うちはの落ちこぼれ

第12話「うちはの落ちこぼれ」

うちは集落の中心から離れた、端の方。

そこにある古い家で、祖母と二人で暮らしている子ども。

うちはオビト。

そして、うちはの落ちこぼれ。

自分で自虐的に言う分にはいい。

前々世でも散々言われたし、自分でも認めていた。写輪眼を開くのは遅い。術の習得にも時間がかかる。カカシにはいつも先を行かれ、張り合っては負けて、悔しくて騒いでいた。あの頃の自分を思えば、落ちこぼれという呼び名にも一応の根拠はあった。

だが。

今世でもそう言われているのは、ちょっと解せない。

誰よりも赤ん坊からの脱却は早かった。

寝返りも、立つのも、歩くのも、言葉を覚えるのも早かった。オムツからの卒業だって、それはもう必死だった。第四次忍界大戦首謀者が尊厳をかけて挑んだ一大決戦である。

しかも二歳で三つ巴。

三歳で万華鏡。

呪力、術式、反転術式、忍術もどきまで使える。

表に出していないだけだ。

落ちこぼれてはいない。

隠している。

ここは大きな違いである。

「つーか、誰が言ったんだよ……」

入学二日目の教室で、オビトは机に頬杖をつきたい気持ちを堪えながら、ひそかに息を吐いた。

昨日から、何度か耳に入っている。

集落外れの家の子。

両親を亡くし、祖母に育てられている子。

うちはのくせに、目立った才の噂がない子。

それらが適当に混ざり合い、いつの間にか「うちはの落ちこぼれ」という分かりやすい札になっていたらしい。

迷惑な話だった。

いや、隠すためには都合がいい。

都合はいいのだが、子どもたちの中へ自然に溶け込もうとしている時に、最初から妙な肩書きをつけられるのは困る。

やめろよ。

子どもに溶け込むハードルが高くなるだろ。

前世では特級。

前々世では世界を相手に戦争を起こした。

今世では、うちはの落ちこぼれ。

落差がひどい。

そんなことを考えている間に、教室の前へ教師が立った。

「今日は、今どのくらいできるかを見ていく」

子どもたちの空気が変わった。

昨日は顔合わせと説明が中心だった。今日からは、入学したばかりの子どもたちが何を知り、何ができ、どこから教えるべきかを確かめるらしい。

座学。

手裏剣。

簡単な体術。

それぞれの今の力を見るための確認だった。

試験というほど重いものではない。できないからといって叱られるわけでもなく、今後の教え方を決めるためのものだと説明された。

オビトは静かに頷いた。

なるほど。

現状確認。

つまり、目立たない程度にやればいい。

普通の五歳児。

入学したばかり。

うちはの落ちこぼれ。

そのあたりに合わせる。

六道仙人にも言われた。自分の普通は普通ではない。昨日も、五条先生を模した相手との組手で嫌というほど思い知らされた。

今日は慎重に。

きちんと抑える。

そう決めていた。

最初は座学だった。

紙が配られ、教師が一問ずつ読み上げる。里の基本的な決まり。忍具を扱う際の注意。簡単な文字の読み書き。数の計算。地図の見方。任務中の合図として使われる、初歩的な記号。

