授業風景

忍者学校へ入ってからというもの、うちはオビトの悩みは一向に減らなかった。

むしろ増えている。

手裏剣。

組手。

忍術。

座学。

何をやっても、それなりにできてしまう。

いや、それなりどころではない。気を抜けば満点。慎重に抑えても上位。わざと失敗しようとすると、今度は動きや視線が不自然になり、カカシの目が刺さる。

何度目か分からない満点の記録を前に、オビトは机へ突っ伏したくなる衝動と戦っていた。

無理。

五歳児、無理。

ほんと無理。

前々世では忍として三十一年を生きた。前世では呪術師として二十一年を過ごした。戦い、学び、教え、報告書を書き、呪術界の面倒な仕組みに揉まれ、特級として各地へ駆り出された。

そんな人間が、入学したばかりの五歳児として振る舞う。

どう考えても無理がある。

さらに、呪力とチャクラの総量が桁違いだった。

学校で教わる初歩の練り方に合わせ、ほんの少しだけ動かしたつもりでも、教師の想定より安定してしまう。術を成立させないよう出力を落とせば、今度は制御だけが妙に精密になる。

力を出せば目立つ。

抑えても目立つ。

どうしろと。

脳内で、白い髪の男が腹を抱えて笑っていた。

『いやあ、さすが最強の教え子。五歳児にもなれないんだ?』

うざっ。

オビトは心の中で五条悟の幻を蹴り飛ばした。

本人が生きていた頃なら、絶対に言う。むしろもっと腹の立つ言い方をする。笑いながら頭を撫で、こちらが怒ればさらに楽しむところまで見える。

前世の師を思い出して懐かしむ場面のはずなのに、最初に出てくる感情が苛立ちなのはどうなんだろう。

まあ、五条先生だしな。

教室の外では、手裏剣の授業が行われていた。

一列に並び、順番に的へ投げる。以前より距離が少し伸びている。教師は命中位置だけでなく、構え、足運び、投げた後の姿勢も見ていた。

ガイの手裏剣が的の外縁へ刺さる。

「よしっ!」

当たったこと自体が嬉しいらしい。拳を握り、全身で喜んでいる。次の一枚は外れたが、落ち込むより先に姿勢を直した。

真っ直ぐだ。

見ているとこちらまで少し元気になる。

アスマは面倒そうな顔をしながら、きちんと的へ当てた。紅も慎重に狙い、中心から少し外れた位置へ刺す。リンは一枚目を外したものの、教師の助言を聞いて二枚目を当てた。

カカシの番になる。

小さな身体が的へ向く。余計な力はない。三枚の手裏剣が続けて飛び、狭い範囲へまとまって刺さった。

周囲から声が上がる。

カカシは振り返らない。

当然の結果だと言わんばかりに列へ戻り、その途中でオビトを見た。

来る。

次は自分だ。

「うちはオビト」

教師に呼ばれ、前へ出る。

手裏剣を持つ。

今日は中心を避ける。

ただし、わざと外したと分かるような投げ方はしない。的の内側、中心から少し離れた場所。それくらいなら十分な成績でありながら、教師を引かせることもない。

一枚目。

中心から指二本ほど外。

いい。

二枚目。

一枚目の少し下。

これもいい。

三枚目。

別の場所へ散らす。

そう思って投げた手裏剣は、最初の二枚の間へ刺さった。

狭い範囲へ三角形を作るように。

やった。

いや、やってない。

何でまとまる。

教師が記録へ何かを書き込んだ。

カカシの視線が飛んでくる。

見るな。

今のは事故だ。

オビトが列へ戻ると、カカシが小さく言った。

「今日は中心じゃないんだ」

「毎回同じところに投げる必要ないだろ」

「三枚とも同じ幅で外れてる」

「細かいな、お前」

「揃える方が難しいんじゃないの」

言わないで。

気づかないで。

可愛げがないにもほどがある。

オビトは答えず、前を向いた。横からなお視線を感じたが、無視する。反応すれば、さらに突かれる。

次は組手だった。

今回は足運びと防御の確認が中心で、相手を倒す必要はない。決められた範囲内で攻撃を避け、受け、体勢を保つ。単純な内容だ。

単純だからこそ難しい。

相手の拳が遅い。

踏み込みも分かりやすい。

身体の軸が傾き、次にどちらへ動くかが全部見える。反射に任せれば、相手が打つ前に制圧できる。もちろん、そんなことはしない。

オビトはぎりぎりまで待った。

拳を受ける。

少し下がる。

次を避ける。

相手の動きに合わせて、五歳児らしい速度へ落とす。

教師の合図で交代するまで、相手を一度も転ばせなかった。

よし。

今度こそ普通。

「うちは」

教師に呼び止められた。

嫌な予感がした。

