やらかし継続中

手裏剣術、一位。

忍術、一位。

体術、一位。

座学、一位。

並べられた評価を見た瞬間、うちはオビトは静かに目を閉じた。

待って。

違う。

そうじゃない。

自分が求めていたのは、これではない。

周囲に溶け込み、力を隠し、目立ちすぎない程度に授業を受ける。できないふりをして誰かの足を引っ張る気はないが、教師の想定を片端から飛び越えていくつもりもなかった。

それなのに、結果は見事な一位の列である。

手裏剣は外そうとすれば、かえって狭い範囲へ揃った。

忍術は出力を絞れば、制御の精密さで評価された。

組手は攻めずに守れば、相手へ一切怪我をさせない判断力を褒められた。

座学は間違いを混ぜようとしても、何を間違えるべきか考えているうちに正解を書いていた。

逃げ道がない。

「オビト、全部一番だね」

隣のリンが、素直に感心した声を上げた。

「……そうみたいだな」

返事に力が入らない。

リンは不思議そうに首を傾げた。

「嬉しくないの?」

「嬉しくないわけじゃないんだけど」

嬉しいか嬉しくないかで言えば、褒められるのは悪くない。努力や結果を認められること自体は、素直に受け取っていいものだと思う。

問題は、これが予定していた結果ではないことだった。

「何か困るの?」

「いろいろ」

「いろいろって?」

答えられない。

力を隠したい。

普通の五歳児へ溶け込みたい。

前々世と前世の経験を抱えたまま、何も知らない子どものふりをすることに失敗している。

どれもリンへ言える話ではなかった。

少し離れた席から、視線が刺さる。

カカシだ。

また見ている。

いや、もう隠す気すらないのではないか。頬杖こそついていないが、こちらの様子をまっすぐ観察している。白い髪の下にある目は、相変わらず鋭かった。

オビトが視線を返すと、カカシは短く言った。

「一位になって困るなんて変なの」

「お前にゃ分かんねぇ悩みがあるんだよ」

「一位になりたくないなら、最初から間違えればいい」

簡単に言う。

できるならやっている。

「間違えようとして変になったら、お前がまた見るだろ」

「やっぱり間違えようとしてるんだ」

しまった。

オビトは口を閉じた。

カカシの目がさらに細くなる。

誘導された。

四歳児に。

「今のなし」

「聞いた」

「忘れろ」

「嫌だ」

可愛げがない。

本当に可愛げがない。

リンが二人の顔を見比べ、困ったように笑った。

「でも、わざと間違えるのはよくないと思うよ」

正論が来た。

オビトは肩を落とした。

「はい……」

リンへは強く言い返せない。

カカシが小さく鼻を鳴らした。

「リンに言われたら聞くんだ」

「言い方の問題だよ」

「オレも同じこと言った」

「お前は人を追い詰める言い方すんだよ」

「隠す方が悪い」

また始まりそうになったところで、教師が教室へ入ってきた。

子どもたちが席へ戻る。

オビトも前を向いたが、嫌な予感がした。

教師の手には、普段より多くの紙がある。教卓へ置いた後、すぐには授業を始めず、教室をゆっくりと見渡した。

その視線が、オビトのところで一瞬止まる。

やめて。

何か試そうとしている顔だ。

前回、高学年向けらしい経路選択の問題を黒板へ出され、条件ごとの対応を全部書いてしまった。その後も教師は、時々授業内容より難しい問いを混ぜるようになっている。

それをことごとく正解している自分も悪い。

悪いのだが、教師側もそろそろ諦めてほしい。

今日は基礎的な任務判断を扱う座学だった。

里の外で依頼人を護衛している途中、予定していた道が崩れていた場合、どうするか。

子どもたちがそれぞれ意見を出す。

近くの別の道へ行く。

一度戻る。

高い場所から周囲を見る。

誰かを先に行かせる。

教師は一つずつ拾い、危険や利点を説明した。

ここまでは普通だった。

だが授業の終わりが近づいた頃、教師は黒板の端へ新しい図を描き始めた。

山道。

森。

川。

依頼人の現在地。

味方の人数。

想定される敵の位置。

さらに、天候と時間帯まで書き加えられる。

教室の何人かが、すでに理解を諦めた顔になった。

オビトも別の意味で黒板を見つめた。

待て。

明らかに難しくなっている。

入学したばかりの子どもたちへ出す問題ではない。前回より条件が増えている。正解が一つではなく、何を優先するかによって動きが変わる。

