32
暫くしてアルドは、小さな溜息を吐くと「では、仮に衣服を変えるとして――」と口火を切った。ラクヨウの顔がパッと明るくなった。
「お! 変えるのか!?」
顔をパッと明るくしたラクヨウを一瞥してアルドは首を振った。
「仮に変えるとして、です」
「あン?」
「アサシンブレードやこの胴巻きベルトは必ず着用したいのですが、これに見合う衣服というのは勿論あるんですよね?」
「ん……んー?」
アルドの言葉にラクヨウは笑みを浮かべながら首を傾げた。それを隣で見ていたマルコは眉間に手を当てて溜息を吐いた。
「あまり目立たないでいられるなら問題は無いと思いますが、出来得る限りこれまで通りに自然体でいられる恰好が良いですね。ただ、おれは服に関して疎いので、自分で用意することはできません。それに、おれは今のこれで良いと思っているので買いに行こうとも思いません」
アルドがそう言うとラクヨウは「ん…ん”ー」と小さく唸って腕を組んだ。そして、コクンと頷くとパシンッと自らの膝を叩いてラクヨウは言った。
「そいつはマルコがなんとかするから任せりゃ良い」
「は!?」
ラクヨウの科白に弾かれるようにして反応したマルコは慌ててラクヨウの胸倉を掴んだ。
「おい! 言い出したのはてめェだろい!?」
「部下をベストの状態にしてやるのも上司の務めだよマルコ君。さァ、ここからは上司と部下の二人で頑張る時間だよ〜!――なんてな、おれのキャラに全く似会わねェ言い方してやったぜ!」
「「誰の真似か聞きたい(です)(よい)」」
「ガハハハハッ!!」
ラクヨウは額と腹に手を乗せてゲラゲラと笑った。そんなラクヨウに冷たい目を向けるアルドとマルコだったが、一切気にしないラクヨウはご機嫌に手を伸ばしてコーヒーカップを手に取った。
アルドは小さくかぶりを振るとスッと立ち上がって流し台へと移動した。それを不思議に思ったマルコはアルドの姿を目で追った。
アルドが流し台の奥の方に手を伸ばした時、「熱いィィッ!?」とラクヨウが絶叫した。
―― !?
マルコは思わずビクンと驚いた。振り向くと涙目で悶えるラクヨウがいて唖然とした。そして、傍に戻って来たアルドにゆっくりと顔を向けた。
「いつものこと……かい?」
「はい。こうなるだろうと予測はしてました」
アルドはそう言ってラクヨウに”それ”を投げ渡した。
「おう、気が利くな」
ラクヨウは手渡された布で口元を拭うと「んげ!?」とばかりに声を上げてベシンとテーブルに投げつけた。
「雑巾じゃねェか!!」
怒鳴るラクヨウに対してアルドは肩を竦めると綺麗なタオルを改めて差し出した。
「くそ、ちゃんとしたやつがあるじゃねェか」
ラクヨウはブツブツと言いながらそれに手を伸ばした――が、瞬間的に視界が真っ白に覆われた。顔面に向けてベシンッとタオルを投げつけられたからだ。
「なんだてめェ!?」
「なんとなく……?」
「喧嘩売ってんのか!?」
「あァ、はい」
アルドはラクヨウに手を差し出した。
「あン?」
アルドの行動にラクヨウは理解できずに首を傾げた。差し出されるアルドの手の平を見つめてから再びアルドに視線を戻した。
「どうしたんですか?」
アルドは「ほら」と言って指先をちょいちょいと動かした。
「なんだァ……?」
「えェ、ですから喧嘩を売りました」
「あァ?」
「一万ベリーになります」
「あー! 成程! そうかそうか、なんだ結構な値段するじゃねェか!! ガッハッハッ……って、アホかァァァ!?」
ラクヨウが盛大に怒鳴る傍らでアルドは何事も無かったかのようにしてコーヒーが零れた床やテーブルを雑巾で拭き始めた。
マルコはコーヒーを飲みながらアルドとラクヨウのやり取りについて行けずに、ただ黙って傍観するのみだった。
―― これが……、日常かよい……。
これまで持っていたアルドのイメージ像とあまりに掛け離れ過ぎている姿に、マルコは驚き固まるしかなかった。
「マルコ隊長」
「ッ!」
アルドに呼ばれてハッとしたマルコは、持っていたコーヒーカップを落としそうになった。だがなんとか堪えてアルドを見やった。
「な、なんだい?」
「どのような恰好が良いのかおれにはわかりません」
「あ、あァ」
「とりあえずフードを無くした方が良いというのは、マルコ隊長もそう思われますか?」
アルドの問いにマルコは少し考えてからコクンと頷いた。
「わかりました。少し適当にですが、おれなりに変えてみます。後で部屋に伺いますので良いかどうか判断して頂けますか?」
