04

波が押し寄せては戻るを繰り返す砂浜を前に大きな体躯の男が一人、酒を嗜みながら海を見つめている。先程アサシンを殺して処理し終えたアルドが偶々立ち寄った浜辺にその姿があった。
珍しく不思議と興味を引かれたアルドは立ち止まってその男を見つめた。

「そんな所でじっと立っていられちゃあ美味ェ酒が不味くなるだろうが。気になるならこっちに来やがれ」
「!!」

男はアルドの存在に勘付いてそう声を掛けた。気配を消していたというのに――だ。
驚くアルドを他所に男は酒瓶を傾けてグイッと呷ると「グララララッ!」と声を上げて笑った。
腹の底に響くような低い声音は、アルドにとって初めて耳にするとても心地の良い響きに思えた。





昼時分ではあったが少し早いのか食堂に入ると人はまばらで少なかった。
厨房を望めるカウンター席から中を伺うと4番隊の隊員達が慌しく働いている姿が見える。昼食の準備に追われて忙しそうだ。
アルドの視線に気付いたのは4番隊の隊長であるサッチだ。サッチはカウンター越しでアルドと目が合うと手を拭きながら近付いて来た。

「昼飯を食いに来たのか?」
「はい」
「悪ィ、まだできてねェんだけど……。あ、まァ一人分ならいけるか。じゃあ、席に座ってちょっと待っててくれる?」
「すみません」

サッチは笑みを浮かべると昼食となる料理を器に盛りつけてトレーに乗せた。その間にアルドは広い食堂の隅っこの席へと移動して腰を下ろした。ここが彼の定位置だ。
サッチは厨房から出るといつもの定位置に腰を落ち着けているアルドの元へと足を運び、一人分の食事を乗せたトレーをテーブルに置いた。そして、然も当り前のようにアルドの真向かいの席に座ってテーブルに凭れ掛かるように両腕を置き、静かに食事を始めるアルドをじっと見つめた。少し伺い見るようなサッチにアルドは手を止めてサッチに視線を向けた。

「なにか?」
「んー、別に。ただ見ていたいから見てるだけ」
「そうですか」

サッチはニコッと笑ってそう答えた。しかし、アルドは表情一つ変えずに再び手を動かして食事を再開させた。

「って言うか、こんなに見つめられてたら普通は嫌がると思うんだけど。『食べ辛ェだろ!』っつってよ」
「そういうものですか?」
「まァアルド以外の奴らなら言うだろうなァ」
「おれは」
「ん?」
「――食べ辛いとは感じませんが……。おかしいことですか?」
「んー……、いや、らしくて良いと思う」
「そうですか」

笑って答えるサッチに対して機械的に小さく頷いたアルドはまた黙々と食事を続けた。愛層の無い反応ではあるがいつものことなのでサッチは全く気にしていない。例え反応が素っ気無いものであってもアルドがこうして答えてくれることが嬉しいのだ。

アルドが食事をする時は必ずサッチが相席に座って話し掛ける。この光景はモビー・ディック号の日常風景の一コマとして定着しつつある――が、これはここ数年でやっと確立したものだ。

最初はどんなに話し掛けてもアルドは全く反応が無くてサッチの独り相撲状態だった。それでもサッチは一方的に根気強くアルドに声を掛け続けた。その結果、こうして反応して会話も成り立つ程までに距離が近くなったのだ。
これは例えどんな相手だろうとも柔軟に根気強く接する努力を惜しまない(自称)『誰とも仲良くなれるエキスパート』を名乗るサッチだからこそ成せた術であるとも言える。
一方、アルドからすればサッチは初めから無害といった認識だ。気に掛けてくれていることに理解はしていたが、最初こそ特に話すことは無く煙に巻いていた。だが、サッチの気持ちを度々無下にしていると少しずつ残酷な気がするといった気持ちが芽生え始めた。それから自分なりに素直に受け答えするように意識を持つようになった。

言葉を徐々に交わすようになるとその内にラクヨウに話しても得られそうにない簡単な質問等、時々ではあるがサッチに聞くようにもなった。
アルドにとってサッチは唯一と言える『良い兄貴分』なのである。