簡単だった。

簡単すぎた。

文字を書く手を遅くする。

一度考えるふりをする。

少し迷う。

答えを消して書き直す。

そこまでした。

したのだが。

「うちはオビト」

答案を見た教師が、少し長く黙った。

「はい」

「……全部、合っている」

やっべ。

やっちまった。

教室の何人かが振り返った。リンが素直に目を丸くし、ガイが「すごいな!」という顔をする。アスマは少し眠そうだった目を上げ、紅もこちらを見た。

カカシだけは、驚いた様子を見せなかった。

ただ、視線が刺さる。

昨日より鋭い。

やめろ。

見るな。

満点だった。

少しくらい間違えるつもりだった。だが、どれを間違えるか考えているうちに、手が勝手に正解を書いていた。長年の癖というものは恐ろしい。

教師は答案をもう一度見た。

「家で勉強していたのか?」

「……少し」

嘘ではない。

祖母ちゃんに文字を習った。家に残された書物も読んだ。前々世と前世でも散々文字を読み、報告書を書き、資料をまとめた。

少し。

便利な言葉だ。

次は手裏剣だった。

校庭に並べられた的へ、一人ずつ投げる。距離は近い。入学直後の子ども向けだ。持ち方、立ち方、投げ方を見るだけで、中心へ当てることまでは求められていない。

オビトは手裏剣を受け取った。

重さを確かめる。

昔から使い慣れた感触だった。

力を抜く。

狙いすぎない。

手首を使いすぎない。

中心より、少しだけ外す。

そう決めて投げた。

手裏剣は回転しながら飛び、的の中心へ深く刺さった。

沈黙。

オビトも黙った。

違う。

今のは違う。

少し外すつもりだった。

身体が勝手に補正した。

二枚目。

今度こそ外す。

的の端を狙う。

投げる。

一枚目のすぐ隣へ刺さった。

三枚目。

もう考えるな。

適当に投げろ。

中心へ刺さった。

「……」

教師がこちらを見ている。

ほらー。

引いてるじゃねぇか。

オビトは手裏剣を持ったまま、遠い目になりかけた。どこかで六道仙人が見ているのなら、きっと片手で顔を覆っている。

言わんこっちゃない。

そんな声が聞こえる気がした。

うちはの落ちこぼれは、どこへ行った。

こちらが聞きたい。

カカシが順番を待つ列の中から、じっとオビトの手元を見ていた。

視線が、的から足元へ移る。立ち方、肩、手首。何かを確かめるような目だった。

オビトは気づかないふりをした。

カカシの番になる。

三枚の手裏剣が飛び、いずれも中心近くへ刺さった。

さすがだった。

四歳でこの精度は、普通ではない。周囲から感嘆の声が漏れる。カカシは気にした様子もなく列へ戻ったが、オビトの横を通る時だけ、足をわずかに緩めた。

「落ちこぼれなんじゃなかったの」

小さな声だった。

刺々しい。

「俺もそう聞いてた」

「自分のことだろ」

「勝手に言われてんだよ」

カカシは返事をしなかった。

ただ、少しだけ目を細めて去った。

信用されていない。

実にカカシらしい。

最後は、二人一組で行う簡単な組手だった。

相手へ怪我をさせないこと。顔を強く狙わないこと。押す、避ける、体勢を崩す程度に留めること。教師の合図で必ず止まること。

難しい。

とてつもなく難しい。

強い相手に勝つ方が、よほど簡単だ。

入学したばかりの五歳児として、自然な動きをする。経験を出しすぎない。相手を傷つけない。周囲に違和感を与えない。

第四次忍界大戦首謀者と特級呪術師に課せられた、超難関任務だった。

相手は同じくらいの背丈の少年だった。

緊張している。

肩に力が入り、こちらの動きより自分の足元へ意識が向いている。右手を前に出しているが、踏み込む時は左足から動く癖があるらしい。

見えてしまう。

考えなくても分かる。

困る。

「始め!」

少年が飛び込んできた。

オビトは半歩避けた。

それだけのつもりだった。

相手の腕が横を抜ける。勢いが余る。転びそうになる。反射的に手を伸ばし、背中と腕を支えた。

少年は地面へ倒れず、オビトの腕の中で止まった。

「あぶな」

口から出た。

教師も、見ていた子どもたちも、一瞬黙った。

違う。

今のは勝つ動きではない。

助けただけだ。

相手が怪我をしそうだったから、普通に支えただけである。

少年が驚いた顔でオビトを見た。

「だ、大丈夫?」

オビトが聞くと、少年は数度瞬きをしてから頷いた。

「うん」

組手はやり直しになった。

今度は相手が慎重に来る。オビトも、それらしく腕を上げる。相手の手が肩へ伸びた。少し押される。押された分だけ下がる。子ども同士の力比べに見えるように、足を滑らせる。

