06
敵艦隊がモビー・ディック号の横に着けられると、敵が次々にロープを使って勢い良く雪崩れ込んで来た。敵の戦意は非常に高く「四皇白ひげの首をあげろー!」と声が放たれると「おおお!!!」と高らかに声を上げた。
「チッ! こいつら結構やるぜ! 火拳!!」
「相当の手練れが多いようだ! 花剣!!」
「イゾウ! 援護を頼むよ!!」
「わかっている! 行けハルタ!!」
「12番隊! 16番隊が援護するから攻撃に回るよ!!」
敵と味方が入り乱れる中、マルコは両腕に青い炎を纏い不死鳥と化して空を飛んだ。銃弾を受けながら敵の懐に飛び込み覇気を纏った蹴りを放っていく。次々に敵を海へと吹き飛ばし、敵船の甲板へと着地すると既に乗り込んでいた隊員達へ激を飛ばした。
「お前ェら油断すんなよい!!」
「おお!!」
白ひげ海賊団はマルコに続けとばかりに攻撃へと転じた。更に攻守一体に入り乱れて攻勢は半々といったところだ。
一方その頃、モビー・ディック号内には敵が数人程侵入していた。彼らの目的は白ひげの首を獲ることだ。――が、男の欲が抑えられないのか彼らは下卑た笑いを上げながら船医室にいるナースを攫おうと試みた。しかし、ナース達は白ひげ海賊団の船に乗るだけあって戦いの心得があり巧みにナイフを扱い応戦して来る。更に、船医も老いているとはいえ一端に強者であってかなり苦戦していた。
「キャアァッ!!」
女の悲鳴が聞こえた。いつの間にか新人のナースを捕まえた男が短剣を彼女の首筋に突き付ける姿があった。
「武器を捨てやがれ!」
船医のナキムを始めナース達は一様に動きを止めて苦悶の表情を浮かべ、敵の仲間達は「よくやった!」と意気揚々に声を上げて形勢逆転だと笑みを浮かべた。
「さァて、大人しくおれらの船に来てもらおうか姉ちゃん達よ」
「誰がッ」
「おっと、抵抗するならあのお嬢ちゃんの首筋を掻っ切っちまうぞ?」
「――! ……くっ!!」
「爺さん、あんたはここで死んでくれ」
「ナキム船医!!」
「ぬぅっ!」
一人の男が剣を振り上げてナキムを斬り付けようとした。だがその時――
最後尾にいた仲間が何も言わずに突然どさりと倒れた。
「お、おい、どうした?」
近くにいた男が訝し気な表情を浮かべて倒れた男の元に近付いた。
「なんだよ? おい、なにしてっ――かはっ……!」
その男もまた突然に血を吐きながらその場に膝から崩れ落ちるようにして倒れた。ナースを人質にしていた男は、唖然としてそれを見つめていることしかできなかった。
「な、なんだよお前ら……。一体何が……」
ドスッ――!
「は……?」
ナキムを斬り殺そうとしていた男の耳に鈍い音が聞こえた。何かが背中を突き抜ける感覚と激痛に異変を察して振り向いた。何が起きたのかわからなかった。わかったのは――背中と胸に激しい痛みが襲い掛かる感覚。
ガシャンッ――!
手にしていた剣が手から零れ落ちて地面に落ちた。ガクガクと足が小刻みに震え始めると徐に胸元に手を当てた。夥しい血が溢れ出ている。
「ゴフッ!」
咳と共に血を吐き出した男はガクンと崩れ落ちるように地面へと倒れた。視界が映す先には、ナースを人質にしていた仲間が黒い衣服を纏う者の手によって呆気なく首の頸動脈を切断されて地面に倒れる姿があった。更に、黒い衣服を纏う者が腕を返すとシャキンという音と共に刃が小手具の中に隠れる様に口元が震えた。
「あッ…あぐ……、ま、まさか、て、敵にも…アサ…シンが……」
薄れ行く意識の中で男はそう言葉を零して事切れた。その途端に黒い衣服を纏う者――アルドがナキムの側で絶命した男に視線を向けた。
―― まさか……。
アルドだけでは無くナキムも同様に、死んだ男の言葉に驚きの眼差しを向けた。
―― この敵の中にアサシンがいるということか……?
