うちは一族
火影が家を訪れる。
その一報を受けた時、オビトが最初に思ったのは、祖母ちゃんが驚くだろうということだった。
次に思ったのは、卒業と下忍登録の説明だけなら、火影塔の事務方か忍者学校の教師が来るのではないか、ということ。
そして実際に戸を開けたところで。
「突然すまぬな、オビト」
猿飛ヒルゼンが立っていた。
単身ではない。
その半歩後ろには、中忍の装束を着た事務官らしい男が控えている。両腕には書類箱が抱えられ、卒業認定書、下忍登録に必要な用紙、任務規定、保護者への説明資料と思われる紙束が、隙間なく詰め込まれていた。
正式訪問。
どう見ても、その類いだった。
「火影様」
オビトが目を瞬くと、ヒルゼンは穏やかに頷いた。
「祖母御はおられるかの」
「いますけど……」
何となく嫌な予感がした。
自分にではない。
火影の方に。
居間へ通されたヒルゼンと事務官は、祖母の前へ座った。
祖母ちゃんは火影が来たからといって、必要以上に畏まることはなかった。茶を出し、オビトを自分の隣へ座らせ、向かいにいるヒルゼンへ静かに目を向ける。
事務官は少し離れた場所へ座り、書類箱を開いた。筆記具を取り出し、白紙の記録用紙を膝元へ置く。
その姿を見て、オビトは背筋を伸ばした。
本当に正式な話らしい。
「本日は、オビトの忍者学校卒業認定と、下忍登録について説明に参った」
ヒルゼンが切り出す。
「忍者学校での成績、先日の実技、本人との対話を踏まえ、卒業相当と判断した。正式な手続きが済み次第、下忍として登録する方針じゃ」
祖母ちゃんは、まずオビトを見た。
驚きはある。
誇らしさも、きっとある。
だが、それをそのまま表へは出さなかった。
「そうですか」
短く答え、再びヒルゼンへ向く。
「それで、下忍になったあとは、どのような任務へ出るのでしょう」
いきなり本題へ入った。
ヒルゼンもそれを予想していたらしく、落ち着いた声で答える。
「当面は里内、もしくは里の近隣で行う低危険度の任務を中心に考えておる。年齢と経験を踏まえ、いきなり危険な任務へ出すことはせぬ」
事務官の筆が走る。
祖母ちゃんは頷かなかった。
「低危険度とは、具体的には」
一段深く来た。
「荷運び、清掃、農作業の補助、捜し物、簡単な護衛などじゃ」
「簡単な護衛とは?」
「里内、あるいは里の近くで、危険が想定されにくいものを指す」
「想定されにくいだけで、危険がないわけではありませんね」
ヒルゼンが一拍置く。
「そうじゃ」
誤魔化さなかった。
事務官の筆が止まらない。
「任務中の指揮は、誰が執るのでしょう」
「配属による。上忍、あるいは中忍が指揮を執る班へ入れる予定じゃ」
「予定、ということは、まだ決まっていない?」
「最終調整中じゃ」
「決まる前に下忍へするのですか」
祖母ちゃんの声は穏やかだった。
だが、質問に逃げ道がない。
ヒルゼンの額に、薄く汗が浮かんだ。
「登録と配属は別の手続きとなる。されど、指導役が定まらぬまま単独で任務へ放り出すことはせぬ」
「単独では出さない、と」
「うむ」
事務官が書き留める。
祖母ちゃんは次へ進んだ。
「任務へ出た日は、帰還予定を家へ知らせていただけますか」
「可能な限り、事前に知らせる」
「可能な限り、では困ります」
即座だった。
「五歳です。朝に出て、夕方までに戻るのか。日を跨ぐのか。予定が変わったのか。何も分からないまま待たせるおつもりですか」
「いや、そのようなことはせぬ」
ヒルゼンは姿勢を少し正した。
「任務ごとに、予定と指揮官を明確にする。帰還予定を過ぎた場合は、班側から火影塔へ報告させる。その後、家へ連絡を入れる」
「どの程度遅れた時点で?」
また細部へ入った。
事務官の筆が、一瞬だけ止まった。
すぐに再開する。
ヒルゼンは考えた。
「任務内容による。里内任務なら半刻、里外なら定めた報告時刻を過ぎた段階で確認を始める」
「確認とは、ただ待つのですか。それとも探すのですか」
「まず指揮官や近隣の連絡所へ照会する。異常が疑われれば捜索へ移る」
「誰の判断で?」
「火影塔の任務管理担当。重大な場合は、わしが判断する」
祖母ちゃんはそこで一度だけ頷いた。
オビトは横で、二人のやり取りを見ていた。
自分の卒業説明だったはずだ。
なのに、だんだん火影が事情聴取を受けているように見えてきた。
事務官は表情を変えない。
ただし、最初に用意した記録用紙の一枚目は、もうほとんど埋まっていた。
記録事項、多いな。
たぶん内心ではそう思っている。
「負傷した場合は」
祖母ちゃんの問いが続く。
「誰が、どの段階で、家へ知らせるのでしょう」