「おれで良いのなら了解だよい」
マルコがそう告げるとアルドはペコリと軽く頭を下げてから立ち上がった。
「ラクヨウ隊長、その服はその辺に出しておいてください。後で”適当に”洗っておきますので」
アルドが素っ気無くそう言うと、ラクヨウはムスッとした顔で使ったタオルをアルドに投げ渡した。
「扱いの違いに軽く傷つくだろ」
「傷、もっとつけますか?」
アルドは手首をクイッと返した。小手具からシャキンと音を立ててアサシンブレードが顔を出す。
「ま、まさか……」
ラクヨウは慌てて立ち上がった。その顔から血の気が一気に引いて行く。
「まだあれは有効だってェのか!?」
顔面蒼白となったラクヨウは絶叫しながら逃げるように部屋を出て行った。
勢い良く開けられたドアが静かにゆっくりと閉まるとマルコはポカンとしながら首を傾げた。
―― あれって……? なんだ?
アルドはアサシンブレードを収めるとラクヨウが置いていったコーヒーカップと自分が飲み干して空になったコーヒーカップを手に取って流し台へと片付けた。
「驚きましたか?」
「あ、あァ、まァ……。二人が普段どう接してるのかなんてェのは、よく考えりゃあ見たことがなかったからよい」
マルコは戸惑いながらそう答えた。アルドは元の椅子に腰を下ろすと視線をドアへと向けた。
「あの人なりの気遣いだと思います。おれはただそれに合わせているだけですから」
「合わせてる……か」
マルコはクツリと笑うと残っていたコーヒーを飲み干してカップを置いた。アルドがマルコに視線を戻すとマルコは「じゃあ……」と片眉を上げた。
「おれとはこれからどう接する気だい?」
その問いにアルドは微動だにせず表情さえも崩すこと無く沈黙した。そして、少しだけ間を置くとアルドはマルコに向かって頭を深々と下げた。それにマルコは目を丸くした。
「おい、なんだ」
「守ります」
「――ッ……!」
「あなたと、あなたが大切に思うこの船の者達を、家族を――」
アルドはそこまで言うと膝の上に置いた拳を強く握り絞めて静かに言った。
―― あなたの為に ――
「!」
頭を深く下げたままで表情を見ることができなかった。だが、その姿に、声音に、言葉に、マルコは驚きながらも眉間に皺を寄せた。
―― お前、それは……。
まるでマルコに対して忠誠心を掲げる誓いを立てるかのようだ。その様にマルコは小さく首を振った。
「アルド……、まるで”誓いの儀式”みてェじゃねェか。そんなこと止せよい」
「すみません。おれはこれ以外の方法を知りません」
「!」
「ただ、1番隊の隊員として隊長のあなたに」
「止せって言ってんだ」
「――ッ……」
アルドの言葉を遮るようにマルコが少し低い声音で制止するとアルドは言葉を噤んだ。
「お前はお前だ」
「え……?」
マルコは立ち上がるとアルドの元に歩み寄った。そして、片膝を地面に突いて下からアルドの顔を見上げた。
「配属が変わっても、今まで通りで良いし変える必要はねェ。ラクヨウの隊から外れたからと言って、今後ラクヨウがアルドと会わねェなんてことはねェし、これからも今日のように、また顔を見せに来るだろうよい」
「!」
「アルド、何度も言うが、おれ達は同胞じゃねェ。家族だ。わかるな?」
「ッ……」
マルコは手を伸ばしてアルドのフードを取り払い、明るみに出たアルドの顔を見つめた。アルドの瞳は真っ直ぐにマルコに向けられている――が、漆黒の瞳が僅かに揺れたように思えた。
―― 自分の気持ちを表現する不器用さはラクヨウと似たようなもんだ。
マルコは顔を俯けて微笑を零すと再び顔を上げた。
「改めて、これから宜しくな」
「はい……。宜しくお願いします。マルコ隊長」
相変わらず無表情ではあるが声音は思いのほか柔らかく聴こえた。
マルコは笑みを浮かべるとアルドの頭をクシャリと撫でて立ち上がった。
「コーヒー、美味かったよい。ごちそうさん」
マルコはそう告げると踵を返して部屋を出て行った。
開け放たれたドアが静かにパタンと閉じた。その音がやけに大きく聴こえた気がした。
アルドはマルコが使ったコーヒーカップを流し台で洗うと、胴巻きベルトや小手具等の装備品を全て外し始めた。そして、あまり使うことの無かった鏡台を開けて自分の姿を見つめた。
どのような恰好にすれば良いのか思案し始める。――のだが、ふと右手で先程マルコに撫でられた頭を触った。
ドクンッ――!