ナキムはハッとして「いかん!」と声を上げた。そして、アルドに声を掛けようと顔を向けた時、アルドの姿は疾うに消えていた。そこには唖然と立ち尽くしている人質だった新人ナースと、彼女を抱き締めるエミリアの姿だけがあった。
「エミリア! アルドはどこに!?」
「あ、あの様子だと船長室かと……」
エミリアの表情がどこか強張っているように見えたナキムは片眉を上げた。
「エミリア、どうした?」
「ナキムさん、あ、あの人……、まるで情の無い、機械みたいだった……」
「!」
エミリアに泣き付いていたナースがワナワナと震えながらナキムにそう言った。
ナキムは言葉に詰まって何も言えなかった。それに、エミリアの様子も気になった。
気配も無く近付き致命傷となる頸動脈を一瞬にして掻っ切る術はアサシンが故。それを実際に目の当たりにした全く次元の違うアルドの実力に『アサシン』という存在を初めて肌身に感じて畏怖の念を抱いたのかもしれない。
〜〜〜〜〜
「まるで情の無い、機械みたいだった……」
〜〜〜〜〜
恐らくそれは紛れも無くアサシンの顔だ。普段から無表情ではあるが、それを機械的なものと感じたのなら、それは完全に情を消したということなのだろう。
「……とりあえずだ」
ナキムはエミリア達に船医室に入って内側から鍵を掛けるように指示を残して急いで船長室へと向かった。
◇
敵は相当の訓練を施されたのか一人一人の能力が非常に高い。いつもの様相とは異なり白ひげ海賊団といえでも苦戦を強いられていた。
敵の中には覇気使いも数人いるようで、エースやマルコといった能力者を相手にしても引けを取らず対等に渡り合っている為、この襲撃を早々に終わらせることはできそうになかった。
船内においては、船長室のドアを蹴破って数人の敵が襲い掛かった。しかし、船長室に居たサッチがそれを撃退した。それから少し遅れてナキムが船長室に姿を現した。
「ナキム、どうした? お前ェは船医室にいねェと意味がねェだろうが」
「敵に――ッ!」
敵にアサシンがいる――と告げようとしたナキムだったが、サッチを見るなり咄嗟に噤んで「あ、あァ、いや……」と言葉を濁した。
白ひげは「どうした……?」と眉間に皺を寄せた。しかし、船医自らがここに足を運び、サッチを見て苦悶の表情を浮かべながら口籠る様子から、恐らくアルドに関することだろうと察した。更に、ナキムが「敵に」と口走ったということは、敵にアルドと同じ『アサシンがいる』ということを意味しているということも――。
「あァ、わかった」
「!」
「ここは心配するな。ナキムは船医室に戻れ。怪我を負った連中の処置しなきゃなんねェ時に船医がいねェんじゃあ話にならねェからなァ」
「う、うむ、すまん」
白ひげの言葉に少し目を丸くしたナキムだったが、白ひげがニヤリと笑みを浮かべたことで――あァ、そうか――と、頭をボリボリと掻いた。明確な言葉にしなくても自分が何を言わんとしていたのかを察してくれたのだと理解したナキムは、小さく頭を下げると踵を返して船長室から出て行った。
「……何かあったんですかね?」
ナキムが去った後、サッチが白ひげにそう問い掛けると白ひげは片眉を上げた。
「単なる早とちりみてェなもんだろう」
白ひげの言葉にサッチは眉間に皺を寄せて軽く首を傾げた。だが「まァいっか」と零してコホンッと軽く咳払いをした。
