特別授業の噂

忍者学校へ通い始めてからも、オビトの日々は学校だけでは終わらなかった。

朝は登校途中にお年寄りへ捕まり、帰り道では荷物を持ち、夕方には買い物へ出た先で呪霊を祓う。

片や呪霊。

片やお年寄り。

この落差よ。

オビトは小さな買い物籠を片手に、道端で杖をついた老人の歩調へ合わせていた。

「急がなくていいからな。足元、段差あるぞ」

「すまないねえ、オビトくん」

「これくらい平気だって」

老人を家の前まで送り届ける。受け取った礼は、干した果物が二つ。断ると余計に長引くことはすでに学んでいたため、素直に受け取った。

「祖母ちゃんと食べるよ」

「そうしなさい。いい子だねえ」

頭を撫でられる。

五歳児としては普通の光景だ。

中身を考えなければ。

そこから少し離れた路地では、壁へ張りついた呪霊が、通り過ぎる女の背中へ細い腕を伸ばしていた。

オビトは歩みを止めない。

視線も向けない。

指先にだけ、わずかに呪力を集める。

細い切断が走り、呪霊が黒い塵となって崩れた。女は何も気づかず、野菜の入った籠を抱えて角を曲がっていく。

その直後、反対側から腰の曲がった老婆が現れた。

「あら、オビトくん。ちょうどよかった。悪いけど、この蓋が固くてねえ」

「貸して」

瓶を受け取り、力を入れすぎないよう注意して蓋を開ける。

「はい」

「まあ、力持ちだねえ」

「これくらい普通だって」

呪霊を切った直後に、瓶の蓋を開けている。

特級術師時代にも、これほど振れ幅の大きい仕事を同じ道でこなした覚えはない。

いや、あったかもしれない。

呪霊を祓った直後に迷子を送り届けたり、任務先の老人に茶を飲まされたりしたことはある。思い返せば、前世から似たようなことをしていた。

結局、世界が変わっても自分は自分らしい。

「オビトくん、明日も学校かい?」

「うん」

「偉いねえ。勉強もよくできるって聞いたよ」

噂が広がっている。

最近、どこへ行ってもこれだった。

忍者学校で一番を取っている。

手裏剣も術も上手い。

難しい問題を解いた。

落ちこぼれという話は何だったのか。

学校内だけでなく、うちは集落から里の年配者たちにまで伝わり始めている。誰がどこで話を繋いでいるのかは分からないが、お年寄りの情報網は忍の諜報網に負けていなかった。

「勉強は、まあ」

「謙遜しなくてもいいんだよ」

謙遜ではない。

困っているのだ。

だが、その説明はできない。オビトは曖昧に笑い、老婆へ瓶を返した。

学校へ行けば、今度はカカシの視線が待っている。

「昨日も一位だったね」

休み時間、カカシが机の横で言った。

「知ってる。俺の結果だから」

「嬉しくなさそう」

「毎回同じこと聞くなよ」

「毎回同じ顔してるから」

可愛げがねぇ。

本当に可愛げがない。

カカシは以前より明らかにオビトを意識するようになっていた。授業で何かあれば、すぐにこちらを見る。手裏剣が当たれば投げ方を確認し、術を使えば印とチャクラの流れを見て、座学では答案を書く速度まで拾おうとする。

放っておいてほしい。

だが、四歳のカカシに対して本気でそう言うのも大人げない気がした。中身の年齢は捨てたはずなのに、こういう時だけ戻ってくるから困る。

「カカシ、またオビトのところにいるの?」

リンがやって来た。

「別に」

「話してたじゃん」

「確認してただけ」

「何を?」

カカシが黙る。

リンは少し首を傾げ、それからオビトを見た。

「今日、一緒に帰れる?」

「うん」

「オレも」

カカシが即座に言った。

「まだ何も聞いてないだろ」

「道は同じ」

「便利な言葉だな、それ」

「事実だから」

リンが小さく笑う。

三人で帰ることは、もう珍しくなくなっていた。

距離はまだ完全には近くない。リンは自然に二人の間へ入り、オビトとカカシは言葉を交わせばすぐに刺し合う。それでも、翌日の話をし、授業の感想を言い、途中まで同じ道を歩く。