大きく心臓が跳ねた。思わずグッと息を呑む。
「アサシンの忠義の誓い。おれは嘗ての主に送った言葉と同じ言葉をあなたに送った。でも、こんなに強い思いを持って言葉にできたのは、あなただから……。……マル…コ…さん……」
遠い昔の記憶――
幼かったあの時の『忠義の誓い』。教団の長である大導師に跪いて誓いを立て、右手の人差し指に填められた鷹と双剣を縁取った銀の指輪に口付けをする。
その一連の行動に意味など無いのかもしれない。だが、アサシンとなった者達は必ずそれを行う。そうして初めて正式なアサシンとして認められて任務を与えられるようになる。
「守ります。あなたと、あなたが大切に思う全てを、同胞を――」
―― あなたの為に ――
あの日、誓いを立てて口付けをした時に見た大導師の目は異様に思えた。何も感じたことの無い自分が初めてゾクリと悪寒を感じて恐怖を覚えた。決して逆らうなと思わせる為の目だったのだと、あの時はそう思った。そう、あの時は純粋にそう…思ったんだ――。
アルドはぐっと目を瞑ると頭を振った。
「不快だ」
ポツリとそう零すと衣服を収める棚を開けて衣服を取り出し、色々と組み合わせ始める。
以前に「おれには似会わねェからやる」と言ってラクヨウから貰ったバンダナがあったことを思い出した。
黒地で赤の細いラインが上下に入っている。誰が被っても似合わないなんてことはない無難なデザインであるバンダナだ。
フードの代わりにはならないがこれで良いかと頭に巻いた。そうして袖の無い黒地のハイネックシャツを着て、その上から丈の短い黒地のジャケットを羽織る。ズボンもまた黒地ではあるが膝下辺りまでと丈は短く、これまた以前に「おれは履かねェからやる」と言ってラクヨウから貰った黒のグラディエーターサンダルを履いた。
最後にこれまで着用していた赤いサッシュを腰に巻き付ける。
「……変な感じだ」
鏡に映るのは見慣れない自分の姿。
相変わらず黒尽くめではあるが、赤いサッシュがあるお陰か存外悪くは無い。マントを取り払ってフードも無い上に、以前と比べて遥かに軽装だ。これで大分変わったと思う。
ただ、武器を装備していない時点での話なのだが――。
煙幕や銃弾は赤いサッシュの上から細身のベルトについたポシェットで十分収まるだろう。長剣や短剣は誰でも普通に装備している為、以前と同じように装備しても大しておかしくは無い。
問題は――投げナイフとアサシンブレードだ。
アサシンブレードの小手具は鉄部分の装飾を取り払い、この軽装に見合ったシンプルな革製の様相に変えた方が良いだろう。これは後にフォッサに頼むことにして――投げナイフを考える。流石にこの服装で投げナイフを収納する胴巻きベルトは異様だ。
「どこかに仕込める場所は無いか……」
腕を組んで思案する。
暫くして「ふむ」と頷いたアルドは、アサシンブレードを手に取って部屋を出て行った。
「お! 変えるのか!?」
顔をパッと明るくしたラクヨウを一瞥してアルドは首を振った。
「仮に変えるとして、です」
「あン?」
「アサシンブレードやこの胴巻きベルトは必ず着用したいのですが、これに見合う衣服というのは勿論あるんですよね?」
「ん……んー?」
アルドの言葉にラクヨウは笑みを浮かべながら首を傾げた。それを隣で見ていたマルコは眉間に手を当てて溜息を吐いた。
「あまり目立たないでいられるなら問題は無いと思いますが、出来得る限りこれまで通りに自然体でいられる恰好が良いですね。ただ、おれは服に関して疎いので、自分で用意することはできません。それに、おれは今のこれで良いと思っているので買いに行こうとも思いません」
アルドがそう言うとラクヨウは「ん…ん”ー」と小さく唸って腕を組んだ。そして、コクンと頷くとパシンッと自らの膝を叩いてラクヨウは言った。
「そいつはマルコがなんとかするから任せりゃ良い」
