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酒場の片隅で珍しくたった一人で酒を飲むラクヨウ。少し離れた場所で7番隊の部下達が楽し気に酒を酌み交わしているのだが、その輪の中に入らずに何やら難しい表情を浮かべて考え事をしているようだった。

「隊長、滅多にしねェことすると知恵熱が出ちいますぜ!」

最初こそ副隊長のヤコポ達がラクヨウを囃し立てて笑っていたのだが、どうも今回は冗談でも無くてマジなのだと理解すると誰も声を掛けなくなった。
ラクヨウの頭の中には彼らの言葉は全てシャットダウンされて届いていない。思考は全てフードを被ったお馴染の隊員のことで一杯だったからだ。

―― やっぱり変えさせるか。もうおれの部下じゃあねェが、んなこたァ関係ねェ。7番隊所属ん時だってマルコは口出ししたり自分の部下みてェに扱ってたからな。

今から遡ること数刻前――
ラクヨウはアスランの町から少し外れた辺鄙な場所に人知れずある小さな酒場に立ち寄った。そこは余程の通な酒好きしか訪れることの無いあまり知られていない隠れ酒場だ。
その酒場をラクヨウが一人で訪れた時、ラクアナ島中心地にあるロスカ国家都市に住んでいるという男達が三人ほどカウンター席に座って話をしていた。
ラクヨウは彼らから少し離れたカウンター席に腰を下ろして酒を注文した。そして、なんとなく入彼らの会話に聞き耳を立てた。

【 フード付きの白装束を纏う集団 】

注文した酒が入ったジョッキを手にして口にした時、偶々その言葉が耳を突いた。
ラクヨウは呷る手をピタリと止めてジョッキを置くと食い入るようにして「おい、今の話をもう少し聞かせてくれ」と、彼らに声を掛けた。

「え、えェ?」
「あんたは海賊かナ?」
「あァ、まァそんなとこだ」
「海賊のあんたが聞いてもなんの得にもならねェ話だズ?」
「構わねェ。おれはそのフード付きの白装束を纏う集団ってェのにちょっと興味があってな。で、そいつらはこの島にずっといる連中か?」

ラクヨウの問いに彼らは首を振った。
詳しい事情はわからないが、近頃この島の中央都市でそういう連中の姿を目撃する人が増えたのだという。この島の中心にあるロスカ国家都市にあるセルヴァ王宮で、次期ロスカ王となる者の戴冠式が近々行われるので、その為の衣装なのでは――と、誰もがそう思っているのか、あまり気にしていないらしい。

「確かここの王様はゾーラ・イレネオっつったか? 実直で穏和。民衆にも慕われるできた王様だっつぅ話は聞いたことがあるが……、なんだ、もうそんな年か?」
「いえ、まだ六十歳ぐらいだと言われてます」
「六十? まだ隠居にゃあ早ェんじゃねェのか?」
「それは誰もが思ってることなんだナ」
「ただ、この戴冠式は王子が勧めたってェ噂だズ」
「王子だァ〜? 王様が六十ぐれェってんなら……」
「四十歳です」
「脂が乗った良い年齢じゃねェか。なにか問題でもあんのか? 見たところおめェら三人共不満っつぅ面してやがるが……」

ラクヨウは三人の顔を順番に見てクツリと笑うと酒を呷った。
この酒場の主人がラクヨウが飲む酒に合う肴を出すとチラリと三人を一瞥してからラクヨウに向けて軽く手招いた。

「あン、なんだ?」

ラクヨウがカウンターに寄り掛かると酒場の主人も身を乗り出してラクヨウに耳打ちした。

「王子は双子でねェ、酷い権力闘争の真っ最中なんですよ」
「へェ……、成程な」

現ロスカ王ゾーラ・イレネオには二人の息子がいた。
第一王子の名はランス。第二王子の名はリエト。
顔も性格も瓜二つの双子なのだが非情に仲が悪いらしく、温厚な父親とは真逆の性分で高慢且つ冷酷で我儘なのだそうだ。富、名声、そして権力は自分の手中にあって当たり前。王族第一主義で差別的。国民は王家の為にあるのが当然で奴隷のように思っている節もあるという。