教師は白墨を置いた。

「この状況で、依頼人を守りながら目的地へ向かう方法を考えてもらう」

何人かが順に指名された。

ガイは敵がいるなら正面から突破すると答え、教師から依頼人の安全を先に考えるよう言われた。

アスマは川沿いの道を選び、地形について追加で問われると少し顔をしかめた。

紅は森を迂回する案を出した。

リンは一度安全な場所へ戻って状況を確認すると答えた。

カカシは地図を見つめ、短く答えた。

「依頼人を森の手前で待たせて、二人で先を確認する。敵がいるなら川沿いは使わない。雨で水量が増えてるし、逃げ道が減る」

教師が頷く。

「待たせる場所の安全はどう確保する?」

「一人残す」

「味方は三人だ。偵察へ二人出せば、依頼人を守る者は一人になる」

「近くに罠を張る。戦うんじゃなく、接近を知らせるだけでいい」

四歳児の回答ではない。

いや、カカシも十分おかしい。

こっちだけが目立っているような顔をしているが、お前も大概だからな。

オビトがそう思っていると、教師がこちらを見た。

来た。

「うちはオビト」

「……はい」

指名された。

またか。

「前へ出て、今の答えへ補足しなさい」

補足。

何をどこまで。

オビトは立ち上がった。

教室の前へ向かいながら、必死に考える。

カカシの答えは悪くない。むしろ、この条件で子どもが出すものとしては十分すぎる。そこへ最低限の補足だけを加えればいい。

白墨を受け取る。

黒板へ向く。

味方三人。

依頼人一人。

夕方から雨。

敵の位置は不明。

目的地までは山道を越える必要がある。

最低限。

絶対に書きすぎるな。

オビトはまず、カカシの示した待機地点へ印をつけた。

「この場所は森と崖に挟まれていて、近づける方向が少ない。罠を置くなら、この二か所」

そこまではよかった。

「でも、依頼人を一人と護衛一人で残すなら、逃げ道を先に作っておく。敵が複数だった場合、罠で気づいても、その場へ留まったら囲まれるから」

別の線を引く。

「偵察へ二人行く必要もない。一人は高い位置から道と森を見る。もう一人は依頼人の近くに残って、見張り役からの合図を受ける」

白墨が動く。

「目的地へ急ぐ必要があるなら、川の水量を確認して、渡れる場所を先に探す。ただし、依頼人が荷物を持っているなら川は避ける。足場を取られた時に守れない」

さらに書く。

「敵が追ってくるなら、戦って倒すことより、どの道を使わせないかを決めた方がいい。木を倒すか、崖側へ誘導するか、煙で視界を切る。依頼人の位置は最後まで見せない」

そこで、オビトは一度息をついた。

静かだった。

教室が。

教師も。

子どもたちも。

黒板には、カカシの答えへ補足するどころか、状況別の行動手順がきれいに整理されていた。

教師が教える時より、分かりやすく。

逃走経路。

監視位置。

敵への妨害。

依頼人の状態による変更。

味方が負傷した場合の分岐まで。

ハッとした時には、もう遅かった。

やった。

またやった。

教師より教師みたいな解答を書いてしまった。

五歳児が。

入学して間もない五歳児が。

「……うちは」

教師の声が、少し掠れている。

「はい」

「なぜ、敵を倒すことより道を制限する方を選んだ?」

答えるな。

短く。

子どもらしく。

オビトはそう思った。

「依頼人を守るのが目的だからです。敵を追って離れたら、護衛じゃなくなるし」

完璧に答えた。

馬鹿。

俺の馬鹿。

「味方が負傷した場合まで書いたのは」

「誰も怪我しないとは限らないから」

また答えた。

教師が黙った。

オビトも黙った。

ですよね。

その反応になりますよね。

白墨を置き、席へ戻る。

途中、ガイが尊敬の目で見ていた。リンも感心したように黒板を振り返っている。

カカシだけは、オビトから目を逸らさなかった。

席へ座ると、すぐ前から小さな声が飛んだ。

「どこで覚えたの」

「……いろいろ考えたら、そうなった」

「考えただけで、あそこまで書けるわけない」

「書けたんだから仕方ないだろ」

「仕方なくない」

今日のカカシは、いつもより声が硬かった。

オビトはその理由を測りかねた。

疑っているのは以前からだ。だが、今の目にはそれだけではないものが混ざっている。苛立ち。納得できなさ。負けたくないという意地。

カカシは前を向いた。

小さな背中が、いつもより張って見えた。

