45

雨がポツポツと降り始めたかと思ったら雨足が徐々に強くなって視界を悪くさせた。雨に打たれながらもマルコは懸命にアルドを探した。
後を追うのに遅れたが、まだそんなに遠くには行っていないはずだと、懸命に目を凝らして空を飛んでいた。
少し開けた場所に倒れている人の姿が目に飛び込んだ。アサシンの衣服を纏っているがシルヴァーノでは無い。シルヴァーノに比べて身体は細くて小柄だ。

「アルド!?」

マルコは急いで地上に降り立ってアルドの側に駆け寄った。フードが取り払われていて雨に濡れたその顔は見間違うはずも無いアルドだ。

「アルド! しっかりしろ!」

倒れたアルドを抱き起すとアルドの腕が力無くダラリと地面に落ちた。もう意識が無いことは明白だった。

―― 血の気が無い。どこをやられた!?

抱き起こす際に腹部に回した手に違和感を感じた。見ればその手は赤い血に染まっていた。そして、腹部に目を向けた。

「!!」

刃で刺された傷だ。相当深く刺されたのか血は止まることを知らずに溢れる一方で、それによって白衣がどんどん赤く染められていった。
マルコは自身のシャツの袖をビリッと破るとアルドの腹部に巻きつけて止血の為に強く結んだ。

「死ぬなよい!!」

マルコはアルドを背負うと不死鳥と化して空を飛んだ。
ここはロスカ国から大分離れた場所だ。
どこか近辺に町は無いかと見回すと南西の方角に小さな集落があることに気付いて急いで向かった。
地上に降り立ってアルドを横抱きにしながら見上げた先に小さな宿があった。
マルコは足早に宿へ入ると店主が驚いた表情を浮かべた。

「おや、珍しい。こんな小さな集落に外のお客が来るとは……」
「医者を呼んでくれ!」

マルコがそう言うと店主はマルコが背負うアルドに視線を向けてハッとした。

「これは酷い!」
「空いてる部屋を借りるよい!」
「あ! えっと、この宿は、」
「宿の説明は後だ! 早く医者を!」
「わ、わかった!」

店主は部屋の鍵をマルコに投げ渡して医者を呼びに行った。マルコは渡された鍵に付いている札番の部屋にアルドを抱えて入った。

「ッ……、そういうことか」

店主が何を言おうとしたのか、部屋の内装を見て何となく察した。
しかし、今はそんなことはどうでも良い。
マルコはアルドをベッドに寝かせると身に付けている装飾を外して腰元の赤いサッシュも解いた。そして、部屋に常備してあるタオルを手に取って濡れた身体を拭い始めた。
髪と顔、首筋、そして衣服を脱がそうと手に掛けた時、部屋のドアが開けられてその手をピタリと止めて振り向いた。

「あんた医者か?」

マルコが問い掛けると少し老いた風貌の男が「そうじゃ」と頷いた。そして、ベッドに横たわるアルドを見るなり顔を強張らせた。

「これはいかん! 早く処置せねば! マリー! 今すぐ手術の準備を!」
「はい!」

男が助手と思われる娘に声を掛けると慌ただしく治療の準備が始められた。

「おれも医者の端くれみてェなもんだが、何か手伝えることはあるか?」

男はマルコの表情を見ると患者であるアルドに視線を移して再びマルコに戻してから首を振った。

「見た所、とても平静ではおらんだろう?」
「ッ……」
「近しい者を助けたい気持ちはわかるが、すまない。ここは我々に任せて部屋の外で待っていてくれないか?」

マルコは拳をグッと握った。

「あとは、頼む……」
「うむ。必ず助ける」

部屋を出て廊下に出たマルコは壁に背中を預けて力無くその場に腰を下ろした。

「だ、大丈夫ですか?」

廊下で様子を伺っていた店主がマルコを心配して声を掛けたが、マルコは額に手を当てて項垂れるだけで返事をしなかった。

「あなたも着替えないと風邪を引きますよ。タオルと服と温かい飲み物を持ってきますね?」

店主がそう言うとマルコは少し顔を上げて「悪ィな……」と答えた。

「隣の部屋も空いてますから使ってください」

店主はマルコに鍵を渡すとその場から去って行った。
マルコは店主の背中を見送ると天井仰ぎ見た。そして、眉に皺を寄せて強く目を瞑り深い溜息を吐いた。

「おれは、なにやってんだよい……」

助けることも、支えることも、何一つできていない。
それどころか、こうして瀕死に追いやってしまった。

マルコは自分が許せなかった。
両手を組んで額を叩くようにして、また大きく息を吐いた。

―― 死ぬなアルド。

死ぬな#イルマ#。

―― 生きろアルド。

生きろ#イルマ#。

頭で別人だとわかっていても、どうしても心で重なってしまう二人の姿。

「神ってェのが本当にいるなら、アルドを……、生かしてくれ……、頼む……!」

海賊に身を置くだけあって偶像的なものに興味は無かったが、マルコは初めて心の底からそれに願い祈った。
思わず目頭が熱くなると視界が滲んで歪んだ。欠伸や痛みで涙を浮かべることがあっても、こんな風に感傷的に涙を浮かべることなど滅多に無い。ましてや人の為になど、初めてのことだった。
アルドを思いながらも重なって見えてしまう#イルマ#への思いが折り重なったからなのかもしれない――マルコは、そう思った。





