09
フード付きの白地の衣服に武器具を装着できるベルトと暗器付の小手具やブーツを装備。ベルトの下から覗く赤いサッシュが特徴的――。
幼いながらも身の熟しは大人を圧倒する程に群を抜いていた。
障害物を次々に越え、壁をよじ登っては建物と建物を飛び越えて駆け抜けて行く。
その年端の者にしてはそれは常軌を逸したものだった。
教団施設では幹部が集まって協議を開くと#イルマ#の能力は高く評価された。大人ですら簡単に打ち負かせる能力の高さは素晴らしいと誰もが太鼓判を押した。そして、滅多に与えられることの無い最高位である『マスターアサシン』の称号を授与してはと声が上がった。
だが、本当に相応しい者かどうかを試す必要があると幹部の一人が声を上げたことで『最終試験』と銘打った任務を与えられることが決定した。
全てが億越えの賞金首リストを手渡された#イルマ#は、期限を三ヶ月として彼らを殺すように命令を下された。三ヶ月以内に終わらせることができなければ、最高位の称号授与は無かったものとすると伝えられた。
しかし、#イルマ#にとって称号なんてものは関係無かった。ただ命令に従い速やかに暗殺を実行すること。それだけだった。
ある日の夜――
とある町で#イルマ#は”同胞の裏切り”によって重傷を負った。
身体を引き摺って人気の無い道を走るが痛みで思うように身体が動かない。
直ぐ近くでシャキンという刃の音を耳にした。
咄嗟に身を翻して攻撃を躱したがギリギリだった。だが代わりに隙だらけとなった腹部を蹴られて呼吸が詰まる。地面を転がってゲホゲホと咳込んで血を吐いた。
「奪え」
冷たい声で指示が出された。急襲して来た男に従う者達は、例え同胞とは言え容赦は無く、何の情も無しに命令に従って#イルマ#の装備品を奪った。
最後に残された小手具に手をかけられた時、#イルマ#は最後の力を振り絞って小手具を奪おうとしたアサシンに反撃した。
相手が怯んだ隙に走り出して逃走を試みる。だが直ぐに追いつかれて背中から押し倒された。頭を地面に強く押し付けられた#イルマ#は「うぐっ!」と低く唸った。
「悪く思うな。幼いお前が最高位の称号を得るなど我慢ならん連中もいるのだ」
「ッ……!」
この声の主が誰なのか、#イルマ#は察した。この最終試験を提案した幹部の男だ。それならば部下を引き連れて動くことに納得がいく。
耳元でシャキンと音が鳴った。
冷たい刃が自身に向けられて放たれることは否が応でも理解できる。
――ここで死ぬのか…?
この時、初めて『悔しい』という思いが込み上げて#イルマ#の心を支配した。
「くっ、裏切り者…にはッ、死を……!」
「!?」
#イルマ#は頭を押さえつけられながらも冷たい声でその言葉を発した。
男が一瞬だけ怯んだ。
#イルマ#はその隙を見逃さなかった。
痛みを忘れるかのように気持ちを全面に押し出して力を振り絞り男を押しやる。そして、アサシンブレードで男の首を突き刺した。
「ガハッ!」
低い呻き声と共に男は力無くその場にどさりと倒れた。男が引き攣れていた部下達は怖気付いたのか慌ててその場から逃走した。
武器や装備品は全て奪われてしまったが、幸いにしてこの男の装備品がある。意識が朦朧とする中、装備品を持てるだけ奪うとその場を立ち去った。しかし――
少し行った先でフラフラと足がもつれた。意識が愈々混沌とし始めると壁に寄りかかって背中を押し当て、ズズズと腰を下ろした。呼吸が荒くなり怪我を負った箇所から熱を帯び始めて全身が怠い。
―― なんとか……、意識だけは……。
気を失うことだけでも避けなくては――と、懸命に呼吸を整えようとした。その時、フッと人影が現れて顔を上げた。
海賊だろうと思われる男が数人、下卑た笑みを浮かべて#イルマ#を見下ろしていた。
「ガキが大層な武器を持ってやがるじゃねェか」
「おっと、金も結構持ってるぜ」
「おれ達が代わりに使ってやるよ!」
彼らは#イルマ#から武器や金を問答無用に奪って高笑いを上げた。
#イルマ#は奪い返そうと立ち上がったが思うように動かない身体では一人の男の衣服を掴むことしかできなかった。
「汚ェ手で触んじゃねェよ!」
男はそう怒鳴り散らすと#イルマ#に蹴りを放った。
重症を負った身体は呆気無く吹き飛ばされて壁にドンッ!――という鈍い音を立てて背中から激突した。身体はズルズルと地面に力無く倒れる。
「あー…、気に入らねェ」
