50
大海をゆっくり進むモビー・ディック号の甲板上で、大勢が中央を囲むようにして何やら騒いでいる。
最初は誰もがやんややんやと楽し気に騒いでいた。しかし、ちょっとした間を挟んでシン…――と静まり返った。誰もが言葉を噤んでゴクリと固唾を飲んだ。甲板には、この海賊団を率いる船長である白ひげの姿もある。彼はいつもの所定の位置に座ってその様子を見つめていたが、口端を上げた笑みを浮かべて小さく笑った。
甲板の中央で、白い衣服に赤いサッシュを腰に巻いてフードを目深に被った者が、エースをうつ伏せに倒して押さえ込んでいる。
「また、私の勝ちです」
静かな声が甲板に流れる沈黙を破ると、悔しそうにギリギリと歯を食い縛るエースが「クソッ……!」と呻くように吐き捨てた。
「もう一度!」
「何度やっても同じだと思いますが……」
「今のは油断しただけだ! だから」
「あー、エースには悪いけど、おれっちには全くそうは見えなかったんだけど……」
「――もう一度だけ頼む!」
甲板中央で行われていた訓練は対等な力同士の組手だった。双方共に攻撃や防御を繰り返し、互いに決め手となる一撃が放たれることは無かった。しかし、7番隊が参加したことで状況は一変した。
気だるそうに甲板に出て来たラクヨウの元にエースが駆け寄り、7番隊の中にいるフードを目深に被った人物を指して「あいつと勝負をさせてくれ」と頼んだことが始まりだった。それにラクヨウは片眉を上げてフードを目深に被る人物に視線を送った。
「リーザと勝負だァ?」
「おう」
「リーザは、」
「元アサシンだからだ」
「――……」
ラクアナ島での失態を引き摺っているのか、エースは顔の前にパンッと合掌してラクヨウに頼み込んだ。片耳の穴に小指を突っ込んでホジホジしながらラクヨウは少し思案したが、「まァ、良いか」と呟いてからリーザに声を掛けて手招きした。
「はい」
静かに返事したリーザは、ラクヨウとエースの元へと歩みを進めた。
「エースがお前と勝負してェんだとよ」
ラクヨウが親指でエースを指してそう言うと「わかりました」とリーザは頷いた。
「本当か!?」
「負けても文句無しだぞ」
「あァ、文句なんか言わねェよ」
右拳で左手をパンッと鳴らしてエースは甲板の中央へと移動した。それにリーザも続いて足を進め、ラクヨウは白ひげの元に向かいリーザとの勝負をエースが所望したことを伝えた。
「グララララ、面白そうじゃねェか」
白ひげは甲板で訓練を行っている者達に声を掛けて中央を空けるように言った。元アサシンだったリーザの強さには興味があった。それは、白ひげだけでなく隊長達や隊員達も同じだった。相手がエースともなれば、どれ程の実力なのかがわかりやすいというものだ。なのに――
「あ、」
「終わりです」
「「「早ッ!?」」」
リーザに一瞬で間合いを詰められたエースは、あっさりと腕を取られて地面へと投げ倒された。シャキンッと冷たい音を鳴らしてヒュンッと空気を切り裂き喉元に刃先を突き付けられたエースは、喉仏を上下にゴクリと息を呑み込んだ。
開始の「始め」という声が放たれてから一瞬で勝負が決まった展開に、ラクヨウは手で目元を覆って溜息を吐いた。
―― 手加減ってェのを教えてなかったな……。
ちゃんと言えば良かったとラクヨウは軽く後悔した。そんな彼を他所に誰もが「もっとちゃんと勝負しやがれ〜!!」と野次のような檄を飛ばした。
「もう一度、仕切り直して勝負しようぜ」
エースがそう言うとリーザはラクヨウに顔を向けた。ラクヨウは「受けてやれ」というように顎を動かした。
リーザは何も言わずにエースから離れて元の立ち位置へと戻った。一方、地面に落ちたオレンジ色のテンガロンハットを拾って軽く埃を払いながら立ち上がったエースは、「今度は本気で行くからな」と、呟いてテンガロンハットを被った。
