配属

根の本部は、昼夜の区別が薄い。

地上の光は届かず、灯りは必要な場所にしか置かれていない。壁も床も冷たく、足音すら長く残らなかった。

その最奥で、志村ダンゾウは報告を聞いていた。

片膝をついた暗部は、昨夜オビトへ接触した者の一人だった。面の下に表情はない。負傷した肩と脚にはすでに処置が施されている。

「任務は失敗しました」

「五歳の子ども一人を連れてくることができなかったと?」

低い声が落ちる。

暗部は頭を垂れたまま、言い訳をしなかった。

「対象は、忍者学校の報告を大きく上回る戦闘能力を有しています」

「具体的に述べよ」

「体術は火影様との組手で報告された水準と一致します。低い重心から一瞬で間合いを詰め、複数を相手にしても位置を崩しませんでした」

ダンゾウは黙って続きを待つ。

「加えて、風遁と水遁を使用しました」

「印は」

「確認できません」

室内の空気が、わずかに変わった。

「見落とした可能性は」

「複数名が至近距離から確認しています。対象は印を結んでいません」

ダンゾウの片目が細くなる。

「無印で二つの性質変化を扱ったというのか」

「術の発動動作は、腕を振る、あるいは指先を向ける程度でした。風遁は不可視の刃に近く、衣服、忍具、足場を選んで切断しています」

「殺すつもりはなかったか」

「はい。致命部位を外していました」

「水遁は」

「周囲の水を利用し、複数の弾へ変えて放ちました。直進だけではなく、わずかに軌道を変えたように見えます」

五歳。

火影との組手で、上忍に迫る体術を見せた。

二つの性質変化。

印を結ばない術。

複数を相手にしながら、全員を殺さず制圧する判断。

しかも、これまでその力を表へ出していなかった。

「ほかには」

暗部がわずかに間を置いた。

「対象は、何も存在しない場所へ攻撃を加えていました」

「何もいない場所へ?」

「少なくとも我々には、標的を確認できませんでした。ですが対象は、何かを避け、追い、攻撃していたように見えます」

ダンゾウの指が杖の頭を一度叩く。

「幻術か」

「我々に異常はありませんでした」

「感知術による索敵」

「それだけでは、攻撃の理由を説明できません」

報告した暗部自身も、理解できていない。

自分たちが襲いかかった最中、オビトは別の何かまで相手にしていた。時折こちらではなく空間へ注意を向け、何かを切り、撃ち抜いていた。

それにもかかわらず、動きには無駄がない。

対象が見えていたとしか思えない。

ダンゾウはしばらく沈黙した。

猿飛は、どこまで知っている。

特別授業で確認されたのは体術と戦闘判断だけだ。火影の側近にも、印を結ばぬ風遁や水遁の話は流れていない。

つまり。

この情報は、現時点では根だけが持っている。

「接触時、対象は何と」

「同行を命じました」

「それだけか」

「はい」

「愚かな」

ダンゾウの声に感情はほとんどなかった。

だが、暗部の頭がさらに下がる。

「力ずくで従わせられる相手かを測らずに囲んだ。しかも、こちらの意図を明かす前に警戒させた」

「申し訳ありません」

「謝罪に価値はない。結果を次へ生かせ」

「はっ」

ダンゾウは目を閉じた。

幼ければ染めやすい。

その見立て自体は変わらない。

しかし、何も知らぬ子どもとして扱うのは誤りだった。

オビトはすでに、自分の力を選んで見せている。

忍者学校では隠し。

火影との組手では体術を晒し。

根に囲まれた時には、別の術を使った。

状況ごとに開示する力を変えている。

ただ強いだけではない。

情報の価値を理解している。

「監視は継続せよ」

「再接触は」

「まだ行うな」

暗部がわずかに顔を上げる。

「火影側の配属が決まる。誰の下へ置かれるかを見極める」

