44
(視点 : シルヴァーノ軸)
やはり後を追って来た。抑えきれない怒りの衝動が心を支配して思考回路は壊滅的だ。
ならば、意図も容易く返り討ちにできるだろう。
背後で空を斬る音が聞こえた。
形振り構わず剣を振るう様に、シルヴァーノはクッと喉を鳴らして笑みを浮かべた。
左腕のアサシンブレードでその剣を弾き飛ばすと隙だらけの腹部に目掛けて短剣を突き刺した。
「カハッ!」
刃が腹部に深く突き刺さった。その反動で口から血を吐いてその場にズルリと力無く伏して倒れたのは、コルティノーヴィス・アルド――いや、違う。そうでは無い。この者は――。
「う…ぐ……」
恐らく致命傷に近い程の傷を負っただろう。
「お前は相変わらずだな」
―― #イルマ# ――
久しく呼ぶ名を口にしてシルヴァーノは、彼女が握る剣の刀身を踏み付けて圧し折った。
「そんなに出来損ないの弟が大事か?」
シルヴァーノは#イルマ#の側で膝を折ると彼女のフードを取り払った。そして、髪を掴んで顔を引き上げた。
顔を歪ませる#イルマ#は、ギリッと歯を噛み締めてシルヴァーノを睨み付けた。
「おま…えに…なにがわかる……?」
#イルマ#の言葉にシルヴァーノは軽く肩を竦めた。
「おれは#イルマ#の為なら命すらくれてやっても良かったのだがな。まさか愚弟に唆されて裏切るとは、心底がっかりさせられたものだ」
「私はッ、お、お前が…嫌い…だ……!」
「ククッ、そうか。いつもアルドを痛め付けていたのがおれだったからな」
〜〜〜〜〜
「#イルマ#、アルドの死で自由を得た気分はどうだ?」
「!」
「アルドは、お前が殺したようなものだ」
〜〜〜〜〜
が心底憎くて仕方が無かった」
セルヴァ王宮地下にある小屋で対峙した際に放ったシルヴァーノの言葉は、#イルマ#の心を大きく揺さぶった。怒りの感情が沸々と溢れ出して#イルマ#は心底からこの男が『憎い』と思った。
―― そう、それで良い。
例えどんなに強者であっても逆上して冷静さを失えば正常な判断はできないことをシルヴァーノは知っていた。
それはアサシンとして今日まで積み重ねてきた経験でわかったことだ。
最高位のマスターアサシンであろうとも弱点さえわかれば容易に倒せる自信があった。
唯一血を分けた家族と呼べる存在。
弟のアルド。
シルヴァーノは、このアルドが幼い頃から心底憎くて仕方が無かった。
〜〜〜〜〜
シルヴァーノは#イルマ#やアルドと共にアサシンとして育てられた。
育成クラスだった当時のこと。他を寄せ付けない圧倒的な才によりアサシンとして頭角を現し始めた#イルマ#を、シルヴァーノは憧れと尊敬の意を持って自分のことのように喜んでいた。
アサシンを目指す者達にとって#イルマ#は偉大で尊敬に値する存在だった。
今は天と地ほどの差があるかもしれない。
でも、大人になる頃にはきっと隣に立ってみせる。
同期の誰もがそんな希望を胸に抱いて必死に訓練を受けていた。
シルヴァーノも然りだ。
ただ彼は、他の誰よりも#イルマ#に対する憧れや尊敬の気持ちが強かった。
#イルマ#の隣に在るべき者は自分しかいない。
決して誰にもその場所を明け渡してなるものか。
#イルマ#にとって相応しい片腕は自分だけだ。
シルヴァーノの心根には、『思い』では無く『想い』として根付いていたからだ。
故に、何事に対しても#イルマ#の名を汚し足を引っ張る愚直な弟でしかないアルドの存在が#シルヴァーノにとって#疎ましかった。
おれが弟なら偉大な姉を支える唯一無二の存在になれるのに
剣技や格闘の立ち合いでアルドと対することが多かった。その度に#シルヴァーノ#は度が過ぎる程に一方的にアルドを痛めつけた。時には、アルドが完全に気を失っているにも関わらず攻撃を仕掛けることもあった。
「お前には、アサシンとしての力量は皆無に等しい」
二度と立ち上がれないように戦う気力を。そして、訓練を受ける気力さえも奪うように、その軟弱な心を何度も圧し折った。
そんな中、たった一度だ。
無残に倒れるアルドに追い打ちを掛けようとするシルヴァーノの姿を、任務から帰還した#イルマ#が目撃したのだ。
#イルマ#はアルドを助ける為に二人の間に割って入った。
突然目の前に現れた#イルマ#に、シルヴァーノは攻撃の手を止めて目を丸くした。
#イルマ#は無表情であったが眼光はとても鋭く、シルヴァーノを睨み付けていた。それに対してシルヴァーノは気圧されて思わず息を呑んだ。
―― #イルマ#……?
