49
休憩を終えたナース達が船医室に戻った頃、アルドの姿は既に無かった。
ゆっくりとした足取りで自室に戻ったアルドは、直ぐにベッドに寝転がった。
絶対安静だと言われても動けないわけでは無かったが、先刻のエミリアの素敵な(鬼の)笑顔を見てしまったら逆らうのは得策とは言えない。なので、ここは素直に従って大人しくすることにした。眠気は感じていなかったが身体が欲したのか、目を瞑ると直ぐに深い眠りへと落ちた。
暫くして部屋にノック音が響いた。しかし、アルドは起きなかった。
少し間を置いてドアが少しだけ開けられた。隙間から覗き見る人物はラクヨウだ。
「なんだ。素直に寝てやがんのか」
船医やナースの言葉に素直に従うとは珍しいこともあるもんだとラクヨウは思った。起きていたら説教をしてやるつもりでいたのに面白く無いと思いながらドアをそっと閉じた。
「たぶんエミリアに脅されたな」
エミリアの満面の笑顔で鬼へと変わる様を見たら誰も逆らえない。それは船長であるオヤジ然りだ。
ラクヨウはボリボリと頭を掻きながら来た道を戻っていると、通路先の曲がり角からマルコが姿を現したのを見止めて軽く手を挙げた。そんなラクヨウに気付いたマルコが軽く目を丸くした。
「説教してんのかと」
「寝てやがったんでな」
ラクヨウの返答にマルコが片眉を上げた。マルコも同様に起きてるものだとばかり思っていたのだろう。ラクヨウは後頭部の後ろに両手を組んで「おかげで暇になっちまった」と零してマルコの横を通り過ぎて行った。
「そうだ。代わりにリーザを弄るか」
「あんまり苛めてやるなよい」
曲がり角でラクヨウがそんな独り言を呟くものだから、マルコが咄嗟に声を掛けるとラクヨウは「後で会わせてやる」と言ってプラプラ手を振りながら去って行った。
―― アサシンはてめェの玩具かよい……。
元アサシンのリーザは恐らく人間的性格がアルドと似たり寄ったりといったところなのだろう。――で、アルドの身代わりに弄りに行くというのだから、きっとアサシンにとってラクヨウは天敵と言えるのかもしれない。
それから部屋に戻ったマルコは、仕事机の上にどーんと積み上げられた書類の山を見て軽く立ち眩みした。
「マジか……」
書類を見るとアスランでの買い付け品以外に、諸々色々あれやこれやがたっぷりとあって――マルコは言わずもがな仕事の鬼と化した。
「おう、マルコー! 聞いてくれ! おれっちったらアスランで凄ェモテっぷりでよー!」
「てめェ……」
「んー?」
ドアを開けたニコニコ顔のサッチに対して仕事机に向かって額に青筋を張ったマルコが牙を剥く。しかし、サッチの頭はアスランの思い出に浸ってフワッフワな状態である為、危機意識がゼロで笑顔のまま首を傾げた。
「どんだけ娼婦に貢いでんだァァァッ!」
「ぎゃあああああ!!」
タイミングが良いのか悪いのか、マルコにとっては前者でありサッチにとっては後者。
サッチの全力の悲鳴が、モビー・ディックを大きく揺らした。
◇
アルドは目を覚まして起き上がった。
「……?」
周囲に気を張り巡らして軽く首を傾げる。それは普通では無い揺れを感じたからだ。
だが、グランドラインを航行しているのだから『普通』なんて言葉は無いに等しい。
「気のせいか」
ポツリと呟いた。
その時、グゥゥ……と腹の虫が鳴いた。どれだけ眠っていたのかわからないが体内時計は正確で、そろそろ夕食時であることを指していた。
アルドはゆっくりとした動きでベッドから下りると、同じ様にゆっくりとした足取りで部屋を後にした。そして――
食堂に着いてキッチンへ目を向けた時、アルドは思わず二度見してから眉を顰めた。
「おー、アルド。いつもの席に座って待ってろー」
軽く手を挙げて声を掛ける者。それはサッチであるはずなのだが、瘤だらけで腫れあがった顔面がそう認識させなかった。ただ――
―― リーゼント……。
「……………………はい」
「凄い間があったな」
近くに居たイゾウが喉を鳴らして笑った。
「サッチだと直ぐに認識できなかったかい?」
イゾウの問いにアルドは「そうですね」と言ってコクリと頷いた。
―― !
