36

アルドはノルボリという宿場町に着くと馬小屋に向かった。時は太陽が顔を出した早朝だ。馬小屋の主はアルドに気付くと目を丸くした。

「おや、こんな早くからお客とは珍しい」
「すみません。少しこの馬を休ませてやりたいのですが……」
「それは構わないが……、あァ、随分と無理して走らせたね。かなり疲労しているじゃないか」
「急いでいたので。……あの、」
「ん?」
「この町から中央のロスカ国まで馬を走らせたらどれぐらいで着きますか?」
「そうだねェ、一日とちょっとかな。だけど、この馬は休ませないとダメになるよ」
「なら、お金を払いますから馬を貸してもらえませんか?」
「あァ良いよ。あ、でも、この馬は」
「アスランの馬小屋で借りた馬です」
「――あァそうか。なら預かるよ」

アルドは新たな馬を借り受けると馬小屋の主に軽く頭を下げた。主は「気を付けてな」と言って軽く手を振って応えた。
アルドは馬小屋の主に見送られながらノルボリの町を越えて島の中央にあるロスカ国を目指した。





海軍の船が一隻、海軍駐屯地ポロワに寄港した。

「やっと着いたねェ〜」

黄色のスーツにサングラスをかけた一人の男が暢気な声を上げながら港に降り立った。『MARINE』の文字が入った帽子を被る者達が足早に一列に並び立ち、その男を前にしてピシッと敬礼する。男は両手をポケットに突っ込んだまま彼らの前を通り過ぎて行く。そうして海軍駐屯地の建物の門前に差し掛かると赤い前掛けのようなものを身に付けたおかっぱ頭の男がニヤリと笑みを浮かべた。

「黄猿のオジキ! 長旅ご苦労様です!」

おかっぱ頭の男がそう声を張り上げる一方で、黄猿と呼ばれた男は急くでも無しに相変わらずのんびりとした歩調で、片手をポケットから出したかと思えば暢気に頭をポリポリと掻いた。
黄猿はおかっぱ男の元へと到着すると首元のネクタイを弄りながら漸く口を開いた。

「んー戦桃丸……。ゾーラ王族の様子は相変わらず変わり無いのかねェ?」
「まったく」

戦桃丸と呼ばれたおかっぱ頭の男が首を振ると黄猿は溜息を吐いた。

「困ったねェ〜。相変わらず双子のいがみ合いが続くようじゃあこの島の周辺に大きな影響を与えかねない。第三王子に後を任せた方が良いと周りはみ〜んな思ってるのに、知らぬは当人達のみか」

ゾーラ王家第三王子は、双子の王子とは異母兄弟で名をネリオという。第一王子のランスや第二王子のリエトとは違ってこの第三王子のネリオは、民に優しい現王位であるイレネオとよく似たタイプの王子だった。しかし、ネリオは比較的気弱で大人しい穏和な性格をしていてあまりに人が良いのか、双子の兄達の意のままに使われる身だった。
海軍としては、第一王子でも第二王子でも無い。この第三王子ネリオに、ロスカ国の王位を継承してもらいたいところなのだが――。
お家騒動はゾーラ王家の問題だ。海軍と言えども口出しはできない。

「まったく、これじゃあ守るものも守れないねェ。下手をすればビスホップ家の二の舞になり兼ねない」

黄猿は執務室に入るとソファにドサリと腰を下ろして大きな溜息を吐いた。

ビスホップ家とは、いつかの新聞に大々的に取沙汰された王家一族郎党殺害事件の被害にあった王家だ。マルコが新聞の記事を切り抜いてあったのをアルドが見つけて読んだ事件がまさにそれである。

「オジキ、今回の警備はおれが付くから大丈夫だって、そう何度も言って――」
「相手はアサシンだってェことを忘れてると痛い目を見るよ〜」
「そ、それは、パシフィスタも控えさせて気合も十分に」
「アサシンは本っ当に、迷惑な集団だねェ」
「――ッ……」

黄猿は部下が出したお茶に手を伸ばして一口飲むとクツリと笑って戦桃丸に視線を向けた。

「近々本格的にアサシンのトップとセンゴクさんが協議するらしくてねェ、なんの話をするかはわからないが、場合によっては海軍とアサシンの戦争が起こる可能性もあるってこと、一応、頭に入れておくと良いよ〜」

黄猿はそれだけ告げるとお茶をぐっと一気に飲み干した。

「んー、オカキがあると有難いねェ。あ、あとお茶をもう一杯――」
「オジキ!! あんた暢気過ぎだ!!」

黄猿の指示を受けた海兵は「ただいま!」と空になったコップを手に持って退室し、暫くしてお茶とオカキを乗せたお盆を持って戻って来た。差し出されたコップの中に茶柱が一本立っていたのを見た黄猿は目を丸くした。