「今、相手の攻撃を全部受けられたな」

「はい」

「なぜ二撃目だけ避けた?」

オビトは少し考えた。

「受けたら、相手の手首に負担がかかりそうだったので」

教師が黙った。

しまった。

五歳児の回答ではなかったかもしれない。

「……そうか」

記録へまた何かが書かれる。

何を書いた。

見せてくれ。

いや、見たくない。

カカシが離れた位置からこちらを見ていた。その目は、もう単なる好奇心ではなかった。

次の忍術の授業では、チャクラを練る感覚と、印の形を確かめた。

術を成立させるところまでは求められていない。教師が見せた印をまねし、身体の中にある力を意識する。それだけだ。

オビトは周囲へ合わせた。

印を結ぶ。

ゆっくり。

少しぎこちなく。

チャクラは最小限。

呪力は完全に内側へ留める。

これなら大丈夫。

「オビト、指が違うよ」

隣のリンが小声で教えてくれた。

見ると、わざと不慣れに見せようと意識しすぎて、本当に印を一つ間違えていた。

「あ」

「こっち」

リンが自分の手を見せる。

「こう?」

「うん、合ってる」

天使。

ではなく。

ありがたい。

危ないところだった。わざと間違えたのではない。本気で間違えた。普通にしようと考えすぎて、かえって基本を外したらしい。

五歳児になるために、忍術の印まで間違える忍。

何をしているんだ俺は。

脳内五条悟がまた笑っている。

うざい。

授業の後半は、簡単なチャクラ操作の確認だった。

オビトの手元に置かれた葉が、ぴたりと吸いつく。

落ちない。

揺れない。

教師が見ている。

まずい。

少し不安定にする。

そう思って流れを乱したが、葉は一度だけ端を浮かせ、また正しい位置へ戻った。

教師の眉が動く。

ほらー。

また引いてるじゃねぇか。

チャクラの総量が多いだけなら、まだ誤魔化せる。

問題は制御だった。

前々世で忍として生き、前世では呪力を極限まで練り上げてきた。力の種類は違っても、内側にあるものを捉え、動かし、必要な量だけ外へ出す感覚は根深く染みついている。

経験は身を助く。

助けすぎる。

本当に助けすぎる。

午後の座学で、オビトは少しだけ安心していた。

実技ほど身体が勝手に動くことはない。問題が分かっても、答えを書く速度を周囲へ合わせればいい。間違いを混ぜるのも、実技よりは簡単だ。

教師は黒板に簡単な地図を描いた。

川。

森。

小さな集落。

二つの道。

その横に、移動速度や距離を示す数字が書かれていく。

「この地点から出発し、川を避けて集落へ向かう場合、どの道を選べば最も早いか。前へ出て、考え方も書いてもらう」

何人かの子どもが順番に指名された。

最初の子は、目についた近い道を選んだ。

次の子は、川沿いの道がぬかるんでいる可能性に気づいた。

カカシは距離だけでなく、森の中を進む時の速度低下まで考え、短い言葉で答えた。

正解だった。

教師は頷き、少し考えたあと、教室を見渡した。

目が合う。

嫌な予感。

「最後に、うちはオビト」

「え、俺?」

思わず声が出た。

教室の視線が集まる。

オビトは黒板を見た。

待って。

この問題、明らかに高学年向きだよな。

距離だけの計算ではない。地形、移動速度、足場、荷物の有無、合流地点まで考えなければならない。しかも教師は、カカシが出した正答の先を求めるような顔をしている。

試されている。

確実に試されている。

何で。

入学してまだ日も浅い五歳児だぞ。

うちはの落ちこぼれだぞ。

わかるけど。

分かってしまうけど。

え、何。

どういうこと。

「前へ」

逃げられなかった。

オビトは立ち上がり、黒板の前へ向かった。受け取った白墨を握る。教室を振り返ると、リンが応援するように小さく頷いた。ガイは期待に満ちた目を向けている。

カカシだけは、表情を動かさず見ていた。

書きすぎるな。

五歳児。

入学したばかり。

最低限。

そう自分へ言い聞かせ、オビトは白墨を動かした。

まず、カカシが選んだ道へ印をつける。

距離と、森を通過する際の速度低下を書く。

それだけで終わるつもりだった。

だが、黒板に描かれた川の形が目に入る。

上流の幅が狭い。

水量が少ない時期なら、渡れる可能性がある。

さらに、集落までの道には小さな崖があり、荷物を持っている場合は帰路で負担になる。任務対象が負傷者なら使えない。敵の存在を想定するなら、見通しのいい道をそのまま進むのも危険だ。