エースとリーザの訓練と言う名の決闘のような勝負に、大勢の声援が飛び交い盛り上がっていった。
「ラクヨウ」
「なんだオヤジ」
「リーザはアルドと比べてどうだ?」
白ひげの問いにラクヨウは片眉を上げた。
「比べてどうってェのは――」
「強さだ」
「そうだな……」
ラクヨウは顎に手を当てて考えていると「もう一度だ!」と叫ぶエースの声に、甲板中央へ自然と顔を向けた。
「――おれっちには全くそうは見えなかったんだけど……」
観戦していたサッチの科白に一体何度やったんだ?とラクヨウは思った。
「天と地ぐれェじゃねェか?」
「なに?」
白ひげに振り向いてラクヨウがそう言うと白ひげは少し眉を顰めた。
「格が全く違う。マスタークラスと比べるなんてリーザには酷過ぎるぜ」
ラクヨウは後頭部に両手を組んでガハハと笑った。
「ならばシルヴァーノと言ったか」
「あァ、リーザが仕えていた長か」
「実力の程はどう思う?」
「強敵」
「……」
「――かもしれねェけど、やっぱりアルドの方が上だな」
ラクアナ島で帰還したアルドは重傷を負っていた。それがシルヴァーノの手によるものだとマルコから報告を受けた。シルヴァーノはアルドをも凌ぐ実力者なのだと白ひげは認識したが、ラクヨウがそれは間違った認識だと否定した。
「負けたのはアルドだ」
ラクヨウの言葉に白ひげは片眉を上げた。
「あいつが重傷を負ったのはどっちつかずで半端な気持ちで戦ったからだ。” 本来の#イルマ# ” が戦ってりゃあ負けやしねェ」
自信たっぷりにラクヨウは断言した。それに白ひげは少し面食らった。
――本来の#イルマ#――
そうなる日が近いことを暗に指すような科白だ。白ひげは「そうか…」と零して微笑った。
「くっそォ! もう一度だ!」
ボボボボッと炎を滾らせながら叫ぶエース。――に、声援は疾うに消えて大勢いた観戦者は解散していた。
「サッチ、今日の昼食は何?」
「ハルタの嫌いな蛇を使った滋養強壮健康食」
「何それ!?」と叫ぶハルタの隣で「やった!!」とガッツポーズするナミュール。
「喜んでるのはナミュールだけだな」
「くく、そうだな」
ハルタと同様に愕然としてブーブーと文句を言う隊員達の傍らで、サッチの冗談だと理解しているイゾウとビスタが軽く笑った。そんな彼らの後ろでエースの頭をぺシンッと叩いたのはラクヨウで――
「いつまでやるつもりだ!」
「一矢報いるまでだ!」
「「「当面は無理だろ」」」
7番隊の隊員達がリーザを労いつつエースに慰めの言葉を送った。
◇
「訓練は終わったみたいですね」
最後の一枚を確認して書類を纏めたアルドに、「お疲れさん」とマルコが書類を受け取る代わりにコーヒーをローテーブルに置いた。
「いただきます」
出されたコーヒーカップに手を伸ばしたアルドは、ズズッと一口飲んでフッと息を吐いてマルコに視線を向けた。
備え付けの戸棚で自分の分のコーヒーを淹れたマルコは、アルドの隣へと移動して腰を下ろした。
「まだ回復してねェのに手伝わせて悪かったよい」
「あの山を流石に一人で処理するのは無理ですよ」
コーヒーをもう一口含んでカップをローテーブルに戻したアルドは、少し痛む腹部に手を当てながら隣に座るマルコに顔を向けた。
「絶対安静って言われてんだろい?」
「眠れそうになかったので」
「無理だけはするなよい」
「わかってます……、けど、なんだか説得力に欠けますね」
目の下に酷いクマを作っているマルコを見つめてアルドはポツリと言った。ブラックコーヒーを呷ってローテーブルにカップを置いたマルコは、「あー、流石におれも眠ィ……」と呟いて軽く欠伸をした。涙で滲む目元を指で押さえて軽く揉んでからアルドに目を向けた。
「何なら今から寝るか」
「えェ、その方が」
「一緒に」
「――……え?」
聞き間違いかと思ったアルドは瞬きを繰り返してポカンとした。そんなアルドを他所にマルコは立ち上がって両腕を上にグッと気伸びをして首を左右に動かしてコキコキと鳴らした。
