顔を歪めながら不思議そうな表情を浮かべ、娼婦も首を傾げながら立ち去るアルドの背中を見送った。
それから――

―― ッ……、ここでもか。

少し行った先でも先程と似たような出で立ちをした男と娼婦の女がキスを交わしていた。男が女のスカートの中に手を入れてゴソゴソと動かすと女はうっとりした表情を浮かべながら官能的な吐息と嬌声を漏らした。

「……」

彼らはスキ合っているのか?
そんな風にはどうしても見えないのが不思議だ。
やはりわからない。
益々……――。

「あっ…あん…あっ…」

―― わからない……。

アルドは視線を外した。あまりマジマジと見つめては先程の男の様に怒らせてしまうと思ったからだ。
気を取り直して、とりあえず酒場を目指して歩き出した。
そもそもの話――お互いの口を重ねることに意味はあるのだろうか――とアルドは思う。
ただ重ねるだけならまだしも男と女の口元に繋がる銀糸が見えたことから推測するに、恐らくそれはお互いの舌が絡み合い唾液が繋がった証拠だろう。
アルドはまたピタリと足を止めた。再び腕を組んで首を捻る。そうして自ずと眉間に皺が寄った。

「……不快……」

自然とそういった言葉が零れた。そして、溜息を吐いた。

非常に不快だ。
気持ちが悪い。
スキ合っているのなら良い……のかどうかはわからないが、その行為に何の意味があるというのか――。

どうしてか不愉快極まりない思いが胸の内に沸々と湧いて来る。これがどういった感情なのか、アルドは全くわからなかった。ただ、この胸の内に広がる『なにか』が不思議なものに思えた。

「アルド?」

ふいに耳慣れた声で名を呼ばれたアルドはハッとして振り向いた。そこには驚いた表情を浮かべているマルコがいた。

「マルコ隊…ちょ……」

自然とマルコの隣に視線が向くとアルドの声は尻すぼみに消えた。
娼婦と思われる女が自分の腕をマルコの腕に絡ませて豊満な胸を押し付けるようにしてくっ付いていたからだ。

―― まさか、ミケーラさんだけでは無く、その女とも……?

アルドは眉をピクリと動かした。表情に浮かぶ微妙な変化は、フードの影に隠れている為に一見するとわからない。
普段からアルドと接する機会が増えたマルコであってもそれは読み取れなかった。しかし、アルドから放たれる雰囲気がいつもと違うような気がして眉間に皺を寄せた。

―― なんだ? なんか……、怒ってねェか?

口は真一文字に結ばれたまま。影に隠れた表情をよく見ると普段以上に硬いような気がする。

「アルドが町に出るなんて珍しいな。何か問題でもあったか?」

マルコは平静を装いながらそう声を掛けたが、なんとなく気まずい雰囲気が漂う。

「マルコ様、この方も白ひげ海賊団の一員なのですか?」

娼婦が柔らかい笑みを浮かべて質問した。

「あ、あァ、そうだよい……」

マルコはアルドから視線を外すこと無くコクリと頷いた。何故かアルドから視線を外すことができないからだ。すると、娼婦はマルコから離れてアルドに近付いた。だがアルドはそんな娼婦に一瞥もせずにマルコをジッと見つめている。
アルドから送られてくるただならぬ視線に、マルコは困惑した表情を浮かべた。

―― な、なんか……、悪ィことでもしたか……?

アルドを怒らせるようなことをした記憶がとんと思い浮かばない。と言うか、そもそもアルドが怒ること等あるのだろうか――と、マルコは頭をガシガシと掻きながら思った。

「ねェあなた、お名前は?」
「……」
「ふふ、無口な海賊さんなんて珍しいわね」

娼婦はアルドが無言でも全く気にもしなかった。それどころかアルドの顔を覗き込んで目を丸くした。

「まァ、結構イケメンじゃない!」

娼婦はパッと嬉しそうな笑みを浮かべた。

「マルコ様、この方も一緒にお連れして良くて?」
「あー……、いや、アルドは」
「おれは酒場に用事がありますから」
「まァ! 私達も酒場に行くところだったの! あなたのような方がいらしたら皆もきっと喜びますわ!」

アルドは至って無表情だ。しかし、娼婦は全く気にしていないようでアルドの手を両手で握ると満面の笑顔を見せる。その一方でマルコは面食らってポカンとしていた。

―― 酒場に用事だって?