男がポツリと零して剣を引き抜いた。
「おいおい、殺す気かよ?」
「こんなガキが一人死のうがどうってことねェだろ」
男達は笑うだけで誰もその男を止めようとはしない。
男は剣の切っ先を#イルマ#の胸元に向けた。
「ッ……!」
霞む目で自分に向けられた刃を見つめる#イルマ#。
死ぬ時は、いつも――そう、呆気無い。
人の死も、自分の死も、大して変わらない。
それを初めて知った。
脳裏に浮かんだのは弟の顔。マスターアサシンの称号を得られなかった者の弟と呼ばれるようになるのだろうか。
ふと、そんなことを考えた。
今から殺されるというのに、なんとも暢気なものだと思った。
「おい」
男達の中の誰のでも無い。初めて耳にする男の声音に男達はハタリと動きを止めた。
「あァん?」
「なんだァ?」
「誰だ! 出て来い!」
男達の注意は#イルマ#から声が聞こえた暗闇へと移った。
「物騒なことしてんじゃねェよい」
「あァ!? 誰だてめェは!」
「偶然通り掛かっただけなんだが、この状況を見ちまった以上、黙って見過ごすなんてェのは、どうにも後味が悪ィから横槍させてもらうよい」
「なんだとてめッ――!? お、お前は、し、白ひげ海賊団!?」
暗闇からスッと姿を現した男の胸元に刻まれた刺青を見た男達は挙って驚きの声を上げてジリジリと後退り狼狽えた。一歩、一歩と、近付いて来る男の顔が月明りの元で露わになると、彼らは更に顔を青くしてガクガクと震え始めた。
「ふ、ふ、不死鳥マルコ!?」
剣を突き付ける男の元に真っ直ぐ歩みを進めるマルコに対して男は「ひっ!」と小さな悲鳴を上げて剣をその場に捨てた。
片眉を上げたマルコは男達と#イルマ#の間に立って睨み付けた。
「お、おい、に、逃げるぞ! 不死鳥相手に勝てるわけねェんだ!」
「うあああ! 1番隊隊長不死鳥マルコだァァァ!」
「まっ、待ってくれ! おれを置いて行かないでくれェッ!!」
男達は脱兎の如くその場から走って逃げていった。マルコは逃げて行く男達を溜息混じりに見送った。そうして壁際に倒れている#イルマ#に視線を落とした。
膝を折って#イルマ#の頬にそっと手を添えて容態を確かめる。
「やべェな。直ぐに助けてやっから頑張れよい」
「ッ……」
意識が混濁して気を失い掛けた時、僅かに視界に入ったのは、心配そうに自分を見つめる青い瞳があった。
とても印象的で、声は優しく、抱き抱えてくれる手から伝わる温もりが心地良くて――。
安堵の気持ちが#イルマ#の心に広がった。こんな気持ちは初めてだった。ギリギリまで保っていた意識は呆気無くそこで失った。
一方――
マルコは本当に偶々通り掛かっただけだった。怒鳴る男の声に気付いて視線を向けると数名の男に取り囲まれて剣を突き付けられている幼い子供に目を丸くした。
―― ガキ相手にでけェ男が数人で囲んで何やってんだよい。
このまま黙って放っておくにはどうしても気が引けた。まだ仕事があったのだが仕方が無いと、その子を助けに踵を返して向かった。
男達は胸の刺青を見て驚き、顔を見た途端に悲鳴にも似た声を上げて逃げていった。弱い者には強くなって暴力を振るい強い者には媚び諂って付き従うような典型的な小物だった。
―― ただの弱い者苛めじゃねェか。
呆れた溜息を吐いて見送った後、マルコは瀕死の状態で意識を失った子を抱えてその場を後にした。
◇
予約していた宿に戻ったマルコは、フロントの男に「医者を呼んでくれ」と頼むと抱き抱えた#イルマ#を部屋へと連れ込んでベッドに寝かせた。
改めてよく見ると相当な重傷を負っていて衣服は血で汚れてボロボロだった。
「なんだって子供がこんな傷を負ってんだ……」
医者としての知識はまだ見習い程度だが、できる限りの処置を施していく。
傷のせいか熱が高く呼吸は荒い。
濡れたタオルで汚れを拭い終わった時、医者がやって来た。
「これは酷い!」
「助けてやってくれ、頼む」
「え、えェ」
医者が診ている間、マルコは医者と反対側に椅子を置いて処置の手助けをしながら見守った。
力無い手が目に入った。なんとなく手を伸ばしてその手を握った。僅かに握り返すような反応があった。
マルコは処置が終わるまでその手を握ってやることにした。そして――
処置が終わって無事に一命を取り留めた。だが意識が回復するには時間が掛かると医者に告げられた。
マルコは服用する薬を受け取って治療代を支払うとテーブルに置かれた#イルマ#の小手具の側にそれを置いた。