「軽傷なら帰還後に説明となる場合もある。治療が必要な負傷なら、医療担当から火影塔へ報告が上がり、そこから家へ知らせる」
「軽傷の基準は?」
「任務続行に支障がなく、医療施設での処置を必要としない程度」
「本人が大丈夫だと言えば、傷があっても軽傷になるのですか」
ヒルゼンの視線が、オビトへ向いた。
オビトはそっと目を逸らした。
祖母ちゃんもこちらを見る。
「この子は、平気な顔をします」
知っている。
非常によく知っている。
「痛くても、疲れていても、自分で動けるなら大丈夫と言います」
ヒルゼンが咳払いをした。
「本人の申告だけでは判断せぬ。指揮官が状態を確認し、必要なら医療忍へ診せる」
「必要かどうかを、その指揮官が軽く見た場合は?」
また逃げ道が消える。
ヒルゼンの額の汗が増えた。
事務官は二枚目の記録用紙を出した。
オビトは少しだけ火影へ同情した。
祖母ちゃんは強い。
忍術を使うわけではない。
声を荒らげるわけでもない。
ただ、一つずつ現実を突きつけ、曖昧な部分を許さない。
「監督責任は、誰が負うのです」
祖母ちゃんが問う。
「任務中は指揮官じゃ」
「その指揮官を選ぶのは?」
「火影塔じゃ」
「任務を選ぶのは?」
「最終的には、わしじゃ」
「では、五歳の孫を任務へ出す責任は、火影様がお持ちになると」
部屋が静かになる。
ヒルゼンは祖母ちゃんの目を見返した。
押されてはいる。
だが、ここで逃げることはしなかった。
「そうじゃ」
声ははっきりしていた。
「最終的な任務選定と監督責任は、火影であるわしが負う」
事務官の筆が、力強く一行を書き加えた。
祖母ちゃんはしばらく黙っていた。
「必ず無傷で帰すと、約束できますか」
オビトがわずかに顔を上げる。
それは、答えにくい問いだった。
ヒルゼンも分かっている。
「できぬ」
静かな返答だった。
祖母ちゃんの表情は変わらない。
「危険な任務には、一切出さないと」
「それも約束できぬ」
「常に予定どおり帰還させると」
「約束できぬ」
空気が張る。
事務官の筆だけが、小さな音を立てていた。
ヒルゼンは続ける。
「忍として登録する以上、任務には危険が伴う。どれほど低い危険と見積もっても、必ず無事とは言い切れぬ。予定が狂うこともある。敵に遭遇する可能性も、事故が起きる可能性も消せぬ」
祖母ちゃんは黙って聞いている。
「守れぬ約束をして、安心させることはせぬ」
ヒルゼンの声に、火影としての硬さが戻っていた。
「その代わり、年齢、経験、能力を踏まえて任務を選ぶ。任務ごとに指揮を執る者を明確にする。単独で放り出さぬ。負傷や遅延があれば、定めた系統から家へ知らせる」
そして、もう一度。
「その判断と責任は、わしが負う」
祖母ちゃんは長く息を吐いた。
反対ではない。
オビトにも、それは分かった。
忍になるなとは言わない。
任務へ出るなとも言わない。
オビトが選んだ道を、祖母ちゃんは奪おうとしていない。
ただ、その選択を都合よく利用されることだけは許さないのだ。
「三つ、お願いします」
祖母ちゃんが言った。
「聞こう」
「五歳だからと、軽く扱わないこと」
ヒルゼンが頷く。
「強いからと、便利に使わないこと」
二度目の頷き。
「本人が平気そうにしているからと、無理を見過ごさないこと」
三度目。
今度は、少し重い。
「当然の要求じゃ」
ヒルゼンが答えた。
「忘れぬ」
祖母ちゃんはそこで初めて、わずかに肩の力を抜いた。
話は終わった。
いや、事務官の記録を見る限り、当初の予定よりかなり増えている。
用意された説明資料の余白にも、補足が書き込まれていた。
火影塔へ戻れば、清書と共有が必要になるだろう。
大変そうだ。
オビトは静かに座りながら、自分より火影の方が疲れているように見えた。
事務官は最後まで無言だった。
書類をまとめ、追加された確認事項を順に揃え、箱へ戻す。
その表情は一切崩れない。
ただ、箱の中の紙は来た時より明らかに増えていた。
ヒルゼンが立ち上がる。
「正式な通知は、忍者学校からも届く。配属については、決まり次第改めて説明する」
祖母ちゃんも立った。
「承知しました」
「オビト」
呼ばれ、オビトは顔を上げる。
「祖母御に心配をかけぬようにな」
「はい」
反射的に答えた。
祖母ちゃんの視線が刺さる。
「なるべく」
言い直す。
ヒルゼンが小さく笑った。
それから事務官を伴い、家を出ていく。
戸が閉まったあと、居間に静けさが戻った。
オビトはしばらく座ったまま動かなかった。
「祖母ちゃん」
「何だい」
「火影様、だいぶ汗かいてたな」
「説明を求めただけだよ」
「事情聴取に見えたけど」
「五歳の孫を任務へ出すんだ。あれくらい当然だよ」
正論だった。
