31

アスランの町からロスカ国家都市まで馬を走らせたとしても二、三日は掛かる。丁度その中間に位置する場所に宿場町として栄えるノルボリという町があった。
この町の唯一ある小さな酒場の一角に、フードを被った同じ衣を纏う者が数人いる。
彼らの腰元にはベルトが巻かれ、そのベルトにはナイフ等の細かい武具が装着され、腰の後ろには短剣を、左側に長剣を装備している。更に、ベルトの下から赤色のサッシュが見え隠れしていた。
彼ら以外に客はいない。
酒場のマスターと思われる老人は、彼らに背を向けたままカウンターに座って居眠りをしていた。

カランカラン……――。

酒場の扉が開けられる鐘の音が響いた。彼らはその音に釣られるようにして視線を向けた。彼らと同じ衣服を纏う者の姿があった。その者は彼らの元にツカツカと歩み寄った。
彼らはその者が来ると直ぐに立ち上がって頭を下げた。その者は手だけで応じると彼らに座るように促した。
それに従い彼らが黙って座るとその者は立ったまま静かに話し始めた。

「抵抗する勢力が無いか確かめにアスランまで足を延ばして来たのだが」
「あそこは海賊共が集まるならず者達の隠れ家と聞きます。この中心地で紛争が起きたとしても、あの町だけは無関係を突き通すのではと思うのですが……」
「昨晩、白ひげ海賊団がアスランに寄港したそうだ」
「「「!」」」

白ひげの名を聞いた彼らは一様に口元を結んだ。だがその内の一人が直ぐに口を開いた。

「白ひげを筆頭にした彼らはただの海賊です。一国の紛争にわざわざ口出しするように思えませんが」
「確かに奴らは海賊だが、義賊にも似た集団だ。その辺の海賊とわけが違うのでな」
「それでは予定を遅らせると?」
「セルヴァ王宮は難攻不落の城塞。五日後の戴冠式を逃してはそう易々と王族に近付けんだろう」
「ではどうすると?」
「何もしなければ良し。もし何らかの動きを見せるようなら、一部隊を見せしめに殺す」
「シルヴァーノ様、では我々が彼らを見張りましょう。万が一にでも妙な動きを見せたのなら――」
「あァ、この男とその部隊を殺せ」

その者――シルヴァーノと呼ばれた男は、ポシェットから取り出した一枚の賞金首リストをテーブルの上に差し出した。

『五億五千万ベリー ポートガス・ D・エース』

「この男は確か海賊王の……」
「そうだ。ポートガス・D・エース。海賊王ゴールドロジャーの実子だ」
「……驚いた。……本当にあの海賊王の?」
「元より海軍上層部から打診のあった男だ。生死を問わず――とな」
「各支部を殲滅し、多くの同胞を殺した海軍の為に……ですか?」
「手土産にすれば喜ぶだろう。さすれば奴らもそうそう我らに対して頭を上げられまい」

シルヴァーノは表情一つ変えずに賞金首リストに載るエースを冷酷な目で見つめた。

「それにこの男は白ひげ海賊団においては末端の人間だ。2番隊隊長の席を与えられたようだがそれもごく最近の話。悪魔の実の能力者ではあるが我々には関係無い」
「わかりました」
「但し、動きを見せた場合に限りだ。面倒事は避けたい。余計な戦いは出来る限り最小限にしろ。ここは海軍大将黄猿の統治下であることを忘れるな」
「はい」
「お任せください」
「では我々はこれで」

シルヴァーノの命を受けた彼らは右手を左胸に当てて頭を下げると即座にその場から姿を消した。
シルヴァーノは腰元の投げナイフを徐に一本取り出すと賞金首リストのエースに突き刺した。

―― 我の後を追跡した男は白ひげ海賊団1番隊隊長不死鳥マルコ。奴は……何を知っている?