アルドが返事したことが意外だったのか、イゾウは少しだけ目を丸くした。そんなイゾウを尻目にアルドはサッチと思わしき人物に指を差した。
「あれでなんとかわかりました」
「あ、あァ、あれでな」
腫れあがって誰だかわからない顔の上にユラユラゆれるトサカの部分。そして、リーゼントヘアー。それは即ちサッチであるという証拠。
そんな認識の仕方ならおれもサッチと同類だろうな――と、いつもの席へ移動するアルドの背中を見つめながらイゾウは思った。
それにしても――
まさかアルドが素直に反応して言葉を交わしてくれるとは思いもしなかった。ラクアナ島で起きたアサシンとの戦いで、アルドの心情に大きな変化を齎す出来事があったのかもしれない。
今まさに食堂に入って来た人物を見るなりイゾウは少しだけ微笑を零した。
「なんだよい?」
「いや、こんな早い時間に来るなんて珍しいな」
「おかしいか?」
「いつもなら皆が食べ終わった後に来るだろう?」
「空腹で仕事が捗らねェんだよい……」
マルコは少しげんなりした様子で愚痴っぽく言った。
―― あァ、そういうことか……。
マルコの部屋に書類の山ができあがっていることが容易に想像できた。そして、芸術的とも言える(かもしれない)あのサッチの顔を作った犯人が誰であるのかも――。
頭をガシガシと掻きながら自然な足取りでアルドが座っているテーブルに向かうマルコに、イゾウは「こりゃまたえらく距離を縮めたじゃねェか」とクツリと笑った。
「あ、」
「一緒に良いかい?」
いつもなら正面の席にはサッチが座るのだが、アルドは考える間も無くコクリと頷いた。
マルコが少しだけ口角を上げてその席に腰を下ろすとアルドの夕食を乗せたトレーを片手に珍獣状態のサッチがやって来た。そして、マルコを見るなりムスッとしてアルドの前にトレーを置いた。
その様子からサッチの顔を造形したのはマルコなのだと、アルドは直ぐに理解した。何も言わずにフォークを手に取ってサラダのトマトを突き刺した。
「サッチ、おれにも頼む」
「あ”!? なんで」
「サッチ」
マルコはニコッと笑った。
「――へいっ! 少々お待ちを〜!」
サッチは脱兎の如くキッチンへと走って行った。片やアルドは、何だかとんでもないものを見たような気持ちになった。
「な、何か……あったんですか?」
「アスランの娼婦に湯水の如く金を貢いだ罰だ」
「サッチさん自身の小遣いで支払ったのなら別に」
「翌月と翌々月分の小遣いを前借するつもりで散財したみてェだから、お灸を据えてやっただけだよい」
マルコはそう言って少し悪い笑みを浮かべた。その顔を見たアルドは悟った。
―― 八つ当たりだ。
アスランは海賊達の為に作った町なだけに、海賊にとってはまさに天国だ。そこで散財したのは、きっとサッチ以外にも大勢いただろう。先程から隊員達が妙に萎縮している様子から容易に理解できる。八つ当たりであると同時に見せしめでもあるなと思ったアルドは、煮魚の身を解してパクリと食べた。
「美味ェか?」
突然のマルコの問いにアルドはモグモグと咀嚼しながら目をパチクリさせた。
「ん…、はい」
アルドがそう答えるとマルコは柔和な笑みを浮かべた。その様をキッチンから出て来たサッチもまた目をパチクリさせた。
―― なんか……、変わったか?
マルコのあのような笑みをサッチは見たことが無かった。更に、二人の雰囲気がこれまでと全く違うものに感じた。ウボンビ島で和解してから良好な関係を築いていたが、あくまでもそれは上司と部下だ。しかし、今の雰囲気はそれを越えた間柄のそれに思える。
「ほら、マルコ」
神妙な面持ち(と言っても、顔の原型がおかしいので誰もそれに気付いていない)で、サッチはマルコの食事を乗せたトレーをマルコの前に置いた。
「あァ、ありがとよい」
マルコは普段通りの笑みを浮かべて礼を言った。先程までの般若の様な鬼の顔を背後に潜ませた笑みは疾うに消えていた。
サッチは戸惑いながら近くにあった椅子を持って来た腰を下ろした。そして、アルドに視線を向けた。
アルドは然して変わりなく食事を進めている。
「なんか……、変な感じだ」
サッチがポツリと呟いた。それにアルドとマルコが手を止めてサッチに目を向けた。
「そうですか?」「そうか?」
同時に同様の返答。息もぴったりだ。
サッチはヒクリと頬を引き攣らせるとガタンッと立ち上がった。そして、顔を真っ赤(腫れてるからわからない)にして怒鳴った。
「今まで一緒に食ったこと無かったでしょうが! 何時の間にそんな親し気に近い関係になってんだ!?」
アルドはそれを見上げて瞬きを繰り返した。しかし、何も言わずに千切ったパンを口に入れてモグモグと咀嚼する。そして、マルコもまたサッチを見上げながらサラダのキュウリを口に入れて咀嚼するだけで何も言わない。
―― てめェはアルドの物真似師か!?
