07

アルドは船尾からモビー・ディック号へと飛び移って船内に入ると自室に戻った。そして、奪った武器や衣服をベッド上に放り投げると直ぐに踵を返して甲板へと足早に向かった。
途中、船内に潜り込んで来た敵と鉢合わせをしたが、あっさりと撃退した。そして、敵味方が入り乱れる甲板上に姿を現した。
アルドに気付いた数名の敵が剣を振り翳して襲い掛かる。

「危ない!」

それに気付いたビスタが間に割って入り敵の攻撃を受け止めた。自分達と拮抗した実力を持った敵だ。アルドが如何に実力があるとしても普段の訓練に顔を出すことすらしない身では流石に荷が重いはず――そう思っての行動だ。しかし、鍔迫り合いをしながら背後にいるアルドに意識を向けた時、ビスタは軽く呆気に取られて目を丸くした。
まるで端からビスタが助太刀に入ることがわかっていたかのようにアルドは至って冷静だった。助けに入ったビスタに向けてペコリと軽く頭を下げると、自分に襲い来る敵には目もくれずに誰かを探すように周囲を見回していた。

―― あァ、いた。

アルドは目的の人物を見つけると激しい戦場の中を堂々と歩いて突っ切って行く。

「待て! アルド!」

ビスタの呼び止めに少しだけ振り向いたアルドだったが、背後から襲い掛かって来た敵の攻撃をひょいと躱すと何も無かったかのように無視して目的の場所へと向かって行った。
敵はそう弱く無いはずなのだが、周りの戦況を全く意に介していないアルドの後ろ姿をビスタは反撃しながらマジマジと見つめた。

「相手にする程でも無いということか」

隊長格の自分でも割と苦戦を強いられているというのにだ。

―― マルコが警戒するわけだ。

アルドに対する認識を少し改める必要があるとビスタは思った。
その一方――。
まるで戦いを楽しむかのように敵を蹴散らしていたラクヨウは、アルドの存在に気付いて動きを止めた。隙が生じたと思った敵がラクヨウに斬り掛かる。しかし、ラクヨウはそれを軽くあしらって軽く蹴飛ばすと「よう、どうした?」とアルドに手を挙げて声を掛けた。

「倒しました」
「あ? 敵の船長をやっちまったのか?」
「はい」
「奥に引っ込んでろって言っただろうが」
「敵の頭は同胞でした」
「あー……、そうか。なら仕方がねェ。まったく、ま〜た針の筵だぜ。了解」

ラクヨウは先程蹴飛ばした敵の腸を殴ると首根っこを引っ掴んで甲板の中央へと放り投げた。ゴロゴロと転がって欄干に派手に激突した。それに甲板で戦っていた者達の動きが鈍るとラクヨウは声を張り上げた。

「てめェらの頭は既に死んだ! この戦いはおれ達白ひげ海賊団の勝利だ!」
「な、なにを馬鹿なことを! 我々の船長は」
「おう、この場にいねェが既に死んでる。なんなら確認して来いや」
「――ッ……!!」

ラクヨウがニヤリと笑みを浮かべると敵船上にいた一人の男が慌てて船内へと走って行った。そうして暫くすると、血相を変えて戻って来た彼は息を切らしながら膝をガクリとその場に落とした。

「し、死んでた……」
「「「!!」」」

その言葉に敵の戦意は一気に削がれた。武器を落としてガクリと膝を突く者もいれば自棄を起こして攻撃に出ようとする者もいた。
(後者はアルドの直ぐ側にいた)男は、アルドに向けて剣を振り下ろした。

カキンッ!!