「承知しました」

「家族へは触れるな」

命令は短かった。

「祖母を使えば、対象は敵対へ傾く。あれは情を切り捨てられる類いではない」

むしろ、情こそが行動の軸にある。

ならば、奪うより使うべきだ。

守るべきもの。

助けるべき者。

里のためという理由。

差し出せる形はいくらでもある。

ただし、急げば猿飛に気づかれる。

火影はすでに、オビトを自らの管理下へ置こうとしている。

「あの力は、いずれ里に必要となる」

ダンゾウの呟きが、暗い部屋へ落ちた。

「猿飛一人に任せるわけにはいかぬ」

不穏な動きは、静かに速度を増していた。

翌朝。

オビトは火影塔へ向かって歩いていた。

呼び出しが届いたのは、朝食を終えた直後だ。

班編成が決まったらしい。

ようやくである。

下忍登録されてから、祓除と修行と老人介護しかしていない。忍としての最初の正式な知らせが届き、祖母ちゃんも少し安心したようだった。

ただし、家を出る前には入念に釘を刺された。

指導役の名前を覚えること。

任務内容を勝手に引き受けないこと。

帰還予定を確認すること。

怪我を隠さないこと。

知らない人についていかないこと。

最後の一つは下忍への注意としてどうなんだろうと思ったが、昨夜、根の暗部についていかなかった実績がある。祖母ちゃんは正しい。

問題は、その根との接触を祖母ちゃんへ言っていないことだった。

火影にも、まだ伝えていない。

報告すべきかどうか、オビトは迷っていた。

根が動いたと断言するには、相手は名乗っていない。ただし、あの装備と気配で間違えることもない。

しかも連中は、印を結ばずに使った術を見た。

火影へ話せば、昨夜何をしていたのかまで説明が必要になる。

呪霊は明かせない。

御厨子も赤血操術も、そのまま見せるつもりはない。

風遁と水遁として押し通すにしても、なぜ誰もいない場所へ術を放ったのかを聞かれる。

面倒だ。

だが、黙って根を自由に動かすのも面倒だ。

どちらへ転んでも面倒だった。

「配属の話が先だな」

小さく呟き、火影塔へ入る。

案内された執務室には、ヒルゼン一人だけがいた。

机には何枚かの書類が置かれている。その中に自分の下忍登録書も見えたが、通常の班編成表らしいものは見当たらない。

嫌な予感がする。

「来たか、オビト」

「おはようございます、火影様」

「うむ。掛けるとよい」

前回と同じ椅子へ座る。

相変わらず足は床へ届かない。

この身体で下忍として任務へ出るのかと思うと、見た目だけはかなり不安になる。

ヒルゼンは手元の書類を整えた。

「お主の配属が決まった」

「はい」

オビトは姿勢を正した。

誰だ。

ミナトか。

サクモさんか。

それとも別の上忍か。

前々世と同じ形に近づけるなら、いずれミナト班へ入る可能性はある。だが、今はカカシもリンもまだ忍者学校にいる。

自分だけ先に下忍になった以上、別の班へ一時的に入るのだろう。

「ただし、固定の班ではない」

「……はい?」

聞き間違えたかと思った。

ヒルゼンは平然としている。

「当面、お主を一つの班へ固定せず、複数の班へ参加させる」

「どういうこと?」

思わず敬語が消えた。

「言葉の通りじゃ。任務ごとに異なる班へ加わり、それぞれの指揮官の下で動いてもらう」

「え……?」

理解が追いつかない。

通常、下忍は三人一組。

担当上忍がつく。

班で任務を重ね、連携を覚える。

そのはずだ。

それなのに、複数の班へ順番に混ざれと言われている。

傭兵か。

臨時増員か。

「俺だけですか」

「今のところはな」

「今のところは、って」

「前例がないわけではない。人員不足の折、班をまたいで任務へ加わる者はおる」

「それ、普通は経験積んだ忍がやるやつですよね?」