「おいおい、あの有能な王様になんでそんな捻くれた息子ができやがるんだ」

ラクヨウが少し驚いて聞くと三人は顔を見合わせて大きく溜息を吐いた。

「正室だった奥方が良くなかったんです」
「立派な家柄の令嬢だったみたいだけど我儘で高慢ちきな嫌な女なんだナ」
「イレネオ様は人が良すぎなんだズ……」

ラクヨウはジョッキを軽く回して酒をチャプチャプと鳴らしながらカウンターに頬杖を突いて鼻を穿った。スポンと引き抜いた小指に付いたそれを小指と親指で捏ね繰り回す。そうしている内に乾いて丸くなったそれをピンッと撥ね飛ばした。
それを見ていた酒場の主人が「あ、」と声を漏らして嫌そうな表情を浮かべたが、ラクヨウは気にもしなかった。

「ありそうっつぅか、どこにでもそういう手合の話はあるもんだ。……で?」
「「「で?」」」
「王家の話なんざ興味ねェ。おれが知りてェのはそのフード付きの白装束を纏う集団だってェの」
「はァ、ただ見ただけなのでよくは知りません」
「彼らについての話はあまり聞いたことないんだナ」
「流行のファッションなんじゃないズ?」
「あーそうかい、わかった。邪魔して悪かったな」

ラクヨウはそう言うと残った酒を一気に飲み干して席を立った。そして、酒の肴に出された摘みを引っ掴んで口に放り込むと「じゃあな」と言って酒場を出て行こうとした。丁度その時だ。
ラクヨウと入れ違いに二人の男が客として酒場にやって来た。

「黒いフードの男を見たってよ。なんだっけ……アスラン?」
「そんな町あったか?」
「田舎町かもな。この島は広いし」
「田舎町ねェ……。けど、そんなところでもあいつらと似た服装で歩いてる奴がいるってェんなら、あの服装はやっぱり流行なんだって」

擦れ違う男達の会話を聞いたラクヨウは眉間に皺を寄せた。

―― そりゃあ、あれだ。確実にアルドだ。

ラクヨウは小さく舌打ちをすると石段を数段降りてガシガシと頭を掻きながらアスランの町へと足早に歩き出した。そして、アスランに戻ると飲み直しとばかりにアスランの酒場に入ってこうして飲んでいるのだが――、一向に楽しい酒にはならない。
頭の中で考えているのはフード付きの白装束を纏う集団でもゾーラ王家のことでも無く、つい先刻まで部下だったアルドのことばかりだ。

フード付きの白装束を纏う集団というのは恐らくアサシンの連中だろう。
ロスカ国王家の権力闘争に乗じて彼らが何らかの目的でこの島にいるのだとすれば、以前にあった王家一族郎党が何者かに抹殺された件と似た何かがこれから起ころうとしているのかもしれない。
もしそんな情報がアルドの耳に入ったならば、恐らく一人で船から降りて彼らを駆逐しにかかるだろうことは明白だった。だがそれは十年来付き合ってきたラクヨウからすればアルドの通常運転であって何ら問題は無い。では一体何を悩んでいるのか――。

「あいつは別に拘ってる感じでもねェし、武器が使えりゃあ見た目なんざどうだって良いだろ……たぶん」
「た〜いちょ〜う! なんか言いやした〜?」
「なんでもねェ独り言だ。それよりも店に迷惑かけねェ程度にしろよ。お前ェらが調子に乗ると店が潰れっちまうからなァ」
「「「うーい!」」」
「ラクヨウ隊長がそれを言うたァ、明日は槍が降ってくらァ!」
「「「違ェねェ!」」」
「おう、おれがお前らの上に直で降らしてやらァ!」
「「「だっはっはっ!」」」
「おれァちと用事が出来たから先に帰るからな」
「「「アイアイサ―!」」」

