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呼び鈴が鳴ると暫くしてマルコがガチャリとドアを開けた。そこには店主が意味深な笑みを浮かべて立っていた。
これで何度目だろうか。マルコは眉間に皺を寄せて額に青筋を張ると怒鳴った。

「何度も言ってんだろうが!?」
「ですが、ここはそういう宿ですしね!」

あの白ひげ海賊団の1番隊隊長が怒っているというのに、店主は満面の笑顔を浮かべたまま引こうとしない。しかも、手ぐすねまでして……。

「ここしか宿が無いんだから仕方がねェだろい!?」
「またまた〜。ほら、夜な夜な聞こえて来るとやっぱりこう……、溜まるでしょう?」

ほっぺを赤丸に染めながら店主は言った。それにマルコはギリッと奥歯を強く噛み締めた。

「ね?」
「あ”ーあ”ー! そりゃあこっちは生き地獄を味わってるよい!」

マルコがそう吐き捨てると店主は「へ!?」と驚いて素っ頓狂な声を上げた。

「じゃあまだ我慢なさっていると!?」
「そもそも、例えヤッたとしてもだ。なんでてめェに報告する義務があるってんだよい!?」
「えー? だってェ〜、なんだか色々意味深な関係っぽいから?」

店主は気持ち悪いぐらい身体をクネクネと動かしながらそう答えた。

「一度マジで死んでみるか?」

マルコが無表情でそう言うと店主は「ひっ!?」と恐れ慄く声を上げてその場を退散した。しかし、その足取りはどちらかと言うと楽し気だ。

「チッ……」

マルコは舌打ちをして部屋のドアを閉めるとその場で頭を抱えながらしゃがみ込み溜息を吐いた。
集落にある唯一の電伝虫を借りてモビー・ディック号に連絡をすると「ある程度完治するまで動くな」と白ひげからの指示があった。その為、暫くこの宿に厄介になることになったわけなのだが、早五日の時が経とうとしていた。マルコは一日でも早く此処から出て行きたい――と、心の底からそう思っていた。

〜〜〜〜〜

初日と翌日は何も無かった。しかし、三日目以降から店主が部屋を訪れては「要らない詮索」をして来るようになってマルコは辟易していた。それも毎朝だ。
肝心の#イルマ#の意識はまだ戻らない。医者が傷の具合を診察して良好だと言ってはくれたが、未だに意識が戻らないのは『精神的』なところが大きいと言われた。

「添い寝でもしてやりゃ一発かもしれんぞ?」
「何を期待してんだ……エロ医者」

ジト目でそう言うマルコに対して医者は「はっはっはっ!」と高笑いだ。そして――「ここはそういう所だよマルコ君」――と、マルコの腕にポンポンと叩いた。

「ッ〜!」

マルコは表情を顰めた。そして、叫んだ。

「ここの集落の連中はアホだろい!?」
「アホとは失礼な。ただ単に、」
「わかった。礼を言う。もう帰って良い」
「――なんじゃ、つまらんのぅ」

医者の返事を遮って無理矢理に部屋から追い出した。例え恩人であっても、流石にもう勘弁してもらいたかった。
ここは小さな集落に唯一ある宿なのだが、あろうことか、まさにそういう宿だった。どの部屋もそうだ。つまりは、そういうことだ。

「はァ……」

外見はとても素朴な建物だ。ロビーも廊下も部屋のドアも至って素朴だ。だが部屋の中は――本当、もう、そういうことなのだ。
部屋のサイズに不釣り合いなダブルベッドがドーンと一つ。唯一椅子を置いて座れる幅があるだけマシだった。
この三日間、マルコは毛布一枚を手にして狭いスペースの床でゴロ寝で過ごしている。
眠る#イルマ#の隣に寝ても良かったのだ。最初はそう思ったのだ。アルドが#イルマ#だと確信した今となっては、寧ろ喜んで添い寝できる。そう思ったのに――正直な所、確信しなかった方が良かったと後悔している。

―― くっ……、耐えろ!

アルドがアルドのままであれば添い寝をしただろう。男だと信じていれば、堂々と隣で寝たのだ。しかし、アルドは#イルマ#だ。そして、#イルマ#は女だ。それも幼い少女では無く成長した女。

何度も言うが、つまりはそういうことだ。

毎晩、毎晩、盛りの付いた猫かと思える程に、上下左右から男と女の性行為による喘ぎ声とベッドの軋む音が嫌でも聞こえて来るのだ。
また日中のことだ。
食糧を買いに出かけた時、ついでに酒を買おうと立ち寄った酒場には娼婦が常に常駐していて、昼間だというのに酒を飲んで男が公衆の場でも構わずに娼婦とキスを交わす姿があった。挙句の果てには、そのまま平気で淫らな行為を堂々と行われていくのだから、マルコは唖然とした。

「この集落は一体どうなってんだ!?」

宿の受付テーブルにバーンッと両手を叩きつけて店主に怒鳴ったマルコだったが、店主は平然と笑って言った。

「ここは男と女の出会いの場っつぅの? セフレ村ってなァ有名だってんだ!」
「おれは無性にお前を殴りてェ。おれの知り合いとてめェが非常に被る」
「酷いマルコ!」
「その反応が同じ過ぎて反吐が出るよい!」

店主の髪形がリーゼントだったら確実にぶん殴っていただろう。

〜〜〜〜〜

マルコは、未だに目覚めない#イルマ#の様子を伺った。怪我は順調に回復しているし、いつ目が覚めてもおかしく無い。ならば、このまま連れて船に戻った方が良い――と、そう判断した。