ソファに腰を下ろして一息つくと目の前にある小手具になんとなく視線を止めた。
「?」
小手具――にしては何か違和感を感じた。
少し眉を顰めて徐にそれを手に取った。
「!」
これはただの小手具では無い。内側に鋭い刃を隠し持つ暗器だ。
マルコは眉間に皺を寄せて視線をベッドで眠る少女へと移した。
この暗器と思われる小手具から推測するとこの子はその辺にいるような子供では無いのだとマルコは察した。
「……」
しかし、今は瀕死の重傷を負った”ただの子供”だ。
マルコは小手具をテーブルの上に戻すと溜息を吐いた。
「さて……、どうしたもんか……」
借りた部屋はシングルだ。
ベッドが一つしかない。
―― 添い寝ってわけにもいかねェだろい……一応。
マルコはフロントに出向いてツインの部屋が無いかと尋ねた。
「あ、空いてますね」
運良く一室だけ空いていた。
「なら変えても良いかい?」
「えェ、どうぞ」
マルコは鍵を受け取ると部屋に戻って少女をゆっくりと抱き抱えて移動した。その後、荷物も全て運び終えると漸くとばかりに眠りに就いた。
それから――
翌日、翌々日と、マルコはすべき仕事をさっさと済ませると宿に戻っては眠り続けている少女の看病を続けた。
熱は大分下がったが、それでも平熱には程遠い。度々タオルを冷やしては汗を拭って額に置いてやる。
―― 偵察仕事は終わったが、仕方が無いか。
本来なら船に戻っているのだがそういうわけにもいかない。この子が目を覚まして動けるようになるまでは――。
小さく溜息を吐いたマルコは電伝虫を借りると本船へと繋いだ。そして、事の仔細を説明して当分戻れないことを連絡した。
その夜――
#イルマ#は意識を取り戻して目を開けた。
日は落ちて部屋は暗く、周囲を見渡そうと頭を動かしたらトサリと濡れたタオルが額から落ちた。
ここは、知らない部屋だ。
何が一体どうなっているのか、ぼ〜っとした頭で懸命に考えた。
そうしてまず最初に浮かんだのは小手具の在処だ。
―― 唯一の武器を無くしては!!
慌てて身体を起こした。小手具がテーブルに置かれていることに気付くと安堵した――と同時に、無理して身体を起こしたことでズキンと痛みが走った。
「ッ……」
力無くドサッと身体を倒して痛みに顔を歪ませながら堪えている時、部屋のドアが開く音が耳に届いた。
―― くっ、まだ、思うように動けない。
#イルマ#の鼓動が早まり緊張が走る。まるで威嚇するような目で睨み付けて警戒心を剥き出しにした。
部屋に入って来た男はそれに驚いて目を丸くした。だが直ぐにクツリと笑みへと変えて#イルマ#の側に歩み寄った。
「目ェ覚めたかよい」
男は優し気な笑みを浮かべて#イルマ#に手を伸ばした。最大限の警戒と防御姿勢を取る#イルマ#は咄嗟に身を引こうとした。
「何もしねェよい」
「!」
男はそう言って#イルマ#の頭にポンポンッと優しく触れるとクシャリと軽く撫でた。
「ッ……」
初めてされた行為に#イルマ#は驚いて男を見上げた。
―― あ……。
意識を手放す寸前に見た青い瞳。
凄く綺麗だと、幼心に強く印象に残った――青。
心配そうに見つめていたその瞳。
今はとても穏和で、温かい、優しい瞳が自分に向けられている。
「……」
#イルマ#にとって人から情けを受けたことは初めてだった。
息が苦しくなる思いがした。
眉間に皺を寄せると重い手を動かして胸元の衣服をギュッと握った。
#イルマ#の心の変動を知ってか知らずか、男は#イルマ#の額にそっと触れた。そして、何度も優しく頭を撫でたり頬に添えたりして気遣いをみせる。
「怖がるな。何もしねェから」
「!」
「安心しろ。お前が動けるようになるまで側にいてやるから」
「……え、」
「ん?」
「…な…ま…え……」
#イルマ#の途切れ途切れの言葉に男はクツリと笑みを浮かべた。
「おれァ、マルコだ」
「…マ…ルコ……?」
「お前の名前は?」
「…わ…たし…は……」
自分の名を告げようとした瞬間に視界が揺れた。瞳から熱いものが込み上げてポタポタとそれは零れ落ちた。
「――#イルマ#」
それが何であるのか、#イルマ#にはわからなった。ただそれをマルコが優しい手付きで拭ってくれた。
なんとも言えない心地良さと安堵感に包まれた#イルマ#は目を瞑った。
―― こんな気持ちは初めてだ。凄く温かくて心地が良い。これは……、なんだろう?