7番隊の隊員達はご機嫌で、まだまだ飲み足りないとばかりに酒を呷っている。
ラクヨウは彼らに”一応”隊長として釘を刺しておいた。

――まァ聞いちゃいねェな。気にしねェけど。

席を立ったラクヨウは軽く鼻歌混じりに酒場を後にした。
アスランの町からモビー・ディック号までの道のりを「くあァ〜!」と欠伸をしながらコートのポケットに両手を突っ込んでのんびり歩く。

とりあえず服装を変えろと言ってみようか。しかし、あのアルドが疑問を抱かずに素直に了承するかどうかは――きっと無い。それならばアルドに言う前にマルコを通した方が早いかもしれない等々、ラクヨウなりに色々と考えていた。
一方その頃――。
酒場では無く酒を取扱う販売店を見つけたアルドは、マルコと共に幾つか酒を購入して船に戻ったところだった。
船番をしていた隊員達は待ってましたとばかりに喜んでアルドを出迎えようとしたが、アルドの後にいたマルコの姿を見止めると全員が一瞬にしてピシッと石化した。
マルコが眉間に皺を寄せて六人を睨む中、アルドは小さく溜息を吐いてマルコに振り向いた。

「……マルコ隊長、おれがそうしたくて買いに行ったのだと何度も言ったはずです」
「あァ、わかっ」
「ってないから彼らを睨んでいるのだと思うのは、おれの勘違いですか?」
「――ッ……」

アルドは自分が持っていた酒箱を甲板の隅に置いて戻るとマルコが持っていた酒箱を奪うようにして受け取った。無表情だが射抜くような眼付きをしていたことにマルコは思わず言葉を飲み込んだ。
あの鬼の1番隊隊長に反論の余地を与えずに言い負かせるアルドに、船番の隊員達はゴクリと固唾を飲んだ。―― 凄ェ…。あのマルコ隊長を黙らせた……――と、誰もがアルドに称賛の意を向けていた。

―― こいつら、いつの間にアルドと距離を縮めたんだよい……。

なんとなく敗北感にも似た気持ちを抱いたマルコは人知れず視線を外して首筋に手を当てると溜息を吐いた。

「これだけあれば足りますか?」
「お、おう、ありがとな。あの、マルコ隊長もすみません。まさかマルコ隊長が運んでくださるとは思ってもいなくて」
「あー……おれがそうしたくてやったんだ。気にすんな」

マルコが気まずげにそう言うと隊員達も同じように戸惑いながらマルコに頭を下げた。
その一方でアルドは「では、おれはこれで失礼します」と言ってマルコと隊員達を置いてさっさと船内へと入って行った。

「……マルコ隊長」
「……なんだ?」
「アルドって何者なんですか?」
「前は7番隊の隊員だったが、今はおれの部下だよい」
「前は……?」
「十年ほど同じ船に乗ってんだが……」

マルコの言葉に隊員達は目を見開いて固まった。

「え……?」
「嘘……?」
「じゅ、十年も!?」
「新人じゃあ無かったんすか!?」
「だとしたらおれより先輩っすよ!?」

マルコは――やはり気付いて無かったか――と苦笑を浮かべた。

「酒は程々にしろよい」

隊員達にそれだけ残して船内へと入って行った。

そう、十年もの間、同じ船にいながら殆どの船員がアルドの存在に気付いていなかった。今後アサシンに対抗するとなるとそれなりの訓練はやはり必要不可欠だ。
12番隊の彼らの反応にマルコは改めてそう思った。

このラクアナ島にアサシンがいる。もしあのアサシンがアルドの存在に気付いたらどうなるか――。
アサシンの対策を練るにしてはあまりにも時間が無い。
マルコは焦りにも似た危機感を抱いていた。

とある情報

〆栞
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