「今日は1番隊と2番隊、あと5番隊と7番隊の合同訓練だったはずだけど」
「はい」
「アルドはお休み?」
「いえ、おれは基本的に訓練は出ません」
「あー、そういやァ訓練なんてしてるとこは見たこと無ェな。んー……なんでだ?」
「聞く必要がありますか?」
「気にはなるから。ラクヨウに聞いても『本人から聞け』ってだけで答えてくれねェし、アルドが教えてくれるなら聞くって感じ。ま、無理にとは言わねェけど」
「必要が無いからです。ということだけお答えしておきます」
「必要が無い……か」

サッチは「ふ〜ん」と言うと小さく頷きながら視線を外して甲板へと続く階段を見つめた。

―― アルドが実際に戦ってる所も見たことねェしな。

7番隊は16部隊ある中で勇猛果敢な戦闘員が集まる集団である。隊員達の気質は隊長のラクヨウを始め豪快且つ豪胆で好戦的な輩が多い。そんな中に寡黙で一見して大人しそうなアルドが所属していることが不思議でならない。
アルドを7番隊に配属させたのは船長の白ひげ――オヤジである。性格面の問題からして敢えて7番隊に配属させたのだとするならば、恐らく功を奏しているのだろう。初めて会ったあの日のアルドは誰とも視線を合わせず、表情も変えず、ただただ黙ったままの『不愛想なガキ』そのものだったからだ。

「ご馳走様でした」
「ようあがり。美味かったか?」
「サッチ隊長や4番隊の方々が作られる料理を不味いと思ったことは一度もありません」
「ハハ! そっか! ありがとな!」
「いつも美味しく頂いてるのだから、礼を言うべきはおれの方です。こちらこそ、ありがとうございます」
「おう、どう致しまして!」

アルドが軽く頭を下げるとサッチは後頭部を掻きながら照れくさそうな笑みを浮かべつつアルドを見習って軽く頭を下げた。
席を立ち上がって食堂を後にするアルドを見送ったサッチは、空になった皿が乗ったトレーを手にして厨房へと戻った。すると、二人の様子を厨房から見ていた4番隊の隊員が声を掛けた。

「相変わらず愛想の無ェガキっすね。サッチ隊長はよく話掛けられますね」
「ハハ、傍から見りゃあ愛想は無ェかもしれねェけど、話をするようになれば意外に丁寧で礼儀正しいし、良い奴だぜ?」
「話をするようになれば……ですよね」
「まァ……、そうなるまでには時間が掛かるだろうけどよ」

サッチがそう言うとその隊員は難しい表情を浮かべた。

「マルコ隊長が他の隊長方と話をしている時に軽くぼやいていたのを聞いちまって……」
「へェ、なんてぼやいてたんだ?」
「確か『話をしようにも向こうが話を切るから会話が続かねェ』って、そう言ってました」
「あー、だろうなァ。おれっちも最初はそうだったからなァ。アルドと話をしようと思うなら折れない心と根気が必要だってんだ」
「うへェ……、おれには無理っすわ」

隊員は顔を思いっきり歪ませると昼食の準備の為に離れていった。サッチは皿を洗いながら「そう言えば……」と、ふと思ったことがあった。

―― アルドはマルコに対してだけ極端に距離を置いてるように思えるんだけど……おれっちの気のせいか?

過去にアルドとマルコが二人でいるところを偶々目撃してこっそりと様子を伺ったことがあった。
少し苛々を募らせていたのかマルコが不満気な様相であったことから二人の会話はあまり成立していない様に思えた。一方のアルドは相変わらず素気が無い――と言う以上に、より一層分厚い殻に閉じ籠って早々に身を引いて離れたがってるように見て取れた。

何かあるのだろうか。
個人的に相性が良く無いのだろうか。

明確にはわからない。

他の隊長連中とも距離を置いているが、マルコとの距離感は特に酷く離れている気がして、なんとなく違和感を感じたのを覚えている。

「んー……、まァ良いか。今の所は然して問題も起きてねェし」

ポツリと呟きながらサッチが洗い物をさっさと片付けて昼食の準備に取り掛かる頃、食堂には訓練が終わった連中を筆頭にどやどやと人が集まり始めた。そうして厨房では多忙のピークを迎えるのだった。
一方その頃――。
部屋に戻ったアルドはソファに触れて渇いていることを確認すると再びそこに腰を下ろした。今は満腹感に満たされて心地が良く、生理特有の痛みも無い。
「ふぅ……」と、大きく息を吐いて背凭れに身を預けるとゆったりとした空気感に見舞われてゆっくりと目を瞑った。