「おっと、これは〜縁起が良いねェ」

楽し気に笑っている黄猿を尻目に戦桃丸は眉間に手を当てて溜息を吐いた。





アルドがアスランの町を離れた頃、マルコは酒場で倒れて眠る男を無理矢理叩き起こした。アルドの風貌をした男を見なかったかと問えば(マルコに殴られてできた)たん瘤を作った男は「中央に行けば――」と告げたと答えた。
今から馬を飛ばしても追いつくのは到底無理だろうと悟ったマルコは、中央広場でラクヨウと落ち合うと空を飛んで後を追うと言った。

「マルコ」

両腕に青い炎を纏い始めるマルコにラクヨウは眉間に手を当てながら声を掛けた。

「なんだ?」
「おれが話したことを忘れるんじゃねェぞ。相手は――」
「あァ、わかってる。警戒は怠らねェよい。アルドを相手にするつもりでいりゃあ十分に対応可能なんだろい?」

マルコがそう言うとラクヨウは難しい表情のまま一応コクリと頷いた。そのラクヨウの表情にマルコは少し眉を顰めた。

―― なんだ? 別に何かあるってェのか?

「ラクヨウ、他に言いてェことでもあるのか?」
「……アルドに伝言を頼む」
「伝言?」
「船に戻ったら説教だってな」

ラクヨウが真面目な顔をしてそう告げるとマルコは目を丸くした。

「せ、説教? お前がかよい?」

珍しいこともあるもんだと失笑染みた笑いを零したマルコにラクヨウは頬を赤くした。

「う、五月蠅ェ。おれはだなァ」
「ククッ、ハハハッ! 親だねいラクヨウ!」
「――ぐぬっ!? さっさと行きやがれオラァ!!」

マルコが盛大に笑うとラクヨウは益々顔を赤くしながら額に青筋を張って怒鳴り散らした。しかし、マルコは意にも介さず不死鳥へと化すと空高く舞い上がって中央方面に向かって飛んで行った。

「チッ!」

ラクヨウは舌打ちをすると踵を返して船へと戻る道を足早に歩いた。それから暫くして、前方から息を切らした隊員が慌てて走って来る様子にラクヨウはピタリと足を止めた。一瞬にして嫌な予感がした。

「ラクヨウ隊長!!」
「……どうした?」
「大変です! え、エース隊長が!」
「あァん?」

自分が予想した内容とはちょっと違ったことに拍子抜けして目を丸くしたラクヨウだったが、隊員から事の仔細を聞くと直ぐに血相を変えた。

「おい、直ちにこの町にいる”おれの部隊の連中”に船に戻るように告げろ。他の隊長は見かけりゃあついでに言え。あと、他の隊員共には告げるな」
「え?」
「全員に知らせる必要は無ェ。足手纏いだ」
「!」
「急げ、時間が無ェ」

ラクヨウは隊員の肩をパンパンッと軽く叩いて「行け」と言うと隊員は戸惑いがちに「わ、わかりました」と返事をしてアスランの町へと走って行った。
ラクヨウは急いで船に戻ると甲板には隊の報告を受けた白ひげと護衛で共に出ていたジョズとビスタがいた。

「オヤジ、話は聞いたか?」
「あァ」
「アルドはマルコが後を追ってる。恐らくロスカ国に向かったんだろうが……」

ラクヨウが白ひげに伝えると白ひげはニヤリと笑みを浮かべた。

――あん? なんで笑って……。

ラクヨウは目を丸くしながら軽く首を傾げた。そして、白ひげの横にいたジョズとビスタに目を向けた。彼らもまた真面目ながらにも多少笑みを浮かべていて、ラクヨウは怪訝な表情を浮かべた。

―― なんだァ……?

ラクヨウが不思議に思っていると町に出ていたらしいフォッサが戻って来た。白ひげがジョズとビスタ、そして、フォッサに目配せをすると三人はコクリと頷きを見せて速やかに船から降りていった。

「オヤジ、あいつらになにを?」
「アスランの町長から依頼があってなァ」
「依頼?」
「ゾーラ王家の跡継ぎ問題をなんとかしてくれってェことなんだが……」
「は……? なんでまた……」
「イレネオ王はアスランを見て見ぬふりをしているが、ランスとリエトは王の座に就いたらまず手始めにアスランの町を解体することを公言しているらしい。その理由なんだがなァ、グララララッ!」

白ひげは低い声で軽快に笑うと軽く溜息を吐いた。

「女と酒が理由たァ海賊と大して変わらねェじゃねェか、なァラクヨウ」
「……」

第一王子と第二王子は権力を傘に高慢で非道にして無類の女好きで有名だ。そして、アスランは名酒が揃い、更に娼婦の質も高いことで有名。つまりはアスランの酒と女を手に入れる為の――といったところだ。

―― おいおい、王家の人間が娼婦を狙うってどういう神経してやがんだ……。

これにはラクヨウも流石に呆れて二の句をつぐことができなかった。

ところで、アスランの長からの依頼については『なんとしてでも第三王子に王位を継がせたいので力を貸してくれ』とのこと。この依頼に果てさてどう協力すれば良いのか返事に困った白ひげは、船に戻って考える時間をくれと申し出た。その時、屋敷に慌てて駆け付けつけた隊員から『エースが攫われた』件の報告を受け、こうして早々と船に戻ったということらしい。