「よく知っておるのう」

「下忍登録の資料にも書いてあったから」

嘘ではない。

祖母ちゃんの前で事務官が出した資料は、かなり細かかった。

ヒルゼンは満足そうに頷く。

誤魔化された気がする。

「何で、そんな形に」

問うと、ヒルゼンは少し真面目な顔になった。

「お主は、忍者学校にいた期間があまりに短い」

「早々に下忍にしたの、そちらですよね……」

「そうじゃな」

否定しない。

強い。

「忍者学校は、術や知識を教えるだけの場所ではない。同年代と過ごし、役割を分け、失敗し、助け合うことも学ぶ」

「それは分かります」

短い期間でも、リンやカカシ、ガイたちと過ごした。

授業の中で互いに教え合い、競い、帰り道を一緒に歩いた。

それが無意味だったとは思わない。

「お主には、その機会が足りぬ」

ヒルゼンが続ける。

「ゆえに、実際の任務で学ばせる」

「複数の班を渡り歩かせて?」

「うむ」

「余計に固定の関係を作りにくくないですか」

正論をぶつけたつもりだった。

だが、ヒルゼンは待っていたように答える。

「一つの班だけに入れば、その班のやり方しか知らぬ。様々な指揮官、様々な忍、様々な関係の中へ入り、その違いを見よ」

「俺、観察実習か何か?」

「実践じゃよ」

「五歳児に言うことか」

「五歳児から逸脱した強さじゃから」

即答だった。

オビトは黙った。

俺が悪いのか。

いや、やりすぎた自覚はある。

あるけど。

そこを根拠に、妙な制度へ放り込まれるとは思っていなかった。

「それに」

ヒルゼンが机の上で指を組む。

「お主の力を、実戦で使わぬのは勿体ない」

「五歳児に言うことか」

二度目だった。

「五歳児から逸脱した強さじゃから」

返答まで同じだった。

「そこ繰り返せば通ると思ってません?」

「事実じゃ」

「俺が悪いのか……」

とうとう口から漏れた。

ヒルゼンの目元がわずかに緩む。

「悪いとは言うておらん」

「でも、全部俺の強さを理由にしてるじゃないですか」

「使えるものを使うのも火影の役目じゃ」

祖母ちゃんが聞いたら、強いから便利に使うなと言っただろう。

たぶんヒルゼンも分かっている。だからこそ、言葉の続きを待った。

「もちろん、便利な駒として使い回すつもりはない」

老人の声から、少し笑みが消える。

「任務の危険度は選ぶ。指揮官も、わしが認めた者に限る。お主を一人で放り出すこともせぬ」

「なら、何を見たいんです」

オビトが聞いた。

複数の班へ参加させる。

戦力としてだけなら、一つの強い班へ入れればいい。

実戦で育てるだけなら、担当上忍を決めればいい。

あえて固定しないのには、別の理由がある。

ヒルゼンは、静かに少年を見た。

「お主は、人を助けると言った」

火影室での対話。

全員を助けられるとは思わない。

それでも、手の届く相手を見捨てたくない。

感謝のためではなく、自分がそうしたいから。

「その行動原理が、任務の中でどう働くかを見たい」

オビトの目がわずかに細くなる。

「命令と、お主の判断が食い違った時」

ヒルゼンは続けた。

「仲間と依頼人、どちらかを選ばねばならぬ時。助けたい者がいても、班全体のために退かねばならぬ時。お主が何を考え、誰と話し、どう決めるのか」

「試すんですか」

「育てるのじゃ」

「言い方変えただけじゃないですか」

「試すことと育てることは、必ずしも別ではない」

うまいこと言いやがる。

オビトは椅子の背にもたれた。

足が浮いているせいで、威厳は出ない。

「俺一人の判断を見たいなら、単独任務の方が早いでしょう」

「それでは意味がない」

ヒルゼンの返答は明確だった。

「お主は一人で動ける。おそらく、一人の方が楽なのじゃろう」

否定できなかった。