最初は声質に惹かれたのもあって興味本位だった。少しだけ話をするだけで直ぐに終わるつもりだった。でも――
ポツポツと他愛の無い話を続けていく内に頑なだった心が不思議と絆されて、気付いた時には自分自身の話を見ず知らずの男に話していた。

生まれを知らず、自身の年齢すら知らないこと。育った環境や施設のこと、そして自身の能力。生まれ育った施設から逃亡する切っ掛けとなった弟の存在と自分の本当の名と性別等、洗い浚い全て――。

男は酒を飲みながら黙って聞いていた。時折、眉をピクリと動かしたり眉間に皺を寄せたりと、何を思って聞いているのかはアルドにはわからなかった。

どうしてか溢れ出る思いが口を突いて話し続けてしまう。
こんな経験は初めてだった。

話し終えた時には後悔の念が押し寄せて来たのは言うまでもなく、無表情で無感情なアルドの眉間に僅かながらに歪みを見せた。
男はその僅かな変化を見逃さずに捉えると少し厳しい表情を浮かべてアルドを見つめた。

「おれの娘になる気はねェか?」

最終的に男からそんな言葉を掛けられた。
これには流石にアルドは目を丸くした。

「ムスメ……?」
「あァ、そういった言葉すら知らねェのか。なら尚更放ってはおけねェなァ」

グララララッ――と笑った男は、酒瓶に残っていた酒を一気に呷った。

「おれと共に来やがれ。お前ェにとっちゃあ多くのことを学べる良い機会にもなるぜ」
「いや、おれは命を狙われている身だ。それではあなたに迷惑を掛けることになる」
「そいつはおれも似たようなもんだから問題ねェぜ。それに、お前ェの話からして暗殺の対象とされる賞金首リストの中には、おれの名前も挙がっていてもおかしくねェからなァ」
「え……?」

男は口端を上げてニヤリと笑った。

「おれの名はエドワード・ニューゲート。世間じゃあ『白ひげ』ってェ名で通ってる海賊だ」
「まさか、四皇の、白ひげ……? あなたが……!?」
「グララララッ! その反応は殺害対象としておれの名を何度か見たってェことだろうなァ。そうだろう? なァ#イルマ#」
「ッ……!」

暗殺対象者の中に四皇の名前が上位にリストアップされていることは知っていた。その対象の中には海軍の三大将や中将クラスの者達の名前も含まれていることを知っている。しかし、実際に暗殺を実行に移されることは無かった。
大物を相手にしくじれば施設の存在が世間に知られることになるからだろうと憶測するが実際の所はわからない。仮に上位リストの者達を対象にもし動くことになるならば、それ相応のリスクを被ることを覚悟しなければならないことだけはわかっていた。それだけの実力者達なのだと。
それなのに――現にこうして目の前で会話をする白ひげに少しだけ拍子抜けをした――というのが事実だ。

―― 殺ろうと思えばいつでも殺れる……。

そう思ったのだ。だがそれは会話を交わす前であればの話だ。

今となっては最早それはできそうにない。
もうできないのだ。

自分を見つめる金色の目が、あの日のあの時に向けられたあの人の目と似ていることに気付いてしまったから――。
気遣う優しさとそこから感じられる温もりが――同じ。

ドクンッと心臓が唸って大きく心が揺れた。

「本当の自由が無いお前に自由を願った弟の思いを、おれが引き継いで叶えてやろうじゃねェか」
「!」
「お前は”弟の仇”を取った後、生きる気はねェんだろう?」
「それは」
「お前の弟は、アルドは、それを願うと思ってやがるのか?」
「――ッ! ……生きたいと思えないのなら」
「死んだ方がマシだと?」
「――……」