ラクヨウが甲板に戻る前――
白ひげは、ジョズ、ビスタ、そしてフォッサに言った。

「エースを襲ったのはアサシンだろう。向こうからアルドに仕掛けるならまだしも他の奴に手を出しやがるたァ思ってもみなかったが……。丁度良い機会だ。これを逆に利用してやろうじゃねェか」
「「「!」」」
「フォッサ、アルドは町に自分から行くと言ったんだな?」
「何を思ってかはわからねェが、あれは確かに”自分の意志で”伝言をと頼む言葉だった」

フォッサがそう答えると白ひげは頷いた。

「あァ、ならアルドが既にアサシンの殲滅に動いていると見て間違いはねェな。マルコとラクヨウが船を降りたのはアルドを追ってだろうが……」

白ひげは話しながら町の方から走って戻って来るラクヨウの姿を視界に捉えると微笑を浮かべた。

「ラクヨウが戻って来たってこたァアルドのことはマルコに任せりゃあ良いとして、お前達三人はエースの所在を探せ。見つけたら手を出さずに報告しろ。良いな?」

白ひげがジョズ、ビスタ、フォッサの三人にそう指示を出したところでラクヨウが戻って来た――という具合。それを聞かされたラクヨウは、大きく項垂れながら溜息を吐いた。

「焦ったおれが損した気分じゃねェか」
「グララララッ! ラクヨウ、てめェがアルドを心配するたァ一丁前にちゃんとした親心を持ってやがるじゃねェか」
「ぐぬっ……!」

マルコと同じことを白ひげからも言われたラクヨウは表情を歪めながらカァァッと頬を染めた。そして、堪らず顔をプイッと背けた。

―― 親心……。違いねェ……。

それは多少なりとも自覚していることだが、こうも面と向かって言われると非常に面白くない気分になる。

―― おれはガキなんざ作ってねェし……じゃねェ! あんなデカいガキなんざ……いや、いても可笑しくねェのか? 

おれはいくつだ?

自分の年齢を一瞬忘れたラクヨウがそこにいた。
それから――
暫く後、ラクヨウは7番隊の部隊を率いて防備を任された。
アサシンがエースに手を出した時点で白ひげ海賊団に対して牙を剥いたことになる。ということは、王家殺害後か、もしくは同時に此方に襲い掛かって来る(あくまでも『その可能性がある』といった程度の話なのだが)可能性も考えられる。故に用心に越したことは無い。

「アルドがいりゃあ対処はそれなりにできるだろうがなァ〜」
「オヤジの覇気でなんとかなりそうな気もするけどな」
「グララララッ! 日頃の成果を見せつけてやるチャンスを潰すわけにはいかねェだろうが!」

白ひげとラクヨウが暢気に言葉を交わしていると7番隊の副隊長であるヤコポがラクヨウの側に歩み寄ってコソッと耳打ちした。

「ラクヨウ隊長、ちゃんとオヤジに言ったんすか?」
「あ?」
「おれ達はアルドから直接的に指導を受けたわけじゃねェってこと」
「五月蠅ェ〜……言えるかってェの。ほれ、集中しろ」

あっちに行けとばかりにまるで虫を追い払うかのように手で払う仕草を見せるラクヨウに、副隊長のヤコポを始め7番隊の隊員達は声を揃えて言った。

「「「相変わらずの無責任っぷり! マジ痺れるぜ!」」」

―― バカばっかで良かったぜ……。

船に強制的に戻らされた部隊は7番隊の隊員達だけだった。彼らは多少酒に酔ってはいたが、事の仔細を聞いたら血気盛んに武器を手にした。好戦的な彼らは例え相手がアルドと同レベルに近いアサシンであったとしても平気だった。因みに、彼らがアサシンに対して有効とされるのは、気配の察知能力が異様に長けていることだ。

「アルドってマジで影が薄いから最初は見つけるのに苦労したもんだなァ〜」
「ほんと、今じゃ余裕で見つけることができんだから成長するもんだぜ」
「大体さ、おれ達の隊長が人の気配を察するなんてェもんには最も無縁だったのになァ」

しみじみと思い出を口にする7番隊の隊員達は一斉に自分達の隊長であるラクヨウに視線を向けた。

「「「本当にアルドにゃあ感謝だぜ」」」
「五月蠅ェ! 喋ってばっかいねェで集中しろって言ってんだろが!!」
「……」

7番隊の隊員達が涙を流して感動しているとラクヨウは額に青筋を張って怒鳴った。その顔は紅潮している。

―― グラララ……。ラクヨウ、苦労をかけたみてェで悪かったなァ。

7番隊の隊長と隊員達がギャーギャーと言い合いしている傍らで、白ひげは頬を引き攣らせながらラクヨウに同情の気持ちを抱いた。
緊張感があるのか無いのか、モビー・ディック号の甲板上だけは、別世界レベルで、ほのぼのと暢気な空間が広がっていた。

依 頼

〆栞
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