火影の目

特別授業が終わったあとも、演習場にはしばらく張りつめた空気が残っていた。

子どもたちは教師に促され、少しずつ列を整えていく。先ほどまで歓声や驚きの声を上げていた者たちも、今は妙に静かだった。

その中心で、猿飛ヒルゼンは二人の少年を見ていた。

一人は、はたけカカシ。

もう一人は、うちはオビト。

カカシは組手を終えたあとも、ほとんど表情を変えなかった。息を整え、土のついた服を払い、列へ戻る。年齢を考えれば十分以上に見事な立ち居振る舞いだった。

相手の力を正面から受けない。

わずかな動きから次を読み、先に有利な位置を取ろうとする。

無駄を嫌い、最短の手を選ぶ。

身体はまだ幼く、歩幅も体重も足りない。それでも、技術と判断で補おうとしている。教えられたことをなぞるだけではなく、自分で考え、修正する力がある。

白い牙の息子。

そう呼ばれるにふさわしい才だった。

ただし、先を見ようとする意識が強すぎる。

相手の次を読もうとするあまり、自分が想定した流れへ囚われる瞬間がある。失敗を嫌い、外すことを恐れ、正しさを急ぐ。

まだ四歳だ。

それを欠点と決めるには早すぎる。

正しく導けば、いくらでも変わる。

ヒルゼンはそう見た。

そして、オビト。

こちらは、書面から受けた印象よりはるかに厄介だった。

最初、少年は明らかに周囲へ合わせていた。

先に組手を終えた生徒たちの速度。

踏み込み。

攻撃の角度。

見せる工夫の程度。

それらを基準にし、自分もその範囲へ収まろうとしていた。

下手に見せようとしていたわけではない。

できる範囲を狭め、忍者学校へ入ったばかりの生徒として振る舞おうとしていた。

だが、動きを抑えても、根にあるものまでは消せていなかった。

間合いの取り方。

重心の置き方。

触れた瞬間に力の向きを変える判断。

こちらが出す誘いへの反応。

攻撃を避けるか、受けるか、その一瞬の選択。

どれも、五歳の子どもが持つものではない。

ヒルゼンが少しずつ速度を上げると、オビトも変わった。

初めはまだ、自分を抑えようとしていた。

やがて、それよりもこちらの一手を読み、次へ届くことを優先し始めた。

そして最後には、隠すことそのものを忘れていた。

足裏へ集めたチャクラ。

一歩で間合いを潰す加速。

低い重心を利用した潜り込み。

一撃を受けられる危険があっても、こちらの懐へ入れるなら退かない判断。

攻撃を完全に避けるのではなく、掠める距離を選ぶ。

打撃を一度で終わらせず、遅れて二度目の衝撃を重ねる。

何より。

危険が増すほど、少年の思考は澄んでいた。

呼吸は乱れても、判断は乱れない。

痛みを受けても、退路を探すより次の一手を組み立てる。

口元には笑みが浮かんでいた。

無邪気に遊ぶ子どもの笑顔ではない。

強い相手との極限の駆け引きに昂り、その中でこそ自分を解放する者の顔だった。

あの子は戦いを知っている。

技ではない。

危険の中で、何を捨て、何を取るべきかを知っている。

その事実だけが、どうしても説明できなかった。

ヒルゼンは傍らの教師へ顔を向けた。

「はたけカカシは、評に違わぬ」

教師が姿勢を正す。

「はい。入学時点から、どの分野でも高い成績を示しています」

「理解が早い。己で考える力もある。ただ、正解を急ぎすぎるところがあるのう」

教師は少し考え、頷いた。

「失敗を嫌う傾向はあります」

「失敗せぬよう学ぶことは大切じゃ。されど、失敗からしか得られぬものもある。あの子には、正しさ以外を許せる場が要る」

「承知しました」

ヒルゼンは次に、少し離れたところでリンと話しているオビトへ目を向けた。

先ほどまでの笑みは、もうない。

肩を気にしながら、何でもないように振る舞っている。リンに怪我を心配され、平気だと答え、ガイから大声で称賛されて困った顔をしていた。

戦いが終われば、また年相応に見える。

少なくとも、そう見せようとしている。

「あの子は」