この時、何故かズクリと胸に痛みが走るのを感じた。
とても痛くて、とても切なくて、とても悲しい――暗く重い気持ちが、シルヴァーノの心根に深く刻まれた。しかし、それが何を意味したのかはわからなかった。
その後、何度か#イルマ#と顔を合わせることがあったが、#イルマ#はシルヴァーノを一切見ようとしなかった。
ズクリ……。
その度に、
ズクリ……。
シルヴァーノの無い筈の心が、
ズクリ……。
暗く重い何かに浸食されていった。
―― #イルマ#、おれは誰よりも君を大事に思ってる。きっとアルドよりも役に立つ。ずっと側に ――
どうして、ここにいるのに見てくれないんだ。
ここにいる。
役に立つ。
大事に思ってる。
誰よりも憧れて、誰よりも尊敬してる。
そう、偉大なあなたを、おれが守るんだ。
だから、見て。
#イルマ#。
ねェ、#イルマ#。
おれは、きっと――愛してる。
君もおれを――アイシテ……。
〜〜〜〜〜
シルヴァーノは、過去の記憶が脳裏に蘇るとズクリと何かが蠢くのを久方ぶりに感じた。
「アルドの名を語るなどらしく無い」
「ッ……」
#イルマ#の髪を掴み上げて見るその顔は、憎いアルドの面影がある。しかし、それ以上に『欲』を掻き立てるものがあった。
まだ幼い頃の#イルマ#しか知らなかったが――髪を伸ばせば相応に美しい女になる――と、シルヴァーノは思った。
「#イルマ#は、偉大なアサシンだ。他の誰よりもな」
「わ、たしは……、おれは! アルドだ!」
#イルマ#は痛みに耐えながらシルヴァーノを睨み付けて声を上げた。
シルヴァーノは眉をピクリと動かした。そこには怒りに似た何かが混じった情があった。
―― 感…情……?
#イルマ#はそれを見逃さなかった。赤の長になりえた者が感情を持つなんてあり得ない――と、思った。
「#イルマ#」
シルヴァーノは抑揚の無い声で名を呼んだ。
「黙れ……」
「……」
「#イルマ#は、死んだ! おれはッ――!?」
#イルマ#の言葉はシルヴァーノによって遮られた。グッと顔を引き上げられた瞬間に、温かく柔らかい感触が唇に重ねられたことに#イルマ#は目を見開いた。
―― な、なに……?
抵抗しようにも腹部の痛みで身体に力が入らない。唇が少し解放された瞬間に声を出そうとしたが、直ぐに角度を変えて重ねられた。その上――
チュクッ……
―― !?
隙間に舌が差し込まれて舌を絡め取られる感触に#イルマ#は身を捩った。
―― やめ…ろ…、やだ、やめ…ろ……!
ガリッ!
#イルマ#が歯を立ててシルヴァーノの唇に噛み付いた。
「ッ……!」
咄嗟に顔を離して手の甲で口元を拭うと血が付いていた。それにシルヴァーノは眉間に皺を寄せた。しかし――
「ククッ……」
シルヴァーノは直ぐに微笑を零して楽し気に声を漏らした。そして、#イルマ#の耳元に顔を寄せた。
「#イルマ#、良い女になったじゃないか」
「!」
「残念だ」
シルヴァーノはそう言うと#イルマ#の髪を掴む手をパッと離した。#イルマ#の上体は呆気なく地面にどさりと倒れた。
#イルマ#の視界が涙で滲んでいる。それが頬に伝い落ちるのをシルヴァーノが人差し指で掬った。そして、その指を舌でペロリと舐めた。
「お前が同胞のままならば、おれの女にしてやったものを」
「だれ……が……」
「腹を刺さなければ良かったか」
シルヴァーノは腕を組んでわざと考えるような素振りを見せて「ふむ……」と頷いた。
「足の腱を切っていれば、お前の身体を組み敷いて犯すのも一興だったかもしれんな」
「き…さま……!」
「嫌でも女であることを思い知る良い機会でもあったが、このまま誰にも看取られることなく死なせてやろう」
シルヴァーノはそう言うと踵を返して背を向けた。
「あァ、お前の”大切な家族”はおれにとっては目障りでしかないのでな。全ておれの手で排除してやると約束しよう」
「!」
「まァ、実の家族とも呼べるあの”老い耄れ”の性玩具にされなかったことが、せめてもの救いと言えるな」
「ッ……」
「おれが救ってやったようなものだ。感謝しろ」
シルヴァーノはそう言うとその場から姿を消した。それから暫くしてポツポツと雨が降り始めた。
冷たい滴が横たわる#イルマ#の身体を濡らして徐々に体温を奪っていった。
やはり後を追って来た。抑えきれない怒りの衝動が心を支配して思考回路は壊滅的だ。