「金は後で持って来る」
「えー、いつヤるの? 今でしょ?」
「ネタが古い。死ね」
「うぅ……、マルちゃんノリが悪い……」

店主は、打ちひしがれて涙した。ハンカチを口に噛み締めてオイオイ泣いた。
それに対してマルコは至って無表情だが、その目はとても冷たかった。

「二度と会うことねェ」

店主にそう吐き言い捨て、医者にだけ「世話になった。ありがとよい」と頭を下げて礼を述べた。そして、#イルマ#を背負うとその淫らな町をさっさと出ようと不死鳥と化して空を飛んだ。

―― これでやっと船に戻れる……。

地獄の日々から解放された。本当にそう思って空を飛んでいた。そう、暫くは良かった。しかし――。

ポツッ……、ポツッ……、

「……マジか」

空の雲行きが怪しくなってきたかと思うと雨が降り始めた。そして、次第に雨足が強くなってきた。マルコは視界に捉えた洞窟らしい穴を見つけて避難することにした。

「最悪だ……」

集落を出る時は雲一つ無い晴れやかな天気だったというのに突然の雨。

「あー……、そうだった。忘れてた」

春島のラクアナ島は、所変わると天候が変わる。島一つでアンバランスな天気を楽しめる(?)という天候が非常に変わりやすいことで有名な島だ。それをすっかり忘れていたマルコは項垂れた。

餞別にと渡された袋を開けて中身を探るとマッチがあった。箱には卑猥な女の絵柄があった。どうも娼婦の宣伝広告用のマッチらしい。更に、冊子が数枚あった。どれも中身はソレ系で、マルコは無言で地面に投げ捨てた。そして、問答無用に火を点けた。

「まァ……、役には立った」

とりあえず濡れた衣服を乾かしながら暖も多少は取れるだろう。しかし、#イルマ#の身体は冷え切っていて、状態はあまり良く無い。
どうしたものかと考えたマルコだったが、仕方が無いとばかりに「悪い」と謝罪の言葉を口にして#イルマ#の衣服を脱がした。そして、雨で濡れてしまった包帯すら外した。
自分もシャツを脱いで#イルマ#を抱き寄せて上裸となった肌を密着させた。こうして互いの体温でいくらかマシになるだろう。

―― 細いのは、女だからで……。

「……」

視線を明後日の方向に向けたまま#イルマ#の細い身体を包むようにギュッと抱き締めた。

―― 細い割には結構……。

自分の身体に当たる#イルマ#の柔らかい胸の感触に軽く動揺した。それでも、大事に、大切に、自然と抱き締める腕に力が入る。

「ん……」
「お?」

#イルマ#が身体を捩って声を漏らした。マルコは抱き締める腕を緩めて#イルマ#の顔を覗き込んだ。
閉じていた瞳がゆっくり開いた。漸く#イルマ#の意識が戻った。

「良かったよい。やっと目が覚めた」
「マ…ルコ…隊長……? ここはッ――いっ!」

#イルマ#は激痛に顔を歪めて身体を強張らせた。

「あまり無理して動くな。腹に深い傷を負ってんだよい。医者に診てもらって治療は受けたが、あんまり動けた身体じゃねェ」
「そう…でした。おれ、刺さ…れ……?」

#イルマ#はマルコから視線を外して見下ろした。上半身だけ衣服を纏っていない状態だ。そうしてマルコを見上げた。
反応がとても薄いことから、やはり普通の女のそれとは大きくかけ離れているとマルコは思った。

「何故……、裸……?」
「あー、身体が冷えちまったから温める為に……な?」
「そうですか……」

マルコは視線を泳がせながら頬をヒクリと引き攣らせた。

―― 無知ってェのは色々な意味で怖ェ。この状況で普通に会話するってなんだ?

「おれ……」
「ん?」
「女であることがバレてしまいましたね」

#イルマ#の言葉にマルコは漸く視線を落として#イルマ#を見た。

「”おれ”……か。なァ、#イルマ#」」
「え……?」
「いや、まァ、癖なら仕方がねェか。それは追々として、とりあえず怪我している間は暫く大人しくしろよい」

マルコはそう言って見上げる#イルマ#の頭をクシャリと撫でた。

「ま、待ってください!」
「ん?」
「い、今……」

#イルマ#は酷く戸惑っていた。

「どう…して……?」

眉をハの字にして瞳が僅かに揺れるその顔には、以前の『アルドの顔』が見る影も無い。ただ、幼さが少し残る女の顔がそこにあって、マルコは目を丸くした。だが直ぐにクツリと笑みを零すと#イルマ#をギュッと抱き締めた。

「#イルマ#」
「!」
「バカだよいお前は」
「ッ、マ…ルコ……さん」
「おれはずっと会いたかったってェのに……、直ぐ側にいたのになァ」

マルコはそう言うと額を#イルマ#の額にコツンとくっ付けた。

「全く気付いてやれねェで、悪かった」
「う、あァ……」

マルコの優しい声音に、#イルマ#の心は瓦解したように崩れて涙をボロボロと零し始めた。

「良かったよい。生きていてくれて本当に……ありがとな、#イルマ#」
「ふっ、う、ああァァァ!!」

マルコに抱き付いた#イルマ#は、自分が何者で、生きる目的すらも忘れ、何もかも打ち捨てて、心の底から声を上げて泣いた。
マルコは#イルマ#の背中を何度も優しく撫でた。まるで幼い子供をあやす様に――。
自分の胸の内に温かいもので満たされていくのを初めて感じる。
色々と聞きたいことがあった。色々話したいことがあった。だが、こうして泣き崩れた#イルマ#の姿を見ると今はただこうして抱き締めてやるだけで良い――と、マルコはクツリと笑った。

解ける

〆栞
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