ヒルゼンが言葉を切る。

教師も同じ方角を見た。

「これまでの評価を、改めねばならぬな」

教師の顔が強張った。

「やはり、そうでしょうか」

「技量だけではない。あれは、今の授業の枠で測れるものではない」

「私も、そう感じました」

「ただし、急いで決めつけてはならぬ」

ヒルゼンは静かに続けた。

「強いから先へ出せばよい、という話ではない。何を考え、何のために力を使うのか。そこを見ねばならぬ」

教師は頷いた。

ヒルゼンは、演習場の端へ視線を巡らせた。

子どもたちが並び直し、教室へ戻る準備をしている。オビトもその中に混ざっていた。

だが、先ほどまでの組手を見たあとでは、同じ場所へ戻しただけで済むとは思えなかった。

あの子には、ここは窮屈であろうな。

教える内容が易しすぎるというだけではない。

見せるものを抑え、考えを隠し、自分を小さく畳み続けなければならない。

それは、いずれ歪みになる。

「うちはオビトは、後ほど火影塔へ」

ヒルゼンが告げると、教師はわずかに目を見開いた。

「本日ですか」

「うむ。本人と話がしたい」

「祖母君には」

「先に帰宅の連絡を入れよう。長くは拘束せぬ」

ヒルゼンは再びオビトを見た。

実力だけなら、すでに十分すぎるほど見えた。

だが、それだけで扱いを決めるわけにはいかない。

知るべきは、少年の中身だった。

何を守ろうとしているのか。

なぜ危険へ踏み込むのか。

力を持つことを、どう捉えているのか。

その答えによっては、強さそのものが危うさへ変わる。

演習場を離れる前、ヒルゼンはオビトを呼び止めた。

「うちはオビト」

「はい」

少年の肩が、わずかに強張る。

「授業のあと、わしと火影塔へ来てもらいたい」

「……俺だけですか?」

「そうじゃ」

顔には出していない。

だが、内心で何かを諦めたような気配があった。

やはり、やりすぎたと思っているのだろう。

「分かりました」

返事は素直だった。

その日の午後。

オビトは火影塔の執務室へ通された。

室内にはヒルゼン一人しかいなかった。

護衛も、教師もいない。

机の上には、忍者学校から上げられた書類が何枚か置かれている。自分の名が記された評価表も見えた。

嫌な予感しかしない。

オビトは机の前で足を止めた。

「失礼します」

「来たか。そこへ座るとよい」

示された椅子へ腰を下ろす。

五歳の身体には少し大きい。足が床へ届かず、わずかに浮いた。

この状況だけなら子どもらしい。

今日の組手を見られたあとでは、何の慰めにもならないが。

ヒルゼンはすぐに問い詰めなかった。

湯呑みに茶を注ぎ、オビトの前へ置く。

「飲めるかの」

「はい」

「熱いから気をつけるのじゃぞ」

「分かってます」

妙に普通のやり取りだった。

そのせいで、かえって落ち着かない。

オビトは湯呑みへ手を添えた。まだ熱い。口はつけず、膝の上へ戻す。

ヒルゼンは評価表へ一度目を落とし、それから少年を見た。

「お主については、忍者学校とも話をせねばならぬ」

オビトは目を瞬いた。

「俺のことで?」

「今日の組手を見た以上、これまでと同じように扱うわけにはいかぬのでな」

来た。

オビトは背筋を正した。

やり過ぎたことへの注意だろうか。

授業の場で、火影を相手に本気になりすぎた。周囲の生徒や教師を驚かせ、演習場にも多少の負担をかけた。

処分まではいかないにしても、厳しく言われる可能性はある。

あるいは、学校内での監視が増えるか。

今後は授業で力を抑えるよう、具体的に指示されるかもしれない。

「すみません」

先に謝ると、ヒルゼンの眉がわずかに上がった。

「何について謝っておる?」

「……組手で、やり過ぎたことです」

「やり過ぎた自覚はあるのじゃな」

「あります」

今さら否定しても無意味だ。

「途中から、五歳児らしくするの忘れました」

口に出してから、まずかったかと思った。

ヒルゼンの目が細くなる。