仕事以外で下船して町に行くなんてことは滅多に無い。寧ろ、そんな姿を見ることの方が難しいぐらいだ。――と、ラクヨウが宴の席で酔いながら話していたことを覚えている。
夜遅くにどこかから戻って来たアルドと出くわしたことが一度だけあったが、あの時も(今思えば血の臭いがしたことからアサシンとして何かしらあったのだろう)『町に出て帰って来た』というものでは無かった。
どうして酒場に用事があるのかはわからないが、これは本当に珍しく貴重な瞬間を目撃しているのかもしれない――と、マルコは思った。

「一緒に行きましょう。ふふ、海賊って屈強で素敵だけど結構ムサイ男が多かったりするのよね。だから、白ひげ海賊団は1番隊隊長様を始め本当に素敵な男性が多くて凄く人気なのよ。でも、まさか隊長様方以外にあなたみたいな綺麗な顔をした海賊がいるなんて知らなかったわ!」

娼婦はアルドの腕に自身の腕を絡めようとした。だが、アルドは冷たくあしらうように腕を引いて娼婦から一歩、二歩と距離を取った。

「おれは、あなたのような方々を目的にこの町に来たわけでは無い。すみませんが失礼します」
「え?」

娼婦が目を丸くしてアルドを見つめる中、アルドは視線をマルコに向けた。

「マルコ隊長」
「な、なんだい?」
「先に行きます」
「あ、あァ」

アルドは踵を返して足早に歩き出した。

「あ! 待ってよ!」

娼婦が声を掛けるがアルドはお構いなしだ。
マルコは口元を片手で覆いながら眉を顰めた。

―― 女と遊んでも可笑しくねェ年頃のはずだと思うが興味は全くねェか。まさかエースみたいに女より飯ってタイプでも無いだろうに……。

そもそもアルドから放たれる空気がどうしてピリピリしているのか――マルコにはそれがわからなかった。

アルドの腕に絡みつこうとして失敗した娼婦が戻って来ると再びマルコに抱き付くように腕を絡めた。
マルコはそんな娼婦を気にも留めずに、ただ先を行くアルドの背中をじっと見つめるばかりだった。

「彼、女に興味無いのかしら?」
「……ん?」
「まさか……、え? でも、ううん、あり得る。あの顔だとあり得るわよ」

娼婦は真剣な面持ちで怪しい言葉を呟き始めた。マルコも流石にそれに反応して娼婦を見下ろした。

「おい、なにがあり得るってんだ?」
「マルコ様、あの方はひょっとして”男が好き”なのでは?」
「はァ!?」

思いもよらない娼婦の発言に、マルコは思わず素っ頓狂な声を上げた。

「そうよ、そうだわ! きっとそうに違い無いわ!」

そう息巻く娼婦にマルコが「そんなわけねェだろ」と口にしようとした時だった。

「おれはそういう手合の話は好みません」
「「!?」」

マルコと娼婦はギョッとして振り向いた。先に酒場へと向かったはずのアルドが、いつの間にか二人の背後にいて抗議の声を上げたのだから当然の反応だった。

「そもそも同性を好むかどうかの前に、おれがあなたのような娼婦を好まないと捉えることが普通だと思いませんか?」
「なっ!」

ズケズケとストレートに――あなたのような娼婦を好まない――と、娼婦を前にしてはっきり宣言するアルドに、マルコは驚きつつもアルドの腕を掴んで「落ち着けよい」と窘めるように声を掛けた。

「どうしたんだよい、お前らしくねェ……」
「……不快極まりない……」

ボソリと零されたアルドの言葉をマルコは聞き間違いかと思った。

「な、なんだって?」

自分の耳を疑って聞き返したマルコだったが――

「不快」
「……」

アルドはマルコに向けてはっきりとした口調でそう言った。そして、マルコに掴まれた腕を払い退けて歩き出した。しかし、直ぐにピタリと足を止めて振り向いた。

「おれは酒場で酒を買って船に戻るだけですから。マルコ隊長はそちらの女とごゆっくり」

アルドはそれだけ言うとさっさと歩き出した。

「は……? あ、おいアルド!」

その時、娼婦はというと――さっきの笑顔はどこへやら。不満な顔を浮かべて立ち去るアルドの背中を睨み付けていた。

―― なんだか『女』ってェ言葉にやけに棘があった気がしたが……、気のせいか?