今世の関係が、少しずつ形になっている。

その教室の外では、教師たちが普段とは違う動きを始めていた。

訓練場の使用予定が細かく組み直される。

授業時間の一部が変更される。

安全確認のため、いつもより多くの忍具が点検される。

教師同士の話も、子どもたちが近づくと途切れた。

「何かあるのかな」

リンが職員室の前を通った時、声を潜めた。

「授業の変更じゃない?」

オビトは軽く答えた。

実際、それ以上のことは分からない。教師の様子が普段より硬いことには気づいていたが、何を準備しているのかまでは見えていなかった。

カカシは閉じた戸を一度見た。

「隠してる」

「お前、人が何かしてたら全部隠してる扱いするのやめろよ」

「オビトも隠してる」

「俺の話に戻すな」

リンがまた笑った。

一方、上の学年では、小さな噂が流れ始めていた。

火影が授業へ来た。

ただ見に来ただけではない。

生徒と一人ずつ組手をした。

普段の授業だと思って訓練場へ出たら、三代目火影が待っていた。

最初は誰かの作り話だと思われた。だが、別の学年でも似た話が出る。話した子どもたちの細部は少しずつ違っていたが、火影が通常授業へ現れたという部分だけは一致していた。

「本当なのか?」

「兄貴が言ってた。急に火影様が来たって」

「組手したのか?」

「勝てるわけないだろ。でも、すぐには倒されなかったって自慢してた」

廊下や校庭の隅で囁かれる。

一年目の教室までは、まだはっきり届いていない。

教師たちも口を閉ざしていた。

はたけ家では、サクモが任務帰りにその話を耳にしていた。

同僚の忍が、子どもの話として何気なく口にしたものだった。

「忍者学校で、火影様が生徒の相手をされているそうですよ」

「火影様が?」

「ええ。上の学年から順に。かなり秘密にしているようですが、子どもの口までは塞げませんからね」

サクモは穏やかに頷いた。

家へ帰ると、カカシは庭で木刀を振っていた。

いつも通りに見える。

だが、一度振るたびに足の位置を確かめ、踏み込みを細かく直している。以前より、動きを繰り返す回数が増えていた。

サクモは縁側へ座り、しばらく息子を見た。

「学校はどうだい」

「普通」

いつもの答えだった。

「オビトくんとは?」

木刀が止まる。

「何でオビトの話になるの」

「最近、よく名前を聞くからね」

「父さんが聞くからでしょ」

「そうだったかな」

カカシは不機嫌そうに木刀を構え直した。

「次は負けない」

小さな声だった。

サクモには聞こえていたが、すぐには返さなかった。

相手を意識し、追いつこうとすること自体は悪くない。だが、焦りが動きを硬くするなら、そこは見なければならない。

火影直々の授業が一年目にも行われるのか、まだ確かな話ではない。

それでもサクモは、カカシの足運びを見ながら静かに言った。

「力を入れすぎているよ」

カカシの眉が寄る。

「入れてない」

「右肩が少し上がっている」

言われて、カカシが構えを直す。

「相手を見ることは大事だ。でも、相手ばかり見ていると、自分の足元を忘れる」

カカシは返事をしなかった。

ただ、次の一振りは少しだけ滑らかになった。

うちは警務部隊にも、忍者学校の噂は届いていた。

休憩中の隊員が、上の学年にいる親族から聞いた話を口にする。

「火影様が学校で生徒と組手をしているらしい」

「視察か?」

「査定に近いそうだ。学年ごとに日を分けているとか」

フガクは書類から目を上げた。

「確かな話か」