「やはり、普段は寄せておるのか」

しまった。

自分で認めた。

オビトは湯呑みを見た。

茶の表面が静かに揺れている。

「……なるべく、周りに合わせようとはしてます」

「なぜじゃ」

「目立つから」

「目立ちたくないのか」

「面倒になるので」

正直に答えすぎた。

だが、ヒルゼンは咎めなかった。

「今日、わしが少しずつ動きを変えたことには気づいておったな」

「はい」

「お主の反応を見ていた」

「それも、途中で」

「それでも応じた」

オビトは少し黙った。

「……楽しくなったので」

ヒルゼンの口元に、ごく薄い笑みが浮かんだ。

「正直でよろしい」

怒られなかった。

それが逆に怖い。

ヒルゼンは机の上で両手を組んだ。

「無理に隠さずとも良い。本来のお主と話がしたい」

その言葉に、オビトはゆっくり顔を上げた。

見抜かれている。

学校での受け答え。

授業中の振る舞い。

五歳児へ寄せた言葉の選び方。

全部ではない。

前々世も、前世も、知られてはいない。

だが、少なくとも目の前の老人は、自分が年齢相応の子どもとして作った表面だけを見ていない。

だからといって、過去を話すつもりはなかった。

話せない。

話す必要もない。

今ここで問われているのは、自分が何者だったかではなく、今の自分が何を考えているかだ。

オビトは湯呑みを机へ戻した。

「何を聞きたいんですか」

声から、少しだけ幼い調子を抜いた。

ヒルゼンはその変化を見逃さなかった。

「今日の組手で、お主は攻撃を避けきらず、あえて懐へ入った」

「はい」

「受ければ痛むと分かっておったはずじゃ」

「分かってました」

「なぜ退かなかった」

オビトは答える前に少し考えた。

飾る必要はない。

「退いたら、届かなかったからです」

「一撃を受けてでも、か」

「受けて終わるなら駄目です。でも、その先へ行けるなら選びます」

ヒルゼンの目が静かになる。

「己の身を軽く見ておるのではないか」

「軽くは見てません」

答えはすぐに出た。

「命を懸けることと、投げ捨てることは違うので」

「どう違う」

「戻るつもりがあるかどうかです」

オビトは自分の手を見た。

小さい。

五歳の手。

それでも、掴めるものはある。

「死んでもいいと思って入るのと、生きて戻るために必要な危険を取るのは違います」

「今日のお主は、随分と危うく見えたがの」

「火影様なら、殺されないと思ってました」

ヒルゼンの眉が動いた。

「信用されておったか」

「子どもの授業で殺す火影なら、里が先に終わってます」

一瞬。

室内へ妙な沈黙が落ちた。

ヒルゼンが低く笑う。

「違いない」

少しだけ空気が和らいだ。

だが、問いは終わらない。

「人へ手を貸すことが多いそうじゃな」

「そうですか?」

「登校中に老人を助け、学校でも同級生を支え、分からぬ者へ教えておる」

どこからそこまで。

お年寄りの情報網か。

学校の報告か。

たぶん両方だ。

「見てたら、放っておけないだけです」

「感謝されたいからか」

「違います」

「良い子と思われたい?」

「それも別に」

オビトは少し眉を寄せた。

「俺がそうしたいからです」

ヒルゼンは黙って続きを待つ。

「全員を助けられるとは思ってません。無理なものは無理だし、届かないこともある。でも、手が届くのに見捨てたら、たぶん俺が後悔する」

「己のためか」

「そうです」

オビトは頷いた。

「助けた相手が感謝するかどうかは、その人の勝手です。俺は、俺が見捨てたくないから手を出す」

「嫌われても?」

「必要なら」

「助けを拒まれても?」

「無理やりはしません。でも、死にそうなら別です」

ヒルゼンの目に、わずかな光が宿る。

子ども向けに整えた善い答えではない。

人を助けるべきだから助ける、とも言わない。

正義だからでも、褒められるからでもない。

自分がそうしたい。

その選択を、自分で引き受ける。