「おれっちは外の様子を見に行こうかと思ってんだけど……」
「あァ、ここは構わねェ。行って来い」
サッチは二本のサーベルを鞘に納めると船長室のドアノブに手を掛けた。その時「あァサッチ、それとなァ――」と、呼び止められて振り向いた。
白ひげは肘置きに肘を突いた手を蟀谷に宛がいつつ「これだけ伝えろ」と、伝言を言った。
「お、おう。わかった」
伝言を受けたサッチは戸惑いがちに頷いて船長室から出て行った。そして、先程の喧騒とは打って変わって静かになった船長室にゆっくりと閉じるドアの音が鳴り響いた。
「警戒心が強く疑うことは別に悪いことじゃあねェ。立場がそうさせてんのもわかる。だがなァ……」
―― 今それをアルドに向けるのは違うだろうぜ。バカ息子。
白ひげは大きく息を吐いて目を瞑ると外部から聞こえて来る激戦の音に耳を澄ませた。
◇
怒声と剣撃音に爆撃音から銃撃音まで激しく鳴り響く中、サッチは敵の攻撃をいなしながら敵船へと視線を向けた。敵船の甲板上にはマルコとエースがそれぞれ敵を相手に苦戦しているのを見て目を丸くした。
「おいおい、なんだってんだァ? あいつらまで苦戦してるってどうなってんの?」
「サッチ!!」
「あァ、ジョズ」
「舐めて掛かるな! 敵は強い!! 今まで色々な海賊を相手に戦ってきたがこいつらは違う!!」
ジョズの言葉にサッチは「おう、それは承知済みだぜ!」と返事した。船長室に乗り込んで来た男達を撃退した時、これまでの海賊と一線を画して強いということを感じていたからだ。
軽くあしらうことができるような相手では無い。それは敵船上でエースやマルコが戦っている敵のうち数人が『覇気使い』であることからして並の海賊では無いことがわかる。
―― こいつら一体どこの海賊だ?
掲げている海賊旗に視線を向けたサッチは思わず二度見して面食らった。
「はァ? まるっきり見たことねェ旗じゃねェか。こいつらってまさか……、ルーキー?」
相手は決して名を馳せた海賊団では無い。しかし、その辺の海賊に比べて一人一人の戦闘能力は並以上で強い。これ程の数の人間が平均的に並以上のレベルで集まっていることが不思議でならない。――ということは、相手の船長はそれなりの人物なのでは――と、サッチは推測した。
「こういうのはッ、おっと! 頭を取れば手っ取り早くッ、決着が着くもんッなんだけどなっとォ!」
「ハッ! 苦戦を強いられてるってェのに簡単に言うてくれるァァァァッ!!」
サッチの言葉にジョズは敵を引っ掴むと海へと投げ飛ばしながら叫んだ。
「ハハ……」
苦笑を浮かべたサッチは、戦いながらモビー・ディック号の船尾に視線を向けた。その時、敵船との間に小さな人影を見たような気がした。
―― あれ? 今……、誰か船尾の方から乗り込まなかったか?
サッチが目をパチクリして止まっていると「うおおっ!」と敵が声を上げて斬り掛かって来た。
ヒュンッ――!
風を切る音を耳にしたサッチはハッとした。
「おわっと!? んにゃろう!!」
襲い掛かって来た相手の剣をサッチは二本のサーベルを交差してそれを受け止めた。
ガキィィン!!
「気のせいかよってなァ!!」
サッチはそう声を荒げると足で相手の腹部を蹴飛ばした。
ドンッ!