この時には既に警戒心が薄れて消えていた。
そして――
#イルマ#の身体が回復するまでマルコが付きっ切りで看病をしてくれた。身体が重くて動けない間は食事を食べさせてくれたりして細々と世話をしてくれた。
優しさと温もりを初めて知った。それを与えられたらどれだけ心地が良いものなのかも知った。
施設にいては絶対に感じられなかったもの。絶対に味わえなかったもの。
瀕死の重傷を負わなければこうしてマルコと会うことは無かった。
こんな気持ちを体験する事は二度と無かった。きっと――。
#イルマ#は心から感謝して恩を感じていた。それと共にマルコに対する『憧れ』を抱き始めていた。だがこの時の#イルマ#はまだそのことに気付いていなかった。
「……マルコ……」
マルコが外へ出向いて部屋に一人でいた時、#イルマ#はポツリとマルコの名を口にした。
不思議と心が高揚して気持ちが明るくなるのを感じた。
その後――
回復した#イルマ#は、新しい衣服に身を包むと小手具を装備した。更にマルコから当面の資金を受け取った。
「本当に大丈夫かい?」
「はい。……あの、マルコさん」
「ん?」
「本当にありがとうございました。この御恩は決して忘れません」
「#イルマ#、そう改まるなよい。これも何かの縁ってェやつだ。気にするな」
「……はい」
「気を付けてな。またいつかどこかで会った時は……、あー、今より成長してんだろうから、おれは気付かねェかもしれねェなァ。そん時はお前ェから声を掛けてくれよい」
マルコはクツリと笑うと#イルマ#の頭を撫でてそう告げた。
頭を撫でられるのはきっとこれが最後――。
名残り惜しい気持ちもあったが、#イルマ#は芽生える気持ちに蓋をしてコクンと頷いた。
「じゃあな」
マルコはそう言って去って行った。その背中を見送った#イルマ#は、マルコに撫でられた頭に手を置いて目を瞑った。
心地の良い声や手の温もりを決して忘れない。心配する気持ちや優しい気持ちを持って自分を見てくれたあの青い瞳を一生忘れたりなんかしない。
「本当に……、いつかこの恩を返します。きっと、いつか、必ず……」
この時から心の奥底に密かに秘めたこの”想い”が、弟に看破されて脱走する本当の切っ掛けとなった。
―― 自由になってよお姉ちゃん ――
支えていたつもりが、本当は自分が支えられていたのだと知る。
助けたつもりが、本当は自分が助けられたのだと知る。
そして――
再会したあの日、#イルマ#はアルドとして、男として、マルコの前に立った。
目の前に立つ人間があの時の#イルマ#だと、マルコは決して気付いていない。
一人の少年、一人の男、一人の隊員としてしか見ていない。
でも、#イルマ#にとってはそれで良かったのだ。
この先も名乗るつもりは無い。
この先もずっとアルドとして生き続けるつもりだたから――。
それで良い。これで良い。
私にはやるべきことがある。
私にはやらなければならいことがある。
そこに貴方を巻き込むことは絶対にしない。
そこに家族を巻き込むことは絶対にしない。
自分で選んだ道だ。例えその結果が最悪なものを招くとしても、決して後悔はしない。
「己の道を選ぶのは他の誰でもない。自分自身なのだから……」
眠りから覚めた時、寝返って天井を見つめたアルドはそう言葉を漏らした。
起き上がって時計を見ると時間帯は真夜中で、立ち上がろうとするとジュクリとした感覚に襲われて気持ちが悪かった。女であることがこの時ほど嫌と思うことは無い。
立ち上がって下着を変えるとコップに水を入れてゴクリと喉を潤して部屋に明かりを灯した。
先の戦いで奪った敵の武器と自分の武器をテーブルの上に置いてソファに座ると手入れをし始める。
最高位の称号を受けた身である以上責任は果たさなければならない。
マスターアサシンとして、今や世界中に散ったアサシン達を駆逐すべく生きることを決めたのだ。
弟の仇と家族を守る為。
そして、全ては――。
過去に見た暗殺対象リストには、四皇の名と写真があって上位にリストアップされていた。海軍上層部もその中にあった。そして、それらの中に彼の名もあった。
自分が居た施設は海軍の手によって疾うに壊滅している。新たな施設が出来ても事あるごとに海軍に攻め立てられて壊滅したと新聞等の情報誌で目にすることが多々ある。しかし、それらは恐らく全てダミーで、本部となる施設はそう簡単に見つかることも壊滅されることも無いだろう。
「貴方の為ならなんだってする。……私の信念は決して折れない」
アサシンの信念や信条は理解している。それが何よりも大切なことだと認識している。しかし、実情その教えや掟を純粋に守って行動をするアサシンはもういない。