そんなマルコにサッチは奥歯をギリッと食い縛った。ついこの間まで自分の方がアルドとの距離感が近かったというのに、ラクアナ島の一件で何があったかは知らないが、二人の距離感が極端に近くなっているのは明らかだ。だって、誰かと食事をすることを嫌うアルドが、マルコにそれを許すのだから――。
「上司も上司なら部下も部下か! 二人しておれっちの質問をスルーして食事を進めんじゃねェってんだよ!!」
サッチはそう言うと自分の髪をワシャワシャと掻き乱してキッチンへと戻って行った。それにアルドが軽く首を傾げた。
「何か…、気に障るようなことでも?」
「情緒不安定なだけだ。気にするな」
マルコは事も無げにそう言って煮魚の身を口に放り込んだ。
「お、美味ェ」
「やっぱり……」
「ん?」
「4番隊の皆さんの料理が一番美味しいです」
アルドはそう言って残った煮魚の身を食べた。相変わらず無表情ではあるが、雰囲気そのものはどこか柔らかい。
マルコはカウンタ―から臨めるキッチン内に目を向けた。サッチの背中がそこにあって少し項垂れている。しかし、僅かに肩を震わせて腕で目元を拭うような仕草をしていた。アルドの言葉は、サッチの耳にちゃんと届いたようだ。
周囲との距離感が少しずつ縮まっている。それは、アルドとしていながらも#イルマ#がそれを許し始めている証拠だとマルコは思った。
「良い傾向だよい」
「?」
マルコがポツリと呟いた。それにアルドが小さく首を傾げた。
――当人はそれに気付いちゃいねェんだろうけど。
「なんでもねェ。単なる独り言だ」
マルコはそう言って水をゴクゴクと飲み干した。そして、「ご馳走さん」と言って微笑を零した。
ゆっくりとした足取りで自室に戻ったアルドは、直ぐにベッドに寝転がった。
絶対安静だと言われても動けないわけでは無かったが、先刻のエミリアの素敵な(鬼の)笑顔を見てしまったら逆らうのは得策とは言えない。なので、ここは素直に従って大人しくすることにした。眠気は感じていなかったが身体が欲したのか、目を瞑ると直ぐに深い眠りへと落ちた。
暫くして部屋にノック音が響いた。しかし、アルドは起きなかった。
少し間を置いてドアが少しだけ開けられた。隙間から覗き見る人物はラクヨウだ。
「なんだ。素直に寝てやがんのか」
船医やナースの言葉に素直に従うとは珍しいこともあるもんだとラクヨウは思った。起きていたら説教をしてやるつもりでいたのに面白く無いと思いながらドアをそっと閉じた。
「たぶんエミリアに脅されたな」
エミリアの満面の笑顔で鬼へと変わる様を見たら誰も逆らえない。それは船長であるオヤジ然りだ。
ラクヨウはボリボリと頭を掻きながら来た道を戻っていると、通路先の曲がり角からマルコが姿を現したのを見止めて軽く手を挙げた。そんなラクヨウに気付いたマルコが軽く目を丸くした。
「説教してんのかと」
「寝てやがったんでな」
ラクヨウの返答にマルコが片眉を上げた。マルコも同様に起きてるものだとばかり思っていたのだろう。ラクヨウは後頭部の後ろに両手を組んで「おかげで暇になっちまった」と零してマルコの横を通り過ぎて行った。
「そうだ。代わりにリーザを弄るか」
「あんまり苛めてやるなよい」
曲がり角でラクヨウがそんな独り言を呟くものだから、マルコが咄嗟に声を掛けるとラクヨウは「後で会わせてやる」と言ってプラプラ手を振りながら去って行った。
―― アサシンはてめェの玩具かよい……。
元アサシンのリーザは恐らく人間的性格がアルドと似たり寄ったりといったところなのだろう。――で、アルドの身代わりに弄りに行くというのだから、きっとアサシンにとってラクヨウは天敵と言えるのかもしれない。
それから部屋に戻ったマルコは、仕事机の上にどーんと積み上げられた書類の山を見て軽く立ち眩みした。
「マジか……」
書類を見るとアスランでの買い付け品以外に、諸々色々あれやこれやがたっぷりとあって――マルコは言わずもがな仕事の鬼と化した。
「おう、マルコー! 聞いてくれ! おれっちったらアスランで凄ェモテっぷりでよー!」
「てめェ……」
「んー?」
ドアを開けたニコニコ顔のサッチに対して仕事机に向かって額に青筋を張ったマルコが牙を剥く。しかし、サッチの頭はアスランの思い出に浸ってフワッフワな状態である為、危機意識がゼロで笑顔のまま首を傾げた。
「どんだけ娼婦に貢いでんだァァァッ!」
「ぎゃあああああ!!」
タイミングが良いのか悪いのか、マルコにとっては前者でありサッチにとっては後者。