シルヴァーノはアスランで自分の後を追跡してきたマルコを思い出していた。
何かを探るように警戒しながら、それでいて見事なまでに気配を消しての追跡だった。
部下にも見習わせたい程だと思いながら途中で撒いたのだが、見失った際のマルコの表情は、まるでアサシンを知っているかのようだった。

「まさかとは思うが、白ひげ海賊団にもアサシンがいるというのか? そのような情報は入っていないが……」

各地を回ってアサシンを囲う海賊団を殲滅して同胞を掻き集める中、新たな命を受けてこのラクアナ島に来た。
ロスカ国を統治するゾーラ家に伝承されると言われている『秘宝』の在処を吐かせ、事のついでに殺害することを目的としている。
シルヴァーノは身を翻して出口へと足を進めた。カウンタ―で居眠りを続ける老人を一瞥してドアに手を掛ける。

「愚かな海軍め。我らと敵対して何になるというのか。無駄な犠牲が増えるだけぞ」

シルヴァーノはポツリと零すと酒場を出て行く。
キィィと軋む木の音と、カランカランと鳴る乾いた鐘の音と共にパタンとドアが静かに閉まる。
薄暗い酒場の中には老いたマスターが一人、ゆらりと身体が斜めに崩れ落ちてドサリと床に転がった。赤い血の海が徐々に広がりを見せる中、老いた顔から疾うに生気は消え失せて絶命した。

「白ひげは警戒すべきだ。そして、あの不死鳥マルコも相当の切れ者と見た。やはりその辺の海賊とは格が違う」

暗殺対象としつつ外されたのには頷ける。だがそれでも――

「我なら容易に暗殺できる。いざとなればその時は……」

シルヴァーノは無表情にそう呟くとその場から瞬時に姿を消した。そして、酒場のマスターが殺されたことを町の者が知るのは翌日の午後を過ぎた頃だった。





ラクヨウはソファに足を組んで座ると欠伸をした。その隣には両腕を組んだマルコが少々落ち着かない様子で座っている。
アルドは三人分のコーヒーをローテーブルに置くとローテーブルを挟んで二人の前に置いた椅子に腰を下ろした。

「どうして今更になって衣服を変えろと仰るのか、その理由を話してください」

アルドはコーヒーを口にしながらラクヨウに言った。

バシン!

「痛ッ!?」

ラクヨウはマルコの肩を叩いた。
結構な強さにマルコは思わず声を上げた。
ラクヨウは叩かれた肩を摩るマルコに「任せた」と耳打ちしてニヤリと笑った。
マルコは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてラクヨウを睨み付けた。

遡ること数十分前のこと――。

アルドを追うようにしてマルコが船内に入った後、アルドの部屋の前でマルコはアルドを呼び止めた。マルコが口を開こうとするとアルドはそれを遮るようにして「寝ます」とだけ告げてさっさと部屋へと入ってしまった。

――あまり機嫌が良くない――

そう思えたマルコは、アルドを無理に引き留めるのは懸命でないと直感的に判断して頷くことしかできなかった。そして、閉じられたアルドの部屋の扉に額をトンとくっつけて溜息を吐くと自らも自室へ戻ることにした。
それから暫くした後、ラクヨウが珍しく早々と船に戻って来た。
船番の男達はラクヨウの姿を見つけるなり挙って驚きの声を上げた。そして、本当に奇跡的な光景だと何度も目を擦った。

「やっべェ、明日は大砲が降ってくるぞ!!」
「いや、槍かもしれねェ!!」
「「「どっちも嫌だ!!」」」

大変失礼なことを叫んでいる彼らを他所に、ラクヨウは軽く欠伸をしながらガシガシと頭を掻きつつ船内へと入って行く。
誰彼に何を言われようとも全く気にも留めないのは、ラクヨウの長所と言えるだろう。
そんなラクヨウが向かった先は――マルコの部屋だ。
部屋に入るなりラクヨウは、仕事机に座るマルコの目の前にズンズンと歩いて来たかと思うと机に両手をバンッと力強く叩き突けた。そして、真剣な面持ちの顔をマルコの目の前にズイッと近付けて睨み付けながら強く言った。
ラクヨウの勢いに押されるように思わず上体を仰け反らせたマルコは、その言葉に目を丸くした。

「――……な、なんだって?」
「だーかーらー、アルドの出で立ちについて言ってんだ。あれはどっからどう見てもアサシンの格好でしかねェ!」

ラクヨウの言葉を受けるとマルコは視線を明後日の方角に外しつつ「アサシンだしなァ……」と呟いた。

「この島にはアサシンが」
「あァ、それは知ってる」
「――あン? 知ってるだと?」

ラクヨウの言葉を遮ったマルコに、今度はラクヨウが面食らったように目をパチクリさせた。マルコが小さく溜息を吐いて視線を戻すとラクヨウは机に突いていた両手を離して腕を組んだ。