でなければ、あのように海賊に身を落としたり身内を騙して殺しに掛かるような裏切り行為を犯したりはしないはずだ。権力や力に傲慢さが加わった今の教団は、嘗て信念を基に戦って来たアサシン達とは違うのだ。
白ひげ海賊団は同胞でもアサシンでも無いがアルドにはそれ以上の大事な『家族』だ。周りの者はあまりアルドが打ち解けていないと思っているのだろうが、アルドにとってはこれ程に心地の良い場所は無い。
だからこそ、アサシンの信条を胸に、この船の者達を守る事を心に決めている。
[ アサシンが守らなくてはならない掟 ]
・罪のない者を傷つけない
・目立ってはいけない
・仲間に危険を及ぼしてはならない
アサシンの掟が脳裏に浮かんだ時、アルドは「あ、」と小さく声を漏らした。
「目立ってしまった……。ッ、た、偶にはそういうことも…ある……」
なんてことだ。自ら軽んじて破ってしまった――と、アサシンブレードの刃を磨きながら溜息を吐いた。
襲撃時に甲板を堂々と歩いたことを始めとして今回のことを色々と猛省したのだった。
幼いながらも身の熟しは大人を圧倒する程に群を抜いていた。
障害物を次々に越え、壁をよじ登っては建物と建物を飛び越えて駆け抜けて行く。
その年端の者にしてはそれは常軌を逸したものだった。
教団施設では幹部が集まって協議を開くと#イルマ#の能力は高く評価された。大人ですら簡単に打ち負かせる能力の高さは素晴らしいと誰もが太鼓判を押した。そして、滅多に与えられることの無い最高位である『マスターアサシン』の称号を授与してはと声が上がった。
だが、本当に相応しい者かどうかを試す必要があると幹部の一人が声を上げたことで『最終試験』と銘打った任務を与えられることが決定した。
全てが億越えの賞金首リストを手渡された#イルマ#は、期限を三ヶ月として彼らを殺すように命令を下された。三ヶ月以内に終わらせることができなければ、最高位の称号授与は無かったものとすると伝えられた。
しかし、#イルマ#にとって称号なんてものは関係無かった。ただ命令に従い速やかに暗殺を実行すること。それだけだった。
ある日の夜――
とある町で#イルマ#は”同胞の裏切り”によって重傷を負った。
身体を引き摺って人気の無い道を走るが痛みで思うように身体が動かない。
直ぐ近くでシャキンという刃の音を耳にした。
咄嗟に身を翻して攻撃を躱したがギリギリだった。だが代わりに隙だらけとなった腹部を蹴られて呼吸が詰まる。地面を転がってゲホゲホと咳込んで血を吐いた。
「奪え」
冷たい声で指示が出された。急襲して来た男に従う者達は、例え同胞とは言え容赦は無く、何の情も無しに命令に従って#イルマ#の装備品を奪った。
最後に残された小手具に手をかけられた時、#イルマ#は最後の力を振り絞って小手具を奪おうとしたアサシンに反撃した。
相手が怯んだ隙に走り出して逃走を試みる。だが直ぐに追いつかれて背中から押し倒された。頭を地面に強く押し付けられた#イルマ#は「うぐっ!」と低く唸った。
「悪く思うな。幼いお前が最高位の称号を得るなど我慢ならん連中もいるのだ」
「ッ……!」
この声の主が誰なのか、#イルマ#は察した。この最終試験を提案した幹部の男だ。それならば部下を引き連れて動くことに納得がいく。
耳元でシャキンと音が鳴った。
冷たい刃が自身に向けられて放たれることは否が応でも理解できる。
――ここで死ぬのか…?
この時、初めて『悔しい』という思いが込み上げて#イルマ#の心を支配した。
「くっ、裏切り者…にはッ、死を……!」
「!?」
#イルマ#は頭を押さえつけられながらも冷たい声でその言葉を発した。
男が一瞬だけ怯んだ。
#イルマ#はその隙を見逃さなかった。
痛みを忘れるかのように気持ちを全面に押し出して力を振り絞り男を押しやる。そして、アサシンブレードで男の首を突き刺した。
「ガハッ!」
低い呻き声と共に男は力無くその場にどさりと倒れた。男が引き攣れていた部下達は怖気付いたのか慌ててその場から逃走した。
武器や装備品は全て奪われてしまったが、幸いにしてこの男の装備品がある。意識が朦朧とする中、装備品を持てるだけ奪うとその場を立ち去った。しかし――
少し行った先でフラフラと足がもつれた。意識が愈々混沌とし始めると壁に寄りかかって背中を押し当て、ズズズと腰を下ろした。呼吸が荒くなり怪我を負った箇所から熱を帯び始めて全身が怠い。
―― なんとか……、意識だけは……。
気を失うことだけでも避けなくては――と、懸命に呼吸を整えようとした。その時、フッと人影が現れて顔を上げた。
海賊だろうと思われる男が数人、下卑た笑みを浮かべて#イルマ#を見下ろしていた。
「ガキが大層な武器を持ってやがるじゃねェか」