「は!?」
ラクヨウの科白に弾かれるようにして反応したマルコは慌ててラクヨウの胸倉を掴んだ。
「おい! 言い出したのはてめェだろい!?」
「部下をベストの状態にしてやるのも上司の務めだよマルコ君。さァ、ここからは上司と部下の二人で頑張る時間だよ〜!――なんてな、おれのキャラに全く似会わねェ言い方してやったぜ!」
「「誰の真似か聞きたい(です)(よい)」」
「ガハハハハッ!!」
ラクヨウは額と腹に手を乗せてゲラゲラと笑った。そんなラクヨウに冷たい目を向けるアルドとマルコだったが、一切気にしないラクヨウはご機嫌に手を伸ばしてコーヒーカップを手に取った。
アルドは小さくかぶりを振るとスッと立ち上がって流し台へと移動した。それを不思議に思ったマルコはアルドの姿を目で追った。
アルドが流し台の奥の方に手を伸ばした時、「熱いィィッ!?」とラクヨウが絶叫した。
―― !?
マルコは思わずビクンと驚いた。振り向くと涙目で悶えるラクヨウがいて唖然とした。そして、傍に戻って来たアルドにゆっくりと顔を向けた。
「いつものこと……かい?」
「はい。こうなるだろうと予測はしてました」
アルドはそう言ってラクヨウに”それ”を投げ渡した。
「おう、気が利くな」
ラクヨウは手渡された布で口元を拭うと「んげ!?」とばかりに声を上げてベシンとテーブルに投げつけた。
「雑巾じゃねェか!!」
怒鳴るラクヨウに対してアルドは肩を竦めると綺麗なタオルを改めて差し出した。
「くそ、ちゃんとしたやつがあるじゃねェか」
ラクヨウはブツブツと言いながらそれに手を伸ばした――が、瞬間的に視界が真っ白に覆われた。顔面に向けてベシンッとタオルを投げつけられたからだ。
「なんだてめェ!?」
「なんとなく……?」
「喧嘩売ってんのか!?」
「あァ、はい」
アルドはラクヨウに手を差し出した。
「あン?」
アルドの行動にラクヨウは理解できずに首を傾げた。差し出されるアルドの手の平を見つめてから再びアルドに視線を戻した。
「どうしたんですか?」
アルドは「ほら」と言って指先をちょいちょいと動かした。
「なんだァ……?」
「えェ、ですから喧嘩を売りました」
「あァ?」
「一万ベリーになります」
「あー! 成程! そうかそうか、なんだ結構な値段するじゃねェか!! ガッハッハッ……って、アホかァァァ!?」
ラクヨウが盛大に怒鳴る傍らでアルドは何事も無かったかのようにしてコーヒーが零れた床やテーブルを雑巾で拭き始めた。
マルコはコーヒーを飲みながらアルドとラクヨウのやり取りについて行けずに、ただ黙って傍観するのみだった。
―― これが……、日常かよい……。
これまで持っていたアルドのイメージ像とあまりに掛け離れ過ぎている姿に、マルコは驚き固まるしかなかった。
「マルコ隊長」
「ッ!」
アルドに呼ばれてハッとしたマルコは、持っていたコーヒーカップを落としそうになった。だがなんとか堪えてアルドを見やった。
「な、なんだい?」
「どのような恰好が良いのかおれにはわかりません」
「あ、あァ」
「とりあえずフードを無くした方が良いというのは、マルコ隊長もそう思われますか?」
アルドの問いにマルコは少し考えてからコクンと頷いた。
「わかりました。少し適当にですが、おれなりに変えてみます。後で部屋に伺いますので良いかどうか判断して頂けますか?」
「おれで良いのなら了解だよい」
マルコがそう告げるとアルドはペコリと軽く頭を下げてから立ち上がった。
「ラクヨウ隊長、その服はその辺に出しておいてください。後で”適当に”洗っておきますので」
アルドが素っ気無くそう言うと、ラクヨウはムスッとした顔で使ったタオルをアルドに投げ渡した。
「扱いの違いに軽く傷つくだろ」
「傷、もっとつけますか?」
アルドは手首をクイッと返した。小手具からシャキンと音を立ててアサシンブレードが顔を出す。