サッチの全力の悲鳴が、モビー・ディックを大きく揺らした。
◇
アルドは目を覚まして起き上がった。
「……?」
周囲に気を張り巡らして軽く首を傾げる。それは普通では無い揺れを感じたからだ。
だが、グランドラインを航行しているのだから『普通』なんて言葉は無いに等しい。
「気のせいか」
ポツリと呟いた。
その時、グゥゥ……と腹の虫が鳴いた。どれだけ眠っていたのかわからないが体内時計は正確で、そろそろ夕食時であることを指していた。
アルドはゆっくりとした動きでベッドから下りると、同じ様にゆっくりとした足取りで部屋を後にした。そして――
食堂に着いてキッチンへ目を向けた時、アルドは思わず二度見してから眉を顰めた。
「おー、アルド。いつもの席に座って待ってろー」
軽く手を挙げて声を掛ける者。それはサッチであるはずなのだが、瘤だらけで腫れあがった顔面がそう認識させなかった。ただ――
―― リーゼント……。
「……………………はい」
「凄い間があったな」
近くに居たイゾウが喉を鳴らして笑った。
「サッチだと直ぐに認識できなかったかい?」
イゾウの問いにアルドは「そうですね」と言ってコクリと頷いた。
―― !
アルドが返事したことが意外だったのか、イゾウは少しだけ目を丸くした。そんなイゾウを尻目にアルドはサッチと思わしき人物に指を差した。
「あれでなんとかわかりました」
「あ、あァ、あれでな」
腫れあがって誰だかわからない顔の上にユラユラゆれるトサカの部分。そして、リーゼントヘアー。それは即ちサッチであるという証拠。
そんな認識の仕方ならおれもサッチと同類だろうな――と、いつもの席へ移動するアルドの背中を見つめながらイゾウは思った。
それにしても――
まさかアルドが素直に反応して言葉を交わしてくれるとは思いもしなかった。ラクアナ島で起きたアサシンとの戦いで、アルドの心情に大きな変化を齎す出来事があったのかもしれない。
今まさに食堂に入って来た人物を見るなりイゾウは少しだけ微笑を零した。
「なんだよい?」
「いや、こんな早い時間に来るなんて珍しいな」
「おかしいか?」
「いつもなら皆が食べ終わった後に来るだろう?」
「空腹で仕事が捗らねェんだよい……」
マルコは少しげんなりした様子で愚痴っぽく言った。
―― あァ、そういうことか……。
マルコの部屋に書類の山ができあがっていることが容易に想像できた。そして、芸術的とも言える(かもしれない)あのサッチの顔を作った犯人が誰であるのかも――。
頭をガシガシと掻きながら自然な足取りでアルドが座っているテーブルに向かうマルコに、イゾウは「こりゃまたえらく距離を縮めたじゃねェか」とクツリと笑った。
「あ、」
「一緒に良いかい?」
いつもなら正面の席にはサッチが座るのだが、アルドは考える間も無くコクリと頷いた。
マルコが少しだけ口角を上げてその席に腰を下ろすとアルドの夕食を乗せたトレーを片手に珍獣状態のサッチがやって来た。そして、マルコを見るなりムスッとしてアルドの前にトレーを置いた。
その様子からサッチの顔を造形したのはマルコなのだと、アルドは直ぐに理解した。何も言わずにフォークを手に取ってサラダのトマトを突き刺した。
「サッチ、おれにも頼む」
「あ”!? なんで」
「サッチ」
マルコはニコッと笑った。
「――へいっ! 少々お待ちを〜!」
サッチは脱兎の如くキッチンへと走って行った。片やアルドは、何だかとんでもないものを見たような気持ちになった。
「な、何か……あったんですか?」
「アスランの娼婦に湯水の如く金を貢いだ罰だ」
「サッチさん自身の小遣いで支払ったのなら別に」
「翌月と翌々月分の小遣いを前借するつもりで散財したみてェだから、お灸を据えてやっただけだよい」
マルコはそう言って少し悪い笑みを浮かべた。その顔を見たアルドは悟った。
―― 八つ当たりだ。
アスランは海賊達の為に作った町なだけに、海賊にとってはまさに天国だ。そこで散財したのは、きっとサッチ以外にも大勢いただろう。先程から隊員達が妙に萎縮している様子から容易に理解できる。八つ当たりであると同時に見せしめでもあるなと思ったアルドは、煮魚の身を解してパクリと食べた。
「美味ェか?」
突然のマルコの問いにアルドはモグモグと咀嚼しながら目をパチクリさせた。
「ん…、はい」
アルドがそう答えるとマルコは柔和な笑みを浮かべた。その様をキッチンから出て来たサッチもまた目をパチクリさせた。
―― なんか……、変わったか?