授業が終わった後、教室ではオビトの周りに子どもたちが集まった。

「さっきの、どうやって考えたんだ?」

「地図見たら分かるだろ」

「分かんないよ!」

「敵が来たら倒せばいいんじゃないのか?」

ガイが真剣に聞いてくる。

「倒せる相手ならな。でも守る相手がいる時は、そっちから離れすぎない方がいい」

「なるほど!」

素直だ。

あまりに素直なので、教えすぎそうになる。

別の子が黒板の内容を紙へ写しきれなかったらしく、オビトへ見せてきた。

「ここ、何て書いてた?」

「見張る場所。高いところに一人置くって書いた」

「何で高いところ?」

「遠くまで見えるから。あと、煙とか合図も見つけやすい」

答えてから気づく。

また教えている。

しかも自然に。

「オビト、先生みたいだね」

リンが笑った。

「やめてくれ」

本気で答えた。

教師にまでなったら、もう五歳児へ戻る道が完全に消える。

「分かりやすいって意味だよ」

「それでも複雑なんだよ、俺の心が」

「何で?」

「いろいろあるんだよ」

最近こればかりだ。

説明できないことを、全部いろいろで済ませている。

少し離れた場所で、カカシがこちらを見ていた。

質問へ答えるオビト。

分からない子へ紙を見せるオビト。

教師が黒板へ書いた内容より、整理された説明をするオビト。

その目は、もう単に秘密を探るものではなかった。

授業で一位を取るだけなら、気にしなかったかもしれない。

カカシ自身、できることを褒められるのは珍しくない。周囲より早く覚え、正確にこなし、教師から期待を向けられる。それが普通だった。

だが、オビトはその前へいる。

何をしても一位。

それを喜ばない。

むしろ困った顔をする。

出せる力を出して勝っているのではなく、隠しきれずに結果が出ているように見える。

それが、腹立たしかった。

自分は本気で答えた。

地図を見て考え、最善だと思ったものを言った。

オビトはその答えを受けた上で、当然のように先を書いた。

しかも、得意げな顔一つしなかった。

カカシは手元の紙を握った。

悔しい。

その言葉を認めるのは、さらに腹が立った。

家へ戻った後も、機嫌は直らなかった。

はたけ家の食卓で、サクモは向かいに座る息子を静かに見た。

カカシはいつも通り食事をしている。

姿勢も崩れていない。

箸の使い方も変わらない。

だが、口数がいつも以上に少なかった。

「学校で何かあったのかい」

「別に」

即答だった。

サクモは追及せず、汁物へ箸を伸ばした。

しばらく沈黙が続く。

やがてカカシが口を開いた。

「父さん」

「うん」

「五歳で、護衛中の動き方を全部考えられると思う?」

サクモの手が止まった。

「状況によるね」

「地図を見ただけで、待ち伏せと負傷者と逃げ道まで考えた」

誰の話かは聞くまでもなかった。

「オビトくんかい」

カカシの眉が動く。

「何で分かるの」

「最近、カカシが学校の話をする時は、彼のことが多いから」

「多くない」

「そうかな」

サクモは穏やかに言った。

カカシは不満そうに黙り込み、飯を一口食べる。

「今日も一位だった」

「そうか」

「全部」

手裏剣も。

忍術も。

体術も。

座学も。

一つずつ挙げる声は淡々としていたが、そのたびに硬くなる。

「カカシはどうだった?」

「……二位が多かった」

「悔しいのかい」

「別に」

二度目の即答。

今度は少し早すぎた。

サクモは笑わなかった。

「悔しいと思うことは、悪くないよ」

「悔しくない」

「そうか」

「ただ、納得できないだけ」

「何が?」

カカシは少し考えた。

「できるのに、できないふりをするところ」

その答えに、サクモは静かに目を細めた。

「オレが聞いても、何も隠してないって言う。なのに授業では、わざと遅く動いたり、外そうとしたりする。それでも一位になる」

「よく見ているね」

「見れば分かる」

いつもの言葉だった。

けれど今日は、そこに悔しさが混ざっている。

「次は負けない」

カカシが小さく言った。

サクモは一拍置いてから、頷いた。

「うん」

それ以上、諭すことはしなかった。

息子の中で、うちはオビトという名の位置が変わり始めている。噂と実物が噛み合わない、気になる子どもから、自分の前を歩く相手へ。

その変化を、サクモは静かに受け止めた。

同じ頃、忍者学校の職員室では、担当教師が評価表を前に固まっていた。