「おっと、金も結構持ってるぜ」
「おれ達が代わりに使ってやるよ!」
彼らは#イルマ#から武器や金を問答無用に奪って高笑いを上げた。
#イルマ#は奪い返そうと立ち上がったが思うように動かない身体では一人の男の衣服を掴むことしかできなかった。
「汚ェ手で触んじゃねェよ!」
男はそう怒鳴り散らすと#イルマ#に蹴りを放った。
重症を負った身体は呆気無く吹き飛ばされて壁にドンッ!――という鈍い音を立てて背中から激突した。身体はズルズルと地面に力無く倒れる。
「あー…、気に入らねェ」
男がポツリと零して剣を引き抜いた。
「おいおい、殺す気かよ?」
「こんなガキが一人死のうがどうってことねェだろ」
男達は笑うだけで誰もその男を止めようとはしない。
男は剣の切っ先を#イルマ#の胸元に向けた。
「ッ……!」
霞む目で自分に向けられた刃を見つめる#イルマ#。
死ぬ時は、いつも――そう、呆気無い。
人の死も、自分の死も、大して変わらない。
それを初めて知った。
脳裏に浮かんだのは弟の顔。マスターアサシンの称号を得られなかった者の弟と呼ばれるようになるのだろうか。
ふと、そんなことを考えた。
今から殺されるというのに、なんとも暢気なものだと思った。
「おい」
男達の中の誰のでも無い。初めて耳にする男の声音に男達はハタリと動きを止めた。
「あァん?」
「なんだァ?」
「誰だ! 出て来い!」
男達の注意は#イルマ#から声が聞こえた暗闇へと移った。
「物騒なことしてんじゃねェよい」
「あァ!? 誰だてめェは!」
「偶然通り掛かっただけなんだが、この状況を見ちまった以上、黙って見過ごすなんてェのは、どうにも後味が悪ィから横槍させてもらうよい」
「なんだとてめッ――!? お、お前は、し、白ひげ海賊団!?」
暗闇からスッと姿を現した男の胸元に刻まれた刺青を見た男達は挙って驚きの声を上げてジリジリと後退り狼狽えた。一歩、一歩と、近付いて来る男の顔が月明りの元で露わになると、彼らは更に顔を青くしてガクガクと震え始めた。
「ふ、ふ、不死鳥マルコ!?」
剣を突き付ける男の元に真っ直ぐ歩みを進めるマルコに対して男は「ひっ!」と小さな悲鳴を上げて剣をその場に捨てた。
片眉を上げたマルコは男達と#イルマ#の間に立って睨み付けた。
「お、おい、に、逃げるぞ! 不死鳥相手に勝てるわけねェんだ!」
「うあああ! 1番隊隊長不死鳥マルコだァァァ!」
「まっ、待ってくれ! おれを置いて行かないでくれェッ!!」
男達は脱兎の如くその場から走って逃げていった。マルコは逃げて行く男達を溜息混じりに見送った。そうして壁際に倒れている#イルマ#に視線を落とした。
膝を折って#イルマ#の頬にそっと手を添えて容態を確かめる。
「やべェな。直ぐに助けてやっから頑張れよい」
「ッ……」
意識が混濁して気を失い掛けた時、僅かに視界に入ったのは、心配そうに自分を見つめる青い瞳があった。
とても印象的で、声は優しく、抱き抱えてくれる手から伝わる温もりが心地良くて――。
安堵の気持ちが#イルマ#の心に広がった。こんな気持ちは初めてだった。ギリギリまで保っていた意識は呆気無くそこで失った。
一方――
マルコは本当に偶々通り掛かっただけだった。怒鳴る男の声に気付いて視線を向けると数名の男に取り囲まれて剣を突き付けられている幼い子供に目を丸くした。
―― ガキ相手にでけェ男が数人で囲んで何やってんだよい。
このまま黙って放っておくにはどうしても気が引けた。まだ仕事があったのだが仕方が無いと、その子を助けに踵を返して向かった。
男達は胸の刺青を見て驚き、顔を見た途端に悲鳴にも似た声を上げて逃げていった。弱い者には強くなって暴力を振るい強い者には媚び諂って付き従うような典型的な小物だった。
―― ただの弱い者苛めじゃねェか。
呆れた溜息を吐いて見送った後、マルコは瀕死の状態で意識を失った子を抱えてその場を後にした。
◇
予約していた宿に戻ったマルコは、フロントの男に「医者を呼んでくれ」と頼むと抱き抱えた#イルマ#を部屋へと連れ込んでベッドに寝かせた。
改めてよく見ると相当な重傷を負っていて衣服は血で汚れてボロボロだった。
「なんだって子供がこんな傷を負ってんだ……」
医者としての知識はまだ見習い程度だが、できる限りの処置を施していく。
傷のせいか熱が高く呼吸は荒い。
濡れたタオルで汚れを拭い終わった時、医者がやって来た。
「これは酷い!」
「助けてやってくれ、頼む」
「え、えェ」
医者が診ている間、マルコは医者と反対側に椅子を置いて処置の手助けをしながら見守った。
力無い手が目に入った。なんとなく手を伸ばしてその手を握った。僅かに握り返すような反応があった。