「くっ!」
怯んだ敵に隙を付くように容赦なく斬り付けた。呻き声を上げながら剣を落として倒れる敵を見届けてから振り向いて敵船の船尾へと視線を向けた。
しかし、そこには誰もいない。
単なる見間違いか――と、サッチは敵の甲板へと飛び移った。
「ったくだらしねェなァ。苦戦してんじゃねェってェの!」
「サッチ!?」
「さっさと倒しちまえってんだよ!!」
サッチはマルコとエースの援護に入って敵を倒すべく剣を構えた。
マルコとエースは「悪ィ」とだけ言うと敵に攻撃すべく突進した。
サッチが二人を援護するように器用に立ち回ると一気に攻勢へと転じていった。
◇
敵船内部――。
船員は全て甲板に出払ったのか船内に人の気配は無い。――が、最奥の部屋に気配が一つだけあった。他の者達と違って際立った気配だ。
―― やはりアサシンだ……。
倒れた敵が残した言葉は決して聞き間違いでは無かったとアルドは小さく息を吐いた。
最奥の部屋へと侵入する。
男が一人、背を向けたまま椅子に身体を預けて座っていた。気配を察したか、男はゆっくりと立ち上がって振り返った。
黒い衣服に身を包んでフードを被るアルドに対して男は白い衣服に身を包んでフードを被っている。色は違えどアルドと同じ出で立ちだ。
机の上にある蝋燭の灯りが男の顔を照らしている。浮かび上がるのは口元だけだ。両側の口角が少し上がって孤を描いていることから笑みを浮かべているのがわかる。
「まさか白ひげ海賊団にアサシンがいたとはな」
誤算だったと、男は笑いながら右手に短剣を握って左手にアサシンブレードの刃を出して身構えた。
「こんな所で同胞《はらから》に会えるとは思っていなかったが、どうだ? こちらへ寝返る気は無いか?」
「……断る」
「そうか、それは残念だ。ならばお前を殺した後、白ひげと不死鳥の首を貰い受けるとしようか」
男はクツリと笑った。短剣の刃を口元に寄せて舌先で軽く舐め上げる様はまるで挑発だ。
どうやら腕に相当自信があるようだ。しかし、その自信は数秒後に脆くも崩れ去ることをこの男は知らない。あっさりと自分の身が崩れ落ちることすら予想だにしていなかった。
〜〜〜〜〜
「――― の首を貰い受けるとしようか ―――」
〜〜〜〜〜
その言葉を耳にした瞬間、アルドは弾けるようにして地面を蹴った。そうして瞬きをする間も無く全ては一瞬で終わった。
男は短剣でアルドの攻撃を往なして左腕のアサシンブレードでアルドの胸を突くつもりでいた。しかし、アルドの動きがとてつもなく速くて捉えることが出来なかった。
男が短剣を振りかざした攻撃を躱したアルドは右手で男の口元を覆うようにして掴むと男を中心に置いてぐるりと円を描くように重心を押しやって背後に回り込んだ。そして、左腕に装着している小手具から顔を出すアサシンブレードで男の首筋の動脈を寸分違わずに一突きして切断した。
「かはっ! ばっ…バカな……! き、貴様ッ……、な、なんだ…その動…き……」
アルドのアサシンブレードに男の血が伝うように流れ落ちて床にポタポタと血溜まりが広がっていった。
「お前はアサシンの能力を過信し過ぎだ。相手の力量も測れない程度では高が知れる」
「ッ……! ま、ま…さか……、コルティノーヴィス……?」
「答える気は無い」
アルドはそう言うと男の首からアサシンブレードを引き抜いた。それと同時に崩れる男の身体を支えてゆっくりと倒した。
「死が汝に平安をもたらさんことを……。眠れ、安らかに」
アルドがそうポツリと呟くと男は「……はっ……――」と少し息を吐き出すようにして呻くと間も無くして絶命した。
アルドはそっと手を伸ばして男の目元を覆った。見開いたまま絶命した男の目を閉ざしてやった。
「……」
アルドは少しだけ思案した。そして、男の装備品を全て外してフード付きの衣服までも取り払ってその場を後にした。