首を振ることも頷くこともできないまま立ち尽くしている――が、自然とグッと握られるその手には微かに震えがあった。白ひげは少しだけ眼光を鋭くして見据えていたが、その小さな震えに気付くと鋭さを消して静かに息を吐いた。

―― 暗殺以外に何も知らねェなら無理もねェか。

「#イルマ#、その『生きたいと思える場所』と『自由』をおれがお前にくれてやろうじゃねェか」
「生きたいと思える場所?」
「あァ、お前と共に生きてくれる家族がいる場所だ」
「カゾク……? そのカゾクとは何だ?」
「家族を知らねェたァ益々可哀想な奴だ」

白ひげの口からポツリと零れ落ちた言葉に#イルマ#は少しだけ首を傾げた。その一方で白ひげは少しだけ表情を曇らせた。
これまでにも親に捨てられた子供や孤児等を沢山見て来た。しかし、これ程に人らしさも繋がりも無い特殊な環境で育った上に、最も暗い底辺の世界で孤独に生きる者はいなかった。

「お前に必要な家族をくれてやる。そうすりゃあ家族が何であるかがわかる。それがわかった時、生きたいと思える場所が自ずとできるだろう」
「!」
「もう一度、改めて問う。#イルマ#、おれの娘になる気は無ェか?」
「……白ひげ…さん……」

頷くことも首を振ることもしないが僅かに震えた声を漏らしたことで肯定を意味していると白ひげは思った。

「言っておくがお前に断る余地は無ェぞ」
「なぜ……?」
「おれがお前の親になると決めたんだからなァ」
「!」 
「グララララッ!」
「ッ……。わかり…ました。おれは白ひげさんの」
「おい#イルマ#、他人行儀な呼び方をするんじゃねェ」
「――! ……オヤジ……様……?」
「オヤジ様か……、まァ良いだろう。それから当面の間、おれはお前を『息子』として扱う。お前がアルドとして生きる希望の通りになァ」

白ひげがそう言うと再び#イルマ#は首を傾げた。すると、今度は何だとばかりに白ひげは片眉を上げた。

「ムスコ……? ムスメとは何がどう違う?」

―― !

白ひげは目を丸くすると途端に破顔して笑い出した。

「グララララッ! あァ、それも何れわかるだろうぜ!」
「?」

弟の気持ちを汲んで全てを受け入れた上で快く共に来いと言ってくれた白ひげの懐の深さに魅了され心を奪われていた。心の芯から身を置けることのできる拠り所を見つけたような気がした。

初めての感覚だった。

嘗て『教団』という名の施設が後ろ盾としてあった時と同じように、何もかも知った上で、自身の目的の為に後押しをしてくれる後ろ盾となって背中を支えてくれるものができた。
この支えは教団と違って温かく優しさに満ち溢れたもので、#イルマ#は、いや、アルドは目を瞑ると深々と頭を下げながら初めて心から礼を述べたのだった。
その後――
白ひげに連れられて大きな白鯨船の側に来ると船上から声を掛ける男の声が聞こえた。

「オヤジ! 一人でどこに行ってたんだよい!!」

声の主へと目を向けるが太陽の光が邪魔で男の姿をはっきりと見ることはできなかった。

「グラララッ! 久方ぶりに一人酒を楽しもうと思ってなァ。許せ」

白ひげは笑ってそう答えるとタラップを渡って乗船した。そして、声を掛けて来た男に「隊長連中を集めろと」指示を出した。
この時、白ひげの後を少し遅れて乗船したアルドは、白ひげに声を掛けた男の姿を見るなりピタリと足を止めた。その一方、男もアルドに気付いて視線を向けると訝し気な表情を浮かべた。だが直ぐに視線を外して指示に従い隊長達を探して声を掛けに去って行った。そして――
船長室に集まった隊長達を前にアルドを立たせた白ひげは「新しい息子だ」と端的に紹介した。

「「「まだガキじゃねェか……」」」

目を丸くした隊長達は口を揃えて言った。そんな彼らを前にしてアルドは静かにフードを取り払うと無表情のままで何も言わずに軽く頭を下げるのみに留めた。隊長達はまたしても揃って目を丸くした。

「「「それも、不愛想なガキだ……」」」

アルドに対する第一印象は誰かがポツリと呟いた。

記憶*家族

〆栞
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