気づけば、手が動いていた。

複数の条件。

通常時の最短経路。

追跡を避ける場合。

負傷者を伴う場合。

川の水量による経路変更。

森を抜ける前に一度高所から集落周辺を確認する必要。

全部書いた。

最後に白墨を置いてから、オビトは黒板を見上げた。

やっべ。

やった。

完全にやった。

教室が静かだった。

教師が黒板とオビトを交互に見る。

明らかに動揺している。

ですよね。

分かります。

俺も同じ気持ちです。

泣きたい。

「……なぜ、ここで周囲を確認する必要があると思った?」

教師が、高所を示す印を指した。

オビトは答えを選ぼうとした。

五歳児らしい答え。

簡単な答え。

だが、黒板にはすでに完璧な判断を書いてしまっている。ここから急に分からないふりをしても遅い。

「集落の近くまで何も見ないで進むと、待ち伏せがあった時に逃げ道が少なくなるから」

「負傷者がいる場合の経路まで分けたのは?」

「同じ速さでは動けないし、崖を通れないかもしれないから」

「川の水量は」

「季節と前の日の雨で変わるから。地図だけで決めない方がいいと思って」

教師は黙った。

教室も静かなままだった。

オビトは心の中で頭を抱えた。

何で全部答える。

もう少し黙れ。

教師が聞いたからって、律儀に全部返すな。

忍兼特級呪術師、五十七歳。

五歳児として盛大にやらかした。

「席へ戻っていい」

「はい……」

オビトは白墨を置き、席へ戻った。

途中、ガイが小声で言った。

「すごいぞ、オビト!」

やめて。

善意が痛い。

リンは素直に笑っていた。

「分かりやすかったよ」

ありがとう。

でも今は痛い。

席へ座る。

前方のカカシが振り向いた。

目が合う。

何も言わない。

だが、その目だけで十分だった。

おかしい。

そう確信した目だった。

その日の授業が終わるまで、カカシは何度もオビトを見た。

手裏剣をわずかに外した時。

組手で相手の手首を庇った時。

チャクラを不自然に乱そうとした時。

リンへ印を直された時。

黒板の前で、教師の想定を越えた答えを書いた時。

一つだけなら、偶然で済む。

座学が得意な子どもはいる。

手裏剣を家で習った子どももいる。

体術の勘がいい者もいる。

だが、全部が揃う。

しかも、そのたびにオビトは喜ばない。

褒められても得意げにならない。

失敗したような顔をする。

自分が何をしたか分からない顔ではない。どこまで見せたかを気にする顔だ。

落ちこぼれではない。

噂が間違っているだけでもない。

隠している。

カカシの中で、それはもう疑いではなくなっていた。

放課後。

生徒たちが帰った教室で、担当教師は今日の記録をまとめていた。

机には、手裏剣の命中位置、組手での所見、チャクラ操作の安定性、座学の答案が並んでいる。

うちはオビト。

何度見直しても、評価欄の上位に同じ名が並ぶ。

「またか」

同僚の教師が、記録を覗き込んだ。

「ああ」

「前回の査定だけじゃなかったんだな」

「むしろ、抑えようとしているように見える」

「五歳の子どもが?」

担当教師は、黒板の写しを机へ置いた。授業後、消す前に控えたものだ。

「今日の問題に対する解答だ」

同僚の表情が変わる。

「これを、うちはの子が?」

「地形だけではなく、負傷者の有無、天候、待ち伏せまで考えている」

「家で教わったという範囲か?」

「判断の根拠が、知識だけではない」

教師は組手の記録へ目を落とした。

相手の手首への負担を避けた。

攻撃を受けられると分かっていながら、相手を傷めない方を選んだ。

「実際に似た状況を知っているような答え方だった」

「まさか」

「分かっている。五歳だ」

だからこそ、説明がつかない。

記録は再び火影塔へ上げられることになった。

一度の好成績なら、早熟な子どもとして扱える。

だが、授業のたびに結果を積み上げ、教える側の想定を越え続けている。見落とすわけにはいかなかった。

その頃、うちは集落でも、別の形で話が広がり始めていた。

「マヒトさんのところのオビトくん、学校で随分できるらしいねえ」

井戸端で水を汲んでいた女が言った。

「落ちこぼれだと聞いていたけど」

「手裏剣はほとんど外さないそうだよ」

「座学もよくできるって」

「あの子、昔から妙にしっかりしてたじゃないか」

「この前も荷物を持ってくれてねえ」

話す者によって、内容は少しずつ変わる。

忍者学校で満点を取った。

年上の子にも負けない。

影分身を使える。

困っている者をよく助ける。

教師が驚いている。

初めは年配者たちの間で交わされていた話が、やがて若い忍や子どもを持つ家へも届いていく。

集落の中心から外れた家。

祖母と二人で暮らす、マヒトとツムギの息子。

目立った才を聞かず、落ちこぼれと呼ばれていた少年。

その呼び名と実際の姿が、どうも噛み合わない。

噂は、否定されて消えるのではなく、別の噂へ形を変えていった。

隠していたのではないか。

誰かに教わっているのではないか。

本当は、かなりできる子なのではないか。

夕暮れのうちは集落を、囁きが静かに巡る。

その頃、当の本人は何も知らず、帰り道でカカシの視線に耐えていた。

「何だよ」

「別に」

「絶対何かあるだろ」

「オビトこそ」

カカシの声は短い。

目だけが鋭い。

「何を隠してるの」

また来た。

オビトは頭を抱えたくなった。

授業は難しくない。

五歳児が難しい。

そして、四歳のカカシはもっと難しい。

六道仙人の忠告が、今さら身に染みる。

自分の普通は、普通ではない。

分かっていた。

分かっていたはずなのに。

今日も満点を増やしてしまった。


〆栞
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