しかし、アルドは右腕の小手具だけでそれを容易く受け止めた。

「ッ……!?」

男とアルドの体格差は目で見ても明らかに大差がある。男は筋肉隆々で背も高く大きな男だ。対してアルドはその男の胸元ぐらいまであるかどうかわからない身長しか無く、細身で小柄。――にも関わらず男の太刀を小手具であっさり受け止め、尚且つギチギチと対等の力で迫り合っているのだ。
ギリギリと歯を食い縛る大男と全く表情を変えずに平然とそれを受け止める細身のアルド。
これには白ひげ海賊団の者達(7番隊以外)も含めて周りにいた者達は唖然とした。

「これ以上戦うことに意味は無い。降伏することを勧める。もし、これ以上続けるというのなら我々は容赦しない。死を覚悟することだ。良いな?」
「!!」

アルドがそう言うとラクヨウや他の7番隊の隊員達が武器を手にしてニヤリと笑みを浮かべた。

「「「おう、そういうことだ!」」」

7番隊の隊員達が意気揚々と声を上げると大男は剣を離して後退り尻餅をついた。その顔は完全に青褪めていて戦意はすっかり消え失せていた。
アルドは口元を孤にして笑みを浮かべるとラクヨウへと振り向いた。ラクヨウは片眉を上げて笑みを浮かべた。――が、直ぐにそっぽを向いて少しだけ怪訝な表情を浮かべた。

―― 普段から存在感を消してる奴が堂々と忠告までしやがって……。全くらしくねェ。

「ラクヨウ隊長」
「なんだ?」
「身体が重いので、おれはここで失礼します」
「……おう、まァ、ゆっくり休んでろ」
「皆さんも、すみませんが……」
「おう良いぜ〜! お疲れさ〜ん!!」
「ゆっくりしろ〜!」
「後はおれ達がやっとくから〜!」

7番隊の隊員達は”事情”を知ってるのか笑いながら手を振ってそう答えた。
アルドは軽く頭を下げると来た道を戻って船内へと向かう。
ラクヨウは去って行くアルドの背中をじっと見つめて眉を顰めた。

―― あのな、堂々と中央を歩いて帰んじゃねェっての。本当にらしくねェ。あれは何かあったな……。

中央を突っ切ったアルドは船内に入る手前でビスタと視線がかち合った。眉間に皺を寄せて不審な目を向けていることに気付いていたが、アルドは全く平静のままビスタに向けて軽く頭を下げて船内へと入って行った。

7番隊を中心に勝鬨の声が上がる。他の隊員達はどこか釈然としないまま「勝ったのか?」「みたいだな」と、7番隊に釣られるようにして勝鬨の声を上げた。
敵船上にいた1番隊や2番隊の隊員達も不思議そうな表情を浮かべて戸惑っていた。そんな中でマルコはエースに「ここを任せる」と告げた。

「お、おう……。って、どこに行くんだ?」
「確認をしに船内にな」

マルコはそう告げると船長の死体を見たという男の腕を掴んだ。

「ひっ!?」
「船長の元へ案内しろ」

恐怖で顔を引きつらせる男を引き連れてマルコは敵船内へと入って行った。

「で、あんたらはまだ戦うのか?」

マルコを見送った後、エースが覇気使いの男達に目を向けてそう問い掛けると彼らはかぶりを振った。相当の実力者であるはずの彼らでさえ、船長が死んだと知らされた途端に戦意を無くして意気消沈するなんて――、エースもサッチも不思議に思った。
彼らの船長は相当の手練れだったのか、それとも人望が厚い男だったのか――それすらわからないままに、エース達は抵抗する素振りの無い彼らを縛り上げて敵船の甲板に集めた。
一方、敵船内の船長室に入ったマルコは既に死んでいた男の側に歩み寄って調べ始めた。激しく争ったような形跡があまり無いにも関わらず死因は首元にある傷が原因だとわかる。

―― 首の動脈を切断されてやがる。たった一突きで殺したか。こいつはそれなりに強いように見受けるが……。

男の体格や腕を見れば相当鍛えていることは明らかで、手の平を見ても剣ダコの痕が見て取れる。
この状況は恐らく7番隊の関連と同じと見て良いかもしれない。7番隊が見張りの時に起きる襲撃は必ずと言って良い程、敵の船長だけを殺して降伏させて来たのだから……。ならば、一体誰が成せるのか――と、そんな疑問に一人の人物が脳裏に浮かんだ。