「話を聞いたのか?」
「まァ……、大体そんなところか……」

なんとなくはっきりしない返事のように思えたが、ラクヨウはとりあえず話を進めた。

「今日、アルドは町を出歩いたか?」
「町でぱったりと会ったよい」
「どうして出歩いたのか聞いたか?」
「船番の奴らに酒を買って来てくれと頼まれたんだとよい」

マルコがそう答えるとラクヨウはまた軽く目を丸くした。
近頃、他の隊に所属する者達とアルドとの距離感がこれまでと違って大きく変わって来ていることをラクヨウは初めて実感した。

「は……、素直に頼み事を聞き入れたってェのか……」

ポツリと零したラクヨウの言葉にマルコは片眉を上げて小さく笑った。

「やっぱり珍しいことなのか。さっき一緒に戻ったところでアルドは部屋にいるよい」

マルコはそう告げると羽ペンをサラサラと動かして書類にサインを書き込んだ。

「服の色が違うが似た格好をした奴を見掛けたってェ話を聞いてな。まさかとは思ったが、おれは明らかにアルドのことを指してやがると思ったわけで……」
「あァ、成程。そういうことか。奴らと同じに見られるのはアルドにとっても本意じゃねェだろうなァ。それに、おれ達としてもやはり同じく好ましくねェ」
「それでだ」
「ん?」
「アルドにファッションチェンジを促してェんだが」
「あァ、そいつは良いとは思う……けどよい」
「けどよい……なんだ?」
「どうしてそれをわざわざおれに言うのかわからねェんだが……」

マルコはなんとなく腑に落ちないとでもいった表情を浮かべた。それにラクヨウは片眉を上げた。

「わかるだろ?」

何を言ってやがんだとばかりにそう言われたマルコは眉間に皺を寄せて小さく首を振った。

「わかんねェよい」

マルコの返事にラクヨウは頭をガシガシと掻いて溜息を吐いた。そして、再びバンッと両手を強く叩き付けるとマルコに迫った。

「おれが言っても聞きやがりゃあしねェからだ! だからこうしてわざわざ”元上司”のおれ様が、”現上司”であるマルコ隊長殿にお願いにあがってんだ・ろ・う・が!」

怒鳴り声にも似た声音で強く迫るラクヨウに気圧されるようにしてマルコはまた軽く仰け反った。

「そ、それは、おれが言っても同じ結果だろうよい」
「いや、違うな。アルドはお前ェの言葉なら素直に耳を貸しやがる」
「どこをどう見てそう思うんだい……。おれはまだアルドの心情をラクヨウ程には察してやれねェし、そもそもアルドと話せるようになったのもつい最近なんだ。確かにおれの部下にはなったが、だからっておれがそれを言ったところでアルドが素直に聞くとは到底思えねェよい」

迫るラクヨウの顎元を手で押しやるようにしながらマルコがそう反論するとラクヨウは軽く蟀谷に青筋を張った。
笑ってはいるが口はギリギリと歯を食い縛る――と、何やらもどかしいとばかりに両手で頭を抱えて「あ”あ”あ”あ”!」と声を上げ始めた。
急に荒ぶるラクヨウに驚いたマルコは大きくビクリと反応して椅子から若干だけ跳ねるようにして飛んだ。

「な、なんだよい!?」
「いい加減に気付け! 気付いてやれ! お前ェはおれと違って数倍聡い奴だろうが!? なァ〜んで肝心な所で鈍さを発揮してやがんだ!? おれがどんだけ気を揉んで間を取り持ってやってるって思ってんだァ!? あ”ァ”!? ゴルアァァッ! マルコォォォッ!!」

ラクヨウは仕事机を飛び越えると両手でマルコの胸倉を掴んで椅子事壁際まで押しやった。そうして前後にガクガクと激しくマルコを揺さぶりながら怒鳴って捲し立てる。
あまりの剣幕にマルコは唖然として「離せ」と言えないまま、ただガクガクと揺さぶられながら思考を回した。

―― 間? おれとアルドの間をラクヨウが取り持っただって……?