反論できない。
祖母ちゃんは卓上の茶を片づけながら、ちらりとオビトを見る。
「それから」
「はい」
「平気だからと黙るんじゃないよ」
「……はい」
逃げられなかった。
家を出たヒルゼンと事務官は、火影塔へ戻る道を歩いていた。
しばらく、どちらも口を開かなかった。
やがてヒルゼンが額の汗を拭う。
「記録は取れたか」
「はい」
事務官は即答した。
「当初の予定より、確認事項が三十二項目増えました」
「三十二」
「補足を含めると四十一です」
ヒルゼンが遠い目をした。
事務官は無表情のまま続ける。
「今後、年少者を早期卒業させる場合の保護者説明資料へ、反映可能かと」
「そうしてくれ」
「承知しました」
筆記の手は止まっても、仕事は終わっていなかった。
その日の夕刻。
オビトがいつものように買い物へ出た時、里の空気は平穏に見えた。
道端では子どもが遊び、店先では夕餉の品が並び、任務帰りの忍が行き交う。
呪霊もいる。
塀の陰に一体。
屋根の端に二体。
人の肩へ取りつこうとするものを、オビトは歩きながら切った。
「解」
黒い塵が消える。
そのまま角を曲がる。
そこで、別の気配を拾った。
呪霊ではない。
人だ。
姿は見えない。
だが、いる。
建物の影。
少し離れた屋根。
こちらを直接見続けているわけではない。視線を外し、位置を変え、気づかれないよう追っている。
素人ではない。
任務中の忍が偶然通った気配でもない。
監視。
オビトは歩調を変えなかった。
店先で野菜を見て、値段を確かめ、祖母ちゃんに頼まれたものを籠へ入れる。
内心では、すでに周囲の配置を拾っていた。
一人。
いや、二人。
もう一人、少し遠い。
連携している。
誰だ。
火影直属の監視か。
うちは側か。
それとも。
オビトは買った品を受け取り、礼を言って店を出た。
帰り道を少し変える。
狭い路地へ入り、呪霊を一体祓う。
「解」
その瞬間だけ、背後の気配が止まった。
見えていないはずの何かを切ったことに、気づいたのか。
いや。
術そのものは認識できなくとも、オビトが何もない場所へ注意を向けたことは見えたかもしれない。
まずい。
監視の質が上がる。
誰だ。
火影なら、もっと堂々と人をつけるか、少なくともこちらが気づく程度の雑な真似はしないだろう。うちはなら、集落内での接触を選ぶ。
残るのは。
「根っこが動いたか」
小さく呟く。
面倒くせぇ。
ダンゾウ。
まだ確証はない。
だが、あの男なら動く。
幼い。
うちは。
異常な実力。
火影が目をつけた。
それだけ条件が揃えば、放っておくはずがない。
オビトは何も気づいていないふりをしたまま、家へ向かった。
監視を外そうとはしない。
外せば、気づいていると伝わる。
今は相手の目的を見たい。
自分だけならいい。
祖母ちゃんへ近づくなら、話は別だ。
家の近くまで来たところで、監視の気配は薄れた。
一線は越えないらしい。
少なくとも今のところは。
その数日後。
オビトのもとへ、うちは一族から呼び出しが届いた。
形式上は、卒業と下忍登録についての確認。
一族の子どもが異例の早さで忍者学校を卒業する以上、顔を出すのは自然なことだった。
自然。
たぶん。
だが、指定された場所が一族の会合所であり、同席者の名が伏せられている時点で、嫌な予感しかしない。
祖母ちゃんは呼び出し状を読み、眉を寄せた。
「一人で行くのかい」
「集落の中だし、大丈夫だよ」
「誰がいるのか書いてないじゃないか」
「フガクさんはいると思う」
「他は?」
「分かんない」
祖母ちゃんの眉間の皺が深くなる。
「何かあったら、すぐ帰ってくるんだよ」
「分かってる」
「強いからって、何でも受けるんじゃないよ」
「……何で組手がある前提?」
祖母ちゃんは答えなかった。
勘が鋭い。
そして実際。
会合所へ着いたオビトを待っていたのは、フガクと、一族内でも実力者として知られる数人の忍だった。
座敷で簡単な挨拶を交わしたあと、話はすぐに本題へ入った。
忍者学校での成績。
火影との組手。
卒業認定。
下忍登録。
一族として確認したいことがある。
そこまでは分かる。
だが。
「実際の動きを見せてもらいたい」
年長の男がそう言った瞬間、オビトは目を瞬いた。
「今から?」
「訓練場を用意してある」
準備済みだった。
逃げ道がない。
マジか。
そう思っている間に、話は進んだ。
一対一。
術の使用は控えめ。
相手を負傷させない範囲。
一族の実力者が順に相手をする。
幼気な五歳児虐め反対。
オビトは心の中で抗議した。
誰にも届かなかった。
最初の相手は、警務部隊に属する若い男だった。
体格差は大きい。
相手は様子を見るつもりらしく、構えも浅い。