近頃、自分に疑いの目を向けて警戒心を露わにしつつあるマルコの存在が気掛かりで、アサシンの武器や装備品をそのままにしておけば自分も同じ装備品を身に付けていることから目を付けられてしまうことは確実だ。故に、細心の注意を払うよう心掛ける必要があると判断したが為の行動であった。
「チッ! こいつら結構やるぜ! 火拳!!」
「相当の手練れが多いようだ! 花剣!!」
「イゾウ! 援護を頼むよ!!」
「わかっている! 行けハルタ!!」
「12番隊! 16番隊が援護するから攻撃に回るよ!!」
敵と味方が入り乱れる中、マルコは両腕に青い炎を纏い不死鳥と化して空を飛んだ。銃弾を受けながら敵の懐に飛び込み覇気を纏った蹴りを放っていく。次々に敵を海へと吹き飛ばし、敵船の甲板へと着地すると既に乗り込んでいた隊員達へ激を飛ばした。
「お前ェら油断すんなよい!!」
「おお!!」
白ひげ海賊団はマルコに続けとばかりに攻撃へと転じた。更に攻守一体に入り乱れて攻勢は半々といったところだ。
一方その頃、モビー・ディック号内には敵が数人程侵入していた。彼らの目的は白ひげの首を獲ることだ。――が、男の欲が抑えられないのか彼らは下卑た笑いを上げながら船医室にいるナースを攫おうと試みた。しかし、ナース達は白ひげ海賊団の船に乗るだけあって戦いの心得があり巧みにナイフを扱い応戦して来る。更に、船医も老いているとはいえ一端に強者であってかなり苦戦していた。
「キャアァッ!!」
女の悲鳴が聞こえた。いつの間にか新人のナースを捕まえた男が短剣を彼女の首筋に突き付ける姿があった。
「武器を捨てやがれ!」
船医のナキムを始めナース達は一様に動きを止めて苦悶の表情を浮かべ、敵の仲間達は「よくやった!」と意気揚々に声を上げて形勢逆転だと笑みを浮かべた。
「さァて、大人しくおれらの船に来てもらおうか姉ちゃん達よ」
「誰がッ」
「おっと、抵抗するならあのお嬢ちゃんの首筋を掻っ切っちまうぞ?」
「――! ……くっ!!」
「爺さん、あんたはここで死んでくれ」
「ナキム船医!!」
「ぬぅっ!」
一人の男が剣を振り上げてナキムを斬り付けようとした。だがその時――
最後尾にいた仲間が何も言わずに突然どさりと倒れた。
「お、おい、どうした?」
近くにいた男が訝し気な表情を浮かべて倒れた男の元に近付いた。
「なんだよ? おい、なにしてっ――かはっ……!」
その男もまた突然に血を吐きながらその場に膝から崩れ落ちるようにして倒れた。ナースを人質にしていた男は、唖然としてそれを見つめていることしかできなかった。
「な、なんだよお前ら……。一体何が……」
ドスッ――!
「は……?」
ナキムを斬り殺そうとしていた男の耳に鈍い音が聞こえた。何かが背中を突き抜ける感覚と激痛に異変を察して振り向いた。何が起きたのかわからなかった。わかったのは――背中と胸に激しい痛みが襲い掛かる感覚。
ガシャンッ――!
手にしていた剣が手から零れ落ちて地面に落ちた。ガクガクと足が小刻みに震え始めると徐に胸元に手を当てた。夥しい血が溢れ出ている。
「ゴフッ!」
咳と共に血を吐き出した男はガクンと崩れ落ちるように地面へと倒れた。視界が映す先には、ナースを人質にしていた仲間が黒い衣服を纏う者の手によって呆気なく首の頸動脈を切断されて地面に倒れる姿があった。更に、黒い衣服を纏う者が腕を返すとシャキンという音と共に刃が小手具の中に隠れる様に口元が震えた。
「あッ…あぐ……、ま、まさか、て、敵にも…アサ…シンが……」
薄れ行く意識の中で男はそう言葉を零して事切れた。その途端に黒い衣服を纏う者――アルドがナキムの側で絶命した男に視線を向けた。
―― まさか……。
アルドだけでは無くナキムも同様に、死んだ男の言葉に驚きの眼差しを向けた。
―― この敵の中にアサシンがいるということか……?