「眠れねェんなら添い寝してやるよい」
「い、いや、それは――うあ!」
戸惑うアルドを無視してマルコはヒョイッとアルドを抱き上げた。アルドは咄嗟に身を捩ったが、マルコにガッチリ抱えられて降りることができなかった。
「抵抗すんな。傷に障る」
「で、ですが!」
「どうせ部屋に戻っても素直に寝やしねェんだ」
このまま部屋に戻っても武具の手入れやら何やらで、ベッドで安静になんてしないだろうことはお見通しだ。――と、マルコがニヤリと笑うとアルドは「う……」と声を漏らした。
もし相手がラクヨウだったら何とでも言って躱せる自信はある。しかし、マルコが相手となるとそれが何故かできそうにない。
アルドは身を縮めて大人しくなった。マルコは少しだけクツリと笑うとアルドをベッドにゆっくり降ろして寝かせた。
「#イルマ#」
「ッ……!」
マルコに本当の名前を呼ばれてドキッとしたアルドは、思わず掛けられた上掛けシーツを引っ張って顔の半分を隠した。自分を見下ろすマルコの瞳に遠い昔の記憶が蘇る。
意識を手放す寸前に見た青い瞳。
凄く綺麗だと、幼心に強く印象に残った――青。
心配そうに見つめていたその瞳。
今はとても穏和で、温かい、優しい瞳が自分に向けられている。
無意識に表情を崩して眉をハの字にして泣きそうになるアルド。それは普段の無機質な様相と掛け離れて、とてもか弱く、幼く見えた。マルコはアルドの頭にそっと手を置いた。
「添い寝が嫌ならおれはソファで寝るから安心して眠れ」
「!」
優しい手付きでくしゃりと撫でて、マルコはソファの方へと戻ろうとした。――が、シャツの裾が引っ張られる感覚に足を止めて振り向いた。
離れようとするマルコに咄嗟に手を伸ばしてシャツの裾を掴んでいたアルドは、マルコと目が合うとハッとしてその手を離した。
「どうした?」
「あ、いえ……、」
視線を外して戸惑いを見せるアルドの表情はどこか不安気で、ふっと穏やかな表情を浮かべたマルコは、そっと手を伸ばしてアルドの頬にふわりと触れた。
「傍にいるから」
「ッ……」
「ゆっくり眠れ」
アルドの頬を軽く撫でて、また頭をくしゃりと撫でて、マルコはベッドの端に腰を下ろした。アルドが眠りに就くまで側に居てくれるのだろう。でも、それなら――
「添い寝……」
「!」
アルドの呟きにマルコは目を丸くした。
「ご希望かい?」
マルコの問いにアルドは小さく頷いた。「わかった」と、マルコはグラディエーターサンダルを脱いで上掛けシーツをどけてアルドの隣へと寝転んだ。
「頭をおれの腕に乗せて良いから、おれに背中を向けてくれるか?」
「え……?」
アルドに腕枕をして反対を向くように促したマルコは、アルドの背中を抱き締めるようにして身を寄せた。
背中に感じるマルコの体温にアルドは目を丸くした。
「抱き枕……?」
「はは、まァ、半分正解かもな」
「半分?」
「少しでも早く回復するように当てるよい」
「あ、」
アルドの負傷した腹部にマルコの手が触れるとボッと炎が灯る音が聞こえた。少し頭を動かして視線を落としたアルドは、青い炎が灯るマルコの手に自らの手をそっと重ねた。
「おれ……、凄く好きです」
「!」
「この色は、」
とても印象的で、心の底から欲して憧れた――
「マルコさんの色。”私”は……凄く好き……」
アルドは気付いているのだろうか。いや、きっと気付いていない。奥底に隠して来た想いが溢れて自然と口から零れたそれは、#イルマ#だけの、#イルマ#としての真の言葉。
「#イルマ#」
「!」
マルコは腕に力を込めて#イルマ#をギュッと抱き締めた。
「ありがとよい」
「……」
耳元に寄せて優しい声音が落とされて、#イルマ#は自ずと微笑んだ。
その手から伝わる温もりが心地良くて、なんとも言えない安堵感に包まれる感覚がとても懐かしくて――#イルマ#はゆっくりと目を瞑るとそのまま深い眠りに就いた。