「複数の家から同じ話が出ています」

一年目の名簿には、うちはオビトがいる。

学校へ入るまで、才の噂はほとんどなかった子ども。入学後は、手裏剣、術、体術、座学のすべてで高い評価を得ている。

落ちこぼれという古い噂は、すでに誰も口にしなくなっていた。

火影が実際に子どもたちの力を見るのなら、オビトもその前へ立つ可能性がある。

フガクはすぐに何かを命じることはしなかった。

学校の授業へ、一族が余計な手を入れるべきではない。まして、まだ正式に知らされてもいない話である。

それでも、マヒトの息子の姿が脳裏へ浮かぶ。

買い物包みを抱え、煎餅を買いに行くと答えた子ども。

あの時は、落ち着いた幼子にしか見えなかった。

学校の報告が事実なら、見せていなかったものがある。

フガクの指が、机の上でわずかに止まった。

「一年目の日も分かるか」

「いえ。教師たちも口を閉ざしているようです」

「そうか」

短く答え、書類へ視線を戻す。

だが、意識まで戻ったわけではなかった。

その夜、オビトは布団の中で目を開けていた。

祖母ちゃんの寝息が、隣の部屋から微かに聞こえる。

眠れない。

昼間に特別なことがあったわけではない。授業を受け、カカシに絡まれ、リンと一緒に帰り、夕飯を食べた。帰宅途中には呪霊を二体祓い、老人の荷物を一つ運んだ。

通常運転である。

なのに、頭の奥が妙に冴えていた。

身体を動かせば眠れるかな。

オビトは静かに起き上がった。

物音を立てないよう着替え、ゴーグルをつける。祖母ちゃんの部屋から変化がないことを確認し、戸を少しだけ開けた。

夜気が入り込む。

冷たい。

オビトは家を抜け、人気のない場所へ向かった。

祖母ちゃんに知られれば確実に叱られる。

夜に一人で出るな。

危ない場所へ近づくな。

自分で全部どうにかしようとするな。

全部正しい。

だからこそ、見つからないようにする。

そこではない。

そういうことではない。

祖母ちゃんの声が聞こえた気がしたが、今は無視した。

里の外れに近い訓練場は、夜になると人の気配が薄い。周囲を確認し、呪霊もいないことを確かめる。見張りの気配もない。

オビトは中央へ立ち、肩を回した。

術を試すつもりはない。

少し身体を動かすだけだ。

それなら、仮想の相手がいた方がいい。

目を閉じる。

記憶の中から、一人の姿を引き出す。

短い桃色の髪。

しなやかで無駄のない身体。

まっすぐこちらを見る目。

両の拳。

目を開けた時、前方に虎杖悠仁が立っていた。

本物ではない。

六道仙人が作った仮想の場ほど明確でもない。自分の記憶と戦闘感覚から、相手の動きを組み上げる。見慣れた構え、呼吸、足の運び。

虎杖は軽く拳を上げた。

「やろうぜ、オビト」

声まで、やけに懐かしい。

オビトは口元を緩めた。

「手加減しろよ」

「そっちが?」

「五歳児相手だぞ」

「でも中身はオビトじゃん」

正論。

腹が立つ。

もちろん、脳内の虎杖が勝手に喋っているだけだ。つまり自分で自分に正論をぶつけている。余計に腹が立つ。

オビトも拳を上げた。

術はなし。

写輪眼もなし。

呪力とチャクラは、身体強化に使う最低限。

今の小さな身体に合わせる。

「来い」

虎杖が踏み込んだ。

速い。

拳が真っ直ぐに伸びる。

オビトは外へ流し、懐へ入った。脇腹を狙う。虎杖が肘で受ける。互いの腕がぶつかり、重い音が夜の訓練場へ響いた。

次の拳。

避ける。

蹴り。

潜る。