マルコは処置が終わるまでその手を握ってやることにした。そして――
処置が終わって無事に一命を取り留めた。だが意識が回復するには時間が掛かると医者に告げられた。
マルコは服用する薬を受け取って治療代を支払うとテーブルに置かれた#イルマ#の小手具の側にそれを置いた。
ソファに腰を下ろして一息つくと目の前にある小手具になんとなく視線を止めた。
「?」
小手具――にしては何か違和感を感じた。
少し眉を顰めて徐にそれを手に取った。
「!」
これはただの小手具では無い。内側に鋭い刃を隠し持つ暗器だ。
マルコは眉間に皺を寄せて視線をベッドで眠る少女へと移した。
この暗器と思われる小手具から推測するとこの子はその辺にいるような子供では無いのだとマルコは察した。
「……」
しかし、今は瀕死の重傷を負った”ただの子供”だ。
マルコは小手具をテーブルの上に戻すと溜息を吐いた。
「さて……、どうしたもんか……」
借りた部屋はシングルだ。
ベッドが一つしかない。
―― 添い寝ってわけにもいかねェだろい……一応。
マルコはフロントに出向いてツインの部屋が無いかと尋ねた。
「あ、空いてますね」
運良く一室だけ空いていた。
「なら変えても良いかい?」
「えェ、どうぞ」
マルコは鍵を受け取ると部屋に戻って少女をゆっくりと抱き抱えて移動した。その後、荷物も全て運び終えると漸くとばかりに眠りに就いた。
それから――
翌日、翌々日と、マルコはすべき仕事をさっさと済ませると宿に戻っては眠り続けている少女の看病を続けた。
熱は大分下がったが、それでも平熱には程遠い。度々タオルを冷やしては汗を拭って額に置いてやる。
―― 偵察仕事は終わったが、仕方が無いか。
本来なら船に戻っているのだがそういうわけにもいかない。この子が目を覚まして動けるようになるまでは――。
小さく溜息を吐いたマルコは電伝虫を借りると本船へと繋いだ。そして、事の仔細を説明して当分戻れないことを連絡した。
その夜――
#イルマ#は意識を取り戻して目を開けた。
日は落ちて部屋は暗く、周囲を見渡そうと頭を動かしたらトサリと濡れたタオルが額から落ちた。
ここは、知らない部屋だ。
何が一体どうなっているのか、ぼ〜っとした頭で懸命に考えた。
そうしてまず最初に浮かんだのは小手具の在処だ。
―― 唯一の武器を無くしては!!
慌てて身体を起こした。小手具がテーブルに置かれていることに気付くと安堵した――と同時に、無理して身体を起こしたことでズキンと痛みが走った。
「ッ……」
力無くドサッと身体を倒して痛みに顔を歪ませながら堪えている時、部屋のドアが開く音が耳に届いた。
―― くっ、まだ、思うように動けない。
#イルマ#の鼓動が早まり緊張が走る。まるで威嚇するような目で睨み付けて警戒心を剥き出しにした。
部屋に入って来た男はそれに驚いて目を丸くした。だが直ぐにクツリと笑みへと変えて#イルマ#の側に歩み寄った。
「目ェ覚めたかよい」
男は優し気な笑みを浮かべて#イルマ#に手を伸ばした。最大限の警戒と防御姿勢を取る#イルマ#は咄嗟に身を引こうとした。
「何もしねェよい」
「!」
男はそう言って#イルマ#の頭にポンポンッと優しく触れるとクシャリと軽く撫でた。
「ッ……」
初めてされた行為に#イルマ#は驚いて男を見上げた。
―― あ……。
意識を手放す寸前に見た青い瞳。
凄く綺麗だと、幼心に強く印象に残った――青。
心配そうに見つめていたその瞳。
今はとても穏和で、温かい、優しい瞳が自分に向けられている。
「……」
#イルマ#にとって人から情けを受けたことは初めてだった。
息が苦しくなる思いがした。
眉間に皺を寄せると重い手を動かして胸元の衣服をギュッと握った。
#イルマ#の心の変動を知ってか知らずか、男は#イルマ#の額にそっと触れた。そして、何度も優しく頭を撫でたり頬に添えたりして気遣いをみせる。
「怖がるな。何もしねェから」
「!」
「安心しろ。お前が動けるようになるまで側にいてやるから」
「……え、」
「ん?」
「…な…ま…え……」
#イルマ#の途切れ途切れの言葉に男はクツリと笑みを浮かべた。
「おれァ、マルコだ」
「…マ…ルコ……?」
「お前の名前は?」
「…わ…たし…は……」
自分の名を告げようとした瞬間に視界が揺れた。瞳から熱いものが込み上げてポタポタとそれは零れ落ちた。
「――#イルマ#」
それが何であるのか、#イルマ#にはわからなった。ただそれをマルコが優しい手付きで拭ってくれた。
なんとも言えない心地良さと安堵感に包まれた#イルマ#は目を瞑った。
―― こんな気持ちは初めてだ。凄く温かくて心地が良い。これは……、なんだろう?