最初は誰もがやんややんやと楽し気に騒いでいた。しかし、ちょっとした間を挟んでシン…――と静まり返った。誰もが言葉を噤んでゴクリと固唾を飲んだ。甲板には、この海賊団を率いる船長である白ひげの姿もある。彼はいつもの所定の位置に座ってその様子を見つめていたが、口端を上げた笑みを浮かべて小さく笑った。
甲板の中央で、白い衣服に赤いサッシュを腰に巻いてフードを目深に被った者が、エースをうつ伏せに倒して押さえ込んでいる。
「また、私の勝ちです」
静かな声が甲板に流れる沈黙を破ると、悔しそうにギリギリと歯を食い縛るエースが「クソッ……!」と呻くように吐き捨てた。
「もう一度!」
「何度やっても同じだと思いますが……」
「今のは油断しただけだ! だから」
「あー、エースには悪いけど、おれっちには全くそうは見えなかったんだけど……」
「――もう一度だけ頼む!」
甲板中央で行われていた訓練は対等な力同士の組手だった。双方共に攻撃や防御を繰り返し、互いに決め手となる一撃が放たれることは無かった。しかし、7番隊が参加したことで状況は一変した。
気だるそうに甲板に出て来たラクヨウの元にエースが駆け寄り、7番隊の中にいるフードを目深に被った人物を指して「あいつと勝負をさせてくれ」と頼んだことが始まりだった。それにラクヨウは片眉を上げてフードを目深に被る人物に視線を送った。
「リーザと勝負だァ?」
「おう」
「リーザは、」
「元アサシンだからだ」
「――……」
ラクアナ島での失態を引き摺っているのか、エースは顔の前にパンッと合掌してラクヨウに頼み込んだ。片耳の穴に小指を突っ込んでホジホジしながらラクヨウは少し思案したが、「まァ、良いか」と呟いてからリーザに声を掛けて手招きした。
「はい」
静かに返事したリーザは、ラクヨウとエースの元へと歩みを進めた。
「エースがお前と勝負してェんだとよ」
ラクヨウが親指でエースを指してそう言うと「わかりました」とリーザは頷いた。
「本当か!?」
「負けても文句無しだぞ」
「あァ、文句なんか言わねェよ」
右拳で左手をパンッと鳴らしてエースは甲板の中央へと移動した。それにリーザも続いて足を進め、ラクヨウは白ひげの元に向かいリーザとの勝負をエースが所望したことを伝えた。
「グララララ、面白そうじゃねェか」
白ひげは甲板で訓練を行っている者達に声を掛けて中央を空けるように言った。元アサシンだったリーザの強さには興味があった。それは、白ひげだけでなく隊長達や隊員達も同じだった。相手がエースともなれば、どれ程の実力なのかがわかりやすいというものだ。なのに――
「あ、」
「終わりです」
「「「早ッ!?」」」
リーザに一瞬で間合いを詰められたエースは、あっさりと腕を取られて地面へと投げ倒された。シャキンッと冷たい音を鳴らしてヒュンッと空気を切り裂き喉元に刃先を突き付けられたエースは、喉仏を上下にゴクリと息を呑み込んだ。
開始の「始め」という声が放たれてから一瞬で勝負が決まった展開に、ラクヨウは手で目元を覆って溜息を吐いた。
―― 手加減ってェのを教えてなかったな……。
ちゃんと言えば良かったとラクヨウは軽く後悔した。そんな彼を他所に誰もが「もっとちゃんと勝負しやがれ〜!!」と野次のような檄を飛ばした。
「もう一度、仕切り直して勝負しようぜ」
エースがそう言うとリーザはラクヨウに顔を向けた。ラクヨウは「受けてやれ」というように顎を動かした。
リーザは何も言わずにエースから離れて元の立ち位置へと戻った。一方、地面に落ちたオレンジ色のテンガロンハットを拾って軽く埃を払いながら立ち上がったエースは、「今度は本気で行くからな」と、呟いてテンガロンハットを被った。
エースとリーザの訓練と言う名の決闘のような勝負に、大勢の声援が飛び交い盛り上がっていった。
「ラクヨウ」