近頃になって漸くアルドを理解し始めたところでの今回の件だ。

わからない。
益々、わからない。

マルコはまた振り出しに戻ったかのような気分を味わった。そして、視線を地面に落として首を傾げながらガシガシと頭を掻いた。

―― アサシン……。常識が無いと言えばそうなんだろうが、今のは常識どうこうって話じゃねェような気がするのはなんでだ? わからねェ……、本当にわからねェよい。

もしラクヨウがいたら今のアルドの心情がどういうものなのかわかったのだろうか――と、マルコはふとそう思った。すると、なんとなくイラっとした。そして、アルドとは違った意味で不快な気分に陥った。

「……悪ィ」
「え?」
「情報だけだ。後の楽しみは他の奴らとしてくれ」
「ちょっ、嫌よ! それじゃあ話が違うじゃない!」
「最初に言ったはずだ。おれはヤらねェってよい。そういう気分じゃねェんだ。酒だけなら一杯ぐらい付き合ってやる。それがこの島に起きている情報を教える対価だ」
「ダメよ! 私達娼婦にとってあなたと……、白ひげ海賊団の不死鳥マルコと寝たということが、どれだけのステータスになると思ってるの!?」

娼婦は声を荒げてそう言った。
マルコは溜息を吐くと首を振った。

「あー……そういう気でいるならわかった。もう良い、他を当たる」
「あ! 待って!」
「アルド!!」

マルコは娼婦の腕を振り払うと彼女の制止を聞かずにアルドの後を追った。

「もう!!」

娼婦は心底から悔しがると泣きそうな表情を浮かべて項垂れた。
こうなっては諦めるしかない。
娼婦は踵を返して新しい客を探しにトボトボと歩き出した。

この島に起きている情報――
マルコはアスランの町を歩く中で異様な雰囲気を持った男を見かけた。
その出で立ちや雰囲気からして『アサシン』だと直ぐにわかった。

何故アサシンがこの海賊の町とも言われるアスランにいるのか――。

いつか戦った海賊団を率いるアサシンなのだろうかとも思った。しかし、海賊というには相応しく無い雰囲気を纏っていることから――違う――と、胸の内で自然と否定の言葉が湧いて出た。

マルコは男の後を追跡しようと思った。
男は途端に角を曲がった。
後を追うマルコだったが、角を曲がると姿形は既に無く、気配すらも完全に消されて見失ってしまった。
相手は流石にアサシンだ。どうやら気配を感知されたらしい。

「チッ……」

こうなっては探し出すのも不可能に近いだろう。マルコは早々に諦めてその場を立ち去った。
それから道中において、この町に住む者、海賊、そして娼婦達等、彼らの間で俄かに噂される話を小耳に挟んだマルコは、その情報をより詳しく知りたいと一人の娼婦に声を掛けた。
その結果、娼婦と共に酒場に向かうことになってアルドと出くわしたのだが――。

「お前があの男の存在を知ったら、きっとお前はそいつを殺すまで追うだろうよい。なァ、アルド……」

アサシンだったアルドがアサシンを狙い戦う理由――。
大方の話を白ひげから聞かされたから知らないわけじゃない。しかし、マルコはその理由をアルドの口から直接聞きたかった思いがあった。
仕事終わりにそれを問い掛けたことがあったが、敵との遭遇によって聞くことができなかった。
結局、それ以降もずっと聞けないままで――マルコは溜息を吐いた。

「これのどこがアサシンを知ってるっつぅんだ。今のままじゃあ#イルマ#の時と変わらねェよい」

――何かしてやれることがあるのなら――

そんな気持ちがあったとしても結局は何もしなかったあの時の後悔が、今でも胸中に湧き上がる。時折それが胸を圧迫して息苦しさを感じ辛くなる時がある程。

「もう後悔したくねェ。#イルマ#と重ねて見えるのはアルドが同じアサシンだからだろうけどよい。どうしてだろうなァ……」

―― 時々、本当に#イルマ#と接してるような気がする時があるんだ……。

「……男、……なんだがなァ……」

アサシンに『男』とか『女』とかの概念は無いのかもしれない。だから重なって見えたりしてしまうのかもしれない。

―― とりあえずだ。なんでかわからねェが今は機嫌を直してもらわねェと話も出来そうにねェ……。

アルドに追いついたマルコが声を掛けようとするとアルドは足を止めた。
これ見よがしに大きく深〜い溜息を吐いた。そして、ゆっくりと振り向いてマルコを見る。
間近でアルドの表情を見たマルコは目を丸くした。
明らかに――不機嫌なんですけど、まだなにかあるんですか?――と言っているように思えた。
まるで自分が悪くて怒られているような気がしてならない。

―― なァアルド、おれはお前になんかしたかい……?

マルコは頬をヒクリと引き攣らせると苦し紛れな笑みを浮かべることしかできなかった。
無言を貫くアルドは踵を返して酒場へと向かって歩き出した。
マルコはガクリと肩を落として深い溜息を吐いた。それからはもう一言も話さずに黙ってアルドの後ろを歩いて酒場に向かうのだった。

春島ラクアナ港町アスランにて

〆栞
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