ナキムはハッとして「いかん!」と声を上げた。そして、アルドに声を掛けようと顔を向けた時、アルドの姿は疾うに消えていた。そこには唖然と立ち尽くしている人質だった新人ナースと、彼女を抱き締めるエミリアの姿だけがあった。
「エミリア! アルドはどこに!?」
「あ、あの様子だと船長室かと……」
エミリアの表情がどこか強張っているように見えたナキムは片眉を上げた。
「エミリア、どうした?」
「ナキムさん、あ、あの人……、まるで情の無い、機械みたいだった……」
「!」
エミリアに泣き付いていたナースがワナワナと震えながらナキムにそう言った。
ナキムは言葉に詰まって何も言えなかった。それに、エミリアの様子も気になった。
気配も無く近付き致命傷となる頸動脈を一瞬にして掻っ切る術はアサシンが故。それを実際に目の当たりにした全く次元の違うアルドの実力に『アサシン』という存在を初めて肌身に感じて畏怖の念を抱いたのかもしれない。
〜〜〜〜〜
「まるで情の無い、機械みたいだった……」
〜〜〜〜〜
恐らくそれは紛れも無くアサシンの顔だ。普段から無表情ではあるが、それを機械的なものと感じたのなら、それは完全に情を消したということなのだろう。
「……とりあえずだ」
ナキムはエミリア達に船医室に入って内側から鍵を掛けるように指示を残して急いで船長室へと向かった。
◇
敵は相当の訓練を施されたのか一人一人の能力が非常に高い。いつもの様相とは異なり白ひげ海賊団といえでも苦戦を強いられていた。
敵の中には覇気使いも数人いるようで、エースやマルコといった能力者を相手にしても引けを取らず対等に渡り合っている為、この襲撃を早々に終わらせることはできそうになかった。
船内においては、船長室のドアを蹴破って数人の敵が襲い掛かった。しかし、船長室に居たサッチがそれを撃退した。それから少し遅れてナキムが船長室に姿を現した。
「ナキム、どうした? お前ェは船医室にいねェと意味がねェだろうが」
「敵に――ッ!」
敵にアサシンがいる――と告げようとしたナキムだったが、サッチを見るなり咄嗟に噤んで「あ、あァ、いや……」と言葉を濁した。
白ひげは「どうした……?」と眉間に皺を寄せた。しかし、船医自らがここに足を運び、サッチを見て苦悶の表情を浮かべながら口籠る様子から、恐らくアルドに関することだろうと察した。更に、ナキムが「敵に」と口走ったということは、敵にアルドと同じ『アサシンがいる』ということを意味しているということも――。
「あァ、わかった」
「!」
「ここは心配するな。ナキムは船医室に戻れ。怪我を負った連中の処置しなきゃなんねェ時に船医がいねェんじゃあ話にならねェからなァ」
「う、うむ、すまん」
白ひげの言葉に少し目を丸くしたナキムだったが、白ひげがニヤリと笑みを浮かべたことで――あァ、そうか――と、頭をボリボリと掻いた。明確な言葉にしなくても自分が何を言わんとしていたのかを察してくれたのだと理解したナキムは、小さく頭を下げると踵を返して船長室から出て行った。
「……何かあったんですかね?」
ナキムが去った後、サッチが白ひげにそう問い掛けると白ひげは片眉を上げた。
「単なる早とちりみてェなもんだろう」
白ひげの言葉にサッチは眉間に皺を寄せて軽く首を傾げた。だが「まァいっか」と零してコホンッと軽く咳払いをした。