マルコのあのような笑みをサッチは見たことが無かった。更に、二人の雰囲気がこれまでと全く違うものに感じた。ウボンビ島で和解してから良好な関係を築いていたが、あくまでもそれは上司と部下だ。しかし、今の雰囲気はそれを越えた間柄のそれに思える。
「ほら、マルコ」
神妙な面持ち(と言っても、顔の原型がおかしいので誰もそれに気付いていない)で、サッチはマルコの食事を乗せたトレーをマルコの前に置いた。
「あァ、ありがとよい」
マルコは普段通りの笑みを浮かべて礼を言った。先程までの般若の様な鬼の顔を背後に潜ませた笑みは疾うに消えていた。
サッチは戸惑いながら近くにあった椅子を持って来た腰を下ろした。そして、アルドに視線を向けた。
アルドは然して変わりなく食事を進めている。
「なんか……、変な感じだ」
サッチがポツリと呟いた。それにアルドとマルコが手を止めてサッチに目を向けた。
「そうですか?」「そうか?」
同時に同様の返答。息もぴったりだ。
サッチはヒクリと頬を引き攣らせるとガタンッと立ち上がった。そして、顔を真っ赤(腫れてるからわからない)にして怒鳴った。
「今まで一緒に食ったこと無かったでしょうが! 何時の間にそんな親し気に近い関係になってんだ!?」
アルドはそれを見上げて瞬きを繰り返した。しかし、何も言わずに千切ったパンを口に入れてモグモグと咀嚼する。そして、マルコもまたサッチを見上げながらサラダのキュウリを口に入れて咀嚼するだけで何も言わない。
―― てめェはアルドの物真似師か!?
そんなマルコにサッチは奥歯をギリッと食い縛った。ついこの間まで自分の方がアルドとの距離感が近かったというのに、ラクアナ島の一件で何があったかは知らないが、二人の距離感が極端に近くなっているのは明らかだ。だって、誰かと食事をすることを嫌うアルドが、マルコにそれを許すのだから――。
「上司も上司なら部下も部下か! 二人しておれっちの質問をスルーして食事を進めんじゃねェってんだよ!!」
サッチはそう言うと自分の髪をワシャワシャと掻き乱してキッチンへと戻って行った。それにアルドが軽く首を傾げた。
「何か…、気に障るようなことでも?」
「情緒不安定なだけだ。気にするな」
マルコは事も無げにそう言って煮魚の身を口に放り込んだ。
「お、美味ェ」
「やっぱり……」
「ん?」
「4番隊の皆さんの料理が一番美味しいです」
アルドはそう言って残った煮魚の身を食べた。相変わらず無表情ではあるが、雰囲気そのものはどこか柔らかい。
マルコはカウンタ―から臨めるキッチン内に目を向けた。サッチの背中がそこにあって少し項垂れている。しかし、僅かに肩を震わせて腕で目元を拭うような仕草をしていた。アルドの言葉は、サッチの耳にちゃんと届いたようだ。
周囲との距離感が少しずつ縮まっている。それは、アルドとしていながらも#イルマ#がそれを許し始めている証拠だとマルコは思った。
「良い傾向だよい」
「?」
マルコがポツリと呟いた。それにアルドが小さく首を傾げた。
――当人はそれに気付いちゃいねェんだろうけど。
「なんでもねェ。単なる独り言だ」
マルコはそう言って水をゴクゴクと飲み干した。そして、「ご馳走さん」と言って微笑を零した。
距離感
【〆栞】