開始の合図。
オビトは五歳児らしく動こうとした。
本当に。
最初の数手は。
だが、相手が速度を上げ、足払いから肘へ繋げた瞬間、身体が勝手に反応した。
懐へ潜る。
重心を崩す。
肩へ触れ、力を流す。
相手が体勢を戻す前に背後へ回る。
「そこまで」
見ていた者が止める。
若い男が振り返った。
驚いた顔。
オビトは視線を逸らした。
一人目からやった。
次は、もう少し抑える。
二人目。
今度は手数の多い相手だった。
牽制。
蹴り。
腕を取る動き。
連続してくる。
オビトは守りに徹した。
徹したはずだった。
だが、相手の癖が見える。
右へ入る前に肩が浮く。
蹴りのあと、左足へ体重が残る。
そこを使えば崩せる。
気づけば、使っていた。
相手の足を絡め、地面へ倒す。
怪我はない。
綺麗に転がしただけ。
周囲が静かになる。
オビトは心の中で頭を抱えた。
三人目。
今度は最初から本気に近かった。
火影との組手を聞いているのだろう。
試すというより、暴くつもりで来ている。
踏み込みが鋭い。
拳が頬を掠める。
オビトの中で、何かが切り替わった。
考えるより先に、戦闘の感覚が前へ出る。
間合い。
呼吸。
視線。
相手が次に何を狙うか。
危険へ入るほど、頭が澄む。
相手の手首へ触れ、身体を回す。
肘を避け、脇へ潜る。
一撃。
抑えた拳。
相手が受ける。
その直後、遅れてチャクラが響いた。
逕庭拳。
相手の腕が跳ねる。
周囲の空気が変わった。
またやった。
オビトはそう思った。
だが、もう遅い。
相手も目を変えた。
本格的になる。
そして、こちらも。
楽しくなってくる。
本当に、学習しない。
「そこまで」
フガクの声が飛んだ。
二人の動きが止まる。
相手の男は息を整えながら、オビトを見た。
軽く見ていた目ではない。
フガクが前へ出る。
「最後は、私が見る」
オビトは固まった。
幼気な五歳児虐め反対。
心の中で二度目の抗議。
フガクは表情を変えない。
「構えろ」
「……本気ですか」
「お前の力を見極める」
「俺、五歳なんですけど」
「知っている」
知っていてやるのか。
幼気な五歳児とは。
その定義が分からなくなってきた。
オビトは渋々、構えた。
フガクも向かいに立つ。
一族の空気が静まる。
これまでの相手とは違う。
立っているだけで分かる。
隙が少ない。
重心がぶれない。
視線も、こちらの表面だけを見ていない。
マヒトの息子として。
うちはの子として。
火影が認めた少年として。
全部まとめて測ろうとしている。
開始の合図はなかった。
フガクが動いた。
速い。
オビトも地面を蹴る。
一瞬で間合いが消えた。
拳と掌が交差する。
小さな身体が低く沈む。
フガクの腕の下へ潜り、脇腹へ入る。
止められる。
肘が下りる。
オビトは半歩ずれ、そのまま背後へ回ろうとする。
フガクが身体を捻る。
足が来る。
避けきらず、腕で受ける。
衝撃。
土の上を滑る。
止まる。
顔を上げる。
フガクの目は、もう子どもを見る目ではなかった。
オビトの口元が、わずかに上がる。
まただ。
やばい。
火影の時と同じ。
強い相手を前にすると、隠すことより届くことを考えてしまう。
フガクが踏み込む。
オビトは足裏へチャクラを集めた。
小さな身体が弾ける。
低い重心。
短い間合い。
潜り込む。
拳を打つ。
受けられる。
遅れて、二度目の衝撃。
フガクの腕が揺れた。
周囲から息を呑む音。
オビトは止まらない。
攻撃を繋ぐ。
フガクも応じる。
速度が上がる。
踏み込み。
受け。
崩し。
誘い。
互いに一手先を探る。
五歳児らしさは、とうに消えていた。
最後にフガクの手がオビトの肩へ届き、押し込む。
オビトは地面へ片手をつき、身体を回して逃れる。
そのまま足を払う。
フガクが跳ぶ。
着地地点へ拳を置く。
フガクの掌がそれを止めた。
「そこまで」
低い声。
二人が止まる。
静寂。
オビトは呼吸を整えながら、周囲を見る。
また誰も喋っていない。
フガクはしばらく、オビトを見ていた。
やがて一言だけ告げる。
「分かった」
何が。
どこまで。
聞きたかったが、聞かない方がいい気もした。
オビトは構えを解く。
「帰っていいですか」
「今日はな」
今日は。
その言い方が怖い。
会合所を出ると、空はもう夕方へ傾いていた。
オビトは大きく息を吐く。
火影。
祖母ちゃん。
根の監視。
うちは一族。
フガクとの組手。
下忍登録前から、周囲が騒がしすぎる。
「面倒くせぇ……」
思わず漏れた。
それでも家へ向かう足は止めない。
祖母ちゃんが待っている。
帰宅予定を過ぎれば、さっそく火影塔へ連絡事項が一つ増える。
それだけは避けたかった。