ここまではいい。

相手が次に踏み込んだ瞬間、また体勢を崩した。

オビトは腰へ手を添え、力の向きを変えた。

少年がくるりと回り、尻から地面へ座った。

きれいに投げてしまった。

「そこまで!」

教師の声が飛んだ。

やっべ。

またやった。

少年には怪我がない。痛みもほとんどないはずだ。そこは問題ない。問題は、五歳児が相手の勢いを利用して、あまりに自然に投げたことだった。

教師は少し考えるようにオビトを見た。

「どこで今の動きを覚えた?」

「……転ばないようにしたら」

そうなりました。

教師の眉が動く。

信じていない顔だった。

カカシの視線は、もっと露骨だった。

落ちこぼれ。

動きが変。

判断が早い。

座学も手裏剣もできる。

なのに本人は、困ったような顔をするだけで何でもないように立っている。

その目に並んでいる言葉が、見えるようだった。

勘弁してくれ。

普通にしているつもりなんだ。

査定が終わる頃には、オビトの結果は満点に近いものばかりになっていた。

座学は全問正解。

手裏剣は全て中心付近。

組手は無傷で相手を制した。

うちはの落ちこぼれ。

完全に看板が剥がれている。

経験は身を助く。

よく言う。

だが、助けすぎる経験もある。

身体が覚えている。目が拾ってしまう。頭が先に答えを出す。長く生き、戦い、失敗し、学んだものが、五歳児として振る舞おうとするたびに勝手に顔を出す。

五歳児になるって、宿儺に勝つより難しい。

少なくとも、今のオビトにはそう思えた。

休み時間になると、子どもたちが少しずつこちらへ集まってきた。

「オビト、手裏剣すごかったな!」

真っ先に来たのはガイだった。

目が輝いている。

「どうやって投げたんだ!?」

「普通に」

「普通ではなかったぞ!」

六道仙人と同じことを言われた。

つらい。

「家で練習したの?」

紅が少し離れたところから聞いた。

「ちょっとだけ」

「全部真ん中だったじゃん」

別の女子が口を挟む。

「格好よかったね」

「うん」

「組手も、相手を怪我させなかったし」

子どもたちの声が重なる。

好意的だった。

落ちこぼれという噂を笑うのではなく、実際に見たものへ素直に反応している。オビトが思っていたより、子どもたちは柔軟だった。噂より、目の前の出来事の方が強い。

ただ。

女子の視線が、少し妙だった。

昨日までは、ゴーグルをつけたうちはの子を見る好奇心が多かった。今日はそこへ、手裏剣と組手への感心が加わっている。何人かが妙に近い。話しかける声も少し弾んでいる。

オビトには、その理由がよく分からなかった。

単に実技が珍しかったのだろうと思った。

「これ、どうやるの?」

一人の子が、座学で分からなかった箇所を見せてきた。

「ああ、ここは先にこっちを数えるんだよ」

オビトは自然に紙を覗き込んだ。指で順番を示し、答えそのものではなく、考え方だけを教える。

別の子が手裏剣の持ち方を聞く。

「指に力入れすぎ。落とさないくらいでいい」

「こう?」

「もう少しだけ抜いて」

次から次へと来る。

目立たない。

放っておけない。

この二つを同時に守るのは、かなり難しい。

目立ちたくないなら、人の輪から少し離れていればいい。聞かれても適当に濁せばいい。困っているのを見ても、教師へ任せればいい。

だが、それができない。

分からないと言われれば教える。

転びそうなら支える。

困っているなら手を貸す。

そうすると、人が集まる。

「これ、無理じゃね?」

オビトは小さく呟いた。

「何が?」

隣からリンが顔を覗き込んだ。

近い。

「いや、何でもない」

「そう?」

リンは不思議そうにしたが、それ以上は追及しなかった。代わりに、さっきオビトが教えていた紙を見る。

「教えるの、上手だね」

「そうか?」

「うん。答えだけ言わないし」

「答えだけ聞いても、次に同じのが出たら困るだろ」

言ってから、少し大人っぽすぎたかと思った。

リンはただ素直に頷いた。

「そっか」

一方、少し離れた席にいたカカシは、こちらを見ていた。

今日一日で何度目だろう。

視線が刺さる。

子どもたちに囲まれるオビト。

質問へ答えるオビト。

手裏剣の持ち方を直すオビト。

落ちこぼれという噂とは、何一つ噛み合わない。

カカシは自分から近づいてこない。ただ、見ている。時々、こちらが気づくと目を逸らす。いや、正確には逸らすというより、見る必要がなくなったように前へ戻す。

可愛げがない。

四歳児とは思えない。

まあ、こちらも五歳児とは思われていないかもしれないが。

放課後。

教師の話が終わり、子どもたちが帰り支度を始める。オビトも荷物をまとめた。今朝のように老人へ捕まっても、今日は時間に余裕がある。影分身は使わずに帰りたい。いや、普通は使わない。