組手で見せた姿と同じだった。

オビトは危険へ踏み込む時、誰かに命じられていない。

自分で選び、自分で入る。

「強い者は、何をすべきだと思う」

ヒルゼンが問う。

オビトは少し視線を落とした。

「前に立つべき時があります」

「常にか」

「ずっとじゃないです。何でも一人でやるのは違う。でも、誰かを前へ出さないといけない時、自分だけ安全なところにいて、戦えとは言いたくない」

「お主が立つと?」

「立てるなら」

「怖くはないか」

「怖いです」

答えは早かった。

「怖くても、やる時はやります」

「なぜそこまで背負う」

「俺が選んだからです」

言葉は短い。

だが、ヒルゼンには十分だった。

組手で見せた踏み込み。

受ければ痛む攻撃を、自分の間合いへ入るために選んだ判断。

危険が増すほど澄んでいった目。

あれは無謀ではない。

死を求める者の動きでもない。

危険を理解した上で、自分が前へ出ることを選ぶ者の動きだった。

まだ幼い。

あまりにも幼い。

それでも、言葉と行動が一致している。

ヒルゼンはしばらく少年を見たあと、別の問いを投げた。

「お主の夢は何じゃ」

オビトの目が、わずかに変わった。

この問いには、迷いがなかった。

「火影です」

「なぜなりたい」

「守るために前へ立つ役目だと思ってるから」

「里の上に立つ者とは思わぬか」

「上にいるだけじゃ、意味ないです」

オビトは机の端へ目を落とし、言葉を選んだ。

「火影は、偉い人ってだけじゃない。誰かに責任を押しつけないで、自分で引き受ける人だと思います」

ヒルゼンは黙って聞く。

「里の中で目立つ人だけじゃなくて、端にいる人も、こぼれた人も、ちゃんと木ノ葉だって拾う人」

「こぼれた者を?」

「はい」

「なぜ、そこまで」

オビトは少しだけ笑った。

「俺の家、集落の端なので」

答えは軽かった。

だが、それだけではないとヒルゼンには分かった。

「表にいる人だけ見てたら、里じゃないと思うんです。見えにくいところにいる人も、うまく馴染めない人も、全部まとめて木ノ葉だって言える方がいい」

「それを、お主がするのか」

「できるとは言い切れません」

オビトは正直に答えた。

「でも、そういう火影になりたいです」

断言はしない。

己なら必ずできる、とも言わない。

それでも、目を逸らさない。

憧れを語るだけの目ではなかった。

その役目が重いと分かった上で、なお望んでいる。

ヒルゼンは椅子の背へゆっくり身体を預けた。

実力。

判断力。

覚悟。

思想。

責任感。

今日の組手だけでは見えなかったものが、ようやく繋がり始める。

危険へ入る理由。

人へ手を伸ばす理由。

力を使う先。

そのどれも、口先だけではない。

少年はすでに行動している。

学校で。

道端で。

組手の中で。

ただ強いだけの子どもではない。

そして、今の忍者学校へ置き続けるだけでは、その力も考えも持て余す。

ヒルゼンは机の上に置かれた評価表へ手を伸ばした。

「うちはオビト」

「はい」

「今日の組手と、これまでの成績。そして今の話を合わせて考えた」

オビトの背筋が、わずかに伸びる。

「お主は、忍者学校の卒業相当と認める」

一瞬。

言葉の意味が入ってこなかった。

「……え」

「正式な手続きは、忍者学校と火影側で進める」

「ちょっと待ってください」

オビトが思わず身を乗り出した。

「卒業?」

「そうじゃ」

「俺、入学したばっかりなんですけど」

「知っておる」

「まだ一週間ちょっとですよね?」

「日数ではなく、身につけたものを見る」

さらりと言われた。

オビトは固まった。

火影室。

五歳。

入学して間もない。

卒業相当。

話が飛びすぎている。

やり過ぎた。

そうは思っていた。

注意される。

監視される。

授業内容を変えられる。

その辺りまでは予想した。

卒業は予想していない。

「いや、でも」