「なんだオヤジ」
「リーザはアルドと比べてどうだ?」
白ひげの問いにラクヨウは片眉を上げた。
「比べてどうってェのは――」
「強さだ」
「そうだな……」
ラクヨウは顎に手を当てて考えていると「もう一度だ!」と叫ぶエースの声に、甲板中央へ自然と顔を向けた。
「――おれっちには全くそうは見えなかったんだけど……」
観戦していたサッチの科白に一体何度やったんだ?とラクヨウは思った。
「天と地ぐれェじゃねェか?」
「なに?」
白ひげに振り向いてラクヨウがそう言うと白ひげは少し眉を顰めた。
「格が全く違う。マスタークラスと比べるなんてリーザには酷過ぎるぜ」
ラクヨウは後頭部に両手を組んでガハハと笑った。
「ならばシルヴァーノと言ったか」
「あァ、リーザが仕えていた長か」
「実力の程はどう思う?」
「強敵」
「……」
「――かもしれねェけど、やっぱりアルドの方が上だな」
ラクアナ島で帰還したアルドは重傷を負っていた。それがシルヴァーノの手によるものだとマルコから報告を受けた。シルヴァーノはアルドをも凌ぐ実力者なのだと白ひげは認識したが、ラクヨウがそれは間違った認識だと否定した。
「負けたのはアルドだ」
ラクヨウの言葉に白ひげは片眉を上げた。
「あいつが重傷を負ったのはどっちつかずで半端な気持ちで戦ったからだ。” 本来の#イルマ# ” が戦ってりゃあ負けやしねェ」
自信たっぷりにラクヨウは断言した。それに白ひげは少し面食らった。
――本来の#イルマ#――
そうなる日が近いことを暗に指すような科白だ。白ひげは「そうか…」と零して微笑った。
「くっそォ! もう一度だ!」
ボボボボッと炎を滾らせながら叫ぶエース。――に、声援は疾うに消えて大勢いた観戦者は解散していた。
「サッチ、今日の昼食は何?」
「ハルタの嫌いな蛇を使った滋養強壮健康食」
「何それ!?」と叫ぶハルタの隣で「やった!!」とガッツポーズするナミュール。
「喜んでるのはナミュールだけだな」
「くく、そうだな」
ハルタと同様に愕然としてブーブーと文句を言う隊員達の傍らで、サッチの冗談だと理解しているイゾウとビスタが軽く笑った。そんな彼らの後ろでエースの頭をぺシンッと叩いたのはラクヨウで――
「いつまでやるつもりだ!」
「一矢報いるまでだ!」
「「「当面は無理だろ」」」
7番隊の隊員達がリーザを労いつつエースに慰めの言葉を送った。
◇
「訓練は終わったみたいですね」
最後の一枚を確認して書類を纏めたアルドに、「お疲れさん」とマルコが書類を受け取る代わりにコーヒーをローテーブルに置いた。
「いただきます」
出されたコーヒーカップに手を伸ばしたアルドは、ズズッと一口飲んでフッと息を吐いてマルコに視線を向けた。
備え付けの戸棚で自分の分のコーヒーを淹れたマルコは、アルドの隣へと移動して腰を下ろした。
「まだ回復してねェのに手伝わせて悪かったよい」
「あの山を流石に一人で処理するのは無理ですよ」
コーヒーをもう一口含んでカップをローテーブルに戻したアルドは、少し痛む腹部に手を当てながら隣に座るマルコに顔を向けた。
「絶対安静って言われてんだろい?」
「眠れそうになかったので」
「無理だけはするなよい」
「わかってます……、けど、なんだか説得力に欠けますね」
目の下に酷いクマを作っているマルコを見つめてアルドはポツリと言った。ブラックコーヒーを呷ってローテーブルにカップを置いたマルコは、「あー、流石におれも眠ィ……」と呟いて軽く欠伸をした。涙で滲む目元を指で押さえて軽く揉んでからアルドに目を向けた。
「何なら今から寝るか」
「えェ、その方が」
「一緒に」
「――……え?」
聞き間違いかと思ったアルドは瞬きを繰り返してポカンとした。そんなアルドを他所にマルコは立ち上がって両腕を上にグッと気伸びをして首を左右に動かしてコキコキと鳴らした。