その一報を受けた時、オビトが最初に思ったのは、祖母ちゃんが驚くだろうということだった。
次に思ったのは、卒業と下忍登録の説明だけなら、火影塔の事務方か忍者学校の教師が来るのではないか、ということ。
そして実際に戸を開けたところで。
「突然すまぬな、オビト」
猿飛ヒルゼンが立っていた。
単身ではない。
その半歩後ろには、中忍の装束を着た事務官らしい男が控えている。両腕には書類箱が抱えられ、卒業認定書、下忍登録に必要な用紙、任務規定、保護者への説明資料と思われる紙束が、隙間なく詰め込まれていた。
正式訪問。
どう見ても、その類いだった。
「火影様」
オビトが目を瞬くと、ヒルゼンは穏やかに頷いた。
「祖母御はおられるかの」
「いますけど……」
何となく嫌な予感がした。
自分にではない。
火影の方に。
居間へ通されたヒルゼンと事務官は、祖母の前へ座った。
祖母ちゃんは火影が来たからといって、必要以上に畏まることはなかった。茶を出し、オビトを自分の隣へ座らせ、向かいにいるヒルゼンへ静かに目を向ける。
事務官は少し離れた場所へ座り、書類箱を開いた。筆記具を取り出し、白紙の記録用紙を膝元へ置く。
その姿を見て、オビトは背筋を伸ばした。
本当に正式な話らしい。
「本日は、オビトの忍者学校卒業認定と、下忍登録について説明に参った」
ヒルゼンが切り出す。
「忍者学校での成績、先日の実技、本人との対話を踏まえ、卒業相当と判断した。正式な手続きが済み次第、下忍として登録する方針じゃ」
祖母ちゃんは、まずオビトを見た。
驚きはある。
誇らしさも、きっとある。
だが、それをそのまま表へは出さなかった。
「そうですか」
短く答え、再びヒルゼンへ向く。
「それで、下忍になったあとは、どのような任務へ出るのでしょう」
いきなり本題へ入った。
ヒルゼンもそれを予想していたらしく、落ち着いた声で答える。
「当面は里内、もしくは里の近隣で行う低危険度の任務を中心に考えておる。年齢と経験を踏まえ、いきなり危険な任務へ出すことはせぬ」
事務官の筆が走る。
祖母ちゃんは頷かなかった。
「低危険度とは、具体的には」
一段深く来た。
「荷運び、清掃、農作業の補助、捜し物、簡単な護衛などじゃ」
「簡単な護衛とは?」
「里内、あるいは里の近くで、危険が想定されにくいものを指す」
「想定されにくいだけで、危険がないわけではありませんね」
ヒルゼンが一拍置く。
「そうじゃ」
誤魔化さなかった。
事務官の筆が止まらない。
「任務中の指揮は、誰が執るのでしょう」
「配属による。上忍、あるいは中忍が指揮を執る班へ入れる予定じゃ」
「予定、ということは、まだ決まっていない?」
「最終調整中じゃ」
「決まる前に下忍へするのですか」
祖母ちゃんの声は穏やかだった。
だが、質問に逃げ道がない。
ヒルゼンの額に、薄く汗が浮かんだ。
「登録と配属は別の手続きとなる。されど、指導役が定まらぬまま単独で任務へ放り出すことはせぬ」
「単独では出さない、と」
「うむ」
事務官が書き留める。
祖母ちゃんは次へ進んだ。
「任務へ出た日は、帰還予定を家へ知らせていただけますか」
「可能な限り、事前に知らせる」
「可能な限り、では困ります」
即座だった。
「五歳です。朝に出て、夕方までに戻るのか。日を跨ぐのか。予定が変わったのか。何も分からないまま待たせるおつもりですか」
「いや、そのようなことはせぬ」
ヒルゼンは姿勢を少し正した。
「任務ごとに、予定と指揮官を明確にする。帰還予定を過ぎた場合は、班側から火影塔へ報告させる。その後、家へ連絡を入れる」
「どの程度遅れた時点で?」
また細部へ入った。
事務官の筆が、一瞬だけ止まった。
すぐに再開する。
ヒルゼンは考えた。
「任務内容による。里内任務なら半刻、里外なら定めた報告時刻を過ぎた段階で確認を始める」
「確認とは、ただ待つのですか。それとも探すのですか」
「まず指揮官や近隣の連絡所へ照会する。異常が疑われれば捜索へ移る」
「誰の判断で?」
「火影塔の任務管理担当。重大な場合は、わしが判断する」
祖母ちゃんはそこで一度だけ頷いた。
オビトは横で、二人のやり取りを見ていた。
自分の卒業説明だったはずだ。
なのに、だんだん火影が事情聴取を受けているように見えてきた。
事務官は表情を変えない。
ただし、最初に用意した記録用紙の一枚目は、もうほとんど埋まっていた。
記録事項、多いな。
たぶん内心ではそう思っている。
「負傷した場合は」
祖母ちゃんの問いが続く。
「誰が、どの段階で、家へ知らせるのでしょう」
「軽傷なら帰還後に説明となる場合もある。治療が必要な負傷なら、医療担当から火影塔へ報告が上がり、そこから家へ知らせる」