「不満かの」

「不満というか、早くないですか?」

「早い」

ヒルゼンはあっさり認めた。

「じゃあ」

「されど、お主を今までと同じ形で教室へ置く方が不自然じゃ」

オビトは言葉に詰まった。

否定できない。

授業ではすでに、何をしても教師を困らせている。

黒板へ出れば教師以上に解答を書く。

実技では抑えても一位。

組手では火影相手に楽しくなって五歳児を捨てた。

自業自得である。

「卒業後は、下忍として扱う方針じゃ」

さらに来た。

オビトは目を見開く。

「下忍」

「うむ」

「すぐ任務に?」

「そこは別に判断する。登録したからといって、明日から危険な任務へ放り込むわけではない」

ヒルゼンの声は穏やかだった。

「お主の年齢も考える。班編成、指導役、任務の種類も含めて、火影側で慎重に決める」

「……拒否権は」

「理由を聞こう」

「普通の学校生活が」

言いかけて、止まる。

普通。

この一週間、散々失敗した言葉だった。

ヒルゼンの目が、少しだけ笑った。

「お主にとって、今の授業は普通であったかの」

「……努力はしてました」

「それは見れば分かる」

「見抜かないでくださいよ」

「火影なのでな」

強い。

何を言っても返される。

オビトは椅子へ沈み込んだ。

足は相変わらず床へ届いていない。

この姿だけ見れば、卒業を告げられる子どもには見えない。

だが、ヒルゼンの判断は変わらないようだった。

「明日か、遅くとも明後日には正式な通知を出す」

「祖母ちゃんにも?」

「当然、説明する」

そこが最大の難関ではないか。

祖母ちゃんは喜ぶだろうか。

心配するだろうか。

たぶん両方だ。

そして、卒業した瞬間から安全確認項目が三倍くらい増える。

帰宅時間。

任務先。

同行者。

食事。

怪我。

知らない人についていくな。

火影の命令でも内容を確認しろ。

そこまで言いそうだ。

オビトは額を押さえたくなった。

「大丈夫かの」

「ちょっと人生が急に動いたので」

「五歳で言う台詞ではないな」

「今日それ言います?」

ヒルゼンが笑う。

先ほど演習場で見せたものとは違う、穏やかな笑みだった。

「最後に一つだけ」

ヒルゼンの声が、少し静かになる。

「お主は、己の命を大切にせよ」

オビトは顔を上げた。

「命を懸けることと、投げ捨てることは違う。そう言ったな」

「はい」

「ならば、その違いを忘れるな。前へ立つ者ほど、自分が倒れたあとのことまで考えねばならぬ」

すぐには答えなかった。

その言葉は、軽く受け取れるものではなかった。

オビトはやがて、小さく頷いた。

「分かりました」

「本当にかの」

「努力します」

「そこは断言せぬのじゃな」

「絶対って言うと嘘になるので」

ヒルゼンはしばらく少年を見つめ、それから静かに頷いた。

「それでよい」

対話は終わった。

オビトは椅子から降り、火影へ一礼する。

戸へ向かう途中で、もう一度振り返った。

「火影様」

「何じゃ」

「本当に、卒業なんですか」

「本当じゃ」

「取り消しは」

「今のところない」

「ですよね……」

肩を落とし、戸を開ける。

その小さな背中が部屋を出ていったあと、ヒルゼンはしばらく閉じた戸を見ていた。

五歳の子ども。

されど、ただの子どもとして扱えば、その内にあるものを見失う。

強さだけではない。

危うさだけでもない。

誰かへ手を伸ばそうとする意志。

自分が前へ立とうとする覚悟。

里の端まで木ノ葉として拾おうとする夢。

それらを、正しく育てなければならない。

ヒルゼンは机上の書類を引き寄せ、卒業認定に必要な手続きへ目を通し始めた。

翌日か、翌々日。

忍者学校へ正式な通知が届く。

うちはの落ちこぼれと呼ばれた少年は、入学からわずかな日数で、その教室を離れることになる。

本人だけが、まだまったく心の準備をできていなかった。


〆栞
PREV  |  NEXT
BACK