うちはオビト。

手裏剣術、第一位。

忍術、第一位。

体術、第一位。

座学、第一位。

筆先が紙の上で止まる。

以前の所見には、早熟、理解力が高い、基礎能力が優れていると書いた。

それでは足りない。

書き直す。

極めて優秀。

それでも足りない。

高い判断力を持つ。

五歳児へ使う表現として正しいのか分からない。

実戦的な思考。

なぜ実戦的なのか説明がつかない。

教師は頭を抱えた。

秀才。

天才。

どちらの言葉も近いようで、どこか違う。

教えたことを早く理解するだけではない。教えていないことまで、当然のように組み立てる。正解を出すだけでなく、他の子どもへ分かるように説明する。

そして、結果を出すたびに本人が青ざめる。

「もう、やだ……何なんだ、この子……」

思わず声が漏れた。

隣の教師が同情するように評価表を覗き込む。

「またうちはの子か」

「まただ」

「今回は何をした」

担当教師は、黒板から書き写した解答を差し出した。

同僚はしばらく読み、静かに紙を戻した。

「……火影様へ上げた方がいいな」

「分かっている」

分かっているが、報告書の書き方が分からない。

五歳児が教師の想定以上の解答をした。

それだけなら簡単だ。

問題は、それが何度も続いていることだった。

評価欄の書き直しは、放課後になっても終わらなかった。

一方、うちは集落では、学校から持ち帰られた話が少しずつ広がっていた。

「オビトがまた一番だったそうだ」

「何の話だ?」

「全部だよ。手裏剣も、術も、座学も」

「落ちこぼれではなかったのか」

「誰が言い始めたんだ、そんな話」

以前とは言葉の向きが違う。

集落の端に住む子。

両親を失い、祖母と暮らす子。

目立った教育も受けていない、外れの家の子。

そこへ学校での評価が加わった。

手裏剣を外さない。

術の制御が巧い。

組手では相手を傷つけない。

難しい問題にも答える。

周囲の子どもへ教えるのも上手い。

落ちこぼれという呼び名は、もう事実として語られていなかった。

ただの間違った噂だったのではないか。

幼すぎて、才が見えなかっただけではないか。

マヒトの子なら、不思議ではない。

そんな声が増えていく。

話はやがて、警務部隊にも届いた。

フガクは任務報告へ目を通している最中、部下の何気ない言葉で顔を上げた。

「うちはオビトが?」

「はい。忍者学校で、かなり高い評価を受けているそうです」

フガクは報告書へ視線を戻さなかった。

以前、お使いの途中で会った子どもを思い出す。

ゴーグルを額につけ、買い物包みを抱えていた。

妙に落ち着いていたが、言葉は年相応だった。少なくとも、そう見えた。

マヒトの息子。

その認識が、以前よりはっきりと胸へ浮かぶ。

マヒトは、己の力を誇示する男ではなかった。必要なことを、必要な時に行う。無駄に声を上げず、評価を求めず、任務では確実に働いた。

息子もまた、表へ出していなかっただけなのか。

「誰が教えている」

「特定の者がついているという話はありません。祖母と二人暮らしです」

フガクの目がわずかに細くなる。

「そうか」

短く答え、再び書類へ目を落とす。

それ以上は何も言わなかった。

だが、うちはオビトという名は、もう集落外れに住む遺児としてだけでは収まらなかった。

マヒトの子。

学校で頭角を現し始めた子ども。

そして、これまで何をしていたのか分からない子。

静かに気にかけるだけだったフガクの意識へ、その存在がもう一歩近づいていた。

当のオビトは、その噂の変化をまだ知らない。

翌日の授業で、評価表を返され、四項目すべてに一位の印がついているのを見ていた。

リンは笑っている。

ガイは負けないと燃えている。

カカシは不機嫌そうにこちらを見ている。

教師は疲れた顔をしている。

オビトは紙を両手で持ち、遠い目になった。

「……落ちこぼれって、どこ行ったんだろうな」

「オビトが壊したんでしょ」

カカシが即座に返した。

「壊したかったわけじゃねぇよ」

「なら次はオレが一位になる」

「え」

カカシの目は本気だった。

疑いだけではない。

明確にこちらを追う目だった。

オビトは評価表を見下ろした。

やらかしは、まだ終わらないらしい。


〆栞
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