「ま、まさか……」
ラクヨウは慌てて立ち上がった。その顔から血の気が一気に引いて行く。
「まだあれは有効だってェのか!?」
顔面蒼白となったラクヨウは絶叫しながら逃げるように部屋を出て行った。
勢い良く開けられたドアが静かにゆっくりと閉まるとマルコはポカンとしながら首を傾げた。
―― あれって……? なんだ?
アルドはアサシンブレードを収めるとラクヨウが置いていったコーヒーカップと自分が飲み干して空になったコーヒーカップを手に取って流し台へと片付けた。
「驚きましたか?」
「あ、あァ、まァ……。二人が普段どう接してるのかなんてェのは、よく考えりゃあ見たことがなかったからよい」
マルコは戸惑いながらそう答えた。アルドは元の椅子に腰を下ろすと視線をドアへと向けた。
「あの人なりの気遣いだと思います。おれはただそれに合わせているだけですから」
「合わせてる……か」
マルコはクツリと笑うと残っていたコーヒーを飲み干してカップを置いた。アルドがマルコに視線を戻すとマルコは「じゃあ……」と片眉を上げた。
「おれとはこれからどう接する気だい?」
その問いにアルドは微動だにせず表情さえも崩すこと無く沈黙した。そして、少しだけ間を置くとアルドはマルコに向かって頭を深々と下げた。それにマルコは目を丸くした。
「おい、なんだ」
「守ります」
「――ッ……!」
「あなたと、あなたが大切に思うこの船の者達を、家族を――」
アルドはそこまで言うと膝の上に置いた拳を強く握り絞めて静かに言った。
―― あなたの為に ――
「!」
頭を深く下げたままで表情を見ることができなかった。だが、その姿に、声音に、言葉に、マルコは驚きながらも眉間に皺を寄せた。
―― お前、それは……。
まるでマルコに対して忠誠心を掲げる誓いを立てるかのようだ。その様にマルコは小さく首を振った。
「アルド……、まるで”誓いの儀式”みてェじゃねェか。そんなこと止せよい」
「すみません。おれはこれ以外の方法を知りません」
「!」
「ただ、1番隊の隊員として隊長のあなたに」
「止せって言ってんだ」
「――ッ……」
アルドの言葉を遮るようにマルコが少し低い声音で制止するとアルドは言葉を噤んだ。
「お前はお前だ」
「え……?」
マルコは立ち上がるとアルドの元に歩み寄った。そして、片膝を地面に突いて下からアルドの顔を見上げた。
「配属が変わっても、今まで通りで良いし変える必要はねェ。ラクヨウの隊から外れたからと言って、今後ラクヨウがアルドと会わねェなんてことはねェし、これからも今日のように、また顔を見せに来るだろうよい」
「!」
「アルド、何度も言うが、おれ達は同胞じゃねェ。家族だ。わかるな?」
「ッ……」
マルコは手を伸ばしてアルドのフードを取り払い、明るみに出たアルドの顔を見つめた。アルドの瞳は真っ直ぐにマルコに向けられている――が、漆黒の瞳が僅かに揺れたように思えた。
―― 自分の気持ちを表現する不器用さはラクヨウと似たようなもんだ。
マルコは顔を俯けて微笑を零すと再び顔を上げた。
「改めて、これから宜しくな」
「はい……。宜しくお願いします。マルコ隊長」
相変わらず無表情ではあるが声音は思いのほか柔らかく聴こえた。
マルコは笑みを浮かべるとアルドの頭をクシャリと撫でて立ち上がった。
「コーヒー、美味かったよい。ごちそうさん」
マルコはそう告げると踵を返して部屋を出て行った。
開け放たれたドアが静かにパタンと閉じた。その音がやけに大きく聴こえた気がした。
アルドはマルコが使ったコーヒーカップを流し台で洗うと、胴巻きベルトや小手具等の装備品を全て外し始めた。そして、あまり使うことの無かった鏡台を開けて自分の姿を見つめた。
どのような恰好にすれば良いのか思案し始める。――のだが、ふと右手で先程マルコに撫でられた頭を触った。
ドクンッ――!