ラクヨウとはアルドのことについて険悪になったことはあったにしても、アルドとの間を取り持ってもらったようなことは記憶に無い。しかし、凄く必死な形相で訴えるラクヨウに――ひょっとしたらあったかもしれない。ただ自分がそれに気付かなかっただけかもしれない――と、流されるような形でマルコはそう思った。

「いや、まァ、ありがてェけどよい……。それより今はちゃんと話をッ」

ラクヨウの腕を掴んだマルコに、ラクヨウは眉間に皺を深く刻んだ。

「おい、ここでまさかの天然か? 本当に鈍過ぎんだろうが……」
「いや、意味がわからねェ。なにが言いてェんだ……?」
「いや、もう良い。今のはノーカンだ。忘れろ」
「は?」

ラクヨウは手を離すとガクリと項垂れて溜息を吐いた。
釈然としないマルコが眉目を潜めて「おい」と声を掛けるが、ラクヨウは首を振って「なんでもねェ」と告げながらトボトボとした足取りでソファの元へ行くと力無くドサリと腰を下ろした。

「兎に角、アルドはアサシン卒業ってェことで、今後はフードを取っ払った普通の格好をさせるべきだってェいうのが、元上司からの意見だ。あとは現上司であるマルコに任せる」
「……」

マルコは無言のまま静かに立ち上がると机に広げた書類を整えてからラクヨウの元に歩み寄った。

「そういうことならよい」

マルコは無遠慮にラクヨウの襟首をガシリと掴んだ。

「あン?」

キョトンとするラクヨウを他所にグイッと引っぱって立ち上がらせると今度はラクヨウの眼前にマルコの顔が迫った。

「元上司のお前も同行しろ。そんで、話の切り出しはてめェの役目だ」
「おいおい、なんでそうなっ」
「間、取り持ってくれるんだろ?」
「――ッ! お、おう!」

マルコの顔は笑ってはいるが、蟀谷に青筋が張られて頬が引き攣ったもので不自然さが際立っていた。そして、何よりもマルコの目が全然笑っていない。

―― 角と牙が見えた。マジだなヲイ。みんながビビっちまうのもわかるぜ。

訓練の時にマルコが時折見せる鬼の顔を垣間見たラクヨウは、視線をスイッと斜め下に外すと黙ってコクコクと頷くことしかできなかった。
そうして――二人でアルドの部屋を訪ねた――のだが、部屋に入るなりラクヨウが開口一番にコーヒーを注文してソファに座った。
きっといつもこんな風にして部屋に入り込むのだろうと思いながらマルコは少し遠慮気味にラクヨウの隣に移動して腰を下ろした。

「……マルコ隊長も?」
「あ、あァ、ブラックで頼む」
「わかりました」

寝ると言って部屋に戻ったはずだったが――と、マルコはベッドに視線を向けた。
皺が寄っておらず使った形跡も無い。ひょっとしたらこのソファで寛いでいたのかもしれない。
視線をアルドに戻すとアルドは三人分のコーヒーを淹れる為に備え付けの戸棚にあるカップに手を伸ばしていた。

こうして――話は数十分後の現在に戻る。

マルコとラクヨウは、この島にアサシンがいることはとりあえず伏せるということだけを約束事として決めていた。二人は、アルドの「どうして――」に対して若干しどろもどろになりながら適当に嘘を並べてアルドを説得しようと試みた。

「ほら、アルドも大分この船の奴らに知られて来ただろい? フードを被ってるとアルドの表情が読み取れねェ奴も多いだろうし、隊を移動したこの機会に身形を変えるのも良いんじゃねェかってェ話をしてたんだよい」
「そ、そうそう、おれも前々からそうするべきだと思っててよ、マルコの意見におれも大賛成ってわけだ。もう十年も過ごして来てんだ。丁度良い機会じゃねェか。なァ、アルド」

マルコとラクヨウはそう言うと二人してお互いに腕を回し、肩を叩き合いながら仲良さげに笑った。

「「な?」」

同時に声を揃えてアルドにお伺いを立てるような同意を求める二人に対してアルドは無表情のままコーヒーを一口飲んだ。

―― ……。

白ひげ海賊団の隊長でもあるのに、見事なまでに嘘が下手過ぎる――と、アルドは黙って二人を見つめるのみだった。

元上司と現上司

〆栞
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