「眠れねェんなら添い寝してやるよい」
「い、いや、それは――うあ!」
戸惑うアルドを無視してマルコはヒョイッとアルドを抱き上げた。アルドは咄嗟に身を捩ったが、マルコにガッチリ抱えられて降りることができなかった。
「抵抗すんな。傷に障る」
「で、ですが!」
「どうせ部屋に戻っても素直に寝やしねェんだ」
このまま部屋に戻っても武具の手入れやら何やらで、ベッドで安静になんてしないだろうことはお見通しだ。――と、マルコがニヤリと笑うとアルドは「う……」と声を漏らした。
もし相手がラクヨウだったら何とでも言って躱せる自信はある。しかし、マルコが相手となるとそれが何故かできそうにない。
アルドは身を縮めて大人しくなった。マルコは少しだけクツリと笑うとアルドをベッドにゆっくり降ろして寝かせた。
「#イルマ#」
「ッ……!」
マルコに本当の名前を呼ばれてドキッとしたアルドは、思わず掛けられた上掛けシーツを引っ張って顔の半分を隠した。自分を見下ろすマルコの瞳に遠い昔の記憶が蘇る。
意識を手放す寸前に見た青い瞳。
凄く綺麗だと、幼心に強く印象に残った――青。
心配そうに見つめていたその瞳。
今はとても穏和で、温かい、優しい瞳が自分に向けられている。
無意識に表情を崩して眉をハの字にして泣きそうになるアルド。それは普段の無機質な様相と掛け離れて、とてもか弱く、幼く見えた。マルコはアルドの頭にそっと手を置いた。
「添い寝が嫌ならおれはソファで寝るから安心して眠れ」
「!」
優しい手付きでくしゃりと撫でて、マルコはソファの方へと戻ろうとした。――が、シャツの裾が引っ張られる感覚に足を止めて振り向いた。
離れようとするマルコに咄嗟に手を伸ばしてシャツの裾を掴んでいたアルドは、マルコと目が合うとハッとしてその手を離した。
「どうした?」
「あ、いえ……、」
視線を外して戸惑いを見せるアルドの表情はどこか不安気で、ふっと穏やかな表情を浮かべたマルコは、そっと手を伸ばしてアルドの頬にふわりと触れた。
「傍にいるから」
「ッ……」
「ゆっくり眠れ」
アルドの頬を軽く撫でて、また頭をくしゃりと撫でて、マルコはベッドの端に腰を下ろした。アルドが眠りに就くまで側に居てくれるのだろう。でも、それなら――
「添い寝……」
「!」
アルドの呟きにマルコは目を丸くした。
「ご希望かい?」
マルコの問いにアルドは小さく頷いた。「わかった」と、マルコはグラディエーターサンダルを脱いで上掛けシーツをどけてアルドの隣へと寝転んだ。
「頭をおれの腕に乗せて良いから、おれに背中を向けてくれるか?」
「え……?」
アルドに腕枕をして反対を向くように促したマルコは、アルドの背中を抱き締めるようにして身を寄せた。
背中に感じるマルコの体温にアルドは目を丸くした。
「抱き枕……?」
「はは、まァ、半分正解かもな」
「半分?」
「少しでも早く回復するように当てるよい」
「あ、」
アルドの負傷した腹部にマルコの手が触れるとボッと炎が灯る音が聞こえた。少し頭を動かして視線を落としたアルドは、青い炎が灯るマルコの手に自らの手をそっと重ねた。
「おれ……、凄く好きです」
「!」
「この色は、」
とても印象的で、心の底から欲して憧れた――
「マルコさんの色。”私”は……凄く好き……」
アルドは気付いているのだろうか。いや、きっと気付いていない。奥底に隠して来た想いが溢れて自然と口から零れたそれは、#イルマ#だけの、#イルマ#としての真の言葉。
「#イルマ#」
「!」
マルコは腕に力を込めて#イルマ#をギュッと抱き締めた。
「ありがとよい」
「……」
耳元に寄せて優しい声音が落とされて、#イルマ#は自ずと微笑んだ。
その手から伝わる温もりが心地良くて、なんとも言えない安堵感に包まれる感覚がとても懐かしくて――#イルマ#はゆっくりと目を瞑るとそのまま深い眠りに就いた。
真
【〆栞】