「……アルドか?」

しかし、今回の襲撃時にアルドは船内奥へと入って行った。だから戦場には出ていなかったはずだ。だが最後には、甲板に姿を現して戦場内を平然と突き進みラクヨウに何かしら言付けたのは確かだ。それがあって、この船長が死んだことをラクヨウが高々と宣言して勝敗を口にしたのだ。
どうにも腑に落ちない勝利にマルコは眉間に皺を寄せて溜息を吐いた。そして、ゆっくりと立ち上がると案内に連れて来た男に目を向けた。部屋の入口付近に座り込んで酷い落ち込み様だ。

「ほら、立てよい」
「ッ……」

マルコは男の腕を引っ張って甲板へと連れ出すと捕まっている仲間の横に座らせた。そして、敵船内にあった金品諸々を頂戴した後、彼らを縛ったまま船を大海に放した。そうして戦場後の処理を各隊ごとに手分けして船内等を見回るように指示を出して修繕の必要や怪我人の状況等の把握に努めた。
全てが終えた頃には日が傾き始めていた。
サッチを始め4番隊の隊員達が厨房へと向かい晩飯の準備を始めた。

「かァ〜、疲れた〜!!」

他の隊員達は口々にそう言って自室に戻ったり大風呂に行ったりと自由な時間を過ごした。各隊長達もそれぞれが思い思いの場所でホッと一息ついている。そんな中、食堂の隅の席でマルコとビスタが真剣な顔付きで何やら話をしていた。

「本当に死んでいたのか?」
「首を一突きだよい」
「なんだと?」
「死因だ。鋭い刃物で頸動脈を切断した痕があった」
「相当の手練れの集団だったのだぞ? そんな奴らの頭を張る男は」
「恐らく一番強かっただろうよい」
「そんな男が簡単に首を突かれるものなのか?」
「……」
「それも短時間にだぞ?」
「殺し専門ってェ奴なら、可能かもしれねェよい」
「!」

マルコは腕を組むと背凭れに身を預けて溜息を吐きながらビスタから視線を外した。

―― 殺し専門……。

マルコが険しい表情のまま目を瞑った。何かを思い出そうとしている様子に、ビスタは何も言わずに小さく溜息を吐いてマルコから視線を外した。すると、こっちに向かって来るサッチに気付いた。

「戦いで忘れちまってたんだけどよ、オヤジからマルコに伝言だ」
「なに、オヤジから?」
「『疑うな』だってよ」
「……は?」

マルコは眉間に皺を寄せたままサッチに視線を向けるとサッチは苦笑を浮かべながら肩を上下に動かして首を少し傾けて続けた。

「それだけ伝えれば後はマルコが自分で解決するだろうってよ。よくわかんねェけど」
「……」
「報告したらよ、オヤジは笑いながら『身内だろうがアホんだら』っつってたぜ?」
「サッチてめェ……、オヤジになんて言ったんだ?」
「ラクヨウと喧嘩すっからよ、一応言っておいたわけ。うちの長男が警戒心や疑念を仲間に向けてんだけど、どうするオヤジ? ってな」
「ッ……!」

サッチがニヤリとしてマルコにそう告げると「さ、仕事仕事」と気さくに笑って厨房へと戻って行く。それをマルコは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて見送った。そして、クツリと笑うビスタの声に釣られるようにして視線をビスタに向けた。

「警戒も疑いもマルコの立場としての務めなのだろうが、向ける相手が違うということだな」
「……」
「ふむ。それはアルドにも共通して同じことが言えるということか」
「なに?」
「十年だ。心固く人と打ち解けようとしなくとも十年も共に船上で過ごしたのだ。お互いのことがわからないとしてもあの男はおれ達に対して何をするでも無い無害な男だっただろう? それに、7番隊の連中とはうまくやっているようだからな。心配するだけ無駄ということだ」