「軽傷の基準は?」
「任務続行に支障がなく、医療施設での処置を必要としない程度」
「本人が大丈夫だと言えば、傷があっても軽傷になるのですか」
ヒルゼンの視線が、オビトへ向いた。
オビトはそっと目を逸らした。
祖母ちゃんもこちらを見る。
「この子は、平気な顔をします」
知っている。
非常によく知っている。
「痛くても、疲れていても、自分で動けるなら大丈夫と言います」
ヒルゼンが咳払いをした。
「本人の申告だけでは判断せぬ。指揮官が状態を確認し、必要なら医療忍へ診せる」
「必要かどうかを、その指揮官が軽く見た場合は?」
また逃げ道が消える。
ヒルゼンの額の汗が増えた。
事務官は二枚目の記録用紙を出した。
オビトは少しだけ火影へ同情した。
祖母ちゃんは強い。
忍術を使うわけではない。
声を荒らげるわけでもない。
ただ、一つずつ現実を突きつけ、曖昧な部分を許さない。
「監督責任は、誰が負うのです」
祖母ちゃんが問う。
「任務中は指揮官じゃ」
「その指揮官を選ぶのは?」
「火影塔じゃ」
「任務を選ぶのは?」
「最終的には、わしじゃ」
「では、五歳の孫を任務へ出す責任は、火影様がお持ちになると」
部屋が静かになる。
ヒルゼンは祖母ちゃんの目を見返した。
押されてはいる。
だが、ここで逃げることはしなかった。
「そうじゃ」
声ははっきりしていた。
「最終的な任務選定と監督責任は、火影であるわしが負う」
事務官の筆が、力強く一行を書き加えた。
祖母ちゃんはしばらく黙っていた。
「必ず無傷で帰すと、約束できますか」
オビトがわずかに顔を上げる。
それは、答えにくい問いだった。
ヒルゼンも分かっている。
「できぬ」
静かな返答だった。
祖母ちゃんの表情は変わらない。
「危険な任務には、一切出さないと」
「それも約束できぬ」
「常に予定どおり帰還させると」
「約束できぬ」
空気が張る。
事務官の筆だけが、小さな音を立てていた。
ヒルゼンは続ける。
「忍として登録する以上、任務には危険が伴う。どれほど低い危険と見積もっても、必ず無事とは言い切れぬ。予定が狂うこともある。敵に遭遇する可能性も、事故が起きる可能性も消せぬ」
祖母ちゃんは黙って聞いている。
「守れぬ約束をして、安心させることはせぬ」
ヒルゼンの声に、火影としての硬さが戻っていた。
「その代わり、年齢、経験、能力を踏まえて任務を選ぶ。任務ごとに指揮を執る者を明確にする。単独で放り出さぬ。負傷や遅延があれば、定めた系統から家へ知らせる」
そして、もう一度。
「その判断と責任は、わしが負う」
祖母ちゃんは長く息を吐いた。
反対ではない。
オビトにも、それは分かった。
忍になるなとは言わない。
任務へ出るなとも言わない。
オビトが選んだ道を、祖母ちゃんは奪おうとしていない。
ただ、その選択を都合よく利用されることだけは許さないのだ。
「三つ、お願いします」
祖母ちゃんが言った。
「聞こう」
「五歳だからと、軽く扱わないこと」
ヒルゼンが頷く。
「強いからと、便利に使わないこと」
二度目の頷き。
「本人が平気そうにしているからと、無理を見過ごさないこと」
三度目。
今度は、少し重い。
「当然の要求じゃ」
ヒルゼンが答えた。
「忘れぬ」
祖母ちゃんはそこで初めて、わずかに肩の力を抜いた。
話は終わった。
いや、事務官の記録を見る限り、当初の予定よりかなり増えている。
用意された説明資料の余白にも、補足が書き込まれていた。
火影塔へ戻れば、清書と共有が必要になるだろう。
大変そうだ。
オビトは静かに座りながら、自分より火影の方が疲れているように見えた。
事務官は最後まで無言だった。
書類をまとめ、追加された確認事項を順に揃え、箱へ戻す。
その表情は一切崩れない。
ただ、箱の中の紙は来た時より明らかに増えていた。
ヒルゼンが立ち上がる。
「正式な通知は、忍者学校からも届く。配属については、決まり次第改めて説明する」
祖母ちゃんも立った。
「承知しました」
「オビト」
呼ばれ、オビトは顔を上げる。
「祖母御に心配をかけぬようにな」
「はい」
反射的に答えた。
祖母ちゃんの視線が刺さる。
「なるべく」
言い直す。
ヒルゼンが小さく笑った。
それから事務官を伴い、家を出ていく。
戸が閉まったあと、居間に静けさが戻った。
オビトはしばらく座ったまま動かなかった。
「祖母ちゃん」
「何だい」
「火影様、だいぶ汗かいてたな」
「説明を求めただけだよ」
「事情聴取に見えたけど」
「五歳の孫を任務へ出すんだ。あれくらい当然だよ」
正論だった。
反論できない。