マルコは隣の部屋のバスルームを借りて熱いシャワーを浴びることにした。
泥を洗い流して冷えた身体を温め終える頃、店主がバスルームの外から声を掛けた。

「着替えを置いておきますね」
「あァ、ありがとよい」

店主が部屋を出て行った後、マルコは身体を拭いてバスルームを出た。ベッドの上に置かれた着替えは明らかに寛ぎ用の部屋着と思われるシンプルなものだった。

「まァ……、仕方がねェか」

服が渇くまでの我慢だと言い聞かせてそれに着替えた。そして、廊下に出ると医者が助手と共に部屋から出て来たところだった。マルコは急いで医者の元へと駆け寄った。

「アルドは!?」
「なんとか一命は取り留めたよ」
「そ…うか……。そうか……」

医者の言葉にマルコは胸を撫でおろして深く息を吐いた。

「だが、絶対安静じゃ。暫くは動かしてはならんぞ?」
「あァ、わかったよい」

マルコはコクリと頷くと医者は何を思ったのかポリポリと頬を掻いて視線を彷徨わせた。どうしたのかとマルコが軽く首を傾げると医者は「コホンッ!」と一つ咳払いをして言った。

「あー、添い寝ぐらいなら、構わなんからな」

医者はニヤリと笑みを浮かべた。

「は……?」

マルコがキョトンとしていると傍らに居た助手のマリーが「やだわ先生ったら〜!」と医者の背中をバシンと叩いてクスクスと笑っていた。彼女もまた意味ありげな笑みを浮かべながら「お大事に〜」と言ってさっさと帰って行った。

「あ、代金だがよい」
「それはここの宿泊代に含めて纏めて貰いますよ。ここは小さな集落だから持ちつ持たれつってやつでね」
「そうかい」
「くれぐれも無茶だけはせんようにな」
「あ、あァ……、わかっ…た……?」

医者が笑いながら釘を刺す様に言った。マルコはとりあえずコクリと頷いた。何に対しての意味なのかよくわかっていない為、返事が疑問形となってしまった。

「では、これで失礼する」

楽し気な医者の背中を見送るマルコは「怪しい」とばかりに徐々に眉を顰めて軽く首を捻った。しかし、直ぐにハッとしてアルドがいる部屋へと入って行った。

ベッドで静かに眠るアルドは、安定した呼吸を繰り返していた。血の気が引いていた顔も血色が戻っていて、マルコは心の底から安堵した。そして、備え付けの椅子を置いて腰を下ろした。
眠るアルドの手に視線を落としたマルコは、なんとなく手を伸ばしてその手を握った。すると、僅かだがピクリとアルドの手が反応した。

「なんだか……、あの時とよく似てるよい」

マルコはふっと微笑を零してポツリと呟いたその時、アルドの身体に掛けられていたシーツがずれ落ちた。

―― !

あまり動かせなかったといえばそうなのだろうが、アルドの上半身は包帯を巻いただけで衣服を身に付けていない。
はだけて見えた素肌を曝した肩に、何故か心臓がドキンッと大きく跳ねた。それに驚いたマルコはガタンッと立ち上がった。

「い、いい今のはなんだよい!?」

口元を手で覆う。顔が酷く熱い。

―― どういう心境で見てんだ!? アルドは男だろうがよい!?

マルコは焦りながら頭を振って両手で頬をバシンと叩いた。
アルドは大切な存在だが、家族の一人であって、義弟の一人であって、決して無い。そっちの気は断じて無い。
酷く動揺する精神を落ち着かせようと息を深く吐いて改めてアルドを見た。

「ほら、男の肩を見ただけで……」

どうして反応するんだ――では無く、やけに細くて小さな色白の肩に疑問を抱いた。そう、だから男にしてはやけに色っぽく映って動揺したのだ。まるで女の様――。

「!」

マルコは心臓がドキドキと早鐘を打ち始めるのを感じた。

―― まさか……。

重ねていた。重なって見えてしまうことが何度もあった。
そう、何度も、何度も――。
眠るアルドの頬にそっと手を添えるとアルドがピクリと反応を示した。閉じられた瞼の端から涙が零れ落ちて蟀谷を濡らした。

「お前……」

心臓がドクンドクンと激しく脈打つ。

―― アルドじゃ…無い。お前は……。

「#イルマ# ……」

アルドに対して初めて#イルマ#の名を口にした。思わずヒュッと息を吸い込んだ。そして、喉を上下に動かして固唾を飲んだ。

「はっ…はは……」

そうだ。何度も聞こうとした。
彼女の存在を知っているのか。
生きているのか。
あれからどうなったのか。
もし知っていたら教えて欲しい。
そう、何度も何度も何度も――。

眠っているアルドを見つめて#イルマ#の名を口にしたマルコの心は打ち震えた。

「おれはアホだ。今更なんだよい……」

マルコは両手で拭うように顔を覆うと椅子に座って自嘲した。

「お前……、言っただろうが」

〜〜〜〜〜

「気を付けてな。またいつかどこかで会った時は……、あー、今より成長してんだろうから、おれは気付かねェかもしれねェなァ。そん時はお前ェから声を掛けてくれよい」

〜〜〜〜〜

「おれは……、幼いお前の姿しか知らねェんだから……、気付かねェよい……」

マルコはそう言葉を零すと徐にアルドの頬を撫で、そして、頭を撫でた。

「悪かった。ずっと側にいたのに、気付いてやれねェで……」

―― すまなかった。なァ、#イルマ# ――

二 人

〆栞
PREV  |  NEXT
BACK