ならば、意図も容易く返り討ちにできるだろう。
背後で空を斬る音が聞こえた。
形振り構わず剣を振るう様に、シルヴァーノはクッと喉を鳴らして笑みを浮かべた。
左腕のアサシンブレードでその剣を弾き飛ばすと隙だらけの腹部に目掛けて短剣を突き刺した。
「カハッ!」
刃が腹部に深く突き刺さった。その反動で口から血を吐いてその場にズルリと力無く伏して倒れたのは、コルティノーヴィス・アルド――いや、違う。そうでは無い。この者は――。
「う…ぐ……」
恐らく致命傷に近い程の傷を負っただろう。
「お前は相変わらずだな」
―― #イルマ# ――
久しく呼ぶ名を口にしてシルヴァーノは、彼女が握る剣の刀身を踏み付けて圧し折った。
「そんなに出来損ないの弟が大事か?」
シルヴァーノは#イルマ#の側で膝を折ると彼女のフードを取り払った。そして、髪を掴んで顔を引き上げた。
顔を歪ませる#イルマ#は、ギリッと歯を噛み締めてシルヴァーノを睨み付けた。
「おま…えに…なにがわかる……?」
#イルマ#の言葉にシルヴァーノは軽く肩を竦めた。
「おれは#イルマ#の為なら命すらくれてやっても良かったのだがな。まさか愚弟に唆されて裏切るとは、心底がっかりさせられたものだ」
「私はッ、お、お前が…嫌い…だ……!」
「ククッ、そうか。いつもアルドを痛め付けていたのがおれだったからな」
〜〜〜〜〜
「#イルマ#、アルドの死で自由を得た気分はどうだ?」
「!」
「アルドは、お前が殺したようなものだ」
〜〜〜〜〜
が心底憎くて仕方が無かった」
セルヴァ王宮地下にある小屋で対峙した際に放ったシルヴァーノの言葉は、#イルマ#の心を大きく揺さぶった。怒りの感情が沸々と溢れ出して#イルマ#は心底からこの男が『憎い』と思った。
―― そう、それで良い。
例えどんなに強者であっても逆上して冷静さを失えば正常な判断はできないことをシルヴァーノは知っていた。
それはアサシンとして今日まで積み重ねてきた経験でわかったことだ。
最高位のマスターアサシンであろうとも弱点さえわかれば容易に倒せる自信があった。
唯一血を分けた家族と呼べる存在。
弟のアルド。
シルヴァーノは、このアルドが幼い頃から心底憎くて仕方が無かった。
〜〜〜〜〜
シルヴァーノは#イルマ#やアルドと共にアサシンとして育てられた。
育成クラスだった当時のこと。他を寄せ付けない圧倒的な才によりアサシンとして頭角を現し始めた#イルマ#を、シルヴァーノは憧れと尊敬の意を持って自分のことのように喜んでいた。
アサシンを目指す者達にとって#イルマ#は偉大で尊敬に値する存在だった。
今は天と地ほどの差があるかもしれない。
でも、大人になる頃にはきっと隣に立ってみせる。
同期の誰もがそんな希望を胸に抱いて必死に訓練を受けていた。
シルヴァーノも然りだ。
ただ彼は、他の誰よりも#イルマ#に対する憧れや尊敬の気持ちが強かった。
#イルマ#の隣に在るべき者は自分しかいない。
決して誰にもその場所を明け渡してなるものか。
#イルマ#にとって相応しい片腕は自分だけだ。
シルヴァーノの心根には、『思い』では無く『想い』として根付いていたからだ。
故に、何事に対しても#イルマ#の名を汚し足を引っ張る愚直な弟でしかないアルドの存在が#シルヴァーノにとって#疎ましかった。
おれが弟なら偉大な姉を支える唯一無二の存在になれるのに
剣技や格闘の立ち合いでアルドと対することが多かった。その度に#シルヴァーノ#は度が過ぎる程に一方的にアルドを痛めつけた。時には、アルドが完全に気を失っているにも関わらず攻撃を仕掛けることもあった。
「お前には、アサシンとしての力量は皆無に等しい」
二度と立ち上がれないように戦う気力を。そして、訓練を受ける気力さえも奪うように、その軟弱な心を何度も圧し折った。
そんな中、たった一度だ。
無残に倒れるアルドに追い打ちを掛けようとするシルヴァーノの姿を、任務から帰還した#イルマ#が目撃したのだ。
#イルマ#はアルドを助ける為に二人の間に割って入った。
突然目の前に現れた#イルマ#に、シルヴァーノは攻撃の手を止めて目を丸くした。
#イルマ#は無表情であったが眼光はとても鋭く、シルヴァーノを睨み付けていた。それに対してシルヴァーノは気圧されて思わず息を呑んだ。
―― #イルマ#……?