「おれっちは外の様子を見に行こうかと思ってんだけど……」
「あァ、ここは構わねェ。行って来い」
サッチは二本のサーベルを鞘に納めると船長室のドアノブに手を掛けた。その時「あァサッチ、それとなァ――」と、呼び止められて振り向いた。
白ひげは肘置きに肘を突いた手を蟀谷に宛がいつつ「これだけ伝えろ」と、伝言を言った。
「お、おう。わかった」
伝言を受けたサッチは戸惑いがちに頷いて船長室から出て行った。そして、先程の喧騒とは打って変わって静かになった船長室にゆっくりと閉じるドアの音が鳴り響いた。
「警戒心が強く疑うことは別に悪いことじゃあねェ。立場がそうさせてんのもわかる。だがなァ……」
―― 今それをアルドに向けるのは違うだろうぜ。バカ息子。
白ひげは大きく息を吐いて目を瞑ると外部から聞こえて来る激戦の音に耳を澄ませた。
◇
怒声と剣撃音に爆撃音から銃撃音まで激しく鳴り響く中、サッチは敵の攻撃をいなしながら敵船へと視線を向けた。敵船の甲板上にはマルコとエースがそれぞれ敵を相手に苦戦しているのを見て目を丸くした。
「おいおい、なんだってんだァ? あいつらまで苦戦してるってどうなってんの?」
「サッチ!!」
「あァ、ジョズ」
「舐めて掛かるな! 敵は強い!! 今まで色々な海賊を相手に戦ってきたがこいつらは違う!!」
ジョズの言葉にサッチは「おう、それは承知済みだぜ!」と返事した。船長室に乗り込んで来た男達を撃退した時、これまでの海賊と一線を画して強いということを感じていたからだ。
軽くあしらうことができるような相手では無い。それは敵船上でエースやマルコが戦っている敵のうち数人が『覇気使い』であることからして並の海賊では無いことがわかる。
―― こいつら一体どこの海賊だ?
掲げている海賊旗に視線を向けたサッチは思わず二度見して面食らった。
「はァ? まるっきり見たことねェ旗じゃねェか。こいつらってまさか……、ルーキー?」
相手は決して名を馳せた海賊団では無い。しかし、その辺の海賊に比べて一人一人の戦闘能力は並以上で強い。これ程の数の人間が平均的に並以上のレベルで集まっていることが不思議でならない。――ということは、相手の船長はそれなりの人物なのでは――と、サッチは推測した。
「こういうのはッ、おっと! 頭を取れば手っ取り早くッ、決着が着くもんッなんだけどなっとォ!」
「ハッ! 苦戦を強いられてるってェのに簡単に言うてくれるァァァァッ!!」
サッチの言葉にジョズは敵を引っ掴むと海へと投げ飛ばしながら叫んだ。
「ハハ……」
苦笑を浮かべたサッチは、戦いながらモビー・ディック号の船尾に視線を向けた。その時、敵船との間に小さな人影を見たような気がした。
―― あれ? 今……、誰か船尾の方から乗り込まなかったか?
サッチが目をパチクリして止まっていると「うおおっ!」と敵が声を上げて斬り掛かって来た。
ヒュンッ――!
風を切る音を耳にしたサッチはハッとした。
「おわっと!? んにゃろう!!」
襲い掛かって来た相手の剣をサッチは二本のサーベルを交差してそれを受け止めた。
ガキィィン!!
「気のせいかよってなァ!!」
サッチはそう声を荒げると足で相手の腹部を蹴飛ばした。
ドンッ!