祖母ちゃんは卓上の茶を片づけながら、ちらりとオビトを見る。
「それから」
「はい」
「平気だからと黙るんじゃないよ」
「……はい」
逃げられなかった。
家を出たヒルゼンと事務官は、火影塔へ戻る道を歩いていた。
しばらく、どちらも口を開かなかった。
やがてヒルゼンが額の汗を拭う。
「記録は取れたか」
「はい」
事務官は即答した。
「当初の予定より、確認事項が三十二項目増えました」
「三十二」
「補足を含めると四十一です」
ヒルゼンが遠い目をした。
事務官は無表情のまま続ける。
「今後、年少者を早期卒業させる場合の保護者説明資料へ、反映可能かと」
「そうしてくれ」
「承知しました」
筆記の手は止まっても、仕事は終わっていなかった。
その日の夕刻。
オビトがいつものように買い物へ出た時、里の空気は平穏に見えた。
道端では子どもが遊び、店先では夕餉の品が並び、任務帰りの忍が行き交う。
呪霊もいる。
塀の陰に一体。
屋根の端に二体。
人の肩へ取りつこうとするものを、オビトは歩きながら切った。
「解」
黒い塵が消える。
そのまま角を曲がる。
そこで、別の気配を拾った。
呪霊ではない。
人だ。
姿は見えない。
だが、いる。
建物の影。
少し離れた屋根。
こちらを直接見続けているわけではない。視線を外し、位置を変え、気づかれないよう追っている。
素人ではない。
任務中の忍が偶然通った気配でもない。
監視。
オビトは歩調を変えなかった。
店先で野菜を見て、値段を確かめ、祖母ちゃんに頼まれたものを籠へ入れる。
内心では、すでに周囲の配置を拾っていた。
一人。
いや、二人。
もう一人、少し遠い。
連携している。
誰だ。
火影直属の監視か。
うちは側か。
それとも。
オビトは買った品を受け取り、礼を言って店を出た。
帰り道を少し変える。
狭い路地へ入り、呪霊を一体祓う。
「解」
その瞬間だけ、背後の気配が止まった。
見えていないはずの何かを切ったことに、気づいたのか。
いや。
術そのものは認識できなくとも、オビトが何もない場所へ注意を向けたことは見えたかもしれない。
まずい。
監視の質が上がる。
誰だ。
火影なら、もっと堂々と人をつけるか、少なくともこちらが気づく程度の雑な真似はしないだろう。うちはなら、集落内での接触を選ぶ。
残るのは。
「根っこが動いたか」
小さく呟く。
面倒くせぇ。
ダンゾウ。
まだ確証はない。
だが、あの男なら動く。
幼い。
うちは。
異常な実力。
火影が目をつけた。
それだけ条件が揃えば、放っておくはずがない。
オビトは何も気づいていないふりをしたまま、家へ向かった。
監視を外そうとはしない。
外せば、気づいていると伝わる。
今は相手の目的を見たい。
自分だけならいい。
祖母ちゃんへ近づくなら、話は別だ。
家の近くまで来たところで、監視の気配は薄れた。
一線は越えないらしい。
少なくとも今のところは。
その数日後。
オビトのもとへ、うちは一族から呼び出しが届いた。
形式上は、卒業と下忍登録についての確認。
一族の子どもが異例の早さで忍者学校を卒業する以上、顔を出すのは自然なことだった。
自然。
たぶん。
だが、指定された場所が一族の会合所であり、同席者の名が伏せられている時点で、嫌な予感しかしない。
祖母ちゃんは呼び出し状を読み、眉を寄せた。
「一人で行くのかい」
「集落の中だし、大丈夫だよ」
「誰がいるのか書いてないじゃないか」
「フガクさんはいると思う」
「他は?」
「分かんない」
祖母ちゃんの眉間の皺が深くなる。
「何かあったら、すぐ帰ってくるんだよ」
「分かってる」
「強いからって、何でも受けるんじゃないよ」
「……何で組手がある前提?」
祖母ちゃんは答えなかった。
勘が鋭い。
そして実際。
会合所へ着いたオビトを待っていたのは、フガクと、一族内でも実力者として知られる数人の忍だった。
座敷で簡単な挨拶を交わしたあと、話はすぐに本題へ入った。
忍者学校での成績。
火影との組手。
卒業認定。
下忍登録。
一族として確認したいことがある。
そこまでは分かる。
だが。
「実際の動きを見せてもらいたい」
年長の男がそう言った瞬間、オビトは目を瞬いた。
「今から?」
「訓練場を用意してある」
準備済みだった。
逃げ道がない。
マジか。
そう思っている間に、話は進んだ。
一対一。
術の使用は控えめ。
相手を負傷させない範囲。
一族の実力者が順に相手をする。
幼気な五歳児虐め反対。
オビトは心の中で抗議した。
誰にも届かなかった。
最初の相手は、警務部隊に属する若い男だった。
体格差は大きい。
相手は様子を見るつもりらしく、構えも浅い。
開始の合図。