ビスタは納得したように笑みを浮かべると席を立った。

「マルコ、深く考えるのはお前の悪い癖だ」
「ッ……」
「疲れたのでな、部屋に戻って少し休ませてもらうぞ」

ビスタはそう言ってその場を後にした。マルコはそれから少しして席を立つと不機嫌な様相のまま自室に戻ることにした。その姿を厨房から伺っていたサッチは――本当、頭でっかちはお前の悪い癖だぞマルコ――と、小さく呟いて苦笑を零した。





アルドは自室に戻る前に船医室に立ち寄っていた。

「無事で良かった。本当はラクヨウ隊長にここを守れと言われていたのですが……、すみません」
「良いのよ。それより――」

エミリアに無事の確認をして謝罪の弁を告げるとエミリアは苦笑しながらキョロキョロと周囲を見回した。そして、アルドの腕を引っ張って部屋の隅へと移動させるとコソッと耳打ちした。

「女の子なんだから無理しちゃダメよ。初日と二日目がキツいって言ってたでしょう?」
「あ……、いえ、だ、大丈夫です……」

目の前で敵を倒した時、エミリアはアルドの強さに驚いて畏怖を抱いていたはず――が、今ではケロッとしてアルドの心配事を口にする。

「お腹は痛くない? 気分は?」
「い、今は、別に……」

これまで以上に気遣いの度を越して接して来るようになった。今度はアルドがエミリアに対して若干の畏怖を抱いて引き気味だった。

「あとね」
「ま、まだ何か?」
「表情」
「表情?」
「そう、表情。喜怒哀楽が表情に出るように練習しなさい」
「それは」
「良いわね?」
「――……」
「ほら、返事は?」
「は、はい」

アサシンとしての顔をエミリアに見せたのは不味かったかもしれない――と、アルドは思った。
生理痛が起きた時の痛み止めの薬をエミリアから貰い受けて船医室を出たアルドは軽い溜息を吐いて自室に戻った。そうしてジュクリとした感覚に――またしても――と、眉間に皺を寄せて舌打ちをした。胴巻きベルトや各装備品を外していく。

コンッコンッ――!

ドアをノックする音が部屋に響いた。歩くのが少し辛いと思ったアルドは珍しく「はい」と、声だけで応対した。
戸惑い気味にゆっくりとドアが開けられると、隙間からひょこりと顔を出したラクヨウが驚いたような表情を浮かべた。

「お前、声で返事ってェのも珍しい……って、何してんだ?」
「いえ、その、ちょっと……」
「あ? 歯切れが悪ィな」

アルドは装備品を全て外した簡素な衣服しか纏っていない。不思議に思ったラクヨウは首を傾げた。

「こういう時だけ鈍いのは止めませんか?」

アルドがそう告げるとラクヨウは眉間に皺を寄せた。

「わけわかんねェことぬかすな」

不服な声を漏らすラクヨウに少し間を置いてからアルドはポツリと言った。

「……生理……」
「!」

その一言にハッとしたラクヨウは手をポンッと叩いた。

「おー、おおう、そっか、そうだったな。悪ィ、あれか、気持ち悪ィんだな? うん、そいつはおれにはわかんねェわ。うん、とりあえずゆっくり流して来い」

ラクヨウは「どうぞどうぞ」とシャワー室へと案内するように手を差し伸べて深々と頭を下げた。
アルドが新たな着替えとバスタオルを手に取って足早にシャワー室へと入ると、ラクヨウはソファにどさりと座って足を組んだ。そうして天井を見上げながらクツリと笑ってペシンと自身の額を軽く叩いた。

―― 女だってェの忘れてた!

軽く反省したのも束の間で、いつも通り自室気分で暢気に寛ぐのだった。

疑問が残る勝利

〆栞
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