「くっ!」
怯んだ敵に隙を付くように容赦なく斬り付けた。呻き声を上げながら剣を落として倒れる敵を見届けてから振り向いて敵船の船尾へと視線を向けた。
しかし、そこには誰もいない。
単なる見間違いか――と、サッチは敵の甲板へと飛び移った。
「ったくだらしねェなァ。苦戦してんじゃねェってェの!」
「サッチ!?」
「さっさと倒しちまえってんだよ!!」
サッチはマルコとエースの援護に入って敵を倒すべく剣を構えた。
マルコとエースは「悪ィ」とだけ言うと敵に攻撃すべく突進した。
サッチが二人を援護するように器用に立ち回ると一気に攻勢へと転じていった。
◇
敵船内部――。
船員は全て甲板に出払ったのか船内に人の気配は無い。――が、最奥の部屋に気配が一つだけあった。他の者達と違って際立った気配だ。
―― やはりアサシンだ……。
倒れた敵が残した言葉は決して聞き間違いでは無かったとアルドは小さく息を吐いた。
最奥の部屋へと侵入する。
男が一人、背を向けたまま椅子に身体を預けて座っていた。気配を察したか、男はゆっくりと立ち上がって振り返った。
黒い衣服に身を包んでフードを被るアルドに対して男は白い衣服に身を包んでフードを被っている。色は違えどアルドと同じ出で立ちだ。
机の上にある蝋燭の灯りが男の顔を照らしている。浮かび上がるのは口元だけだ。両側の口角が少し上がって孤を描いていることから笑みを浮かべているのがわかる。
「まさか白ひげ海賊団にアサシンがいたとはな」
誤算だったと、男は笑いながら右手に短剣を握って左手にアサシンブレードの刃を出して身構えた。
「こんな所で同胞《はらから》に会えるとは思っていなかったが、どうだ? こちらへ寝返る気は無いか?」
「……断る」
「そうか、それは残念だ。ならばお前を殺した後、白ひげと不死鳥の首を貰い受けるとしようか」
男はクツリと笑った。短剣の刃を口元に寄せて舌先で軽く舐め上げる様はまるで挑発だ。
どうやら腕に相当自信があるようだ。しかし、その自信は数秒後に脆くも崩れ去ることをこの男は知らない。あっさりと自分の身が崩れ落ちることすら予想だにしていなかった。
〜〜〜〜〜
「――― の首を貰い受けるとしようか ―――」
〜〜〜〜〜
その言葉を耳にした瞬間、アルドは弾けるようにして地面を蹴った。そうして瞬きをする間も無く全ては一瞬で終わった。
男は短剣でアルドの攻撃を往なして左腕のアサシンブレードでアルドの胸を突くつもりでいた。しかし、アルドの動きがとてつもなく速くて捉えることが出来なかった。
男が短剣を振りかざした攻撃を躱したアルドは右手で男の口元を覆うようにして掴むと男を中心に置いてぐるりと円を描くように重心を押しやって背後に回り込んだ。そして、左腕に装着している小手具から顔を出すアサシンブレードで男の首筋の動脈を寸分違わずに一突きして切断した。
「かはっ! ばっ…バカな……! き、貴様ッ……、な、なんだ…その動…き……」
アルドのアサシンブレードに男の血が伝うように流れ落ちて床にポタポタと血溜まりが広がっていった。
「お前はアサシンの能力を過信し過ぎだ。相手の力量も測れない程度では高が知れる」
「ッ……! ま、ま…さか……、コルティノーヴィス……?」
「答える気は無い」
アルドはそう言うと男の首からアサシンブレードを引き抜いた。それと同時に崩れる男の身体を支えてゆっくりと倒した。
「死が汝に平安をもたらさんことを……。眠れ、安らかに」
アルドがそうポツリと呟くと男は「……はっ……――」と少し息を吐き出すようにして呻くと間も無くして絶命した。
アルドはそっと手を伸ばして男の目元を覆った。見開いたまま絶命した男の目を閉ざしてやった。
「……」
アルドは少しだけ思案した。そして、男の装備品を全て外してフード付きの衣服までも取り払ってその場を後にした。
近頃、自分に疑いの目を向けて警戒心を露わにしつつあるマルコの存在が気掛かりで、アサシンの武器や装備品をそのままにしておけば自分も同じ装備品を身に付けていることから目を付けられてしまうことは確実だ。故に、細心の注意を払うよう心掛ける必要があると判断したが為の行動であった。
強 敵
【〆栞】