祖母ちゃんには、今日の査定についてどう説明しよう。

全部できました。

教師が引いていました。

カカシに疑われています。

どれも言いたくない。

「オビト」

呼ばれて振り向く。

リンが鞄を持って立っていた。

「一緒に帰ろ」

一瞬、時間が止まった。

え。

一緒に。

帰る。

リンと。

いや、普通だ。同じ方向なら一緒に帰るくらいある。教室で隣の席に座り、昨日名前を呼び合うようになった。誘われても何も不自然ではない。

不自然ではないが。

内心では絶叫していた。

リンから一緒に帰ろうと言われた。

五歳のリンに。

今世のリンに。

落ち着け。

顔に出すな。

絶対に変な顔をするな。

オビトは何とか平静を保ち、荷物を持ち上げた。

「うん、帰ろう」

声は普通だった。

たぶん。

偉い。

今日二度目の快挙である。

「オレも」

短い声が飛んだ。

カカシだった。

いつの間にか近くまで来ている。鞄を持ち、いつもの無愛想な顔で立っていた。

オビトは瞬きをした。

リンも少し驚いた顔をする。

「カカシも一緒に帰る?」

「道、途中まで同じだから」

淡々としている。

それだけ。

別に仲良くなりたいわけではない。

ただ道が同じだから。

顔にはそう書いてある。

だが、カカシが自分から「オレも」と言ったこと自体が意外だった。

昨日、リンだけがオビトを呼び捨てにする形へ割り込んできた。

今日は、一緒に帰る話へ入ってきた。

対抗心なのか。

観察の続きなのか。

単に帰り道が同じなのか。

たぶん全部だ。

「じゃあ、三人で帰ろ」

リンが笑った。

天使。

生意気。

落ちこぼれ。

その三人で帰る。

何だこれ。

前々世の記憶を持つオビトの中で、感情が一気に溢れた。懐かしい。眩しい。くすぐったい。何でもない放課後のはずなのに、胸が妙に詰まる。

そんなつもりはなかった。

初日から呼び捨てになって、二日目に一緒に帰ることになるとは思っていなかった。

いや、考えるな。

先の流れを勝手に組み立てるな。

今はただ、学校から家まで一緒に帰るだけだ。

それだけ。

それだけなのに、内心では頭を抱えて地面を転がり回りたかった。

落ち着け俺。

五十代。

違う。

その年齢概念は廃棄した。

俺は五歳。

うちはの落ちこぼれ。

今朝までは。

「オビト?」

リンに呼ばれ、オビトは我に返った。

「何でもない。行こう」

教室を出る。

リンが隣を歩き、カカシが反対側を少し離れて歩く。三人の足音が廊下に響く。まだ距離は揃っていない。会話も多くない。リンが話し、オビトが返し、カカシが時々短く口を挟む。

それで十分だった。

校門を出たところで、朝助けた老婆がオビトを見つけた。

「あら、オビトくん。今日はありがとうねえ」

まずい。

「いえ、別に」

「分身まで出して、みんなを助けてくれてねえ」

リンが振り向いた。

カカシも振り向いた。

オビトは固まった。

老婆はにこにこしている。

「本当に気が利く、いい子だねえ」

やめて。

今それを言わないで。

リンの目が輝いた。

「分身を使ったの?」

カカシの目が細くなった。

「落ちこぼれなんじゃなかったの」

二回目。

「俺に聞くなよ!」

思わず声が出た。

老婆が楽しそうに笑う。リンも少し笑った。カカシだけは笑わず、じっとこちらを見ていた。

うちはの落ちこぼれ。

その肩書きは、入学二日目にして、かなり危うくなっていた。


〆栞
PREV  |  NEXT
BACK