自分で見て。

自分で決めて。

自分で片づける。

その方が早い。

呪霊の祓除もそうだ。誰かへ説明するより、自分だけで動く方が都合がいい。

「されど、火影は一人で里を守るものではない」

ヒルゼンが言った。

「多くの者の考えを聞き、力を借り、時に己とは異なる判断を受け入れねばならぬ」

オビトは黙って聞く。

「お主が火影を目指すなら、人と共に動くことを学べ。それが第一歩じゃよ」

「なんかそれ、都合よく言ってません?」

「ホッホッホッ」

「ホッホッホッじゃねぇ。含み笑いじゃねーか!」

完全に誤魔化した。

ヒルゼンは楽しそうに笑っている。

この老人、絶対に自分が反論しにくい言葉を選んでいる。

火影への第一歩。

そう言われれば、断りづらい。

しかも内容そのものは間違っていない。

人と動くこと。

異なる命令系統へ入ること。

自分とは違う判断を知ること。

前々世でも、前世でも、それが重要だったことは身に染みている。

一人で何でもできると思った時ほど、ろくな結果にならなかった。

だから余計に腹が立つ。

「具体的には、どの班へ?」

「任務ごとに知らせる。最初の数件は、里内か近隣の任務じゃ」

「担当上忍も毎回違う?」

「そうなる」

「同じ班に何度か入ることも?」

「ある」

「評価は誰がまとめるんです」

「各指揮官の報告を、わしが見る」

完全に火影直轄だった。

固定班に入らず。

複数の指揮官の下へ送り込まれ。

毎回、火影へ報告が上がる。

「それ、フリーランスな下忍じゃないですか」

「ふりーらんす?」

しまった。

通じない言葉だった。

「……どこにも所属しない、臨時の下忍」

「火影直属という所属はあるぞ」

「もっと面倒なやつだった」

オビトは額を押さえた。

ヒルゼンは机から一枚の書類を取る。

「最初の任務は、明日の朝じゃ」

「もう決まってるんですか」

「うむ」

「誰の班?」

ヒルゼンは答える前に、ほんの少しだけ間を置いた。

その表情に、また嫌な予感がした。

「それは明日、直接聞くとよい」

「何で隠すんです」

「楽しみが減るじゃろう」

「配属に驚きはいらねぇよ」

「ホッホッホッ」

「だからその笑い方やめろって!」

火影室の外まで、少年の声が響いた。

廊下に控えていた事務官は、何も聞こえなかった顔で書類を抱え直した。

室内では、オビトが渡された任務規定へ目を落としている。

参加する班。

指揮官。

集合場所。

帰還予定。

任務ごとに毎回変わる。

普通の下忍生活からは、明らかに外れていた。

だが、拒むつもりはなかった。

火影の言うことに納得した部分もある。

何より、この形なら様々な忍と関われる。

誰が何を守り。

どう命令を出し。

仲間をどう扱うのか。

見る機会は多い。

それでも。

「フリーランスな下忍とか、聞いたことねぇ……」

書類を受け取りながら、もう一度呟いた。

「新しい道を作るのも悪くなかろう」

「作る側の苦労も考えてくださいよ」

「期待しておるぞ、オビト」

「綺麗に締めようとすんな」

ヒルゼンはまた笑った。

その笑いの奥で、少年を見定める火影の目だけは静かだった。

力はある。

覚悟もある。

だが、忍は一人では成り立たない。

異なる者たちの中で、オビトが何を選ぶのか。

誰と繋がるのか。

その先に、少年が語った火影への道がある。

オビトはまだ、その意図のすべてを知らない。

ただ、明日から始まる妙な下忍生活を思い、深々と息を吐いた。

固定班なし。

任務ごとに配属変更。

火影直属。

五歳。

どう考えても、普通ではなかった。


〆栞
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