オビトは五歳児らしく動こうとした。
本当に。
最初の数手は。
だが、相手が速度を上げ、足払いから肘へ繋げた瞬間、身体が勝手に反応した。
懐へ潜る。
重心を崩す。
肩へ触れ、力を流す。
相手が体勢を戻す前に背後へ回る。
「そこまで」
見ていた者が止める。
若い男が振り返った。
驚いた顔。
オビトは視線を逸らした。
一人目からやった。
次は、もう少し抑える。
二人目。
今度は手数の多い相手だった。
牽制。
蹴り。
腕を取る動き。
連続してくる。
オビトは守りに徹した。
徹したはずだった。
だが、相手の癖が見える。
右へ入る前に肩が浮く。
蹴りのあと、左足へ体重が残る。
そこを使えば崩せる。
気づけば、使っていた。
相手の足を絡め、地面へ倒す。
怪我はない。
綺麗に転がしただけ。
周囲が静かになる。
オビトは心の中で頭を抱えた。
三人目。
今度は最初から本気に近かった。
火影との組手を聞いているのだろう。
試すというより、暴くつもりで来ている。
踏み込みが鋭い。
拳が頬を掠める。
オビトの中で、何かが切り替わった。
考えるより先に、戦闘の感覚が前へ出る。
間合い。
呼吸。
視線。
相手が次に何を狙うか。
危険へ入るほど、頭が澄む。
相手の手首へ触れ、身体を回す。
肘を避け、脇へ潜る。
一撃。
抑えた拳。
相手が受ける。
その直後、遅れてチャクラが響いた。
逕庭拳。
相手の腕が跳ねる。
周囲の空気が変わった。
またやった。
オビトはそう思った。
だが、もう遅い。
相手も目を変えた。
本格的になる。
そして、こちらも。
楽しくなってくる。
本当に、学習しない。
「そこまで」
フガクの声が飛んだ。
二人の動きが止まる。
相手の男は息を整えながら、オビトを見た。
軽く見ていた目ではない。
フガクが前へ出る。
「最後は、私が見る」
オビトは固まった。
幼気な五歳児虐め反対。
心の中で二度目の抗議。
フガクは表情を変えない。
「構えろ」
「……本気ですか」
「お前の力を見極める」
「俺、五歳なんですけど」
「知っている」
知っていてやるのか。
幼気な五歳児とは。
その定義が分からなくなってきた。
オビトは渋々、構えた。
フガクも向かいに立つ。
一族の空気が静まる。
これまでの相手とは違う。
立っているだけで分かる。
隙が少ない。
重心がぶれない。
視線も、こちらの表面だけを見ていない。
マヒトの息子として。
うちはの子として。
火影が認めた少年として。
全部まとめて測ろうとしている。
開始の合図はなかった。
フガクが動いた。
速い。
オビトも地面を蹴る。
一瞬で間合いが消えた。
拳と掌が交差する。
小さな身体が低く沈む。
フガクの腕の下へ潜り、脇腹へ入る。
止められる。
肘が下りる。
オビトは半歩ずれ、そのまま背後へ回ろうとする。
フガクが身体を捻る。
足が来る。
避けきらず、腕で受ける。
衝撃。
土の上を滑る。
止まる。
顔を上げる。
フガクの目は、もう子どもを見る目ではなかった。
オビトの口元が、わずかに上がる。
まただ。
やばい。
火影の時と同じ。
強い相手を前にすると、隠すことより届くことを考えてしまう。
フガクが踏み込む。
オビトは足裏へチャクラを集めた。
小さな身体が弾ける。
低い重心。
短い間合い。
潜り込む。
拳を打つ。
受けられる。
遅れて、二度目の衝撃。
フガクの腕が揺れた。
周囲から息を呑む音。
オビトは止まらない。
攻撃を繋ぐ。
フガクも応じる。
速度が上がる。
踏み込み。
受け。
崩し。
誘い。
互いに一手先を探る。
五歳児らしさは、とうに消えていた。
最後にフガクの手がオビトの肩へ届き、押し込む。
オビトは地面へ片手をつき、身体を回して逃れる。
そのまま足を払う。
フガクが跳ぶ。
着地地点へ拳を置く。
フガクの掌がそれを止めた。
「そこまで」
低い声。
二人が止まる。
静寂。
オビトは呼吸を整えながら、周囲を見る。
また誰も喋っていない。
フガクはしばらく、オビトを見ていた。
やがて一言だけ告げる。
「分かった」
何が。
どこまで。
聞きたかったが、聞かない方がいい気もした。
オビトは構えを解く。
「帰っていいですか」
「今日はな」
今日は。
その言い方が怖い。
会合所を出ると、空はもう夕方へ傾いていた。
オビトは大きく息を吐く。
火影。
祖母ちゃん。
根の監視。
うちは一族。
フガクとの組手。
下忍登録前から、周囲が騒がしすぎる。
「面倒くせぇ……」
思わず漏れた。
それでも家へ向かう足は止めない。
祖母ちゃんが待っている。
帰宅予定を過ぎれば、さっそく火影塔へ連絡事項が一つ増える。
それだけは避けたかった。
【〆栞】