小さい身体は不利ばかりではない。重心が低く、懐へ潜りやすい。だが、手足の長さが足りない。届く距離を見誤れば、こちらの拳が空を切る。

虎杖の拳が肩をかすめた。

その直後。

遅れて、二度目の衝撃が来る。

身体が横へ流される。

「っ!」

逕庭拳。

一度目の打撃に、遅れて呪力が重なる。

分かっていても厄介だ。

いや、自分も使うのだが。

オビトは地面へ手をつき、勢いを殺して立ち直る。

「やっぱ便利だな、それ」

「オビトも使うじゃん」

「勝手に写したから、ちょっと申し訳なくてな」

「今さら?」

また正論。

虎杖が来る。

オビトも踏み込んだ。

拳と拳がぶつかる。

肉体の衝撃。

一拍遅れて、互いの呪力が炸裂する。

二重の衝撃が重なり、空気が震えた。

オビトは笑った。

楽しい。

虎杖との打ち合いは、いつもそうだった。考えていないわけではない。むしろ戦闘中の判断は速い。けれど、最後には真っ直ぐ来る。

小細工だけで終わらない。

迷っても、折れても、拳を握る。

虎杖の右が来る。

オビトは半歩入り、受け流しながら腹へ拳を当てた。

一撃。

遅れて二撃目。

虎杖の身体がわずかに浮く。

だが、倒れない。

逆に肩を掴まれ、膝が上がる。

オビトは身体を捻って外し、腕を払う。小さな足で地面を蹴り、顔の高さまで跳ぶ。

虎杖の頬へ拳を振り抜く。

受けられる。

その腕越しに、遅れて衝撃が走った。

虎杖が笑う。

「いいじゃん」

「だろ?」

息が上がる。

身体が熱い。

眠れない夜の重さが、少しずつ汗へ変わっていく。

拳を交えるたび、前世の記憶が蘇る。

任務帰りの食事。

伏黒の呆れた顔。

釘崎の罵声。

五条先生の軽い声。

血と瓦礫と、どうしようもない夜。

それでも立ち上がった虎杖の背中。

不撓不屈。

折れないのではない。

折れても、また立つ。

その強さを、オビトはよく知っていた。

虎杖の拳が胸元へ迫る。

オビトは避けなかった。

腕を交差して受ける。

一撃目。

遅れて二撃目。

足が土を削る。

そのまま腕を開き、虎杖の懐へ潜り込む。

「今度は俺の番だ」

拳を腹へ打ち込む。

遅れて、呪力が響く。

虎杖が後ろへ下がる。

一歩。

二歩。

それでも倒れず、また構える。

オビトも拳を上げた。

二人は同時に踏み込んだ。

拳が交差する。

衝撃が弾けた。

そこで仮想の虎杖が揺らぎ、夜気へ溶けた。

静けさが戻る。

オビトはその場に立ったまま、肩で息をした。

汗が額を伝い、ゴーグルの縁へ溜まる。腕が少し痺れている。胸の奥のざわつきは、さっきより薄くなっていた。

「……やっぱ強ぇな、虎杖」

誰もいない訓練場へ呟く。

返事はない。

当たり前だ。

それでも、少し笑えた。

身体を動かせば眠れるかもしれない。

その目的は達成できそうだった。

問題は、帰る途中で呪霊を見つけた時に放っておけるかどうかである。

たぶん無理。

夜間祓除散歩が始まる予感しかしない。

オビトは頭を掻き、帰る方向へ足を向けた。

片や呪霊。

片やお年寄り。

その間で忍者学校へ通い、夜には虎杖と拳を交える。

五歳児の生活ではない。

けれど、今の自分の日々だった。

その頃、忍者学校の鍵のかかった引き出しには、一年目の特別授業の日程が収められていた。

子どもたちはまだ知らない。

オビトも知らない。

ただ、火影と向かい合う日は、静かに近づいていた。


〆栞
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