この時、何故かズクリと胸に痛みが走るのを感じた。
とても痛くて、とても切なくて、とても悲しい――暗く重い気持ちが、シルヴァーノの心根に深く刻まれた。しかし、それが何を意味したのかはわからなかった。
その後、何度か#イルマ#と顔を合わせることがあったが、#イルマ#はシルヴァーノを一切見ようとしなかった。
ズクリ……。
その度に、
ズクリ……。
シルヴァーノの無い筈の心が、
ズクリ……。
暗く重い何かに浸食されていった。
―― #イルマ#、おれは誰よりも君を大事に思ってる。きっとアルドよりも役に立つ。ずっと側に ――
どうして、ここにいるのに見てくれないんだ。
ここにいる。
役に立つ。
大事に思ってる。
誰よりも憧れて、誰よりも尊敬してる。
そう、偉大なあなたを、おれが守るんだ。
だから、見て。
#イルマ#。
ねェ、#イルマ#。
おれは、きっと――愛してる。
君もおれを――アイシテ……。
〜〜〜〜〜
シルヴァーノは、過去の記憶が脳裏に蘇るとズクリと何かが蠢くのを久方ぶりに感じた。
「アルドの名を語るなどらしく無い」
「ッ……」
#イルマ#の髪を掴み上げて見るその顔は、憎いアルドの面影がある。しかし、それ以上に『欲』を掻き立てるものがあった。
まだ幼い頃の#イルマ#しか知らなかったが――髪を伸ばせば相応に美しい女になる――と、シルヴァーノは思った。
「#イルマ#は、偉大なアサシンだ。他の誰よりもな」
「わ、たしは……、おれは! アルドだ!」
#イルマ#は痛みに耐えながらシルヴァーノを睨み付けて声を上げた。
シルヴァーノは眉をピクリと動かした。そこには怒りに似た何かが混じった情があった。
―― 感…情……?
#イルマ#はそれを見逃さなかった。赤の長になりえた者が感情を持つなんてあり得ない――と、思った。
「#イルマ#」
シルヴァーノは抑揚の無い声で名を呼んだ。
「黙れ……」
「……」
「#イルマ#は、死んだ! おれはッ――!?」
#イルマ#の言葉はシルヴァーノによって遮られた。グッと顔を引き上げられた瞬間に、温かく柔らかい感触が唇に重ねられたことに#イルマ#は目を見開いた。
―― な、なに……?
抵抗しようにも腹部の痛みで身体に力が入らない。唇が少し解放された瞬間に声を出そうとしたが、直ぐに角度を変えて重ねられた。その上――
チュクッ……
―― !?
隙間に舌が差し込まれて舌を絡め取られる感触に#イルマ#は身を捩った。
―― やめ…ろ…、やだ、やめ…ろ……!
ガリッ!
#イルマ#が歯を立ててシルヴァーノの唇に噛み付いた。
「ッ……!」
咄嗟に顔を離して手の甲で口元を拭うと血が付いていた。それにシルヴァーノは眉間に皺を寄せた。しかし――
「ククッ……」
シルヴァーノは直ぐに微笑を零して楽し気に声を漏らした。そして、#イルマ#の耳元に顔を寄せた。
「#イルマ#、良い女になったじゃないか」
「!」
「残念だ」
シルヴァーノはそう言うと#イルマ#の髪を掴む手をパッと離した。#イルマ#の上体は呆気なく地面にどさりと倒れた。
#イルマ#の視界が涙で滲んでいる。それが頬に伝い落ちるのをシルヴァーノが人差し指で掬った。そして、その指を舌でペロリと舐めた。
「お前が同胞のままならば、おれの女にしてやったものを」
「だれ……が……」
「腹を刺さなければ良かったか」
シルヴァーノは腕を組んでわざと考えるような素振りを見せて「ふむ……」と頷いた。
「足の腱を切っていれば、お前の身体を組み敷いて犯すのも一興だったかもしれんな」
「き…さま……!」
「嫌でも女であることを思い知る良い機会でもあったが、このまま誰にも看取られることなく死なせてやろう」
シルヴァーノはそう言うと踵を返して背を向けた。
「あァ、お前の”大切な家族”はおれにとっては目障りでしかないのでな。全ておれの手で排除してやると約束しよう」
「!」
「まァ、実の家族とも呼べるあの”老い耄れ”の性玩具にされなかったことが、せめてもの救いと言えるな」
「ッ……」
「おれが救ってやったようなものだ。感謝しろ」
シルヴァーノはそう言うとその場から姿を消した。それから暫くしてポツポツと雨が降り始めた。
冷たい滴が横たわる#イルマ#の身体を濡らして徐々に体温を奪っていった。
愛 憎
【〆栞】