大きく心臓が跳ねた。思わずグッと息を呑む。
「アサシンの忠義の誓い。おれは嘗ての主に送った言葉と同じ言葉をあなたに送った。でも、こんなに強い思いを持って言葉にできたのは、あなただから……。……マル…コ…さん……」
遠い昔の記憶――
幼かったあの時の『忠義の誓い』。教団の長である大導師に跪いて誓いを立て、右手の人差し指に填められた鷹と双剣を縁取った銀の指輪に口付けをする。
その一連の行動に意味など無いのかもしれない。だが、アサシンとなった者達は必ずそれを行う。そうして初めて正式なアサシンとして認められて任務を与えられるようになる。
「守ります。あなたと、あなたが大切に思う全てを、同胞を――」
―― あなたの為に ――
あの日、誓いを立てて口付けをした時に見た大導師の目は異様に思えた。何も感じたことの無い自分が初めてゾクリと悪寒を感じて恐怖を覚えた。決して逆らうなと思わせる為の目だったのだと、あの時はそう思った。そう、あの時は純粋にそう…思ったんだ――。
アルドはぐっと目を瞑ると頭を振った。
「不快だ」
ポツリとそう零すと衣服を収める棚を開けて衣服を取り出し、色々と組み合わせ始める。
以前に「おれには似会わねェからやる」と言ってラクヨウから貰ったバンダナがあったことを思い出した。
黒地で赤の細いラインが上下に入っている。誰が被っても似合わないなんてことはない無難なデザインであるバンダナだ。
フードの代わりにはならないがこれで良いかと頭に巻いた。そうして袖の無い黒地のハイネックシャツを着て、その上から丈の短い黒地のジャケットを羽織る。ズボンもまた黒地ではあるが膝下辺りまでと丈は短く、これまた以前に「おれは履かねェからやる」と言ってラクヨウから貰った黒のグラディエーターサンダルを履いた。
最後にこれまで着用していた赤いサッシュを腰に巻き付ける。
「……変な感じだ」
鏡に映るのは見慣れない自分の姿。
相変わらず黒尽くめではあるが、赤いサッシュがあるお陰か存外悪くは無い。マントを取り払ってフードも無い上に、以前と比べて遥かに軽装だ。これで大分変わったと思う。
ただ、武器を装備していない時点での話なのだが――。
煙幕や銃弾は赤いサッシュの上から細身のベルトについたポシェットで十分収まるだろう。長剣や短剣は誰でも普通に装備している為、以前と同じように装備しても大しておかしくは無い。
問題は――投げナイフとアサシンブレードだ。
アサシンブレードの小手具は鉄部分の装飾を取り払い、この軽装に見合ったシンプルな革製の様相に変えた方が良いだろう。これは後にフォッサに頼むことにして――投げナイフを考える。流石にこの服装で投げナイフを収納する胴巻きベルトは異様だ。
「どこかに仕込める場所は無いか……」
腕を組んで思案する。
暫くして「ふむ」と頷いたアルドは、アサシンブレードを手に取って部屋を出て行った。
元上司と部下の在り様
【〆栞】