この時には既に警戒心が薄れて消えていた。
そして――
#イルマ#の身体が回復するまでマルコが付きっ切りで看病をしてくれた。身体が重くて動けない間は食事を食べさせてくれたりして細々と世話をしてくれた。
優しさと温もりを初めて知った。それを与えられたらどれだけ心地が良いものなのかも知った。
施設にいては絶対に感じられなかったもの。絶対に味わえなかったもの。
瀕死の重傷を負わなければこうしてマルコと会うことは無かった。
こんな気持ちを体験する事は二度と無かった。きっと――。
#イルマ#は心から感謝して恩を感じていた。それと共にマルコに対する『憧れ』を抱き始めていた。だがこの時の#イルマ#はまだそのことに気付いていなかった。
「……マルコ……」
マルコが外へ出向いて部屋に一人でいた時、#イルマ#はポツリとマルコの名を口にした。
不思議と心が高揚して気持ちが明るくなるのを感じた。
その後――
回復した#イルマ#は、新しい衣服に身を包むと小手具を装備した。更にマルコから当面の資金を受け取った。
「本当に大丈夫かい?」
「はい。……あの、マルコさん」
「ん?」
「本当にありがとうございました。この御恩は決して忘れません」
「#イルマ#、そう改まるなよい。これも何かの縁ってェやつだ。気にするな」
「……はい」
「気を付けてな。またいつかどこかで会った時は……、あー、今より成長してんだろうから、おれは気付かねェかもしれねェなァ。そん時はお前ェから声を掛けてくれよい」
マルコはクツリと笑うと#イルマ#の頭を撫でてそう告げた。
頭を撫でられるのはきっとこれが最後――。
名残り惜しい気持ちもあったが、#イルマ#は芽生える気持ちに蓋をしてコクンと頷いた。
「じゃあな」
マルコはそう言って去って行った。その背中を見送った#イルマ#は、マルコに撫でられた頭に手を置いて目を瞑った。
心地の良い声や手の温もりを決して忘れない。心配する気持ちや優しい気持ちを持って自分を見てくれたあの青い瞳を一生忘れたりなんかしない。
「本当に……、いつかこの恩を返します。きっと、いつか、必ず……」
この時から心の奥底に密かに秘めたこの”想い”が、弟に看破されて脱走する本当の切っ掛けとなった。
―― 自由になってよお姉ちゃん ――
支えていたつもりが、本当は自分が支えられていたのだと知る。
助けたつもりが、本当は自分が助けられたのだと知る。
そして――
再会したあの日、#イルマ#はアルドとして、男として、マルコの前に立った。
目の前に立つ人間があの時の#イルマ#だと、マルコは決して気付いていない。
一人の少年、一人の男、一人の隊員としてしか見ていない。
でも、#イルマ#にとってはそれで良かったのだ。
この先も名乗るつもりは無い。
この先もずっとアルドとして生き続けるつもりだたから――。
それで良い。これで良い。
私にはやるべきことがある。
私にはやらなければならいことがある。
そこに貴方を巻き込むことは絶対にしない。
そこに家族を巻き込むことは絶対にしない。
自分で選んだ道だ。例えその結果が最悪なものを招くとしても、決して後悔はしない。
「己の道を選ぶのは他の誰でもない。自分自身なのだから……」
眠りから覚めた時、寝返って天井を見つめたアルドはそう言葉を漏らした。
起き上がって時計を見ると時間帯は真夜中で、立ち上がろうとするとジュクリとした感覚に襲われて気持ちが悪かった。女であることがこの時ほど嫌と思うことは無い。
立ち上がって下着を変えるとコップに水を入れてゴクリと喉を潤して部屋に明かりを灯した。
先の戦いで奪った敵の武器と自分の武器をテーブルの上に置いてソファに座ると手入れをし始める。
最高位の称号を受けた身である以上責任は果たさなければならない。
マスターアサシンとして、今や世界中に散ったアサシン達を駆逐すべく生きることを決めたのだ。
弟の仇と家族を守る為。
そして、全ては――。
過去に見た暗殺対象リストには、四皇の名と写真があって上位にリストアップされていた。海軍上層部もその中にあった。そして、それらの中に彼の名もあった。
自分が居た施設は海軍の手によって疾うに壊滅している。新たな施設が出来ても事あるごとに海軍に攻め立てられて壊滅したと新聞等の情報誌で目にすることが多々ある。しかし、それらは恐らく全てダミーで、本部となる施設はそう簡単に見つかることも壊滅されることも無いだろう。
「貴方の為ならなんだってする。……私の信念は決して折れない」
アサシンの信念や信条は理解している。それが何よりも大切なことだと認識している。しかし、実情その教えや掟を純粋に守って行動をするアサシンはもういない。
でなければ、あのように海賊に身を落としたり身内を騙して殺しに掛かるような裏切り行為を犯したりはしないはずだ。権力や力に傲慢さが加わった今の教団は、嘗て信念を基に戦って来たアサシン達とは違うのだ。
白ひげ海賊団は同胞でもアサシンでも無いがアルドにはそれ以上の大事な『家族』だ。周りの者はあまりアルドが打ち解けていないと思っているのだろうが、アルドにとってはこれ程に心地の良い場所は無い。
だからこそ、アサシンの信条を胸に、この船の者達を守る事を心に決めている。
[ アサシンが守らなくてはならない掟 ]
・罪のない者を傷つけない
・目立ってはいけない
・仲間に危険を及ぼしてはならない
アサシンの掟が脳裏に浮かんだ時、アルドは「あ、」と小さく声を漏らした。
「目立ってしまった……。ッ、た、偶にはそういうことも…ある……」
なんてことだ。自ら軽んじて破ってしまった――と、アサシンブレードの刃を磨きながら溜息を吐いた。
襲撃時に甲板を堂々と歩いたことを始めとして今回のことを色々と猛省したのだった。
記憶*全ての始まり
【〆栞】